午前7時16分。
始点からあまり離れていないこの駅から乗れば、電車に乗っている人の数はまだ少ない方だ。それでも座れる日は少ない。
彼は今日も座れない。吊り革を掴んで立ったまま、過ぎゆく景色をぼーっ、と眺めながらこんな事を考える。
嫌な夢を見た。酷い夢だ。悪夢だった。あんな夢を見てしまったら、朝からやる気が削がれる。ただでさえ、まだ木曜日で疲れが溜まっているというのに。
……? どんな夢だったけな。……そう、誰かに殺される夢だった。あまりにもリアル過ぎる夢だった。リアル過ぎて、本当に痛みを感じるほどだった。今朝はその痛みで起きたんだった。
どんな奴だったけな。……ああそうそう、大柄な男だった。大柄な外国人の男だった。
彼は窓の外から手前の座席へと視線をおとす。
こんな感じの男だったな。
彼の目の前には、ちょうど夢に出てきたような大柄な外国人の男が座っていた。
観光客らしく、大きな荷物を抱えていて、それが一人分の座席を占領してしまっている。
その荷物をせめて足元にでも置いてくれれば、俺も座れるんだけどな。
なんて思うが、彼にはそれを言うだけの語彙力と勇気が無い。
そんな思いもつゆ知らず、大男はタブレット端末で何かを調べている。
観光地でも調べているのだろうか。
気になった彼は、大男の持っているタブレット端末を横目で覗き込む。
……? うちの近所だ。英語で何がなんだかわからないが、観光地なんてそこらには全く無い。あっ! そろそろだ……。
アナウンスが放送され、駅で電車が停止する。扉が開かれ、人が洪水のようになだれ込む。
外国人の男は慌てて荷物をまとめている。どうやらここが大男の目的地らしい。大男が人の波に逆らい、やっとの思いで電車から降りた。
彼は空いた目の前の席には座れなかった。
大男は慌てた結果、大きな荷物を一つ座席に置いて行ってしまった。それは彼にとっても大きく、重たい荷物だった。
……はあ、今日はツイていない。席には座れないし、ヘンなもの拾うし、イヤな夢見るし! あれ? どんな夢みたんだったけな……。
午前8時51分。
とある駅の駅員である彼女は悩んでいた。
2、30分ほど前に届いた忘れ物。
届けてきたサラリーマン風の男によれば、大柄な外国人の男が忘れていったと言う。縦長の黒いバッグはずっしりと重く、4、5kgはありそうだ。
うーん、どっかで見た事あるような……。デジャヴってやつ?
全く、扱いに困る代物である。
いっそのこと、中身を見てしまおうか。単に中身が気になるとかじゃなくて、持ち主へと繋がるヒントがあるかもしれない。いやいやそれでもやっぱり、勝手に他人のバッグを漁るのは大変失礼な事ではないか。
そんな葛藤を彼女は何度も繰り返す。
見るべきか見ざるべきか、悩んでいた彼女だが、好奇心に勝てる人間はそうそういない。
机の下で隠しながら見れば、見られないよね(傍から見れば怪しいけど)。
そう考えた彼女は、バッグを机の下に置き、かがむ。背徳を感じながらもチャックへと手を伸ばした。
幾つもの小さな刃がライトの光を反射して、鈍く銀色に輝いている。
……え。何コレ――
――「Oh……スミマセン。……ココ、忘レ物。届ク。デスカ?」
突然声を掛けられ、慌てて彼女は立上った。
「えっ!? あっ……! は、はい。そうですよ」
机を挟んだ向こう側には、大柄な外国人の男が立っている。
「どうなされましたか?」
大男は少し怪訝な顔をした。
今の見られちゃったかな?
「ココ、忘レ物。届ク。デスカ?」
「……えーと、どんな忘れ物でしたか?」
あれ? この人もどこかで見たことある気がする。……また、デジャヴだ。
「Ah……長イ、黒イ……カ、カ……so 鞄。デス」
「それってもしかして……これの事ですか?」
恐る恐る、机の下から黒いバッグを取り出す。彼女には、先程よりも一層重く感じられる。
さっきこれの中身が、チェーンソーのように見えたけど……。
「Here! Here! Thank you very much!」
「……あ、あの失礼ですけど、中には何が入っているんですか?」
「This is work tool So……明日ハ特別ナ日、デス」
「……そ、そうなんですか」
「Yes! Thank you Good bye!」
外国人の男は顔を綻ばせながら、安堵したような表情でそういうと、少し急ぎ足で去って行った。
彼女は呆気にとられ、ぼんやりとその後ろ姿を眺めていた。
なんだったんだろうな、アレ。
……あっ、そういえば、あの人とバッグは夢でみたやつだ。……あれ、でも、どんな夢だったかな?
お題
・外国人 ・忘れ物 ・電車
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