No.851226

リリカルST 第16話

桐生キラさん

Sサイド
サブタイトル:新しい時代へ

2016-06-03 16:17:12 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1956   閲覧ユーザー数:1847

 

 

 

 

 

 

「保護?」

 

ようやくイクスヴェリアの腕から力が抜けていく。戸惑いはしているものの、こちらの話を聞こうとはしているようだ。

 

俺はこれを機に、今回の経緯をかいつまんで説明し始める。その際に離れてもらい、レーゲンともユニゾン解除した。

 

「ふぅ…お久しぶりですね、イクスヴェリア。ゼウス改めて…今はレーゲンと名乗っています。あれから変わりないようで、少し驚きましたよ」

 

目の前の男がレーゲン…ゼウスとわかるや否や、少し目を見開いていた。その驚きの感情が、どういう理由で出ているのかまではわからないが。

 

「ゼウス、わかっているのですか?私達は本来、会うべきではないんですよ?なのにこんな…」

 

「イクスヴェリア、もう戦争は、戦乱の世は終わったんです。僕やあなたが眠っている千年の間にね」

 

千年という言葉を聞き、イクスヴェリアは何かを考えていたようだった

 

「千年…そうですか。ですが、例えその話が本当だったとして、私とあなたは尚更会うべきではなかった。私達は、新たな戦乱の火種になり兼ねない」

 

「えぇ、そうかもしれませんね。士希さんが話した通り、あなたを狙う者がいたからこうして保護しに来たくらいですし」

 

「だったら!」

 

「だから、あなたさえ良ければ、あなたのマリアージュコア、僕が斬ります。あなたはもう、戦わなくていいんです」

 

「な…」

 

イクスヴェリアは再び目を見開く。何かを訴えようとしていた口は開いたままだ。その様子が、少しだけ可愛い。

 

「え…いや…確かに、もうマリアージュは必要ありませんし、あったところで危険なだけですが…」

 

「イクスヴェリア、もうこの世に王はいない。民を護っているのは王でも国でもない、管理局という治安維持組織だ。もう、あなたの役目は終わったんです」

 

そう言うとイクスヴェリアは目を細めた。その表情からは色々読み取れた。俺やレーゲンの言葉に対する疑念、それが真実だった場合の安堵、そして恐らく、自分の存在意義についても考えている。

 

「レーゲン、一度外の世界を見てもらおう。その方が早い」

 

「ですね。イクスヴェリア、とりあえずここを出ましょう。そして、それから考えましょう。知ってます?空って蒼いんですよ」

 

「………えぇ、わかりました」

 

きっとこの子には、時間が必要だ

 

 

 

 

「これは…」

 

転移魔法で外に出る。空は青空が広がっており、白い雲が流れ、太陽が眩しく照らしている。心地良い風が頬を撫で、先程までの陰湿だった遺跡とは異なり、とても清々しい。

 

イクスヴェリアには、この風景がどの様に見えているのだろう。

 

少なくとも、悪くは見えない。とても気持ち良さそうに風を感じている様にも見える。

 

だけど、戸惑いも伺える

 

「新暦75年、ミッドチルダ。それが今のこの世界の呼称だ。君の気持ちは何となくわかるよ。俺も初めてはそうだった」

 

俺の出身世界も、文明がそこまで発達したところでもなかった。ビル群も、車も飛行機も通らない、木造か石造の建物があって、馬が通る、そんな世界だ。初めて来た時は、そりゃあもうビビってた気がする。

 

「なんというか、変わりましたね。荒廃していない、草木も生い茂り、人々にも活気が、笑顔がある。とても、信じられない」

 

そう言うイクスヴェリアだったが、表情はとても嬉しそうだった。きっと、平和な世界、平和な時代を見れて、王として嬉しく思う所があったのだろう。

 

「レーゲン、アギト、先に家に戻ってもらえるか?」

 

「はーい」

 

レーゲンが返事をし、アギトは少し考えてから同じく頷いた。その直後に…

 

《オーナー、わかってると思うが、イクスヴェリアの活動時間はそう長くない。早めにケリつけろよ》

 

アギトの念話に、俺は手を振って返した。

 

無理矢理起こしたおかげで、イクスヴェリアの肉体には魔力的なものが掛けられており、また直ぐに眠りについてしまうそうだ。その前に、なんとかして説得しないといけない。

 

俺達は家の前にある浜辺までやって来た。俺も彼女も黙ったままだ。その沈黙はしばらく続き、少し歩いた先で立ち止まると、イクスヴェリアは座り込み、口を開いた。

 

「……1つ、聞いても良いですか?」

 

「ん?」

 

