~帝都ヘイムダル ドライケルス広場~
当初夏至祭初日までの予定であった特別実習はテロリスト―――『帝国解放戦線』による騒動を解決したという功績みたいなものもあり、二日延長した形……夏至祭最終日まで延ばされることとなった。
そのテロリスト達を追い払い、誘拐された皇族を救い出したことに貢献したリィン達もそうであったのだが、その中でも最たる功績者である二人―――アスベル・フォストレイトとルドガー・ローゼスレイヴはドライケルス広場の“獅子心皇帝”ドライケルス帝の像の前にいた。他のⅦ組の面々が皇城バルフレイム宮にいるのに同じ場所にいない…その二人の近くに寄って来るのは、この実習の際に迎えに来た人物―――帝国正規軍第七師団所属ミュラー・ヴァンダール少佐その人であった。
「ここにいたのか、二人とも。よほど宰相殿に会いたくなかったと見える」
「会うだけで疲れる奴の顔を見るぐらいなら、真っ先に逃げる選択肢を取るわ」
「ルドガー、もう少しオブラートに包もうよ……気持ちは同じだけれど」
「仮にも外国人である其方らの言葉は少しもフォローになっていないように思えるが。まぁ、あのお調子者ですら真面目になる御仁だからな。気持ちは解らんでもない」
“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン……その相手をする労力なんて割きたくはない、という二人の言葉にミュラーは冷や汗をかきつつも、自身の親友が『駆逐する』と決めた人物の存在感を感じ取った。
「あのお調子者からの伝言だ。『今回はアリシア女王陛下の多大なる配慮に感謝する。無論君らがいたからこそ最小限の被害で済ませることが出来た。いつかこの恩は返す』とのことだ」
「まぁ、その辺は出来るからやっただけですよ」
「右に同じく」
そう言いのけて実行できてしまうあたり、アスベルとルドガーの強さの一端をミュラーは感じ取った。その強さに至るためにどれほどの努力を要してきたのかもひしひしと感じ取れるほどに。実は今回の実習中にリューノレンスからその辺りの話も聞き、更には自身の妹に関わる話も聞いた。
「そういえば、父上から聞いたが……アスベル君、何かと手のかかる妹を宜しく頼む。まぁ、君の立場上色々大変なのは承知の上だが」
「曲りなりにもリベール王国軍のエースだものなぁ……やっぱあの御仁の関係者は凄いわ、アスベル」
「あの人間が規格外なだけだよ。俺も妹も出来る範囲の事しかやってないだけだから……それに、この国の行く末が見えない以上、迂闊な事も出来ないのは事実だけど」
兄としてはかつて一緒に戦ったことのある人物の身内となることに苦笑を浮かべた。ただ、この関係がいずれ来るであろう『激動の時代』において何かしらプラスになってくれればいい……その当事者同士にしてみれば迷惑という他ないだろうが。
「さて、そろそろ他のⅦ組の面々も来るころだろう。自分はこれで失礼させてもらう」
「ええ、ありがとうございます。ミュラー少佐」
「ありがとな」
「お礼を言われるようなことはしていないのだがな…だが、その礼は素直に受け取っておこう」
『帝国解放戦線』―――とうとう表舞台に姿を見せたその組織。だが、その登場はあくまでも先駆けでしかない。それは帝国内にいる聡明な人物は無論の事、成り行きとはいえ諸外国の人間にもそれはひしひしと伝わっていた。
~ファルブラント級巡洋艦『アルセイユ』 会議室~
ヘイムダル空港に停泊中の白の飛行艦。リベールの進んだ航空技術の粋を凝縮して開発された次世代型巡洋艦……既に出発準備は整っているが、その会議室では数人―――ユリア准佐、クローディア王太女、シュトレオン王子、カシウス中将、そしてアルゼイド侯爵が集まって会話を交わしている。
「しかし、あの機械人形……もしや、『結社』が関わっている可能性が?」
「可能性の域は出ないが、それは十二分に考えうることだな。尤も、“鉄血宰相”がそのことですら自身の糧にすらしてしまうだろう。中将はどう考えてます?」
「直接会ったことのある俺からの視点にはなりますが、言わずとも平然と実行するでしょうな。それほどの気迫を感じ取りましたので」
