二十一世紀半場に差し掛かった頃、世界中を恐慌の波が襲った。一部の人間達が目先の利益を優先し、未来のその付けを支払わせ続けた結果、貧富の差が拡大し多くの人々が貧困に喘ぐことになった。
頼みの政府も己の財産を守ろうことに必死な政治家ばかりで、人々は政府に対する不信感と怒りを募らせていった。
そして、それは都市の独立へと発展していくこととなった。
最初に独立を宣言したのは『デトロイト』と呼ばれていた都市だ。その都市は警備ロボットの開発を行っていた企業が実質的に支配しており、政府に対する不信感を利用し、すべての権力を手中に収めようと考えた。都市の人々も自分たちだけでも幸福になろうとこの独立を後押しし、ここで初めて『都市国家』という物が誕生した。
デトロイト自体はその後すぐに鎮圧されたが、都市の独立運動は世界中で勃発し、政府と同盟を組んだ都市国家連の間で戦争が起きた。
戦争と言っても殆どが内乱のようなもので、独立を始めた都市の殆どには国を支えていた技術や開発を行っていた企業がいたため、政府は徐々に力を失っていった。
戦争は二十年も続いたが、最終的に政府が都市の独立を認めることで戦争は終決した。都市国家はあくまで都市の内部だけを統治し、都市から一歩外は政府の統治領と決まったが、戦争で力を失った政府に広い領土を管理する力はなく、荒廃した無法地帯と化していた。
政府側に残った市町村は度重なる戦争と貧困で文化レベルが衰退した一方で、都市国家は実質的に支配していた企業の科学技術によって独自に発達を遂げた。
特に、環境管理システムを開発していた企業によって独立した、ある都市国家は『太陽都市』と呼ばれるほどの力を持ち、誰もがその繁栄に終わりはないと思うほどだった。
都市国家と政府領の戦争が終わり既に半世紀以上経った。
イギリス政府統治領『エクセター』。都市国家との戦争の時は比較的被害も少なく、都市国家との戦争が終わってから60年以上経った今では、戦争以前ほどではないにしろ、活気のある街となっていた。
「すみません、キップルケーキを四つ下さい」
この街で生活をするマーキス・カッターは仕事が終わった帰路の途中でお菓子の移動販売車に立ち寄った。この町に住んでそろそろ一年が経つ。お祝いも兼ねて、恋人が以前から食べたがっていたケーキを買おうと思ったのだ。
キップルケーキは政府領だけでなく、都市国家でも人気のあるお菓子だ。砂糖の練り込んだスポンジ生地に、カスタードクリームを塗りたくった物だ。甘い物が大好きな恋人は気に入っているようだが、マーキス自身はあまり好きではない。甘いもの自体は嫌いではないが、この菓子は一度食べたら、一年間は食べなくても充分だと思うほどに甘ったるい。これを何個も食べれる恋人の健康を心配してしまう。
「四つくれだって?」
店員はジロジロとマーキスを伺った。
「ぼうや、こいつはちと高いぞ。ぼうやの貰えるお小遣いじゃあ、二つで充分じゃないかな?」
戦争の影響で、政府領では食料や生活品等のあらゆる物が不足している。砂糖やカスタードクリームといった物は貴重であり、結構な値段をする所謂嗜好品という物だ。
だからこそ、みんなが食べたがるのだろう。その気持ちだけはマーキスにも理解できた。
「いいや四つで。このクッキーの物二つと、果物の乗った物二つの四つで。あと……」
マーキスは店員をキッと睨みつけた。
「僕はぼうやじゃない。ちゃんと仕事もしている成人男性だ」
そう言ってマーキスは自身の住民票を見せる。そこにはマーキスの生年月日が印されているが、生まれたのは二五年前と印されていた。
店員がマーキスを子どもと勘違いするのも無理はなかった。なぜなら、マーキスの外見はどう見ても小学生くらいの子どもで、どう見ても二五歳の成人には見えなかったからだ。記者として働いているため格好こそキャスケット帽子に背広姿だが、却って子どもらしさを強調させていた。
