No.853043

魔法使いと弟子2 無垢鳥の章

ぽんたろさん

大分間が開きましたね。レギュラーはもう少しいるんじゃよ。
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2016-06-13 05:28:25 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:677   閲覧ユーザー数:677

自覚しなさい。

知覚しなさい。

恐怖なさい。

 

それは術などという名で呼ばれても

誰も全容を把握できていない

全能などほど遠い

不確かな可能性の集合であるということを

 

 

 

 

 

 

+++++++

魔法使いと弟子

+++++++

 

ね子だるま(ぽんたろ)

 

 

 

 

 

 環が朔の店で説明を受けた次の週。放課後。

 答案は恙なく返却され、テスト後特有の早帰りも今日で終わる。空気は冷たく、雨こそ降りそうにないが空は薄い雲に隠されていた。

 環は制服姿のまま待ち合わせをしていた。

駅前のベンチに座って曇り空を見上げている。

そろそろ金星の観測条件が良くなるはずだが、天体望遠鏡での観測は望み薄かもしれない。

「たま」

声を掛けられ、環はそちらに顔を向けた。

 長谷川邦子。環の友達。

身長は170と少し、環以外から見ても割と背は高い方だ。

長い髪を肩でくくっている。細いフレームの眼鏡がとても似合う美人。

環とは違い少し遠くの女子高に通っているので邦子の制服はブラウンのブレザーだ。

 並ぶと親子に間違われることすらあるが二人は中学時代からの親友だ。

駅までの通学路が重なるので卒業して学校が分かれてからも邦子とは予定が合う日は一緒に帰る約束をしている。

 環がぱたぱたと駆け寄ると、邦子は抑揚は少ないながらも暖かな表情を向けた。

「はろー!邦ちゃん」

「待たせちゃってごめんね」

「全然待ってないよ、さっきついたところだし」

 並んで歩きだす。ラッシュは過ぎているためか駅前の人影はさほど多くない。

「たまの所はテストって言ってたっけ?どうだった?」

「普通かな…心情を書けとかああいうのは苦手…」

「相変わらずだったんだね」

 邦子は少し困った顔で笑う。

「いいの…進路理数系だもん…」

「そんなこと言って、問題の読解は大丈夫なのかな?」

邦子が環の膨らませたほほをつつくと環はぷうと顔を背けた。

「あ、そんなことより邦ちゃんははるかわ先生の新刊もう読んだ?」

「ううん、まだ。またラブストーリー?」

「今回は青春活劇だって」

「最後までテンポ持つのかな」

「わからないけどとりあえず読んでみなきゃ」

「だね」

本の話、学校の授業の話、最近の天気の話。

いつもの時間

他愛のない時間

「ねぇ、たま」

「?」

環が邦子を見上げる。邦子は少しだけ悲しそうな顔をしていた。

「危ないことは、しないでね」

「?…うん」

環が首をかしげると、邦子はいつもの調子に戻る。

日常

ゆっくりと流れていく。空を流れていく雲。

微かに雲に切れ間が出来、陽光が薄く射すも一瞬で再び縫い閉じられてしまう。

「そういえばそろそろたまの学校は修学旅行だっけ」

「うん。普通もっと早いのにねー。あ!そうだ!邦ちゃんはお土産、何がいい?」

携帯を取り出しメモを作る環を見ながら、邦子は唇を噛みしめた。

 

 

+ + +

 

 

 その日、帰った環は私服に着替え、喫茶店『露光』を訪れていた。

日は大分短くなっていたが日没まではまだ時間がある。

 からんからんと、ベルが鳴る。

店にはすでにClosedの札がかかっている。

「よお、来たな」

 俺はいつもの黒いカフェエプロンを外しジャケットを着こんでいた。

「あれ?」

 珍しいですねと環が切り出す前に用件を告げる。

「あー、今日はな。例の他の師匠の件で連絡があった。一緒についてきてもらえるかな」

「……はい、ありがとうございます…」

 少しだけ悲しそうな顔で環は頷いた。

「悪いな……何かあれば相談には乗るから、さ」

 環を外に出しシャッターを閉め、ついてくるよう促し駅のほうに歩きだす。

 天気はまずまず。雨は降らないだろう。

「術士の医者を紹介してもらえるかもしれないから、悪い話ってわけでもないんだ」

「魔法使いの方の……お医者さんですか?」

「んー……正確には術士の医療従事者の集団。かね。病院は通称なんだが確かに紛らわしいな。志命(しめい)病院だから身命の方がいいかな、どっちでも通じるし」

 道に人気はないが環はきょろきょろと辺りを見回し声を潜め口に手を添えて俺に尋ねる。

「あの、いいんですか?往来でこんな話しても」

「今はわざわざ見えるようにしてないだけで俺たちの周りに領域を展開している。俺たちの行動や音声は周囲に知覚されないようになっている」

 環はこちらに尊敬の眼差しを向ける。

「や、やめてくれ…そんなにすごい術じゃないから…」

「充分すごいです!魔法です!」

「……」

褒められるのは、苦手だ。

「あ、あ。そうだ。折角だからな。このあたりで神楽坂って名前を名乗るヤツがいたら距離を取った方が良い」

「どなたなんですか?」

「関わり合いにならない方が幸せな人種だよ…」

 俺は電話で伝えられた内容を思い出して溜息をついた。

 

