No.830537

鳥海の話 その1

クサトシさん

艦隊これくしょんにて鳥海の台詞からパッと思いついたものを書いてみました。
初めてなので色々指摘して頂ければ幸いです。
その3まで考えています。
その2 http://www.tinami.com/view/834443
その3 http://www.tinami.com/view/835987

2016-02-13 19:05:22 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:403   閲覧ユーザー数:400

 

 

 

あと少し、あと少しなのに。

海中に二人の少女がいた。片方は目を閉じ、沈んでいく中、もう一人は片方を救うべく追いかけていた。もがきながら手を伸ばし、少しずつではあるが距離を縮め、彼女に触れようと近づいて行く。

「摩耶!」

届くはずの無い声を張り上げ、視界が霞んでいく。それでも、彼女の姿から目を離すことはなかった。彼女との距離が縮っていき、彼女の手から摩耶の手まで一寸にも満たない。そして・・・。

 

 

波の音に混じって声が聞こえる。

誰かの名前を呼んでいた。呼ぶ声は徐々に近づいてきて私に触れてきた。

「大丈夫。まだ息があるわ。」

聞き覚えのある声だった。その後、多分、その誰かに、海に張り付いていた私を引き剥がした。

駄目。まだここには。

その時だったのかいつだったのか、殻の中から羽化するような、力が抜けていく感覚を覚えている。

海に何かを置いてきた気がした。

 

 

「大丈夫。まだ息はあるわ。」

無線にて他の仲間へと連絡を入れる。

運が良かった。ある程度の目星が付いていたとはいえ、海を漂流する木片のような彼女を、見つけられたのは奇跡と言ってもいい。そして何よりも生きていた。

外傷はさほど見られない。だが、服は所々焼き千切れている箇所があり、装備品はボロボロで最早原型を留めていなかった。その装備品に少しの違和感を覚えたが、一先ず彼女が生きていたことに安堵した。一縷の希望を持っていたとはいえ、本来なら彼女たちのモノであった一部を探しに来ていたのだから。

「私がこの子を支えるわ。引き続き周囲の警戒をお願い。捜索はまだ続行します。」

「待ちなさい。」

「高雄。」

高雄と呼ばれた女性が近づいてきた。

「愛宕。この付近であの子達が攻撃を受けたのよ。索敵機を飛ばして常に警戒してるとは言え、いつ、どんな敵が現れるかもわからない。こんな所に長時間いるのは危険よ。」

指定された海域はほぼ捜索が終わっていた。愛宕もそれは理解しているだろう。ただ納得していないのだろう。自分だって捜索を続けたい気持ちはある。ただ、攻撃手段を持っているとは言え、偵察、捜索用の艦隊、それに人一人抱えたまま、どれだけの戦力を持つか不明な敵に遭遇した時を考えると、全滅だってあり得る話だ。

高雄の言葉に愛宕は動揺していた。

「だ、駄目よ。だって、」

「この子がいたのよ。」

希望的観測だ。

高雄の拳が強く握られ、震えていく。

「あの子だってまだ」

「もうここはほとんど捜索済みよ。」

「なら、他の場所に」

「姿形どころか残骸もないのよ!」

高雄の怒声が響く。奥へ向かおうとしていた愛宕の動きが止まった。今の愛宕の表情が見えていたら、彼女を止められなかったかもしれない。幸い、後姿であったが、その彼女の後ろ姿さえも直視するのが辛かった。

「ごめんなさい。でも、」

目線を逸らし、静かに続けた。

「私達は確認の為にここに来たのよ。信号も、無線も、反応がない。それでも、と提督に具申して・・・」

「決定権は旗艦である貴女が持っているわ。だから…」

「冷静な判断を、お願いするわ。」

もし、自分が采配を担っていたら、同じ事を愛宕に言えただろうか。規則とは言え、辛いことを彼女へと押しつけてしまっている自分の卑劣さに苛立ちを感じぜざるを得なかった。

暫くして、

「そう…そうね…。」

小さな声で返事が返ってきた。

介抱している少女の前髪をかき分けながら、「この子が生きてたいんだもの。あの子だってどこかで、」、と高雄に聞こえない小さな声で呟いた。

愛宕が無線へと手を触れる。その手は少しだけ震えていた。

「第一捜索隊、旗艦愛宕、報告。」

「指定海域捜索中、高雄型重巡洋艦4番艦鳥海を発見。呼吸、脈拍アリ。これを保護。」

「また、同海域にて鳥海と共に交戦していた、高雄型重巡洋艦3番艦、摩耶を発見すること叶わず。これ以上の捜索による成果は期待できないものと考え、これより帰投します。」

「よって」

唾を飲み込み、次の言葉を発することを躊躇した。高雄もまた次に繰り出されるであろう言葉に、やりようのない感情が渦巻いていた。

「ど、同艦を…轟沈として処理されたし・・・。以上。」

この時ほど波の音が大きく聞こえたことはなかった。ぽっかりと穴の開いた自分の中に、流れ込み、垂れ落ちては、満たされることのない感情の渦が繰り返されていた。

「どんな顔を、されるかしらね・・・。」

「ええ。」

涙は不思議と流れなかった。

 

 

 
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