第二話 焼酎と指鉄砲
12月某日。放課後、仕事を終えたマチコはどこかで一杯やって帰ろうと考えていた。
「どこで飲んで行こうかしらね・・・一人だし、ここはスナックかな。そうね、久し振りにあの店行ってみよう。」
その店は以前何度か訪れた事のある、ちょっと雰囲気のいい店だった。
カラン・・・ドアベルを鳴らしながら店内に入ると、どうも以前とは雰囲気が違っているのをマチコは感じた。
「いらっしゃい・・・あら、お久し振りね。でも来てくれたのに悪いんだけど、今日はちょっと・・・」
カウンターの向こうからマチコの姿を見つけたママが声を掛けてきたが、どうも様子がおかしい。マチコが店内を一瞥すると、ママの歯切れの悪い態度の理由がすぐに理解できた。さほど広くはない店内の、おおよそ半分ほど客が入っているのだが、その客が問題だった。全員が同じ服、それもセーラー服である。どうもスケバングループのようだ。マチコは軽く落胆の溜め息をつくと、
「あらあら、いつからこの店は子供の溜まり場になっちゃったのかしらね?」
よく通る声でそう言い放った。すると明らかに店内の空気が変わった。話し声が一瞬にして消えその場の全員がマチコに注目した。と思う間も無くスケバングループの一人が立ち上がり、マチコに歩み寄って来た。
「なんか言ったか?ああ?痛い目見ないうちに帰えんな!」
女生徒はそう言いながらナイフをちらつかせる。喧嘩っ早い、いかにも下っ端という雰囲気の少女だった。
「まあ、随分簡単に抜いちゃったのね。困った事。」
マチコは優しく微笑みながら
「いい事を教えてあげるわ。柄物を出すって事はね、」
言うが早いか、女生徒のナイフを持った右手首を掴み、そのまま合気道のように女生徒を一回転させて床に叩き付けた。ナイフはその手を離れ床に突き立ち、女生徒は苦悶の声、も上げられずにその場にうずくまった。マチコはそんな女生徒に
「相手に最大限の攻撃を許すって事になるのよ。覚えときなさい。」
そう諭すように言った。そして、
「ま、手加減はしたけどね。」
ぺろっと舌を出しながらそう付け加えた。
「てめえ!」
次の瞬間全員が叫びながら席から腰を上げ、マチコの方へ向かおうとする。が、その刹那集団の後方から
「止めな!」
と、女生徒達を制する声が飛んだ。その張りのある声の主は、奥にいたどうやらボス格らしい女生徒だった。
「その人にはお前らが束になって掛かったって敵いやしないよ・・・多分な。」
その言葉に押し黙る女生徒達。随分と統制が取れているものだとマチコは変な所で感心した。マチコがその声の主を探し店の奥を見やると、見覚えのある顔がそこにあった。以前、轟が保健室まで連れて来た少女、サキだった。サキはマチコの前まで出ると軽く頭を下げ、
「悪いね、先生。血の気の多い連中で。さあお前ら!もうお開きだ!帰るよ!」
そう言って女生徒達を追い出しに掛かった。
「え、でも・・・」
「だからアタイはこういう所苦手だって言ったろ!?もういいから帰るんだよ!ほら早く出な!」
そうやってサキは女生徒達を全員店から押し出すと会計を済まし、既にカウンター席に座っているマチコに向かい、
「この前はお世話になりました。それじゃ、失礼します。」
そう告げて出て行こうとするが、
「あ、ちょっと待って。」
マチコが呼び止めた。
「え?」
「あなたと、ちょっとお話したいな。時間よかったらどうかしら?」
サキも、正直この女性には興味があった。
「・・・いいですよ。」
サキは携帯を出し、外の連中に帰るように言うと、そのままマチコの隣に腰を下ろした。
マチコは焼酎のお湯割りに豚キムチ。意外とオヤジ臭い注文である。サキにはノンアルコールドリンク。
「はい、まずは乾杯。」
チン、とグラスを合わせる。
「ほっぺたはもう大丈夫みたいね。それより今日はなんの集まりだったのかしら。」
マチコの問いかけにサキはやれやれといった表情で話し出した。
「あいつら、背伸びしてこういう所来たがるんですよ。やれ飲みだ宴会だって。でも酒飲める奴なんか
一人もいないんですけどね。で、今日もよく分からない名目で連れて来られたんですよ。」
「ははあ、まあ理解出来なくはないわね。私にもそんな時代あったし。」
「先生に?そんな、ちょっとイメージ出来ないな・・・」
「若気の至りって言うでしょ?誰にでもそんな時期はあるものよ。それよりもね、どうだったのかしら?」
「どうって・・・」
「轟君に喧嘩しかけてみてどうだったか、って事よ。」
「ああ・・・先生の言う通りでした。結局あいつのペースに巻き込まれて・・・ふふっ。」
