No.841312

双子物語69話

初音軍さん

大学一年、夏休み編。高校卒業の時、お互いのための枷をつけていた雪乃。
でも最初に根を上げたのも雪乃。
しかしそれは気持ちを伝えるいい状況だったのかもしれない。
人の気持ちはどう移ろうかわからないから。
ドキドキの夏休みの始まりだった。

2016-04-07 23:36:17 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:633   閲覧ユーザー数:633

双子物語69話

 

【雪乃】

 

 寒さから暖かさが訪れ、今度はその暖かさが暑さに変わっていく。

じめじめした時期は過ぎ、カラッとした湿気がなくなる。そんな暑さに包み込まれて

体の弱い私は涼しい場所に身を起きながら何とか日々を過ごしていた。

 

 テスト期間が終わり、それぞれの学部の生徒たちが解放されたかのような表情を

浮かべてそれぞれ喜んでいたり複雑そうにしていたりしながら散り散りに

歩いて去っていく。

 

 そんな様子を見ながら私は木陰で携帯を開いて叶ちゃんの画像を添付された

メールを見て微笑んだ。

 

 大きな大会で活躍した姿を見て私は大きく喜んでいた。

あまり表情には出さなかったけれど、本当に嬉しかった。

何より、生き生きしながら部活に邁進できていたからだ。

 

「よかった…」

 

 体温調整が上手くいかないからか、うっすらと滲むくらいにしか汗をかいていない。

だるい体を起こして携帯をしまった後、先輩たちに挨拶するべく部室に顔を出しにいった。

 

「お、雪乃くん。おはよう~」

「嘉手納先輩、おはようございます」

 

 そういう時間帯でもないけれど、私は合わせるようにして返事をした。

私たちと叶ちゃんたち、それ以外の人たちとの都合の良い日を決めてから数日。

私もそうだけれど、先輩も随分と嬉しそうにしていた。

 

「夏休み楽しみだねぇ」

「先輩が言うと大学生が言ってるように聞こえませんね」

 

 私が笑いを抑えながら言うと、ちょっとムッとした顔をして私に近づいてくる先輩。

 

「そんなに私は幼いかい。顔に似合わず言うねぇ、キミは」

「ふふっ、すみません」

 

 最初の頃とは違って随分とサークルの人たちとの距離感が縮まってきた気がする。

特に黒田先輩や嘉手納先輩とは随分仲良くさせてもらっていた。

そして彩菜や春花達。そして新しく出会ったエレンとも。

 

 かなり充実した人間関係を作れていた。後は…叶ちゃんとのことだけだ。

私はお互いに目的を見失うことなく本業に集中させるために一度距離を置いたというのに。

私の中で今すごく…彼女に会いたくてたまらなかった。

 

「無表情なのに今はかなり表情に表れてるね。早く彼女に会いたいかい?」

「あ、いえ。そんなことは」

 

「無理して隠さなくても話していいのだよ」

 

 ちょっと意地悪そうに先輩が笑う。

少し間を空けてから私は少し俯きながら絞るように言った。

それは気まずいとかではなくて彼女のことを思い出して顔が熱くなっていたから。

 

「まぁ…そうですよね…。会いたいです」

「キミがそんな顔するなんて、彼女さんが知ったら喜ぶだろうね」

 

「で、でもああ言った手前…簡単に態度変えられないじゃないですか」

「次あったらそういう意地は捨てて、ちゃんと気持ち伝えなよ。

ちゃんと目の前で言わないと伝わらないことだってあるよ」

 

「はい…」

 

 先輩の言葉に私は強く頷いた。

確かにその通りだ。変な意地張って取り返しのつかないことになったら

目も当てられない。叶ちゃんだってかわいいし、かっこいいところもあるんだから

うかうかしていたら他の子に取られかねない。

 

 この夏、私の中で決断を迫られることになりそうだった。

 

 

****

 

 みんな待ちに待った夏休み。私と彩菜とその仲間たちは最寄り駅で嘉手納先輩と

黒田先輩の到着を待っていた。

 

