6
来は白い部屋で、コンサルティングの仕事をしながら『今朝の山本充』を再生していた。
大学を卒業した後も、海外企業のITコンサルティングの仕事を続けている。
CRIの仕事と学校が疎かになる様なら、幾つかを辞めるつもりだったのだが、今のところ問題無くこなせている。
CRIの事務所には静寂が流れている。
白いドア、白い壁、白い天井。
ひたすらに来の頭の中で流れる今朝の教室の風景、山本充の声、その表情。
やがて五十回目の再生に差し掛かった時、誰かがその再生を止めた。
「――来」
来は、振り向いた。
「お前、帰らんのか?」
格が寝むそうな顔で白衣を着ている。
留衣達が出て行ってから、少し横になったらしい。髪には寝癖が付いていた。
「うん。もう少しここにいるよ。どうなったのか気になるし」
「そうか。俺はこれから仕事だから行くぞ」
「今日夜勤?」
「ああ。それと、これ」
格はウサギのぬいぐるみを来の横に置いた。
「目覚まし、借りたぞ」
ウサギはピョコリと動いて
「ウサウサ」
としゃべった。
来が作った目覚まし用のロボットだ。
片手にプラスチック製の、柔らかいハンマーを持っている。
低血圧の格は、普通の目覚ましでは起きるのが困難らしい。
来はそんな格の為に、ハンマーで頭を叩く目覚ましを作った。
ただの目覚ましではつまらないので、人工知能を搭載したウサギ型ロボットにした。
「役に立った?」
「かなり」
ぬいぐるみを被った可愛らしい外見なので、使って貰えるか心配したが、格はどうもこの『ウサメカ』を気に入ってるらしい節がある。
来にとっては喜ばしい事ではあるが、三十を越えた大の男が、ウサギのぬいぐるみを傍らに寝ている姿を見ると、少し可笑しく思えた。
「じゃあな」
「うん。頑張ってね」
軽く手を上げて、格は事務所を出て行った。
――格は相変わらず忙しい。
後ろ姿を見ながら来は思う。格はその内に過労で倒れるんじゃないだろうか。
彼に休みは無い。毎日検死、解剖、大学の講義に会議――寝ている暇も無い。
留衣はそんな格に気を使ってか、格に無理を言わない。――整には大いに言うが。
来は溜め息をついてから時計を見上げた。時計の針は午後九時を指していた。
そうしてまたノートパソコンへと視線を落とし、頭の中で五十回目の『今朝の山本充』を再生し出すと、更にまた、誰かが停止させた。
「何だ来。まだいたのか?」
白いドアが開いて、サングラスの長髪男が嬉しそうに笑っている。
「うん。どうなったのか気になったから」
そう言って来が身体ごと後ろに椅子を向けると、整の後ろから留衣と紗吏弥が顔を出した。
「来君、こんばんは」
「あ、サリーちゃん。あれ? 結局本庁行きなの?」
「そうよ。格のお陰でね。殺人の線で捜査になったわ」
留衣が書類の入った封筒を、ドサりと机に置きながら満足そうに言った。
「急展開だ」
来が興味津々に言うと
「そう。急展開」
と、紗吏弥もにっこりして答えた。
捜査一課に彼女が入って来たのは、ほんの半年前だ。
紗吏弥は元FBIの心理分析官で、整の後輩なのだと聞いた。整が留衣の誘いでFBIを辞めた後、紗吏弥はFBIの行動分析課に入って来たのだそうだ。
FBIでは整と一緒に働いた事はないらしいが、彼女は整の事を間接的に知っていて、とても尊敬をしている様だ。
そして彼女はどうも、一課の『CRI担当』らしい。本庁に事件が回ると、彼女はいつもここにやって来る。
普段はにこにこと笑っているが、常にスーツを着用し、捜査となると男勝りな行動をとる。時々留衣の方が女らしく見えるので、世の中には色々なタイプの人間がいるのだと思い知らされる。
CRIは違和感の巣窟だ。
「綛谷の声は、上層部にも良く通るんですよね」
紗吏弥も満足そうににこにことしている。
彼女は格の事を綛谷と呼んでいる。以前から格と知り合いだったのかと思ったが、そうでは無いらしい。格以外は呼び捨てにしたりしないのに、なぜ格だけを呼び捨てにするのか、来はいつも気になっていた。