ユリア准佐の言葉にシオンは自身の考えを述べつつもカシウスに尋ねると、実際に会ったことのある彼も『オズボーンならば実行するであろう』と率直に述べた。普通の人間ならば躊躇う様な『大胆不敵な一手』を平然と実行できる胆力を実際に感じた以上、ありえないという言葉を捨て去らなければこの先の時代は生き抜けないと感じてしまうほどに。
「ほぼ同意見ですか。しかし、我が国としては不測の事態に備えるぐらいしかできませんが。それよりも……侯爵閣下、例の件については?」
「いくつか陳情として上がっています。中には宰相閣下の耳に入れておいてほしいものもあるほどです」
「はぁ……“五大名門”の一角といい、“鉄血宰相”といい、どうしてこうもまぁ……
「解りました、殿下」
「ふふっ、その最たるものがシオンですからね」
「それを言わんでくれ、クローゼ。俺だって好き好んでAランクに上がったわけじゃないんだぞ?」
シュトレオンは元々、王国内においてカバーしきれない部分を自分の足で歩くことにより、書面上では中々知りえない実情を知るために遊撃士協会の門戸を叩いた経緯がある。その実績が積もり積もってのAランク正遊撃士…宰相の職に就くにあたり、それを返上しようとしたのだが……一人でも多くの優秀な遊撃士を残したいという協会側からの懇願により、特例の兼務という形でそのまま遊撃士を続けている。とはいえ、王国宰相の仕事も多くあるので昔ほど頻繁に出歩けることがなくなってしまったが。
「それに、俺よりも上であるアスベル、シルフィア、レイアの三人からしたらまだまだだよ。ま、強くありたいとは思ってるけど、誰かに勝ちたいというわけじゃねえし」
「そう言いつつ着々と腕を磨いている殿下が仰られますか」
「それを言わないでください、カシウスさん……」
身の丈を弁えるというのは己を律する上で最も難しいことだ。現に人間という領域すら超えているであろう彼の知り合いもその実力を大ぴらに見せつけることはしない。そうすれば周囲から多大なる警戒を抱かせることにしかならない……リベールの進んだ航空技術・導力技術も似たようなものだが、この辺りも下手に刺激しないように心がけている。一部の人間には警戒を持たれているのも事実だが。そして、シュトレオンは本題を切りだす。
「ともあれ、だ。例のテロリストがここまでの動きを見せたとなれば来月も動いてくるのは必至。狙いは十中八九『通商会議』になるだろう……クローゼ、ユリ姉、ヴィクターさんにカシウスさん。俺は王国宰相の権限であの三人に『例の許可』を出します」
「なっ!?」
「正気ですか!?」
「………殿下、理由をお聞かせ願えますか?」
シュトレオンが発した『例の許可』という言葉にクローディアとユリア准佐は驚きを露わにし、アルゼイド侯爵も難しい表情を見せ、カシウス中将は真剣な表情でその理由を尋ねた。その許可というのは二年前と十二年前にも出された……言うなれば守りを是とするリベールにとって矛盾しうるもの。その
「テロリストが真っ先に考えるのは最優先対象の殺害。その為ならばあらゆる手段を排除しません。正直やってることの濃さから言えば“鉄血宰相”も同じでしょうが……話が逸れましたね。その場合会議に参加する俺やクローゼ、ユリ姉にもその被害が来ないとも限らない」
クロスベルにも信頼できる御仁はいるが、全てをフォローできるわけでもない。神という存在が仮にいるとしても、そう都合よく全知全能の人間なんていないのだから。ならば、その後押しと助け位は出来るかと思い、シュトレオンはこの一計を案じた……幸いにも、皇帝陛下より例の件に関しての許可は頂いたため、ある意味これを利用した計画であるのだが。そもそも、テロリスト関連の対策を立案したのはシュトレオンではなく、彼が良く知る人物である。
「三人の腕前は中将が一番ご存じでしょう? 何せ、我が国の精鋭でもありますから」
「それはそうですが……」
