No.844681

K〜黒き幸を運ぶ猫

初投稿です。
今回はバンプオブチキンさんの曲「K」の二次創作です。
この曲は登場する二人の主役が最後に死んでしまう歌で
バッドエンドっぽい曲なのですが。
それを全力でハッピーエンドに改変しました。

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2016-04-26 23:28:31 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:603   閲覧ユーザー数:603

 

雪が降る季節週末の昼さがり僕は表の通りを歩いていた道の脇にはポツンと1人佇む雪だるま子供達は元気に遊びまわっている

僕はこの街に絵の勉強をしに引っ越してきたばかりで今日は仕事を探すついでに画材屋を見つけるために歩いていた。

しかし最近の不況で仕事は何にも見つからず画材屋もどこにも見当たらなかった。

両親の反対を振り切って飛び出してしまったので手持ちのお金も残り少ない

そんな僕にこの街はとても冷たく感じる。

散々歩き疲れて僕は公園に置いてある古めかしいベンチに座って休んでいると。

公園の隅で子供達が塀の上に向かって騒いでいたそれが気になって近寄ってみると

塀の上に小さな黒猫がいた、子供達はその猫に向かって石を投げたり棒を振り回していた猫はそれを意に介さない様子で立派なかぎ尻尾をブラブラさせながら遠くを見ている。

そんな猫に小さな石が当たった子供達は喜び当てた者に賞賛の声を当てている。

僕はそれが見ていられず子供達を追い払った。

猫はそんな僕をチラリと横目に見るとまた遠くを眺めるそんな猫に声をかけた

「何を見てるの?家はどこ?君はいつもあんな目にあってるのかい?」

僕の声が聞こえたのか猫はまた僕を横目に見ると堀から降りて通りを歩き出した

その姿は小さなその体とは裏腹にとても大きく見える威風堂々としていた僕は家に帰るとその猫をスケッチブックに書き出した。

黒づくめで翠の目の小さな悪魔は絵の中でも威風堂々としているその様は、まるで本当に地獄からの使者のようだった。

次の日も外は雪が降っていた昨日と変わらず僕は仕事と画材屋を探しに昨日とは反対の通りに向かって歩いた。そっちの方は昨日の通りより店や家が少なかったけれど僕は探し続けた。

ふとある店が僕の目に止まったそこは木彫りの彫刻の店で中を覗くとまるでおとぎの国のようで、僕はフラッとその店に入ってしまった。

店の中は本当に神秘的だった、特に目を引いたのは小さな木彫りの家で中を覗くと小さな家族が暖炉の前でお話を聞いていたり、キッチンを見るとお母さんの料理を今か今かと待つ子供達の姿があった。

僕が夢中になって見ていると背後から声が聞こえた。

「それは売りもんだ見せもんじゃないぞ」

振り向くと白髪と白い髭を蓄えパイプをくわえた男が僕を見ていた

「あ、ごめんなさいあまりにも綺麗だったからつい…」

僕がそう言うと彼は鬱陶しそうな顔をして

「つい眺めていたわけか、金も持たず、何も買わないくせに?」

僕は焦ってしまい近くにあった小さな猫の彫り物を手にすると

「これ…いくらですか?」

っと聞くお祖父さんは指を3本立て

「30ペンス」

僕はポケットの中を弄ると小銭を出す

「ごめんなさい25ペンスしか無いです」

顔を下げその小さな猫を元に戻そうとすると

「それじゃ25でいい」

そう言って僕の手から硬貨を取ると

「毎度どうもとっとと出てけ」

っと店の外に追い出されてしまう。

25ペンスの代わりに手に入れた小さな猫を見ながら通りの先へ進むと視界の隅に黒い何かが入る思わずそっちを見ると昨日の猫が通りの角を曲がるところが見えた。

僕は引き寄せられるようにそれを追いかける。

通りを右に左に行くその猫は僕から逃げようとしているように思えてだんだんそれが楽しくなってくるしばらく走っていると大通りに出た僕は息を切らしながらさっきの猫を探すが人ごみの中に紛れてしまい見つからなかった諦めて息を整え顔を上げると目の前に画材屋があった僕はその場で小躍りしながら画材屋へ向かった。

新しいスケッチブックと筆に鉛筆、それに絵の具を幾つか買うとさっきまで冷えていた何かが急に温まるような気がした。僕はホクホクとした顔で家に帰ろうとすると通りの端で怒声が聞こえるそっちの方へ向かうと店の中から男が箒を片手に壁を叩いていた。

「降りてこい!このドロボウ猫!店の商品を勝手に食いやがって!」

見上げると店の釣り看板にあの黒猫がいた彼は器用にその看板の上に座りながら昨日のように尻尾をぶらつかせ遠くを見ているその口には大きなハムを咥えていた。

僕がそれに気づくとその彼も僕に気づいたようで僕の方を見下ろす猫と目が合い。

しばらく見つめ合っていると店の男がそれに気付き近づいてくる

「あの猫はてめえの猫か!俺の店の商品勝手に食ってんだぞどうしてくれる!」

目の前で怒鳴られ困惑している僕を尻目に猫は看板から飛び降り一目散に逃げ出す。

それに気づいた店の主人はさらに僕に詰め寄る

「てめえの相手してたら逃がしちまったじゃねえか!どうやって責任取るつもりだ!」

僕は仕方なくいくら分食べたのかと聞くと手を広げ突き出しながら

「15ペンス分だ」と答える僕はまたポケットから小銭を出しそれで払うと男はぶちぶち悪態を吐きながら店に戻っていった。

僕は深いため息を吐くと家に向かって歩き出す。

家に帰ってから僕は新しい筆を洗いスケッチブックを広げると絵を描き始めた。

黒い猫が口にハムの破片の代わりに宝石を加えて走る、怪盗ルパンのような絵を描いていた。それを描いていると急にお腹が鳴った気づくと外は暗くなっていて僕は朝から何も食べていないことを思い出した。

絵を描くのを止め台所へ行き食べられるものを探すが見つかったのは小さなパン一欠片だけ、食材を買い忘れたことを思い出し落胆しながら自室に戻るとベッドの近くの窓に何かがあるのを見つけた、ゆっくりと窓を開けそれを拾い上げるとハムの欠片だった僕は辺りを見渡すが誰もいない僕はそのハムの欠片を近くの蝋燭の火に当てると香ばしい匂いが家中に漂い出すそれを口に含みゆっくりと嚙み締める。

ふとあの猫がハムを咥えていたことを思い出すもしかしたらこのハムはあの猫がくれたのかそんな事を考えながら僕は作業に戻った。

今日は何が何でも仕事を見つけようと決意しながら家を出る連日の雪が嘘のようなほどの快晴で今日は良いことがあるかもしれないと胸馳せながら家を出る。

昨日の大通りへと向かうここは店がたくさん並ぶこの街の商店街に位置しているここならば何か仕事があるはずと探し出すが昼を過ぎても何も見つからなかった。

僕は少し焦っていたこんな大きな街に仕事が何もないわけが無い田舎から来たからダメなのかそんな事を考えていると酷く気持ちが落ち込んでしまう。通りをトボトボと歩いているとまた視界に黒い塊が映るそれを目で追おうとすると背後から数人の声が聞こえた振り返ると5人の男が箒や木材を片手に走り寄ってくるとその中の1人に声をかけられる

「おいあんた!黒い猫を見かけなかったか!?」

何があったのか聞くと猫が娘に噛み付いたそうだ。

それを見ていた近くの数人で猫を退治しようとしているらしい僕は首を横に振る彼らは通りの向こうへ走って行くそれを尻目に僕は彼らが来た方向に急ぎ足で歩いて行った。

彼らの言った通りに人だかりができていてその中心で若い娘が騒いでいた

「いきなり噛みつかれたのよ!わけわからないじゃないさ!早く誰かあの獣をとっ捕まえておくれよ!」手から血を流しながら周りにそう言うと誰が読んだのか医者が駆けつけて手の傷を見る

「手を見せて血の割に傷は浅いな歯が引っかかって裂けただけみたいだ消毒と包帯をするから手を開いて」

そう言われるが娘は手を開こうとしない

「良いよ消毒だけしてくれればあとは自分でやるからさ!」

医者は首を横に振る

「いいや、バイキンが入っているかもしれないちゃんと処置しないと腕を切るはめになるかもしれないだから手を開きなさい」

そう言うと彼女の手を無理やり開くするとその手から何かが落ちる

女はそれを取ろうとするがそれよりも早く拾い上げると者がいた

「…これはうちの店の商品じゃないか」

それは小さく畳まれたハンカチだったしかしその布地はシルクで出来ておりこの街では買える人が限られている高級品だ

「…どういうことか説明してもらおうか」

医者は娘の手をガッチリと掴みその後ろで店主が腕組みをし娘を睨んでいた。

僕は急いでその場を離れるとさっきの男たちを追いかけた。

 

出せる限りの速度で走るが彼らがどっちに行ったのか分からず途方に暮れていると悲鳴にも似た声が聞こえたその声の方へ向かうと男たちが黒猫を逆さ吊りにしているところだった

「この悪魔め手こずらせやがって」

そう言うと1人が猫を箒で殴る猫は威嚇の声をあげ紐を千切ろうと体を上げるがその度に箒で体を叩かれる。

「早いとこ殺しちまおう」

そう言う男たちは近くに置かれた桶に水を張る雪が止んでいるとわいえこの寒空に貼ったその桶の水はテラテラと陽の光を反射させていてまるで地獄の釜のようだった。

そこに猫の顔が浸かった、瞬間

「止めろ!!」

僕はなんとか猫の処刑に間に合い桶を蹴り中に入っていた水を辺りにぶちまけると男から猫をひったくる

「おい!お前なにしやがる!」角材を持った男がそれを突きつけ威嚇する

足から紐を解き猫を守るように抱えると猫は震えながら服に爪を立てるそのせいで服は裂け腕から血が滲む。

「これは誤解だ!あの娘は泥棒だった!この猫はそれを捕まえただけだ!」

僕は見た事をそのままに言うが気の立っている男たちの耳にそれは届かなかった。

「嘘をつくな!」「証拠を出せ!」「お前もグルか!」「その悪魔を渡せ!」

男達は口々に罵倒の言葉を述べると誰かが角材を投げつけるそれは頭に当たり、目の上が切れ血が流れ出し地面を染める痛みにその場でうずくまると背中に男達が手にしたモノを投げつける当たるたびに痛みは増すが腕の中で暴れる猫を離すまいと力を込めるすると男が1人近づいてくるのがわかる猫がその足に向かい威嚇の声を上げる

「そんなにその悪魔といたいなら一緒にくたばれ!」

近くに転がる角材を拾い上げ振りかざす

「そこまでにしときなさい」

聞き覚えの無い声が聞こえる。

顔を上げると2日前にあった彫刻店の店主がそこにいた

男達はまた口々に彼に何かを言うが

「警察を呼んだもうすぐ来るが捕まりたいかね?この状況分が悪いのは君たちだと思うが」

彼がそう言うと男達は急ぎ足でその場を立ち去る

「まぁ嘘なんじゃがな」

手に持ったパイプをくわえ直すと彼が近づいてくる

「大丈夫かね若いのそれにしてもよくもまぁこんなにボロボロになにを抱えとるんじゃ?」

顔を上げると彼は驚いた顔をした

「君は確かこの前の25ペンスじゃないかどうしたんじゃそれにその猫?猫を助けるためにこんな馬鹿なことしたんか?」

僕はフラフラと立ち上がると彼に背を向け歩き出す

「あ、ありがとう…ございます…でもこの子を助けないと」

壁に体を預けながら歩き出すが最初の一歩めで膝をつくまた立ち上がるを繰り返していると見かねた彼が腕を取り肩を貸してくれる

「通りに着いたらお前を捨ててくぞ」

彼がそう言うと僕はそのまま気を失った。

目を覚ますと僕は見慣れない場所で寝ていた薬の匂いが微かにする場所たぶん病院だ体を起こすと痛みが駆けめぐる痛みで顔を歪めるとあの店の前であった医者がいた

「目を覚ましたね、まったく無茶なことを」

ほうけた顔をしていると医者はあきれた顔をしながらを話しはじめる

「君をここへ運んだのは彫刻家のじいさんだ彼が言うには今時は珍しい馬鹿な若者だそうだがまぁ彼の説明を聞いたらそう思わざるを得ない、君は気を失っていた主な理由は栄養不足、最近ちゃんと食事をしていないだろう?それとそのネコ何だが…」

医者がベッドの横に置かれている小さなケージを指差すその中にあのネコが丸くなりながら寝息を立てていた。

「君が起きるまでずっと鳴いていたよまったくおかげで他の患者から苦情を言われっぱなしだ君の目が開いたとたんその体勢になって眠ってしまった。酷く疲れていたんだろうね」

ケージに手を伸ばすと彼の耳がピクピクと動く

「そうなんですか…ありがとうございます。それじゃ僕行きますね。」

かけてあった上着を着て病室から出ようとすると医者に呼び止められる

「あー待ちたまえカルテに名前が必要でねここに名前を書いてくれるかね?」

僕は医者から鉛筆を受け取ると"エドワード"と書く

「エドワードそれはどうするんだね?ここに置いておかれても迷惑というかここは病院だから普通は動物は入れないんだが、それにこの猫は野良だね、君が置いてくというなら保健所へ連れて行かなくてはならない」

そう言ってケージを持ち上げるとそれを僕に渡す。

「どうするかは君が決めてくれ、それと今回の代金は後で請求させてもらうよ私も慈善事業では無いのでね。」

ケージを持って家に帰る途中店仕舞いを始めているパン屋に寄るとあまったパンの切れ端を売ってもらいそれを持って帰路を進む

家に着くとケージの扉を開きベッドに倒れ込むとそのまま眠りについた。

痛みで夜中に眼が覚めると掛けていた布団に重みを感じる布団を引っ張ると足の方で突っ張ってしまう月明りの中見てみると何かがそこに乗っているのが分かる、体を起こしその部分に腕を伸ばすと柔らかくしっとりとしたモノが指に触るしばらく指を動かすとゴロゴロという音が聞こえ始める指を止めるとそれは起き上がり月明かりの下へ現れる。

黒猫が僕の顔をジッと覗くように見ていた

「こんばんは素敵なおチビさん」

僕がそう言うと彼は隣で丸くなる

「一緒にいてくれるの?」

僕がそう聞くと彼は喉を鳴らし始めた

目を覚ますと昨日より体の痛みは治まっていた上体を起こすと背中に鈍く痛みは感じるがそれ以外の痛みはなかった。布団の端を見ると黒猫は丸くなりながらまだ寝息を立てている窓を開け朝の匂いを部屋に満たすとその匂いに反応してかネコも起き上がると窓のヘリに飛び乗ると遠くを眺めている。空は昨日と同じくらいの快晴で僕はなんだか早く動きたくなった僕は窓を閉め台所へ向かい昨日買ったパンを食べようと椅子を引くその椅子にネコが飛び乗る

「そういえば君が食べる物をなにも用意してないや」

どうしようかと顔の前にパンをかざす匂いは嗅ぐが食べようとはしない水に浸し皿に乗せて与えるとほんの少しだけ食べるだけだった

「ネコって何食べるんだっけネズミとかだよね…」

どうしようかと考えていると彼は窓をしきりに引っ掻く開けるととそこから外へ飛び出して行った。

しばらく待っていたが彼が一向に帰って来る気配はなかった仕方なくその窓を開けたままで僕は外へ出た昨日の大通りへ行き何軒か回るがやはり仕事はなかった。

肩を落とし歩いていると昨日の布屋の前を通りかかるそこには店主が表に出て周りを見渡していた何のけなしにその前を通り過ぎようとすると徐ろに店主から声をかけられる

「緑の目の黒猫を飼ってるね?」

いきなり聞かれたことに対し首を縦に振ると店主の顔に笑みが浮かぶ

「そうか君があの猫の飼い主かありがとう、昨日のあのハンカチが無くなってたら私の店は潰れてしまうところだったんだ、どうにかお礼をしくて偶然またここを通らないかと思って探してたんだ」

