~真・恋姫✝無双 魏after to after~side華琳(前)
――少女は走っていた。
去っていく背中を追いかけて、必死に手を伸ばしながら走っている。
『待って!』
『・・・・・・』
少女の声は青年に届いているはずなのに、青年は振り返るそぶりさえ見せずに歩いていく。
彼女は走っているはずにもかかわらず、歩き去っていく青年に追いつけない。
『お願い!私を一人にしないで!!』
そこで青年の足がようやく止まり、少女も安堵の表情を浮かべた。だが、青年は振り返った途端にその姿が淡い光に包まれていく。
『・・・・・・・・・愛していたよ、華琳』
青年が少女の名を呼び、その姿を消した。
そこで少女は足もとが一気に無くなるような浮遊感に包まれ、そして――。
「消えないで!一刀!!」
少女は――曹孟徳こと華琳は目を覚ました。まだ夜も深く、夜明けにはまだ遠いにもかかわらず彼女は眼を覚ましてしまう。
おまけに体は全身が汗でぐっちょりと濡れていた。
「一刀との約束の日が近づくにつれて鮮明になっていくなんて・・・・・・。もう毎日見てるわよ・・・この夢」
彼女の顔はすっかり蒼ざめて血の気が無くなっている。
そのお陰で、最近はすっかり寝不足になってしまっているのだ。
「不安なのかしら?それとも一刀を疑ってる?なんて弱いのかしら、この曹孟徳ともあろう者が・・・」
震える手が、布団を強く握りしめていた。
「・・・・・・」
「・・・ま」
何か声が聞こえる気がするが、頭に靄がかかっていて上手く働いてくれない。
おまけに視界もぼやけていて、華琳は今、自分が誰を見ていて、どこにいるのかさえ定かではなかった。
「・・・あ・・・」
そう呟いて華琳はその場に伏せてしまった。
「華琳様!」
「霞、医者の手配を頼む!!姉者!今すぐ華琳様をお部屋にお連れするぞ!!」
「わかった、秋蘭!!」
「よっしゃ、任せとき!!凪一緒にきいや!」
「了解です、霞様」
「風、すまんが診断できるか?」
「お医者様ほど詳しくはできませんが~。任せてください」
「「あわわわわわ・・・・・華琳様が、華琳様が」」
「稟さん、桂花さん、落ち着いてください」
「真桜ちゃんと沙和ちゃんも落ち着きなってばー」
一刀との約束の日を目前にまでしておきながら、華琳は倒れてしまった。
――だが、一刀だけはそこにいなかった。
「かず・・・と」
寝台に寝かしつけられてからというものの、華琳はうわごとの様に一刀の名前を呼び続けていた。近くにはいざという時に対応できるように、秋蘭と風が付き添っている。
「医師が言うには心労だそうだ」
「この華琳様を治療するには、お兄さん以外のお薬は効果が期待できませんね~」
「だな、で?肝心の北郷は、この非常時に一体どこをふらついているのだ?」
「さあ~?朝議の前になんだか今日は朝から外せない大事なご用事があるとか仰ってましたけど・・・どこにおられるかまでは、さすがにわかりませんね~」
次の瞬間には凄まじく豪快な音が遠ざかっていくのが二人の耳に入った。
「姉者と季衣に桂花だろうな」
「それを止めるために霞ちゃんと流琉ちゃんに凪ちゃんが追いかけて行ったといったところでしょーか」
すると華琳がゆっくりと体を起こした。
「秋蘭・・・に風?」
「ああ、お目ざめになられましたか」
「おはよーございます華琳様」
「ええ、おはよ・・・う?」
「朝議の最中で意識を失くされたのです。医師が申すには心労とのことですが・・・華琳様、いったい如何なされたのですか?ここ数日はご様子がおかしかったように見えましたが・・・」
「そう・・・倒れたのね、私は」
自嘲じみた笑みだった。
――このくらいで倒れるとは情けない。そんな感情の込められた笑みだった。
「特効薬が間もなく届けられるとは思いますが・・・・多分見つからないと思います」
「その様子からすると、私に必要な薬が何であるかが分かっている感じね?」
「僭越ながら、うわ言を繰り返されておりましたので・・・」
「ま~、うわ言がなくても分かってしまいそうではありましたが~・・・・・・ところで、華琳様」
「何かしら?」
「一体何の夢を見てらしたのですが?」
「わかりきっているでしょう?一刀の消える夢よ」
