一刀たちが官軍を撃破した事は各地に広まり、漢の衰退が明らかになってしまった。
洛陽では再度西涼討伐の声と共に討伐失敗した軍部に対する何進の大将軍辞任の声が高まって行った。
それに乗じて張譲たち十常侍はこのまま一気に何進追い落としを図ったが、
「それを言うのであれば、張譲。貴様が遠征軍に付けた韓遂が北郷紫苑とやらに簡単に射殺されて軍の崩壊を招いたのが負けた原因だぞ!この責任をどう取るのだ!!」
何進も自分の地位を易々と辞任するつもりは無く、張譲の配下扱いだった韓遂があっさり維新軍に敗れたのが、遠征軍が敗退した最大の原因だとして逆に張譲を詰問したため、流石の十常侍たちも追及の手が弱くなり何時の間やら何進の責任問題がうやむやになってしまった。
更に各地で黄巾党と呼ばれる賊の反乱が勃発したため、この状況で軍のトップである何進を解任する訳にも行かず結果的に遠征失敗の責任については誰も取る事なく、結局現状維持のまま事態に対処することとなった。
だが中央の統制がこの様な状態であったので、官軍同士の連携が機能せず各地で官軍の敗退が相次ぎ士気も低迷。更に維新軍が黄巾党と同盟を組んで洛陽を挟撃するのではないかと言う噂が出ている程であった。
そしてここに来て時の皇帝である劉宏が病気になることが多く、寿命もそう長くないことが誰の目から見ても明らかであった。そのため後継者問題が浮上してきた。
本来であれば長女である劉弁が有力であるのだが、この劉弁、政治など一切興味が無く後宮に籠って侍女の穆順(ぼく じゅん)が作る美食に貪っている状態で、その為一部では次女の劉協を皇帝に押す声もある。
張譲たち十常侍たちは優秀な皇帝よりも操り人形となる皇帝の方が何かと都合がいいので劉弁を皇帝にして良いのだが、そうなるとややこしいのが劉弁の母が何太后で、その異母姉が何進に当たるのだ。
劉弁が皇帝になると叔母に当たる何進の力が増大する為、張譲は何進と手を結ぶか若しくは何進と対抗するため劉協を押すのか何れかを選択するか迫られていたが、何進と手を結ぶのであれば十常侍は何進の下風に立つことを余儀なくされる。しかし宦官嫌いの何進が
素直に手を結ぶとも考えられず、今後の対処に思い悩んでいた。
そんな中、張譲は何太后から呼び出しを受け、何太后の部屋に向かっていた。
「何太后様、お呼びでしょうか?」
「うむ、よく来たの張譲。立って話すのもあれじゃ、ここに座るがよい。あと皆の者、しばらく大事な話がある。私が呼ぶまで下がっておれ」
何太后は侍女たちを人払いさせ、張譲と二人となった。
この何太后と呼ばれた女性は真名を瑞姫(れいちぇん)と言い、一見清純で性格は穏やかそうに見えるが、こう見えても現皇帝劉宏の妻でありながら性に貪欲で朝廷の影の権力を握り、そして自分の利益になることであれば何でもやるという女性である。
と言うのは劉宏の寵妃の一人であった王美人が次女である劉協を生んだのを知って嫉妬し、どさくさに紛れ何と王美人を毒殺してしまった。これを聞いた劉宏が激怒、何太后に死罪を申し渡されるところであったが張譲たち十常侍たちの取りなしにより何とか死罪を免れた。
しばらくしてから何太后は再び劉宏の寵愛を取り戻したが、まだ皇太子が決まっていない状態であったので権力が万全という訳では無かった。
だが何太后は微笑を浮かべながら話を続ける。
「何太后様、私を呼んだのは…」
「ああ、張譲。お主の悩み事を少し解消できる事を思い付いてな」
「それは態々、私ごとき者に気を使っていただけるとは光栄の至りです」
何太后が微笑を浮かべながら話を進めようとするが、張譲は何太后がどのような無理難題な話を持ちこんでくるのか、全く気が気でなかった。
「最近、外では黄巾党やら西涼の方が特に騒がしい様で陛下も気にしておられる。そこで万が一黄巾党やらと西涼の反乱軍と手を組まれては厄介じゃ。ここは西涼の反乱軍と和平とかを結んだどうかと思うのじゃが」
「反乱軍と和平ですと!?」
「そうじゃ。かの高祖(漢の初代皇帝劉邦の事)が天下統一した後、匈奴の冒頓単于に敗れた後、毎年匈奴に貢物を送る条約を結び、それ以後は匈奴に対して従順な姿勢と取って我慢を続け、その後武帝(前漢7代目皇帝)に匈奴打倒を果たしたではないか。今回もそれを習うのじゃ」
「今は反乱軍に和平を結んでいる間に黄巾党を始末して、その後反乱軍を討伐するというのですか?」