僕はその話を不思議に思い聞いた

「なぜ 僕に声を?」

店主は笑いながら

「肉屋のオヤジが言ってた"ドロボウ猫の飼い主"に君がそっくりだったんだよだから声をかけたのさ」

僕が複雑な表情を浮かべると店主は不思議そうな顔をする

「実はあの猫飼い始めたのは昨日からで僕は一週間前にこっちに引っ越してきたばかりなんです。だから、飼い主と言えるかどうか…」

店主は笑いながら言った

「そうだったのかしかしね、今はその猫と一緒に過ごしているんだから、それなら飼い主でいいじゃないかそれにあの猫がまた人に懐くとは君は大物だね」

僕の肩をバンバンと叩く痛みで顔を歪めるとそれに気づく

「おっと、すまんねそういえば昨日大変な目にあったんだったねそういえば彫刻家の爺さんが珍しく酒場に来てな彼が君のことを話していたよ(最近にしては気骨のある若者だって)

さ、おかげでこの辺りで君は少しだけ有名人だ」

僕は気恥ずかしさで笑うと店主は何かを思い出したように続ける

「そういえば君にお礼をしようと思ってたんだ何か欲しいものを言ってくれできる範囲叶えてあげよう」

僕は少し遠慮しながら

「いえ、そんな名前も知らないですし」

そう言うと彼はまた笑いながら

「おっとそうだった私としたことが名を名乗ってなかったね」

相違と僕の手を握り

「私はジェイコブ、布屋のジェイコブだ」

そういうと手を強く一度握ると

「これで、頼みが言えるね」

と僕の肩にもう片方の手を置く、僕は苦笑いをしながら少し考えて

「それじゃぁ…仕事をください」

その頼みに店主は困った顔をしていた

「仕事か…ふむ実はこの店はすでに人が足りていてね君はどこか働ける場所を探している…では、こうしよう仕事探しを私も手伝ってあげようそれで見つかったらすぐに君に知らせるそれでどうかね?」

僕は礼の言葉を述べ自分の家の場所を伝えるとその場を後にした、昼を過ぎ通りのほとんどの店を訪ね終わった頃には空は暗くなり始めていた途中食料を買い家路につく

家に帰り台所へ行き開いていた窓を閉めると鍋に火をかけ湯を沸かし

買ってきた食材を使いスープを作ると昨日のパンと一緒に食べる

久しぶりの温かい食事を取っていると寝室から気配がする

食べる手を止めそちらに向かう

明かりをつけると薄暗がりの中でベッドの横に何かを見つける

近づき手を伸ばすとそれはネズミの死骸だった

思わず取り落とす

「な、何でこんなところに」

腰が抜けていると目の前に黒い塊が飛び降りてくる

あの猫だったそれは落ちていたネズミを加えると僕の前にそれを置く

そういえば昔誰かが言っていた

(猫は自分が仲間だと思ったらそれに対して獲物を分ける)

おそらくこの猫は自分に獲物を分けてくれている

僕がそのネズミを拾い上げると猫は安心したようにベッドに戻り眠りだす

それを持って台所へ戻るとその死骸をゴミ箱に捨て手を洗ってから残りの夕飯をかたずける寝室に戻ると猫は寝息を立てながら布団の端で丸くなっている僕はそれを横目に薄明かりの中絵を描き始めた

警官の服を着た猫がネズミを追いかけているその猫の尻尾には小さなピストルと手錠がネズミは袋を持っていてその中には筆と絵の具それとスケッチブックが入っている僕の財産を盗んだネズミをその猫が追いかけているそんな絵だった。

僕がそれをだいたい書き終えると足元から視線を感じたそっちの方を見ると猫がジッと僕を見ていると言うより僕の絵を見ていた

「これは君だよ」

筆を置き手を猫に伸ばすと指に顔を擦り付けてくるそのまま下顎を指でかいてやると気持ちよさそうに喉を鳴らす。

しばらく撫でていると彼は僕の膝の上に飛び乗った膝の上に器用に座るとまだ絵の具が乾いていない部分にに自分前足を押し当てた。

僕は慌ててそれを離すがその部分には猫の手形が付いてしまった。

絵の端についた猫の手形は不思議なことにその絵にあった

「これで完成だね」

ポツリと言うと短く猫も鳴く僕はそれが嬉しくて彼を抱きかかえベッドに向かった。

そのままベッドに横になると彼は腕を抜け出し隣で眠りだした彼のぬくもりが冷たいベッドを温める、その日僕はこの街に来てから1番深い眠りについた。

ノックの音で目が覚めた

目をこすり玄関の扉を開くとジェイコブがいた。

「起こしてしまったかな?ひどい顔と髪だ洗ってきなさい。」

そう言うと家の中彼はツカツカと入ってくるそれをまだ眠気でほうけている僕は呆然と見ていると彼はまた

「何をしているんだ?早く顔を洗いなさいそれと服もほら、コレを着て私が昔着ていたのものだ多分君が来ているそれよりは良いもののはずだ。」

と言うと服を投げ渡される

それを手に取ると顔を洗いに台所へ行き渡された服を着る

それはしっとりとした感触の布で出来ていて今の自分には手も届かない程高価なものだと分かるそれは合わせたようにピッタリと僕の体型にあった。

それを着終わるとまたドアがノックされる

僕が出る前に布屋が出る

「旦那様車の用意ができました。」

腰の曲がった老人が言うとジェイコブが僕を手招きする

「おお、服はピッタリだなでは行こうか時間があまりないから移動しながら事の次第を話してあげよう」

そう言うと手を掴まれ強引に外へ連れ出されると道に止まっている車に押し込まれた隣に彼が座ると「出せ」と一言それを合図に車は走り出す。

しばらく走っていると彼は話し出す

「朝から慌ただしくなってしまってすまない、昨日の事は覚えているかね?あれを私のお得意様に話したら是非会いたいと言われてね彼は町の外の屋敷の主人でねぶどう農園を持ってる人でここらでも有数の権力者だ、普通の服では失礼になるかもしれないと思ってねそういえば君は車の運転は出来るかい?」

僕は首を縦に振り実家にいたころ工場で働いていた時に車の運転を覚えたことを話すと

「ほう意外だね工場にいたのかそう言えばなぜこの街にきたんだい?」

っと聞かれたので僕は絵の勉強できたことを話すと布屋は笑いながら

「そうかそれならきっと彼は君のことを気にいるだろうね、おっともうすぐ着くぞ襟を直しなさい」

街の外の屋敷に着くと彼は大きな扉をを叩く重々しくなり響くと中からやたら鼻の高い男が出てくる

「これはこれは布屋さん、本日はどのような用件ですか?」

と少し高圧的に聞いてくるそれを笑いながら彼は返す

「昨日話してあったここで働きたいという青年を連れてきたご主人はいるかね?」

そう言うと鼻の男は僕を睨むように見ると中へ案内してくれた。

中に入ると大きな広間に出るそこには様々な絵が飾ってあった僕はその光景に目を奪われてしまう、それを見たジェイコブが慌てて僕の腕を引く

「雇われればいつでも見れる今は集中しなさい」

我に帰り鼻の男について行く二階に上がり廊下を進むと1つの部屋の前で止まる

「旦那様は今お仕事の最中で大変忙しい、くれぐれも邪魔にならないようにしてください。」

扉をノックすると僕をその部屋に入れる自分は扉の横に待機する部屋の中には壁に本棚がいくつも置かれ部屋の奥に机があったそこに口ひげを蓄え、メガネをかけた男が何かをせっせと書いている

僕はその机の前まで案内されるとヒゲの男が口を開く

「君が布屋が言ってた青年かね。」

その質問に「はい」と答えると彼は手を止め顔を上げる

「名前と出生、趣味と出来ることを3つ言いなさい」

そう言うと新しい紙を取り出しペンにインクを付ける僕は慌てて言われた事をする

「名前はエドワード・グリース、生まれはウエールズの農家です。趣味は絵を描くこと。出来ることは学校に行ってたので読み書き計算、工場で働いて覚えた車の運転、それと母が東方の島国の出身でその料理が少しだけ作れます。」

彼の指が止まるともう一度僕の方に顔を向けると

「絵を描くのか…どんな絵をしたためるのかね?」

僕は少し迷ってしまった自分の絵は本で読んだりせず独学なので種類がわからなかったなので。

「僕は自分が書きたいと思った絵を描いています。例えば夏の公園や秋の畑の絵、それ以外だと僕と一緒に住んでいる猫の絵を描いています。」

初めて彼の顔に表情が浮かぶ、ペンを置きそばに置いてあった紅茶を一口飲むと

「人物の絵は描けないのかね?肖像画とか」

どう答えようか少し迷うふと故郷いたころの彼女を思い出す、そういえば彼女が初めて僕が描いた人だったことを思い出すと「描けます」とはっきりと言う

すると初めて彼の口が横に広がる

「そうか描けるかでは私の妻の絵を一月で描きあげなさい、もしできたらこの屋敷で小間使いとして雇ってあげよう、絵の具や紙等はこちらで用意しようでは一月後に」

彼はそう言うと紅茶を置き小さな鈴を鳴らすと扉が開き鼻の男が入ってくる

「お呼びでしょうか旦那様」

彼は既にペンを片手に何かを書き始めていた

「彼を妻のところへそれと紙と絵の具あと鉛筆を用意してやれ。紅茶が冷たい」

そう言うと飲みかけのカップを彼は下げながら頭をさげると僕の襟を掴み引きずるように部屋の外へ連れ出される。

「失礼のないようにと申し上げませんでしたか?」

彼は不機嫌な顔をしながら僕に投げかけるあまり腑に落ちないが謝ると彼は歩き始める

彼は別の仕事をしている召使に回収した紅茶を預けるとそのまま僕を別の部屋へ通した。

「この部屋は奥様の部屋です。今度はくれぐれも失礼のないように」

と扉をノックするとゆっくりと開く

「奥様、お目覚めでしょうか?新しい書生ですお目通しをお願いします。」

彼がそう言うと中から女性の声が返ってくる

「あら、今回は速いわねそれで今回はどんな子を連れてきたの?」

彼の顔に汗が吹き出ている僕は思わず後ずさってしまった。この部屋にいるのは人ではない何かなのかと引き受けるべきでは無かったのかとしかしそんな僕の行動を彼はすぐに気づき腕を掴むと

「それがまぁ書生というにはあまりにおざなりな者でして気に入らない場合はすぐに私をお呼びください、扉の外におりますので。」

そう言うと彼は僕を強引にその部屋へ押し込み扉を閉めてしまう。

部屋の中は光が全く入っていないその闇の奥から声が聞こえる

「あら、今回の子はずいぶん若いわね、この前は年寄りで全然楽しめなかったけど」

声の方へ顔を向けると別の場所から声が聞こえる

「あらあらそんなに怖がって、貴方はもう既に私のモノよコッチへいらっしゃい」

その声の方を向くとまた別の場所から声が聞こえる

「主人を待たせるなんて悪い子だわ、お仕置きが必要かしら?」

その声は背後から聞こえた気がして振り返るが誰もいない、

「あらあらどっちを向いてるの?本当に悪い子ね良いわ今から貴方のところへ行ってあげる」

背後から足音が聞こえる振り返るが何も見えない

右からも聞こえるそっちを向くが何もいない左からも聞こえ始める思わず悲鳴をあげそうになった瞬間背中に何かが触れるそれは少しずつ首まで這い上がってくる次に腕が最後に足が同じように何かが這い回る感触がする身を振るい叫び声を上げながら扉を力一杯叩く

「助けて何かいる!僕をここから出して!!」

なんども叩くが扉は開かないすると背中にまた何かが触れるそれはさっきよりも太いそれはまた首もとまで這い寄ってくると複数の声が同時に聞こえた

「「「つかまえた」」」

喉が裂けんばかりの悲鳴をあげると扉が勢いよく開き部屋に明かりが入る

「奥様方!大成功にございます!!」

鼻の男が勢いよく部屋にやってくると壁に近寄りカーテンを開く。

とともにケラケラと大笑いする声が部屋に響き渡る。

「いつやっても最高ねこれは!」「貴方今までで1番面白かったわ!」「もう心臓飛び出そうなくらい怖がってたわね」

恐怖で床に伏していた僕を3人の婦人が笑うそんな僕を見かねて鼻の男が助け起こす

「いや、悪かったね君。奥様方なりの歓迎のしるしなんだまぁ私からのでもあるがね」

彼は今までとは一風変わってにこやかに笑うと僕の服についたホコリを落としてくれる

「な、何がどういうことなんですか?この方々は…」

彼は彼女たちを見ると何かを納得したように笑みを浮かべながら

「ああ、そうですねこの辺りの方々には馴染みがないのでしたね旦那様は生まれが中東の方でして3人の方と結婚しているんです。右からフォーナ様、真ん中のイザベラ様、そしてキルケ様です、奥様方は出身が全て違うので容姿はバラバラですが趣味が合いましてな貴方にそれを仕掛けたというわけです。ちなみに私はマリオと申します。どうぞよろしく」

と言って僕の手をがっちり握るまだ目を丸くし困惑しているとフォーナが近づいてくる

「ゴメンなさいでも、私たちの悪戯にここまで見事に引っかかってくれたのは貴方だけなのよ他の人は怒鳴ったり暗いのを良いことにやらしい事しようとするんだから」

彼女の手が頬に触れるひんやりと冷たく先ほどとは異なった感触を感じているとイザベラがそこに割り込む

「ちなみに貴方が来るのは昨日から知ってたわだから昨日の夜からすごいワクワクしてたのマリオは昔から本当にこういう悪戯を考える天才なの」

そう言うとマリオとキスをする

「イザベラ様、今はダメです。明日の夜ゆっくりと」

そう言って彼女を引き離すマリオは寂しそうな表情で彼女を見ている

その一部始終をさっきよりも目を丸くしながら見ていると

「彼女ねマリオの元恋人なのそれで一緒に居たいからって彼は彼女と主従の誓いを立てたんですって、ロマンチックよね。そういえば貴方は誰か恋しい人っているの?」

いつの間にか近くにキルケはいた彼女は僕の手を取り頬にこすりながら話す

僕は優しくそれを振り解くと聞いた

「えっと、僕はエドワードって言います。この屋敷の旦那様に奥様の肖像画を描くように仰せつかりましてその、どなたを描けばよろしいのでしょうか?」

鳴響く心臓を押さえつけながら僕は三人に聞くと

三人はお互いの顔を見合わせクスクスと笑うとイザベラが言った

「そうね誰のって言うのは間違いね」

それにキルケが続けて

「そうね1人だけじゃないものね"奥様"は」

フォーナが笑っている口を隠しながら

「つまりねエドワード、貴方は私たち全員の絵を描くの」

生唾を飲み込む1人だけだと思っていたところが三人の絵を描かなければいけないそれも一月でしかも描けなければ追い出されてしまう。

フラリとよろめくとそれを素早くマリオが支えてくれる

「大丈夫かエドワード安心しろ命を取られるわけじゃないそれに絵の材料なんかは言ってくれれば用意してあげるから一月たっぷり使って書き上げればいい」

マリオはウインクしながら言うがそれは何の解決にも繋がらないそれを察したのか彼は続けた

「それに旦那様は肖像画をかけって言ったわけじゃないだろ」

彼が何を言ってるのかわからなかったが思い出してみると確かに"肖像画を描け"とわ言われていなかった"絵を描け"と言っていた、それに少し希望を見いだしマリオに手を離してもらう、