何の迷いもなく、ためらいもなくその言葉を口にした。
その頃一刀は、職人の工房のもとで何度もある作業を繰り返していた。
「う~・・・おっちゃん、これ難しいもんだね」
「当たり前よ!だが、筋は悪くない、しかし、曹操様たちに・・・とは、のう」
「どうしても俺の手で作りたいんだ」
「ふぉふぉふぉ、、なればさっさと作業をせんか!時間はないのであろう?御遣い殿」
「押忍、指導よろしくお願いします!!」
それからも作業は続くのであった。
一刀が城に戻った頃には日も暮れ、月が顔を見せていた。
「満月になる前に間に合ってよかった」
視線が手元の小箱に注がれる。が、そんなささやかな甘い気分も、圧倒的な怒気と殺気を感じた瞬間に霧散してしまう。
視線を上げて見れば春蘭、秋蘭を筆頭に魏の軍師を含め主だった武将がそろっている。
そして、全員が全員の顔には大小の差はあれども怒りが浮かんでいた。
「皆・・・・・・!?」
どうしたのか、という言葉は突撃してきた春蘭のせいで紡がれることはなかった。
「容赦はせん!!死ねぇ!!!」
ブォン!!という風切り音と共にさっきまで自分の体があった場所に大剣が振り下ろせられる。
――春蘭は本気だ。
それを感じた一刀は必死に声を張り上げる。
(今回は、誰も止めてこない?一体なんで・・・・・・って)
「しまっ!!」
回避に専念しすぎて注意が散漫になった瞬間、抱えていた小箱を落としてしまった。
「春蘭!待ってく・・・・・」
『れ』というたったの一文字が紡げなかった。
何故なら――。
「ふんっ、何かと思えばこのようなガラクタを・・・」
春蘭の一振りで粉々にされた箱からは、そうなる前までは綺麗な形であったと思われる壊れた指輪がいくつも転がっていた。
一気に頭の中が真っ白になってしまう。頭がそれを現実であると認めてくれない。
だが、頭の中の霧が晴れた時には、一刀は最早、感情を抑えておくことなど出来なかった。
「覚悟し・・・・・・っ!?」
「「「「「!?」」」」」
余裕の笑みを浮かべていた春蘭から一気に余裕が消えうせた。それは周りも同様で、三軍師に至っては顔が青ざめてしまっている。
そう、一刀からは凄まじい怒りがあふれ出ていた。
「春・・・蘭」
口からこぼれる短い言葉にすら怒りがあった。瞳には怒りの炎が宿っており、一向に消える気配を見せない。
「春蘭っ!!」
ガギィンッという轟音が響く。腰にさした桜華を抜き放ち、春蘭に猛攻を仕掛けた一刀。だが、 以前二人が刃を交えたときとはまるで違っていた。
先程まで猛攻していた春蘭が、今度は逆に猛攻にさらされている。
剣とは違う刀の早さから繰り出される猛攻の脅威に春蘭の体は、次第に動揺が広がっていく。
――これがもし菊一文字であったなら、既に砕け散ってしまっていたことだろう。
だが、真桜が鍛えあげた桜華は欠ける気配さえ見せない。
驚くことに、桜色の刀身から赤い氣が溢れて、紅蓮の花弁が散っているようであった。
「くっ・・・以前手合わせした時とは・・・・ぐっ」
(なんだ?こ奴は本当に北郷なのか?・・・・・・まるで)
――まるで、天下の飛将軍、呂奉先ではないか。
その場に居合わせていた全員がそう感じていた。
今の一刀は三国無双の武人のソレだった。
「赦さない・・・・」
先程からずっとその一言だけを一刀は繰り返していた。
「ぐあっ・・・一体、何を赦さないというのだ、北郷!!」
ブゥンッ!一転して反撃を試みた春蘭であったが、恐るべき疾さで春蘭の背後に廻りそして。
「なっ!?」
「赦さない!!!」
繰り出される横薙ぎの一撃に春蘭は、かろうじてその一撃を防いだのだが、あまりの力に彼女の体が浮いた。
「がっ・・く・・・・・・・?」
上手く受け身をとることが出来なかった春蘭は、痛みのあまりに目を一瞬閉じてしまった。先の 一刀の猛攻を考えれば、この命が取られる。
そう考えていたにも拘らず、一向に刃が己が身を切り裂く気配を感じなかった。何事かと思い、目を開けてみればそこにいたのは、先程の紅蓮の氣の花を散らせていた修羅の姿は影もなく、深い哀しみを宿した表情の北郷一刀が立っていた。
「・・・・・・・・・」
