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新・戦極†夢想 三国√・鬼善者を支える者達 第052話

どうもお久しぶりです。
一応帰ってきましたが、仕事は一段落ついたのでまた書いて投稿してみました。

今回は蔡瑁である凛寧の回です。
久々に書いたので上手く言ったかどうかはわかりませんが、誤字脱字があれば指摘して下さい。

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2016-02-10 19:12:06 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1011   閲覧ユーザー数:973

新・戦極†夢想 三国√・鬼善者を支える者達 第052話「秀将の掟」

劉備軍の捨てられた陣にて、恋歌達赤備え部隊は酒盛りを開いていた。劉備軍との緒戦は不意をついたとはいえ大勝に終わった為に、これから続くであろう長い戦い前に英気を養う様に認められたのだ。

劉備軍の捨てた陣の兵糧は微蓄であったが、それでも8万を動かすものである為、8千の数であればそれで十分であった。

赤備えの兵士達は辺り構わず酒の飲み比べや、酒樽を使っての腕相撲、裸踊りに、少し過激な行動では腕試しとばかりに拳のみの喧嘩が始まっていた。

凛寧はそんな陣を歩き回っていると、ある場所では雅が腕相撲で三人がかりできている相手を潰し、ある場所では紅音が琴を奏でながら瞳がポールダンスを行なっていた。

「あ、凛寧だ」

呼び止められた方向に向けて彼女が振り返ると、酒樽を担ぎ、頬を赤く染めた黒美がおり、足元には飲み比べで潰されたであろう男衆が何人も横たわっていた。

「……黒美か……」

「どう、凛寧も1杯」

そうやって黒美の突き出す盃を凛寧は軽く押し返す。

「……いらん。それより、奥方様はどちらに居られる?」

「恋様?恋様なら向こうで部隊の人たちと殴り合いしていたよ」

それを聞いて凛寧は一目散に走り出した。自らの主である小龍の同盟者である重昌夫人にもしものことがあれば自分達の立場が無くなると。しかしこの後、凛寧の不安は改めて、何故恋歌が小軍で大軍である劉備軍相手の総大将に選ばれたかを再認識させられることになる。

彼女が向かった先には結構の多集りが出来ており、その中心で肉と肉がぶつかり合っている音が聞こえている。恐らくはその中心で恋歌は戦っているものと思い、彼女は人集りを一気に飛び越えてその輪の中心に入った。

「ぐえっ」

何か鈍い感触を感じて。

彼女が輪に入った瞬間に目の前には何発か顔面を殴られたのだろうか、少し顔が赤くなっている恋歌、その彼女の後ろで横たわっている男達、そして下には今自分が踏みつけた隊の一人がいた。

「お、なんだ?姉ちゃん歌様に挑戦か?」

「いいぞいいぞ。姉ちゃん、歌様を伸しちまえ!」

「俺達の分まで頼むぞ姉ちゃん」

歌様というのは恋歌の愛称。恋歌の愛称は二つあり、真名を呼んでいいと自覚している者は恋様と呼び、それ以外の者達は歌様と呼んでいる。彼女自身別に真名という概念に縛れていないのだが、この世界の人間は恐れ多くてその様な禁句を犯したくないらしい。

「………フェンは伸びちまってる。ここにいると危険だから下げな」

フェンというのは、凛寧が不可抗力で踏みつけてしまった兵士のこと。

「あ、あぁぁっ、す、スマナイ。スマナイ」

凛寧は不可抗力とはいえそんな姿にしてしまった兵士に狼狽しながらも必死に謝罪する。

「さて、凛寧……やるか」

恋歌は拳を鳴らしながら彼女に近寄っていく。

「え、ちょ、え?」

未だ状況が読めていない凛寧に周りの野次馬は彼女らを煽る。

「さぁ、いくよ!しっかり受け止めな!」

凛寧は訳も分かっていない状況にも関わらず、そのままきた恋歌の拳をそのまま顔面に食らった。凛寧はそのまま吹き飛ばされて野次馬の中に埋もれ、その勢いで何人かの野次馬も浮き飛んだ餌食となった。