とにかくどんな絵を描くかを考え始める三人を別々に描くそうすると絵が3枚になる時間的に不可能なのでこれはできないでは1枚に収めるその中に三人を入れるそれならば一枚描けば良い、問題は内容だった三人の女性を1枚のキャンバスに納めるなど一度も描いたことはなかった。今まで書いた絵を思い出すがどれもひらめきには繋がらないふと別のことを思い出す家に猫を置いてきたままだった。

外を見ると日は既に高くなっていて、僕はマリオに家に帰らせてくれと言うと彼は快く引き受けてくれた。

急いで階下に向かい元来た街道を走っていると後ろからクラクションの音が聞こえる振り返るとマリオが運転していた。

「ここから走って帰ると着くのが夕食の時間になるぞ、乗りな送ってやる」

僕は礼を言うと彼の隣に座る

「よっしゃ飛ばすぜ!」

そう言うとアクセルを思いっきりふかし彼は車を走らせる、幸いにも行き交う人がいないその道を猛スピードで進む途中彼は聞いてくる

「何で急に家に帰るんだ?誰かいるのか?」

ガタガタと揺れる中僕は答える

「家に猫が一匹で餌も置いてきてないし窓も開いてないから…」

舌をかみそうになりながら言う僕に彼は笑いながら

「そうかい猫かそいつは可愛いのか?」

僕も笑いながら

「とても綺麗な目をしてて良い子、可愛いよ!」

っと返すとマリオはいっそう大笑いしながら

「それなら、早く帰らないとな!!」

彼は街道を一度も止まらず走り抜けた

アパートの前に車を止めると僕は部屋に急いで駆け込む案の定窓は1つも開いていない慌てて家中を探すとベッドの上で丸くなりながら眠っているその姿に安堵すると彼は起き上がり僕の顔を覗き込むと呆れたように一声鳴く

「ゴメンゴメンすぐに何か用意するから」

そう言い彼を抱きかかえながら台所へ行くとゴミ箱が倒れていた。おそらく彼がやったのだろうそれを元に戻すと昨日捨てたはずのネズミの死骸が無くなっていた。

彼がお腹が空いて食べたようで僕は彼の頭を撫で謝った

「ゴメンねでもネズミはもう持ってこないでいいよ、ご飯は用意してあげるから。」

僕は戸棚の上から小さな皿を取り出すと昨日買った干し肉を乗せ与える、しかし彼は匂いを嗅いで一度舐めると窓に向かい縁を引っ掻き出す僕が窓を開けてあげるとそこから外へ出て行ってしまうそれを見届けると窓を少し開けたままにしてさっきの干し肉と皿を片付けると再度家を出る。

そこにはマリオがまだ待っていた

「よう可愛こちゃんは無事だったか?」

彼の質問に頷きながら

「うん、元気に外に遊びに行ったよ」

と返すと彼はへへと笑い車に戻ると

「おい、どうせどこも行くとこないんだろ?付き合えよ」

と僕を車に乗せ、大通りへと走らせる

通りに出ると人混みの中をゆっくりと走る彼はそれが我慢ならないようでクラクションを何度も鳴らす

「ここはいつも人が多すぎる俺の故郷はもっと走りやすかったのに」

と苛立ちながら文句を言う彼に出身を聞く

「まあ待てそう言う話は俺の行きつけに行ってからにしよう」

とはぐらかされてしまう。

危なっかしい運転を終え車から降りるとそこは通りの端にある酒場だった

彼はそこに入ると周りから声をかけられるそれを軽口で全て答えるとカウンターの席に座る

「おいどうした?エドワードここ座れよ」

隣の席を指差すと僕はそこに腰を下ろすと

「好きなもん頼め」

と言われるが何があるのか分からなかったので彼が何かを注文するまで待つことにした

それを察したのか彼は

「キッシュを2つと魚のフライ、あとスコッチもあとこいつに同じのを」

僕は慌てて

「スコッチは無しで」

と言うとマリオは驚いた顔をしながら

「酒飲めないのか?」

「飲め無いわけじゃないですけど、この後色々やることが…」

僕の言葉を途中で遮る

「この後仕事があるから飲むんだあの屋敷で働く…かもしれないんだろうそれなら飲んでないとやってられないぞ」

そう言うといつの間にか2つのグラスにスコッチを用意されていた

「一杯ならいいだろタダで飲めるときに飲んどけ」

と強引にグラスを渡されるそれに並々と酒を注ぐとグッとそれを飲み干す

喉が焼けるように熱くなりむせてしまった

「おいおい、大丈夫かまだ一杯だぞ?」

とグラスに二杯目が注がれそれをまた飲み干す

「いいぞ!そうだ男を見せろ!」

と三杯目を注がれるそこから記憶が無くなる

気がつくと僕は家の玄関で倒れていた真夜中寒さで目が覚めると猫が僕の横で丸くなっていたフラフラと起き上がるとひどい頭痛がする、台所の蛇口をひねり水を出すと頭からそれをかぶると頭痛が少し収まる顔を上げ頭の水分を布で拭いていると冷たい風が家の中で吹くあまりの寒さに体を震わせ窓を閉める。

おかげで酔いが少し覚めると寝室に向かうとベッドに倒れ込むと猫がそれについてくるようにヒョイと飛び乗る横たえていると猫が頭を舐める、ザラザラとした舌がデコに当たる少し痛いがこそばゆい変な感触のそれは小一時間続く、僕はそれに礼をするように彼の頭と体を撫でるといつものようにゴロゴロと喉を鳴らすそのまま眠りに落ちそうになるがふいに今までのことを思い出す

この街に来てからこの猫に会ったその時から何かが変わった、思い返すとこの子のおかげで画材屋も見つかった、少し不安だけれど仕事も見つかった友達もできた。

もしかしたらこの子は黒い姿の天使なのかもしれない。夜の闇みたいに真っ黒でも天使の温もり文字通り…黒き幸…

目を開き僕はスケッチブックを開くと月明りのしたで4枚の白い羽を持つ黒い猫の絵を描く。それを抱く1人の男を天使のたった1人の信者で、天使もその男を優しく抱擁する、その温もりは彼だけのものだった。

僕は絵の上にholly nightと書いたこれからは彼の名だ

僕はスケッチブックを置くと彼を撫でながら囁いた。

「あの日僕に会ってくれてありがとう僕の天使ホーリーナイト」

それに応えるかのように彼の喉がなる

次の日起きると頭痛がまだしていた僕は起き上がり窓を開けるとホーリーナイトはそこから外へ出て行く。

「いってらっしゃい、お土産はいらないからね」

そう言うと彼はこちらを一度見てから隣の塀へ飛び乗る

朝食を食べようとパンの入った袋を取り出す、まだカビは生えていないそれをコンロで温めると湯を沸かしお茶を入れる質素な朝食を食べ終えると服を着替える昨日の服を着ると酒の匂いがこびりついていて顔を歪めるが他に着るものも無いのでそのまま外へ出るとそこにちょうどマリオが通りかかる。

「よぅおはようさん迎えに来たぜ」

僕が不思議そうな顔をしていると彼は笑いながら

「昨日のお前面白かったぜいつもあんな感じでいりゃいいのにな」

と僕を運転席に座らせ彼は隣に座る

「ほら行こうぜそれと昨日のことは旦那様には言うなよ?昨日はあれで大変だったんだからさ、でも奥様方は大笑いだったぜ早く会いたいってさ」

何のことかわからず車を動かすと"安全な"運転で街道へ出るその間彼は

「実を言うと僕は昨日のことを覚えてないんだスコッチを君から3杯もらってそこから先は…」

マリオの顔が険しくなる

「そっから先何にも覚えてないのか、嘘だろ…カッツォ!」

最後の一言がどこの国の言葉かわからなかったが聞き覚えがわずかにあった

「昨日も聞いたかもしれないその言葉どこのだっけ」

マリオが不機嫌そうに

「俺の国の言葉だよお前に昨日俺が教えたそれですげー面白かったのによ」

バツが悪くなってしまった。なんとか思い出そうとするが何も出てこなかった。そのまま屋敷に着いてしまう。

彼は車を車庫に戻すと何も言わずに屋敷の中に入っていく僕はどうすればいいのかわからずその場に佇んでいたすると彼が両手にキャンバスなどを持ちながら戻ってくる

「何してるんだ?コッチだ半分持てよ」

キャンバスと筆を受け取ると彼は屋敷に入るそれに僕も続くと

大広間の奥へ進む、そこには椅子が用意されていてその周りに三脚や水の入ったバケツが置かれていた

「ふぅ…これでほとんどか?そんじゃ奥様方呼んでくるぜ、ところでよ…マジで何も覚えてないのか?」

申し訳なさそうに首を縦に振ると彼はため息を着く

「そっか…まぁあとで何があったか話してやるよ」

後手に扉を閉めながら彼は僕を広間に残し去って行った

暇を持て余した僕は周りを見渡すとここにもいろんなところに絵が飾られていた。有名な画家のモノもあれば名前も知らない画家のモノまで、ずらりと並んだ色の渦に僕は心を奪われたその絵の中に1つだけどう考えても画家が書いたとは思えない絵があった。

その絵は小さな子供が書いたような絵で線も色合いもメチャクチャでこの場所にはおおよそ似つかわしく無い絵だった書いた人の名前を探すがどこにも見つからないしばらくその絵の前で首を傾げていると

「気になるかその絵」

背後から急に声をかけられたので慌てて振り返るとそこにマリオが立っていた

「少しだけ…」

僕がそう返すと彼はため息をつく

「まだ覚えてなかった事気にしてるのか?それならいいよどうせ今日奥様方から聞かされるだろう、それより用意はいいのか?」

僕にそう言うとさっきの椅子へ向かい絵を描く準備を始める

大方終わるとマリオが扉を開くちょうどそこから彼女たちが入ってくるとイザベラが

「ああ、私たちの絵がやっと出来上がるかもしれないのね!」

と言うそれをキルケが呆れたように

「まだ気が早いんじゃ無くて?まだ下地も出来ていないしポーズによってはまた間に合わないかもしれないのよ?」

2人が騒いでいるのを尻目にフォーナは

「さて、エドワード。用意は出来ていまして?衣装は指定がなかったのでこのドレスにしましたよ」

三人の服装を眺める

赤く情熱的な薄い生地のドレスを着るイザベラ、薄い黄色のトーガを見に纏うキルケ、青い色で幅の広く丈の長いドレスを着るフォーナ三人ともチグハグで自分の国の衣装を着ていた僕はそれを見て頭を抱えてしまった色彩が頭の中で混ざり合い混合した色同士でワルツを踊りだす彼女たちに一度マリオと話をすると部屋を出る

部屋の外にはマリオが待っていた足早に近づくと

「無理だ」

一言彼に言うとマリオは今まで以上に大笑いをする

「だと思った」

素早く返す彼に対して弱気になっている僕は

「あんなたくさんの色を使って描くなんて不可能だどうしよう」

僕の言う事を予知しているのか彼はすぐにその回答をよこした

「それなら衣装を統一させればいい、出来るものなら。」

脅すようにそう告げると彼は僕を連れ部屋に入ると彼女たちの元へ歩み寄る

「奥様方、エドワードいわくその衣装だと色合いが艶やかすぎて書き上げるのに時間がかなり必要になってしまうとのことです。」

そう言う彼にイザベラが甘えるように言う

「愛しのマリオなぜあなたがそれを私たちに伝えるの?本人の口から聞きたいわ」

っと僕をジッと見つめる僕は諦めるように彼女たちの中心に立ち

「描くのは不可能ではありませんが、時間が三ヶ月ほど必要なんです。特に奥様方は失礼ですが肌の色合いが皆様異なっておりましてそれを含めると一月で書き上げるには服を同一にしていただく必要があります。」

そう言うとイザベラが笑いながら

「ダメよ私この服が1番好きなのこれ以外だったら私は何も着ないわ。」

キルケもそれに続くように

「私もこの服が1番良いのです。これ以外の衣装を身につけている絵は飾りたくありません。」

2人の言葉をフォーナが諌めるように言うが結局彼女も衣装に愛着があるのか

「この衣装以外となると残す意味が無い」と言われてしまう

衣装の話は一向に進まずとりあえず時間を貰い構想を練ってから書き始める事を伝えるといつの間にかいなくなっていたマリオが部屋に入ってくる

「奥様方…エドワード、食事の用意ができましたのでこちらへ」

言われて気づくと広間に置かれていた時計は既に12時を指していた。

僕はそそくさと部屋から出るとマリオに腕を掴まれる

「逃げるな取って食うわけじゃ無いとにかく一緒に飯を食うんだ」

腕を掴まれたまま僕は食事用の広間に引きずられて行く。

その広間には大きな幅広のテーブルが設置され席の数は十数席はあった

そこに着くと席に案内される僕の隣にマリオが座る

「本当だったら他の奴らと食うんだけど今日は特別に作った一緒に食う事になった他の奴らもそれを知ってるから」

と聞いてもいないのに弁論を述べるそれを僕は「分かった」と返すと彼は満足そうに席で待つしばらく待っていると彼女たちが広間に来るさっき服とは違うものを見に纏っている

僕たちの前に彼女たちは座るとそれぞれ違った食事の祈りを唱える。

僕はフォーナと同じ祈りをしイザベラとマリオが同じものを唱えるキルケは自分たちと少し似ているが言葉が違った

祈りを終えると料理が運ばれてくる

今まで食べたことの無い食事に僕は思わずよだれが出てしまった。

食べようとナイフとフォークを持つがその持ち方にマリオが苦笑いする

「持ち方が違うそうじゃないナイフを突き刺すなフォークで刺して切るそう、今までどうやって食べてたんだ?」

そのやり取りをイザベラは笑いながら見ていた

「そういえばあなた東側の島国の母がいるって言っていたけど中国じゃないわよね?もしかして日本?」

肉を切るのに苦戦しながら頷くと彼女は興味深そうに話し始める

「ねえ日本ってどんなところなの?前に何かで読んだけど島中金色で住んでる人もキンキラの服着ているって書いてあったわ」

肉を切るのを見かねたマリオが代わりに切り始めていたそれを見ながら僕は彼女に返す

「その話は母さん曰く嘘で金で出来たものなんてほとんどないしほとんどが木と土でできてるでも、模様は綺麗だって僕の家に小さな漆の箱があるけれどそれはいつ見ても本当に綺麗だった。その中の櫛と髪留めも凄く綺麗だった。」

切り終わった肉を僕に返しながらマリオが言った

「ああ、そうらしいなでお前はその櫛と髪留めを彼女に見せて使わせてみたら歯が折れてこっぴどく怒られたんだっけ」

彼がそう言うと笑いが起こる僕はなぜ彼がそのことを知っているのか不思議でならなかった

それをまた読み取ったのか

「昨日お前が自分で話したんだ」

と返される。

僕は気恥ずかしさを隠すために切ってもらった肉を口にほうばるとキルケが言った

「そういえば日本では魚を焼かずに食べると聞いたけれど本当なの?それと凄く酸っぱい匂いのする穀物を好んで食べたり黒い墨見たいなモノを食べているって昔行商人から聞いたわ」