「それに、あの三人ならば七耀教会とも伝手があります。アルテリア法国から見ても、クロスベルは大聖堂を建てるほどの要所と見るのが正しいでしょう。理由ならば『七耀教会ひいてはアルテリア法国が自治国の主権保障の実績を持つ故、今回の会議を無事に成功するための“保険”として参加を要請した』で通してしまえば、いかにクロスベルの宗主国―――エレボニアとカルバードの二国でも拒否は出来ませんよ。下手に断れば教会の庇護すら受けれなくなってしまいますからね。政府が是としても、教会の恩恵を強く受けている民を蔑ろにはできないでしょうし、仮にそんなことになれば遅かれ早かれ政府は人殺しの汚名を免れません。とりわけ共和国からすれば」
三人の知り合いのうちの一人がかなりのパイプを持っていることに加え、アルテリア法国としても衰退気味の存在感を回復させる意味合いにおいて悪い話ではない。まぁ、シルフィアに関しては苗字のせいで目立ってしまうため、自ずとアスベルとレイアの二人が表向き『七耀教会から推薦した遊撃士』という形で会議の中に入り込むこととなる。既に法国側とは裏ルートを通じて話は付けており、『結社』という存在も考慮に入れた算段は付けている。
「十二年前ならばいざ知らず、今のリベールは名実ともに“三大国”の一角。それに不戦条約の提唱国として毅然とした態度は必要なことだ。相手が一回り二回り年齢が離れていようが関係ない。事と次第によっては容赦ない発言も辞さない。無論、それはクローゼもだが」
「もう、シオンってば。私はそこまでキツイことを言うつもりはありませんよ?」
(そう言っている殿下の口元が全く笑っていないのだが……)
(姉の立場からしたら、色々と複雑です)
(だろうな……あの御仁らが少し不憫に思ってしまうわけだ)
とても二十年も生きていない人間の言葉に、周囲の大人は期待やら困惑やら…まるで迷路のように複雑な思いを抱えつつ、これからの王国を担うことになるであろう二人の王族を見つめていた。尤も、その本領を垣間見ることになるであろう相手に対して少しばかり同情してしまったカシウスであった。
~皇城バルフレイム宮 皇族執務室~
所変わってバルフレイム宮の一室―――その部屋の窓から外を見つめているのは一人の皇族の服を纏った青年。しばし風景を見つめていたが、一つため息を吐いた。
「はぁ……覚悟を決めてここまで足掻いてはいるけど、やはり決め手に欠けてしまうね、どうにも」
今回の一件に関しても彼―――オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子はあらゆる対策を講じた。しかし、そのいずれもが『彼等』の策に乗っかる形となったこと。無論それも悪くはないのだが、やはり一度口にしたからには実行しなければならないというオリヴァルト皇子の性格故なのだろう……少なくとも、来月の『通商会議』で何らかの大掛かりの策を講じる……そのためには、友人の力を借りなければならないことにため息の一つぐらい出てしまう。色々考えを巡らせているオリヴァルト皇子……すると、執務室に響くノック音。皇子が入室を促すと、二人ほどその執務室に姿を見せた。
「おや、親友じゃないか。もう見送りは済んだのかい? それに…ここに来るとは珍しいね、アルフィン」
「ああ、あの二人と少しばかり話し込んでな。ここに来る途中で皇女殿下と会い、同行したという所だ」
「すみませんミュラーさん。何かとわがままを言ってしまって」
「いえ、これが自分の役目ですのでお気になさらず」
オリヴァルト皇子の護衛兼親友でもあるミュラー少佐、そしてミュラーの後ろからひょっこり現れたのは、オリヴァルト皇子にとっては異母兄妹にあたり、皇位継承権第三位の皇族―――アルフィン・ライゼ・アルノール皇女であった。親友はともかくとして、アルフィンが態々執務室を訪れたことは流石にオリヴァルト皇子も不思議に思いつつ、備え付けのソファーに座って話をすることとなった。
「セドリックからも話は聞いておりますが、来月の通商会議にお兄様が参加なされるそうですね?」
「ああ。皇帝名代―――皇族に連なるものとしてね。本来ならばセドリック辺りが筋なのだろうけれど、あの子はまだまだ政治に疎いからね」
「それは仕方がないかと思われます。お父様も意図的に政に関わることを多少なりとも避けておられますし、お姉様もまだまだでしょうから」
「そもそも、13歳で政治―――とりわけ一番難しい外交に関わることをやっていることが異常だと思われますが」
「まぁ、それは成り行きという奴ですよミュラーさん」