信じられない店員はある物に気づくと、マーキスの顔をじろじろと眺めだした。
「……ああなるほど。その虹色の瞳……あんた『セーヴァ』だね。初めて見たよ」
『セーヴァ』。人間以外、紛い者という意味を持つ。その理由はセーヴァが人間にはない『超能力』を使う存在だからだ。
第二次性徴以前の少年少女のみがなるとされ、その証として瞳の色が虹色に変異する。政府と都市国家の戦争が始まった頃に現れ始め、現在も各地でセーヴァになる子どもが確認されている。
使える超能力は個人によって異なるが、どうやら彼らは通常の人間よりも脳が発達し、強い脳波を出すことで超能力を扱っていると考えられている。
もう一つの大きな特徴として、セーヴァになった子どもはその時点で『肉体の成長が止まっている』。
その代わり、年を経る度に超能力の強さや制度が高まっていく。肉体の成長の力が全て脳の発達、進化へと向けられていると考えられている。
マーキスも一三年前にセーヴァになってから、肉体の成長が止まっている。だから、外見は一三年前、一二歳の小学生時分のままだ。
「分かって貰えたなら嬉しいけど、早くケーキをくれないかな。仕事が終わって、家に帰る途中なんだ」
店員は慌てて注文通りにケーキを箱に詰めて差し出した。マーキスはお釣りの出ないように支払いをすると、やや乱暴にお金を差し出して受け取り、その場を後にした。
「せっかくのお祝いなのに、ついムッとしてしまった……反省しなきゃな……」
歩きながらマーキスはポツリと呟いた。
セーヴァになって既に十年以上経ち、周囲から奇異の目で見られることは慣れているが、気分のいいものではなかった。おかげでこの街で仕事を見つける時も相当苦労したのだ。
マーキスが働いているところは『サーカス』と言う大衆誌、ニュース配信を行っている会社だ。会社と言っても社員は自分を含めて6人程度の小さな会社で、あまり人には自慢できない『上品とは言い難い』職場だった。
マーキスは記者として得た情報を編集長に連絡するが、毎回大目玉を食らっていた。その理由が、事実だけを客観的に書いているだけだからという物だった。
編集長いわく『我々報道者はエンターティナーだ。如何につまらない事実を、世間が望んでいる面白おかしい物にするかが大切なのだ』。この言葉をマーキスは嫌という程聞かされた。
そして、サーカスの一番人気が配信されてる番組の中にある『ストリップインタビュー』と呼ばれる物だった。これは、女性インタビュアーの際どい質問に対し政治家や芸能人がちゃんと答えると、目の前でインタビュアーが着ている服を一枚ずつ脱いでくれるという物だった。
これだけのために、サーカスの配信している番組を見てる人がいるくらいだ。特に夏になると深夜に配信されてるにもかかわらず、多くの人が視聴しているのだ。
正直な所、もっと真っ当な所で働きたかったが、セーヴァに対するある偏見のせいで、今の職場以外に雇ってくれる所は現れなかった。
セーヴァに対する偏見。それはセーヴァが『魂が穢れている』という認識だ。
セーヴァが超能力を発現したのは、常日頃から他者や社会に対して敵意や悪意を持っている反社会的な人格の持ち主であり、その結果、脳が変異して攻撃的な力を得たためである、というのが理由だそうだ。つまり、生まれつき反社会的素質を持った異常者であると考えられていたのだ。
そのせいで、セーヴァであるマーキスは信用されず、どこも彼を雇ってくれなかった。ただ、サーカス社はマーキスが超能力者という物珍しい存在だからという理由で、彼を雇用した。
ところが、せっかく雇ってみたものの、マーキスが超能力を使うことなく、普通の人と同じように仕事をしていくので、何か事件を期待していた編集長は落胆し、何かにつけてマーキスに当たるようになった。
