No.836402

白の猴王 Act.5 相克の綺羅

ついに猴王がその姿を現す! 真の戦いの幕が切り落とされた。
知られざる秘密、だけじゃない。モンハンの恥ずかしいアノ姿勢についても今回は舐めるように解説(自前屁理屈)

ふう、ぎりぎり1年開けずに済んだぜw
表紙絵がついに30分クオリティに(実話)文法めちゃめちゃなんですが題名だけは厨二で行こうと頑張りました。

2016-03-09 19:08:26 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:309   閲覧ユーザー数:308

 エリア6。

 昨日に続き山中に渡る洞窟を抜けた先の広場、油断なくあたりに気を配りながらドーラ、チョコ、レナーマンの三人は歩を進める。

依頼されたクエストにある謎の牙獣の正体はヴァーリン=白いラージャンと分かっているので、今回は3人が揃って行動していた。

長い影に覆われたエリア6を右に折れ、岩に挟まれた獣道を登り抜けた先に広がるエリア7へ向かう。

 

 正面から差込む朝の光に目を細めながら、ぐるりと辺りを見渡してチョコは溜息をついた。

「いない、か」

白い吐息がその口元から漏れる。

夜明け前から山頂が見える高さまで、ほぼ休みなく登ってきた。

勿論、ねぐらに使うかもしれないとエリア3、ブランゴの大群に遭遇した洞窟にも足を伸ばしたが、

昨日とは一転、虚ろな広がりに崩落した天井から碧い光が降り注いでいるだけだった。

「何もいないですね」

同調したレマーナンは崖ふちまで進むとしゃがみこんで足元の小さく盛り上がった雪を払った。

中から雪山草が小さな姿をのぞかせる。

「なんて強靭な… 」

レマーナンの口から感嘆した呟きがもれた。

麓の姿とは違い、頂近くに自生している雪山草は葉も小さく肉厚で、色も緑というよりは黒に近い。

「そんなに珍しい物なのかい、この草が」

「私のフィールドである寒冷地の凍土では、植物は土ではなく、森の倒木を苗床として育つのです」

ドーラの問いかけにレマーナンは微笑んだ。

「永久凍土では凍りついた大地に深く根を穿つことはほぼ無理で、代わりに様々な植物は朽ちた木を糧にして生息しています。

深い森も元は倒木を中心に長い時間をかけて徐々に広がったものであり、ひ弱な草花は森を離れて生きていくことは出来ません。

私もずっとそう思っていました。しかしここに強靭な生命力をもつ植物があろうとは」

「ふーん」

ドーラはレマーナンの隣にしゃが見込んでその掌の間に守られた雪山草を眺めた。

貴重だが、幻と言うほどではない薬草にそこまでの価値があるとは分からなかった、というか未だに理解できないでいる。

「知ってるかい、雪山草は高いところに生えてるほうが値段がいいんだ。お婆ぁが言うには太陽に近いほど薬効が強いんだとさ」

言いながら緑の草をつまんでそのまま口に入れる。

「苦っ」

口の中に炸裂した青臭さに顔をしかめると驚く、と言うよりやや引き気味のレマーナンを無視してドーラは立ち上がった。

奇妙な行動は彼女なりの牽制のつもりだった。

モンスターとの一戦を前に博物学者が昨日のような採集を再開されてはたまらない。

「今日は風が強いな」

目をしかめてチョコが呟いた。

「こう風が吹くと弓矢には不利?」

ドーラの問いにいや、とチョコは首を振る。

「風があればあるなりの立ち回りをすればいい、ただ巻き上がった雪で狙いを定めるのに苦労する」

そうなのだ。空は抜けるように青いが、風が地表の雪を舞い上げるので時に周りの視界が全て白く遮られる。

 

「残りはエリア8か… 」

チョコは朝日の方向、山腹に刻まれた細い道の方に顔を向けた。

昨日手負いのモンスターを追って辺り一帯を散々走り回ったおかげで地理は頭に刻み込まれたようだ。

「今回も無駄足になるか‥ 」

「そうでもないさ」

ドーラの言葉にチョコは歩きながらも辺りへの警戒を怠らずに答えた。

「ラージャンの動きをしたドドブランゴ、奴は幻や見間違いじゃなく存在してることが分かったのは大きな収穫だよ」

 

その時、

ドーラの脚が微かな振動を捉え、視線が下に移った。

足元で踏みしめた雪の奥底から伝わって来るなじみのある、ひそやかな響きは、俄かに地鳴りのような揺れへと変わって行く。

「下がれレマーナンっ!」

戸惑うレマーナンに声を放ちながらドーラは後ろに一転して背中の大剣に手をかけた。

幾度となく立ち会った経験が、脳内で奴は近いと警告を発している。おそらく

 

