『黄巾の乱』
黄巾の乱とは、
中国後漢末期に太平道の教祖・張角が起こした大規模な農民反乱のことである。
「…張燕様、上党に入ります」
上党の北に位置する晋陽近郊に姿を現す部隊。
その部隊は先頭に立つ人物以外全員黄色の頭巾を被っていた。
その先頭に立つ人物こそ張燕と呼ばれた人物であり、
彼女は黄色の頭巾で編成された部隊の中で唯一黒頭巾を被り、
高台から遠くに見える上党城を見つめる。
「進軍停止、斥候を放て。上党城の情報を得たら再び進軍を開始する」
城を見たまま部下に指示を飛ばす張燕。
隣に控えていた兵士は一礼してからその場を直ぐに離れる。
一人高台から上党城を見る張燕はフフッと微笑を浮かべると、
そのまま部隊に戻るのだった。
その頃、并州・上党城では…
「と、言うわけで、我が軍の将として士官に応じてくれた、呂布奉先よ。はい、拍手」
「呂布ちん、宜しゅう♪」
「………」
上党城全軍の兵の前で丁原によって紹介される呂布。
呂布は恥ずかしいという感情を通り越して、
この展開に呆然としていた。
まるで学舎での自己紹介の様で、
呂布はそんな事をさせる主が統べる軍が未だに滅んでいない事に驚く。
「…ん?どうしたの、奉先?」
そんな呂布の視線に気付いたのか、
丁原が呂布の顔をジッと見つめる。
いくら心の中で同一人物ではないと思っていても丁原の直視には耐え切れないのか、
紅めはしないものの直ぐに顔を背けた。
「ちょ、何?何か、顔に付いてるの?ねぇ?」
兵士たちの前でぐいぐい呂布に迫る丁原に、
「ちょいちょい、兵士たちの前やから止めいや…」
張遼は呆れながら止めようとするが、
呂布は逃げ丁原は追い、
三人はそのまま城壁から消えてしまう。
だが、兵士たちは特にその状況に驚きもせず、“毎度のことだから”という感じで兵士長らしき人物が兵士たちをまとめ、規律正しく解散するのであった。
後漢末期、
鉅鹿の張角なる娘を首領に黄巾賊という集団が漢帝国に牙を剥いた。
黄巾賊は瞬く間にその勢力を拡大、
その数はもはや一県の警備隊だけで対処出来る様なものでは無くなる。
これを漸く危険視した漢帝国は慌てて討伐軍を結成。
大将軍・何進を総大将に、皇甫嵩、朱儁の二将をその補佐官に命じる。
それを袁紹、曹操、孫堅、董卓ら漢帝国の武将たちが層を固め、
総兵力数十万にもなる討伐軍は都・洛陽を出陣する。
漢帝国に仕えていた丁原も上党城より討伐軍に加わり、
薊城の劉焉と共に黄巾賊の拠点である晋陽と業を攻めることになった。
後の世に言う『黄巾の乱』である。
城壁での自己紹介を済ませた呂布は、
張遼と共に街の警邏を行っていた。
城下街の治安はとても良く、
警邏をせずとも良いのではないか、
と呂布は疑問に思うが、
「警邏っちゅうのは、不穏分子や悪党を見つけるだけの仕事ちゃう。街の人たちが困っていたら助ける仕事なんや」
と、張遼が自慢げに話すのを聞くと、
丁原たちが民から信用されている意味を理解した。
自身が殺した丁原と政策方針が全く違う。
同じ名でもこうも違うと、
呂布は再び同じ世界に戻ったのか違う世界に来てしまったのか毎回混乱する。
だが、結局見出だされる結論は、
(…どちらでもないな)
と、なってしまう。
前居た世界だが、違う世界。
そんな矛盾した世界に今生きているのは事実。
「…不思議なものだな」
「ん?何がや?」
呂布は早くこの不思議な気持ちに慣れるよう努力する事を心の中で改めて誓い、
独り言に反応した張遼に、
何でもない、とごまかした。
それから暫くして、
警邏を終えた呂布たちは宮殿に向かおうとするのだが、そこに一人の兵士が慌てた様子で二人に走ってくる。
兵士は呂布たちの前に来ると息を荒げながら伝達し始めた。
「ほ、報告っ!!黄巾賊の一軍がこちらに向かっております!!その数、およそ五千!!」
