No.845539 38(t)視点のおはなし その72016-05-02 00:56:38 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:529 閲覧ユーザー数:524 |
夢の中。遠い記憶。
彼方に追いやられた、かつての記憶。
東の大地。雪原、砲火、塹壕。兵達の群れ、砲火、私。
砲火、着弾、弾け飛ぶ雪と土煙と肉と血。
装填、砲撃、怒号。砲火、着弾、吹き飛ぶ土嚢。
「右翼前方、敵集団接近!機銃掃射急げ!!」
機銃掃射、頽れる敵兵の群れ。砲火、着弾、吹き飛ぶ鉄条網。怒号。
「敵戦車前進!足を止めろ!足だ!」
装填、砲撃、着弾、閃光。狙いを外し、無傷。
「糞っ!イワンの化け物戦車が!少尉殿頃合です、後退しましょう!」
「まだだ!今下がれば撤退部隊が鴨撃ちに遭う!あの陽が沈むまで持ちこたえろ!」
遠方。雪原、夕日。陽はまだ地平線に付かず。砲火、着弾、雪と土煙と血と肉。
装填、砲撃、着弾、閃光、傾斜装甲に阻まれ、無傷。砲火。
「何所に当てりゃ抜けぁぐっ」
着弾、弾ける右履帯。裂ける装甲、吹き飛ぶ破片。弾け飛ぶ肉と血。
「くぅ、動けるか伍長?…伍長!?」
返らぬ返答。砲火、弾け飛ぶ雪と土煙。
「曹長?曹長は無事か?狙われている!移動するぞ曹長!」
返らぬ返答。砲火、弾け飛ぶ雪と土煙。
「上等兵!…糞っ!まだだ!まだ引く訳には!」
装填、砲撃、装甲に阻まれ無傷。砲火。砲火。
「もう一輌!?糞っ!」
砲火、弾け飛ぶ雪と土煙。装填、砲撃、無傷。
「糞っ!糞っ!…あぁっ!」
砲火、直撃、炎上。
「ぐ…火っ!?火がぁ!!あぁ!!」
火、火、炎。焦げる衣と髪と肉。
「あぁ!!あぁ、あぁ…母様…」
沈黙。炎、炎、炎。遠い空、沈みゆく陽。
薄れゆく意識。前進し、蹂躙し、通り過ぎる、敵、敵、敵。
やがて陽が消え入り、火が消え入り、暗闇が世界を覆いつくし。
暗転。
私の名は38(t)戦車。
守るべき故郷も、仕えるべき国家も、共に往くべき戦友も、全てを失った敗残の兵で御座います。
戦車道全国高校生大会。その準決勝。
戦いの直前にも拘らず、私は前日に見た不吉な夢を、記憶の片隅から消し去り切れずにいました。
試合の会場は、かつての戦場を思わせる、雪吹きすさぶ一面の雪原。
低く厚く垂れ込めた雪雲が陽の光を遮り、周囲を薄闇に包んでおります。
対戦相手は去年の全国大会優勝校、プラウダ高校。
主力とする戦車は、かつて血に塗れた圧倒的敗北を私に与えた仇敵、T-34の血族達。
これではまるで、因果が私を追いかけて、目の前に再臨したかの様。
絶対の安全が保障された「戦車道」と言う競技に、命の奪い合いは起こり得ません。
ですが。守るべき物、奪われてはならない物は、何も命だけとは限らないので御座います。
特に、彼女達にとっては。
試合前の挨拶が既に終わり、既に皆様は車内で待機しております。
「結局、言えなかったなぁ、西住ちゃんに本当の事」
角谷殿がぼそり、と、天を仰ぎ見ながら呟きます。
結局、小山殿提案のあんこう鍋パーティーは、つつがなく催された物の。
会の目的であった西住殿への謝罪と、そのきっかけたる大洗戦車道復活の真相は、
最後まで告げられず仕舞いだった御様子。
「仕方ありませんよ。打ち明けてしまえば…我々と同じ責任を、西住にも背負わせる事になる」
「それを恐れたのは、会長御自身じゃないですか」
河嶋殿が、珍しく的を射た意見を述べます。
全てを打ち明けるという事。それは即ち、学園の命運の一端が、西住殿の背にも掛かるという事。
