No.838069

とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第二章 信仰に殉ずる:七

neoblackさん

東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。

総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。

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2016-03-19 11:57:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:538   閲覧ユーザー数:537

 船の壁に一人で佇む廷兼郎に、対馬が歩み寄る。怒っていると表現して差し支えない形相で、彼女は廷兼郎を睨んでいる。

「何をしたの?」

 言葉の足らない問いに、廷兼郎は困惑した。

「真伝天草式の行き先を、話し合ってましたけど……」

「その前よ。あなた、何をした?」

 ようやく合点のいった廷兼郎は、先ほどまで赤く染まっていた中指を、対馬の前に突き立てる。

「鼻腔を指で刺激しただけです。大した傷ではありません」

「たったそれだけで、ああなるとは思えないわ。あいつだって、腐っても天草式の人間よ。拷問とか痛みには、人一倍耐性がある」

 

 対馬の主張に、廷兼郎がにこりと微笑む。

「それは、鼻に指を突っ込まれたことのない人間の言葉ですな」

「あなたは、あるっていうの?」

「……鼻どころか、口にも、耳にも、臍にも、尻にも入れられたことがありますよ」

 さらに口角を上げて、廷兼郎は笑う。

「あれは、初めてならば耐えられない。鍛えているとか、腕っぷしが強いとか、そういうことが一気に霧散するんです。これまで自分が培ってきた技術、築き上げてきた自信。その在り処が、痛みで見えなくなってしまうんですよ」

 それは殴打や蹴撃などの、外から来る痛みではない。文字通り、自分の中のデリケートな部分を弄られて発生する、内からの痛みである。

「拠り所を無くした状態で、人間が痛みに耐えられる道理はない」

 拠り所がなければ、人は容易に屈する。何の支えもなければ倒れるのは、物理的なことに限らない。

 人の心でさえ、その法則には逆らえない。

「女性に話す内容ではありませんな。失礼しました」

 中指を仕舞い、対馬に謝罪する。こんな拷問の方法を話されて、気を良くする人間など居ない。ましてや自分の仲間に向けられたことである。もう少し殊勝な態度を取ればいいかと廷兼郎は悩んだが、すぐにその考えを打ち消した。

 どう取り繕ったところで、彼は異分子なのだ。ならば表面で媚びるような真似をせず、我を貫いて、批判や反論を浴びせてもらうほうが潔い。

 

 天草式にも、廷兼郎の覚悟が少なからず伝わっているのだろう。事実、彼の行動は先の作戦で大いに役に立っている。

 今の尋問や行き先の推測にしても、突破口を開いてみせた。それだけに、大っぴらに文句を付けるのは気が引けるらしい。

 やはり自分は自分なりに、出来ることをしなければならない。自分に出来ないことは彼らに任せ、彼らが出来ないことを、自分が担えばいい。

 そこでふと、廷兼郎は何故ここに自分が居るのかを理解したような気がした。

 学園都市の誰が要請したかは分からないが、もしかすればその人物は、天草式の現状を予想して、自分を遣わせたのかもしれない。

 

 

 

 

 天草式の面々は、自分の武器を整備したり、型の練習に励んでいた。建宮に休めと言われているのも関わらず、落ち着きの無い様子だった。

 廷兼郎はその様子を、食い入るようにして眺めていた。真伝天草式と立ち合ってから感じていたことだが、どうやら天草式が会得している剣術は独特のものらしい。日本的な部分もあれば、西洋の剣捌きも見受けられる。

 天草式は、日本にあった十字教が幕府の弾圧を避けるべく、神道や仏教などを取り入れて偽装をこらしてきた信仰が母体となっている。

 その気質から、武器や武術に関しては、洋の東西無く取り入れてきたのだろう。

 世界中の武術を取り入れている『対抗手段《カウンターメジャー》』と、コンセプトが似ている。何か参考になる動きはないかと思い、廷兼郎は彼らを注意深く観察しているのだ。

 廷兼朗は、特に対馬が操るレイピアの動きに注目していた。

 レイピアのような運用をする武器は、日本に無い。当然、廷兼郎はレイピアを操ったことが無い。軽さと細さを生かした突きだけでなく、その撓(しな)りを生かした操剣は剣術というより、中国の硬鞭術に通じるものがある。だが手首から先の操作は、より精妙にして緻密を極めている。

 

「……さっきから、何見てるの?」

 廷兼郎の視線に気付いた対馬は、文句でもあるの? と言いたげな口調で話しかける。

 無論、そんな意図などなかった廷兼朗はぷるぷると首を横に振る。

「レイピアが珍しくって、それで見てただけです」

「そうね。日本人には馴染みの無い武器だわ。でもあんた、これ捌いてたわよね?」

 言われてみれば、廷兼郎はここ一日で三人のレイピアの使い手と戦っていた。レイピアとの対戦には慣れてきたが、扱うとなると勝手が違う。

「向けられるのには慣れましたがね。自分が扱うとしたらどうしようかなあ、と思いまして」

「ふうん。じゃあ扱ってみる?」

 くるりと刀身を回し、対馬はレイピアの柄を突き出してきた。

「え!? いいんですか!?」

「壊したら承知しないわよ」

「大丈夫でっす!」

 対馬からレイピアを受け取り、しげしげと興味深く観察する。

「軽ッ! 持ってる気がしない。逆に心許ないな」

 対馬はその様子を、ほくそ笑んで眺めている。

 素人がいきなり扱える代物ではない。剣とは言いつつも、その運用方法は独特過ぎる。だからこそ、対馬は廷兼郎にアドバイスなどする気は無かった。

 

 ピピピッ! 空気を裂く音が、立て続けに響く。

「やっぱ難しいなあ。結構楽しいですね、これ」

 対馬の思惑をよそに、廷兼朗は何故かこなれた手つきで、レイピアを操作していた。

 熟練している対馬から見れば、まだ無駄の動きは多い。それでも、軽妙なレイピアの刀身を振り回す様に、危なげな様子が見えなかった。

 普段から寸鉄身に帯びることのない廷兼郎だが、武器の扱いも一通り習得している。武器を用意することは無いが、武器を利用すべき状況に陥ったとき、すぐに対応できるようにするためだ。

 構造が複雑な近代兵器でなければ、すぐに対応できるよう、準備を怠っていない。

 

 ひとしきり振り終えた廷兼郎は、レイピアをくるりと回して柄を対馬に向けた。

「ありがとうございました。いい勉強になりましたよ」

 何故かムッとした顔で、対馬はレイピアを受け取った。

「使えるのなら、そう言いなさいよ。意地の悪い」

「そんな、使えませんよ。初めて手に持ちましたよ」

 頭を掻きながら、恥ずかしそうに顔を背ける。

「ふん。少しは筋がいいみたいね」

 珍しく誉め言葉のようなものを掛けられた廷兼郎だったが、返した表情は深く沈んでいた。

「……筋なんて、僕はよくありませんよ」

 謙遜と言うよりは諦観してるような、淡く綻んだ顔をしていた。

「武術の基本と言うのは、そう変わりませんから。たまたまそれを押さえていたから、こうして出来たんです」

 まるで他人のことを話しているような空々しい口調だったため、筋がよくないことを指しているのか、武術の基本は押さえてあることを指しているのか、対馬には分からなかった。


 
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