無言で壊れた小箱に近づき、指輪の残骸を一つ一つ丁寧に拾い上げる。
全ての指輪を拾った後、一刀は何も言わずに城を去って行った。
そして、誰一人としてそれを追いかけることが出来なかった。
結局、それから約束の日が来ても、一刀は城に帰っては来なかった。
あの後再び眠りについていた華琳が目を覚ましたのもまた、奇しくも約束の日で。
だがしかし、華琳のもとを訪れたのは一刀が失踪したという信じられない報告だった。
「説明なさいっ!!!一体何故一刀が失踪などした!!」
玉座の間に広がる華琳の凄まじい覇気を宿した怒鳴り声に、反射的に体が竦んでしまう。
先程から体の震えが治まってくれない。魏の主だった面々の顔には恐怖の色が浮かんでいた。
「華琳様、姉者に代わって私が説明させていただきます」
「ええ、そうして頂戴・・・・・・理由次第では容赦しないわよ」
「御意に」
有無を言わせぬ冷徹な覇王の声に誰一人として拒否できない。そんな中で秋蘭の言葉が紡がれはじめた。
「・・・・・・そう・・・そんなことがあったの・・・・・・。風、それに凪・・・貴女たち二人にはその指輪が何なのかわかるかしら?」
「はい・・・・・・」
「もちろんなのです。ですが、お兄さんの哀しいお顔を見るまで・・・ソレであるとは気付きませんでした」
二人の意外な告白にのこった面々が驚愕した。
あの指輪が何であるのかがわからなかった彼女たちをよそに、凪と風はそれが何であるかを知っていると言ったのだ。
「程昱、それを皆に説明なさい」
「わかりましたー。あれはですねー・・・あの指輪は〝婚約指輪〟というもので、お兄さんの世界で愛する人に求婚する時に贈る品物、察するにあれはお兄さんの手作りだったのではないかと思うのです」
「「「「「!!」」」」」
皆の驚愕を気にも留めずに風は続ける。
「華琳様が倒れた日にお兄さんが朝からいなかったのは、きっと職人さんのところであの指輪を作っていたんではないでしょうか?」
「しかし風よ、だとしても時間が・・・・・・・っ!あの数、まさか一刀は」
「正解よ秋蘭。一刀は私一人にじゃなくて〝私たち〟に指輪を贈るつもりだった。一刀はその中で、はじめに私に贈るつもりだったのでしょうね」
「それを私が・・・やつの言い分も聞かずに問答無用で壊してしまった」
「わかったかしら?一刀が激情した理由が・・・」
自分が犯してしまった過ちの大きさに、春蘭の顔からは見る見る精気が失われていった。
――とその時、兵士の一人が玉座の間に息を切らせて入ってきた。
「報告します!町人から、北郷警備隊隊長のお姿を目撃したとの証言がありました!」
「続けなさい!」
「はっ!その町人に詳しく伺ったところ、どうやら北郷隊長は成都に向かわれたようです」
「な、成都ですって!?」
叫ぶ華琳の脳裏にあの時の悪夢がよみがえる。
――さようなら・・・・・・愛していたよ、華琳――。
「成都に早馬を出し、すぐに成都に向かう準備をしなさい!!」
「「「「ぎょ、御意っ!!」」」」」
(一刀、・・・消えないで!!)
華琳の心が叫びをあげた。
その頃、一刀は成都で昼食をとっていた。
「何となく来ちゃったけど・・・いざ来て見ればすっかり頭も冷えちゃったし、どうしようかな?そもそも、なんで皆があんなに怒ってたんだろう」
ずっと城にいなかった一刀は華琳が倒れたことを知らない。
そして今、どれだけ彼女を心配させているのかさえ知らないのだった。
ちなみに一刀はいつものフランチェスカの制服ではなく、町人が着ているような、この世界で一般的な服だ。
「無事なのは華琳の指輪だけ・・・・・・か。皆のはまた作り直しだなぁ」
卓上に広げた指輪の残骸たち。
なんの偶然か華琳へ贈るつもりだった指輪だけが無事だった。それを確認して懐にそれをしまう。
「はぁ・・・・・・それ以前に・・・・・・」
殆ど感情任せに飛び出してしまった以上、中々帰るタイミングが難しくなった。これで華琳たちが迎えに来てくれるのが一番理想的ではあったが、それはいくらなんでも虫が良すぎるというものだ。
ずずずとラーメンをすすっていると隣に見覚えのある少女が隣に座った。
(この子、確か張飛・・・・・・ってうぉい!)
