第38-8話 墜ちる青薔薇
No Side
ダークテリトリー第二軍最後方に暗黒界十候が一人、暗黒術師ギルド総長ディー・アイ・エルがいる。
脇には黒衣の伝令術師が居り、彼女に戦場の状況を報告している。
ジャイアント族族長シグロシグ、平地ゴブリン族族長シボリ、山ゴブリン族族長コソギ、共に討ち死に。
ディーにとって彼らは駒でしかなく、加えて早期での討ち死にでありそれほどの成果も出ていないことから悪態を吐く。
だがすぐに切り替えることにし、彼女は戦場にいる整合騎士の人数と位置把握の報告を聞く。
最前線の三名、つまり上位騎士であるファナティオ、デュソルバート、エルドリエを視認で捕捉、
後方の二名はベルクーリとシェータであるがこちらは位置固定にもう少し掛かると聞かされる。
たったの五人、数が少ないのかと思案するディーだがそれはあくまでも神器を持つ上位騎士のことであり、
下位騎士が神器を持っていないとは思ってもいない彼女からすれば少ないと思うのだろう。
この時レンリは本陣に隠れており、アーシンとビステンも本陣を守護しており、ユージオは戦場を駆けまわり、
アリスは前線にて姿を隠しているため捕捉できないのは当然ともいう。
ともあれ、整合騎士を可能な限り葬るには確実に捕捉しなければならない。
そこでディーは自身ら暗黒術師が生み出した醜悪な有翼の怪物『ミニオン』の出撃を決定する。
総数八百体を最前線、同軍である亜人部隊すらも巻き込んで人界軍の殲滅に出る。
『光の巫女』とやらを暗黒神ベクタに捧げ、その後の地位と政権を掌握し、公理教会本拠地にある天命無限化の術式を手に入れる。
それこそがディーの欲望である悲願、不老不死にして永遠の美、それを手に入れるのだと。
飛び立っていく総勢八百体のミニオンを見送り、人界人も亜人達も血に濡れるだろうと思い冷徹な笑みを浮かべるディー。
しかし、ミニオン達が飛び立って一分が経つか経たないかの内に彼女の許に一報が入った、ミニオン総勢八百が全滅、と。
さすがの事態に表情から焦りが見えるディーであったが、すぐに分析を始める。
未だ整合騎士達の飛竜は戦場の上空に見当たらず、空間暗黒力が激しく消耗されている様子もない。
そのことから整合騎士の秘奥である『武装完全支配術』であると推測した。
事実、それは的中している。
ミニオンを殲滅したのは整合騎士団騎士長のベルクーリ・シンセシス・ワンだ。
彼が空中に幾重にも張り巡らせた武装完全支配術による“空間を斬るによって残った斬撃”が全てのミニオンを斬り裂き、
毒性分が含まれるミニオンの血液が亜人達に降り注ぎ、その身を焼いたのである。
ベルクーリの活躍によりダークテリトリーの空中戦力もまた全滅することになったのだ。
だが、ディーとて伊達で暗黒術師ギルド総長の座についているわけではない。
神器とはいえ武器、天命があり単体での神聖力が限られている以上は何度も使えるはずがないと見抜き、即座に次の手に打って出る。
それは後方のベルクーリとシェータの位置把握が完了し、上位騎士五人の捕捉に成功したからだ。
彼女はオーガ弩級兵団と暗黒術師団を前進させ、峡谷に進入し《広域焼却弾術》の詠唱を指示した。
だが、この時のディーは冷静さを僅かに欠いていた。不確定要素たる整合騎士の武装完全支配術を更に消費させるべく、
第二軍の暗黒騎士団残兵と拳闘士団を投入するという作戦を脇に置いてしまった。
それは本来ならば念入りに策を巡らせ万難を排してから動く用心深い性格の彼女らしからぬ行動であり、
ミニオンの全滅という事態が本人の自覚できないところから焦燥を与えていたのかもしれない。
そして侵略軍の第一軍はなんとか敗走せずにその場に留まれていた。
ジャイアント族、山ゴブリン族、平地ゴブリン族、彼らの長達はみな死に、
それでも暗黒神ベクタの指示で戦い続けており、そこへ追随するオーガ族と暗黒術師達。
ディーの命令により暗黒術師団の高位術師がオーガ達に弩弓発射用意を促し、術師隊に《広域焼却弾術》の詠唱開始を命じる。
戦場に満ちる空間暗黒力を全て熱素に転換し、それをオーガ達の弩弓に乗せ、風素による“風の道”を成して長距離爆撃を行う術。