 予想通り、さっきまでドーラが立っていた場所で雪の塊が大きく盛り上がり、爆破するかのように弾けると、それを纏うように白い巨魁が雪原に噴きあがった。

胴震いをして雪をふるい落としたのはドドブランゴ、ただし昨日の奴とはまるで別物だった。

そう、体は二周りは大きいだろうか。一段と盛り上がった頭頂部、肩から腕にかけての隆々とした筋肉が長い体毛を通してもうかがい知れる。

若造ではないが老成でもない艶めいた体躯の、堂々と自信に満ちた動き。

正に脂の乗り切った、所謂G級と呼ばれる最上位の個体に違いない。

 そいつは恐れる風もなく三人に視線を移していく。

口の端から低い唸りが漏れている。

 

「こいつ等は雪を使うんだ」

雪獅子から視線を逸らさずに竜人へ声をかけながらドーラはゆっくり大剣を構えた。

「投げるだけじゃない、馬鹿力で雪の中を掘り進み、真下からハンターを放り投げて来るんだよ」

「ご忠告感謝します」

声の調子がなんだか今までと違う、と顔を横へ向けると、険しい顔つきのレマーナンがいた。

「我々のフィールド、『砂漠』にもパブルボッカというモンスターがいましてね」

言いながら竜人は腰の斬祇刀【アヤメ】を鞘から抜き放つ。

「種類は全く違うが、砂中から飛び出してハンターを襲う所は同じです!」

「そいつは楽しそうだねぇ… っと! 」

 

 視界の隅でドドブランゴが大きく動くのを感じ、ドーラは反射的に腰を落として大剣を前にかざした。

大剣の力は振り回したときの攻撃力の高さだけではない、時に身を守る盾代わりにもなり、大概の攻撃は大剣で受け止める事でダメージを減らす事が出来る。

尤も変わりに剣の切れ味が落ちてしまうリスクがあるのでそうそうは使えないし、限度があるので”効力”で強化しない限り何でも防げるわけではない。

 

 が、ドドブランゴの標的はレマーナンの方だったらしく、飛び上がった白い体は竜人へと突っ込んでいった。

彼は表情を変えずに横へ大きく身を翻し、一転した後に雪獅子目掛けて斬りかかった。

流れるような仕草、ともすれば新雪に脚を取られる雪原とは思えない軽々とした身のこなしにドーラは舌を巻く。

やはりただの学者ハンターじゃなかった。

 

「それじゃあこっちも」

「まだ来るっ!」

ドーラの気勢を遮ってチョコが叫ぶ。

 

「うあ!」

踏みしめたドーラの足元が揺れ、体に加重がかかったと感じると視界が見る見る高くなると宙に放り投げられた大女の体はそのまま大量の雪と共に白い大地に叩きつけられた。

まあ、つい今解説した技に自らが嵌められた格好になる。

「ぐうッ… 」

雪が僅かなクッションになっているのかどうか分からないが、衝撃で暫く息が出来ない。

「ドーラ!」

気遣う二人に、だがドーラは必死の思いで腕を伸ばして親指を立ててみせた。

こんなもの、油断すれば何時もの事だ。

極限まで鍛え上げた防具と長年の経験がダメージを減らし、見た目程効いちゃいない。

体の回復もそこそこに一転して立ち上がり、眩暈を振り払うかのように頭を振る。複数のモンスター相手ならのんびりと横になってはいられない。

一頭なら他のメンバーが気をそらせてくれる事も出来るが、複数だと他の1頭が攻撃を仕掛けてくる場合が多い。

ドーラは辺りを見回し、素早く状況、ハンターとモンスターの立ち居地を把握した。

 

「… ドドブランゴが2頭か」

最初に出てきた奴はレマーナンが相手をしている。

もう一頭、雪下からドーラを跳ね上げたのは比べるとやや小ぶりの若い個体。

昨日の奴ほどではないが、おそらくG級までには至っていないのではないか。

しきりと威嚇を繰り返しているが、加勢するべきか、各個に相手をするべきか、二人のハンター相手にどちらを攻撃すればいいのか迷っているようにも見える。

それを牽制するようにチョコ。彼女は両方を射られる位置で弓を放っている。

モンスターの迷いはチョコの攻撃にあるようだ。

弓使いの放つ攻撃が予想を超えて「痛い」のだろう。

迷いは即ち隙であり弱さとなる。モンスターの弱さを付くのが狩りの基本ならば今は好機だ。

白いラージャンは未だに姿を見せていないが、一度に出会うモンスターの数は少ないほどいい。

ドーラは大剣の柄に手をかけて戦いに参加すべく現場へ駆け出した。

 

