No.843301 38(t)視点のおはなし その52016-04-19 22:37:53 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:452 閲覧ユーザー数:449 |
私の名は38(t)戦車。
先の大戦に於いては敵を討つ為、時代を超えて今は「戦車道」にて乙女達の心身を養う為と、
対称的な使命の元、今も戦い続ける車輌で御座います。
私は今、敵のフラッグ車を仕留める為にチームで車列を組んで追撃しつつも、一方で後方から迫り来る
敵の追っ手からも逃れると言う相反する目的に板挟みになりながら、草原を駆け抜けております。
後方にて砲撃音。一拍置いた後、至近で炸裂音。
追っ手のファイアフライの放った砲撃が、決して的の大きく無い八九式の後部に
吸い込まれるかのように直撃し、黒煙を吐きながら白旗を上げ、車列から遠ざかって行きます。
サンダース大付属チーム所属のファイアフライ砲手、相当な手腕をお持ちの御様子。
果たして何故この様な羽目になってしまったのか、事の次第は数刻前に遡ります。
ついに火蓋を切って落とされた、戦車道全国高校生大会。一回戦の相手は優勝候補一角、サンダース大学付属高校。
Ⅳ号改め、あんこうチーム装填手秋山ゆかり殿が、何とサンダース学園艦に潜入し
敵車輌編成の偵察を敢行する等、尽くせる限り万全の準備を尽くして、いざ対戦当日。
しかしその序盤戦は、やはり総合力に勝るサンダースの有利で進む事と相成りました。
何とサンダースは、校風に倣ったフェアプレー精神からは予想もしなかった、無線傍受機による此方の
通信傍受と言う、ルールブックの抜け道を付いた作戦を展開。
此方の手の内を完全に掌握され、M3改めウサギさんチーム、八九式改めアヒルさんチーム、
そしてあんこうチーム率いるⅣ号の三輌は、敵の包囲から這う這うの体で遁走致します。
さりとてこちらも只では転ばず。
先日の練習試合での手腕を買われ隊長に任命された西住殿は、無線傍受を看破しむしろ逆手に取り、
無線通信を欺瞞情報として囮に使い、実際の通信には携帯電話を使用すると言う、
此方もルールブックの抜け穴を利用した作戦で、相手を出し抜く事に成功したのです。
斥候を務めたアヒルさんチームが敵フラッグ車・M4シャーマンの誘導に成功し、
フラッグ車に任命されたカメさんチームこと私も含めて、四輌で構築したキルゾーンにおびき出します。
集中砲火を浴びたM4は逃走、これを全車輌で追撃する形になりますが。
只でさえ命中率の低い行進間射撃。追走しながらの砲撃に不慣れな大洗戦車隊は、
決定打を欠いたまま貴重なフラッグ車撃破のチャンスを浪費し、とうとうサンダースの追撃部隊の
到着を許してしまう事となり、今に至るので御座います。
再び後方より砲撃音。一拍置いて、背後にて炸裂音。
ウサギさんチーム・M3が後部エンジン室に直撃弾を浴び、行動不能判定を受けて白旗を上げながら擱座します。
これで此方の残存車輌はⅣ号・Ⅲ突、そして私の残り三輌。
カバさんチーム・Ⅲ突がすかさず私の後ろに回り込み、砲撃からフラッグ車を守る為の肉壁役を買って出ます。
しかし、只でさえ装甲は心許ないⅢ突。背面を無防備に晒した状態では、一発でも当たれば即行動不能。
相手フラッグ車を仕留めるチャンスに恵まれた筈の私達は、一転して危機的状況へ追い込まれてしまいました。
「駄目だ…もう終わりだぁ…」
堪え切れなくなった河嶋殿から、とうとう弱音が零れ始めます。それを責っ付く様に、
敵砲弾が私の砲塔側面を掠め、金切り音を車内へと響かせます。
「ぅひぃっ!」
その音に河嶋殿は怯え、潤んだ瞳は涙を湛え既に決壊寸前。
迫り来る追撃部隊に珍しく焦りの声を上げるカバさんチーム。既にパニック状態のカメさん、と言うより河嶋殿。
絶望的な状況を前にして、チーム全体を既に重苦しい空気が支配します。
戦車道は実際の戦車戦とは違い、撃破されたからと言って貫徹した砲弾が車内で跳ね回り乗員を摩り下ろす事も、
炎上した車内でグリルされる事も有り得ません。
しかし、河嶋殿は、小山殿は、角谷殿は。生徒会の皆様は、カメさんチームは。
かつて戦場で私を駆った戦友達と同じく、自分達の居場所を守る為、愛する地に住まう幾万人もの人々の、
平穏を守る為に戦っておられるので御座います。
それが、本当に。
こんな所で終わってしまうので御座いますか?