それがいま、行使されようとしていた。オーガ達の弩弓が引き絞られて軋み、そこに術師達が熱素へ転換するべく式句を告げる。
生み出されるだろう巨大な力へ陶酔する……が、暗黒力は熱素に転換されることはなく、術師達に動揺が奔る。
さらに気付く、空間暗黒力が枯渇しているのではないかということに。
そして、暗き空で何かが輝き、見上げた次の瞬間には何も感じ取れなくなった。
「クルルルゥ…」
「わたしは大丈夫よ、雨縁。心配しないで…」
愛竜である雨縁の気遣う鳴き声にアリスはどうにか微笑らしきもので応えた。
しかし、実はまったく大丈夫ではなかった。
視界は歪み、呼吸は荒れ、手足は氷のように冷たく、次の瞬間に気を失いそうな状態にアリスはなっている。
彼女が消耗しているのは開戦直後から詠唱を続け、暴発しそうなまでに内圧を高めた巨大術式が僅かな一端の一つであり、
成し遂げなければならない任務からの重圧感もその僅かな一端の一つだろう。
だが、多くを占めているのはそれらではない。
眼下の戦いで凄まじい勢いで失われていく両軍の命、人間も亜人も魂の質は変わらずに恐怖、悲哀、絶望に彩られてアリスを苛む。
味方も敵も生まれた地が違うだけの同質的な存在、それに気付いた彼女はこの戦いは一体なんなのかとも思う。
両軍の家族が、友が、愛する人が死んでいき、その果てに得るものに意味があるのか。
それでも終わらせなければならない、そうしなければ際限なく死が満ち溢れてしまうから。
もしかしたら、別の世界の住人であるキリトは知っていたのかもしれないとアリスは思う。
そうでなければ、いくら大切な後輩に邪淫の手が及びかけ親友が殺されかけたといっても、
容赦無く人の命を奪うものかと考えたからだ。
そしてユージオ、彼はキリトやカーディナルから何かを聞いている節があることをアリスは感じていた。
本当は自分には及びも付かない事態なのかもしれないとさえ思うと、アリスは寂しさすら感じてきた。
いけない、考え過ぎては任務に支障をきたしてしまう。
一秒でも早く“その時”が来てほしいとさえ願ってしまう、これ以上の死を与えながらもこの惨劇を終わらせる時を。
だが、一度でも感じてしまった寂しさが引き金となり、アリスは心に圧し掛かってくる重圧に耐えきれなくなってくる。
「(だめ、ここで意識を失えば…)」
ついにはふらつき、バランスを崩して倒れそうになる。
その時、アリスの背後で小さな風が起こり、直後に彼女を温かな腕と胸が包み込んだ。
「間に合って良かった。しっかりして、アリス」
「ユージオ…? どうして、ここに…」
「アリスが術を使う前には傍に居るって決めていたから」
騎士長と副長から許可を得ているといい、アリスをそのまま優しく抱きとめる。
雨縁の傍で滞空している氷華は常に警戒を緩めずにいる、最高位の飛竜である氷華に隙はない。
「自分だけで背負う必要はないよ。ずっと一緒だって何度も言っただろう?」
「っ、うん…!」
離れていた温もりが傍に戻ってきたことでアリスの心は持ち直した。
一人で居たから弱気になってしまったのだと考え、随分と弱くなったと思った彼女だがそれでいいのだとも思う。
自分は生きているのだから、ユージオが支えてくれるのが、彼を支えるのが幸せなのだから。
アリスが持ち直し、再び己の足で立ち構えた時、ついにその時が訪れた。
「「来たっ!」」
両者同時に気付く。
雨縁と氷華の警戒する唸り声、見据える先に統率の取れた動きをするローブを纏う集団、暗黒術師団の到着である。
行動を進めていく術師団を見てやはり大規模術式を行使するのだと悟るアリスだったが、彼女もまた用意していた術式を行使する。
無数の命によって満たされた空間神聖力を転換し、最初に昌素を変形させて
その周りを鋼素で作った分厚い銀膜でくまなく覆い、その後は随時光素を内部に閉じ込めていく。
現在はこれほどの
キリトがファナティオとの戦いで光線を反射させたことをヒントに作り出されたものだ。
《反射凝集光線術》という名がつけられた。
同じく準備を進め、いざ術式を行使しようとしていた暗黒術師団の術師達は焦り、そこへアリスは仕掛ける。
