大洗女子学園の存亡をかけた、大学選抜チームの試合開始時間が迫っていた。
黒森峰女学園の宿営地でも、出撃の準備が慌ただしく進められていた。一時転入という荒業を使い、大洗女子学園の援護に向かうのだ。
進捗を見回っていたエリカは、忙しげに駆け回っている隊員の一人に声をかけた。
「隊長を知らないか?」
「お着換え中だと思いますけど」
「着替え?」
「ええ」と言って隊員はスカートの裾をぴらっと引っ張る。それは黒森峰女学園の黒と灰色がベース色となった制服ではなく、白のブラウスに緑のスカートという、大洗女子学園の制服だった。試合の間だけの一時的な転入の為、制服まで合わせる必要はないはずだが、上の方の会議で全員着用することが決まったらしい。
「制服を渡してから、けっこう時間は経ってるぞ」
「そうですけど、あれから見ていません。大洗の制服はかわいいから、鏡の前で見惚れてたりするんじゃないですか」
「制服にかわいさなど必要ない!」
エリカの厳しい叱責に、隊員はひっと首を引っ込める。
「きっと作戦を考えておられるのだ。今回の相手は、いかにみほと言えども難しい相手だろうからな。私が呼んでくるから、出撃準備を整えておけ」
命令したエリカは、落ち着いた様子を保ちながら、まほが隊長室として使用しているテントの前に立つ。
「かわいい制服。かわいい制服を着た隊長。かわいい隊長……」
口の中でぶつぶつと呟く。
腰の横でギュッと拳を握り、声をかける。
「隊長、入ってもよろしいでしょうか?」
しかし返事はない。
「隊長、入りますよ」
もう時間が無い。そう言い訳をしながらエリカは入口の幕をめくって中に入った。
薄暗いテントの中で、まほは背中を見せて立っていた。すでに大洗の制服に着替えている。
しかし少し様子がおかしい。まほは両手を大きく回し、自分を抱きしめるようなポーズを取っている。
エリカがそっと近づくと、まほはその自分の姿を姿見に映していた。
「……隊長?」
エリカが静かに声をかけると、まほはぼそっと質問を返してきた。
「私は、みほに似ていると思うか?」
「え、ええ。どちらかと言えば似ていると思いますけど」
思いがけない質問に戸惑いながら答える。激似というほどではないが、並んで立っていれば姉妹だと分かる程度には似ている。
「では、大洗の制服を着ている私は、みほだと考えられるということだな」
すぐには賛同しかねる理屈であったが、まほのいつもと変わらぬ落ち着き払った声にエリカは「そ、そうですね」と応えてしまう。
「では、このように私が私を抱きしめているということは、私がみほを抱きしめていると考えられるということだな」
まほがみほを抱きしめている!頭の中に連なったその言葉だけで、エリカは思わず鼻を押さえ、噴出して来ようとするものを必死で押しとどめた。
「そうです。確かにそうなります!」
力を込めて同意する。
「やはりそうなるか」
まほは満足気に自分を抱く両腕の力を強くし、その鏡の中の様子をうっとりと眺めた。
背徳的な世界に入り込んでいてもまほはあくまでも落ち着いているように見えるが、興奮が収まらないのはエリカであった。
まほがみほを抱きしめている!その夢にも見たことがない、夢のような状況を目の前にし、目をおどおどきょどきょどがたがたとさせ、自分の衝動をどう抑えれば良いのか分からず、苦しみの嗚咽を上げる。
その時、エリカの頭の中にイナヅマが走り抜けた。
自らの素晴らしい考えと、天がもたらしてくれた僥倖に感謝する。体の震えがぴたっと収まった。
みほを抱きしめているまほを抱きしめれば、一度に二人を抱きしめることになる。
最早エリカを止めるものはなかった。
「隊長!みほ!」
二人をぎゅっと抱きしめる。
「みほ。エリカ」
まほも拒みはしなかった。
隊員が呼びに来るまでの約1分間、短くはあるが至福で、恍惚の時間が流れた。
気力が溢れ、今ならどんな敵にも負けないと確信した。
「総員乗車」
さあ行こう。みほを救いに!
「パンツァーフォー!」
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ガルパン劇場版。
大学選抜チームと闘うために、各校が集まってくる少し前の、黒森峰女学園のお話です。