No.826512

天馬†行空 五十一話目 怒り、静かに内に秘め

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

続きを表示

2016-01-23 23:50:28 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4643   閲覧ユーザー数:3494

 

 

「づっ!? ――ぐうっ!」

 

 正面、左、右へ、かと思えば下から突き上げるように繰り出される刺突。

 瞬きの間に放たれた四連撃を張郃は短戟を掠めさせることで受け流し、止め、身を捩ってかわす。

 その全てをなんとかいなし、ようやく体勢を立て直したと思った瞬間、

 

「くっ!」

 

 引き戻された鋼剣は息も吐かせず再びこちらへと突き出された。

 

「――ぬ……っく。――ふっ! はっ! !? ――づぁあっ!!?」

 

 先程よりも速度と鋭さを増した四連の刺突が、三太刀目までは同じ個所を目掛けて放たれる。

 一撃目を右手の剣で受け、二撃目は左の戟で弾き、三撃目を引き戻した剣で受け流す。

 しかし最後の刺突は戟で受け止めようとした直前で僅かに軌道が変化した。

 結果、短戟の柄を滑った刺突が張郃の手甲に覆われた左腕へと流れ、甲の隙間を薙いだ。

 鮮血が飛び散り、張郃は苦悶の声を上げる。

 

(――――く、強い!)

 

 右の剣で前方を横に薙ぎ、一瞬だけ出来た隙を衝いて間合いを離した張郃は、眼前に佇む敵の思わぬ実力に驚嘆していた。

 司馬八達、巷で聞く噂の大半は河内の司馬家の八人は皆「達」の字が姓名に含まれるいずれ劣らぬ賢人だと。

 それ故か風聞を聞いた者達は誰もが『八達』を兵法や政に長けた者と捉えている。

 張郃もまた、その例に漏れず司馬懿の事をそのように思っていた。

 それがよもや、

 

「やりますね司馬仲達殿、まさか貴殿がこれ程の武の持ち主とは思いませんでしたよ」

 

 文どころか武の道にも秀でた傑物であったとは。

 張郃の心からの称賛を受けても、司馬懿は無表情のままで口を開かない。

 真紅の瞳は張郃を捉えたまま揺らがず、剣を構える左手も微動だにしていなかった。

 その、まるで彫像の如き佇まいに張郃は僅かに苦笑すると両の腕に改めて力を籠める。

 

「ですが、やられるままではいられませぬ故。――いざっ!」

 

 初撃とは違い、同時ではなく先ずは短戟を真っ直ぐに突き出す。

 

「……」

 

 気迫の籠ったそれを、司馬懿は一瞬だけ穂先を見るだけで半身を反らしてかわした。

 

「――しっ!」

 

 二太刀目、一の太刀と反対から挟み込むように刀を薙ぐ。

 

「…………」

 

 ――当たらない。

 先程と同じく、瞬きの間すら空けずに迫る刃を見た司馬懿は馬の背に顎が当たるほどに身を屈めてそれをかわした。

 

(今! ――!?)

 

 しかし、張郃にとってはそれは織り込み済みの事だ。

 あくまで敵の体勢を崩す為だけに振るわれた攻撃は功を奏し、いざ本命とばかりに短戟を懐近くまで引き戻した張郃は、

 

「――――きゃあっ!??」

 

 自身の脚と腹部目掛けて放たれた、地を這う蛇が突如鎌首をもたげて跳びかかるかの如き二撃をかろうじて――いや、僅かに身を掠めるに止めた。

 伏せたままの司馬懿はそのまま馬を猛進させて馬首の横すれすれから剣を突き出し、失敗したと見るやそのまま張郃の横を通り過ぎて馬首を返す。

 すかさず馬を反転させた張郃は、右脇腹から滲む血に顔を顰めた。

 

(――なんて速さ!)

 

 だが、今張郃が感じているのは左手と脇腹の痛みよりも、自身の武がまるで通用しない焦り。

 自分が仕える主家が誇る武の二枚看板である顔良と文醜、その二人と張郃は鍛錬で幾度か矛を交えた事は有るのだが。

 

(仲達殿の剣筋が読めない―! なんなの? まるで闇の中に閉じ込められているようなこの感覚は――!)