大の字で倒れた凛寧に、周りは意識があるのかと心配になり確認に向かおうとすると、凛寧はすぐさま飛び上がるように立ち上がり恋歌に向かっていった。

「なにするんですか!!」

言葉の一つ一つを強調するように発言しながら恋歌の下に走って行き、突然わけも分からず殴り飛ばされた怒りに感けて、思わず自分も彼女に思いっ切り拳を入れてしまった。余りにも良い感じで拳が入った為に、それで恋歌も周りの野次馬に埋まるように吹き飛ばされてしまい、凛寧は肩で息をしながら頭の熱が冷めていくことを理解した。

【……自分は今何をした?影村夫人を……殴った?ああああああああああああああああああああああっ!!どどど、どうしよう!!自分のせいで、荊州の民の未来が!!劉家の再興が!!小龍様の命がぁ!!】

頭の回線がショートしそうなほど彼女は混乱し、鼻から出てきていた鼻血も殴られた影響では無く、頭の血が一気に冷めて、その血が何かしらで漏れてしまったものかと考えたが、だが口元を切らした恋歌が立ち上がりその血を拭った姿を見て彼女の中の何かが壊れた様な気がした。

【……………………終わった――】

凛寧の知る限り、彼女の家系は代々荊州の劉家に仕えていたらしく、その歴史が彼女の不可抗力により終わってしまうのかと思うと、彼女は先祖に亡き親に謝罪した。

【お父上、お許し下さい。私はもうすぐそちらに向かいそうになりそうです】

凛寧はすぐさま自分の天幕に戻って自害をして罪の追求を逃れ劉家の存続を計ろうと考えていたが、しかしその心配も杞憂に終わる。

「……なかなか良い拳ね」

恋歌がニヤリと頬を緩めると、再び凛寧めがけて彼女に拳を浴びせた。それ先は凛寧も記憶が飛んでしまった。彼女が考えることを辞めて、武人としての本能のまま恋歌と殴りあうことにした。なるようになれと自暴に陥った。

そこから先の詳しい内容は、両者互いの拳を決して避けることなく、ただ相手を殴りあうストリートファイトに発展した。凛寧も恋歌の拳を真正面に受けることに徹した。恋歌の実力は今朝の戦いの際にはっきり分かっていた。その気になれば自分の拳などいつでも避けられることを。更に言えば恋歌は足技も使わずただ拳だけであり、決して致命傷になる一撃も寄越さない。だとすれば自分のやることは唯一つ。自らもその拳を真正面に受け止めて、そして拳で返すことであった。

 拳だけのストリートファイトは明け方まで続き、太陽が昇る頃には応援疲れの兵士が辺り構わず熟睡しており、その中心に恋歌と凛寧がそれぞれ顔を腫らしながら仰向けで寝転がっていた。

「……なかなかやるじゃないか。小龍ちゃんに対して過保護癖が強いただの小童と思っていたのに」

「………奥方様も、影村様の後ろに控えていただけの小姓風情ではなかったのですね」

「あら、言うじゃないか……まだやるかい?」

凛寧の言葉に恋歌は再びムクリと体を起こした。

「たかが奥方に負けては、武人の名折れです」

その言葉に恋歌はニヤリと頬を緩めると、凛寧も対するように頬を緩めて再び殴り合いが始まった。そうして、二人が目覚めたときには、彼女らは医療班の天幕の寝具の上で横たわっており、凛寧が目覚めた時には、恋歌は既に昼食とばかりに肉をほお張っていた。