口の中の肉を飲み込みまた話す

「魚は焼きますよ、けれど焼かずに食べる方法も見つけてるんです。酸っぱい匂いの穀物っていうのはビネガーを米に掛けてるんです。それに生の魚を乗せて食べる海で暮らしてる人たちの食事なんだそうです。それと黒い墨みたいなものっているのはたぶん醤油のことでこれを生の魚につけて食べると病気にならなくなるそうです。」

マルコがまた笑いながら口を挟む

「その話聞いてビネガー飲んでひっくり返ったんだっけ?それと黒いやつ醤油だっけ?も飲んでひっくり返ったんだよな」

さすがにむっとするそんな話をしなくてもいいじゃないかと僕は少し不機嫌になった。

スープをかき混ぜているとフォーナは厳しい口調で

「食べ物をかき回すのは紳士の行いではありませんよ、それに日本には武士道なるものがあるのでしょう?主人のために命を掛けるそんな素晴らしい血筋を持っているのにお母様がガッカリなさるわ」

スープを混ぜる手を止め失礼を詫びると彼女は続ける

「マリオもですよ、彼の秘密を声高に言うものではないでしょう?たとえ面白くても場をわきまえるのも紳士の務めではないかしら?それにそう言うのは本人から聞くのが面白いの、見ていないものが言ってもそれは釈迦話と変わらないのではない?」

思わぬ飛び火にマリオもバツが悪そうな顔をしている

周りの空気が一変して冷めるとそれを変えるようにイザベラが口を開く

「そういえば絵はどうなるの?結局3人別で?それとも一緒に?」

フルーツを齧りながら僕は言った

「一緒の絵しか選択肢はないです。それは変わりません問題は衣装です。別な服を別な色で着ているそこが問題なんです色が合わないし何よりもこの街の画材屋では全ての色が揃わないそうなると色だけでも統一させれば描けると思うんですけど。」

3人を見ると一様に首を横に振る

それを見て口を閉ざす。しばらく沈黙しているとさっきまでリンゴを齧っていたマリオが口を開く

「服着なければいいんじゃないか?」

この発言に3人がマリオを睨む彼は口を拭くと取り繕うように言う

「いや、やましい意味じゃなくって皆若いし綺麗な肌してるのになんでわざわざ服を着るんだ?」

そう言うとチラッとイザベラに目を向ける彼女もそれに気付き睨みながら笑う

「ヴィーナスは皆裸で描かれるんだし君たちにぴったりだろ?」

そう言われて悪い気がしないのかキルケとイザベラはクスクス笑うがフォーナだけは違った呆れ返ったような顔をして

「バカな事を言わないで、はしたない。恥を知りなさい。あの人以外に肌を見せるつもり私にはありません。」

彼女は軽蔑の言葉を投げかけると席を立ち広間から出てしまう。

それを追いかけるように他の2人も出て行く

僕はマリオと目を合わせると彼は両手開くと「ネタ切れだ」と言って

広間から出てしまう僕は1人広間に取り残されてしまった。

結局今日は何も思いつかず家に帰ろうと屋敷を出る

マリオは忙しそうにしていたので今日は徒歩で家まで向かう

トボトボと歩くうちに辺りはすっかり暗くなってしまった。

月明かりの下歩いていると近くの草むらで何かが動いた。

僕は驚きそっちを見る、こんな時間に誰かいるのかと思い一声かけると

草むらでまたガサリと動く野良犬か家無しかと思い近くに転がっていた棒を掴むとそれを構えながら近づくその間もガサガサと動くそれは急に動きを止める

僕はそっと棒でその草むらを薙いだ瞬間暗がりに黒い塊が飛び出してくる

驚いて悲鳴を上げ尻もちを着くとそれは僕の目の前に着地する

それは見覚えのある黒猫だった

それは一声短く鳴くとまた草むらに入っていき大きな野ネズミを僕の近くに持ってくる

それを受け取ると満足そうに喉を鳴らし始める

「迎えに来てくれたの?」

そう言うとそっぽを向いて鍵尻尾を振りだす

「ありがとう寒いから早く帰ろう」

彼を抱きながら冷たい風が吹く夜道を歩く

僕は不思議に思った彼はどうやってここに来たのかいつもこんな所まで来ているのか

その訳を知るのはもう少し後になってからだった。

家にたどり着いた時にはもうクタクタになっていた体は冷え手はかじかんでいて

僕はすぐに湯を沸かし手を温めると布を浸し体を拭くポットに湯も沸かし熱い茶を入れる暖かいそれをゆっくりと体に入れていく

体も温まり寝室に行くと彼は既にベッドで丸くなっていた撫でると喉を鳴らす彼を見ながら今日の事を考える複雑な条件、被写体の主張、自分の力量それらを考えてみると今の状態は絶望的だましてや期日までに描き終える見込みも立たない僕はベッドに倒れこみ考える

3人の女性三つの願い、三つの色、三つの肌、どれも違ってどれも美しい。

一つのキャンパス、壁にかけられる絵、そういえば場違いな絵があった。

子供の絵、小さな子供…そういえばあの屋敷に子供がいない…あの絵は?

僕はパッと起き上がるとスケッチブックを取り出す

3人の女性が囲むように中央に小さな子供その子供をそれを母親たちが眺める、一つの絵に3人の女性それを纏めるもう1つの存在これだ後はその何かを選ぶだけ何が良いのか考えるマリオはダメだ不釣り合いだ、そうすると他の生き物を、僕は小さく寝息を立てている彼を見る、彼だったらピッタリだ。けれど彼は自由に動き回る猫だ無理やり連れて行くなんて僕にはできない、けれど。

彼を抱えるように横になる、もしも叶うのであれば助けてほしいあの時のように。

そう願いながら目を閉じる。

次の日もまた屋敷へ向かうために家を出るとマリオが待っていた昨日と同じように運転席の 僕を載せる彼に聞いた

「なぜ朝僕を待っているの?」

そう聞くと珍しく眠たそうに彼は

「お前に賭けで負けたからなお前が覚えてなくても俺は約束を守る男だ」

僕は何のことかわからず車を走らせる

街道に出る頃には彼は隣で寝息を立てていた相当疲れているのか一度も起きることの無い彼を起こさないように速度を出さずに走っていると車の後ろから音が聞こえた

振り返るとホーリーナイトが後ろの席に座りながら僕を見ていた慌てて車を止めるとマリオが起きる

「なんだ?着いたのか?もっとゆっくり止めろ」

彼は眠い声でそう言うと僕の見ている方を向く

「あーこいつまた乗ってるのか?昨日も乗ってたぞ」

そう言うと後ろの席に向かって手を伸ばし、面倒くさそうにシッシと追い返す

猫はそれを避けると前の席に飛び付き僕の膝に乗り腕に頭を擦り付けてくる

撫でてやると一声鳴きそのまま丸くなるそれを見たマリオは伸びをしながら

「そいつが例のお前の猫か本当に真っ黒だな」

と撫でようとするがそれを威嚇の声で遠ざけると車を降りてテクテクと歩き去ってしまう

「嫌われたかな」

とつぶやくとまた彼は眠りだす。

僕は彼に

「昨日も乗ってたの?」

っと聞くと帽子を目隠しにしながら

「ああ、昨日も途中で見つけて追い払ったんだ確かどっかの草原の前で」

彼が何故昨日ここにいたのかが分かった着いてきていたのだ

車を走らせる前の方を歩いている彼を呼ぶ

「おいで一緒に行こう」

チラリとこちらを見ると後ろの席に飛び乗るそのまま彼さっきと同じように大人しく座りジッと前を見る

屋敷に着くと僕たちが降りるよりも前に猫は降りた。

マリオは長い伸びをしながらそれを目で追いかける

「使用人に見つかったら大変だぞ旦那様はああいう生き物を嫌うからな。」

僕は慌てて彼を追いかけた彼はすぐに見つかった。入ってきた門の前でジッと外を眺めているそっと近付くと門の外へ歩き出すここにいたくないようだった、彼について行くとさっき走った道を逆に歩き出す。

「ここは嫌いなの?」

そう聞くとわずかに進む速度が遅くなる

横に立つと僕の顔を見上げ鳴くそんな彼を抱き上げると顔をジッと見るそれを見つめるとどうも僕を見ているわけではないようだった視線の先を追い掛けると頭上の木に誰かがいる

「誰?」

声を掛けると木の主は応える

「私はこの木の妖精よあなたは?」

僕はその声に覚えがあったがその質問に応える

「僕はあの屋敷で絵を描いているエドワード、この猫があなたを見つけました。」

枝の間から下を見る

「あら可愛らしい猫ちゃんその子は特別な何かを持っているようですね。」

クスクス笑う木の精に僕は返す

「そうかもしれないです、彼は僕にいろんな事をしてくれました。僕の親友です。」

突然笑う声が止む

「黒猫の友よ貴方はこれから様々な試練が襲われる、その度にその猫が貴方を救うだろう、けれどその猫はいずれいなくなる人と猫では生きる世界が違うその時貴方は何を思いますか?」

突然の質問に僕は押し黙ってしまう、彼はいずれ死ぬその時僕はまだ生きているだろう猫と人では寿命が違う僕はその事を忘れていた。

彼は何時までも居てくれるいつの間にかそう思うようになっていた。

僕が黙っていると木の上の人は言った

「人と猫は違うそれを忘れているようではその子がいなくなった時虚無が貴方に襲いかかるでしょう。人の子よそれを忘れてはなりません。」

僕はその言葉を受け入れられなかった。

「それでも彼も僕も生きています。寿命が…種族が違うから友達になれないとは思えません。彼は僕を救ってくれます。僕はそんな彼に今は何も返せません。それでも一緒にいてくれる。友情って言うのはお互いのそんな思いからできている、だから僕は彼とこれからも親友でいます。彼が亡くなるその日を僕は絶対に忘れない!」

木の上から声高な笑いが聞こえると

「それでは貴方を見ていましょう。その子が看取られた後もそこから先も」

その声を最後にどれだけ声を掛けても返事は返ってこなかった

僕は彼を抱きながら屋敷に戻る

門にマリオが立っていた

「ずいぶん遅かったな捕まえるのにそんなに手こずったのか?」

僕は首を横に振る

「いいや、近くに木があってねそこで話をしてたんだ」

マリオが不思議そうな顔をする

「あの木に誰かいたのか?」

それに頷いて答えると僕は門の中に入った

彼が辺りを見渡すが誰もいなかったようで肩をすくめ門の扉を閉める

昨日の広間まで行くと彼女たちのうち2人がそこにいた

イザベラがマリオと目を合わせるとニコリと笑うそれをフォーナが呆れた顔で見る

「あれ?キルケ様はいらっしゃらないのですか?」

僕がそう言うと彼女たちの目が僕の腕の中に注がれる

「呼びに行ったのですが出てこないのです。その猫はなんですか?」

フォーナが聞くとイザベラは足早に近づいてくる

「キャー猫だわ私猫大好きこの子名前は?」

僕の腕の中の猫を撫でる彼女にマリオは

「その猫噛むぞ」と言うが

そんな事は聞こえていないようで彼女は僕の腕から猫を抱き上げる

「キャー大人しいフワフワ可愛いチビたんでちゅね」

と猫の顔に顔を近づける彼はそれを大人しく受け入れるそれを不機嫌そうに彼は見ている。

そんなイザベラからフォーナが猫を取り上げる

「おやめなさい彼が困っているでしょう。動物の扱いがなってないわね」

と彼女から猫をヒョイと取り上げると両手で抱く

「驚かせてゴメンねおチビちゃん。あら、この子綺麗な目をしてるのねエドワード彼のお名前はなんて言うの?」

大人しく抱かれている彼を少し複雑な気持ちで見ながら

「彼の名前はホーリー・ナイト彼は僕を色々助けてくれるんです。僕にとっての幸運の猫です。」

フォーナが彼を見つめる

「ホーリー・ナイト、いい名前ですね。聖なる夜の使者ですか。」

その目が少し寂しそうな光を放つと背後で扉が開く

「あら、遅れましたか申し訳ありません。」

扉の先からキルケが現れるとイザベラが彼女に近付く

「遅かったじゃない呼びに行ったのよ?何をしていたの?」

その質問に彼女は僕を見ながら

「いえ、ただ少しお話をしていましたの」

と答える彼女は僕を見続けている

その視線に気づいたイザベラはクスリと笑いながら彼女から離れる

キルケが扉から離れ僕の近くを通り過ぎるその時彼女の髪に木の枝が付いているのが見えた

彼女はフォーナが抱いている猫を抱き上げるとその体を優しく撫でたすると彼の喉が鳴る

彼女は何度か彼を撫でると僕の腕に戻す

「ありがとう」

僕がお礼を言うと彼女はニコリと微笑むそれが今まで以上に綺麗に見えた

何故かわからず彼女に見惚れていると隣から咳払いの声が聞こえる

驚いてそちらを見るとマリオが僕をニヤつきながら見ている。

顔を赤くしながら取り繕うように彼女たちに向き直るとイザベラとフォーナまでもがクスクスと笑っている僕は取り繕う様に話をきりだした

「実は昨日眠る前に思いついたんです。三人をまとめて1つの絵に残す方法を実際にポーズをとってもらいたいのですが。まず…」

僕は昨日眠る前に考えたポーズを彼女たちにしてもらう三人掛けの椅子を用意しそこに2人をはじに座らせ真ん中の1人は床に座るそして椅子の真ん中にとりあえずホーリー・ナイトを置くその彼に三人が片腕を伸ばし顔は彼の方を向かせる真ん中の人はかなり苦しい格好になるがこれならばと考えついたのがこの構図だったしかし三人は難色を示す。

理由は真ん中の人が誰になるかと自分たちの格好がその構図に合わないという理由だった確かにその構図は服のことを完全に無視した内容であったそこで僕は今までで1番勇気のいる提案をする

「なので、奥様方には服を着ないでいただきたい。」

何故かマリオが1番驚いていたがそれを置いておいてやはりフォーナの表情が1番険しかった。

彼女は僕に侮蔑の眼差しを向けると

「あなたまでもそんな汚らわしい、そのような絵は娼婦をモデルに描くがいいわ!」

厳しい叱咤の言葉を浴びせられるが僕はそれに応えた

「確かに肌を全て曝け出すというのはこの国において汚らわしいことです。しかし、この絵は僕の最後のこの世に残る絵になるかもしれない、そう思うとただの絵では描けないと思ったんです。僕はこの一枚を全身全霊賭けて描き上げたいそれには革命とも取れるこの構図しか無いと思ったんです。」

しかしその反論にたいし彼女も負けていなかった

「だとしても裸になる必要はありませんよ。例えばこの椅子の後ろに座るだとかそう言う書き方もあるのでしょう?そうすれば良いのでは?」

首を横に振る

「それではダメなんですこれは奥様方の絵であって僕の猫、ホーリー・ナイトの絵では無い。僕は旦那様にこう言われました。妻の絵を描いて欲しいと僕は猫の絵を描くためにここにいるのではありません。」