 + + +

 

 

 『露光』は宅地の中に立っている。駅までは徒歩で20分程度。

 朔は駅の前を通り過ぎると少し煤けた小さなビルの前に立った。

一階には環も時々利用するコンビニが入っている。

「ここだ」

「本当に、ご近所なんですね」

「君は…この街に俺以外術士がいないと言ったが、結構いる」

「はへー」

 1階コンビニテナントをよけ、脇の階段を昇る。

「これから会うのは柊橙という女だ。悪い奴じゃないからそこだけは安心してくれ」

 2階のドアには箱型の立方体の絵と「筺」という字が描かれた札が貼ってある。

俺はドアをノックしてから開いた。

「橙、邪魔を……す……る……」

「あれー、朔ちゃんもうきたn」

乱暴にドアを閉めた。環は後ろで戸惑っている。

「えーどうしたの?入りなよー」

「服を着ろ痴女」

 環が階段中腹でぽかんとしている。気まずい。

 しばらくして、内側からドアが開かれた。中から顔を覗かせたのは女。

歳は朔とさほど変わらないそいつは、下着のようなトレーニングウェアの上に無理矢理スーツを着ている。

「ごめんねー。自主練が終わったところでつい」

「ついじゃない。何も知らない他人だったらどうするんだ」

「民間人なら術で記憶を飛ばすし術士なら拳で、ね」

 握りこぶしを見ながら俺は肩を落とす。

「物理かよ…」

 事務所の中には彼女一人だけだった。

髪色は明るく、なるほどだいだいという名前にかけてかオレンジブラウンに染めて髪留めでまとめている。

橙は事務所に置かれたソファにかけるよう促すと。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し氷を入れたグラスに注ぐ。