 複数狩りの戦い方は様々だが、基本は「うざい方、厄介な方を先に片付ける」だ。

状況から見ると今は小さいほうが「うざい」と、ドーラは判断する。

威力は大したことないが、いちいちこちらの攻撃が阻害されるのはうざいものだ、そうだろう、うん。

決して跳ね飛ばされた私情じゃなくて、冷静且つ本能的に計算された末の結論だ、ふふふ。

そう自らに言い聞かせ、目を血走らせてドーラは仕返しに走る。

とりあえず一撃、抜刀斬りをさっきのお礼に奴に決めてやらないと気がすまない。

 

 走りながら背中の大剣に手をかけ、ドドブランゴの巨体の前で強く踏ん張ると同時に体幹の力を利用して背中の大剣を引き出し… たところでこちら側に横っ飛びしたドドブランゴに顔からぶち当たってドーラはひっくり返った。

「~~~~!」

涙で視界がほんの少し滲む。

「少し落ち着け」

雪原に鼻を押さえてうずくまっているドーラに離れたところから弓を射つつチョコが声をかけた。

「ドーラさんドンマイ」

「お、おう」

レマーナンの妙な慰めに情けない思いを噛み締めつつドーラは手を上げて答える。

 

 確かに、落ち着かなければ。

 

 狩りは流れでもある。言ってみれば狩とは自分が持つ攻撃や防御のリズム、タイミングに相手を引き入れる、その綱の引き合いだともいえる。

自分の間(ゾーン)であれば、巨大なグラビモス相手の足元で攻撃を続けてても傷らしい傷ひとつ負うことがないし、逆に相手の間にはまると

ドスゲネポスのような中型モンスターに何度も麻痺られて瀕死の目にあったりする。

ズレを自覚していれば修正は簡単だが、自覚しないまま勢いだけで無闇に狩ろうとすると今のようにろくな目にあわない。

 あせるな、流れを引き寄せろ

座り込んだまま深く息を吸い、短く吐き出す。

まず一頭、立ち上がった時はいつものドーラになっていた。

 

雪を跳ね、今度はレマーナンに加勢する。

後から出た奴はチョコが牽制しているので、強い方を消耗させる作戦だ。

狩りではハンターの攻撃に嫌気を差したモンスターはフィールドを変えるが、そいつを利用する。

大きいほうがダメージを受けて逃げれば三人は残った一頭に集中出来るからだ。

 

 駆け込んでの抜刀斬り、今度は成功した。が、流石に昨日と格が違い、この雪獅子は無様な悲鳴など上げない。

何事もないかのように雪に跳び、反撃を仕掛けて来る。

G級と目論んだだけあって、多彩な攻だが更にケルビステップ(もどき)のようなラージャンの仕草が混じるのでややこしい。

「ドドブランゴってこんなに強いんですか」

なぎ払いでふっ飛ばされてきたレマーナンが呆れたような声を上げた。

泣き言にも聞こえるが、しっかりと盾を構えていた上での攻撃なのでダメージは殆ど受けていないようだ。

 

ドーラは振り返ると他所から来た竜人ハンターに向かってニヤァ、と気持ち悪い笑いを浮かべた。

「… いやいやぁ、俺ン所のG級はこぉーんなものじゃないから」

唖然とした顔の竜人を後ろに、逃げるようにドーラは雪獅子へ向かう。

冗談なのか見栄なのか、モンスターの強さ自慢などよく分からない世界だ。

 

抜刀斬り、前転して納刀しながら視界の隅ではもう一頭の動きを意識する。

じっくりと観察は出来ない、顔がこちらを向いているか、向かって来ているかだけを視界の隅で確かめる。

「よし!」

息つく暇もなく再度抜刀に向かう、一秒とその場にとどまることは出来ない。

 

 複数狩りだと集中力と時間を必要とする溜め斬りのような大技は早々使えないのがもどかしい。

威力が大きいだけに混戦を打開する為に振るいたくなる誘惑が頭の隅にあるが、隙が大きすぎて賭けに等しい行為だ。

少なくとも2頭のどちらかが弱ったそぶりでも見せない限りは出せる技じゃなかった。

こういう時、レマーナンのような片手剣は有利だ。

 