反論をすると別の反論を堂々巡りのその口論に終止符を打ったのは扉が勢いよく開いたからだった。

「騒がしいな、私の屋敷がここまで騒がしかったことは今まで無いぞ、いったい何事だ?」

そこには口髭の男…この家の主人がいた。彼は落ち着いた口調でしかし、強く聞く

それに最初に答えたのはイザベラだった

「何も、ちょっと新しい書生の方とポーズのことで話していただけなの」

彼女がいつもと違う真剣な口調で言うとキルケがそれに続く

「ええ、彼はかなり…前衛的な試みを絵に写そうとしていますの。それが少し難しくて…」

彼はそう言う2人を一瞥するとフォーナに目をやり口を開く

「本当にそうなのか?」

そう聞かれた彼女は彼から目をそらしながら

「ええ、本当よあなた、だから何も問題はないわ」

その返答に納得していないようだったがそれ以降何も言わず、彼はマリオを呼ぶとその部屋を後にする。

さっきまでの熱が冷め落ち着くとフォーナが外へ出る。

緊張の糸が切れたのかイザベラが椅子に寝そべると猫を抱き上げ自分の胸の上に乗せる

「あー緊張した、彼って本当に色んな意味で情熱的よね」

キルケは彼女の横に座る

「ええ、でもやっぱりどこか心ここに在らず、寂しいお方。」

僕は彼女たちに旦那様のことを聞いた。

彼女たちは最初は口ごもったが何度か聞くと話し始めてくれた。

彼は中東の商人の息子であったそのまま彼は父親の言う通り仕事を継いだがそれまで彼は人に興味を抱くことが無かった。

しかしそんな彼の前にフォーナが現れた彼はすでに30の歳を過ぎていたが自分の半分の年の彼女に恋をし、彼はできる限りのアプローチをして彼女の心を奪った、彼女の家系は英国の上流階級だったが彼の家系や彼の功績を認め結婚は円滑だった。

幸せな時が過ぎさらに幸福が舞い降りた彼女たちの間に子供ができた、無事に生まれ彼女も元気でまさに幸せの絶頂だった。しかしある日その子供がある病気にかかったその病気が元でまだ齢5つの彼は天に召された。

その時から彼と彼女には溝ができてしまった。というのもいくら交わっても彼女に子供が宿らなかった。次第に2つの家にも溝ができ始めた。彼は子供を作らなければならない重圧と彼女との関係に疲れ昔のように人に興味を示さなくなった。

私たちはそんな彼に彼の親戚があてがった言ってしまえば借り腹なのだけれど彼は私たちと交わりはするが何処か別のことを考えているようで最後までできたことが無かった。

それが今もまだ続いている。

「実際に私とマリオの関係はあの人も知っているわ、でも本当に興味がないのでしょうね。何も言われないの。でも彼とセックスする時、最初は求めてくれるでもだんだんそれが離れていくたまに本当に苦痛になるの」

イザベラはどこか遠くを見ながら話す

キルケもそれに同意するように頷く僕はそんな彼女たちの話を聞きながら例のあの絵の前に立つとキルケが教えてくれた

この絵は彼らの子供が最後に残した絵だった。それをこの場所に飾っているのだこれから先もこの絵だけは変わらずここに置かれるだろう。

僕はその絵をマジマジと見る歪な線に色はぐちゃぐちゃ、しかしこの絵には想いが宿っていた。そう思うとこの絵がこの広間で1番美しい絵に見えてくる人間の感性のなせる技だ。

足元に彼がすり寄ってくる僕が撫でようとすると初めて彼はそれを前足で叩く、まるで今の自分の行動が間違っていると言うようだった。

「わかったよホーリー・ナイト」

僕はその部屋を出ると猫は満足そうにその場で寝転がるそれを見ていた2人も後を追うようにその部屋を出た、後に残るのは大きな椅子に移動しその上で丸くなる小さな黒猫一匹の姿だった。

彼女を追いかけると屋敷の門の前にいた。

何かの歌を口ずさんでいる

「その歌、知っています。」

僕が突然声をかけると彼女は驚き振り向く

「あら、気がつかなかったわ。ごめんなさい。」

そう言うと門の向こうを見るその方向を僕も一緒に見る

「あの子はこの門の下でよく遊んでいたわ。」

僕は黙って彼女の話を聞いた

「さっきの歌をねあの子も歌うの、可愛らしい声でまるで天使だった。

でも、この世は残酷で神様はあの天使を自分のそばに戻した。

私は…また会いたくって。何度もお祈りをしたわ。

あの人もそれを分かってくれて。二人で頑張った。」

そう言うと彼女は少し恥ずかしそうに笑う。

「でもダメだった。どれだけ求めても戻ってこなかった。

一度手からこぼれた水は二度と盆に戻らない。

そんなこと初めからわかってたのに…

どうしてこんな事に…」

彼女は腕を抱きながら泣く僕は胸を貸すしかできなかった。

彼女を縛っているのは昔の記憶だ。

そう思うと自分の無力さが途端に嫌になった。

人を一人も救えない自分に彼女たちを描く資格があるのだろうか。

胸の中でワナワナと震える彼女にかける言葉を探していると

「奥様!!!」

背後からマリオが慌てた様子でこちらに駆け寄る

「奥様!旦那様が…」

僕たちはすぐに屋敷の中に戻ると旦那様の寝室に向かう

「あなた!」

フォーナが駆け寄り彼の手を取る。

「おお、フォーナか大丈夫だ少し胸が、痛くなってね。」

そう言うと彼は胸が痛むにかそこを手で押さえる

「大丈夫!あなた。お願いですから動かずにマリオ!お医者様は!?早く呼びなさい!」

マリオはすぐにその部屋を出る

「ああ、ちょうどいい、フォーナお前に話しておきたいことがある。君も席を外してくれるか?」

僕は静かにそこから出て扉を閉めるとマリオが外で待っていた。

「アレはそう長くない、お前も早くしろよ。」

そう言う彼は階下に急いで降りていく。

扉の前でかなりの時間を待ったその間にイザベラとキルケも来て三人でいる

中からかすかに話し声が聞こえる

「いつまで話すのかしら?」

沈黙に耐えかねたのかイザベラが口を開く

「いっそ開けてしまおうかしら」

と彼女は取っ手に手をかけるのをキルケが止める

「おやめなさい、今はそう言うことをしている雰囲気じゃないわ。」

諌められかなり不服そうな彼女は壁に背を預けて腕を組む

「こんなことになるなんて…」

キルケは静かに涙を流すそんな彼女を抱きしめ慰めると彼女は僕の胸に顔を埋める。

イザベラはそれを静かに見つめていると階下から扉の開く音が聞こえた。

すぐにそちらを向くとマリオが医者を呼んで来たところだった。

「はいはい、医者が通るよ!ほらどいて!」

彼は僕たちを壁に追いやるとドアをノックする

「旦那様、奥様。医者を連れてまいりました。」

フォーナが中から扉を開けると医者を招き入れる

マリオが心配そうな顔をしながらそれを見ていると

「医者曰くはやりの病気かもしれないそうだ。」

彼はそう言うと医者から聞いたことを話してくれた

今街でも流行っている病気かもしれないそうだ、その病気は胸の痛みを訴えたあと次に体が痛くなり最後には痛みで呼吸が止まる

その病気は薬もまだできていない、彼の話を聞いていると目の前の扉が開く

彼女達が医者に駆け寄り容体を聞くと

「大丈夫、例の病気ではなかったよ、けれど、安静にしておく事と彼を刺激しない事、薬は処方するからこんど取りにきてください。」

そう言うとマリオは彼を送りにいった。

中を見ると眠っている彼の隣でフォーナが手を握りながら安堵の涙を流していた。

彼女達も彼のそばに駆け寄る

僕は下に降りていき絵を描くための広場に行くとホーリーナイトがまだそこに座っていた。

「やぁ、隣いいかい?」

そう聞くと彼は顔を洗い始める。

僕は彼の隣に腰掛けると問いかけるように口を開く

「僕は…本当に彼女達を描いていいのかな…さっきだって僕が彼女達を説得できてればもしかしたらこんなことにならなかったんじゃないかな。」

隣で顔を洗い終わり寝転がって伸びをする彼の喉を撫でる

「君みたいに自由に絵を描きたいだけなのにな…」

そのまま椅子にだらしなく腰掛けていると

「描いたらいいじゃない。」

慌てて姿勢を正し正面の扉を見るとキルケがそこに立っていた。

「自由に描けばいいじゃない。あなたの絵はまだ見たことないけれど、きっとその方が楽しいわ。」

彼女はゆっくりとこちらに歩いてくると猫を挟んで僕の隣に座る

「でも…描いてそれを旦那様が気に入らなかったら…」

っそれを彼女はケラケラと笑う

「そしたら、私が気に入ってあげる。」

彼女に目を向けると僕の顔をジッと見ている

「そんなこと…」

「できるわ」

彼女との距離が近くなる

「君が気に入らないかも…」

「ありえないわ…だって」

彼女の息が僕の唇にかかる

「あなた自身を気に入ってるもの」

彼女と僕の唇が触れる。柔らかい感触が僕の口の中に入ってくる優しくて激しいキス。

僕はそれに応えるように受け入れ舌を絡ませる交差する唾液甘い味がする。

きっと彼女の味だ。

胸が高ぶる、キスの勢いが増す。

彼女の顔にそっと両手で触れると

「ダメだ、このまましたら最後までしたくなる。」

そう言うと僕はキスを止める。

不満そうな顔をして「どうして? 」と聞く彼女に

「君は…仮にでも人の妻だ。そしてその人は今弱っている。そんな人から奪い取るような真似は僕にはできない。」

彼女はしばらく僕を見ると立ち上がり

「真面目な人ね、分かったわそれじゃこうしましょう?絵を描き終わりまでは私たちの関係は友達、そのあとはお互いの好きな様にしましょう?」

僕は頷き彼女に手を差し出す

「わかった。約束だ。」

彼女はその手を掴むと。

「我慢できるか勝負ね。」

と返す

その様子を丸くなりジッと見ている彼はその時僕に何を思ったんだろう?

僕とキルケがその部屋で一緒にいるとフォーナとイザベラの2人が広間にやってくる。

「…お話があります。」

フォーナが僕を手で呼ぶそれに従い彼女のそばに行くと僕に変わってイザベラがキルケのそばに寄る

「先ほどの絵なのですが。あなたの提案で描きましょう…」

僕は驚き口を開こうとすると

「ただし!やはり裸というのは抵抗があります。なのでせめて胸だけは何かで隠させてください。」

僕はそれを承諾すると彼女達にポーズを取らせる

だいたい彼女達の中でも構図が出来上がったのか。

それぞれ自分の形を決めて行くと後ろで扉が開く振り向くとマリオが雪まみれになっていた

「ひでぇ目にあった。外は吹雪だぜ、今日は帰れないぞ」

服についた雪を払い落とすと彼は僕にそう告げる。

「え、僕どうしたらいいの?」

彼に聞くとイザベラがポーズをしながら

「泊まればいいじゃないなんだったら夜の相手をしてちょうだい。」

鉛筆を落とすとキルケが笑う

「言い方が悪いわイザベラ、カードの相手よそれとお話の。カードは出来るわよね?」

落とした鉛筆を拾いうと頷き下書きの続きを描く

一通りの輪郭を描き上げると今日はおしまいにした。

彼女達は思いの他疲弊していた。

「最初は面白そうとか思ってたけど。やってみるとすごい疲れるのね。」

イザベラがローブを纏うと腕や肩を回す

「ええ、同じ格好をこんなに長くするとこんなに体が痛くなるのね。」

キルケも同じように動くと僕を見て微笑む。

筆を片付けながらそれに気づき微笑み返す。

「それにしても、外の吹雪はどうなっているの?」

ローブの前を止めて持っている扇子で仰ぎながらフォーナはマリオに聞くと

「すごい勢いですよ。これは明日止むかどうか…今日は暖かくしたほうがよろしいかと。」

外を覗きながらマリオはそう言うと彼女達に毛布を掛ける

「ありがとう。あなたがいてくれて、本当に助かります。」

フォーナが彼を労うと僕を見る。

「ところで、彼が今日眠る部屋はどうしますか?客間のベッドはどうだったかしら?」

マリオに聞くと彼は眉間にしわを寄せながら。

「そうですね、客間のベッドは使えるのですが…問題はあの部屋の暖炉です。前に見たときススが積もってしまって掃除をしないと使えなかったかと…何せ急な事だったので。」

フォーナも眉間にしわを寄せるとイザベラが

「だったら彼も一緒に寝ればいいわ。」

彼女たちの視線がイザベラにそそがれると彼女は気付いたように

「あ、違う違う。マリオと同じ部屋で寝ればいいんじゃない?彼の部屋結構広いし2人分のスペースがあるのは私が分かってるし。」

マリオの顔が途端に曇る。

「俺に男と寝ろって言ってるのか?」

イザベラに怒ったように言うと彼女はその態度が気に入らなかったらしく

「そうだけど…その言い方ってないんじゃない?私があなたの部屋で寝るのと彼が眠るの何が違うの?」

「いいか、君は女で彼は男だ。男と寝る趣味は俺には無い。」

イザベラが彼に詰め寄ると

「彼と寝るって…あなた何でそういやらしい言い方しかできないの?別に添い寝しろって言ってるわけじゃなくって一緒の部屋で寝ればいいって言ってるだけじゃない」

「それなら君ももっと発言を気をつけたらどうだ?いつも思うけれど一言少ないすぎるんだよ、だからさっきだって勘違いして2人が君を見たんじゃないか」

「でもそれで通じてるじゃない、小さい事でそんなに怒るなんて短気な人!」

彼女はそう言うと腕を組み外へ出てしまう。

それを怒りながらマリオは追いかける。

その様子を僕はオロオロしながら見ていると

キルケが側に来る

「いつもの事よ、あの人達いつもあんな感じで喧嘩するの。それで、数日後には仲良くなってる以前よりもね、そんな関係よ。」

僕の肩に頭を置きながらそう言う彼女に僕は母から聞いた言葉を思い出す。

「雨降って地固まるってこういう事か…」

彼女はその言葉に興味が出たらしく僕にそれを聞いてくる。

「母さんが前に言ってたんだ…僕が昔ガールフレンドと喧嘩した時に、"通過儀礼だから、仲直りしなさい。どっちかが素直になれば親密になれる日本ではそれを雨降って地固まるって言うの"って僕は意味がわからなくって結局その子とは仲直りしなかった。」