人数分グラスを配るとデスクからファイルを取って彼女も対面に腰かけた。

「初めましてお嬢さん、柊橙です」

 環の前に正方形の名刺が置かれる。役職には「筐」代表と書かれていた。

「環…葦原環です。お世話になります」

 橙は足を組むとうーんと小さくうなった。

「お姉ちゃんは朔ちゃんが直接見てあげればいいと思うけどなぁ……」

「できない。わかっているだろう」

橙は膝の上で頬杖をついた。

「お姉ちゃんはキミにも危ないこと、してほしくないんだけど」

少しだけ険悪な空気が流れる。

 環は橙と俺の顔を交互に見て口を開いた。

「ご兄妹……なんですか……?」

「……姉弟子だ」

 俺は頭を軽く掻く。

「悪い、気をつかわせたな」

「いえ、その……」

「ああ、えーと。たまちゃん?大丈夫だよー。橙おばちゃんが良い師匠をさがしたげる」

「……言っておくがこの子は17歳だからな」

「うそ」

「17歳です……」

 環は言われ慣れてはいるのだろう。少し悲しそうに学生証を出して淡々と答える。

「ゴホン、それよりだ。話を戻そう。見つかったのか?若しくは問題の少ない精神系の術医師でもいい」

「あーごまかしたなー。本当は?」

「17歳です」

「真面目に聞いてくれ橙」

 心底呆れた声に橙はようやく居直す。

「んー?調べたんだけどすぐに手が空く知り合いはいないね。あたしも新人馬鹿やらの面倒見なきゃだし」

 橙はデスクから持ってきたファイルを開く。

そして口元が寂しいのかテーブルに置かれたポップキャンディの包みを片手で器用に剥いて咥えた。

「たまちゃん、術士の経験はホントに0?」

「はい」

 環がはっきりと答えると橙は眉根を寄せた。

「ホントに未登録児かぁ……志命病院の方はあたったけど一応確認したくて。ご足労頂いたのに悪いね」

「今時、病院に捕捉されない血統があるとも思えないんだが……」

「キミのそれは皮肉かな?」

「俺と違って出自ははっきりしているんだ。変な勘繰りはやめてくれ」

「この子、素養は結構あるんでしょう?」

「……」

 俺は術を使う。

用途は伝達。素子を薄く延ばし回路を構築し、繋ぐ。

環に聞かせるわけにはいかない。

『この子に対抗術を張っている術士がいる』

『記憶操作に失敗したの?キミが??』

『ああ…儀式術を撥ねるくらいのを張られている』

ぱきりと飴の砕ける音がした。

「兎角、こっちから呼び出して悪いけど、しばらく朔ちゃんが面倒をみてあげな。お姉ちゃんの命令」

「だから……」

「あの庵ちゃんだって弟子をとってからずいぶん丸くなったんだから。悪いことばかりじゃないよ」

「橙」

「それ以外の手続きは全部こっちでやったげるんだからやりなさい」

「……俺は道楽でやってるわけじゃ……」

「一応言っておくけどね。鈴ヶ織のおじさまにも話してあるから、頼っても無駄だよ」

「っ……」

「朔ちゃんにとっても悪い話じゃないと思う。手助けは極力してあげるし、アレについても今まで通り手伝ってあげる」

…………。

「朔ちゃん?」

 良いよね?とその表情は物語っている。

「わかった…よ…」

 俺はぐったりとうなだれた。こうなった橙を言い負かせた試しがないのだ。

「えらいえらい」

「あ、の」

「たまちゃん。そういうことだから、しばらく朔ちゃんがみてあげる」

「!!」

 環の表情が明るくなる。わかりやすい。

「ただし、その前に」

 事務所は2階にあった。

その道路側に面した窓、すべての硝子が砕け散る。硝子を押しのけ飛び込んできたのは、男。

黒い服、黒い鞄、黒い靴、おまけに黒い袋を頭にかぶった男はすくと立ち上がると橙に銃を向けた。

「柊橙、死んでいただきます」

「折角だし、うちの事務所。魔法使いギルド「筐」を見学していきなさいな」

 

 

+ + +

 

 

 橙は銃にひるみもせず立ち上がるとローヒールのまま割れたガラスの破片も意に介さず男に歩み寄る。

「で、ガラスを弁償していただかなきゃいけないあなたはどなたかな?」

「香典を出してさしあげますのでそちらで工面してください」

銃声。連続4発。

 環は小さく悲鳴を上げ、頭を押さえてソファの影にしゃがみ込む。対して飄々とした橙の態度は崩れない。

「先生……」

「折角だから見ていろ。こっちに被害はこないから」

 俺が面倒を見るなら尚のこと、ほのぼのしていない魔法使いの現実には触れておいた方がいいだろう。

「流石にお早い」

 男は銃をしまいぱちぱちと手を叩いた。

「火薬銃なんて国内で入手するのは面倒だろう?非効率だな」

 橙は片手を開いて佇んでいる。傷は見当たらない。

つぶれた銃弾が掌から床に転がる。

「いやはやごもっとも」

 男はポケットから折り畳みナイフを取り出す。柄と全体に散らされた蛇の彫り物が美しい。

橙はそれを見て少しだけ不機嫌そうに目を細めた。

「おや、ばれましたかね」

「…」

 沈黙は肯定。

「お客人は不干渉ですか?舐められたものですね」

「今日は関係ないからね」

 俺は何も言わない、何もしない。ただ見ている。

「こちらとしてもその方がありがたいですが、ね」

 男がナイフを横に振ると室内を強風が吹き荒れる。

「そうかい」

 橙はキャンディの棒を指で摘むと軽く振った。

5cm程の紙の棒は音を立てて膨張する。長さ1m程度、太さ3cm程度の棒。

橙が棒を軽い動作でくるくると回すと金属音を立てて何かがはじき飛ばされる。風の中になにかが入っているらしい。

「こっちも取り込み中だから早々に縛について頂こうか」

 男はナイフを握り直し鞄を置いた。

「面白い触媒ですね。興味があります」

「そ」

 橙は棒を構えなおすとナイフを持った男に躊躇なく肉薄する。

 

 

「先生。触媒ってなんですか?やっぱり……化学のとは違いますよね」

「作用は同じだ。反応を促進するために投入するそれ自体は直接反応しない物質を触媒と呼ぶ」

「儀式に使うヤギの血とか豚の心臓とかですか……!」

 なんというか、少し嬉しそうに環はこちらを見上げた。オカルト、好きなんだろうな。

「……そうだな。あいつにも関係あるし、術士になること自体考えるべきだしな。教えよう」

 俺はジャケットから5本の棒を取り出した。ガラス製の赤い筒。

「これや、橙が使っているあれが触媒と呼ばれる物だ。魔法使いの杖に当たる」

「あの、男の人のナイフもですか?」

「ああ」

 俺も男のナイフに見覚えがあった。正確には柄に描かれた蛇の図柄に。

「袋の男。あいつの所属している組織、ギルドだな。は人間狩りをしている」

「え?」

「人を集めて殺している」

「……」

 環は狼狽えている。

 無理もない。この子は飛んでいる朔しか術士を知らないのだ。

本に出て来るような箒で宅配業務でもする魔法使いでも想像していたのだろう。

「そしてここのギルドはそういう人間社会に迷惑をかける魔術ギルドの粛正に荷担している」

「朔ちゃん。言い方が嫌いだよ」

 戦いながら橙が非難の声を上げ、ソファの側面に何かが当たって弾けた。

「!!」

 環は全く気づかなかっようたが、見えない壁がある。壁の下に転がっているのはコイン。

環は頭を押さえた。

「事実じゃないですか、うちも迷惑を被ってるんですよぉ」

 ふうと息をつきながら男も橙の顔めがけナイフを振る。

「朔ちゃーん、ちょっと集中するからそっちの壁だけ代わりに追加で張っておいてー」

 男の腹に蹴りを放ち壁際まで吹き飛ばしながら橙が手を振る。

「……床は知らないから抜くなよ」

 俺はジャケットの内ポケットからボールペンを取り出すと空中に図形を描いた。

一瞬だけ輪郭を散らして図形は霧散する。

「なん、で、そんな」

「触媒だ。これは人間を材料にして作られる」

 環が立ち上がる。

「弟子になりたいなら聞け」

環は手をふるわせながら座った。

 