「雪乃、大丈夫?」

「何が?」

 

「暑くない?」

 

 日差しの強い中、日陰にいるとはいえ気温はどんどん上昇していた。

みんな汗をいっぱいかいてる中、私はみんなよりあまりかいておらず体温の

調整があまり上手くいっていない状態。

 でも不思議と体の不調は今のとこ感じられなかった。

 

「大丈夫」

「そう、ならよかった。あんまり無理せず少しでも具合悪くなったら言うんだよ」

 

「はいはい、過保護なんだから」

「小さい時から一緒にいて小さいことでも大きなことに繋がる大変さ知らないでしょ」

 

 彩菜が強く私に言ってくると私のことをよく知っている大地くんと春花は大きく

頷いていた。

 

「え、私そんなに大変だった?」

 

 私が聞くとここ最近影が薄すぎる大地が我先にと発言してきた。

 

「そりゃもう、何かあったらすぐに倒れるし動けなくなるしで心配しないことの方が

少なかったよ。だから少し丈夫になっても昔のこと思い出しちゃうね」

「私もよ、一時期はアレだったけど。仲良くなってからこんなに危ういとは思わなかった

んだから」

 

 彩菜の言葉から繋がって幼馴染組は待ち人が来るまで大いに盛り上がっていた。

ちなみにアレとは春花が彩菜のことが好き過ぎて好意を持つ人や近くにいる人を

傷つけようとするくらい危険思考だったことだろう。

 

 あの時は少し怖かったけれど、それ以上に放っておけなかったから私は彼女が彩菜と

仲良くなるまで傍にいたなぁと思い出していた。アレはアレで可愛いとこもあったけれど。

 

 そんな中、一人話しに加われずにポツンと立っていたエレンに話をかけた。

 

「エレンは大丈夫?」

「え、うん!もう全然元気ヨ!」

 

 ボーっとして遠くを見ていたエレンは私の問いかけから我に返ったように

笑顔で答えてくれた。

 

「何か考え事?」

「うーん…あ、いや。今言うことじゃないかな」

 

 少し気になる言い方をしていたけれど、無理に聞くのはやっちゃいけないことだと

思い、軽く相槌を打った。

 

「そうだね。うん、わかった。でも…もし言いたい時があったらいつでも相談して」

「アリガトウ、ユキノ」

 

 その時が来たらそうするって。そうエレンが言った後にすぐ先輩たちが私たちの前に

姿を現した。

 

「ごめーん、遅れちゃって!」

 

 これから久しぶりに家族や後輩たちと会うことになる。そう思うと少し胸の辺りが

ドキドキ鳴っている気がする。楽しみな意味でも不安な意味でも。

 

 それは多分、自分のしてきたことに自信を持っていないからだ。

待っている内に着いた電車に乗って揺られながら窓の外を見てる間、ずっと考えていると

その不安が伝わったのか彩菜が優しい眼差しを私に向けながら微笑んでいた。

 

「心配しなくても大丈夫だって。これまで雪乃がやってきたことで間違ったことは

してなかったでしょ」

「そうだけど、必要だったかと言われるとわからなくなったかなぁ」

 

「まぁ、どういう関係持つかは人によるけれど…あの子はその状況をちゃんと

受け入れてると思うよ。じゃなきゃ、画像付メールなんて送ってこないって」

「…それもそうね」

 

 窓のガラスから反射した彩菜ではなく、ちゃんと正面に向かって私は彩菜に

お礼を言った。

 

「まさか彩菜に励まされる時がくるとはおもわなかったよ」

「私も雪乃にお礼言われるとは思わなかった」

 

 何も考えてなさそうに笑う彩菜を見ていると何かホッとしてくる。

だからいつも彩菜の前だと無防備になってしまう。

 

 ギュッ

 

「へ…!?」

「ありがとう」

 

 生まれる前、母の中にいる時から一緒だったからか…。すごく安心できていた。

だから無意識に彩菜の手を握って姉の目を見て微笑みながらお礼を言った。

 

 すると。

 

「その顔は反則…」

「え?」

 