「みんな、落ち着いて!」
あんこうチームの無線、西住隊長殿の声。
「落ち着いて攻撃を続けてください!敵も走りながら撃ってきますから、当たる確率は低いです!」
既に二輌が撃破され、圧倒的なファイアフライ砲手の実力を見せつけられた今、ともすれば楽観的過ぎる予測。
「フラッグ車を叩くことに集中してください、今がチャンスなんです!」
しかし、勝利への道が潰えかけている今この瞬間に於いては、仲間を鼓舞する為にこそ必要な、希望的観測。
「当てさえすれば、勝つんです!諦めたら、負けなんです!!」
この状況に於いても、彼女は、西住隊長殿は、まだ諦めてはいないので有りますか。
その言葉に、堅物のⅢ突が珍しく感銘を受け、その身を奮い立たせております。
恐らくはカバさんチームたる歴女の皆様方も、車輌と心を同じくしておられる筈。
「諦めたら、負け…!」
小山殿が、西住隊長殿の言葉を反芻する様に繰り返すと、私の操縦桿を握る御手に再び力が籠ります。
全く、仮にも大戦に参じた事も有る私が、斯様な程度の窮地で消沈して、ほとほと情けなくて仕方在りません。
私は既に、生徒会の皆様の力となるべく邁進すると、決意したばかりでは有りませんか。
「いやもうダメだよ柚子ちゃぁあん!!!!」
河嶋殿はどうか落ち着いてください!
泣き喚く河嶋殿を、仕方ないなぁといったご様子でにこやかに慰める小山殿と、
干し芋を食べる手を止め、河嶋殿の頭を優しく撫でる角谷殿。
その仲睦まじさが、この危機的な状況に於いても幾分か心を和ませて下さいます。
あんこうチーム皆様の提案に傾注していたⅣ号が、意を決して車列先頭を離れ、丘陵地へと履帯を進めて行きます。
覚悟に染まったその姿を見て、私はⅣ号の狙いを察したので有ります。
丘陵地に陣取っての、稜線射撃による遠距離撃破。
目立つ高台に陣取る事で敵から狙われやすくなる反面、目標の動向を俯瞰的に観測出来、
此方の命中率も高くなる、諸刃の剣とも言える策。
Ⅳ号とあんこうチームは、大きな賭けに出たので御座います。
こうなれば後は野となれ山となれ。私とⅢ突は、Ⅳ号が精密射撃に成功することを願い、
撃破されない様に追手から逃げ続けるより他有りません。
丘の上からファイアフライの砲撃音。続く静寂の中、誰に向けるでも無く祈りを込める私。
ジャッジからのアナウンスは無し。
暫くして、続く砲撃音、丘の頂上から。
その音は、既に聞き馴染んだ、戦友の咆哮。Ⅳ号の砲撃。
一拍置いて、前方で炸裂音。
右側面に直撃弾を浴びた敵フラッグ車、M4A1・76mm砲搭載型のエンジン部が炸裂。
直後、丘の上からも炸裂音。その射手はもはや疑い様の無い、シャーマン・ファイアフライ。
暫しの静寂。沈黙が周囲を支配し、時が止まったかと錯覚する程。
炎上する敵フラッグ車の砲塔、その上面。
圧搾空気が判定装置の蓋を押し上げ、そこから突き立ったのは…白旗。
『…大洗女子学園の、勝利!!』
アナウンスが告げるのは、心の底から渇望して止まなかった結果。
勝利。
奇跡的勝利。劇的な勝利。大逆転勝利。しかしてそれは、私達が死力を尽くして勝ち取った、確かな勝利。
アナウンス用スピーカーからは、余りにもドラマチックな試合に熱狂した、
観客の皆様の歓声が漏れ伝わり聞こえて参ります。
そう。今この瞬間確かに我々は、優勝候補一角、サンダース大学付属高校を破り…
戦車道全国高校生大会、一回戦に勝利した!!
一世一代の大勝負に打ち勝ち、互いを褒め称えるあんこうチーム、そして、それを見守るⅣ号。
私達は皆揃って彼女達の元へ駆けつけ、健闘を讃え合います。
緊張から解き放たれ放心状態の河嶋殿を横に置き、角谷殿は西住殿に対しVサインを送ります。
その表情は笑顔を浮かべ、普段の飄々とした態度も成りを潜め、喜びを隠し切れぬ御様子。
気負いも、打算も、誤魔化しも無い、年相応の角谷殿の笑顔。
そんな笑顔を、私はその時初めて見たような気が致しまして、むず痒さにも似た喜びを覚えます。
しかし、その笑顔を生み出す事が出来たのは、今回に限っては私の力では無く。
Ⅳ号戦車D型搭乗、あんこうチーム。その車長にして、大洗戦車道チーム隊長、西住みほ殿。
その戦術眼もさる事ながら、長らく戦車道に従事した経験を振り返っても、彼女程決して諦める事を知らず、
最後の最後まで戦い抜く事を、勝機を見出す事を止めない少女は、見たことが有りません。
彼女は一体、どれほどの強い意志をお持ちなので有りましょうか?
その意志の源は、斯様な鋼の乙女を形作る物とは、一体何なので御座いましょうか?
つづく
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戦車視点で描くサンダース戦です!
戦車戦描写って難しいよね…