気になってはいても、現在まで本人には問えていないのだが――。
「あ!」
来は不意に叫んだ。急に自分がここに残っていた本来の目的を思い出したのだ。
「そういえば山本充、どうだった?」
「グレーだな」
整がやっとここに辿り着いた、とばかりに自分のデスクに座った。そして一服し終わると、研究室での一部始終を事細かに来に聞かせてくれた。
「人に真意を隠したい人間てのは、無意識に口元を隠しながら話す奴が多いんだ。山本充も例外じゃなかった。それに奴の話し方だな。同じ意味の言葉を繰り返す独特な話し方をしていた。そういう話し方をする場合、何度も同じ事を反復させる事で疑いを持った相手に自分を信じさせようとする心理が働いている。実際政治家なんかが使うあれだ。まあ、犯人ではないかもしれんが何かを知っている、または何かを隠している。だがそれが何なのかは今の所不明だ」
整は一気に話し終えると、それきり黙って考え込んだ。
「犯罪パターンと山本充の合致はしたんですか?」
考え込んでいる整に、紗吏弥が立ったまま身を乗り出して尋ねた。
「うん。ずれる」
紗吏弥の問いに、整は直ぐさま答えた。
「今回の犯罪パターンを辿ってみると、あまりにも稚拙だ。計画性はある。だが自殺マニュアル本の内容に囚われ過ぎて自殺者、つまり被害者に不自然な事をさせ過ぎた。リアルに自殺する者について考えが及んでいない。普通ならどう考えたって、バケツを用意して自殺するなんて有り得ないと思うだろう?」
「まるで子供ね。しかも最近の応用力の無い子供」
留衣も自分のデスクに腰を下ろして、片肘を付きながら整の言葉に賛同した。
「参考書では、基礎的な知識は身に付けられるのよ」
「だけど応用する力は無い」
整がピシャリと留衣の言葉に被せた。
「そうですね。確かに心理学を取り入れてまで周到に尋問に答えている山本充は、プロファイリングから外れる」
紗吏弥が腕を組みながら考え込んだ。
「そ。だが奴は嘘をついている」
整はそう言いながら煙草を取り出して咥えると、ライターで火を点けた。整の顔はライターの火で一瞬赤く光り、サングラスに火の残像が残った。
「ねえ。共犯て事は無いの? 山本充と子供で…実行犯が生徒とか」
「それは無いと思う。共犯なら山本充が殺し方について指示する筈だし」
紗吏弥は来の言葉を慌てて否定した。
「何より、もし山本充が犯人の一人だとしても、何の為にあの場所に上野麻季の死体を吊るす必要があったのか――そのメリットが判らん。自分の立場を窮地に追い込むだけだろう。自己顕示欲の表れだとしたら自分で手を下す筈だが、山本は実行犯じゃない」
整も落ち着いて否定した。
「じゃあ――生徒が?」
来は口をぽかんと開けた。
この事件は謎だらけである。
「結論を急ぐのは危険すぎる」
来の方に顔を近づけて整は言った。
「何より俺は腹が減った。『腹が減っては戦は出来ぬ』だ」
整以外の三人はきょとんとして顔を見合わせた。
「そういえば…俺も何も食ってないや」
整の言葉で、思い出したように来の腹の虫が騒ぎ出した。山本充の再生に忙しかったので、すっかり夕食を食べるという行為を忘れていた。
「じゃ、食事に出ましょうか」
留衣はにっこり笑って奢りよ、と加えた。
整は珍しい事もあるもんだ、と憎まれ口を叩いたが、内心では喜んでいる様子だった。
「事件の話は食事から戻った後よ」
留衣は上着を手にしてそう言った。
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【Joker's】絞首台の執行人 小説版です。
犯罪心理?物というか
ミステリ崩れな小説です;
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