「近代魔術史の話をする。少し長くなる。

昔、といっても割と最近までは触媒は生物に微量に含まれる魔術素子、それがなんだか具体的に理解はされていなかったがその物質の含有が高いもので作られていた。

長く生きる木や深海魚、豚や牛の血や骨なんかを使ってな。

術具、儀式に使うコミカルなアイテムなんかみたいなものが実際に使われていた。

だが、世界大戦の勃発で術士の倫理もおかしくなってしまった。

1914年。人類史における初めての世界大戦は900万にも昇る死傷者を出した。

徴兵された兵士の中には術士も含まれていた。

当時術士は今より数も少なく己の素性も隠して生きていた。

欧州なんかはまだ魔女狩りが起こっていたからな。今も場所によっては魔女狩りがあるが……。

触媒自体は変質する物でないとしても使った後当面は役に立たないか、術に汚染されてもう使えない。

前線に送られた兵士術士は生き残るために隠れて術を使っていたんだが、目立つ杖なんかを持って行けないし戦地で都合良く触媒が調達できる訳がない。

そこで、触媒が尽き、命の危機に晒されたた術士は

 

試しにそこにあった手近なものを触媒にした。

 

効果は雲泥だったそうだ。術士の弱点だった大仰な儀式・威力・発動の遅さ、術士ごとの資質以外の部分は飛躍的に向上した。もともとブードゥー系では親先祖の遺骨を触媒にしていた奴らもいたからそういうやつらにとっては寝耳に水だったかもしれんがな。

同時に俺達にある才能が魔術素子ってものでそれは微量に人体にも含まれていて、人体は杖の材料にでき、しかしそれは微量と言っても牛や豚とは比較にならない程良質だってことも分かった。

戦場は実験、研究に最適だった。

多少変な行動をしても、戦争に心が耐えきれず気が触れたと振る舞えば怪しまれないし、実験材料は”いくらでもあった”。

第二次大戦でも同質……いや、もっと酷い実験が多く行われたそうだ。

技術の目覚ましい進歩を取り込み、魔術は実戦に耐えうるレベルまで進化してしまった。

戦争の終結後、術士は爆発的に増えた。

隠匿や情報を抹消する術の発展で隠れる必要が無くなったからな。

街にでるものや人を殺して術士だけの街を作る者まで現れた。

 

魔力素子を含んでいても適正も素子量も一定に満たなければ絶対に術は使えない。

やがて術を使えない人を自分たちより下の生き物と断じ、一方的に狩る奴等が現れた。

そいつらに対抗するべく組織されたのが皮肉にも”魔女狩り”だ。

 

 

 俺は息をついた。

横目にみると橙は男の側頭部に棒を叩き込んだ所だった。

脳震盪を起こせば術は発動できない。

「あの」

 環は青い顔をしている。

「魔女狩りって……そういう……ことなんですか……」

「そうだ」

 おそらく、魔女狩りがどういうものだか気付いたのだろう。

魔女狩りは正義の執行者などではない。

「犯罪者である術士を断罪という名目で狩り、そいつらから触媒を作る同族食い、それが”魔術士による魔女狩り”の起こりだ」

 ならば袋を被った男は、と環が壁向こうに目を遣る。

「『筺』も、確かに十把一絡げに言えば魔女狩りの団体のひとつだな」

「じゃああの人も……触媒に……されちゃうんですか……?」

「いや、橙のギルド『筺』や多くのギルドは基本的に倒した術士から触媒なんて作らない」

「へ?」

 俺はテーブルに並べた触媒をひとつ握り潰した。

砕けたガラス片は床に落ちる前に消える。

「この中身は俺の血から出来ている。志命の連中のおかげで献血ついでに触媒を作れる。今はそういう時代だ」

「じゃあ…なんで…」

「より高品質な触媒がほしいからだよ」

 橙がソファの背によりかかった。

 スーツはずたずたに裂けているが肉体には傷ひとつ無い。

露出が高くなっているので意図して視線を外す。

「朔ちゃん。ちゃんと先生できるじゃない。えらいえらい、褒めてあげよう」

 袋男は青い帯でぐるぐる巻かれて転がっている。

先程の触媒による術構築時間短縮実演の実験台になって貰ったのだが環は気付いていないようだ。

俺も割とどうでも良い。当面は起きないだろうし。

「触媒に一番適当なのは10代~20代処女の魔術士。正確には処女性よりも妊娠したことの無い女の術士が最適なんだってさ」

 橙はあけすけに語る。こういう時はありがたい。

 環は自分の掌を見ている。そうだ、だからおまえは危ない。

「こういうケースに入った使い捨ての汎用触媒じゃなくってちゃんとした杖やさっきのナイフ、この棒……杖なんだけどセンスが無くってね。こういうのを作るのに材料を集めたがるんだよ。あいつらは」