 組み合わせで多彩な攻撃が前提の片手剣は複数狩りでも戦術が変わることはあまりない。

飛び掛っての斬りおろし、立ち位置を変えながらの切り上げ、離脱と同時に相手の死角に飛び込む。

そこから相手の腕力が及ぶ範囲の外周を見極め、その円の縁がモンスターと交差するところに獲物を振るう。

驚くのはレマーナン、白髪の竜人が見せる立会いの振る舞いだ。元々長身でもあるし、防具の持つ能力も加味しているのだろうが、回転回避でも常人なら数回転かかる距離を一度だけで悠々と稼いでのける。

又、能力に甘えることなく、逆に図抜けた移動能力を生かしてモンスターに肉薄し、反撃を避けながら斬り付けを繰り返す時の姿は舞のようにも見える。

片手剣は手数。根気良く、丁寧に斬撃を重ねて消耗を誘うのだ。

モンスターにして見れば纏わり付かれる中で痛みを浴び、徐々に傷が増えていく鬱陶しい展開なのではないだろうか。

 

 せわしなく、もどかしい思いを抱き続けながらの戦いだが、徐々に変化がおきている。

G級ドドブランゴ、レマーナンと二人で相手をしている大きな一頭の行動範囲が狭まり、フィールドの端にいる割合が高くなっている。

圧している、ドーラは戦法に手応えを感じた。後ろへの移動、即ち回避が多くなっているのだ。

今だ悲鳴はおろか怯みも見せてはいないが、G級であるがドーラたちの実力を、故に早々力づくで押し通す事が難しいと悟ったのだろう。

険しい顔から苛ついたような唸り、バウンドボイスと言われる咆哮が増える。

だが、素早く察したレマーナンもドーラもいち早く獲物から距離を取る為、それに脚止めの効果はない。

 小柄なほうは相変わらずチョコが牽制をしていいて動きは丸分かりで、死角から不意に攻撃を食らうことは殆どない。

 

ついに堪りかねたのか辟易したのか、G級のドドブランゴが空を仰ぐと大きく跳ね上がった。

驚くほどの身の軽さで遥か岩肌を蹴り伝い、雪煙に紛れて姿を消す。

それを見た小さなほうが慌てたように後を追った。

 

 静寂

溜めていた緊張を一気に吐き出すように短い深呼吸。

やはり、二頭狩りは気を使う。

 

 三人は受けたダメージを回復薬で癒す。

 

 モンスターが逃げ出したからと直ぐに後を追うようなことをしてはいけない。

まず対戦によって削られた体力やスタミナ、武器の威力を回復させるのを優先させる。

功を焦ってエリアチェンジした途端、集中攻撃を受けて既に削られた体力を回復するまもなくキャンプ送りになる事は珍しくないからだ。

モンスターにはベストの体勢で対峙するのが狩りの鉄則だ。

 

 回復薬=薬草とアオキノコを調合したこの緑の飲み物は狩には欠かせないアイテムだ。

いくら防具で守られていてもモンスターと対峙している以上無傷では済まない。

受けた傷を癒し、文字通り心と肉体を以前の状態に(ある程)戻すのが回復薬だった。

ハンターになった者がアイテムの調合で最初に覚えるのが回復薬、という具合に狩にとってなくてはならないアイテムだった。

蜂蜜を混ぜて更に効力を増したグレート回復薬と呼ばれる物もあり、勿論持ってきてはいるが、体力が大きく削がれたわけではないので今は使わない。

 

 少し話をそらそう

この時、彼らが回復を図っている時にもし我々が傍らにいたならば、我々は彼らが持つ奇妙な習性を目にすることになる。

 

 触れなかったが、この世界の人体には回復反射とでもいうべき筋肉の不随意運動が産まれた時から生理的に備わっている。

これは狩りにいる最中に体に有益なものを摂取した際に発生する一連の反射運動で、直立して背を反らし、胸を張って両腕を曲げるという、正にガッツポーズそのものの姿勢のまま短時間硬直状態になる事を指す。

我々の世界とは違い、モンスターハンターの世界に住むヒトの回復能力は驚くほど高い、しかし、この回復反射がその代償でもあるかのように人間を舫(もや)う頸木となっている。

例えば反射中は一切が無防備となるので狩りの最中ではモンスターに硬直中を襲われて回復した以上に体力を削られるという皮肉な姿態に陥ることもあるので、モンスターと対峙している時は体力の消耗度合いと回復薬を飲むタイミングを見計らわなけれなならない結構深刻な煩わしさが実在する。

 