「……それだけボロボロで良く胃に入りますね」

起きてから第一声目に凛寧が恋歌を非難すると、彼女は笑って答えた。

「戦場に出たらまともに飯も取る時間も無い。戦いながら飯を食うこともザラにあるさ。その時に比べれば今は運動した直後だから丁度良い」

そう言いながらまた肉をほお張る恋歌を見ながら、彼女の後ろの寝具にていびきをだして寝ている黒美に気がついた。

「全く。酒で潰れたこの娘とアンタの拳が効いたせいで出発を一日遅らせなければならなくなったじゃないか」

凛寧の隣や黒美の奥、周りの寝具を見てみると、酒で泥酔してしまった者と、顔をそれぞれに晴らした者達が横たわっていた。

これらは黒美が酔い潰した者と、凛寧は覚えていないであろうが、恋歌と凛寧のストリートファイトが過激を増した時に止めようとした者達が逆に殴り飛ばされた結果である。

そのことを徐々に思い出すと凛寧は頭の血が引いていくことを感じ取り、寝具を飛び出し、地べたで恋歌に土下座をした。

「も、ももも、申し訳ありません!!若気の至りといえ奥方様に対しての不忠に加えて、悪戯に軍を乱れさせたことをぉ!!」

地面に頭を擦り付ける凛寧に対し恋歌はそのまま立ち上がる。

「なんだ、まだまだ元気なのか。それじゃあ今から見回りに行くから、着いてきな」

恋歌は凛寧が必死に謝罪していることなどお構い無しに受け流し、そのまま天幕を出て行こうとする。恋歌が天幕を出て行ったことを確認すると、凛寧は恐る恐る頭を上げて慌てて恋歌に付いて行った。

恋歌と凛寧が陣を歩いていると、既に起床し進軍の準備を整えている兵士がおり、瞳と雅、紅音がそれぞれに指揮を執っていた。

その指揮は幼き頃に荊州の私塾で学んだ教本以上のものであり、前日宴にて馬鹿騒ぎしていた者達とは思えぬものであった。

陣の散策を終えた時、恋歌は自らの天幕に凛寧を招待し、現在彼女に茶を点てて馳走していた。

「それで、昨日あたしに何か様があって探していたんじゃないのかい?」

そこでようやく凛寧は昨日恋歌に様があったことを思い出し、手遅れと思いながらも質問をした。

「……奥方様。ここは昨日敵より奪いし陣であるはずです。本来は守りを固める筈であるのに、何故酒盛りなど行なったのですか?」

現在は瞳達の指揮の下警戒は万全である為問題はないが、たとえ相手の陣を奪い取ったとしても、勝ちに浮かれている敵を強襲し陣を奪い返すことは戦術の定石である。そんな中で酒盛りなど行なえば逆に敵に蹂躙される。相手はこちらの十倍の軍であり、こちらが油断していればそのまま潰されかねない。

「なるほど。確かに普通ならそんな風に考えるけど、でもあたしには確信があった。相手は”絶対に”攻めてこないって」

すると恋歌は立ち上がると、凛寧の腕を掴み上げて彼女の腕の筋を触っていく。

「例えば、筋肉や腱っていったものは、何本も何本も筋が集まったもので、しなる柔らかい細い木の枝が何本も集まった物と考えればいいわ。これらが何らかの事故によって切れてしまえば、直る場合もあれば直らない場合もある。筋肉に関しては人間の自己修復力で場所によっては直るものだけど、腱や靭帯に関しては適切な処置を施さなければ一生直ることもなくなる」

凛寧には恋歌の言っていることが理解出来ずに、ただ黙って話を聞くことしか出来なかった。

「……昨日、私がどういう戦い方をしていたか……覚えている?」

その時、凛寧はハッとした。恋歌は敵を殆ど殺すことなく、ただ殺傷に近しいことを行なってきた。つまりは敵を殺すことでは無く、敵を戦闘不能にさせる戦い方をしていた。

「こちらで捉えた負傷兵は、ウチの医療班が適切な方法にて治療を施した。重昌はあたしの戦い方に備えて、最高の医療班をあたしに預けてくれた。だけど、撤退した方の負傷兵はどうなるのかしら。彼らはこちらの領地を接収するつもりで攻めてきている。それに、あたしみたいな戦い方をする物なんて、いるとも考え付かないでしょう。

するとどうなるか……敵の陣では腱や靭帯の痛みに苦しむ兵士で溢れる。それに加えて、ウチの軍は赤備え隊。血飛沫を浴びせながら味方を蹂躙していく様を見て敵はどう思う?あまり相手をしたいとも思わないのじゃない?彼らの心には恐怖が芽生えて、とても私達をその日のうちにもう一度相手にしたいとも思わない。っと、これが昨晩敵の動きを無視しながら、安心して酒盛りを開いた理由よ」