「どうして……病院さんが触媒を作ってくれるのに?」

 橙はちっちっちと呟きながら指を振った

「人を沢山殺せば強い術者が釣れるし病院に頼まなくてもたくさん、”死ぬほど”触媒が作れるんだ。まぁ魅力はあるよね」

 橙が指先でバトンのように棒を回すとまたアメの棒ほどのサイズに縮んだ。

棒を口にくわえて笑う。

「強い力にひとは憧れを持つものさ。そして憧れは簡単にひとを狂わせるんだ」

 俺は溜息をついた。今日だけでもう何度溜息をついただろう。

「環……ちゃん」

「たまか環でいいです。先生」

グイグイ来る子だな。本当に。

「……たま。橙も戦っていた術士も俺もきみの憧れる魔法使い、そして魔女狩りだ」

「…」

「能力も術も道具でしかない。術は暴力の代替品に使われる。これが現実だ」

 

 魔法使いとはなんだろうか。

深くは考えていなかった。

とにかく人に無理なことができる。

0を1にできるかもしれない。

その可能性が環の光だった。

 

「一時的にきみの師事をすることにはなるが、俺も魔女狩り、そして善人の類ではない」

 俺は水のグラスに口をつけようとして眉をひそめた。ガラスの破片が沈んでいる。

「先生は……その……悪い、魔法使いなんですか?」

「……良い人間ではない。少なくとも」

 俺は環の目を見た。

「あの……」

「だから、あまり懐かないでくれ。たま、君だってちゃんとした奴に教わった方がいいだろ」

「……」

「ねぇたまちゃん」

 橙が声を上げた。

「界隈で師弟制度が一般化したのは『狩り』を防ぐためだ。小さい子から奴等の獲物にされちゃうからね。大体師匠を付ける。師匠は弟子を守り、成長を助け、仕事を弟子に手伝わせる」

「手伝う……」

「朔ちゃんはね。基本ただの喫茶店のへっぽこマスターだから、キミのためにもいいと思うんだ」

「橙」

「朔ちゃんはね、そうなったほうがいいんだよ」

「俺は復讐者だ。終わった後の事は考えていない」

 環は聞き逃さなかった。

「復讐?」

「あたし達の師匠。朔ちゃんのおかあさんはね。悪い魔女に殺されちゃったんだ」

 環の視線から逃げるように顔を逸らす。

「朔ちゃんはね、確かに綺麗な手じゃないよ。魔女に関する依頼は積極的に受けているし、魔女を殺す仕事も、受ける。」

「ただの人殺しだ」

「でも無関係なひとは殺さないじゃないか。魔法が使えなくたって」

 橙は優しい。

それが朔を更に追い詰める。

「俺は利己的な人間だ。環、おまえの事も消そうとした」

 殺そうとした。そう取られても構わなかった。優しい言葉が怖かった。

「それでも、やっぱり。先生がいいです」

 環は曇りのない目で俺を見た。

「…朔ちゃん…この子になにかしたの?」

 橙が胡乱げに朔を見遣る。まさか術士のくせに普通にストーカーされ続けていたなどとは口が裂けても言えない。

「悪いひとでもいいです。先生は魔法使いが人を殺すことも、魔法使いが魔法使いを殺すことも、嫌そうに話されました」

 環はソファから立ち上がり、床に正座し手をついた。

「あなたがあなたの事を信じられなくても、わたしはあなたの信じる理想を信じます。邪魔になったら放り出して頂いて構いません。」

 環は床に頭を付ける。綺麗な土下座だった。

「望月朔さん。どうか、私をあなたの弟子にして下さい」

 橙が口笛を吹く。

「なんだ、あたしがすすめなくてもぞっこんじゃない」

「…っ…クソ…」

 良い子だ。付き合いは短いが、それでも何度も店に通われ、ひととなりはぼんやり分かっていた。。

時々言動と行動が飛ぶが、信念があり、期待があり、人を信じる事のできる、お人好しで、まだ世間を知らない、良い子なのだ。

 

「わかったよ」

「!!」

 環が笑顔になる。

俺の知る子供らしい、無邪気な笑顔に少し安心する。

 

 橙は事務所の片付けをするからと早々に俺達を追い出した。

説得するつもりで呼び出したのだと言っていたし、まんまとあいつの思うつぼになってしまった。

 

肩を落としたまま環、たまと店への道を歩く。

「先生は……復讐相手の魔女さんを知っているんですか?」

「8年前。俺達の師匠であり、俺の母だった人を殺害し、その遺体を持ち去った犯人」

朔は今でも鮮明に思い出す。母を”丸呑み”したあの魔女の姿を。あの赤を。

「赤穂白雪を探している」

何故だろうか

その名前を口にした瞬間

術もかけていないのに

まるであの時のように

糸の切れたパペットのように

環は気絶した。

 

