『反乱』
反乱とは、
権力や支配者に背いて武力行動を起こすことである。
泗水関で湧き上がる歓声。
勝利の雄叫び。
連合軍を全滅とはいかなかったものの敗走させる事が出来た董卓軍の兵士たちは、
その立役者である呂布を賞賛する。
両手を挙げて勝利を喜ぶ者、
拳を握って高ぶりを表す者、
呂布に握手を求める者。
呂布とその隣にいた張燕は兵士たちに取り囲まれ身動き出来ない状態になっていた。だが、
「呂布殿ぉぉぉっ!!」
「やるやないか、呂布ちん」
「…お見事」
そこに呂布の生還を喜び泣きながら走る音々音、
呂布の働きに感嘆する霞、
目を瞑りながら頷く陽炎が兵士たちを掻き分けて来る。
お陰で呂布の包囲は解かれ、これには呂布と張燕も横目で互いを見合い安堵した。
と、今回の作戦で張燕たちが戻ってくる事は知っていたが、
張燕が呂布の隣にいたことに気付いていなかった霞が張燕の顔を見ると暫く止まり、
「あーっ!!早苗、早苗やないかぁっ♪」
と言いながら指差すと次の瞬間には張燕の胸に飛び込んだ。
その光景を見た呂布は微笑し、
今だに小脇に抱え気絶する何儀を霞と張燕に投げ込む。
勿論、突然飛び込んできた霞に態勢が不安定になっている張燕は何儀を受け止める事は出来ず、
三人は大きな音を立てて倒れる。
「ハハハッ、やっと皆集合したなぁ♪」
「ちょっ、霞!!そこはッ、あっ、ん……く、五月雨も早く起きんかッ!!!」
「ぅきゅー……」
だが、倒れても尚、霞は張燕と何儀をまとめて抱いてモゾモゾと動き、
それに張燕は顔を紅めながら何儀の頭を振り、
何儀は今だに気を失っていた。
その光景に勝利の雄叫びを上げていた将兵たちは笑い、
泗水関に和んだ空気を漂わせた。
呂布もその光景に穏やかな表情を浮かべる。
離れ離れになって以来望んでいた上党時代の仲間との再会。
呂布はそれを実現させ、笑みを浮かべる朱椰の顔を思い浮かべた。
「ねねは感激したのです!!元々そうなると分かっていたかのような策略、ねねは…ねねは…涙が出ますぞぉぉぉっ!!」
そんな呂布を呼び覚ますように泣き始める音々音。
呂布はそんな音々音を見ると歩み寄り、優しく頭を撫でる。
「…確かに策は成ったが、それも全て泗水関の指揮を執ったねね、そして奮闘した将兵たちのお陰だ。皆、良くやってくれたな」
音々音を撫でながら周りを見て将兵たちに感謝の意を伝える呂布。
涙を流していた音々音はそれを聞くと慌ててその言葉を訂正しようとした。
「りょ、呂布殿ッ、この戦でねねは何も…」
「全くやわ。ねねの指揮のお陰で、呂布ちんが来るまで耐え切れたもんやからな」
だが、音々音の言葉は、
何儀と張燕の肩に手を回しながら言う霞によって遮られてしまう。
音々音は霞を見て『違ぅ…』と言いかけるが、
それを陽炎が止めるように音々音の肩に手を置く。
「…いや、正しいさ。そして、戦は此だけではない。次の戦も期待している」
音々音に諭すように言う陽炎。
“次の戦でもっと良い指揮を執れば良いんだ”と。
それを悟った音々音はそれ以上何も言わず、
陽炎の言葉に目に涙を溜めながら何度も頷いた。
「それにしても、ほんと予想的中やったなぁ?」
「…切れ者の曹操は呂布殿を無視して泗水関に向かい、そこで連合軍の戦力分断が起きる…此処まで予想されるとは」
音々音が気持ちの整理を終えるのを確認すると、
霞と陽炎が呂布に向かってその策略を感嘆する。
その言葉には張燕も頷く。
「そして、我々と事前に連絡を取ることによって、自身の護衛、及び連合軍の追撃部隊を出撃させる為の陽動部隊を出させた…」
張燕の言葉の途中で霞が、
『まぁ、護衛なんてせんでも呂布ちんは勝手に無事に戻ってくるけどな…』
と苦笑しながら呟く。
張燕は更に言葉を続けた。
「呂布殿から文が来た時には、本当に驚きましたよ。何故、隠れて兵を集めていたのを知っているのだろう、と」
「…お前が晋陽付近を拠点に兵を集めることは前の世か…いや、予想していた。そして、それが確信に変わったのは、ねねが仕入れた情報のお陰だ」