凛寧が見上げる恋歌の顔を確認すると、彼女はゾッとした。そして昨日のことを思い出した。血飛沫を散らせながら敵を真っ先に蹂躙していく恋歌の姿を。

「……それに、瞳たちを選んだのにもちゃんと理由があるのよ。まず雅は知っての通り圧倒的な力で敵を薙ぎ払ってくれるから、あたしと同じ殲滅に相応しい。瞳は敵が迎撃を行なっている際に、あたし達の後ろから敵目掛けて矢を浴びせて敵を怯ませてくれる。紅音に関しても、敵が攻勢に転じることがあれば、彼女が隊を率いて私達を守ってくれる。正に鉄壁の守り人ね。そして貴女と黒美を連れて来たのは前に話した通りで荊州を取り戻しやすくする為。……これだけの駒が揃っているのだもの。早々に壊滅する事は無いわね」

また改めて恋歌を見ると、彼女の見せる黒い微笑みを確認すると、敵に回すと最も危険だと軍人としての本能が警告を鳴らす。だが恋歌は突然そんな表情とは真逆で、心温まる優しい微笑を浮かべた。

「それに、あたし達はこれから少数精鋭で大軍を相手にするのよ。それに備えて本当の意味で隊の”絆”を再確認させておく必要があったのよ」

「………どういう意味ですか?」

「あたしは大将の器ではない。一個の隊を率いる将型なの。そういう才能はどちらかというと瞳のほうが素質はあるわね。でも今四面楚歌に陥っているこの状況でウチは大軍を割くことも将を割くことも難しい。だったらどこか一方が少数でいくしか手は無い。だからあたし達は奇襲と強襲を織り交ぜた戦法で相手を撹乱し、敵を壊滅させるしかないの。だけど奇襲戦法を行なうには決して切り離せない大事なものがある。………隊の絆。隊が一つとなること。隊が一つとなれば多少のブレは生じない。奇襲や強襲もかけやすくなる。現にあたしが編成した赤備え部隊は、あたし自身が選抜した一刀君や椿、三葉などの隊から引っ張ってきた猛者達。考えの違いや、それぞれの隊の制度もあるから、これから戦うに当たって本当に互いに命を預けられるか不安もある。緒戦の大勝にて互いの実力を認識したことでしょう。なれば次に行う事は、考えの違いとわだかまりを取り除くこと。彼らは酒を飲み、語らい、喧嘩をし、互いを仲間と認めあう。それに男女間があれば時に恋に発展する。アンタもあたしと殴り合って、少しはスッキリしたんじゃない?少なくても戦い前の変にかしこまった雰囲気は緩和されている様に思えるけど?」

恋歌の指摘通り、凛寧はずっと荊州の地を取り戻すことだけを考えていた。だが昨夜だけはそんなことも忘れて、ただひたすら体を動かして、今の仲間達と自分らそれぞれの技量を確かめ合うことに集中出来、武人としては充実した時間を過ごせたような感じがした。

「凛寧、アンタはどうなりたいの?」

「……どうなりたい?」

「このまま小龍を甘やかすだけの凡将になりたいのか。それとも彼女の敵全てを蹴散らす修羅になりたいのか。他にも選択肢はいくらでもあるけど……アンタは何を目指すの?」

凛寧はこれまでの自らを振り返り確認した。彼女が物心付く頃の記憶では、蔡家は荊州劉家より代々仕えてきた豪族だと聞いていた。だが彼女の父、蔡諷(さいふう)の妹が白龍の目に留まった。当時、友の死と仲たがいにて疑心暗鬼に陥っていた白龍は小龍の母でもある妻にも先立たれていた。その妻の面影を蔡諷の妹に見た為、白龍は蔡氏を継室へと貰った。これにより蔡家の劉家での発言力は強大になり、凛寧は父に命ぜられて小龍の遊び相手として連れてこられた。小龍と年は5つ程しか離れていなく、当時凛寧は9つであった。幼い凛寧は父の命ぜられた通りに小龍の相手をして彼女の機嫌を取った。彼女も幼いなりに、これが自身の家の繁栄の為である事と思い、上辺で彼女の相手をしていた。半年もしないうちに小龍は凛寧に懐き、姉妹のいない彼女は凛寧に対し姉上と呼ぶようになった。病弱の何も知らない幼子が自分に懐いてくるに始めは哀れみを感じていた。