僕の話を聞くと彼女は笑う

「それじゃ私達もいずれは喧嘩しなくちゃね。」

と言うと僕の腕を抱くとそのまま手を引かれてその部屋を出る。

彼女とそのまま食堂へ行くとそこにはすでにイザベラとマリオがいたお互いの顔を見ないようにそっぽを向いている2人は僕たちを見るとニンマリ笑う。

「「いい関係だなお前達」いい関係ねあなた達」

2人はまるで示し合わせたかのように同時に言うと不機嫌そうに互いの顔を見る

「なんだよ」「なによ」

キルケが腕を引っ張ると彼女は笑いながら

「はじまるわ面白いわよ。」

と言うとそれが始まる

「「俺が先に言ったんだ!」私が先に言ったのよ!」

「「真似するな!」真似しないで!」

「「そっちがだろ!」そっちがでしょ!」

「「もう知らない!お前とは口きかない!」あなたとは口きかない!」

口論が終わるとさっきみたいにそっぽを向くそれをキルケは口を隠しながら笑う僕もそれにつられて笑うと

「2人とも仲いいんだね。」

つい口が開きそう言うと

「どこがだ!?」「どこがよ!?」

まるで鏡写しのような2人に僕たち2人は大笑いを上げた。

「あなたたち、病人がいる事を忘れているの?」

後ろからフォーナの声がすると僕たちは笑うのを止めた。

「私は彼の看病に付きます。食事はあなた達だけで取ってちょうだい。」

彼女はそう言うとメイドを2人連れ部屋の扉を閉める。

僕たちは2人並んで座ると料理が運ばれてくる相変わらず僕はナイフとフォークの扱いが下手だったけれど隣でキルケが熱心に教えてくれた。

おかげでスープを音を立てずに飲む方法とフォークとナイフで物を切る方法を覚えられた。

しばらく4人でテーブルを囲っていると奥のキッチンから騒がしい音が聞こえる

全員がそっちに目を向けるとコックが怒りながら出てくる

「こっちに黒い悪魔が来なかったか!?」

全員が首を横に振ると彼は音を立てながら戻っていく、

それを見送ると足に何かが触る。

テーブルの下を覗くとホーリー・ナイトが口にネズミを加えていた。

「あの騒ぎの原因は君か…」

僕は彼に手を伸ばすとそこにネズミが置かれる。

「違うよ、これは君が食べて。」

手に置かれた物を彼のめ前に投げるとそれを咥え何処かへ行ってしまう。

「どうしたの?」

キルケが下を覗くがそこにはもう何もいなかった。

「なんでもないよ、ただ…友達が贈り物をくれただけ。」

僕は手を拭きながら彼女に言うと不思議そうな顔をされる。

そのまま何事も無く食事が終わると僕はマリオに連れられて彼の部屋へ行く。

そこにはお酒がたくさん並んだ棚が部屋の端を埋めていた。

その近くにカウンターが置かれソファーがあり、大きねベッドも置かれていた。

「…ほら、これ。」

そう言うと布団を渡される。

「いいか、俺は一緒に寝るのは嫌だ、だからお前はベッドで俺はソファーで寝る。布団はこれを使え俺の布団は俺が使う。」

彼はそれを言い終えるとベッドから白い布団を引っぺがすとソファーにそれを敷く。

「悪いよ!こういうのって普通は君がベッドで僕がソファーだろ?」

彼は不機嫌になりながら僕に

「お前が"友達"ならな、でも今日はお前は"お客様"だからな、俺はその辺はきっちりするんだよ。」

と言うと彼はソファーで横になる。僕は受け取った布団をベッドに持っていくとそれの上に乗る

いつも寝ているベッドよりもフカフカで柔らかい。しかも清潔ないい匂いもしていた。

「マリオ…ゴメンね」

彼にそう言うと腕をあげるのが見える

「いいんだよ、それとこういう時はありがとうって言えそっちの方がなんか気がまぎれる。」

僕はベッドに横になろうとすると彼は起き上がり

「そういえばお前、体洗ったのいつだ?」

突然聞かれた僕は2日前に体を拭いた事を言うと彼は立ち上がり僕をベッドから退ける。

「冗談じゃないぜ、お前そんな前に体拭いただけかよ…よし、風呂に行くぞ!」

っと言うと腕を掴まれ屋敷の地下へ連れて行かれる。

「日本にも温泉ってのがあるんだろ?俺の国にもあるんだ、それで昔旦那様が俺の国にきた時にな風呂に入ってからすっかり気に入ったみたいで、この屋敷の地下を掘り起こして作ったのがこれだ。」

そこには広い大理石があり、溝の中に白く濁った液体が湯気を上げている。一番特徴的なのは臭いだ腐った卵のような臭いに僕は少しやられていた。

「ほら、入るぞ。」

そう言う彼はすでに服を脱ぎ終えていた。

僕が人前で服を脱ぐことに抵抗があることがわかると彼は悪い顔をする

「なんだ?お前脱がないのか?…さては玉無しか?」

少し頭にきた。

「違うよ!こういうのに慣れてないだけ…」

僕の反応を面白がるように彼は笑うと

「男同士だろ何が問題なんだ?あ、お前本当は女か?なら仕方ねえな彼女たち呼んで…」

そう言うときた道に足を向ける彼を必死で止める

「わかった脱ぐ!脱ぐから先入ってて!!!」

その言葉にニヤリと笑うと

「よし、早く来いよ?じゃないと本当に彼女たち呼ぶからな?」

と言うと湯気の中に彼の姿が入っていきそのまま影だけになる僕はそこで服を脱ぐと腰に布を巻き入っていく。

湯気でほとんど前が見えなかった。手探りで進むと足に何かが当たる

それは硬くて長く続いていて触ってみると暖かい。

それに手をつきその奥に伸ばすと不意に掴まれ引っ張り込まれる。

突然顔に熱い湯が掛かる、手足をばたつかせ顔を上げるとマリオが爆笑していた。

「お前本当にいたずらの仕掛け甲斐があるな」

僕はふてくされたように彼にお湯を掛ける

「悪かった悪かった。」

笑いながら反撃をしてくる。しばらくお湯を掛け合うと僕らは並んで湯に浸かる

「どうだ?いいもんだろ?この国にはこの習慣がないからな。」

僕は肩まで浸かるとその気持ちの良さを身体で感じる。

硫黄の臭いはまだ慣れないけれど少し熱い湯が体に染み渡る。

今までの汚れが全部取れていくような気がする。

「うん、これはかなり気持ちいいね。」

目を瞑りそう言うと

「んで、キルケとはどこまで行ったんだ?」

突然の質問に僕は湯に顔を沈める。

「な、何言って彼女とは何も!」

湯から顔を上げ慌てて取り繕うが

「ばれてないと思ってんのか、お前彼女に惚れてるだろ?まぁ彼女もお前に惚れてるしちょうどいいんじゃないか?」

「…僕、そんなに態度に出てる?」

「…むしろ出てないと思ってることに驚くよ。」

僕はさっきの事をマリオに話した。

「僕は…どうしたらいいのかな?」

「…それは俺が決めたらそうするのか?」

彼の言葉を返せず黙っていると隣から深いため息が聞こえる

「いいか、俺とイザベラの関係を見ろよ彼女は旦那様の嫁だ。でも俺の恋人でもある。俺はそれをそのままでいいと思ってるし彼女が望むなら俺は彼女とは結婚しても構わないと思ってる。そんな俺をお前はどう思う?」

「…そんな事わからない。」

「そうだろ?誰にもわからない関係さ、でもそれはしっかりと噛み合ってて外れることなく回ってる。それをとやかく言われる筋合いはないし。俺は誰にも文句を言わせないだから仕事も彼女との事も俺は妥協しない。それは俺の生き方だ。お前はどうだ?どういう風に生きたいんだ?」

その質問を黙って考えるその間マリオも何も言わなかった。

「僕は…絵を描いて生きていたい。自由に…彼女はそれを応援してくれるって言ってくれた。でもそれがなんだか申し訳ないんだ。僕は人から貰ってばかりだから。それを返せるかわからない。いつかそれが素で僕は取り返しのつかないことを…」

話の途中で頭に彼の拳が飛んでくる。

「お前バカなんだな、いろいろ考えすぎだ。いいか、人から貰ってるってことはお前が人になんかあげてんだよそうじゃなけりゃ誰がお前なんかにモノやるかよ、それとな自分が何をあげてんのわかってねえんだ。お前は」

頭をさすりながら彼に話を聞く

「でも、そんなのどうやって分かるんだ…」

また頭に拳が飛ぶ

「だから考えるんじゃねえよ、誰だってわかりゃしねえんだよ。そんなもんは貰ったって思ってる奴の勘違いかもしれねえんだ、考えるだけ無駄なの。」

ため息を吐く

「それは君がそう言う風に生きてるからで…」

次の拳は避けられた。

「考えるなよ、今みたいに予測できることだけに頭しぼれよ。そうすりゃ少しは楽だぜ?見えないものを見ようとするな。結局は今しか無いんだからよ。」

彼はそう言うと湯に浮かびそのまま流れに任せる

「俺はそうやってフワフワ生きるのも悪く無いと思うぜ?」

そう言うと泳いでまた隣に帰ってくる

「さて、そろそろ上がるか…のぼせちまった。」

彼はその場で立ち上がるとそのまま湯から出て行った。

その背中を僕は見送りまだ少しだけ浸かっていた

(マリオは凄いな…年は近いのに僕より全然経験豊富だ。)

そんなことを考えていると前から慌ただしく彼が戻ってくる。

「おい!早くしろ!いいもん見れるぜ!」

そう言って僕の腕を掴むと入り口に走る彼はさっきの人と同一なのかと思うほど無邪気だった。

彼の言う良いものは女性の裸だった。2人がメイドと一緒に下に降りてきていた。

「本当頭にきちゃうんだから!今度という今度は絶対に許さないんだかねわたし!」

とキルケにイザベラは言っているのを

「あなたいつもそう言うわよね?」

とたしなめるその後ろでメイド達が笑うと彼女達をイザベラが睨む

「そう言うあなただって、あの絵描きの子とどうなの?」

メイドに服を脱がされながら彼女は聞くと

「どうも無いわ、さっき話したでしょ?賭けをしたのよ。まぁ勝っても負けても彼は私のものよ。」

と彼女はメイドを下げ自分で服を脱ぐ。

そんな彼女を見ながら

「あんたのその自信はどこから来るのかしらね?」

「あなたには分からないわ、私には美の女神が付いているのだから。」

と脱いだ服をメイドに渡しながら言う彼女に

「あら?私にだって付いているわだから彼が夢中になるのだもの。」

という彼女は何かに気がつく。

「あら?この服…」

それは僕が脱いだ服だった。彼女はそれを見るとニヤッと笑いメイドにそれを渡す。

「彼が忘れていったに違い無いわね。それにひどく汚れているわ、洗ってあげて。」

キルケはそれを呆れた顔をして見ると彼女もマリオの服を見つける

「あら、あなたの彼も忘れていったようですね。これも一緒に洗って差し上げて」

と言うと彼女達はそのまま湯気の中に入ってくる。

僕の口を手で押さている彼を僕は離すと

「まずいよ!彼女達は行ってきてるよ!今ならまだ出れるから出よう!」

また僕の口に手を当てると

「今更出れるか!玉ついてんだろ?それに裸ならさっき見てただろ!グダグダ言うな!」

その手を振りほどき

「あれは絵を描くために仕方なく見たんだ!」

「イザベラの裸をしかたなくだと!?おいおい、お前は俺を怒らせたいのか?」

「それを言うなら今君はキルケの裸見ただろ!」

「俺は全ての女の裸をどんな状況でもありがたく見るんだよ!お前とはそこが違う!」

「そんなこと威張るな!さっき説教してた時はかっこいいと思ったけど。やっぱり君って奴は!」

大理石の浴場の中で湯けむりに隠れながら彼と話していると背後から視線を感じる。

「あら?お二人とも偶然ですわね?」

「2人で何をヒソヒソ話しているの?」

僕たちはそっと振り返ると彼女達がそこで立っていた。

「マリオあなたはいつも通りだけれど。まさかエドワードまでいるとはね…」

イザベラがそう言うと

「エドワード、あなたはやはり殿方なんですね。」

とキルケが微笑む。

僕は目の前が湯気でよく見えないことがありがたかった。

約束の手前反応してしまうと、格好がつかないからだ。

暑さによる汗で無い汗が流れ始めているとふいにマリオが立ち上がる。

「奥様方。私たちは男同士の親睦を深めるためにこうして入っていただけです。それに後から入ってこられたのはあなた方だ私達に落ち度は無いかと。」

至って真面目にそう言う彼をイザベラが鼻で笑う

「あら、そうなの?ではマリオこれで心置きなく彼と一緒に寝れますわね。」

彼女の言葉にまた彼は激昂する

「それとこれとは話が別だ!それにいちいち蒸し返すな!」

「あら!すぐに怒るあなたほどじゃないわ!何よ!すぐにこういういやらしい事ばっかり考えて!いつもいつもふざけてばっかりのくせに!怒鳴らないでよ!」

「お前が最初に振ってきたんだろ!怒らせたくないならそう言う事するなよ!ふざけてるのはどっちだ!」

近くで言い合いをする彼らを尻目にキルケが僕のそばに来ると

「これは長くなるわ、あっちに行きましょう。」

と僕の腕を引くとそのまま彼らから遠ざかる。

彼らと反対側に行っても口論は聞こえていたがさっきよりは静かだった。

「ああなると近づくだけで喧嘩を始めるわ、毎回どうやって仲直りするのかしら?」

彼女はそう言うとお湯に身体を沈めていく。

「あなたも入ったら?それとも私にそれを見せつけたいの?」

僕は慌てて湯の中に入ると彼女との隣り合わせになる。

彼らの討論と対照的に沈黙が続く。

「それで…」

最初に沈黙を破ったのはキルケだった。

僕は湯の中で姿勢を正してしまう。

「それで、絵の出来具合はどんな感じ?」

なぜか彼女の顔が見れなかったそのまま前を見ながら

「いや、できも何も。今日書き始めたばかりだから。」

そこで会話が終わってしまった。

僕はなんとか話題を見つけようとするが言葉に詰まってしまう。

「それじゃあ、私たちのポーズはどう?」

またも彼女が皮を切るさっきとおなじように

「えっと、いいと思うよ。構図も書き出しやすいし。みんな肌の色が微妙に違うけどそれがいいアクセントになってて裸でも違和感が…」

そこまで言うと顔にお湯をかけらえる。

「そうじゃないわ、ポーズの話をしているのどう思う?」

返す言葉を考えると

「えっと3人の個性がよく出てると思うよ、イザベラは情熱的な格好で目がすごく強くって絵のモデルとしてはとても描きやすい。フォーナは扇子を持っているかわりに他の2人とは違ったポーズになっててちょっと難しいけどそれが魅力を引き立ててるよ。」

彼女を横目で見ると僕の話を髪をクルクルしながら彼女は聞いていた。その表情はあまり興味がなさそうだった。

「キルケは…」

彼女が少し反応するのがわかる

「キルケは…とっても官能的だ正直どう表せばいいのか僕の腕で完璧に表現できるのかわからないくらいに…描いている時一番目を引く、それで一番…綺麗だった。」

彼女はクルクルするのを止めると嬉しそうな顔をする。

また沈黙が続く

「えっと今僕の話をしたから、今度は君の話を聞かせて。」

彼女が僕を見ると

「私の?どんな事が聞きたいの?」

少し僕に近寄りながら聞く

「えっと、それじゃあ君の故郷の話をしてよ。」

「私の故郷?」

「そう、君の故郷の話、家族とか周りの景色とか。」

そう言うと彼女は表情を曇らせる。

「いいわ、私の国は綺麗なエーゲ海の見える港町、漁港があって漁船があって本当に綺麗な海、そこで私は生まれた。家族は父と母と兄弟がたぶん6人。

たぶんっていうのは父は船乗りだったの、母はそんな父を嫌ってた。それで、昔から家には父とは違う男の人が毎日のように出入りしてた。

私たちは母の道具だった。掃除や洗濯、料理を毎日させられてたわ、それでいつだったか私が12歳になった時男の1人が私を襲った。

必死で抵抗したわ、兄弟達も私を助けようとしてくれた。

それでも大人に子供が勝てるわけなかった。私は…それを母に言ったら母の男を取った女豹と言われてその日からご飯を食べさせてもらえなくなった。

毎日ひもじかった。外に出て誰かに何か貰って飢えをしのいでた。兄弟達は自分のご飯がなくなるのが嫌で助けてくれなかった。

仕方ないよね…私だってきっとそうするもの。それである日私はお腹が空きすぎて道で倒れたの、そしたらそんな私を助けてくれた人がいた。それが旦那様の親戚の人だった。

ご飯をくれて私に服と靴をくれて、あの家から私を救ってくれた。

本当に嬉しかった。命の恩人が私にできたの、私はその家で一生懸命働いた。朝から晩までずっと、それで今度は16の時その人に私は部屋に呼ばれた。

何の用かと思っていった見たらそこには数人の男がいた彼らが見ている前であの人は私に服を脱ぐよう命令したの。その時分かった、彼は自分と肌の色の違うやすい奴隷を買っただけだって。私は大人しくいうことを聞いた。