それもそのはずで超能力者も普通の人間とかわりなく、超能力そのものも人によって千差万別で、必ずしも他者に害を与えるものだけではない。セーヴァになった直後は精神状態が不安定で、自身の超能力を制御できず、何かの拍子で暴走することはあれど、セーヴァになったからと言って、進んで他人を傷つける様な事はしない。
まして生まれつきのサイコパスであるわけでもなかった。
だが、ある一人の邪悪な男が、『恐ろしい超能力を持ったセーヴァは、生まれながらにして魂が穢れている。』として弾圧、排除を行うことを宣言した。セーヴァに不安を感じていた人々はこの男によって扇動され、太陽都市を中心とした都市国家圏では、セーヴァだと判明した時点で、殺害しても罪にならない事が政府によって認められ、多くのセーヴァが理不尽に、一方的に命を落とした。
一方で、セーヴァの超能力を利用しようとするテロリストや科学者のために、政府領では人身売買が横行し、人として扱われていなかった。戦争の時はセーヴァを兵器として扱った前例がある。セーヴァは洗脳が容易で、しかも敵に警戒されにくい子どもだからだ。そういった事も、セーヴァの偏見を助長させていた。
今でこそ、セーヴァも人並みの生活を送れるようになってはいるが、やはり、一度着いた偏見は消えたわけではなかった。
「……誰かついてきているな」
足早に帰り道を歩いている途中、マーキスは気づいた。
先ほどの店員のやり取りを聞かれたのか、それから自分に向けられる妙な視線を感じた。普段であれば、視線を感じることはその場限りなのだが、その視線がずっと着いて来ているのを感じているのだ。こういった時、大概、ろくな目に合わない。
昔は気付かなかったが、セーヴァになって以来、こういった他者の視線や気配を察することが出来るようになっていた。発達した脳の影響なのだろう。予知能力とまでは言わないが、年々勘の様なものが冴えてきている。
「家まで来られると面倒だ。何とかしなきゃ……」
マーキスは途中、道を変えた。
やはり、着いて来る視線を背後に感じながら、マーキスは歩き続けた。
少しの間歩いていると、周りは空き家が並ぶ道になった。この時間は人通りがなく、自警団さえほとんど来ることがない場所だ。この場所なら、何があっても大事にはならない。
おもむろに、マーキスは背後を振り返った。
そこには二人の男がいた。二人とも薄汚れたロングコートを羽織り、帽子を目深に被った格好をしており、突然振り向いたマーキスに面食らったようだ。
「おじさんたち誰? さっきから僕の後を追いかけているみたいだけど、自警団の人呼んじゃうよ」
マーキスは子どものふりをしてみたが、それを聞いた二人の男は身体を小さく震わせた。どうやら、笑っているようだ。
「ただの子どものふりをしても、意味は無いぞ。こっちはあんたと店員のやり取りを聞いていたんだぜ。セーヴァのマーキスさん……」
やっぱり駄目か、マーキスは内心ため息をついた。
「あっそう。じゃあ、単刀直入に言うよ。あんたら僕に何の用があって付け回した?」
「俺たちは……そう、ちょっとした支援団体だよ」
「あんたのようなセーヴァや職のない人間たちのために仕事を探してやってるのさ。政府領にはそういった人間がごろごろいるからな」
話しながらさり気なく近づいてくる男たちに手を伸ばして静止させる。セーヴァや職のない人間に仕事を与えるだって? 十中八九真っ当な奴らじゃない。それだけは、デーキスにも分かった。
「そう……でも、僕には必要ないね。僕はセーヴァだけど、ちゃんと仕事もしているから……他の人を助けてやってよ」
「待ちな。そうは言ってるが、あんたは本当にそれでいいのか?」
「あんたはセーヴァだろ。他の奴らにはない超能力を持ってるが、それはちゃんと使いこなせてるのか? どうせ、そんな特別な力を持っていても、今の仕事じゃあ宝の持ち腐れだろ?」
「せっかく他の奴らにはない力を持っているんだ。あんたは特別な……そう、選ばれた人間なんだぜ?」
セーヴァが特別な人間……男たちの言葉でマーキスは彼らが何者なのか予測がついた。