「咲け、花達よ! エンハンス・アーマメント!」
神器『金木犀の剣』を鞘から抜き放ち、武装完全支配術を発動する。
敵軍に照準を定め、銀膜の壊すべき場所へと花弁を近づける。まだ僅かに震える手をユージオが握り締め、
それによってアリスの震えが止まり、二人は同時にその言葉を発した。
これからも共に歩んでいくために。
「「バースト・エレメント!」」
花弁が銀膜を破り、内部に押し留められていた無限個の光素が炸裂し、銀膜の内部で乱反射していき、
空いている一点の穴へ最高熱度の無数の光線が向かっていき、下に集っていたオーガ族と暗黒術師団を焼き尽くした。
ファナティオの天穿剣による武装完全支配術の数千倍の威力の光線、
作戦内容を聞かされていた整合騎士以外の人界の民達は光の神ソルスの裁きだと畏怖し、
暗黒界の軍勢はその光景に恐怖しか芽生えなかった。
この攻撃により暗黒術師団の大規模術式は不発に終わり、前線に残っていた亜人部隊の九割、
オーガ弩弓部隊の七割、暗黒術師隊は千人を超える三割以上が壊滅した。
自らの策が成ったと思っていたディーは己の思い描いていたものとは真逆の結果に激昂したが、最早後の祭りであった。
巨大な術式の維持と発動、起きた惨劇の光景についに心身の疲労が極限に到り、アリスは力が抜けて倒れそうになったが、
共にいたユージオが彼女を支えてから
二人と二頭を迎えたのはファナティオであり、さらには人界軍の歓声が鬨の声へと変わっていった。
ファナティオはアリスに感極まったような声で労いの言葉をかけた。
アリスはそれをありがたく受け取りながらも空間神聖術の消費を促す。
いまの大規模術式で失われた多くの命により再びリソースは満たされた、
それに敵が気付いて用いる前に空間神聖力を治癒術で消費して味方を治療しなければならないからだ。
未だに暗黒騎士団と拳闘士団、暗殺者ギルドも健在であり油断は禁物である。
それに賛成してファナティオはすぐさま指示を出す、動ける者達は負傷者を連れて第二部隊まで後退し、
修道士隊や治癒術に心得のある者らに全力で治療に当たるように、と。
アリスとユージオにこの場を任せ、ファナティオも第二部隊にいるベルクーリに報告へ向かっていった。
体調がマシになったアリスは雨縁を労っていたが、そこへ返り血に塗れたエルドリエがやってきた。
その姿にアリスだけでなくさすがのユージオも驚いたが、怪我そのものは皆無のようで一先ず安心した。
けれど、彼の心はそうではなかった。
山ゴブリン族の煙幕作戦による第一部隊左翼の突破を許してしまい、数分間にもわたって術式なしで煙幕を晴らす無駄な努力をし、
ようやく当面の敵を倒し終わり後方に向かえば敵の大将は失敗作とまで呼ばれていたレンリが討ち果たしており、
名誉挽回の機会が無くなり敗残兵となったゴブリンを殺戮するという、ある種の凶行を果たしてしまった。
この戦を以てアリスの役に立ち、ケジメを付けようと思っていた矢先のことだったのだ。
エルドリエの胸中は穏やかではいられなかった。
ユージオとしてはかつての力無き自分の姿がダブって見えたこともあり、声を掛けることはしない。
アリスの恋人である自分に声を掛けられても自身が惨めに思えるだろうから。
対してアリスはとにかく無事であり、大きな被害もなかったのだから良くやったと話す。
他の整合騎士達にも、人界の民にとっても大切なのだから自分を責めるなと言い聞かせるが、
エルドリエの瞳から暗さが消えることはない。
そこへ威嚇するような声が聞こえてきた、飛竜のものではないと三人は即座に警戒態勢に入る。
立ち上がる影、それはオーガ族のものであり、しかし左半身は焼け焦げており重傷を超えて致命傷である。
そのオーガは名乗った、オーガ族族長フルグル。
暗黒界十候の一人にしてオーガ部隊を率いていたが、先の大規模術式によりオーガ部隊はほぼ壊滅。
しかし、彼はアリスが術式を行使したところを見ており、
お前こそが皇帝ベクタの求める『光の巫女』であると思い、なんとか耐え凌いだと。
エルドリエが斬ろうとしたがユージオがそれを止め、アリスがフルグルの前に進み出る。