「その通り。ただこちらが貢物を渡すだけでは話が潰れてしまう恐れがある。だから協(劉協の事)を『反乱軍』の訳の分からない天の御遣いの嫁として差し出すのじゃ」
「それではもし反乱軍と手切れになった場合、劉協様の命は…」
「命は無いないだろうな。だが漢再興の礎となるのじゃ、協も本望じゃろ。ホホホホホ」
何と何太后は異母妹の劉協を和平の道具として一刀の嫁と差し出し、そして漢が再び力と取り戻した時には用済みとばかりに使い捨てるという事を言い出したのだ。これを聞いた流石の張譲も驚きを隠せなかった
当初何太后は劉協の毒殺等を考えたが、以前に王美人と毒殺して劉宏の怒りを買い失脚寸前まで追い込まれた経緯もあり、これ以上の強硬手段を取る訳にも行かず、かと言って娘の劉弁を皇帝に就かせるには劉協の存在が邪魔になる。劉協を殺す以外で宮廷から追い出す方法が他にあるかと言えば、婚姻する方法があるが皇帝の姫ともなると血筋問題もあり中々難しいが、今回は国の存亡が掛かっているとなれば多少の反対があっても問題はないと何太后は踏んでいた。
「それとこの案をそなたから提案した形にして欲しいのじゃ」
何太后は劉宏に直接告げたら、どう見ても劉協を排除する事があからさま過ぎて劉宏も難色を示す可能性が高い。だが劉宏の信頼厚い張譲が提案したら成功する率がかなり高くなるので、何太后は張譲を味方に依頼したのであった。
この何太后の提案は張譲にとって有り難い物だった。最初はこの話を聞いて驚きを隠せなかったが、劉協を差し出して反乱軍と和平を結べば後背を気にせずに黄巾党鎮圧に専念でき、そして後継者問題も劉弁で一本化にでき、後は何進との政権争いに専念できるという利点がある。
「流石は何太后様。この張譲、感服いたしました」
こうして和平に向け、何太后と張譲が手を組んだのであった。
一方、涼州の戦いに敗れた皇甫嵩は、後を隴西郡太守である月に任せ、曹操軍並び孫堅軍と共に洛陽に引き上げていた。(霞は月の配下に戻る)
そして皇甫嵩は洛陽に引き上げ何らかの処分を受ける事を覚悟していたが、上層部の責任の押し付け合いや黄巾党の勃発でそれどころでは無くなり官軍の再編をして黄巾党討伐に行く事となり、曹操や孫堅もそれぞれ任地に戻り、周辺の黄巾党討伐に当たることとなった。
ただ曹操と違い孫堅の場合、以前荊州刺史を殺害したため官位を剥奪され無位無官であったから、本拠地の呉郡に戻るしか無かった。
遠征で孫呉の実力を示そうとした結果、辛うじて孫堅が馬騰と互角の一騎打ちをして孫堅個人の武勇が光ったというのが唯一の成果であったという寂しい物であった。
だが今回で官軍の弱体化は天下に知らしめた結果となり孫堅も今後の事を考え、配下の者たちを集めていた。集まっているのは国主である孫堅こと炎蓮、そして長女の孫策こと雪蓮、その盟友の周瑜こと冥琳、股肱の家臣である程普こと粋怜、黄蓋こと祭、張昭こと雷火、そして魯粛こと包(ぱお)の7人である。
「堅殿。このままじゃ何とかならんか?」
「無茶言わないで、祭。貴女も分かっているでしょう。この間の遠征で大赤字、このまま遠征しても補給が続かないわ」
「同感じゃな、無い物は無い。ここはグッと我慢の子で、この周辺の賊を討って点数稼ぎしかあるまい」
「何を言っておる、貴様ら!我らが伸し上がる好機みすみす見逃せというのか!!」
「それは分かっているわよ、祭!しかしこれ以上、民に負担を掛ける訳にはいかないのよ!!」
宿老の祭と粋怜が今後の方針について議論を続けるが、中々結論が出ない。
「冥琳、お前ずっと黙っているが、何かいい案でもあるか?」
炎蓮は祭と粋怜の議論に飽きてきたのか、場の流れを変える為、冥琳に話を振った。
「それについてですが…、包、お前が説明しろ」
「ひ、ひゃわわ!冥琳様、急に私に振らない下さいよ!」
「提案したのはお前だろ、お前が説明した方が話は早い」
包は急に冥琳から話を振られたので、若干テンパってしまう。この包、予想外の事になるとテンパってしまうことから呉の「ひゃわわ軍師」と呼ばれている。
「で、では説明させていだだきます。炎蓮様…維新軍と手を結ぶ気ありませんか」
「何だと!!」
「ひゃわわ―――!怖いです!炎蓮様!この間負けたからって、私に八つ当たりしないで下さい!!」
ここの処、虫の居所が悪かった炎蓮は包の提案に思わず大声を出してしまう。
「包、八つ当たりだと…」