「俺たちは『レジスタンス』だ。昔、あんたらセーヴァを迫害した『太陽都市』のような都市国家を全てなくすために活動しているんだ」
「つまり、俺たちはセーヴァの味方なんだ」
レジスタンス。都市国家では『アンチ』と呼ばれてる連中が自称して使っている名前だ。アンチとは、都市国家で破壊活動を行っているテロリストの呼び名だ。元々は戦争時に、都市国家から追放されたり職を奪われた技術者たちで構成された抵抗運動団体だったが、徐々にその手口は過激になり、今では完全なテロリスト集団となっている。
都市国家では勿論危険な存在とされているが、政府領側でも、末端の構成員はごろつきとほぼ変わらず、至る所で問題事を起こしているため、住民からは嫌われている。
しかも、セーヴァの味方と言っているが、戦時中から戦後にかけて、セーヴァとなった少年少女の人身売買や洗脳教育を行って破壊活動をさせていたのだ。間違っても味方などという存在ではない事をマーキスは知っている。
やっかいな連中に見つかってしまったなと、マーキスは思った。一方、彼らはマーキスが何も知らないと思ってアンチに勧誘しているのだ。セーヴァの力を利用するために。
「あんたは知っているか? 一四年前、セーヴァの迫害を行っていた太陽都市で起きたセーヴァ解放革命の事を……」
「そんなの知らないよ」
「一四年前、セーヴァのフライシュハッカーという少年が、セーヴァの権利と自由のために仲間を率いて太陽都市で大規模な抵抗活動を行った。その結果、太陽都市含め世界各地の都市国家でセーヴァの迫害や弾圧がなくなったが、その時にフライシュハッカーに力を貸したのが、何を隠そう我々レジスタンスだったのだ」
「だが、今でもセーヴァの偏見は完全にはなくなっていない。だから、セーヴァの権利を拡大させるために今でも我々は活動して……」
「あっはははは!」
突然マーキスは声を上げて笑い出した。
「なるほど、そういう事になっているのか……でも、アンチの人たちには都合がいいかもね……」
マーキスはキャスケット帽子を脱いだ。仕事中は常に帽子を被るようにしていた。彼の髪は癖がとても強く、いくら直しても何かの拍子ですぐに跳ねてしまうからだ。
「ねえ、僕の顔どこかで見たことない? 多分、アンチの人なら知っていると思うんだ」
マーキスは故郷ではそこそこ顔を知られている有名人だった。だが、それは故郷を離れエクセターに住む理由の一つでもあった。
「お前、一体何を……?」
「待て、お前見たことあるぞ……」
男の一人が気づいた。そして、ハッと何かに気づくとマーキスを指差して叫んだ。
「その顔、そしてまとまりのないその頭……! 太陽都市のデーキス・マーサーだ!」
デーキス・マーサーはマーキスの本名だ。わけあって、彼は名前の他にも個人情報の殆どがデタラメだった。
「太陽都市のセーヴァが起こした抵抗活動……本当は、超能力者の集団のリーダーであるフライシュハッカーが、非超能力者との間に戦争を起こそうとした事件だった……」
当時、超能力者であるセーヴァを率いていたフライシュハッカーは、非能力者に対し並々ならぬ憎悪をたぎらせていた。彼は少年少女だけであるセーヴァが、超能力の使えない大人たちに反旗を翻すことで人々を不安と恐怖に陥れ、かつての戦争以上の惨劇を引き起こそうと企てた。
セーヴァは少年少女の中だけから生まれる。フライシュハッカーはセーヴァが非超能力者の大人を襲うことで、いずれ普通の子どもから再びセーヴァが生まれるかもしれないという恐怖を植え付け、彼らがおぞましい行為に手を出す様に仕向けようとした。
だが、非超能力者とセーヴァの間でどうやって折り合いを付けられるか模索していたマーキス……デーキス・マーサーと彼の仲間によって、フライシュハッカーの目論見は阻止された。
「アンチは彼やセーヴァの力を利用して太陽都市を壊滅させようとしただけさ。最も、逆に利用されてしまったみたいだけど……」