アリスはその会話で情報を得たと判断し、最後の力で向かってくるフルグルを斬り伏せた。
強さと同じ分だけ背負うモノがあり、長だからこそ同族の為に戦士であり続けた彼を尊びながら。
敵軍の撤退に伴い、一時的な停戦状態を利用して人界守備軍は補給と治療、食事を取っている。
治療は全てが終了し、物資の補給も間もなく終わるのであとは個々での食事や休憩といったところだろう。
守備軍の死者は百人を超えるものであり、敵軍に比べればかなり軽微な被害で済んでいるがそれでも死者が出たことに変わりはない。
「光の巫女、か……聞いたことがないな…」
「小父様でもですか。わたしも覚えがなく、どの歴史書にも載っていなかったと記憶しています。
ですが、敵の司令官がそれを強く求めているのは違いありません」
「闇の神ベクタ。実は先程なんだが最高司祭殿から伝書が届いた。どうやらベクタに違いないそうだ」
「そんな…」
ベルクーリでさえ知らぬ存在を求める司令官、そしてそれは紛れもなく暗黒神ベクタだと伝えてきた現最高司祭カーディナル。
副長のファナティオも絶句するしかなかったが、大門崩壊時より感じている底知れない冷気が事実なのだと悟らせる。
「ユージオ。お前さん、何か知っているんじゃないか? 光の巫女のことも、暗黒神ベクタのことも」
何気なく、しかし真剣な声音でベルクーリはいままで黙っていたユージオに問いかけた。
まさかと思いアリスもファナティオもユージオに視線を向けるが彼は難しい表情のままだ。
「キリトもカーディナルさんもここにいない以上、僕が話せることはありません」
「それは、知っているということでいいんだな? だが、言えないと?」
「はい。僕自身も細かいところまでは知らされていないので…」
「そうか、ならいい。悪いな、あてにしちまって」
「いえ。ただ、これだけは言えます。光の巫女は実在しますし、暗黒神ベクタも敵軍にいて間違いなく敵です」
「なるほど。それだけ分かれば十分だ」
ベルクーリは納得した様子でそれ以上はユージオに問わず、ファナティオも彼が満足していることから追求することはしなかった。
だがアリスはそうではなかった。
「ユージオ…」
「ごめん、アリス。こればかりは…」
「うん…」
申し訳なさそうにするユージオを見てアリスも引き下がることにした。
そもそも、彼女は彼にこんな表情をさせたかったわけではないから、逆に申し訳なくなってしまう。
ただ、先程の大規模術式の時に一人で背負わなくていいと言ってくれたから、自分にもユージオの分を背負わせてほしいと思っている。
けれど、いままで自分が彼になにか出来たことがあっただろうかとも考えてしまう。
いつも、ユージオが助けてくれることはあっても自身が彼を助けたことは思い返せばあまりない。
自分では頼りないのかもしれないと、アリスは奥手に回ってしまった。
「(大丈夫なのか、この二人?)」
「(閣下が問い詰めたからですよ。ユージオだけの時に聞けばよかったものを)」
「(うっ、確かにその通りだな……仕方が無い、とりあえず話を進めて気を逸らさせよう)」
「(それしかないですね)」
ベルクーリはユージオとアリスのことを一先ず置いておくことにして、今後のことを話す。
暗黒神ベクタが光の巫女を狙っているのは違いないが、これそのものが戦局を左右するかといえばそうではない。
だがこれを利用しない手はない。
アリスは自身を光の巫女と称して囮となって敵を引きつけ、分断した敵部隊を別部隊で逆撃し、殲滅することを提案した。
十数分の休憩の後、作戦は決行されることになった。
しかし、囮になるのはアリスだけではなく人界軍の一部隊が同行することになった。
整合騎士からは上位騎士よりアリス、ベルクーリ、レンリ、シェータと最上位騎士のユージオの五名とその飛竜達、
千人の衛士隊、二百人の修道士隊、五十人の補給部隊という構成だ。
迅速な行動が問われるので半数もいかない部隊構成である。
ファナティオとデュソルバートはベルクーリの同行に反対した、
騎士長であり総大将でもある彼にもしもがあるわけにはいかない、ならば自分がと。
