「どうもありがとうございました~~」
頭を下げながら医務室を出て行く女官。
女官が出て行くのを見送って、一刀は大きく息をついた。
近頃は患者の治療よりも忙しいものが出来てしまった。
原因は沙和。
彼女が一刀は美容の相談にも乗ってくれると城内の者に触れ回ったため、城内の女性がひっきりなしに一刀の所へ相談にやってくるのである。
そして、新たな女性がまた一人・・・・・・
「入るわよ」
医務室に入ってきたのは華琳だった。
「ああ、どうぞ」
そう言って席を勧める一刀。
華琳が着席したのを見届けて、一刀は話を切り出した。
「それで、今日はどうしたんだ?体調が優れないのか?」
「いいえ」
首を横に振る華琳。
「今日は色々と話すことがあってきたのだけれど・・・・・・いいかしら?」
「ああ。患者が来なければ問題ない」
「そう。ならまず・・・・・・私のお気に入りの女官たちが医務室に入り浸っている。そこで診察と称していかがわしい行為を行っているという投書があったのだけど・・・・・・」
「・・・・・・」
「前者の話は本当みたいだったから、一応確認に来たのよ。それで、女官達とは何を?」
「・・・・・・美容についての相談を受けてた。そう言うこともやっていると沙和から聞いてないか?」
「聞いてるわ。私も相談しようと思ってたくらいだもの」
華琳は平然と答えた。
「まあ、それに関しては予測はついてたわ。それにしてもくだらない中傷する人間がいるものね。そんな人間が私の部下の中にいると思うと反吐が出るわね」
「他者を貶めない人間なんてそう多くはないさ。官僚などなら尚更だな」
中傷に関して特に気にした様子も見せず、一刀は悟ったように言った。
「実を言うとね、貴方への誹謗中傷はこれが初めてではないのよ」
「そうなのか」
「ええ。それで城内で調査をさせたのだけど、一刀。貴方うちの男連中・・・・・・特に位の高い武官と文官からは嫌悪されてるようね」
「・・・・・・」
腕を組み、トントンと指を動かしつつ一刀は華琳の話に耳を傾けていた。
「陰口としては新参者の癖に生意気、私達のような位の者に敬語も使わず無礼だ、女性に取り入るのだけは上手いようだな・・・・・・どう思う?」
「独創性に欠けるな。面白みが無い」
一刀の答えに華琳は思わず吹き出した。
「そ、そうね・・・・・・私もそう思うわ。まあそれは置いておいて、この問題、このままにしておくのは良くないと思って貴方の意見を聞きにきたのよ。私が出張ってもいいのだけど・・・・・・」
「それは止めておいたほうが無難だろうな。華琳が直接注意なんてしたらそれこそ火に油を注ぐようなものだ。憎悪に身を任せた人間がどんな手段に出るか・・・・・・あまり良い未来図は浮かばないな」
「同感ね。それで?貴方には何か良い案があるかしら?」
「う~~ん・・・・・・」
顎に手を当てて考え込む素振りを見せる一刀。
「すぐには浮かばないな」
「でしょうね。まあ、何か案が浮かんだら私の所まで来て頂戴。私のほうでも何か考えておくわ」
「頼む」
「それと・・・・・・」
急にそわそわとし出す華琳。
「それと?」
「・・・・・・体の成長にいい方法を教えてもらえないかしら?主に背と・・・・・・胸辺りの・・・・・・」
「・・・・・・分かった」
華琳が去った後、
「中々難儀な事になっておるようですな?」
医務室内の厚めの布で仕切られている寝台の方から声がした。
直後、そこから星が姿を現す。
「いつからそこに?」
「はて?いつからでしょうな?」
一刀はため息を吐くと立ち上がり、星の前までやってきた。
「ここの寝台は昼寝のための場所じゃないぞ?」
「はっはっは。分かっておりますとも。しかし、少々寝不足で・・・・・・」
「だったら自分の部屋で寝ろ」
「ここの寝台は非常に眠りやすいもので」
いけしゃあしゃあとのたまう星に、一刀は頭を抱えたくなった。
「・・・・・・ほどほどにな。それと、寝かせなきゃならん患者が来たときはすぐに退けよ」