 しかしそれから転機が訪れてしまった。白龍の後妻として嫁いだ蔡諷の妹が流行り病にて死去してしまった。白龍は妻を二度失ったことにより疑心暗鬼を加速させ、蔡諷も妹の死に嘆き体を壊して還らぬ人となり、16の時に凛寧は家督を継いだ。だがそれからの蔡家は没落の一歩を辿ってしまう。蔡氏は子宝に恵まれなかった為に、それにより蔡家と劉家を繋ぐものは無くなり、蔡諷の死去に伴い彼が巡らせた蔡家の人脈も絶たれ、発言力も無くなり、蔡家を快く思わない者達により凛寧はより追い込まれることになる。唯一味方であった蜘蛛も白龍に付ききりに成らざる得なくなって凛寧を保護することも出来なくなってしまい、蔡家は爪弾きにされた。それから凛寧に課せられたことは、過酷の任務の日々であった。僻地へ赴き一人で賊を無力化すること。陸上出身の将が多い中、海賊が現れれば真っ先に凛寧に討伐指令が渡り、黄巾党が出没し始めた頃などは、寝る間も与えられぬ程に討伐任務に当てられて彼女の精神(こころ)と体はボロボロになり、そして遂に彼女は襄陽の本城にて倒れてしまった。

 彼女が目覚めた時、そこは襄陽の医務室であった。度重なる戦いの疲労により倒れてしまったのだという。彼女の見舞いには誰も来なかった。その時の彼女に友人と呼べるものは居らず、しいて挙げるのであれば幼き頃に、共に小龍の遊び相手をしていた向朗・黒美であった。真名の交換をしたとはいえ、所詮彼女とは小龍のご機嫌取りをしただけ。本当の意味で真名を交換したという認識はなかった。誰も来ないとはいえ、ようやく訪れた安息の時。体が治れば、また過酷な任務へと狩り出される日々が訪れる。なればこそ、今この時を無駄にするわけにはいかなく、彼女はそっと目を閉じた。

 彼女は目覚めた。どれぐらいの時が流れていたのか、辺りを見ると日は落ちており油にて火が灯されていた。彼女の頭には何か冷えた物と、右手には何か心暖まる物が付いている気がした。

左を見ると自分の寝具に顔を(うつぶ)せて、涎を垂らして寝ている黒美がいた。隣の机には水が入った桶と布があった為に、彼女がずっと看病をしていてくれたことを物語っていた。さらに凛寧を驚かせたのは、右手をグッと握り締め同じく眠っている小龍の姿であった。何故彼女がここにいるのか。何故周りの者は制止をしなかったのか。後から聞いた話によると、凛寧が倒れた情報を小龍に伝えたのは黒美であり、すぐさま小龍は黒美を連れて凛寧の下に向かった。しかし、病弱な小龍を心配した周りの侍女や、蔡家を疎ましく思っている家臣達は必死に小龍を留めようとしたが、小龍はそれを一喝して退けた。普段、箱入り娘で病弱な小龍のこの行動に周りは度肝を抜かれて、とても彼女を引き止めることなど出来そうにもなかったという。

 その様を知らずに小龍を見つめる凛寧であり、やがて小龍は寝言で小さく「姉上」と言った。この時、凛寧は自ら小龍に行なってきた全てを恥じいて、そして自分の全てを彼女に捧げることを誓い、後に彼女は「劉家の若き姫武者」と呼ばれるようになる。

 凛寧はこれまで自分の辿った軌跡を思い起こして、恋歌に言った。

「別に何も。私は小龍様の手足の一つです。それ以上でも以下でもない。あの方が私に自決を命じれば私はそれに従う。例えあの方が暗君や愚君に落ちようとも私はあの方と共に地獄へ落ちるだけ。それが私、蔡徳珪の将としてのあり方です」

「………つまらないわね。全くもってつまらない」

恋歌のその言葉で凛寧の眼球は開かれる。

「自害を命じられればそれに従う。主君が間違った方向に向かったとしてもそれを正さない。……今までそんな将を何人も見てきたけど、そんな自分を正当化するような考えの将の考えは反吐が出る。そんなのは所詮、責任を主に押し付けているだけの愚将の考え。それならまだ主を殺して自らがその権力にて新しい制度を設けるような奸雄の方がまだマシ。……普通はね――」