「何やて!?」
張遼は兵士の言葉に驚きの声を上げ、
直ぐに呂布の顔を見る。
呂布はそれを横目で確認し、そのまま兵士に尋ねた。
「…敵の編成は?」
「く、詳しくは判りませんが、おそらく歩兵部隊かと…」
「…そうか」
呂布はそう言うと、
直ぐに兵舎に向かって走る。
置いていかれた張遼は、
「ちょ、呂布ちん!?あー…アンタは直ぐにこの事を丁原に話ぃ。んで、張遼と呂布はもう出撃した、っちゅうのも伝えときぃ。任せたで」
と、兵士に伝言を頼み、自身も直ぐに呂布の後を追う。
張遼は駿馬の様に走り、瞬く間に呂布に追い付いた。
ハァハァ言いながら隣を走る張遼に呂布は一瞬唖然とするが、その後直ぐに微笑してそのまま兵舎に向かった。
呂布は兵舎に着くなり上党城兵力一万五千の内、
より選りの騎馬隊三千を召集する。
張遼はその呂布の兵士選出に感嘆した。
(後々の事を考えて城に兵を多めに置く、利に適っとる編成や)
張遼は腕を組みながら、
兵士に指示を出しながら動く呂布を観察する。
戦闘力は出会った時に測ったが、
指揮・統率力も申し分ない。
張遼は凄い男が仲間になったのだと、
改めて此処で実感した。
と、ある程度編成を済ませた呂布が張遼と騎馬隊に向かって口を開く。
「…勝手に編成をしたのだが…皆、異存はないのか?」
今までテキパキと編成を指示していた呂布のその言葉に、
張遼と兵士たちは思わずポカンと口を開ける。
沈黙する張遼たちに、
呂布は尋ねた理由を言った。
「…いや、俺は新参者だ。こういう場合、古参の張遼が指示編成をすべきだろう」
呂布がそこまで言うと、
我に戻った張遼は笑いながら呂布に歩み寄り、
その肩を軽く叩く。
「呂布ちん、そないな事気にせんでええで。てか、ようそんなんで勝手に編成したな?」
「…身体が勝手に動いた。そして、後で気付いた。気付かぬ内に勝手な行動を取ってしまった、のだと」
ボソリと張遼の言葉に返す呂布。
そんな呂布に張遼は言葉を続ける。
「……あのな、ウチらは呂布ちんの事、仲間と信じとるから呂布ちんの編成に、指示に、何も言わず従ったんや。昔の呂布ちんに何があったか知らんけど、もっとウチらの事信じてぇな。もう、ウチら立派な仲間やで?」
「………すまない」
呂布は張遼の言葉に、
深く謝罪する。
呂布は身勝手な行動で仲間に裏切られる事を恐れていた。
その考えを裏切りの人生を歩んだ呂布が思う事自体身勝手なものなのだが、
この世界に来てから何かが変わり始めた呂布に『仲間』という存在はそれほど大事なものとなっていたのだ。
頭を下げて動かない呂布。
それを直ぐに顔を上げさせた張遼は、
「よし、良く聞けや。今回の戦い、呂布ちんに指揮の全権を任せる。皆、呂布ちんの指示に従い、各々奮戦しぃ!!」
と兵士たちに激を飛ばし、
呂布の顔をニッと笑って見る。
張遼の笑顔を見た呂布は何かが吹っ切れたのか、
一度頷くと兵士たちと張遼に今回の戦闘の作戦を話し始めた。
そして、数刻後…
上党城近郊に張燕率いる黄巾賊の部隊が現れる。
騎乗する張燕の後ろに槍や剣、様々な武器を手に持つ黄巾賊の兵士たちがゆらゆらと動く。
「行くぞっ!!」
そして、その目に上党城を確認すると、
張燕はニヤリと口許を上げて、
得物である太刀を肩に担ぎ馬の腹を蹴る。
張燕の後に続く五千の黄巾賊。
雄叫びを上げながら上党城に黄色の旗が迫ろうとしていた。
「張遼隊、行くでぇっ!!!」
そこに、
森林に隠れていた張遼率いる騎馬隊三千が走る黄巾賊たちの側面から突然現れ、襲撃をかける。
「想定内だ!!進軍停止、武器を構えろっ!!」
だが、張燕は張遼の襲撃に動揺せず、
的確に兵士たち指示を飛ばす。
(…チッ、戦局はあんまり変わってない感じやな。けど、呂布ちんの策信じてるんなら…ここは武人の底力見せる時やで、ウチ!!)