これに対して呂布は、
途中前の世界の事を言いかけるが周りに董卓軍の兵士たちが居たこともあり直ぐに言い直すと、
音々音の頭をポンポンと軽く叩いてみせる。
音々音はその行動に顔を赤らめ困った表情を浮かべた。
「……そして、連合軍の追撃部隊をおびき寄せながら泗水関に戻ることによって大軍を装い、貴様を無視して泗水関を攻撃していた部隊と同士討ち、か」
と、そこに敗走する連合軍の追撃を終え帰還した、
頬に付いた返り血を手で拭う華雄が呂布たちの下に現れる。
その姿を見た呂布はゆっくりと華雄に歩み寄ると片膝を地に着け拱手する。
華雄は呂布の行動に驚く。
「…泗水関の総大将を差し置き、勝手な行動、果ては大将に指示を…」
「っ、ば、馬鹿者!!散々やっておいて今更謝るな!!………勝ちは、勝ちだ。気にするな」
突然謝罪してくる呂布に、
華雄は怒ったように言葉を途中で遮ると暫く黙り、
顔を呂布から反らして言葉を続けた。
そして、そのまま照れ隠しのように戦斧を掲げ泗水関の将兵たちに向かって叫ぶ。
「我が軍の勝利だ!!勝ち鬨を上げよッ!!!」
華雄の叫びに続いて上がる将兵たちの勝利の雄叫び。
それは大地を響かせ、
撤退する連合軍の将兵たちの耳にも響いていた。
「ッ、き、きぃーーーッ!!悔しいですわーーーッ!!!」
「まぁまぁ…」
「麗羽様ぁ、落ち着いて下さい…」
背後の泗水関から聞こえる歓声に、腹を立たせる袁紹。
そして、それを諫める文醜と顔良は負け戦でボロボロなのに騒ぐ主君に疲れながら溜息をつく。
その後方では、
「うわぁぁぁぁんっ、愛紗ちゃん、鈴々ちゃん、死んじゃ嫌だよぉぉっ!!!」
「…ぅう、お姉ちゃん、これじゃぁ、本当に死んじゃうのだぁ…」
「と、桃香様…私たちは全然平気ですので………その、傷口が……ッ、はぅッ!!?」
荷馬車の上で傷付いた張飛と関羽、
二人の義妹たちを泣きながら抱きしめる劉備がいた。
関羽たちの苦しみの叫びは劉備の悲しみの叫びに掻き消され、
それを見ていた孫堅の部隊は汗を流す。
「姉妹愛というものか、我が子らにも負けぬ愛だな」
「……大殿、その愛があの者たちを苦しめてるように儂は見えるがのぉ」
その光景を見ず馬に乗り、
劉備の叫びだけを聞いて姉妹愛に感嘆し頷く孫堅。
だが、あの光景を見つめながら馬に乗る黄蓋は孫堅の言葉に、
“いやいや”と手を横に振った。
「それはそうと、祭。兵士たちの損害はどうなっている?」
しかし、孫堅はそんな黄蓋の突っ込みに返事を返さず、
表情を変えて尋ねる。
それに対して黄蓋は溜め息をつきながら後ろを振り返る。
「此方の兵士自体には余り被害は無いのですが、何と言うか、策殿がのぉ…」
黄蓋の言葉に後ろを見る孫堅。
孫堅たちの目には、眼鏡をかけた黒髪の女性を前に、
馬に二人乗りをして後を付いて来る元気の無い孫策の姿があった。
孫堅はそれを確認すると苦笑しながら前を向く。
「…鬼と闘り合ったのだ。それを糧にせよ、雪蓮」
孫堅はそうぼそりと呟くと、
黄蓋の肩に手を軽く置いてさっさと前に進んでいく。
黄蓋は孫堅の行動に、
「…ふぅ。任された」
と態とらしく承諾すると、
そのまま馬の歩く速度を遅め、
励ましの言葉を告げに孫策たちが隣に来るのを待った。
一方、
「………」
「…か、華琳様…?」
黙りながら先頭を進む曹操は難しい表情をずっと続けていた。
それに気付いた夏侯惇は包帯で固定した痺れる腕など気にせず、
曹操の顔を窺おうと覗き込もうとする。
「…姉者」
そこに“そっとしておきなさい”と言わんばかりに夏侯淵が呼び止め、
無言で首を静かに横に振った。
夏侯惇はそれを察したのか、曹操を心配した表情で見つめるとゆっくりと後方へ下がっていく。
曹操は考えていた。
何故、自分はいとも簡単に敗れてしまったのか。
何故、あの男はああなると分かっていたかのように行動していたのか。
(…策士?)