笑顔を浮かべつつ言うサキ。その表情を見たマチコにはひとつピンと来るものがあった。
「あら?」
「なんですか?」
「ごめんなさい。随分楽しそうに話すから、ちょっと意外だった・・・かな?」
「そんな事はな・・・止めた。先生の前で強がったってしょうがないや。」
なにか、この女性には全てを見透かされそうだ。サキはそんな気がして虚勢を張るのは止めた。
「そう・・・で、いい男でしょ?轟君。」
「いい男って・・・まあ、面白い男ですよね。喧嘩が強い癖に喧嘩が嫌いって、アタイらみたいなのにはいまいち理解できないですけど。」
「強さを持っているからこそ優しくなれるのよ。自分が力を振るえばどうなるか解ってるから。」
「どっちにしろ、あいつと喧嘩しようとした奴は、もう2度と喧嘩売ろうとしないでしょうね。絶対に敵う相手じゃないって思い知りますから。」
「そう、それが優しい強さ、って事なのよね。」
「優しい強さ、か・・・で、あいつ流の勝負方法で決着付けようって時も、結局アタイの得意分野で勝負しようって事になったし・・・」
その後もサキは、轟について楽しそうに語る。話を聞いていたマチコはちょっとからかってみたくなった。
「・・・さては惚れちゃった?サキちゃん?」
サキはその言葉に難しい表情を浮かべ、
「惚れたとかそんなの・・・分からないです。気に入ったのは確かですけど。」
そう曖昧な返事をした。実は彼女、未だに恋愛経験が無い。
「うふーん、まだ素直になり切ってないな?ほらほら、飲んだ飲んだ。」
「ちょ・ちょっと先生?こっちはアルコールじゃないんだけど・・・」
ふと見ると、マチコは既に5杯目の焼酎に手を付けている。
「先生、流石にペース早いんじゃ・・・」
「うーん、サキちゃんのお陰かな?お酒がおいしー!アハハハ!」
「こりゃ、そろそろおいとました方が良さそうかな・・・?」
サキはそう言いながら席を立った。
「あらーん、もう行っちゃうのー。じゃあひとつだけアドバイス。」
マチコはそう言いながら真顔に戻り、告げる。
「轟君に対して思う所があるなら素直になりなさい。そうすれば必ず応えてくれるから。」
「・・・・・・努力します。お話、楽しかったです。それじゃ、ご馳走様でした。」
「まったねー☆」
カラン・・・ドアベルを鳴らして出て行くサキ。
「ふふーん、あれはまだまだ一筋縄じゃ行きそうに無いわね・・・もうひと波乱なんか無いと発展はないかな?」
そう、マチコにはひとつ悪い癖があった。他人の色恋沙汰を面白がるという悪い癖が。
翌日、保健室。
「せんせーい、怪我人でーす。」
そう言いながら他校の生徒を脇に抱えた轟が入ってきた。紫の短ランに赤茶に染めたリーゼントの、その生徒の名はノリオという。通り名は狂犬のノリオ。やはり他校で番を張っている。
「あら轟君。」
「あっち向いてほいで思わず蹴り出しちまって・・・手当てお願いします。」
「アヒャ・・・」
「あらあら、白目剥いてるじゃない。っていつもの事だっけ。」
・
・
・
「はいこれでよし!お大事にね。」
「アヒャヒャヒョウヒョヒャヒヒャヒヒャ」
「?はいはい。(多分礼の言葉よね。頭下げてるし。)」
手当てが済んだノリオが保健室を出て行くと轟もその後に続いた。
「それじゃ俺もこれで・・・」
「あ、待って轟君。ちょっとお話、いい?」
マチコはそう言って椅子に座ったまま上半身だけ振り返り轟を呼び止めた。
「はい?」
轟は、さっきまでノリオが手当てを受けていた椅子に座った。
「喧嘩しないのはいいけど、結局怪我人が出るのは辛いわよね?」
「そうっすね・・・ルールがあっての怪我だから、納得できない事は無いですけど、やっぱり怪我人は出ない方が・・・」
「そうでしょ?だからこんなのはどう?」
「近隣番長親睦会?で、温泉旅行?」
「そう。で、その結果仲良くなっちゃえば余計な勝負も怪我も無くなる、っていうのはどうかしら?」
「そ、それいい!早速企画立てます!ありがとうございました!」
轟は勢い良く立ち上がり、最敬礼すると大股で保健室を出て行く。それと前後して、轟を呼ぶ声が校庭の方から聞こえて来た。
「轟ー!いるんだろ!顔面パンチの事、まだ許しちゃいないからね!勝負しな!」
その声にマチコは窓際まで行きサキの姿を確認した。
「まったく素直じゃないわね、ふふふ。サキちゃんの為に入れ知恵したんだからね。感謝しなさい。」
彼女はそう言いながら右手を伸ばし、指鉄砲の構えを取ると、
「ばん☆」
そう口にしながら前腕を跳ね上げた。
つづく
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