しかしファナティオは何かを言い渡されたことで反対をやめ、
デュソルバートも矢が尽きており補給が間に合わないことを指摘されたために引き下がった。
エルドリエも強く同行を願ったが現在の状態を鑑みてアリスに言い宥められて渋々とだが引き下がり、
見習い騎士であるリネルとフィゼルまで駄々をこねたが騎士長に後を頼むと言われては納得するしかなく彼女達も諦めた。
よって整合騎士はファナティオ、デュソルバート、エルドリエ、アーシン、ビステンの上位騎士五名とその飛竜達に加え、
下位騎士一同と他全兵力が本隊の構成となる。
アリスとしては補給部隊の中にティーゼとロニエが居ることが気にかかったがユージオは特に何も言わず、
レンリが彼女達を守ると意気込んでいたこともあり大丈夫かと判断した。
けれど、彼女の心には蟠りとなる、ユージオへの愛するようになったが故の不安感と不信感があった。
さらに弟子であるエルドリエの葛藤、戦争における重圧と心身の疲労。
それらが結果としてどうなるのかは、まだ解らない。
囮部隊の内、五人の整合騎士達が引き付け役と撹乱を担う為、先んじての出撃となる。
他の同行部隊は地上を移動するため、意識を逸らさせねばならないからだ。
騎士長ベルクーリと飛竜『星咬』が最初に飛び立ち、続けてユージオと飛竜『氷華』、
その後にアリスと飛竜『雨縁』、最後にレンリと飛竜『風縫』とシェータと飛竜『宵呼』が飛ぶ。
しかし五人が飛び立った直後、呪詛のような唱和が聞こえてきた、多重詠唱である。
「この一帯には大規模術式を展開できるほどの空間神聖力は残っていないはず…!」
「あれは……奴ら、なんて真似をしやがる!」
「ベルクーリさん、奴らは何を!?」
「自軍の兵達を、生け贄にしやがった!」
「「「「っ!?」」」」
空間神聖力を満たす為に未だ多くいる自軍の兵達を生け贄にすることで神聖力を生み出し、
新たな神聖力を用いることで暗黒術師団は別の大規模術式を展開し出したのだ。
これが起こることになったのは先の大規模術式により甚大な被害を受けた侵略軍が一時撤退したところにある。
ディーはベクタに報告として謁見することになり、四つの亜人族の長が死に、人界軍の大規模術式により被った被害なども報告した。
けれど、ベクタは特に思う様子を見せず、彼女に言い放った。
三千、オーク族の予備兵力三千を使えば整合騎士を倒せるだけの大規模術式を展開できるかと。
ディーは妖しげな笑みを浮かべて頷いた。
オーク族族長のリルピリンは命令を言い渡してきたディーに反論したが、
皇帝からの勅命であることを言われてはそれ以上は言い返せなかった。
それを諾としたのはリルピリンの幼馴染であり、豪族の姫騎士にあたるレンジュ。
彼女は自身が率いる予備軍と共に生け贄になることを受け入れ、残る七千のオーク族達に三千の兵と共に見送られた。
暗黒術師団の詠唱の唱和、オーク三千の兵達の悲鳴と歓喜の声、彼らの肉体は術式の進行と共に爆ぜることで血肉をばら撒き、
一際目立つ鎧を着たレンジュの全身から血が吹きでたことでリルピリンは怒りに湧き上がった。
怒りと恨み、胸の内の憎悪の絶叫は人間へのものだが、それは人界の民だけへ向けたものではなかった。
唱和が終わり、何を血迷ったのかと五人の整合騎士が向かってくる様子を察知し、
ディーは戸惑いを覚えたがすぐに歓喜に変わる。絶好の機会、これを逃すことはありえない。
「《死詛蟲術》発射用意………いまだ、放てぇぇぇっ!」
ディーの宣言と共に術式は解放され、怖気を揮うような振動音を撒き散らしながら数万にも及ぶ黒い長虫が空へと舞い上がった。
漆黒の大波となってアリス達に迫る黒の長虫、超高優先度の闇素術であり物理防御不可能な直接天命を損耗させる呪詛系遠隔攻撃。
「反転! 急上昇! くっ、いかん!」
地上部隊には反転して、自分達飛竜に乗る騎士達は囮になるべく急上昇を命じたが、自分達を追ってきたのは半数にも満たない数だ。
このままでは地上部隊は全滅してしまう、そう判断したアリスは即座に武装完全支配術を発動させようとする。
だが、彼女の術では相性が悪く、けれどなにもしないわけにはいかない。