マーキスたちの活躍で、結果的に太陽都市でセーヴァの弾圧はなくなり、続けて他の都市国家でも命の安全は保証されるようにはなった。
「そんな事があって、僕もアンチの人にはちょっと顔が知られているんだ……」
「確かにあんたは有名人だよ」
静かな夜に破裂音が響く。男の手には硝煙を登らせている。マーキスの身体がよろめく。
「お前も早く撃て! こいつを殺せば自慢できるぜ!」
続けざまに男たちは銃弾をマーキスに撃ち込でいく。
「いくらセーヴァだろうが。身体はそこらのガキと同じだ! 超能力を使う間もなければ……!」
途中まで言いかけて最初に撃った男は気づいた。最初の不意打ちでよろけたはずのマーキスが、まだその場に立っていることに。
マーキスは何事もなかったかのように体勢を戻した。よく見ると、彼を包むかのように周囲の空間が僅かに発光している。
「な、何で、銃弾は当たったはず……!」
はんば無意識に男は銃弾を撃つ。弾丸はデーキスの目の前で、火花を散らせて弾け飛んだ。
男は目を丸くして硝煙で残った弾丸の軌道を目で追った。もう一度引き金を引いたが、全て撃ち尽くしたようで、虚しく音が鳴るだけだった。
「ふう、用心してたからよかったけど、いきなり撃ってくるんだもんな。やっぱり、顔を知られてるのは危険だな……」
マーキスは軽くため息をついた。男たちと話してる時、既に自身の超能力でバリアーを張っていたため、銃弾は全て彼に当たる直前で全て弾かれていた。
マーキスの超能力は、自身の周囲に放電現象を引き起こす能力だった。その能力で自身の周囲に電磁障壁を作り出す事で、外敵から実を守ることが可能だった。感情の高ぶりによって強さが変動するため、セーヴァに目覚めた子供の頃……まだ精神的に未熟だった頃は能力の制御がままならず、周囲を傷つけることがままあった。
昔は自身で扱うために強く念じる必要があったが、今では平常心を保ったままある程度は強さを変える事が出来る。最も、知らず知らずのうちに能力を使っている時があるため、精密機械は身に付けることも出来ず、携帯端末もすぐに壊してしまう。
セーヴァが普通の人間とは違うということを嫌でも感じさせられていた。
「くそ、忌まわしい『紛い者』め!」
「早く逃げるぞ。しょうがねえが仲間に連絡だ!」
男たちはすぐに振り返って元来た道へ駈け出した。その後姿をマーキスは追いかけもせず見送る。
「ははっどうした! そんなチビじゃあ、大人の俺たちにはついてこれないと分かったか?」
「いくら超能力が使える紛い者でも、身体はそこらのガキと変わらないものな! 今度から夜道には気をつけな!」
「……はあ、だからアンチの人たちに気づかれるのは嫌だったんだ。こっちも強行手段に出なきゃいけないから」
おもむろに、マーキスは屈みこんで、足元の地面に片腕をついた。
すると、マーキスの手をついた辺りの地面から、砂や小石が飛び跳ねながら二人の男たちの下まで伸びていく。
「ぐあああああ!?」
突然、男たちは足元から全身を駆け抜けるような激痛を全身感じ、その場に転げ落ちるように倒れた。立ち上がることも出来ずに這いつくばる男たちに、マーキスは歩いて近寄る。
「銃を撃ち尽くしてくれて助かったよ。暴発して大怪我でもされたら夢見が悪いからね」
マーキスの超能力は放電現象を発生させることだが、手で触れた物に直接電流を流すことも出来た。地面に電流を流して男たちを感電させたのだ。
マーキスの超能力で流した電流は、流れる方向を自由に操作できる上、例え絶縁体であろうと無理やり電流を通すことが可能なのだ。
電磁障壁を発生させたように空中放電でも男たちに電流を流すことも出来たが、それでは威力の制御が難しいため、地面に流した際の余波で男たちを感電させた。致命傷にはならないためにマーキスなりの手心だ。
「さてと、この後はどうしようかな。また来られると面倒だしな……」
