とある魔法使いと弟子とホワイトデー
長谷川邦子は魔法使いである。
今年で17歳。正真正銘女子高生。
そして今日は3月14日
邦子の通う女子校も恙無く卒業式を済ませ、春休みを待つばかりとなっていた。
「たま」
膨らみかけの桜の下、邦子は破顔する。
走って来るのは中学からの友人、環。
小学生としても小さい身長で髪はもみあげを残してほぼショートにしている。
オカルトやSFが大好きで伝奇本が愛読書。
みちゅうさんという猫の様なマスコットを集めるのが大好きな同級生のおんなのこ。
「くにちゃn!!」
べしゃり、とでも擬音を着けたくなる程盛大に環は転んだ。
「いたぁ…」
起き上がる環に歩み寄ると邦子はハンカチを差し出した。
「大丈夫?」
「恥ずかしい所を…」
頭をかきながら環が起き上がる。ひざやひじを擦りむいている。
「消毒液と絆創膏、あるから」
「ごめんね…くにちゃん」
川沿いに置かれたベンチに腰掛けて治療を済ませると邦子と環は学校であった事や飼っている猫の話をした。
中学で友人になってから、高校は別になったもののこうして二人はちょくちょく会っては近況を報告し合ったり最近読んだ本の話をしたりしていた。
「あ、それとね、これ」
環が忘れないうちに、と包みを差し出す。
「?」
「バレンタインのとき、友チョコありがとう。おいしかった!」
受け取ったまま固まっていると環は開けて、と手振りで促す。
「あ…」
中身は透明な容器に入った可愛い飴。
「私の、買ったやつだったからなんだか申し訳なくて。おまけみたいな感じで…」
「そうか…もう一月…」
「クッキーにしなくてよかったよー」
確かに、粉々になっていたことだろう。
邦子は飴を包み直して鞄にしまう。
「ありがとう。たま。大好きよ」
そしてそっと思うのだ。
今日も私の親友は世界一可愛い。
「………」
友チョコ
なるほど。確かにそのような文化もあるのだろう。
今年言い出すまで、恐らく邦子はこのイベントに参加出来ず悲しい思いをしていたに違いない。
とはいえ
「いらないわ」
ブランドの鞄・靴・新作のサマーコート、全てまとめてばっさりと切り捨てられるとは庵も予想外であり。表情には出さないものの軽く狼狽える。
完璧な隠密術に光学魔術を組み合わせた庵の尾行は今日も完璧だった。
家に帰ってきた邦子はいつもの淡々とした調子に戻っていた。
「それは」
「いつも世話になっているもの。あなたに渡すのは当然でしょ」
家賃か。家賃のつもりなのか。
「受け取りなさい。命令です」
庵も半ば意地である。
あの小娘の飴ひとつで破顔していたのを見てしまったのだ。引き下がる訳にはいかない
「勿体ないわ。他の女性にでもあげたら」
かつては言い寄られるままに適当に相手をしていたのが良くなかった。邦子の中で庵はかなりの女たらしということになっているのだろう。
そんなもの今はいないし作る気もない。
第一靴も服もお前のサイズに合わせて仕立てさせたのだから他にあげろもないでしょうよ。
しかしみっともなく取り乱すのも男としてだらしがない。
庵はつとめて平静を装いなるべく冷徹に接する。
「命令です。ここで着なさい」
「……」
邦子は溜め息をついて着ていたコートを脱いだ。
包みを開け、中身を検品する。
「これ、学校には着ていけないわ」
「ワタシと出掛ける時に着れば良い」
「…そう」
去年香水を渡した時と大して変わらない反応。
庵はますます気分が悪い。
邦子は淡々とコートを羽織り靴を履いてみせる。
邦子はスタイルが良いし背も高い。ショーウィンドウのトルソーを見て決めたがなかなか悪くないだろう。
「しまっておきなさい。お前のものです」
「ありがとう」
しかし、環の贈り物の様子を覗き見ていた庵としては不満が残ってしまう。
「邦子」
「なに」
やり取りを思い出す。
「先月は、」
「?」
「あのチョコレートのケーキ。美味かったですよ」
邦子が目を丸くする。これは、悪くない。
「…珍しいわね」
毎年感想など言わないのだ。驚くのも無理は無い。
「また作って下さい」
「え、ええ。構わないけど」
いけない。不審がられている。
庵はにやけそうになるのを誤摩化して自室に戻るのだった。
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