No.841982 とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第三章 G−1トーナメント:九neoblackさん 2016-04-12 01:05:40 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:673 閲覧ユーザー数:672 |
一回戦の最終試合となり、井上が試合場に現れた。
一際大きな歓声が上がる。観客が井上の試合に期待を抱いているのが伝わってくる。一八〇センチのすらりとした長身は、立っているだけで人を惹き付ける。
廷兼朗も、惹き付けられている一人だった。
井上は、不思議な佇まいを有していた。刺々しい殺気も無ければ、緊張も怯えも見られない。それでいて爽快な活気が充ち満ちている。
格闘技者と言うよりは、スポーツマンらしい雰囲気である。
井上の相手は、羽屋田光則《はやたみつのり》。強能力《レベル3》の電撃使い《エレクトロマスター》の総合格闘家である。
体躯が全体的に厚く、井上よりも大きい。
「ファイッ!」
主審の掛け声とゴングが鳴り響き、試合が開始した。
井上は早速構えた。右足を前に出し、僅かに斜《はす》に体を向け、拳を肩の高さに上げている。サウスポースタイルだ。
対する羽屋田は両手でがっちりと頭部を守り、前傾姿勢になっている。懐に飛び込みたいという意志が見て取れる。
(電撃使い。そして総合格闘。ならばセオリー通り電撃で痺れさせて、その間に近づいてより強力な電撃を見舞うか、関節を取って極める。あるいはその両方か)
二十メートル四方の空間であれば、どこにでも電撃は届く。井上に逃げ場はない。
廷兼朗の体がびくりと震える。先頃に食らった電撃を体が思い出す。あれは超能力ではなく魔術だったが、生み出す結果にそう変わりはない。
自分ならばどう戦うか。やはり廷兼朗は考えていた。
遠間からの電撃を見切って踏み込み、次の電撃が撃ち出される隙に一撃を入れる。若し食らったとしても、耐えて即座に反撃する。廷兼朗は菊池との戦いを、脳内で再現していた。
相当な覚悟と正確な身体操作を行わねば、電撃を食らった隙を突かれる。そのくらいのことは、井上も心得ているはずである。
(やはり、最初は遠距離で能力の差し合いになるか……)
これまでの試合でも、そうした展開は何度かあった。お互い遠距離から攻撃できる以上、廷兼朗のように無理矢理懐を取ろうとする必要はない。
だが、そうした能力を全面に出した戦いでは、レベル差が如実に表れる。それをどう補い覆すかが、この大会の見所でもある。
井上は大能力《レベル4》の風力使い《エアロシューター》である。強烈な烈風や真空波を生み出して、遠距離から攻撃も可能だろう。
強能力《レベル3》羽屋田は大きく足をストライドさせ、タックルの用意をしている。電撃で麻痺させてタックルを成功させ、一気に勝負を決める気なのだろう。至近距離での攻防に絶対の自信がなければ、行える作戦ではない。
羽屋田が摺り足で寄る。防御した腕の間から、電撃を放つ機会を窺っているのだろう。額からバチバチと、紫電の爆ぜる音が聞こえる。
井上は軽く体を揺らし、リズムを取っている。こちらにはまだ、明確な能力の行使が見られない。
「前に出て! ファイッ!」
主審がアグレッシブなファイトを呼びかける。それを受けてか、井上が大きくステップインする。
次の瞬間、井上は羽屋田の左横に現れた。支えを無くした板のように、羽屋田がその場にばったりと倒れた。
廷兼朗は驚きのあまり、席から立ち上がっていた。ステップインのために右足が浮いた瞬間に間合いを殺し、防御の隙間へ顎を巻き込むような右フックがねじ込まれていた。廷兼朗が目で追えたのは最初の踏み込みと、最後の右フックだけだった。
空間移動ではない。風力使いの彼が、そんなことを行えるはずはない。
だとすれば単純に、加速したのだろう。井上の能力、風力使いによって、自身の体を視認さえ難しい速度で運動させる。そして相手の側面を取り、腕の僅かな隙間から顎を狙撃する。
僅かな能力の行使も許さない、圧倒的な速度だった。
腹の底から震えが昇る。優れた能力と、それに裏付けされた技術。それらが高い次元で融合している。ボクサーとしても能力者としても、非常に完成度が高い。
これこそ廷兼朗と網丘が求めていたものだ。こういう能力者を相手取ってこその『対抗手段《カウンターメジャー》』である。
震えが全身に伝わり、それを逃がすように、廷兼朗は大きく息を吐いた。『対抗手段』の成果を試すに相応しい相手の登場に、廷兼朗の心臓は早鐘となって追い立てる。
戦え、戦え。倒せ、勝て。そんな声が、自分の内から漏れ出てしまいそうだ。
「相変わらず気障な野郎だ。全く遊ばない」
「……荒涼さん」
試合を終えていた荒涼が、廷兼朗の側へと寄ってきた。
「調子は良さそうだな、字緒」
「荒涼さんも、初戦突破おめでとうございます」
「胴回しなんて派手な技、らしくないじゃないか」
「派手だろうと、ちゃんと使えば然るべき性能を発揮します。要は熟練の程と、使いどころです」
「そうだね。でもああいうのは、もうやめたほうがいいよ」
突然割り込んできた声に、二人は敏感に反応した。
「……井上」
「久しぶりだね、荒涼」
気さくな様子で手を挙げて応える。そんな何気ない素振りにも、井上の好漢ぶりがよく表れている。
「お知り合いだったんですか?」
「……今まで二回、やり合ったことがある」
「一昨年の二回戦と、去年の決勝戦だよ。二回とも、俺の勝ちさ」
井上は嬉しそうに説明する。その喜ぶ様が、荒涼との戦いの充実ぶりを伝えているため、却って鼻に突く所のない台詞となっている。
「……今年こそは、負けない」
荒涼が小さく、重たそうに呟く。井上の爽やかさも、彼の毒気を抜くまでには至らなかった。口を閉じてはいるが、中で歯を軋ませているのがよく分かる表情だ。
それも当然だろう。井上の言葉が正しければ、荒涼は井上に二敗していることになる。その心中は穏やかならざるものだろう。
「ああ。楽しみにしてるよ」
軽く手を振って、井上がその場を後にした。何気ない仕草がいちいち様になっている。その整った顔立ちも相まって、女性からの人気も高いのだろう。後ろを見れば、井上のファンと思われる観客たちが集まり始めていた。
これまでの試合のダイジェストを挟んでから、二回戦第一試合が始まる。廷兼朗は控え室に向かうため、網丘たちに挨拶してからその場を辞した。
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東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。
総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。
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