 

 + + +

 

 

 

 俺は環を送り届け、一人『露光』への帰り道を行く。

住所は環自身から聞いていたがなるほど隣駅との中間ほどだった。

両親も本当に普通の人間だった。

インターホンを押す前に触媒を使い素子量を調べたが、環以上どころか術士並みの素子は感じられなかった。

 

赤穂白雪の名前に反応して倒れた環。

赤穂の被害者の可能性もでてきた。

あの魔女ならば何をしても不思議ではない。

 

 俺は決意した。

あの子の師匠になる。

自分が誰かに教える立場になるとは思わなかった。

復讐さえ果たせれば、本当にそれで死んでも構わなかった。

それでも、信じるという言葉が嬉しかった。

どこまで出来るかは分からないが、あの子の助けになりたい。そう思えた。

 

 環は朔のことは誰にも打ち明けていないと言っていた。

兄は不在だったが環の親も俺の事を知らず、気絶した娘を送り届けた事に感謝し後日礼をしたいとまで言っていた。

環は約束を守ってくれていた。

バルコニーで天体観測をしていたら朔をみつけ、ずっと人知れず追いかけ続けた。

あの子の希望に、なれるのだろうか。

 

夜空を見上げる。星は見えない。

 

 

 + + +

 

 

 人気のない住宅街を歩いて行く。

 ふと、対面から歩いてくる人影に気付いた。

まとめ上げられた黒く長い髪が冬風に揺れる。

赤い着物を着て、片手に携えているのは日本刀。

一瞬宿敵の魔女を思い出すがあいつの赤とは…違う。それにあいつは”刀”なんか使わない。

屋外で職質されそうな出で立ちのこいつも術士ではあるだろうとは推察される。

「誰だ……あんた……」

一瞬の違和感。

 よく知っている感覚、俺以外の手によって領域が開かれている。

続いて薄く収束する波紋のように結界が展開されるのを感じる。

閉じ込められた。

 街の様子は変わらないように見えるがコピーした箱に放り込まれたようなものだ。

実在の街ではないので一般人への被害は気にしなくてもいいが状況は命がけの決闘を挑まれているに等しい。

 しかし俺はこの女に見覚えがない。

「望月朔……」

「……」

 ポケットの触媒を確認する。汎用が3本。

戦闘になった時の可能性を考え術式を構築。ポケットの中で触媒を2本握りつぶす。

「死んで?」

刺客か、復讐か、どちらも可能性はある。

「メルキオル」

 音声魔術。術の構築をあらかじめしておいて発動だけ引き出す鍵魔術。

技名を叫びたい術士も大抵これを使う。簡易に引き出せるのが魅力だが少し恥ずかしい。

体力と素子が削られる感覚と共に手に馴染んだ杖の感触が現れる。

『やぁおはよう、朔。魔女をみつけたのかな』

 お喋りな使い魔の青い鳥が先についた籠の中でさえずる。うるさいので朔との通信以外への干渉は切る。

『なんだ相手は子供かい。本格的にロリコンに目覚めたのか嘆かわしい』

「うるさい黙れ」

子供?

女。いや、なるほど近くで見るにまだ少女と言って良い歳だろう。

眼前に影。

 とっさに突き出した杖に衝撃が走る。

幸運にも手には当たらなかったが杖に刃が食い込んでいる。

特殊加工してある本体に傷を付けるとは相当な切れ味だ。

手にしびれが走る。

「弟子をとるのをやめなさい」

「……環の、知り合い、か?」

 朔は混乱していた。

環の知り合いに術士が居たならば朔に弟子入りする必要は無い。

つまり、隠していた?環に?何故?

もしくはこの少女こそが環の記憶を操作し対抗術を張った犯人か。

「あんたは、知らないのか?たまが」

「……お前なんかがたまを語るな」

 静かに、痛いほどに肌を刺す殺意。

「六番炎外」

 刃に炎が奔る。音声魔術による現象系付加術エンチャント。

あれで斬られたら杖はひとたまりもないだろう。

「ちょっと待て!!話を聞け!!彼女に術をかけたのはキミじゃないのか??」

「なに」

 物騒なものを構えたまま、視線だけ朔から離さず少女は静止した。

「環、ちゃんには強力な対抗術が掛かっている。俺も術士の記憶を消そうとしたが無理だった」

「わたしが、たまに、そんなことをするわけ、ないだろう……!!!!」

少女はより激昂する。

しらんがな

 

ただひとつはっきりした。この子は犯人ではない。

というか、アレだ。

これは愛が重いヤツだ。

 

ヤンデレ。そう、ヤンデレだ。同性の。

 