いや違う。
曹操は直ぐに出て来た言葉に首を振る。
呂布は自分の癖、性格、戦い方を知っていたかのようだったからだ。
「………知っていた、のか?」
曹操は馬を止め、
慌てて歓声の上がる泗水関を振り返る。
名は挙げた、
名声が上がっていても仕方ないだろう。
だが、自身の性格、戦略の全てを表に晒してはいない。
しかし、現に呂布は自分の行動を全て読んでいた。
「…呂布。計り知れない男ね」
“必ず、あの男は自身の覇道の大きな壁として立ちはだかるだろう”
曹操はそう確信すると、
その目に闘志を燃やすのであった。
それから数日間、
連合軍の反撃に備えて壁の修復、投石器の設置、守備兵の増強などを済ませ泗水関の守りを強化させると、
数名の将を残し華雄と呂布たち飛将守護騎は洛陽に凱旋する。
凱旋した呂布は李確に戦いの報告などせず、
音々音、陽炎ら守護騎に休むように伝えると、
霞、張燕、何儀を連れ朱椰の眠る墓地へ向かった。
「朱椰様、本当に亡くなられてしまったのですね…」
「……私に、もっと力があれば……ッ」
朱椰の墓前で涙ぐむ何儀と、悔しい思いに涙を流しながら拳を震わせる張燕。
それを見ていた霞が同じく涙を浮かべていると、
呂布がゆっくり何儀と張燕に歩み寄り頭上に軽く手を置く。
「…俺も何度もそう思った、何度もそう願った。だが、朱椰は天命だと言ってくれた。だから、お前たちはあいつの死に自身を恨むな」
その言葉を聞いた二人は呂布を見上げると、
涙を拭って強く決意した表情で口を開く。
「私は強くなりたい、まだまだ強くなりたい。これ以上、大切な人を失わない為に………だから、受け取ってほしい、私の真名を」
「私もっ!!」
「…宜しく頼む。早苗、五月雨」
二人の決意に呂布は笑みを浮かべ頷き、
彼女らに応える。
そして、
その光景を見る影が一つ。
呂布たちの死角から話を聞いていた華雄は、
涙に目を光らせるとゆっくりとその場を後にした。
激戦となった泗水関の戦いの後も、
敗退した連合軍は軍備を整え再び洛陽目指して攻めていった。
だが、その度に董卓軍はこれを撃破。
度重なる敗戦に疲弊していく連合軍は次第に味方同士で敗戦の原因をなすりつけ合い、
遂には仲違いによる内部崩壊で解散してしまう。
邪魔者が居なくなった李確は天下を暴力で掌握すべく更なる暴政を続け、
世はそれを董卓の仕業であると天下にその悪名が広がっていった。
泗水関の戦いから、二ヶ月後…
李確は天下を統一すべく、
涼州を支配下にする為に西涼の馬騰討伐の兵を出した。
腹心である郭巳を総大将に数十名の将、
八万の兵士を預けた李確。
知将であった彼女は勿論洛陽の守備も怠らず、
華雄と呂布率いる飛将守護騎を置く。
当に万全の状態。
李確は玉座に座る董卓の横で彼女の天下を目に浮かべ、
ほくそ笑むのだった。
しかし、
李確のその余裕も直ぐに無くなる。
復讐の鬼神はこの機会を待ちわびていたのだ。
「…揃ったか?」
夜の洛陽城下に灯される数千の松明。
闇に溶けそうな黒の甲冑を身に纏う呂布は辺りを見渡す。
そこには霞、陽炎、音々音、早苗、五月雨、
そして五千の飛将守護騎の兵士たちの姿があった。
「呂布ちん、後はアンタの号令一つだけやで」
呂布の顔を見てニッと八重歯を光らせるように笑う霞。
「…さぁ、行くぞ」
霞の言葉に呂布は頷き、
方天画戟ではなく両刃剣・望を夜空に掲げる。
今は亡き朱椰の愛剣を天に向かって突く呂布。
それはまるで“見守っていてくれ”と朱椰に願うかのようだった。
全ては、愛しき者の最後の願いを成す為に。
呂布は駆けた。
五人の信頼出来る仲間と五千の勇士たちを引き連れて。
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泗水関の戦いに勝利した呂布たち。
呂布は遂に行動を起こす。
再版してます。。。
作者同一です(´`)