「なんでもない…」

 

 電車に揺られながらそれぞれお喋りに興じていたり、寝ていたり。みんな私たちを

見ていない中での出来事だった。それからしばらく二人ともその姿勢のまま揺られていた。

 

 

**

 

 目的地に辿り着いて電車を降り、駅を出るとずっと座っていたせいか体中に少しコリを

感じて腕を伸ばして解していると、背後にいた春花が彩菜に声をかけていた。

 

「やだ、彩菜。顔真っ赤。どうしたの、暑さにでもやられた?」

「まぁ…そ、そうかもしれない」

 

「なにそれ、変なの」

 

 どうやらさっきまでやっていたことが彩菜の中でまだ残っていたらしい。

春花に疑われて悪いことしたなぁと心の中で謝った。ごめん。

 

 出てから待っているとすぐに大きなワゴン車が私たちの前に停まると中からイカツイ

男性が出てきて私たちを確認する。

 

「ひぃっ!」

 

 初めて会う人には衝撃的な外見をしているかもしれない。

まぁ、組の人だからその認識も仕方ないといえば仕方ないのだけど。

 

 イカツイ男性、通称サブちゃんは私に一言だけ告げてきた。

 

「お嬢、連れてきました」

「ありがとう、サブちゃん」

 

 私たち姉妹と幼馴染組だけはサブちゃんを見ても何ともない。

それはずっと私たちと接して見守っていたからどれだけ優しくてピュアな人か、

それをわかっているから。

 

 サブちゃんは言ってから後ろ座席の扉を開けると中から少し緊張した面持ちの

叶ちゃんの姿が見えた。

 

 そして目があった。

 

「せ、先輩…」

「叶ちゃん」

 

 意識してなのか、無意識なのか。互いに呼び合った瞬間に叶ちゃんが車から飛び出して

私に抱きついてきた。そして私も反射的に彼女を抱きしめた。

 

 久しぶりに抱きしめた感覚は、とても幸せに感じられるものだった。

 

 

***

 

 二人で抱きしめあっていたのもわずかの間。すぐに私たちに向ける視線に気付いて

私たちはすぐに離れた。人の多い場所で悪目立ちしても困るからだ。

 

 それからみんなサブちゃんともう一台の車に乗って目的地に移動する。

とりあえず目的の場所に着くまでは私と叶ちゃんは別の車に乗ることにした。

また気持ちが強くなって何をするかわからなくなりそうだったから。

 

「いきなりの抱擁!ワタシ、胸がドッキドッキしましタ!」

「わかったから、エレン黙ってて…」

 

「ハイ」

 

 さっきのことを思い出しそうになるとどんどん暑くなってきてのぼせそうになる。

会わないでまだ一年も経っていないし、メールでもやりとりしてるのに…。

これはもう彩菜のことは言えないなと思った。

 

「でもよかったじゃない」

 

 私の後ろの座席にはエレンの隣に嘉手納先輩が乗っていて身を乗り出すようにして

私の耳元で話しかけて来た。

 

「え?」

「彼女、嬉しそうだったよ」

 

「そうでした?」

「そりゃもう、見ていてアツアツだったよ」

 

 会った直後は自分のことでいっぱいいっぱいだったからわからなかったけれど

冷静に見ていた先輩の言葉がすごい頼りになるように感じて嬉しくなった。

 

 そして車のミラーから見える後ろに続く車をチラッと見て、向こうでも

話が盛り上がっていればいいなと思っていた。

 

 住宅街を抜けて少しずつ景色が人工物から自然の物に変わっていき、森林を抜けると

そこには海の景色が広がっていた。

 

 毎年来ているとはいえ、この瞬間はいつもスッとした気持ちで見ていられるほど

好きだったりする。

 

 叶ちゃんと会って、勢いとはいえ抱きしめることができて、先輩たちにもフォロー

してもらえて。そのせいかはわからないけれど、私は車の揺れもあってか

いつの間にか眠りに就いていた。

 

 起きた時にはもうみんな車から降りていて私も最後にサブちゃんに手を貸して

もらいながらも車から降りて潮風に当たりながらボーッとしていた。

 

「先輩?」

「え…」

 

「雪乃先輩?」

「あ、叶ちゃん」

 

「先輩、どうして私も呼んでくれたんですか?