「心得ておりますとも」
「それと」
一刀は星に顔を近づけて念を押すように言った。
「相談に来ていた人間との会話が聞こえていたなら、その事を他で喋ったりするなよ。患者の秘密は厳守するのも俺の仕事の一つなんだからな」
「ご安心を。そのような事いたしませぬ」
「・・・・・・ならいい」
星から離れ、再び席に着く一刀。
「ところで一刀殿」
「ん?」
「先程華琳殿と話しておられた問題に関してですが」
「何か案があるのか?」
一刀に対し、頷く星。
「そうですな。効果は少なからず期待できるのではないかと・・・・・・」
「・・・・・・話を聞こうか」
席を勧める一刀。
勧められるまま着席し、星は自分の提案の内容を話し始めるのであった・・・・・・
翌日
中庭に曹操軍の主だった将たちが集まっていた。
華琳が皆の腕を確かめておきたいと言う事で、一対一で手合わせを行っているのだ。
なお、真剣勝負で怪我人が出ないとも限らないので一刀も華琳の側に控えている。
手空きの武官や兵士たちも遠巻きに見学していた。
現在は流琉と季衣の対戦が行われている。
「でりゃ~~!!」
「え~~い!!」
派手な音を立てながらぶつかりあう両者。
「やはり互角・・・・・・ですな」
「ええ」
星の発言に同意する華琳。
結局二人の戦いは互いに譲らず、時間切れ引き分けとなった。
「あの二人に目に見えての優劣が着く日は来ると思うか?姉者」
「む?実力が同じなら、より鍛錬をした方が上に行くのではないか?」
「・・・・・・そうだな」
単純だがもっともな姉の意見に頷く秋蘭。
「さあ、次は誰?」
「では私が」
そう言って前に出たのは凪だった。
「なら相手は・・・・・・」
「一刀殿。出られてはどうですか?」
星の発言に一同の視線は一刀に集中した。
「おい星。北郷は戦える人間なのか?」
「うむ。一刀殿と旅をしていた頃、幾度となく稽古に付き合ってもらった事がある」
春蘭の疑問にその時を思い出すような目で語る星。
「で、どれほどの強さなのかしら?」
華琳の質問に、星は笑みを浮かべる。
「それを言っては楽しみが減るでしょう。まあ一刀殿のやる気があれば・・・・・・ですが」
視線を一刀の方へ向ける星。
一刀は一息つくと、凪の方へ歩いていった。
そしてある程度距離を置き、始まりの合図を待つ。
「兄ちゃん強いのかな?」
「兄様、怪我をしなければいいのだけど・・・・・・」
「凪ちゃん頑張れ~~」
「一刀も頑張りや~~」
「楽しみだな秋蘭」
「うむ」
「・・・・・・あんな奴惨敗すればいいのよ」
それぞれが思い思いの台詞を口にする中、華琳が号令を発しようとしていた。
「・・・・・・始め!!」
号令が中庭に鳴り響くと同時に、二人は構えを取った。
「一刀殿も無手ですか?」
「ああ」
「では・・・・・・行きますよ!」
先に仕掛けたのは凪だった。
様子見と言った感じの力をセーブした右の正拳。
一刀は冷静にそれを後ろへ避ける。
対して凪は、追い打ちをかけるように左の回し蹴りを繰り出す。
一刀はそれもかろうじて避け、後方へ跳んで距離を取った。
凪が攻めて一刀が守る。
その繰り返しだった。
「逃げてばかりじゃない。戦う気が無いんじゃないの?」
あからさまに侮蔑を込めて桂花が言う。
「それは多分ないわね」
それに異論を唱えたのは華琳だった。
「か、華琳様。しかし、あの男は一度も手を出していないではありませんか」
「機を待っているのよ」
そのような会話が交わされていた頃、凪は少々焦り始めていた。
一度も攻撃がまともに当たらない。
しかも少しずつだが、相手の避け方に無駄が無くなって来ている気がする。
ここは一度落ち着こう。
そう思い凪は攻撃を止めて、一旦距離を置こうとした。
だが最後の攻撃を繰り出し、後方へ飛び退ろうとした瞬間だった。
一刀が初めて前方へ踏み込み、凪に急接近した。
「!?」