 全く、そもそもなぜこのような理不尽な反射運動が引き起こされるに至ったのか進化上の理由はわからないが、この世界では誰もその疑問をそれを口にはしない。

これは我々の世界で光の速さが秒速約30万キロである理由を尋ねるようなもので、誰も答えられない、世界の成り立ちにかかわる根源的な公理の一つなのだろう。

 

 話を戻す

 

 回復を終えたら次いで切れ味が落ちてきた得物に手早く砥石をふるう。

刃先に指を当て切れ味が回復したのを確認し、慣れた手順でホットドリンクと支給の携帯食料を喉に流し込む。

ゼリーのような感触が喉を滑り落ちて胃に収まる、相変わらず凄まじく甘い。

 

 世の中にはホットミートと言うのがあって、そいつを食えばスタミナと耐寒性能を同時に上げられるのだが、辛いのが好きではないドーラは滅多に持ち歩くことはなかった。

ダメージのないチョコはドドブランゴが消え去っていった方向を睨みながら同じように携帯食料を飲み込んでいる。

遠距離攻撃者が直接攻撃を受ける事は滅多にない、というか防具は華奢に出来ていて受けた場合のダメージが大きいので前提として攻撃を受けてはいけないのだが。

 

レマーナンはと見ると携帯食料ではなく瓶から褐色の液体、元気ドリンコを口にしていた。蜂蜜と落陽草を調合して出来る飲料は完全な精進アイテム(?)で、肉ほどではないにしろスタミナを回復させる事が出来る。

 

「私はいつもこれです」

ドーラは腹に溜まらないもので力が出せるのかと思ったが、レマーナンは、慣れてますので、と気にした風もない。

菜食主義の竜人が狩りの時にどうやってスタミナ回復をするのだろうと思っていたが、成程元気ドリンコかぁ、とドーラは妙なところに感心した。

 

 

「まだ出てこないな」

ドーラの言葉にそうだな、と口を拭ってチョコは呟き、だが、と確信を込めた口調で呟く。

「必ず出てくる」

 

 エリア8、雪山で最も山頂に位置する岩棚へ一行は進む。

 

 白い。

エリア7の雪原も眩しかったが、雲すら殆どが足元に位置するこのエリアでは太陽からの光は何ら遮られる事なく降り注ぎ、地の全てが凍てついた輝きを辺りに反射していた。

見上げれば頂の向こうに広がる空は透き通り、天頂では微かに蒼みがかってさえ見えた。

ドーラが村長(おばぁ)に聞いた話だとギルドによってフィールドに指定される前はこの山は信仰の対象であり(今でもそうだが)山頂は時に古竜が顕現するという伝説を持つ神域ですらあったのだ。

 

 古龍か… 

あたりを伺いながらもドーラの脳裏に昨日のレマーナンとチョコの会話が蘇る。

二人が何について話していたかドーラには殆ど判らなかったが、穏やかで物静かと評される竜人であるレマーナンが古竜とラージャンについてキラキラした目で語っていたのは印象に残っている。

レマーナンが言う通りにラージャンが古龍になるなんて考えられるだろうか。

 

 ぼんやりとそう思いながらエリア中央へ足を踏み出した時、全身を射貫かれたかと錯覚するような強い殺気に思わずドーラの身がすくんだ。

 

いる!!

 

 本能的な恐怖から起こる肉体の硬直を忌まわしく思いながら、ドーラは首を巡らした。

どこにいるか、目を凝らして白一色の世界を探る。

岩腹の端からさっきのドドブランゴが二頭、雪を跳ねて飛び出してきた。

雪を払い、唸り声を漏らしながらこちらを睨み付けてくる。

 

 だが違う。二頭共たった今ドーラを襲った殺気の持ち主ではない。

その殺気はモンスターによくある”怒り”ではなく、もっと禍々しく昏い感情からなるものに思えた。

例えば復讐、憎悪、強烈な殺意。

 

その持ち主が感情のままに自分を見ている。

「くそっ」

あふれる光が邪魔をしていまだ殺気の相手の位置を把握できない。

ドーラの体に悪寒が走り、じりじりとした焦燥が心を炙り、背中や脇にいやな汗が噴き出た。

どこに、どこにどこに… 

「正面!!」

ふいに発せられたチョコの怒鳴り声でドーラの体は弾かれたように横へ、所謂ハリウッドジャンプで真右に跳んだ。

着地ももどかしく前転で元いた場所から更に距離を取る。

同時に頬に爆風を受け、真っ白に輝く巨塊が飛び過ぎるのを視覚の隅が捉えた。

 