「やれやれ、血は争えないってことかねぇ…一体誰の影響を色濃く受けたんだか」
「お望みなら姿見の鏡の前に立たせてやろうか?」
「スミマセン、それはやめてください」
「ふふっ」
とまぁ、冗談を交えての会話と相成ったのだが、アルフィン皇女が切りだした内容でオリヴァルト皇子はそこから考えうる結論を導き出し、その上で一つの策をも込めた提案をした。
「とまぁ、冗談はここまでにして―――アルフィン。来月の会議の時、僕は『カレイジャス』で一人拾った後にクロスベルに向かう予定なんだけれど、よければ君にも会議に参加してくれないかい?」
「なっ、正気か!? オリビエ、確かに外交の経験はあるが、今回の国際会議は多国間の会議なんだぞ!?」
「『だからこそ』だよ、親友。何もアルフィンに全部投げやりにするつもりは毛頭ないさ」
一見無茶無謀とも思えるオリヴァルト皇子の提案にミュラー少佐が反論するが、別に皇位継承権の持つアルフィンに会議の話し合いに参加しろ、とまで言うつもりなどなかった。寧ろ、参加者の釣り合いをとる意味においてアルフィン皇女のこの申し出は『追い風』に近かった。
「交渉役は無論僕の役目なわけだけど、もしも宰相殿が無茶苦茶な事をしでかすようならば、皇位継承権の無い僕では抑止力になるのは難しいだろう。そこでアルフィンの出番という訳さ」
「ふふっ、ミュラーさんもご心配なく。これでも将来は“かの国に嫁ぐ身”ですし、お兄様やあの二人を含め、色々な方々から学ばせていただいておりますから」
「それを聞くと逆に不安なのですが……オリビエ、余計なことは吹き込んでないだろうな?」
「それをやったらシオン君にめった刺しにされる未来しか見えないよ……ただ、政治に関わる勉強をしたいということで、僕が知る限りにおいて一番の政治家に相談したんだ。目先にとらわれない視点を養うという意味でもね。お蔭でアルフィンにとっていい教師と巡り合えることが出来たよ」
政治におけるスペシャリスト―――オリヴァルト皇子のその言葉にミュラーは少し引っ掛かりを感じ、その人物の名を尋ねた。
「ちなみになんだが、その人物の名は?」
「―――フィリップ。フィリップ・ランカスターで共和国出身の人間さ。っと、その名前じゃピンと来ないだろうね……『―――――』と言えばわかると思うんだが?」
「なっ!? 成程、かの御仁の元関係者という訳か。しかし、良く見つけて説得できたな」
「そこは色々な人にお世話になったよ。ホント、この恩はきっちり返さないと罰が当たりそうだね」
元々オリヴァルト皇子も賭けに近い部分はあった。この帝国の地で共和国出身の人間というのはそもそもいい評判を抱かないだろう……その過程で今まで築いてきた絆が上手く実を結び、実現できた奇跡。そして、この奇跡はアルフィン皇女にとっても大きなプラスへと働いてくれたことは事実であった。だからこそ、彼はアルフィン皇女に会議への参加依頼を打診したのだ。この話を皇子から持ちださなければ向こうから申し出てきた可能性があっただけに。
「いざとなったら、シオンやクローゼさんと共謀して黙らせますのでご心配なく」
「……まぁ、やり過ぎない程度に頼むよ?」
「本当に大丈夫なのだろうか……心配しかないのだが」
だあああああああああああああああああああああああああいぶ久々でございます。
結構間が空いたのでどういう書き方すら忘れているというね……orz
ぶっちゃけますと、戦闘シーン改善の為に他原作の二次小説を書き始めたら止まらなくなったのが大きな要因です。他にもやってることがあると時間が足りねぇ!!という塩梅です(盛大に自業自得)
アルフィンの家庭教師の人は公式において名前は出てきてませんが、この人ならば適任ということで選出しました。名前はそれっぽいのをググってあてつけたやっつけ仕事です(ぇ
そしていよいよ書きたかったお題の第五章に入りますが……更新はリアル事情と執筆モチベの関係もあって不定期は変わりませんのでご容赦ください(土下座)
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第84話 未来(ぜつぼう)を打ち破るために(第四章END)