すると恋歌は机に前のめりになって凛寧に顔を寄せる。

「本当の良将が何処までも着いて行くと決めた主は、決して間違いを起こさず、臣下の言葉に耳を課し、民を助け、自身を高める力がある。だから将は地獄でも着いて行く。……アンタは良将だ。いや、それ以上に主の為自らを高める秀将だ。そんなアンタだからこそ、そんな言葉は綺麗ごとじゃなくなる」

彼女は凛寧から顔を離すと、改めて凛寧に質問を投げかける。

「蔡徳珪。もしアンタの主が我が夫を手にかければ、その時アンタはどうする?」

「………愚問です。その時は全ての敵を相手にして主を救うまで」

「喩え自身が敵わない相手や、友と呼んだ相手を敵にまわしたとしても?」

「それも愚問です。喩え親族、友であろうと、我が主の命を狙うのであれば、私がそれを薙ぎ払います」

天幕に入り口からの隙間風が入り込み、一陣の風を運び恋歌と凛寧の頬を打つと、恋歌は頬を緩めた。

「………気に入った。凛寧、この戦が終われば、アンタにこの赤備え軍を譲ろうじゃないか」

「え?」

「たとえ荊州を取り戻しても、蔡家は既に没落しているみたいな物だろう?だったら今のこの力を使って蔡家の力を取り戻して、小龍ちゃんの側付きとしてではなく、本当の意味で守護神となればいいじゃないか」

「そ、それはありがたいのですが……いいのですか?これは奥方様の部隊なのでは?」

「………あたしの部隊といっても、所詮荊州を取り戻すために作られた即興軍。この戦が終われば再び元の古巣へと還って行くだけ。あたしも再び軍を預かるほど暇じゃないしね。……折角作った軍なんだ。新しくそれを管理する将を作っても問題ないじゃないか?」

「そ、即興……って」

凛寧は焦った。恋歌は自身をただの一己の将と見ているが、凛寧から見れば彼女は十分一国を治めるカリスマ性を兼ね備えた人物だと判断している。そうでなくとも、彼女が作りあげたこの最強の軍を預かるということは、それだけでもプレッシャーであった。

「それにね」

恋歌は自分の赤くなっている頬を撫でながら凛寧に言った。

「あたしを殴り飛ばせる奴なんて……そういるもんじゃないよ」

それを聞くと、また凛寧は昨夜の自分の行動に頭の血を引かせた。恋歌は笑って彼女の背中を叩くと、そのまま天幕の出口に向かった。

「……ま、今のアンタじゃ危なっかしくて任せられないけどね。この戦が終わればあたしはまた母親に戻るからね。それまでは出来る限りアンタ達の面倒を見てやるから、精一杯盗むことだね」

言葉を残して恋歌が出て行くと、凛寧は彼女を追いかけるように天幕を出る。少しでも彼女に近づく様に……

 

オマケ

「そういえば瞳さん。なんで恋歌様はお酒を全く飲まないの?」

黒美の言葉を聞いた瞬間、瞳の体は固まり黒美を影に引き寄せて言った。

「……いいか。絶対恋歌様に酒は飲ませるな。どんなことが起ころうとも、例え自分の命が無くなろうとも、絶対に恋歌様に酒を飲ませるな」

「え、それって一体何g「いいから絶対に飲ませるな!わかったな?」は、はいです」

そして瞳がそのまま去っていた時に……

【絶対にお酒は飲ませてはいけないのか………どうなるんだろ?……ちょっとだけなら……】

そんなことを考えた瞬間、先程去ったはずの瞳が黒美の背後を取り、静かに耳打ちする。

「いいか?今お前が思っていることを行動に移せば、その時点でお前の命は無くなると思えよ?」

いつもと違う冷たい微笑に、黒美は脂汗を流しながら黙って頷いた。

その日以来、黒美が『恋歌と酒』の話をすることは無くなり、周りがその話題を出した瞬間に、どこか脅えたような姿を見せていたという。

 


 
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