 立ち上がり、振り向きざま無我夢中で大剣ブリュンヒルデを押し出すように前に構える。

大剣の幅広で厚い刀身は時に盾のように相手にかざす事で攻撃を防ぐ事ができる。

めったに使う技ではない、相手の威力に思わず出てしまったと言った方が正しい。

雪煙の向こう、いる筈の相手を探りながら範囲も威力もまるで桁違いの本物のケルビステップを辛うじて避けられたことに安堵と戦慄が文字通り身震いとなって同時に起こった。

幾ら振り払っても消えない苦い思い出がドーラの脳裏に蘇る。

 

 金獅子と初めて火山で渡り合った記憶。

まだHRが低かった頃とは言え、圧倒的な剛力と速さで襲いかかってくる金獅子に翻弄され、碌な戦いも出来ないまま命からがら逃げかえって来た忌まわしい思い出。

金と黒の縞模様を肩に施した正に鬼の形相、あの時ハンター達を睨み付けてきた金色の瞳は怒り以外の感情がなかった。

ラージャンとはその後何度か対戦し、狩りを成功させてきたのだが、初戦に受けた恐怖と緊張は今だに和らぐことはない。

 

 唾を飲み込み、ドーラは大剣の向こう側を透かし見る。

 

 -そこに-

 

 輝く巨魁の正体はかつて群れを率い、遥か南の街に甚大な被害をもたらした猴王。ギルドが恐れ、チョコが執拗に追い求めてきた化物。

レマーナンの言葉を借りれば数多いるモンスターの中で古龍に最も近い存在。

抜けるような碧い空を背景にしてその真っ白な牙獣、ネーヴェ・ヴァーリンがいた。

 

 いや、白いというより輝いていると表現したほうが合う。金属のような冷たい光に覆われ、目を細めて見なければ牙獣の、その輪郭すら判断できない。

短い体毛に覆われたラージャン特有のスリムだが筋肉質なシルエット。

しなやかな二の腕のラインに薄っすらと浮きでた縞模様から視線を移すと人の胴ほどもある武骨な太い角がこめかみから伸びている。

皮膚の色は通常のラージャンに見られるような黒褐色ではなく、赤みを帯びた肌色、確かにブランゴと同じ色合いだ。

その眼窩に収まっているのは血を思わせる深い赤を湛えた瞳、奥底に燃えるような光を湛て揺らめいている。

 

 アルビノ(先天性白皮症)か、思い至ったドーラが唾を飲んだ。

 

 極稀にだが、遺伝子の気まぐれで体の色素を持たない個体が産まれる時がある。

色素が含まれない為、白や黄色、種によっては金色の体色をしていて、色合いから神意の兆し、神の使いなどと称される場合も多い。

極北に住むホッキョクギツネやシロクマ、ウサギの冬毛のように白い体色を持つ生物自体はさして珍しくはないが、それらとアルビノの違いは主に瞳に現れる。

通常種の瞳は黒いが、色素が欠落したアルビノは血の色が反映した深紅、又は赤褐色をしているのだ、このラージャンのように。

 

 だがその牙獣の異様さは体色だけではなかった。

かつての戦いでついたのだろう、顔の右半分に引き裂かれたような痕が深く穿たれていた。

額から始まるそれは、引き攣れた赫い皮膚が巨大な彫り痕となって露出している肉を薄く被っているだけで完治したようには見えない。

目、紅玉のような左とは違い、傷が縦断している右の方はは潰れてはいないものの、瞳の中央は白く濁り、とても見えているとは思えなかった。

傷の末端である薄い唇も裂け、そこから歯茎ごと牙がむき出しになっていて、シューシューと音を立てて涎液と吐息が漏れている。

 

 その姿に、今までにない事だがドーラの全身が総毛だった。

数年前に受けた筈の傷が今だに癒えていないのだから当時奴は瀕死寸前だったはずだ。

全くよく生き延びていたと思う。人間と違い、ラージャンに傷ついた仲間を助ける習性など持たないのだから。

孤独と飢えの中で傷を癒し、今は雪獅子を率いて再び人間と対峙している。

 

 醜悪な顔に黒々とした憎悪をあふれさせてネーヴェ・ヴァーリンは人間たちを見つめている。

 

 モンスター達も、対峙している筈のハンター達も動かない。

さながら一帯の時が凍りついたように全てが動きを止めた中を風が抜け、ヴァーリンの背中の毛がきらきらと雲母のように光を反射する。

と、白く輝く牙獣は身をかがめて牙に覆われた口を開いた。

 

 ゥゥゥウオオオオオオオオゥ!!