その日から朝と昼はメイド夜は娼婦の真似が私の仕事になった。それで18になったとき…」

「もういいよ。」

僕は彼女の話を止めた。

「どうして?ここから…」

僕は彼女を強く抱きしめた彼女の声がさっきから震えていた。

僕はまた大事な人を傷つける過ちを犯してしまった。

「どうしたの?離して、話がまだ。」

彼女が言いかけるとそれを止めるようにキスをする。

驚いたのか最初は抵抗されたが次第に力が抜けていった。

唇を離すと彼女の目が潤んでいた。それを見るとおでこにもう一度口づけする

「もういいんだ、君は…君の痛みが僕は辛い。もうその世界は無いんだ、本当にごめん…ごめんなさい。僕は君の傷を開くようなことを…」

彼女を胸に抱きしめると胸に何かが流れるそれはお湯よりも冷たいそれは水の中にポタポタと落ちる。

「違うのエドワード、この話はハッピーエンドよ、だって私は18でこの家に来てあなたに会えたのだもの。他人の気持ちを分かってくれて。私のために泣いてくれたのは貴方だけだもの。謝らないで…私は貴方にありがとうって言いたいの。それと愛してるわ。」

涙を流しながら彼女も僕を抱きしめる。

僕たちがそのまま抱きあっていると背後で音がするそれに気がつき後ろを振り向くと。

イザベラとマリオが2人が手を繋ぎながらニヤニヤしていた。

「あなたたち「君たちお似合いだよ。」」

とまたさっきのように言う彼らに僕たちも

「「そっちには負けるよ」わ」

と返すと4人で笑った。

その声が風呂場に響き渡る

僕たちは風呂から出るとマリオの部屋へ行く。

そこで彼は自分の酒を振舞ってくれた。

最初は遠慮していたけれどまた彼の口車に乗せられ強い酒を飲んでしまった。

気がつくと朝になっていた。

僕は眠い目をこすると隣から寝息が聞こえたそっちを見ると

キルケが僕の隣で眠っていた。

驚いてベッドから転げ落ちると自分の服を確認する

昨日マリオから借りた彼の古い服は上着以外すべて身につけていた。

彼女を見ると彼女も服を着ていたので、僕たちは何もなかったことが分かる。

それにホッとするとマリオが寝ているソファーへ行くと

そこには酒の瓶が数本と裸のマリオとイザベラが一緒に寝ていた。

彼は僕の気配に気がつくと起き上がり自分の頭を抑える

「いっつぅ…飲み過ぎた…早いな、おい、起きろまた裸見られるぞ。」

隣に寝ているイザベラを起こしながらそう言うと彼女は

「もう少し寝かせてよ。どうせ後で見られるんだから今更だわ。」

と彼の腕を払い退け毛布をかける

その光景を苦笑いしながら見ると

「外は…まだ雪が降ってるでも勢いは少しおさまってるよ。」

窓の外に目を向けながら彼に言うとイザベラに取られた毛布を引っ張りながら

「どうりで寒いわけだ…ダメか。」

毛布を諦めると近くに散らばっている自分の服を着始める。

僕はベッドに戻りキルケを見ると彼女もまだ眠っている様だった

それをジッと見ていると不意に彼女は微笑む

「私の寝顔がそんなに珍しいの?」

驚いた顔をすると彼女は目をパッと開く。

「起きてたんだ。」

「あなたが私を見てベッドから落ちるところも見てた。」

僕はまた苦笑いすると彼女もそれにつられて笑う。

しばらく2人でベッドにいると足にフワフワしたものが当たる

それを触ると指が舐められる。

「…君か、おいでホーリー・ナイト」

名前を呼ぶと彼はベッドの上に飛び乗り彼女の胸の前で寝そべる

「この子、私に嫉妬してるの?」

首を横に振ると

「違うよ君が好きなんだ。そうだよね?」

喉を掻いてあげると喉を鳴らす。

彼女も彼の首の後ろを撫でる2人で彼を愛でていると。

急に扉が開く。

4人の視線がそこへ集まるとそこにフォーナがいた。

「彼が…彼が目を覚まさないの」

僕たちは急いで旦那様の部屋へ行くと彼はすごい汗をかいていた。

「息はしてるの、でも目を覚まさないの…私どうすればいいのか」

フォーナの目に涙が浮かぶ、そんな彼女をキルケは慰めると

マリオが階下へ降りていく。

それを急いで追いかける

「どこに行くんだ?」

上着を着込んでいる彼に聞くと

「医者のところへ行く。薬をもらってくるんだ。」

何枚も着込むと玄関に手をかけるそれを僕は止める。

「こんな雪の中で無茶だ!着く前に君が凍るぞ!」

僕を押しのける様に力を込める彼は

「それでもこのままじゃ旦那様が死んじまう!医者のところへ行けば薬があるんだ!そこをどけ!」

必死で止めると上からイザベラが叫ぶように

「何をしているの?マリオ…その格好外に出る気!?止めて!死んじゃうわ!」

彼はイザベラを見据えると

「俺は、旦那様に恩があるそれを返せるなら命なんていらない!」

それを聞くと彼女はその場で涙を流し首を横に振る

「やめて、そんなこと言わないで、あなたがいなくなったら私はどうなるの?」

階段の上で彼女は腰を落とし泣き崩れるそれを見ていると。彼の力が抜けていく。

「落ち着こうマリオ、急いで動いて取り返しがつかなくなったらそれこそ旦那様の容態に響く。」

僕は彼を説くように言った。

それが届いたのかイザベラの様子で冷静になったのか玄関の取手から手を離す。

それを見ると扉を閉め鍵をかける。

「状況は変わる。好機を待ってから動こう。とりあえず上に戻って旦那様の看病を手伝うんだ。」

彼は着込んだ上着を脱ぐと上で座り込んでいるイザベラの下へ行く、

「すまない、君の事をもっと考えるって昨日言ったばかりなのに。許してほしい。」

そう言う彼の首に彼女は抱きつくと

「もうあんなこと二度と言わないで。いい、これは命令よ。」

彼女を抱き上げる彼を僕は階下でそれを見送り僕も上に戻る。

その日は絵を描くどころではなかった。

雪が止むかどうかで、行動が変わるはずが一向にそれは降り止まない。

容態は悪化していった。一度汗が完全に止まったかと思うと今度はひどい咳をし始める。それが続くとまた汗が…その繰り返しに僕たちはクタクタになっていた。

一番疲弊していたのはフォーナだった。

彼女は一晩中付きっ切りで看病をしていて眠っていない事はすぐにわかった。キルケとイザベラがそれを心配して彼女を寝室へ連れて行ったがすぐに戻ってきてしまう。

夜になり疲れ切った僕たちは旦那様の部屋にマリオを残し食堂へ行った

しかし、目の前に料理が置かれても誰も手をつけなかった

「もう、ダメなのかしら。」

イザベラが珍しく弱々しい声でそう言うと

「ダメって何が?」

キルケがそれに疑問の声をあげる

「だってあの人全然良くならないし、私達はすでに限界で、おまけに外はずっと吹雪いてるし。もうダメとしか…」

彼女が言いかけるとフォーナが彼女の頬を打つ

「そんな事私の前でもう一度でも言ってみなさい!あなたを外へ放り出すわ!」

イザベラは自分に何が起きたのか分からないように放心していた。

「私は諦めません!彼を助けるためなら悪魔にだって命を売るわ!これ以上私の大事なものを神様になんか渡すものですか!」

そう言うと彼女はそこから出て行ってしまう。

「何よ…私だって…諦める気なんか…」

イザベラは目に涙を浮かべると彼女は立ち上がりその部屋を後にする。

そこには僕とキルケだけが残った。

「あなたは…どう思うの?」

彼女の質問に僕は答えられなかった。

沈黙が続くと彼女は溜息を吐く

「あなたもダメだと思うのね。そんな人だとは思わなかった。あなたはもっと諦めが悪い人だって…」

「誰もそんなこと言ってないだろ!!」

テーブルを強く叩くと僕は初めて彼女に怒鳴る

「諦めてなんかいない!ダメだなんて思ってない!でもどうすることもできないこの状況で僕に何を求めるんだ!僕は奇跡を起こせる人間じゃない!」

声を荒げそう言うと彼女は僕をまっすぐ見ながら

「でも、あなたは偶然の積み重ねで今ここにいるのでしょう?それは人の言うところの奇跡よね?あなたはそれを起こしてきたの、私には分かるあなたには幸運の何かが付いている。」

声を荒げる僕に彼女は静かにそう言うと。

「今回もあなたは起こせるわ。私はそれを待っているの。」

と言うと彼女も席を立つ

(僕には…そんなこと出来ない奇跡を起こすなんて不可能だ。僕はただの人間で神様じゃない。)

さっきの衝撃で飛び散った皿の上を眺めながら僕はそう思っていると奥のキッチンから昨日と同様に大きな音が聞こえるとコックがまた奥から飛び込んで来る

「ここにちびすけの悪魔が来なかったか!?」

僕は彼を見ずに首を横に振ると足音を荒立てながら彼は戻っていった。

テーブルの下を覗くとやはり彼がそこにいた。

その口には昨日と同じようにネズミを咥えている。

それを僕に見せると食べ始めた。

彼が牙を立てるごとにネズミの肉が見えてくる。それをボーッと僕は見る。

このネズミはきっとコックの悩みの種だったんだろうな。でも今は彼が今の悩みの種に…

彼の中で状況が変わったんだ…変化…変わる…雪

僕は立ち上がりその部屋を出て行く。

上の階に駆け上がり彼らの元へ行くとマリオを呼び廊下で彼と話す。

「明日街へ行こう。」

僕がそう言うと彼は呆れたように

「お前なぁ朝自分が言ったこと忘れたのか?この雪が止むか弱まれば行くけど…」

「明日この雪は止みはしないけれどかなり弱まる。」

彼は僕の言うことが信じられないようだった

「なんでそんな事が分かるんだ?お前が操るのか?」

「違うよマリオ、僕の故郷は山の上だった。山の天気は変わりやすくってこういう天気が何日も続く事もあった。それで思い出したんだ、雪の性格を。」

彼は僕が何を言ってるのか分からない様子だった。

「いいかい、吹雪は3日降らないんだって言うのも風の向きがどうしても変わるからこの雪は同じ方向へ2日も吹いてる、その風がそろそろ向かい風になって戻ってくる頃だ。」

「それで、雪が弱まっている間に街へ行くってのか?」

僕は頷くとマリオはニヤリとする

「やっぱお前は誰かに何かをやってるんだな。」

僕の肩を軽く殴ると。

「よし、明日街へ行こう。雪が弱まったらすぐに出るその時のために用意はしとかないとな。彼女たちに話に行こう。」

マリオはそう言うと一緒に部屋に戻り今の話を彼女たちにする。

イザベラは心配そうな顔をしているがそれを彼は安心させる

キルケを見るととても嬉しそうに微笑み僕を見る。

フォーナは懇願するような目を僕たちに向けていた

「本当に、本当に明日雪が弱まるのですか?」

僕は頷くと彼女は近寄り僕の手を取る。

「もしも、もしも本当にそうなったならばあなたは彼のいえ、私たちの恩人です。」

彼女の手を強く握ると

「僕は自分にできることだけをやるだけです。」

と返し部屋の外へ出る、それをマリオが追ってくると彼の部屋から僕たちの防寒具を山ほど持ってくると玄関の側にそれを置く。

その日は交代で眠りながら旦那様の看病をし続けた。

容態は見る間に悪くなっていった。

目を覚ますと外が晴れていた?僕は急いで階下へ行くとすでにマリオが用意を終えていた。

「急げ!寝坊だ!早く街へ行くぞ!!」

僕を急かす彼は先に車へ行ってしまった。

階下に降り防寒具を着込んでいると彼が…ホーリー・ナイトが僕の足に擦り寄る。

「ダメだ、今は遊んでいられない。」

そう言うと彼は防寒具をよじ登り僕の胸の中に入ってくる。

「もしかして…一緒に来てくれるの?」

そう聞くと通じたのか短く彼は鳴く。

「うん、わかったよ。それじゃ行こう」

帽子を目深く被ると外へ出る、

辺りは一面の銀世界だった。

まだ緩く雪は降っているがそれでも出られないほどではなかった。

「こっちだ!早く乗れ!」

クラクションを鳴らし彼が僕を急かす。

それに乗り込むと彼は僕の胸に入っている彼を見る

「そいつも一緒に来るのか?」

「この子も旦那様が心配なんだ!早く行こういつまた、吹雪くか分からない!」

そう言うと彼はエンジンを吹かす

「オッケーわかった!それじゃ飛ばすぜ!!」

雪の降る街道を彼は言った通り飛ばした。

道中何度も雪に乗り上げそうになるが彼はそれをうまく避けながら街へ行く。

街に着くとそこも一面銀世界だった。公園を見ると子供達が遊んでいる。

それを横目に大通りへ行くとそこは久しぶりの晴天で出てきた人でごった返していた。

「カッツォ!!これじゃ通れねえ!」

彼は車をゆっくりと進めながら通行人に悪態を吐く

僕は車から降りると

「歩いた方が早い!僕が入ってくるから君は街道の方に車を向けてて!!」

と言い残し僕は病院へ走った。

何度も雪に足を取られ転びそうになりながら走ると病院へたどり着く薬を受け取り外へ出ると見覚えのある男たちが僕の目の前を塞ぐ。

「おい、お前あの時の野郎だな?」

そう言う彼らの中にあの娘がいた、

「あんたが飼ってる猫のせいであたし達すごい怒られたんだけど。この落とし前どう付けてくれんの?」

「今急いでるんだ!絡まないでくれ!後で謝るから!」

彼らにそう言うと憎たらしい笑い方をする。

「そうはいかないんだよ、あたしら今久しぶりに外でれて鬱憤溜まってんのよね。おい!連れてこい。」

そう言うと彼らは僕の腕を掴み歩き出す

「止めろ!離せ!人の命がかかってるんだ!誰か助けて!」

僕は叫ぶが通りの誰もそれが聞こえないようだった僕は路地裏に引きずられると

「オラァ!うるせえんだよ!」

と腹を殴られる。服を着込んでいるのであまり痛くはないが胸にいる彼を守るように腹を押えると彼らはそれを笑う

「は!こいつよそ者のくせにこんないいもん着てやがる!脱げよ!俺が着てやる!」

1人が服を掴むそれを身体で振り払うと今度は女が腹を蹴る。

その瞬間服の中から鳴き声が聞こえる彼らはそれに気がつくと。

僕の腕を剥がす。

中からホーリー・ナイトが出てくるとそれをまた下品な声で笑う。

「おい!こいつ猫を服に入れてたぞ!へっへっへ。またあったなクソチビ」

男の1人が彼を蹴飛ばす。

それをヒラリと交わすと毛を逆立て威嚇する。

「お、なんだ?人間様に楯突くのか?」

別の男が彼に雪玉を投げるとそれに合わせるように彼らは雪を投げる

最初の幾つかは避けていたが。量に推され一つ二つと雪玉が彼に当たる。

「はっはは!オラ!くたばれ!」

男の1人が投げた雪玉が彼の顔に当たると中から石が転がる。

「止めろ!」

叫び声を上げその雪玉を投げた男に身体をぶつけると彼に駆け寄る。

綺麗だった目が片方潰れていた。

「どうしてこんな酷い事…彼が何をした!?」

僕の言葉を女が笑う。

「何をした?そんな事関係ないんだよ!そいつは悪魔の使者だ!だから私たちが退治するんだよ!」

それを他の男達も笑いながら同意の声をあげる

「…じゃ…いか」

僕は拳を震わせながら彼らに言うが笑い声で聞こえなかったのか

「は?なんだって?もう一度言ってみろ!」

彼らを睨み僕は叫んだ

「悪魔はお前達だ!!」

それを聞いた彼らの顔には明らかな怒りが浮かぶが

「彼は何もしていない!お前達が彼に何かされた訳でもない!お前達は面白いから彼を虐めてるだけだ!そんなのは人じゃない!皮を被った悪魔だ!」

僕が叫ぶと怒号を上げながら男達は僕に襲いかかる。

どのくらい殴られ、蹴られたのかは分からない。ただ瞼と口の中が切れて血が出ているのだけが雪の上の赤い染みで分かる。頭に足が載せられる。

「おい、ヨソ者この街ではない。調子に乗ったやつはこう言う目に会うんだ。それとお前の猫にも同じ目に会ってもらうよ。」

僕の頭に足を乗せながら彼らはホーリー・ナイトを捕まえると目の前に持ってくる。

「そうだね、まずこいつに噛まれた手のお返しをしようか。」

そう言うと女はナイフを取り出し猫の前足を切る。

鋭い悲鳴が上がる。

「や…やめろ。」

息も絶え絶えに左手を彼に差し出そうとするがそれを男の1人が踏みつける。

身体を伝って何かが折れる音が聞こえる。

「あーあ、折れちまったよ。まぁペットと同じ場所怪我してお前も本望だろう?」

男の声が聞こえると女はナイフを彼の耳に当て始める。

「あたしはね、こいつのこの耳と尻尾が嫌いなんだよ。」

だから無くしちまおうね。

また悲鳴が聞こえる僕の中で何かが蠢く

(やめろ!やめろ!殺してやる!こいつらを!殺してやる!)