その時、谷の奥から流星のような勢いで突進してくる影があった、飛竜『滝刳』とその騎士エルドリエだ。
師の期待に応え、彼女の役に立ち、これまでの思いに決着をつける。
揺らいでいたエルドリエの心は自身の心意によって改めて輝きを取り戻した。
自身の全てを懸けてこの命に代えても師を、友を、仲間を、民を、母を、守ってみせると。
彼の思いに応えるように滝刳は飛ぶ速度を跳ね上げ、一人と一頭は五人の騎士を追い抜いていった。
「エルドリエ、行ってはいけません!」
背後から聞こえてきたアリスの声に口の端を上げて笑みを浮かべるエルドリエ。
その声音で呼ぶのは彼だけにしなさいと、年上の感性から彼女には言いたかったが嬉しくもあり受け止めておく。
腰に据えていた白銀の鞭を抜き放ち、遥か昔に古の神蛇であった『霜鱗鞭』に強く語りかけ、その力を解放させる。
「リリース・リコレクション!」
霜鱗鞭が輝き、無数に分裂した光は数百本の光条となり、それぞれが蛇の姿となり長虫を喰らい尽くしていく。
衛士達を襲おうとしていた長虫達も全てが光の鞭へ殺到していく、
敵術式の属性である『自動追尾属性』を利用し、優先度を繰り上げさせたのだ。
全ての長虫がエルドリエへ目掛けてくるが、彼は成功したことに満足する。
「これでいい、あとは「任せられるとでも言うつもりですか!」な、キミは…!」
怒声を投げられ、声の主が滝刳の背の自身の隣に降り立つ。
「ユージオ!?」
そう、エルドリエの隣に来たのはアリスの傍に居る筈のユージオだった。
その本当に僅かな直前、エルドリエがアリス達の傍を抜けた直後のことだった。
彼を止める言葉を投げかけたアリスは即座にその後を追うべく動こうとしたが、
すぐ傍を飛んでいた氷華の強烈な羽ばたきによる風圧で態勢を崩し、雨縁の上で座り込んでしまう。
そして氷華の背に乗るユージオの表情が窺えた、その表情は優しくも強い意志のある微笑。
「待って…行かないで、ユージオッ!」
アリスの叫びに反し、ユージオは氷華と共にエルドリエと滝刳の許へ向かった。
そしていま、ユージオも決意を胸に黒い長虫と相対する。
自分と同じでエルドリエにもまだまだ長い未来がある、ここで共倒れするつもりは彼にはない。
「リリース・リコレクション!」
『青薔薇の剣』の記憶を解放し、圧倒的なる絶対零度が長虫達に襲いかかる。
属性上、闇素であるこの術を相殺するには光素が最適だが、あくまでも最適なのであって代用は効く。
今回は凍素だけではなく冷気でもあるため、絶対零度が長虫という存在を凍らせて闇素へと還していく。
冷気だけでなく凍素も発生しているのでそれにぶつかり合うことで長虫は損耗されていき、次々に数を減らしていく。
「鞭を、振るってください!」
「っ、そういうことか! はっ!」
ユージオの言葉に合点がいったエルドリエは蛇の群れを振るう。
すると、光り輝く蛇達に氷の装甲が纏われ、先程まで浸食されていた鞭の部分の虫さえも吹き飛ばした。
絶対零度を纏う神蛇の猛攻、史上初の《記憶解放術》同士による連携は確かに効果を発揮した。
だが、それらでは死詛蟲の全てを撃墜することはできず、弱まっていく神聖力に比例して長虫が二人に迫っていく。
「「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」」
雄叫びを上げながら全力を尽くすユージオとエルドリエ、力を振り絞る彼らの攻撃に心意が宿りさらに虫達の数を削る。
数万匹もいた長虫も千匹ともされるほどに減少していたが、そこで二人の力は尽きた。
目前に迫る大量の虫を前にするが、二人の目から光は消えない。
「氷華!」「滝刳!」
「「焼き尽くせ!」」
隣を飛んでいた氷華と首を下げていた滝刳が前を向き、同時にその口からブレスを吐いた。
二人の直前で爆発して数百もの死詛蟲を焼き払うことに成功した…が、全てには至らない。
爆発を突きぬけた残る数百の長虫が二人に殺到した。
四人の騎士達と地上部隊は二人が全力で抵抗しているところを見ており、
しかしブレスの爆発と死詛蟲の突破はまったくの同時であった。