「あなたは、私を保護しに来たと言いました。私の力を行使させない為に。しかし、何故ですか?正直、あなたにはデメリットしかない筈。なんの縁も義務もないあなたが、私という火種を抱えるなんて、理由がわかりません。私がいるだけで、あなたに迷惑をかけるんですよ?」

 

ふむ、なんかレーゲンの時も、そんな事を言っていたな。自分の力を恐れている、自分の力が戦争を引き起こす、自分の力で誰かを殺してしまう。古代ベルカを生きた、真っ当な思考の持ち主ってのは、随分と自分の能力を恐れるものなんだな。

 

「それで?」

 

「え?」

 

「いや、それだけ?」

 

イクスヴェリアはポカンとしていた。その後に顔を赤くして俺に掴みかかって来た

 

「それだけ!?あなたは全くわかっていない!私は暴君です、戦場以外に生きる世界がないんです!わかりますか?私を置くという事は、あなたが望まなくても戦場になると言う事なんですよ!?こんな平和な世界を、壊す事になるんですよ!?それとも、あなたは戦争を引き起こしたいんですか?だから神器も所持しているんですか?」

 

俺はただ黙って聞いていた。聞いていて、無理もないと思ってしまう。突然訪ねてきた男に突然起こされて、突然保護しに来ただなんて、裏があるとしか思えない。俺も少し、急ぎ過ぎたのかもしれない。

 

まぁでも、彼女の言葉は、やはり俺にとっては些細な事なのだ

 

「俺はね、戦争を起こさない為に君の力を封じに来たんだ。俺もかつては、従軍経験があってね。戦争と言うものを嫌でも見て来たし、愚かな事だと理解している。だけど、俺は世界中全ての戦争の根絶なんて出来ないし、しようとも思っていない。俺はね、俺の周りにいる人を守りたいだけなんだ。俺が守れるのはこの身で抱えられる分だけ。その中の1人が、たまたま君を知っていた。その人から、君の事を知った。だから、俺の中でもう、君は他人じゃないし、守りたいと思ったんだ」

 

排他的で狭い、それが俺の世界。冷たいと思うかもしれないが、それでも、俺はこのスタンスを変えるつもりはない。俺の周りの世界を全力で守る為に。

 

掴まれていた部分に余裕が出来る。イクスヴェリアは手を離し、俺をじっと見つめてきた。まるで、俺と言う人間を見定めているような、そんな目だ。だから、俺も彼女から視線を逸らさない。俺の言葉に、偽りがないと信じてもらう為に。

 

「……なるほど、ゼウスがあなたを信頼していた理由がわかった気がしします。あなたは、つまるところただのお人好しなのですね」

 

ため息混じりに言うイクスヴェリア。毒気も消えてしまったとでも言いたい態度に、俺も思わず苦笑いを浮かべてしまう。お人好し、よく言われる言葉だ。

 

「いいでしょう。あなたの言葉、信じます。しかし、私も仮に王と呼ばれていた身の上、自分の身を守る力を失うのは、やはり考えてしまいますね。あの剣は、異能を問答無用で斬りますからね」

 

退魔剣ゼウスは、その性質上人体を傷つけるような事はないが、肉体にあるあらゆる異能を消滅する事に特化している。つまり、マリアージュコアを殺すという事は、イクスヴェリアから魔力そのものを殺す事に等しいのだ。

 

「それに、力を失った後も、私には生きる目的もない。身を寄せる居場所もない。なら、いっその事あなたが私を…」

 

「おっと、そこまでだ。そこから先の言葉を聞き入れる訳にはいかない。君の魔力に関しても、居場所に関しても、俺が後で何とかしよう。保護とはそういう事だ。なに、女の子1人増えるくらいの甲斐性は持ち合わせているつもりだ」

 

彼女の事だ。きっと俺に殺してもらうようお願いしようとしていたに違いない。そんなのは願い下げだ。俺はもう誰も殺さない。それは、俺の相棒との約束の一つなのだから。

 

「本当にあなたは、お人好しですね。いつか必ず損しますよ」

 

「はは、だとしても、俺は君を迎え入れるよ。慣れない現代の生活だ。ゆっくり見ていけばいい」

 

差し出した俺の手を、イクスヴェリアは恐る恐る握り返してくれた。やはりというか何というか、彼女はまだ俺を信用していないようだった。そこは当然だとしても、これから改善していけばいいだけの話だ。時間はある。

 

「改めてよろしく、イクスヴェリアちゃん」

 

「っ!?ちゃんはやめてください…」

 

俺の手を砕かんばかりに握られてしまった。

 

 

 

 

家に戻り、レーゲンとアギトに早速説明をする。家族が増えるかもとのことなのだ、2人も嬉しそうだった。

 