「コホン、炎蓮様。まだ説明の途中です。まずは包の話を最後まで聞いて貰えますか」
包の失言で更に炎蓮が再度激怒しそうになったが、ここは冥琳が話の途中という事で炎蓮を宥める。
「まあいい、包。話を続けてくれ」
「では、話を続けます。まず皆さんにお聞きしますが、維新軍の弱点は分かりますか?」
「う~ん。兵は勇猛果敢だけど、敢えて弱点を上げるとしたら、食料の生産高の低さかしら?」
「その通りです、粋怜様。西涼の弱点は食料の生産高の低さです。今のままでは何とか自国を守る事は出来ますが、いざ出兵となるとそれが足枷となって遠征もままならない状況です」
「それは分かったが、そこで何故西涼と手を結ぶ話になるのじゃ?」
祭は維新軍の弱点は分かったが、ここで何故維新軍と手を結ぶのか疑問の声を上げる。
「確かに維新軍は食料の生産高の低さは弱点ですが、逆に馬の生産については宝庫と言っても良いでしょう。我々は狙うのはその馬です。幸い我々は食料については豊富に取れます。その食料と馬を定期的交換することを条件に手を結ぶのです」
「確かに魅力的な話だけど、そう上手くいくかしら?」
確かに話を聞いてみたら魅力的な話でお互い手を組みそうではあるが、そんな話に雪蓮は素直に信用しない。
「勿論、食料と馬の交換だけではありません。そしてお互いの特産品を交易すれば莫大な利益を手に入れる事ができます。今、長安より西は交易商人たちは、西涼は危険で二の足を踏んでいます。これを呉で一手に握れば一気に財政難は解決します」
「それに我々の最大の武器である船を使って漢水を利用すれば、官軍に気付かれる可能性はかなり低い物と思われます」
実家が商家である包は、商人的発想で利により維新軍と手を結ぶ様に進言する。
これを聞いた炎蓮は気難しい表情をして
「うーん、何か気に喰わないね……」
「炎蓮様、何かご不満でもありますか?」
「いいや、包。お前の意見を聞いて理解したが…何だ、お互い手を結ぶのにただ利だけの為にというのが気に喰わないだけだ」
「大殿、利だけの為に気に喰わないって…」
「いや雷火、これは一番大事な事だ。我々が盟を結ぶ時は利だけでは無く、お互い血が通った盟で無ければならぬ」
雷火は炎蓮の説明に呆れた表情を浮かべるが、炎蓮は利益のみの同盟には否定的な意見を出す。
「血の通った盟ね…一層、私たちの誰かが『天の御遣い』のところに嫁に出して、本当に血の通った関係にしてしまえば問題ないんじゃない」
「それだ!雪蓮!!お前たち姉妹の誰かを『天の御遣い』のところに嫁に出すぞ!」
「えっ!?えっ!?」
雪蓮が思い付きで提案した事に、炎蓮は良案だと大声を出して回りの者を驚かせる。因みに炎蓮には3人の娘がおり、長女が孫策で、現在この場には居ない次女の孫権こと蓮華、そして三女に孫尚香ことシャオがいた。
「ちょ、ちょっとお母様、それ本気?」
「炎蓮様、それは幾ら何でも性急かと思われますが…」
雪蓮と冥琳は炎蓮の考えに呆れた表情をしながら、否定的な意見を述べるが
「大殿、幾ら何ででも『天の御遣い』がどの様な人物かはっきりと分からない状態で、姫たちを嫁に出すのは反対します」
「そうか?俺の勘では間違いないと言っている」
内政の長でもある雷火が反対するが、炎蓮は得意な勘で一刀の縁談に問題ないと反論する。
「大殿、それだったら私と包で『天の御遣い』と会談してきます。それからでも遅くないと思うわ」
粋怜の提案に炎蓮以外は納得の表情を浮かべるが、炎蓮は前回の戦いで一刀を見る事が出来なかったので、今回は絶好の好機、そんな好機をみすみす見逃す炎蓮ではない。
「待て…その会談、俺も付いて行く。雪蓮、将来の旦那となるかもしれない男の顔合わせだ。お前も付いてこい。そして冥琳、雷火、祭、それと今ここに居ない梨晏(太史慈)と共に俺たちの不在を悟れない様にしておけ。これは命令だ」
炎蓮から一方的に命令されると、雪蓮たちはこれ以上反論することが出来なかった。そして三日後には炎蓮たちを乗せた船は目立たぬ様に出発したのであった。
後書き
今回、話の流れ上、英雄譚のキャラを一部変更しています。
霊帝→劉弁(真名の空丹はそのまま使用)
趙忠→穆順(真名の黄(ふぁん)はそのまま使用)
Tweet |
|
|
24
|
3
|
追加するフォルダを選択
今回は、乱後の朝廷並び孫呉の動きが中心で一刀たちは登場しません。
では第12話どうぞ。