 

 ドドブランゴとは比較にならない、エリアを震わせる程のバウンドボイス。もし足元にいるなら弾き飛ばされるほどのそれがラージャンの喉から迸り、一帯に響いた。

 

「ぐうっ…!」

ドーラが掲げた大剣も圧倒的な声圧に震える。その威力に仰け反りながらもしかし、長年鍛え上げた体が辛うじてその砲声を受け止め…切った。

腕がしびれる。

 

 ほっとしたのもつかの間、さながらそれが戦闘開始の合図でもあるかのようにエリア8が修羅に満ちた。

大型モンスターが3頭、それぞれが暴れるので避けるので精いっぱいだ。いや、人間の側に消耗が激しい。

一人でも相手が一頭なら苦戦はしても対処はできる、が2頭どころか3頭ともなるとすべてに目を行き届かせることは出来ない。

 

 体制を立て直す間もなく、攻撃は次々に不意打ちとなってあらゆる方向からハンターに向かってくる。

キリン装備はミラ系と称される神話クラスのモンスターから作られる防具を除けば図抜けて高い防御力と属性攻撃を無効にする効力を持った優れた装備だ。

が、それでも物理的な攻撃からのダメージは重なってくるし、碌に攻撃もできない状態では狩りどころの話ではない。

 

 

 騒乱にチョコの声が混じる。

ドーラが声の方向を見るとチョコがエリアの奥を指差しながら何か叫んでいた。

聞き直すまでもない、察したドーラは大剣を背負うと隣のエリア7に足を向けた。

このままずるずると消耗する前に他のエリアに退避し、ハンター側の体勢を立て直さなければならない。

前をレマーナンが飛ぶようにかけていき、大剣を背負うとドーラもその後を追った。

 

 しかし、

足が重い、削がれた体力に降り積もった雪が枷となって大女の足元に纏わりつき、ドーラは幾度かよろめいた。

大剣使いとして恵まれた体格が裏目にでた。体重の分だけ雪原に足が深く刺さり、それを引き抜くのに余計に力がいる。

「くそっ」

 振り向く必要はない、足下から伝わる振動、後ろからラージャンと手下のドドブランゴ達が肉薄しているのが空気でもわかる。

低い唸り声と共に生暖かい吐のが首筋にかかるような思いがしてドーラは必死の思いで腿を上げ、雪原を蹴った。

いつもそうだ、有利な時にモンスターと戦っていると狭く感じたエリアが今は広く、向こう側が遥か遠い。

その境目には二人の姿があった。チョコがドーラの後ろめがけてしきりに矢を放っている。

溜めがないから矢の威力は知れている。むしろ牽制として撃っているのだろう。

 

 だが、どれだけ歯を食いしばっても次第に足が上がらなくなってきた。

後ろからは複数の雪を蹴散らす音、だけでなく大きな体躯から発する風切り音までが聞こえてきた。

エリアへの通路まではもうすぐだが、振り向いて一太刀でも浴びせて、と一瞬思いがよぎるが、その暇さえなさそうだ。

 

と、レマーナンが何かを取り出し、高く投げたのが見え、ドーラは強く目を閉じた。

瞼の裏が明るくなり、モンスターたちの悲鳴が後ろで響いた。

閃光玉。中空で爆破すると強い光で短時間モンスターの視覚を奪う狩りでは必携のアイテムだ。。

後ろの動きが止まったのを幸いに最後の力で大きな体を前へ放り出し、ドーラは二人の足元、エリア7への通路となる山肌に穿たれた桟道へ向かって飛び込んだ。

 

届いた。

二人に引き起こされ、肩で大きく息をあえがせてながらもドーラはチョコとレマーナンに礼を言った。

「気にするな、それよりエリア7へ進もう、ここは狭すぎる」

チョコがドーラの肩を叩いた。

 

 エリア7へ

山腹の桟道が斜面へと広がり、滑落の心配がなくなった所でドーラは回復薬グレートを一口含む。

薬くさいシロップのような液の塊が喉から胃へ向かい、疲れが取れて力が湧き出ると同時にドーラの体に例の動き、ガッツポーズのような動作が引き起こされた。

 

 先述したように回復薬グレートは回復薬にハチミツをたっぷり溶け込ました物で、元の薬よりも大きな回復効果を持つが、荷物に制限がある狩りの時には無暗に使わないのが定石だ。

特に今回のような難易度の高いクエストでは緊急時を除いて摂取はしない。つまりはそれだけ彼女の体力が削がれている証明でもあった。

 

 