「ユージオ! エルドリエ!」
叫ぶアリスはすぐさま爆発の許へ向かう。
その時、吹き飛ばされて落下していく人影が見えた、エルドリエだ。
衝撃波による落下のためかなりの速度で落ちていく彼を救出し、雨縁に地上へ降りさせた。
降りる前に少し離れたところで氷華が何かを咥えていたことを確認しているから、ユージオは無事だろう。
「エルドリエ、しっかりしなさい!」
「師、アリス……ご無事でしたか…」
「ええ、貴方達のお陰で皆に大事はありません! よくやりました、すぐに治療を施します」
「いけま、せん……私よりも、ユージオを…」
無事とはいえ重傷であることに変わりはなく、高位治癒術であっても流れた血は戻らない。
せめて傷は塞がなくてはと治癒術を施そうとするアリスは助けにきてくれたであろうユージオを優先する彼に嬉しく思った。
「はい、貴方の応急処置をしたらすぐに「違う、の、です…」え?」
だが、その意味合いは違う。
「あの虫どもが、到達する、寸前でした……爆発の最中、ユージオは、私を庇い…前に…」
「えっ……それ、は…」
「彼は、虫に……のまれて…」
エルドリエの悔しげな表情が事実だということを教え、アリスは呆然とする。
闇素の属性、呪詛の直接攻撃、それが殺到して庇われたエルドリエが重傷だということは、ユージオは。
「お行き、ください……私には、滝刳がおります…どうか、ユージオの許に、お急ぎを…」
「っ、すみません! エルドリエ!」
顔を蒼白にしながらアリスは駆けだす。先程の氷華が地に降りていくところを思い出し、そこへ向けて全力で走る。
整合騎士の全力疾走ということもあり、ほんの僅かな時間でそこへ到着した。
敵が居れば近づけまいとする氷華の激しい唸り声が響いており、アリスの姿を認識した彼女はすぐに隠していた
「あ……うそ、いや…ユージオォォォッ!?」
全身から血を流しているユージオが氷華の翼の下で倒れており、アリスはすぐに駆け寄り容態を診る。
四肢に欠損はないものの全身の至るところに様々な傷を負っており、
特に右半身は幾ヶ所も抉られたような怪我であり右腕に関しては折れた骨が飛び出ていて、右腹部には小さいけれど確かな穴が貫通し、
左半身は右に比べればマシとはいえるがそれでもかなりの重傷状態に違いはなく、呼吸も荒れている。
「ア、リス……エル、ド…リエ、さ…は…だい、じょ…ぶ…?」
「っ、ええ…重傷だけど彼は無事よ、わたしもみんなも。ユージオのお陰よ…!」
「なら、よか…た…」
「なんで、こんなになってまで……すぐに、治療するからね!」
これほどの無茶をしでかしてまで誰かを助けようとする彼の想いが辛い。
そう思いながらもアリスはユージオの怪我を少しでも治そうと治癒術を掛けようとしたが、彼が止めた。
「だめ、だ…。きっと、てき、こんらんして……いまが、こうきだ…。
ぼくは、じぶんの……こと、やっ、た……だか、ら……こんど、アリス、が…」
「いや、嫌よ! ユージオを治すの!「アリス…!」っ、いやぁ…」
息も絶え絶えにアリスへ告げていくユージオだが、幼子のように駄々をこねる彼女の名を強く呼ぶ。
どうしていつもユージオだけが、自分が連れていかれた時の彼の辛そうな表情、
後輩を守るために一度は右眼を失くして大罪を負わされ、記憶が無い自分と戦って、
元老長との戦いで重傷を負ってもわたし達を助けて、故郷で家族と暮らせたはずなのに自分と居てくれて、
いつも大変な思いをするのは彼なのに、わたしは……守られてばかりなの…。
流れるアリスの涙がユージオの人差し指に拭われる。
「しんで、やるもんか……ぼくは、きみと…いっしょ………だから…いけ、アリス…!」
「ユージオ? ユージオ!?」
息はあり、脈もあるが意識は完全に無い。このままではそれこそ命を落としてしまう。
アリスは下位の治癒術で少しだけでも大きな怪我を癒し、マントを破いて応急処置を施した。
時間がない、一刻も早く敵を蹴散らしてユージオを安全な後方まで下げなければならない。
だがなによりも、愛する者達を傷つけられた怒りと憎しみが感情を染め上げていく。
「ユルサナイ、ゆるさない、許さない、赦さない…」