「さて、レーゲン、準備を」

 

「はーい!」

 

レーゲンは俺とユニゾンし、瞬間魔力を消失する。代わりに俺の手には黒い魔剣が現れた。それを、イクスヴェリアに向ける。

 

「人命に影響がないとは言え、剣を向けられる、果ては刺されると言うのは、良い気分はしませんね」

 

「だろうな。痛くはねぇ筈だが、ショッキングな絵になるのは間違いない」

 

イクスヴェリアは身構えていた。剣が刺さるのだ、緊張するだろう。

 

「オーナー、持って来たぞー」

 

アギトが小箱を持って来た。アレは俺が用意した今後の対策の一つだ

 

「アギト、終わるまで待ってろ。なに、直ぐに済む。イクスも良いな?」

 

イクスは頷いた。それと同時に、胃を決する様に目を瞑る。両手を握り、まるで神に祈りでも捧げてるかの様な姿勢だ。

 

「いくぞ」

 

「はい…」

 

剣をイクスヴェリアの胸に突き刺す。なんの感触もなく、まるで空気を斬るかの様に、スッと入っていく。

 

「んっ…」

 

イクスヴェリアとしても、痛みを感じている節はなく、ただ見た目の印象から、どこか落ち着かない様子だった

 

 

パキンッ

 

 

ふと、そんな音が聞こえた気がした。ガラス玉にヒビでも入ったかの様な音。それと同時に握られていた剣から感じる確かな「斬った」という感覚。これで、この子のマリアージュコアは消えた筈…

 

「ただいまー!士希ー!私のドレスってどこ……やっけ……」

 

勢いよく開けられたドアから、はやてがやって来る。そのはやては、目の前の光景を見て笑顔でフリーズしてしまった。きっと、色々考えているに違いない。はやてには事前に話してあったし、この状況で察してくれる筈だが…

 

「あ、もしもし管理局ですか?実は目の前で大の男が幼女に刃物を突き刺してるんですけど」

 

「ちょっと待とうか、はやてさん!?何言ってくれてるんですか?て言うか、ほんとに繋いでんじゃねぇか!?」

 

『わかりました、至急現場に急行します。犯人は…あぁ、殺されても文句は言えまい』

 

「通信相手はシグナムか!てめぇ相変わらずだな!?」

 

はやてがマジで通信開いているので、本気で焦ってしまったが、相手がシグナムだという事でこれが確信犯なんだと理解した。いや、ほんと心臓に悪いイタズラだけど。

 

「冗談やってー。その子がイクスヴェリアちゃんやな?その様子やと、もう事は終わったんかな?」

 

俺は剣を引き抜き、声に出してユニゾン解除を指示する。程なくしてレーゲンは俺の体から出てきた。

 

「今し方な。イクス、調子はどうだ?」

 

「え、あ、はい。特に異常は感じられませんが、魔力は本当に消え失せてますね。力を込めようとしても、何も感じません」

 

とりあえず、成功の様だな。

 

「これで、スカリエッティの目的の一つも潰せた事になるな。改めて、私は八神はやて。管理局員で、士希とは家族みたいな仲や」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

イクスはぎこちなく、はやての手を握った。どうやら突然現れたはやての存在自体に、ついていけてないのだろう。

 

「かわええなぁ。ヴィータ、リィン、アギトに続く、八神家の新しい末っ子や」

 

「え!?あ、あの!?」

 

はやてはイクスに抱き着き、頬を擦り始めた。どうやら気に入った様だ。イクス自体はかなり戸惑っているが

 

「これでアギトもお姉さんかー。しっかりしないとね」

 

「お姉さん…か。なんか悪くない響きだ…」

 

レーゲンとアギト…特にアギトはイクスの加入をとても喜んでいる様に見えた。今さらなんだが、ここの姉妹関係は入った順番で決まっていくらしい。

 

「はやて、そこまでにしとけ。イクスも困ってるし、まだやる事もある」

 

「ええやーん!だってめっちゃ可愛いんやで?愛でやな私の名が廃る!」

 

「そんな名は廃らせてしまえ!」

 

はやてはブーブー言いながらも、ようやくイクスを解放してくれた。イクスは大きく息を切らせながら、俺の元までやって来た。

 

「あ、あの…はぁ…はぁ…やはり、魔力がないのは、何かと不便と言いますか…」

 

あぁ、やはり筋力的には見た目通りなのだろうか。はやてを振り解けなかった事が少しダメージだったようだ。

 

「わかった。はやて、ドレスならお前のクローゼットにある筈だ。てかドレスて、社交パーティにでも出るつもりか?」

 