武器を構える黄巾賊を見て、
自分に言い聞かせ飛龍偃月刀を強く握り締める張遼。
そして、武器を天に掲げ騎馬隊に向かって叫ぶ。
「勝って必ず帰る、それが絶対条件や!!皆、根性見せぇい!!!」
「「うおぉぉぉぉっ!!!!!」」
張遼の激に兵士たちは雄叫びを上げ、
動きを止めず、そのまま陣を組み始める。
「…一直線に整列?」
張燕の目に映ったのは、
騎馬隊を壁の様に一直線に並べた布陣であった。
簡単な布陣に思わず唖然としてしまう張燕。
その時、
ドンッ!!!!
部隊の後方から突然の爆発…にも似た音と衝撃に張燕が振り向く。
砂埃と共に黄巾賊が何人も宙に舞う“有り得ない”光景。
吹き飛ぶ黄巾賊の中心には戟を持った呂布の姿があり、
次の瞬間には戟を振り回し何人もの黄巾賊の兵士たちを蹴散らしていた。
「ギャァァッ!!」
「ヒッ…ば、化け物っ!?」
鬼神の如く戦う呂布の前に慌てて逃げ出す黄巾賊。
だが、
「逃がさへんで!!ここから先に行きたかったらウチを倒していきぃ!!」
壁の様に整列していた張遼率いる騎馬隊が、
隊列を維持したまま進み、槍で逃げる黄巾賊を突き倒していく。
(…まさか…騎馬隊の起動力を活かさず、馬の巨体で行動を遮らせるとは)
一人と三千に挟まれる形になって、
初めて騎馬隊の布陣にした理由が判った張燕は拳をギュッと握る。
「逃げるな!!一人の方を狙えばいい!!」
張燕は直ぐに状況判断をし、兵士に指示を飛ばす。
だが、張燕の怒声も虚しく、
呂布によって次々に倒れていく黄巾賊の兵士たち。
「クソッ、私が相手だ!!兵に手を出すな!!」
目に映る惨劇に堪り兼ねた張燕が、
太刀を一振りし呂布に迫った。
「…む」
呂布も張燕に気が付き、
戟の動きを止めスッと構える。
「ハァァッ!!!」
騎乗したまま近付き、
呂布に向かって太刀を振り下ろす張燕。
周囲に響き渡る金属音。
だが、
呂布は張燕の攻撃を戟で、
それも右手一本で受け止めていた。
「何だと!?」
グッと更に武器に力を込める張燕だが、
呂布の戟はピクリとも動かない。
全力の一撃。
それを簡単に受け止められて驚いたのだろう、
張燕は激しく動揺した。
呂布はその張燕の一瞬の隙を逃さず、
軽々と太刀を戟で払うと、その勢いで体勢を崩してしまった張燕の喉元にそのまま戟の先を付ける。
その光景を見た黄巾賊は、
やはり烏合の衆であったのか、
張燕を置いて多くの者が武器を投げ捨て逃げ出していく。
この時点で士気の差は歴然、
勝敗は決していた。
包囲した騎馬隊によって拘束される張燕。
その姿を逃げずにいた黄巾賊の兵士たちが見ると、
漸く武器を捨て投降する。
おそらく、張燕に忠誠を誓っていた者たちであったのだろう、
彼らは最後まで張燕を救出する為に戟を向ける呂布を睨み続けていた。
縄で拘束された張燕は、
死を決意したように呂布たちを見る。
呂布はそれに対して、戟を向けたまま口を開く。
「…黄巾賊にも、部下に忠誠心を持たせれる将がいるのだな。賊を辞めて、何処かに仕えた方が良いぞ?」
呂布は改めさせるように張燕に語りかける。
だが、張燕はキッと呂布を睨み、
「仕えるにも、どれも欲にまみれた狗ばかり!!私利私欲を優先する国に、帝に、太守に、州牧に仕える気は無い!!」
と、何故張燕が黄巾賊に加わったのかが解る程に反論する。
「ほな、ウチらの仲間になれば良いやないか」
そんな張燕に張遼が歩み寄る。
張燕は張遼もキッと睨んだ。
“お前は私のさっきの言葉を聞いていなかったのか?”