格上のチーム、格上の車両を相手取るこの状況に於いて、プレッシャーと言う名の更なるハンデを
背負わせてしまう事となるやも知れないのですから、角谷殿の選択も止む無し、と言えましょう。
「小山もゴメンな。わざわざ会のセッティングに食材の調達まで手伝ってもらったのにさ」
「気にしないでください。会長がそれでいいと判断したのなら…きっと、それでいいんです」
会長を気遣い、その選択を肯定する小山殿。
結局、そのまま沈黙が続き、運命を決する試合、その開始アナウンスが無情にも告げられました。
「フラッグ車発見しました!」
M3車長の澤殿から、敵フラッグ車発見の報。
二回戦の快勝に勢い未だ冷めやらぬ皆様は、序盤から攻勢をかける作戦を選択。
八九式をフラッグ車として雪原を進軍し、早々に敵フラッグ車を中心とした護衛部隊を発見。
余りにも上出来すぎる試合運びを疑う暇も無く、追撃は村落地廃墟へと雪崩れ込みます。
「フラッグ車さえ倒せば…!」
河嶋殿の逸りが、砲を操る手からも伝わって来るかの様。
しかし、逸りは冷静な思考を鈍らせ、時として致命的な判断の過ちを生み出します。
「…!?東に移動してください!急いで!」
焦りを露わにした西住殿の通信が、砲撃音に割り込んで飛び込んで来ます。
気付けば後方から、T-34/76が二輌。転身に移る間も無く、さらに右翼からT-34/85が二輌。
そして極め付き、陥没した雪面からIS-2が満を持して登場。
三方を完全に囲まれ、私達は退路を断たれ包囲されてしまったので御座います。
冷静に戦況を見据えれば、予想は出来たかもしれない事態。
しかし、年若い乙女達の皆に、軍師としての俯瞰視を期待するのも酷な話。
アンツィオから期待以上の快勝を手にした時点で、この運命は決まっていたので御座いましょうか。
プラウダ虎の子、街道上の怪物、KV-2も加わっての猛反撃。
苛烈な砲撃が此方へと向けられ、ついにその一つがM3の主砲身を吹き飛ばします。
混乱の最中、唯一敵の包囲の僅かな穴を見つけ、一際大きな廃教会へと撤退する私達。
しかしⅢ突が教会内へ飛び込む直前、砲撃が不幸にも履帯を吹き飛ばし立ち往生。
それを庇ったⅣ号も砲塔に被弾し、砲塔回転に不全を起こし反撃の手が鈍ります。
応戦もままならぬまま、擱座したⅢ突を押し込みながら、建物内へとどうにか逃げ延びたのです。
「誰が土下座なんか!」
「全員自分より身長低くしたいんだな…」
敵の砲撃が止み、代わりに現れたのは、プラウダからの伝言役で御座いました。
抑揚の無い冷酷な口調で告げられたのは、降伏勧告。
条件にチーム全員での土下座も含めると言う、念入りな侮辱の意図も込めて。
「徹底抗戦だ!」
「戦い抜きましょう!」
降伏までに与えられた猶予は三時間。それが過ぎれば、ソ連謹製の重戦車軍団による
苛烈な砲撃の嵐が、この廃教会に降り注ぐ事となるのです。
「でも、こんなに囲まれていては…一斉に攻撃されたら、怪我人が出るかも…」
西住殿の言葉に、ふと今朝の悪夢が私の脳裏を過ぎります。
特殊な内貼り加工によって、車内の絶対不可侵を実現した戦車道。
しかし、それはあくまで物理的貫徹を防ぐ為の処置であり、衝撃まで無効化する訳では無く。
圧倒的火力により建物の崩落に巻き込まれれば、一切の惨劇が発生しないとの保証は出来ません。
「みほさんの指示に、従います」
皆様の身を案じる西住殿の言葉に、賛同の意を唱える五十鈴殿。
「私も、土下座くらいしたっていいよ!」
チームメイトの安全の為なら、意地やプライドなど捨て去る覚悟のある、優しい武部殿。