『ピィ!怖い……僕は火が苦手なんだ。知ってるだろ朔!!』 

 一瞬呆けたもののメルキオルの悲鳴で我に返り、俺は急いで術を展開する。

「おまえが出来ずともたまの中からおまえを消してやる!!死ね!!!!」

杖の先から青い光が散っていく。

小さいだけで使い魔であるメルキオルの破片を蒔いているだけなのだが少女は青い光に一瞬気を取られた。

 その隙に朔は偏光魔術を展開。姿を散らす。

光学魔術は朔の得意分野だ。

メルキオルの欠片達は境界に当たって大半が砕け散る。

おおよそ隔絶された空間は把握した。残りは朔の目となる。

「あの子はヤバイ。無力化して逃げる」

宅地の壁の上に飛び乗り走る。なんだか猫になったような気分だ。

『殺さないの?』

「多分、俺の……弟子の知り合いだ……。殺すな」

 

 取り残された少女は朔を探す。

索敵魔術を構築、展開するも反応は無し。

格上だということは分かっていた。

だから、準備もしてきた。

 

 少女は道路になにかを蒔く。そして自分の着物の胸元を広げ、心臓の上に符を乗せた。

「出てこないつもりなら……炙り出す……」

符は肌に貼り付き体と一体になる。

「ぐ……」

 少しいびつながら、炎の犬が現れる。

何頭も、何頭も

『魔術生物だね。それも多頭か、すごいな。子供の扱う術じゃないよ』

朔と視界を共有するメルキオルが口笛を吹く。鳥らしさのない鳥である。

 

犬が無作為に走り出した。俺は身を捩って躱す。

メルキオルが邪魔だ。

索敵能力に秀でてはいない様子だが数が多い、10や20ではない。

『照準は甘いようだから朔をおびき出す陽動用かな。良くできた術だね。彼女強いよ?』

そんなことは言われずとも分かっている。

浮遊術を展開し屋根に飛び乗る。

犬たちは障害物や結界の壁に当たると跳ね返りめちゃめちゃな軌道で獲物を探す。

屋根の上にまで上がってきているのが見えた。よけ続けるのは難しいかも知れない。

「たまは……!わたしが……!どんな思いで」

少女の足下に紅。

可愛いらしい顔が苦痛と鼻血で汚れ歪んでいる。

処理が追いついていないのだろう。無理もない。

俺と会話したことで絶対に殺すという信念に少し乱れも生じているのだろう。頑なな思いは人を強くするが、同時に核を喪えば脆い。

 

これだけの術、準備も大変だったに違いない。

殺す決意で向かってきたのだ。

本当に、この子はどれほどの思いでここに来たのだろう。

 

「あぐ、う」

 少女は膝をついた。

「まだだめ……まだ……殺してない……」

遠目からメルキオルの『眼』で見てもわかるくらいに炎は彼女自身を蝕んでいる。

発動に失敗した術の破片が鬼火のように浮かび上がり術者本人に食らいつく。

耐火付与しているだろう着物にまで貼り付く炎が見える。

「メル、さっさと決めよう。早く止めてやらないと死んじまう」

『朔、きみは復讐者としては本当にド三流だけれど、人間としてそのお人好しさは好ましいと思うよ。』

「焼き鳥にするぞ」

あまり術をひけらかすのは避けたいが、環の知り合いが死んでしまう。

それは、避けたい。

 

 術を組み上げる。

メルキオルの容量一杯まで、飛び交う犬には当たらないように。

幸い少女は動けない。少女を無力化すれば領域が消える。

魔術生物は領域が消滅しても動き続ける。

支配権を取り直ぐに領域を張り、犬共を無力化する。

厳しい。

厳しいが、不可能ではない。

それにしても、この娘は何者なのだろう。

環の同級性なら17かそのくらいのはず。

しかし扱う術はどれも高度なものだ。そこらへんの術士や学校で習えるような物じゃ無い。

 

魔術生物

炎の術士

 嫌な予想が導き出された。

確か、橙が近くに住んでいるとは言っていた。

弟子を取ったとも言っていた。

「まさか」

こいつは

「やれやれ」

声。

 

 

音もなく、朔の足下に黄金色の獣が居た。

「!?」

気配なくいつのまにか現れた、狐に似たそれから逃げるように朔は一歩後ろに下がる。

生物ではない。生命体には微量でも含まれる魔術素子を全く感じない。

これも犬と同質…いや相当高練度の魔術生物。

「ああ、それ以上動かないでおくれ、殺してしまうから」

空気が軋む。

「よいしょ」

 まず目についたのは黒い手。それはごく薄い手袋の色。

そして手を起点とした切れ目とそこから覗く白髪。

結界への物理介入。

 白髪、白い肌、金色の瞳。暗い色の着物と羽織。黒に箔を散らしたおそらく刀。

シックながら派手派手しい男。

先に侵入していた獣と同じ、おそらくは狐を模したであろう魔術生物が幾匹も足下を駆けていく。

顔は若いが、思い当たる人間は一人しか知らない。

 

彼は悪である。

賢者であり愚者である。

汚点であり象徴である。

狐である

屍を積み上げ血の川を泳ぎ炎を着る男

神楽坂庵

 