という目で。
張遼は言葉を続ける。
「ウチらの主君は確かに漢の臣やけど、アンタが思ってるような私利私欲に溺れるような人間ちゃうで。何ならウチらもや」
「言葉では何とでも言える!!」
張燕はそう言うと、
張遼から目線を外すように顔を背けた。
すると、今度は呂布が張燕に歩み寄り片手で拘束された張燕を持ち上げる。
「きゃっ!?」
「…ならば直接その目で見れば良い」
突然の事に思わず女の一面を見せてしまう張燕を気にもせず、
呂布はそのまま張燕を馬に乗せ、
自身もその後ろに乗る。
呂布は騎乗すると張遼をチラリと見た。
張遼はそれで呂布の真意を察したのか、
ニッと笑うと兵士に指示を出す。
「よっしゃ、還るで。投降した奴らを城に連行しぃ。けど、悪い扱いは許さへんで」
こうして、
呂布たちは張燕たち黄巾賊の捕虜を連れて上党城に凱旋するのであった。
上党城の民は毎回の如く、
張遼たちの凱旋をお祭りの様に歓喜して迎える。
今度は丁原の将として、
上党の民の笑顔を観た呂布はまた少し変わった気持ちで城下街を進んだ。
そして、
張燕も最初の呂布と同様に、上党の民の反応に唖然としてしまう。
それを張燕の背後から馬を操る呂布が知ると、
フフッと微笑し、そのまま宮殿に向かう。
宮殿前には、
兵数十人と丁原が呂布たちを待っていた。
丁原は呂布たちが近付くと自ら歩み寄り、笑みを浮かべる。
「お帰りなさい、奉先、霞」
「…主君自ら出迎えるとは、な。だが、今回はありがたい」
「ん?」
馬から降りながら言う呂布の言葉に丁原は首を傾げる。
呂布はそのまま張燕も降ろすと丁原の前に連れていく。
「…捕虜だ。登用を促せ」
「えらく、急展開ね」
「…悪い話ではないと思うぞ。まぁ、こちらはもう決意したようだがな」
呂布の言葉に苦笑する丁原。
呂布は張燕をチラリと見た後、
張燕を軽く丁原に向かって押す。
拘束されている張燕は押されて体勢を崩すも、
丁原がそれを抱き留めた。
「あら、大丈夫?」
「ッ!?」
張燕は女だが、
丁原の豊満な胸に自然と顔を挟まれてしまうと、
流石に顔が赤くなってしまう。
そこを丁原が更にグッと抱きしめると、
張燕から湯気が出てくる。
「なぁに顔赤くしとんねん…」
そんな張燕を見て、
張遼は呆れた表情になり、
呂布も微笑しながらそれを見る。
すると、
張燕を抱きしめていた丁原が突然話を始めた。
その表情は少し寂しげなもので、
「抱きしめるだけで赤くなる。こんな可愛い子が賊になってしまう時勢………酷い話ね」
苦笑しながら話すも、
張燕を抱きしめる手は少し震えていた。
その震えは勿論、張燕にも伝わる。
『不甲斐ない』そう思う丁原。
長い間共に戦っていた張遼も同じ気持ちでいた。
暫くして、丁原は自分の胸の中に納まる張燕を見ると、
「…貴女みたいな子をこれ以上増やさない為にも、私に力を貸して」
優しい笑みを浮かべて士官を勧める。
これに対して張燕は、
求めていた主君に初めて出会えたのか、
涙を流しながら丁原の顔を見つめた。
上党城近郊での戦闘から数日後。
丁原に大将軍・何進から『業』への出撃命令が下される。
黄巾賊の主要拠点『業』。
討伐軍は拠点を一つずつ確実に潰す策を出し、
丁原の他に曹操、袁紹、劉焉にも軍を率いるように命を下す。
黄巾の乱が始まって以降、
初じめての大規模な戦闘が起ころうとしていた。
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丁原の下に仕えた呂布。
呂布は再び黄巾の乱に挑む。
再版してます。。。
作者同一です(´`)