アリスの怒りが満たされる。
それは彼女の飛竜である雨縁にも、主を傷つけられた氷華にも、近くに降り立ち同じく主を傷つけられた滝刳にも伝わる。
「ユルサナイゆるさない許さない赦さない、よくもぉっ! ユージオに手を挙げたなぁっ!」
怨嗟の雄叫び、それに乗じて氷華、雨縁、滝刳の三頭も怒りを込めた獰猛な咆哮を轟かせた。
飛び上あがって雨縁の背に乗り、敵陣を睨みつける。
敵陣形、右翼には暗黒騎士団がおり数は約五千、左翼には拳闘士団こちらも約五千、
後方にはオーク部隊とゴブリン残党部隊、大規模な輜重部隊、最後方には総大将のベクタがいるはず。
そして、騎士団と拳闘士団の間、暗黒術師団約二千が術を放った後だからかそこにいた。
「行くぞ、雨縁、滝刳! 氷華、この位置よりあの方角、狙い撃てぇっ!」
アリスの指示に従い彼女を乗せた雨縁と滝刳は暗黒術師団に向けて突進を開始し、
ユージオとエルドリエを守るべく残った氷華はアリス達が向かう途中で怒りの業火を示された方向へ放った。
アリス達の接近に気付いた術師達だったが、逃げようとする前に氷華のブレスにより焼かれてしまった。
「逃がすか、奴らの後方を狙えっ! エンハンス・アーマメント!」
雨縁と滝刳の兄妹竜が熱線を放ち、二条の紅蓮が術師団の逃げ道を焼き防いだ。
そこへアリスが駄目押しの追撃とばかりに武装完全支配術を発動し、術師達への殺戮を始めた。
術師達を統率していたディーは逃げ惑う若い二人の女術師を殺して己の身を守るべく、
呪われし秘術にして禁術、物体形状変化の術式を行使し、自身を守る壁を作るも死を巻き起こす山吹色の嵐が全体を包み込んだ。
術師達への殺戮が大半を終え、九割以上が死に二百ほどの術師が必死に逃げていった。
これほどの恐怖を刻めばもうあの術を行使することはあるまい、そう思っていたところでベルクーリ達が追いついた。
さすがに彼もアリスを叱りつけたが、彼女は地上部隊の護衛を任せて囮の役目を果たしてくると告げる。
これには彼も仕方が無いと判断し、無茶をしないように言いつけた。
アリスは再び雨縁の背に乗り彼女に僅かな上昇を命じる、敵軍の視線を集めるために。
「我が名はアリス! 整合騎士アリス・シンセシス・サーティ! 人界を守護する三神の代行者、『光の巫女』である!
我が前に立つ者、その悉く聖なる威光に打ち砕かれることをとくと覚悟せよ!」
大いなるアリスの宣言、それは確かに敵軍の全てに届いた。
闇の皇帝ベクタ、ガブリエル・ミラーは拳闘士団を先頭にし、
暗黒騎士団、亜人隊、補給隊と暗殺者ギルドの順と構成で隊列を組ませる。
南下し、光の巫女を無傷で捕えよ、されば人界全土の支配権を与えよう、と。
暗黒術師団の殲滅。
その成果の対価は上位整合騎士エルドリエ・シンセシス・サーティワンの重傷、
そして最上位整合騎士ユージオ・シンセシス・ゼロの危篤状態である。
No Side Out
To be continued……
あとがき
またも一日遅れてしまい申し訳ないですが無事更新できたということで何卒…。
さて、ユージオの加入もあるとはいえ原作と変わらぬところは原作未読の方を考慮して簡単な流れは説明しました。
とはいえ、ユージオとアリスの仲に少し不安を出させました、キリアスでも偶にありますからね。
そこへエルドリエを死なせないためにユージオを突撃させ、二人とも生き残らせました。
ユージオは死に体ですが、死にませんよ? アリスをキレさせるためですがw
なお、今回のアリスはネタです、自分の好きなゲームに出てくるキャラがブチギレた時の言動ですw
倒れ伏したユージオ、その状態は生命に関わるもの、果たして次回はどうなるのか!
ではまた次の話しで~…。
追伸
一応参加アバターは今回までということでしたが、次回投稿までに変更しました。
次話が投稿されるとその瞬間終了ということになります。
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第38話目です。
今回まで遅れてしまった、近頃多いと思ってしまいます。
とにもかくにも、どうぞ・・・。