 神楽坂庵といえば老人でありながら国内のトップ魔術師に名を連ねるとともに国際指名手配されている殺人鬼。殺し屋。

 犯罪者であるのに評価されているのは彼の生み出し周知した術式の多彩さ、多様さ、研究の希少さなどが他の追随を許さないほど価値があるものだからだ。

中でも炎と魔術生物研究では国内外でも比肩する者はいないだろうと言われている。

生きる伝説などと崇めるシンパも少なくなく、カルト教団もあるネタの集合住宅のような男なのだが、彼の『納得する額を払えば誰でも殺し、殺すためなら何でもする』という信条から協会も手を焼いた生粋の問題老人である。

十年余前突然協会と和解すると声明が出た際は数々のゴシップを聞いたものだ。

 

 

「怪我が治りきっていないのになにを飛び出したかと思えば」

 軽い足取りでトントンと屋根を伝い地面まで降りると庵は肩で息をする少女に歩み寄る。

「んー?……フム」

近づいただけで少女に絡みついていた炎が庵に襲いかかる。

庵は躊躇いなく一匹を掴むと”握り潰した”。

「……やりなさい」

 足下の炎、少女を蝕む炎に、端から金の狐が食らいつく。

耳を劈くような悲鳴、あるいは笑い声か。

甲高い音を立て、術が術を喰っている。

 魔術による魔術浸食。

相手の術解析ができていないと不可能な高等術式だ。

仲間がやられたことに気づき、他の魔術生物が集まってくる。

飛びかかる溶けかけた犬、いや最早マグマに近い魔術生物を振り向くこともなく黒い刀で切り払う。

術式核にしていたのだろう砕けたガラス玉が道路に散らばる。

庵は群がるそれらを狐と伴にちぎり引き裂き食い破り切り伏せていく。

 

 圧倒的な術の練度の高さ、そして戦闘術の技量。

 俺は背中を脂汗が伝うのを感じながら、眼の前で起こっていることから目を離せない。

メルキオルが籠の中でくるくる回っている。

『朔あれめっちゃコワイ』

俺もだ。とは言わなかった。

 

「ルール違反ですよ。邦子」

 辺りが暗さを取り戻していく。夏ばんでいた気温も急速に冷え、冷たさが肌を刺す。

狐たちは仕事が終わって飽きたのか思い思いに庵の肩に乗ったり足下で転がったりしている。

 庵は膝をつくと手を付いてしゃがみ込んでいる少女、邦子の顎を持ち上げ、頬を平手で打った。

「いお……り……」

「使い慣れない術にまで手を出すとは、雑魚が相手でなければお前が死んでいたのは分かりますね」

説教が始まった。

「ごめ……」

ぴしゃりと返しに一発。

「声で分かりますよ、自分の肺腑まで灼くとはなんて愚策。なんて脆弱。しばらく術は禁止です」

庵は叱りながら邦子の体の傷を診ている。

「まったく……こんなに火傷をして……」

 

 間違いない。

邦子と呼ばれていたあの少女は、神楽坂庵の弟子だ。

 体力も精神力も限界だったのだろう。庵が手をかざすと邦子は抵抗なく眠りに落ちた。

 結界もろとも領域が消滅する。

朔が屋根から降りると邦子を抱えた庵が歩み寄ってきた。

まじまじと見てもとても老人には見えないが、その笑顔にはなにか張り付けたようなものを感じる。

神楽坂庵は狐と呼ばれているだ。きっと化けているのだろう。

「うちのこが迷惑をかけましたね」

言葉にしづらいが真っ当なことを言われ、戸惑う。

「いや……俺も………………悪いが身に覚えは無いんだが、なにか……した……のか……?」

「タイセツなオトモダチを取られて嫉妬しているだけですよ。ふふ、可愛い子です」

腕の中の少女の頭を撫でる姿は歴戦の殺人鬼とはほど遠いものに見える。

「ワタシとしては、キミにはよくやったと褒めてあげたいところです。そのまま芦原のガキとくっついてくれて構いませんよ」

初対面の相手に何を言うんだこの男。

「ワタシは有名人らしいですから名乗る必要はないかもしれませんが神楽坂庵。素敵な殺人者です」

庵は片手で手品のように黒い名刺を出した。

「ああ、ワタシの名刺は1000万位で売れるらしいですから困ったらドウゾ」

クスクスと笑うもその感情は底が知れない。

俺は殺し屋の名刺なんかどうしろというんだと思いつつ懐にしまう。

「望月朔だ…」

「ふふふ、知っていますけどどうも正義の魔女狩り君」

何もかも知っているという顔をされると腹立たしいが、こいつ相手にケンカを売っても良い事は全く無い。

正面から戦っても勝ち目は無いだろう。

「ああ、この子はワタシの奥さんになるのでね。アホなことは止めますが、手を出したら生皮を剥いで殺すから」

庵はにっこりと笑った。

「覚えておくよ……」


 
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