「私もです!」
西住殿の判断に、全幅の信頼を寄せる秋山殿。
「準決勝まで来ただけでも上出来だ。無理はするな」
労いの言葉を添えて、明晰な頭脳に依る冷静な判断を下す冷泉殿。
彼女達はまだ知りません。敗北を喫した自らの学園に訪れる末路を。
学園の廃校と、皆様の安全。
学園艦住人の命運と、大洗戦車道チームの皆様の命運。
そのどちらも、天秤に掛けるべきでは無い、掛け替えの無い物。
鉄の塊の私に、そもそもそのどちらかを選ぶ術自体、無いにも拘らず。
正直に告白をすれば私は、祖国も忠義も戦友も失ったかつての私の末路と、
追い詰められ、今まさに砲火に晒されんとする彼女達の境遇を重ね合わせ、
この期に及んで怖気付いてしまったので御座います。
「駄目だっ!!」
思考の袋小路に割って入ったのは、河嶋殿の一声。
試合の棄権に傾き始めたチームの意識を、無理矢理引き戻します。
「絶対に負けるわけにはいかん、徹底抗戦だ!」
「でもっ」
「勝つんだ!絶対に勝つんだっ!勝たないと駄目なんだ!!」
河嶋殿は知っているのです。この戦いで負けた先に、どの様な命運が待ち受けるかを。
「どうしてそんなに…初めて出場して、ここまで来ただけでも、すごいと思います」
西住殿は知りません、「ここまで」で終わってはいけない、と言う事を。
「戦車道は戦争じゃありません。勝ち負けよりも大事なことがあるはずです」
彼女は知りません。「彼女達」が、大切な物を守る為の「戦争」を、人知れず続けていた事を。
「勝つ以外の何が大事なんだっ!」
彼女は知っているのです。少なくとも今この場において、勝ち負けより大事な物など無い事を。
「わたし、この学校へ来て、みんなと出会って、はじめて戦車道の楽しさを知りました」
「この学校も、戦車道も大好きになりました」
彼女は知りません。大好きになったその全てが、もうすぐ水泡に帰し消え去る事を。
「だから、その気持ちを大事にしたまま、この大会を終わりたいんです」
彼女は知りません。その気持ちを共有する仲間達と、離れ離れになってしまう事を。
ああ、何所でボタンを掛け違えてしまったので御座いましょう。
友を信じて戦い、仲間を想って進み続けた筈の彼女達は、しかし最も要の処で
すれ違っていたので御座います。
そのすれ違いを正す為の手段が、冷たい鋼鉄の躰を持つ私には何一つ無かった事を、
この日ほど呪った事は無いでしょう。
肩を震わせ、声を震わせ、瞳を震わせ、憤りさえも覚えながら西住殿と相対する河嶋殿。
「…っ、何を言っている?」
いけません、河嶋殿。
今、この場で、このタイミングで、その事実を明かしてしまう事だけは。
「負けたら我が校は無くなるんだぞっ!!」
言って、しまった。
告げることなく行こうと、一度は決めた筈の、その事実を。
「学校が…無くなる?」
願いも虚しく、感情を爆発させた河嶋殿から、ついに告げられてしまう、最悪の事実。
「…河嶋の言う通りだ」
チームの全員から向けられた、疑問と驚愕の入り混じる視線から矛先を逸らす様に、
全てを観念した角谷殿が、二の言を続けます。
「この全国大会で優勝しなければ…我が校は廃校になる」
友を信じて戦い、仲間を想って進み続け、しかし最も要の処ですれ違っていた彼女達の前に、
その結実が、残酷な真実と言う形で、実を結んでしまったので御座います。
つづく
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プラウダ戦はカメさんチーム一番の見せ場と言ってもいい名シーン揃いだよねー