男たちを縛り上げた後、マーキスは腕を組んで考え始めた。
「……俺たちを自警団に突き出すつもりか?」
縛られた男が口を開いた。
「やってみろよ。最もそうした所で俺たちの仲間が嗅ぎつけるさ。俺たちだけじゃない。『紛い者』どもの超能力を利用したい奴なんかそこら中にいるぜ……」
マーキスは黙ったまま、男を見下ろす。男の言葉を聞いた彼の目は子どもの物とは思えないほど冷たい。
「年も取らない、変な力を持ってる。そのくせに、人間様みたいな生活しやがって。お前の回りの普通の人間はみんなそう思ってる。お前の両親もな! お前は人間によく似た別の生き物だ! だからこう呼ぶんだ、不気味な『紛い者』め!」
男がマーキスに向かって叫ぶ。この世界の人間が、超能力者であるセーヴァに抱いてる感情を。
マーキスの髪が逆立ち始める。感情の昂ぶりで生じた放電現象の影響だ。
「ほら、どうした? 得意の超能力を使ってみろよ。お前らは平気で他人を傷つけられるんだろ? なんてったって、お前ら紛い者は魂が穢れて…」
男が言い切る前に、マーキスは男に近づいて頭を掴んだ。バチッと火花が飛ぶような音がしたかと思うと、男は糸の切れた人形の様に動かなくなった。
「ひっ、殺した……ひぃー!」
もう一人の男が恐怖で叫び声を上げる。マーキスはそのまま、暴れる男の頭も掴んだ。先ほどの男と同じように、暴れていた男は静かになった。
マーキスは辺りを見渡した。人気のない夜道、風の吹く音だけが聞こえる。どうやら、誰にも見られてはいないようだ。マーキスは安堵の溜息を漏らした。
「ふぅ……さてと……」
マーキスは男たちの拘束を解いた。身動き一つしない彼らだが、僅かに腹部が前後していることから死んではいないようだ。
「記憶はちゃんと消せてると思うけど、何か後遺症がないか心配だな。思わず力が入っちゃったから……」
マーキスは男たちの顔を覗き込みながら呟いた。
マーキスは男たちの頭を掴み、超能力で脳に直接電流を流した。流した電流の強さ自体は大したことないが、これによって軽い催眠状態や記憶を操作することが出来るのだ。
相手が厄介事を引き起こすような人間にのみ、マーキスはこの手段を使うようにしている。効き目はあるが加減が難しいため、間違えて相手に余計な危害を加えないためにも、必ず相手を拘束してから行うように心がけている。元々、マーキス自身この手段は嫌っており、本当に、自身と周囲の人間を守る時のみ使うだけに留めている。
「姿形は似通っていても、別の存在か……」
まだ能力も未熟な時に、自分自身に電流を流したこともあった。暫くは自力で立てなくなるほど酷いものだった。超能力で電撃を操れるが、マーキス自身には電気に対する耐性はない。そこら辺は普通の人間と変わらない。だから、その痛みは自分自身でも理解している。
「僕らは……少なくとも僕は普通の人間として生きていきたいだけなんだ。だから、邪魔しないで欲しい。そうしてくれれば、僕も危害をくわえたりなんかしないさ」
意識のない男たちにそう言うと、マーキスは歩き出した。帰りが遅れてしまったから。家で待っている恋人はきっとカンカンだろう。せめて、買ってきたケーキで機嫌を直してくれるといいけどと、マーキスは思った。
夜空を見上げる。マーキスの目には綺麗な緑青色の月が見えた。超能力者には月は黄色ではなく、緑青色に見えるのだ。
でも、月の色が変わった所で月は変わらず地球の周囲を回って、夜になると陽の光を反射して光っている。その本質自体は何ら変わらない。
それに、これはこれで綺麗だ。マーキスは夜空を見上げながら帰路を急いだ。
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紙の月シリーズの外伝。都市国家の外はどうなってるかというのを補足説明するために書いた話。
あと、本編後はどうなるかなんかも少し