 エリア7の斜面の終点には山を削る氷河が地下に沈み込んでいる所にぶつかる。

表面を雪で覆われた氷河は見上げるとなだらかだが、その実、クレバスが幾重にも深く切り刻んでいて、それに落ち込むと間違いなく助からないので人は勿論、モンスターですら上ることは滅多にない。

ただ末端、エリアを構成している部分だけは地下に堅固な岩盤でもあるのか踏みしめられたように平らかになっていた。

「さて、どうするかだ」

先頭を歩いていたチョコが振り向いた。

「相手は確かに手強いが、こちらもまだ消耗は少ない。勝機はあると思う」

「私は一旦引くのも選択肢にあると思います」

何やら考え込んでいたレマーナンが異を唱える。

「ほう、昨日とは真逆な話になったな」

「確かに昨夜は狩るべきだと主張しました」

顎に手を当たまま竜人はチョコに答えた。

「正直、ネーヴェ・ヴァーリンがドドブランゴを引き連れているのは予想外です。今まで逃げ回っていた以上、ネーヴェ・ヴァーリンは単独か、引き連れていたとしてもラージャンが1頭程度だと考えていましたから。しかし、確認できただけでも3頭のドドブランゴが奴の手下になっている」

「一頭は」

「そう、昨日お二方が狩った下位のドドブランゴです。そしてまだ未確認の手下のドドブランゴがいる可能性もあります。もし今以上のドドブランゴが加勢すると手に負えないどころか、生き延びる事、本来の目的であるギルドへの報告も難しい」

 

「待ってくれ、狩りをやめるって、そしたら俺等の村はどうなる」

「率いているのはドドブランゴだ。最初の頃言っていたような最悪の事態にはならないだろうな」

レマーナンに変わってドーラの疑問にチョコが答えた。

「規模はでかくなるが、ギルドが皇室から資金提供させ、ハンターを募集して一帯を集団で山狩りするという所だな。第三王都に被害を齎した主犯のラージャンが自分達の領地に潜んでいるのが知れれば皇室も何らかの手を打たなくてはならない筈だ。

けどあたしらが情報を持ち帰ってそいつが以前ほどの脅威ではないと解れば別の見方も出てくる。狩る事で皇室は災厄級のモンスターから臣民を守ったと宣伝できる。仇を討ったと南の皇室に恩も売れるし、費用もギルドに報奨金を渡した方が自軍を動かすより安くつく。村は脅威がなくなるまで一時避難はするかもしれないが、永久に村を放棄するまでじゃないさ」

けどね、とチョコはレマーナンを見た。

「それには時間がかかる。クロドヤの報告とあたしらの情報からギルドが派遣を決定したとして、ハンターが麓の村を出発するのは3日後か1週間後か、それとも一月後か。間違いない。ギルドが組織した山狩り隊がここ等で狩りを開始した時にはネーヴェ・ヴァーリンはもういないだろう。奴は幻になり」

そしていつか必ず、どこかで第三王都の時よりも大きな災厄が起こる。

「奴を狩れるのは《今》だ」

「命を懸けてでも、ですか?」

「未来を懸けて、さ。それと生活と」

おろおろするドーラの前で二人はそれ以上話さず、動かなかった。

数分か、それ以上か。

 

 ハンター達の沈黙は山影から現れた三頭の牙獣の姿によってふいに崩れた。

新手のドドブランゴではない。さっきの三頭、白いラージャンが2頭を引き連れている。

追ってきた、まさか。

大慌てで背中から大剣を抜き放ちながらもドーラの頭の中は多くの疑問で満たされた。

 

 エリアから逃げ出したモンスターを追ってハンターが逃走先のエリアに入った途端に攻撃を食らう事はままある。

エリアチェンジで視界が開けた瞬間は辺りを把握するため、どうしても隙が発生するのでハンターは攻撃を受けやすい。

体力が落ちている時にノリと勢いでモンスターを追っている場合、その迂闊さが致命傷になる時もあるのは前にも書いた。

 

又、始終テリトリーを巡回している習性のモンスターだと巡回先に人間が入り込んだ為に偶然追われるような状況になる場合もある。が、

モンスターがハンターを襲うためにエリアを超えて移動する事はなかった。

それはモンスターにとって人間は出会うと忌まわしい存在であってもそれ以上の物ではないからだ。

それは彼らモンスターの反応でわかる。

 

 今のラージャンとドドブランゴの様子からは、モンスターがいつも人間と鉢合わせた時に見せるような驚きも怯みもない。

逆にまるで予想していたかのように三頭は一斉に人間たちに向かってきた。

そう、さながらハンターのように。


 
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