来年まで会わないと思っていたのに」

「手伝って欲しいこととか、色々あったんだけど…」

 

「はい…」

 

 緊張をした顔を見せる叶ちゃん。それが夢のことと重なって私はつい彼女の手を

強く握ってしまう。そのことに一瞬驚いた叶ちゃんは俯いていた顔を私に向けて上目遣い

で見つめてきた。

 

 こんな子…もう二度と会えないだろう。

伝えないと…。

 

「でもね、一番は…」

「…」

「私が…」

 

 体中からあらゆるものが溢れそうになる感覚に溺れそうになりながらも私は胸に

詰まった言葉を搾り出すように発した。空いた手を口元に添えて隠すようにしながら。

 

 

 

 

「私が…叶ちゃんに会いたかったから」

 

 一度言ってしまえばもう止まらないくらいの勢いで出てきてしまう。

 

「会いたくて、会いたくてたまらなかったから…」

「先輩…」

 

 私の言葉に叶ちゃんは笑いながら目には涙が浮かんでいた。

あの時、一番辛かったのは叶ちゃんだったはずなのに、都合のいいこと言っちゃったけど。

でも、今の私でも叶ちゃんが嬉しそうにしているのはわかっていた。

 

 わかっていたから、他にかける言葉が見つからず叶ちゃんの頭を撫でてから

引き寄せて抱きしめた。周りには誰もいなかったから、感情を込めて長いことそのままで

いたような気がした。

 

 感情が昂ぶっていて気付かなかったけど、お互いに落ち着いてから叶ちゃんに

言われて初めて気付いた。私も泣いていたことに…。

 

 どうりで視界が霞んで見えていたのか。

ちょっと照れくさかったけど、全部吐き出すように言ったことでスッキリした。

叶ちゃんも表情がすっかり明るくなって、もしかしたら私と同じ気持ちで

いてくれているのかもしれなかった。

 

 あの夢が私を後押ししてくれた。

叶ちゃんが私から離れていって、みんなが私に呆れて離れていって。

一気に孤独になっていく、そんな夢。怖くて怖くてたまらなかった。

そんな風にはなりたくなかったから。私は思い切って行動に出た。

 

「さっきの先輩、前と違って可愛かったです」

「え?」

 

「高校にいた頃はどっちかというとかっこいいというイメージが強くて

この人の傍にいると安心できるかなって思っていたけど今は…」

 

 少し笑ってから嬉しそうに語っていた。

 

「この可愛い人を私が守らなきゃって思ったんです!

前よりも強く想えたんです。前よりも私…雪乃先輩のこと、大好きになってます」

「そっか…ありがとう」

 

 また泣きそうになるのを堪えて私は笑みを作って叶ちゃんの顔に近づけて

近づいていって…。

 

 コツン

 

 お互いの額を合わせた。まだ最初の約束は終えていないから。

それまではキスはお預けにしておこう。それは叶ちゃんも同じだったようで

不満そうな表情はまったく見せなかった。

 

 今更だけど、叶ちゃんの着ていた肩を出している白の生地に青い模様のついた

シンプルなワンピース姿が新鮮で可愛かった。麦藁帽子が似合いそうな感じで可愛い。

 

「叶ちゃんも可愛いよ。服装も、全部」

「ありがとうございます!私も先輩のラフな服装良いと思います」

 

 本当に今更お互いの服装を褒めて笑い合った。

それほどさっきまでは余裕がなかったということだったのだろう。

 

 今は時間が忘れられるほどお互いのことがよく見えて、

今までで一番って言えるほど幸せに思える日になった。

 

 この一番の幸せはずっとに一番にしておくつもりはない。

これから叶ちゃんと一緒に幸せに思える日をもっと増やしていくのだから。

 

 そう心に誓いながら今の残った時間を大切に過ごすことにするのだった。

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択