目の前に三角形の黒いものが落ちる。

「うあああああああああああ!!!」

出せるだけの声をあげると頭に置かれた足が浮く。

「うるさいんだよ!お前もとっととくたばれ!」

女が足を振り下ろす、瞬間

ピイイイイイイイイ!!

けたたましい笛の音が聞こえる。

「お前達!何をしている!…お前!また悪さか!今度という今度は判事も許さんぞ!」

複数人の警察が路地入り口を固めていた。

「やべ!逃げるぞ!」

路地裏の奥へ彼らは走ると奥から叫び声が聞こえる。

「君大丈夫か!?」

警官の1人が僕を助け起こす。

「あ、ああ、」

声が出なかった。僕は指で近くに倒れているホーリー・ナイトを指すと警官の1人が彼に近づく。

その音に彼はよろめきながら立ち上がると威嚇の声をたてる。

僕はその警官の肩を借り彼の近くへ行くと。

「大丈夫かい?そんなわけないよね。僕もだ…」

動く右手で彼の頬を撫でるとそれに擦り寄るように頭を預ける。

「僕の最後のお願いだ。ホーリー・ナイト。この薬をマリオのところまで届けてくれないか?」

僕は彼に薬を差し出すとそれを口に咥えると彼は路地裏から飛び出していった。

その跡を残すように血の跡が点々と繋がる。

「ありがとう…僕の天使」

そこで僕の意識は途絶えた

次に目を覚ましたのは病院のベッドの上でだった腕には包帯が巻かれていて顔には糸が何本も通っている

そんな僕のそばにキルケが座っていた。

彼女は目を覚ました僕を見ると涙を目に浮かべる

「やっと、目を覚ましてくれた。三日間も私を1人にして。」

彼女は僕に抱きつくと頬に彼女の涙が流れた。

僕は彼女に旦那様がどうなったのかを聞くと

「彼はもうすっかり大丈夫よ。あの日からフォーナがあなたにずっと感謝の言葉を言っているわ。マリオも、イザベラもよ。」

ほっと一安心すると僕はホーリー・ナイトの事を聞くと彼女は表情を曇らせる

「彼は…その…屋敷に着いた時には…もう…」

彼女の言葉に目の前が暗くなると力なくベッドに横たわる。目からとめどなく涙が溢れ出てくるが僕はそれを拭いもしなかった。

頭の中で彼の姿が延々とフラッシュバックする。

堀の上で子供達をあしらう姿が。ネズミを取り誇らしげにする姿。寒い夜僕の隣で安心して眠る姿。絵を描いている時ジッとそれを見ている姿

いつの間にか声を上げながら僕は泣いていた。

数日後警察の1人が僕の病室を訪ねてきたその人は僕に肩を貸してくれた人で通報したのは病院の先生だった。

「あの悪ガキどもは院に入れた。判事がある人の口添えで一番厳しい死んだほうがマシな所へ送ってくれたから。君をどうにかしようとはもう思わないはずだ。」

彼の言葉が抜け殻のようになった僕の耳を通り過ぎる。

その虚ろな眼を覗き込んだ彼は僕にある話をしてくれた。

「君の…ペットの黒猫をな、私たちの仲間の1人が追ったんだ。彼は恐ろしく足が速くてな。その彼が追いつくのがやっとな速度であの猫は走っていたらしい。途中何度も雪で転び…自分の血で転びながらね、でも口に咥えていたものは絶対に離さなかったそうだ。途中公園のそばを通る時そこで遊んでいた子供達がその彼を見つけて石を投げたそうだ。それが体に当たっても気にもせず走っていたそうだ。猫は目の前に何があっても止まらなかった。しかし、街道の入り口に着いた途端速度を落とした。警官がそれに追いつくと猫は車に飛び乗った。それの運転手は最初驚いていたが警官が近ずくと構わず走り出した。おそらく切符を切られると彼は思ったんだろう。」

彼はそれを話し終えると、病室から出て行った。

頭の中で走る彼が浮かぶ。

片方の足からは切れて血が出ているそれを無視して走る。どんなに痛かっただろうか。目的の場所に近づいてきっと安心したんだ。速度が落ちたんじゃない。もう彼は限界だったんだ。その小さな体の限界を超えて彼は飛び乗ったんだ。

また眼から涙が落ちる。でも声は出なかった。

数日後今度はマリオとイザベラが来る。

マリオは前の警察官と同じように僕の隣に座ると頭をさげる

「スマン!俺が…俺が病院まで行ってればこんなことにはならなかった!お前は怪我をしなかったしあの猫は…本当にスマン!気がすむなら俺を殴れ!」

前と同じだ、彼の言葉はただ耳を通り抜けるだけだった。

彼も僕の眼を覗き込むとホーリー・ナイトの話をしてくれる

「あの猫…ホーリー・ナイトが車に乗りこんできた時俺はお前の姿を探した。一緒にいると思ってなでもお前はいなかったそれであいつの口を見ると薬の袋を咥えてる。

俺がそれに手を伸ばしても引っ張っても離さないんだあいつは、それで後ろをよく見ると警察が息を荒げてそこにいたから俺は面倒なことになるのが嫌で車を出した。その間あいつは後ろに座りながら前をジッと見てたその時にあいつの目が片方潰れてるのと耳がないのに気づいた。

俺は嫌な予感がして車を止めるとあいつは車を下りてよたよた足を引きずりながら歩いて街道を進むんだそんなの見たら戻るわけにいかないだろ。車を少し走らせてあいつに乗れって言うと俺の膝に乗ったんだ。

あいつは俺を嫌ってたのにそんな俺の膝に乗って喉を鳴らした。最高速度で帰ったよエンジンが燃えるんじゃないかって勢いで。その間俺に必死でしがみついてるんだ。負けたよ俺は、あんな忠誠俺には誓えない。あいつは最高の…友達だった。」

マリオもそれを話し終えると席を立ちイザベラと共に帰って行った。

頭の中で車に乗った彼を想う

飛び乗り前を見る彼の顔。きっといつものように遠くを見ていたんだ。彼はそれが好きだから。マリオの膝に乗ったのは自分の代わりに僕の面倒を見てくれる人を選んだんだ。彼は僕の好きになる人を好きになってたから。いや逆かな…彼が好きな人を僕が好きになったのかな?

また眼から涙が落ちる。

数日後今度はフォーナと…旦那様が来る

彼女は前の2人と同じように僕の隣に座ると

「やっと…やっと…あなたに言えます。彼を助けてくれてありがとう。あなた行いで私達は助かりました。それと、貴方の友人にも…彼の命の恩人は貴方と貴方の2人の友人です。本当にありがとう。」

僕が反応を示さないでいると彼女もホーリー・ナイトの事を話してくれた

「あなたの友人が屋敷に着くと誰よりも早く私の所へ来てくれました。口に咥えた袋の中には薬が入っていました。私はそれを主人に飲ませるために湯を取りにいている間彼は主人を見ていてくれました。まるで主人を温めるように体を丸めて布団の上に乗っていたわ。

私が戻ってきて薬を飲ませている間もずっとその姿勢でした。

主人の呼吸が治まってくると。彼は立ち上がろうまた何処かへ行ってしまったわ。次に見つけたのはあの絵を描くための広間でした。椅子の上で丸くなりながら眠るように息を引き取っていましたよ。」

話が終わると旦那様が僕に話しかけてくれた

「君の機転と彼らの行動力で私は助かった。私は他人にこんなに親切にしてもらったことはただの一度も…いや、君たちで3人目だ。とにかじゅありがとう、絵の完成をいつまでも待っているよ。早く元気になってくれ、私もそれを望んでいる。」

僕が俯き黙っていると彼らは出て行く。

彼の最後の瞬間。

あの屋敷で一番のお気に入りだった場所だ。僕もそこで君に相談をした。それと初めてあの家に君が来た時、みんなに会ったのもそこだったね、キルケに撫でられて。彼女だけに喉を鳴らしたあの時、僕の別の歯車が動いたんだ。今があるのはきみのおかげだ、会いたいよ…

目は暑くなるがもう涙は枯れていた。

また数日後キルケが何かを持って僕のところに来た。

それは僕のスケッチブックあの家に置いてきた僕の唯一の財産だ。

彼女は僕にそれを見せる

「あなたの家にね行ってきたの。せめて何か彼のものが残って無いかなって。それでこのスケッチブックを見つけたの、描いてあるの全部黒い猫。でも、全部違ってた泥棒の格好だったり天使の格好だったり警察の格好をしてたり、でも一番好きなのはこれ。」

そう言うと一番最後の絵を見せる

それは彼女たちの絵を描く前の晩に描いた絵だった。子供の周りに3人の女性がいてそれを微笑みながら見ている絵その絵に描いた覚えのない黒猫が描かれていた。

鉛筆で書かれたそれはその家族を眺めるようにそこにいる。

「この真ん中の子供があなた、それを私たちが眺めるの。それをまた彼が見ている。その目は子供を心配する母親と同じようにみているのか、それとも自分と遊んで欲しくて見てるのか。そんなことを考える一枚。ねえ、あなたはどっちに見える?」

その絵を見ていると何か不思議な気持ちになる

彼は最後まで僕の力になってくれた。それは友情なのか、愛情なのか、今はわからないけれど一つだけ分かるのは彼は僕が好きで僕も彼が大好きだった。

「…えろ」

彼女が驚いた顔すると僕はもう一度

「か…えろう」

久しぶりに声を出したそれに彼女は泣きながら喜び僕も笑った

この事はすぐに屋敷に知れた。

3日後、僕が久しぶりに戻ると、そこでみんなが待っててくれた。

僕は彼らを見ると笑いながら

「ただいま」。と伝える

その日は屋敷に遅くまで光が灯っていた。

腕が痛むというと旦那様とマリオが2人で僕を温泉に連れ込んだ。

2人曰く温泉の効能が腕に効くのだそうだ。

それは本当で、風呂に入ると腕の痛みが少し和らいだ。

そこで僕たち3人は男同士で話した。

もちろん僕とキルケの事も、すると旦那様は笑いながら

「結婚でもなんでもすると良い。現に私はフォーナとしか籍を入れていないから彼女たちに旦那はいないぞ」

と言うそれにはマリオも僕も驚いた。

親戚の人たちには偽物の婚姻届けを見せたそうだ、

書類にうるさいくせにこういう金にならない紙にはてんで無関心なんだと旦那様は笑いながら僕たちに言った。

彼もマリオに負けず劣らずこう言う悪巧みが好きなのだった。

そうそう、旦那様とマリオの関係だけれど

昔彼の親戚の家にマリオは盗みに入ったところを旦那様に見つかりそのまま彼を友人として家族に伝えたそうだ。それからはマリオは旦那様の執事になった。

でもその話はまた別の物語。

次の日僕はキルケ達と一緒に彼が眠っている場所に行った。

そこは屋敷から一番近いあの木の下だった。そこにt時の組み木が刺されていた。

僕はその木に木釘を打ち込むとそこににHolly Nightと書かれたあの絵を飾る

マリオがその絵のNの側にKと書かれた彫りものを掛けると

「彼は君にとっては聖なる夜だったけれど俺たちにとっては聖なる騎士だ」

そう言うと彼は帽子を脱ぎ敬礼する。

僕はその墓をずっと見ていた。

次第に彼らは屋敷に戻っていく。残ったのは僕とキルケだけだった

「ねえキルケ知ってるかい?この木には精霊がいるんだ」

僕がそう言うと彼女は僕の腕を掴み頷く

「その精霊に僕は人と猫は相容れないって言われたんだ、でも僕はそれに反対した。すると彼女は僕と彼の行く末をずっと見てるって言ったんだ。こうなってしまった今でもこの木の精霊は見ててくれるのかな…」

隣で彼女は微笑み

「見ているわ、きっと」

僕は彼女の手を取ると

「ねぇキルケ前にした約束だけど僕はあれを僕は破るよ、僕と結婚しよう」

そう言うと一瞬彼女は笑うがすぐに頬を膨らませ

「私、約束破る人ってきらーい」

と僕の手を振りほどき屋敷に向かって歩く、その後ろ姿を見ていると彼女は振り返り

「でも、この約束を守ってくれたらまた好きになる!私の事幸せにしてくれますか?」

僕がそれを笑うと彼女は怒った顔でまた屋敷に向かって歩き出す。それを追いかけて手を取ると

「約束するよ君を幸せにする。彼に誓うよ。僕たちの聖なる騎士に」

………

「やぁ、今日はまた、報告に来たよ。君が本当の天使になってからもう5年も経ったんだ、5年前の今日、僕と君は街で初めて会った。今もまだどこかで君が見ている気がするよ。

今日の報告はね…」

「あなた、また彼と話しているの?」

「ああ、キルケ。うん、僕の大切な事は彼に全て知らせてあげるんだ。天国で安心して眠れえるようにね。それで報告だけど。僕はパパになる子供の名前はまだ決めてないけれど今とっても幸せだよ。彼女も…君は幸せかい?」

「幸せじゃなかったらあなたを嫌いになってるわ。そう言う約束だもの」

「ははは、そうだったね。だから君も…」

「どうしたの?上なんか見て」

「いや、今枝の間で何か動いて…」

「本当に?どの辺り?」

「ほら、あそこ!枝と枝の間に黒い何かが」

「あら、本当だわ。何かしら?」

「よし、見てみよう。」

「あなた!気をつけてね!落ちたら痛いわよ!」

「大丈夫!大丈夫!この木には精霊が…あ!」

「どうしたの?何かいたの?」

「うん、また彼が奇跡を起こしたよ」

「どういうこと?…まぁ!!」

「はは、似てるだけだと思うけどねこの翠の目と立派なカギ尻尾本当に君なんじゃないかと思うよ…おかえり、ホーリー・ナイト」

「にゃーお」

 

 

 
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