「仕事でいるんよ。ほな、ちょっと取ってくるわ。夕飯食べてから帰るでなー!」

 

暗に、私の分の夕飯も準備してね、という事か。まぁ、別に悪い気はしないけど。

 

はやてが部屋へと向かう中、俺はアギトに用意してもらった小箱を取り出し、それをイクスに渡した。

 

「これは、飴玉みたいですね」

 

イクスは小箱の中の球体を取り出していった。それこそが、魔力消失の対策の結晶だ。

 

「それは俺作の、魔力の貯蔵庫、並びに魔法の記録媒体だ。俺が地道に溜め込んだ魔力と、幾つか使える魔法をインプットしてある物でね。元魔導師なら飲み込んで貰うだけで魔法が使える筈だ」

 

今はやてが追っているレリック、そしてはやての夜天の書を参考に、俺が作ったデバイスの様な擬似リンカーコア。魔力量は飛行魔法で半年間ぶっ続けで飛び回れるくらいは貯蔵してある。魔法も、初級射撃魔法と簡単な自己強化、飛行、シールドなどなど、それなりにインプットしてある。自衛くらいなら問題はない筈だ。問題があるとすれば、こいつは俺以外じゃ魔力補給が出来ないよう細工されている事と、インプットされてある魔法以外は使えないという事だけだ。

 

俺はインプットされた魔法の内容と、その他注意事項が書かれた紙をイクスに手渡した。イクスはそれを見て、少し難しそうな顔をしていた

 

「ん?何かマズかったか?」

 

「あ、いえ、そうですね、ちょっとここに書かれてある文字が読めなかったくらいです」

 

「あ」

 

思わずそんな声が漏れてしまう。当たり前だ。イクスからしたら、ミッド語なんてただの記号にしか見えない筈だ。これは、ちょっと勉強もしてもらわないといけないな

 

 

 

 

 

「……美味しい」

 

しばらくして、ある程度の魔法が使える事を確認した後、俺たちは食事を取る事にした。メニューとしては、簡単なパスタやサンドウィッチだ。イクスの口にも十分合ったらしい。

 

「そりゃよかった。王族ってのは、総じて舌の肥えた奴らが多かったからな」

 

曹操さんしかり、孫権さんしかり、アリサしかり

 

「あぁ、私の給仕が出していた料理の数十倍は美味しいですね。あの頃は、ホント、辛うじて食べられると言ったものが多かったので…」

 

遠い目をして言うイクスに、涙を禁じえなかった。この子、ホント苦労してるのね…

 

「そういや、古代ベルカの食文化に関しての記録は殆どなかったなぁ。どんだけメシマズやってん」

 

「あたしも今となっちゃおぼろげだけど、辛くて甘くて苦くて酸っぱいってのは覚えてるよ…」

 

「うわぁ、さっさと封印されて良かった…」

 

それもう化学物質か何かなんじゃねぇのか?

 

《んで、これからこの子、どうするつもりなん?イクスの経歴的に、聖王教会に預けんのが無難やと思うけど》

 

はやてから念話で話しかけられる。その視線はイクスに釘付けで、彼女を微笑ましく見ている。

 

《そうだな、カリムには話そうと思っている。イクスを護るにしても、四六時中一緒に居られる訳でもないし。それに、強力な後ろ盾も欲しい。イクス次第になるが、この子が望むなら学校に通わすのも考えている》

 

《なるほどなぁ。学校なら、ザンクト・ヒルデ魔法学院ってとこが、確かカリムの母校の筈や。聖王教会系列やし、入学も容易やろな》

 

ふむ、やはりツテがあると便利だな。しばらくはここで生活にしても、学校は前向きに考えよう。それが彼女にとっても、普通の人生を歩む上で大切な事になるだろう。

 

「そういや、ドレスなんて珍しいな。ドレスコードのある所でディナーか?」

 

「あぁ、ちょっと仕事で必要でなぁ。最近はちょいちょい忙しいのよね」

 

察するに、お偉いさんとの会食か。部隊長ともなると、時間も取れないだろうな

 

「あんまり無理すんなよ」

 

「わぁっとるよ。士希も気ぃつけなや」

 

何て事ない、だけど久しぶりのはやてとの時間。やはり、彼女との時間が一番落ちつ…

 

「凄いでしょ?この2人、周りにどんだけ人が居ても、一瞬で世界を作り上げるんですよ」

 

「通称、砂糖たっぷり甘々空間。これでも大分落ち着いた方なんだぜ」

 

「仲睦まじいのですね」

 

なにやら、茶化されている気がするが、気のせいだろう。今は放って、はやてと、みんなと、ゆっくりご飯を食べよう。

 

 

 

 

 
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