少女に出されたのは通常のどんぶりのゆうに四、五倍はあるであろう特大サイズ。こんな代物を何の迷いもなく注文し、屋台のおっちゃんも何も言わないあたり、日常的な光景なのだろう。
(季衣みたいな子っているんだなあ・・・・・・にしてもいい食べっぷりだなぁ)
「あぐあぐ・・・はむ、ずるるるるる・・・・・」
実に気分のいい音である。ああ、ラーメンを食べてるんだなというのを確信できる最高の食べ方ではないだろうか。
「はふはふ・・・・・・・?お兄ちゃん食べないのか?」
「え?あ、いや食べるよ。あんまりにもいい食べっぷりだったからさ、すっかり見とれちゃってた」
「にゃ?よくわからないのだ」
「美味しそうに食べてるなってことだよ」
「そーなのか?鈴々はここのラーメン大好きなのだ!!おかわりっ!!」
「はやっ!!」
一刀はこの時思った。
――ギ○ル○根やジャ○アント白○にだってこの子は勝てる!!
季衣や凪だって勝てますよきっと。そして御遣いよ、この蜀という国にはもう一人大食いがいるのだ。
しかし、割愛しよう。最早その人物について説明など不要である。
それからも一刀は、自分の食事を終えた後も張飛の食べっぷりを眺め続けていた。
「いやぁ、凄かった」
まさにその一言に尽きる光景だった。
張飛と別れた後、街を散策していた一刀はそこで何とも面白い光景を目にする。
それは、蒸し器の前にじーっと張り付く女の子の姿だった。
(あれって・・・確か呂布・・・だよな)
三国無双の武人、呂布が饅頭の蒸し器に熱い視線を注ぎ続けていた。
これが後に一刀にとって悲惨の出来事をもたらすことになるのだが、今はそれに気付くはずもなく、持ち前の種馬スキルを発動させてしまうのだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
一刀と呂布の間に沈黙が流れる。先程から一刀が奢ってあげた饅頭を、すごい速さで胃袋へと贈っていくこの少女は、言葉数が非常に少なかった。
そして、どういうわけか一刀とぴったり並んで歩いているものだから、一刀の方もどうしていいかが分からずにいた。
その内に二十個はあったはずの饅頭の袋が空っぽになっているではありませんか。そして一刀の持つ饅頭に視線が言っている。
「・・・食べる?」
「・・・・・・いいの?」
「いいよ。そんなに多くはないけどね」
「!」
一刀の笑顔に天下の呂布が今までに味わったことのない胸の高鳴りを感じた。
「・・・・・・・恋」
「へ?それって真名じゃないのか」
「・・・・・・・(こくり)」
「そんな簡単に教えちゃいけないんじゃ・・・・・・・」
じーっとまるで子犬のような瞳で一刀を見つめる呂布の破壊力に陥落しそうになった。
そんな一刀を引きとめたのは足もとにすり寄る一頭の子犬。
「セキト・・・悪い人になつかない」
「セキト・・・ってこの子の事?」
「(こくり)・・・・・・だから、いいひと」
再びの子犬の瞳にとうとう天の御遣いは陥落してしまうのだった。
「わかった・・・・・・恋?でいいんだね。俺の事は一刀でいいよ」
「かずと・・・」
じっと饅頭を見た後、その内の一個を一刀に差し出した。
「一緒に食べる」
その好意をありがたく受け取ったあと、一刀は恋の頭を撫でた。
「///」
あんまりにも嬉しそうにするものだから、しばらく撫でていると、烈士の気迫と共に天からの鉄槌が一刀を襲った。
「ちんきゅーきぃぃぃっく!!!」
「ごはっ!」
ドガァンと言う豪快な音と共に一刀が吹き飛ばされる。あまりの衝撃に、最早リアクションすることすらできなかった。
「恋どのをよくも誑かしやがってなのです・・・・・・聞いているのですか!!」
「ちんきゅ、めっ」
ごちんと割と痛そうな拳骨が小さな少女の脳天にお見舞いされた。
「恋どの~」
「・・・・・・・・・かずと、おきない」
「へ?・・・あ、この男・・・天の御遣いとか言われてるやつなのです・・って恋どの?」
「つれてく」
完全に伸びてしまった一刀の肩に手を回し、一刀は恋や後ろで何やら騒いでる陳宮とセキトと共に城へと搬送されるのであった。
~あとがき~
華琳編です。
作者の都合で前後編に分けることにしました。
まぁ当然なのですがもちろんハッピーエンドにしますのでご安心を。
今回はこれにて・・・
後編をアップまでしばしの御待ちを・・・・・・
Kanadeでした
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前後編に分けた作品です
後編はしばしのお待ちを・・・
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それではどうぞ