不意を突かれた凪は不十分な体勢から一刀に拳を繰り出した。
凪の拳を避けるのとほぼ同時に、一刀は素早く凪の手首を掴む。
そして一刀が手を返した次の瞬間、凪の身体は宙を舞っていた。
受身も取れず、地面に背中を強打する凪。
「う・・・・・・ぐ・・・・・・」
一瞬、呼吸すらままならなくなった凪の目前に、一刀の拳が突きつけられた。
「それまで!」
こうしてこの勝負は、一刀の勝ちで幕を閉じたのであった・・・・・・
勝負の後、一刀は凪の背中をさすっていた。
「大丈夫か?」
「え、ええ。すみません」
そんな二人の所にやってくる華琳。
「凪を倒すなんて、見事な腕ね」
「ああ」
褒められても特に嬉しそうな表情もしない一刀。
しかし、華琳は特に気にした様子も無く続ける。
「見たところ力強い戦い方ではないみたいね。凪の拳が剛の拳とすると、さしづめ柔の拳といった所かしら?」
「ああ。残念ながら俺は単純な力の資質が一般人以上では無かった。だからこんな戦い方しか出来ないんだ」
「そう卑下するような物でもないわ。見事な技術よ。ただ・・・・・・戦場に出て大人数と戦うのには適さないようね」
「そうだな。もっともそんな場に出るつもりもないが・・・・・・立てるか?凪」
「はい。大丈夫です」
一刀と共に立ち上がる凪。
この後、春蘭や季衣も一刀への挑戦を望んだが、一刀はこれ以上はやるつもりはないと断言し、その後は医療担当としての責務に戻ったのであった・・・・・・
その夜、一刀は星の部屋を訪れていた。
「武官の人間は強さで人を計る人間が多いですからな。これである程度はおとなしくなるでしょう」
「文官の方はどうなんだ?」
「ますます陰口を叩くくらいしか出来なくなるのでは?誰かを使った実力行使も容易では無いと教える事が出来たわけですし、権謀術策を巡らすにしても一刀殿相手にはかなり制限される。薬関係は一刀殿には丸分かりでしょうし、仕事の責任を押し付けるというのも医師と言うある意味独立した職業に対しては無理でしょう」
「俺としては俺の責任を問うために患者に手を出したりしないかが心配だ」
「そのような事をやった所で華琳殿ならちゃんと調べるでしょう。事実が分かった時点で事を行った者がどうなるか・・・・・・そんな危険を孕んでまでやるとも思えませんがな」
「・・・・・・」
「ところで、いままで不思議に思っていたのですが、一刀殿のあの拳技はどこで学ばれたので?」
「ん・・・・・・旅を始めて間もない頃、一人のオトメに会ってな。しばらく一緒に旅をしながら技を教えてもらった」
「ほう・・・・・・」
星の言うとおり、大半の者が一刀を追い落とす事を諦めていた。
只一人を除いて。
その一人、桂花は諜報活動を行っている直属の部下を自室に呼んでいた。
「それで荀彧様。私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「北郷一刀の素性を調べなさい」
「素性・・・・・・ですか」
「あの男は得体が知れないわ。過去についても何一つ分からないし、本人も語らない。となれば、おそらく人に言えないような過去があるのよ。徹底的に洗い出しなさい」
「・・・・・・はっ!」
そう言うと、部下は静かに部屋から出て行った。
「あの男、必ずここから追い出してやるわ・・・・・・くっくっく・・・・・・」
怪しく笑う桂花の目には、ドス黒い光が宿っていた・・・・・・
どうも、アキナスです。
一刀君の身体能力、戦闘能力については色々と悩みましたが、結局今の形に落ち着きました。
もっとも後々プラスアルファが無いとも言い切れませんが。
しかし、桂花は悪役の似合う女ですねww
とはいえ、ある意味この外史のキーを握っている女にも思えます。
さて、それではまた次回・・・・・・
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一刀君の人間関係に焦点を当てます