 

 そのいずれ――今まで戦ってきた幾多の武人達――とも違う司馬懿に、張郃は戦慄していた。

 表情がまったく動かぬこともある、だがそれ以上に先程から繰り出される刺突の”起”がまるで視認できないのだ。

 加えてこちらの攻撃は悉く読まれている。

 この二つの事実が張郃の心を大きく揺さぶり、恐怖と焦りとを増幅させてゆく。

 張郃もまた高覧と同じく、この戦に於ける袁家の大義など欠片も信じてはいない。

 この場に赴いたのも二つの理由から。

 一つは、最早腐敗臭すら漂い始めたあの腐れ名士達と同じ空間に居たくないだけ。

 そしてもう一つは、これからの世を担う逸材に自身がどれほど抗することが出来るか、である。

 もし相対した敵が自分にすら敵わぬ様であれば討ち取るのみ、と張郃は割り切っていた。

 だが実際に相手取ってみればどうだ。

 

「――はあああああああああっ!!!!!!」

 

 己が裡より湧き出して来る恐怖を打ち消す為に、張郃は殊更に気合を籠めて声を張り上げ、斬りかかる。

 

「…………」

 

 ――だが、やはり当たらない。

 最早それが世の理とでも言うかのように、張郃が繰り出した袈裟掛けの一閃は司馬懿の剣に火花を散らしたのみに終わった。

 

「――ぅあああっ!!?」

 

 剣の上を流れていった刃を戻すより速く狙い澄ました刺突が左腕に迫り、戟が宙をくるくると舞う。

 掌に走る痺れを感じる間も無く、続いて来るであろう止めの一撃を想起して張郃は――

 

「――え?」

 

 ――今までの鉄面皮から一変、突如ニヤリと笑みを浮かべた司馬懿を目にして完全に硬直した。

 

「はい見極め終わり、っと」

 

 呆然と立ち尽くす張郃を前に、弾んだ口調で司馬懿が呟いて剣を鞘に収める。

 

「包囲も成ったことだし、そろそろいいでしょ」

 

 そしてそのまま周囲に目線を走らせた。

 その様子に思い至るものがあったのか、張郃はハッと我に返ると周囲を見回す。

 そこには、方円の陣を敷いていた筈の司馬懿の部隊が幾重もの層を成して、張郃の騎馬隊を分厚い鉄鎧と鉄盾の列に封じ込めている景色だった。

 

「――あ」

 

「総大将と一騎打ち、ってなったらまあそっちに夢中になるよねえ」

 

 愕然とする張郃に、司馬懿はあっけらかんと告げる。

 

 ――完全に、してやられた。

 

 後方を見れば、高覧の軍は官軍の二陣(中曲)に止められており、こちらには到底届きそうもない。

 戦の前に考えた計算通りであれば最高の状態なのだが、張郃の部隊が完全に封殺された現状ではただ分断されただけの最悪な状態。

 魚鱗の陣の形を崩しその隙に後方の本隊を強襲、しかる後に前と後ろから敵前曲を挟撃する。

 それが当初の作戦であったのだが――。

 

(逆手に取られた……。私が突出してくるのを予測した上で、高覧と分断するために中曲を動かしたのか)

 

 更に司馬懿は自分自身を囮にして張郃の注意を惹き付け、一騎打ちの最中に包囲を完成させた。

 予めこの状況を想定していたとしか思えない用兵に、張郃の全身に震えが走る。

 

「さて張郃殿、どうする?」

 

 武どころか、用兵――いや、戦そのもので完敗した。

 震えが治まり、敗北という実感が湧いて来た今どうすると問われても、と張郃は思わず苦笑いする。

 

「完敗ですよ仲達殿。これ以上戦闘を続ければ私は兵を無駄死にさせた愚か者と笑われるでしょうね」

 

 苦笑いのまま、張郃は続けて部下達に戦闘を中止するよう指示を出した。

 

「司馬仲達殿、感服致しました」

 

 動きを止めた部下達に対して即座に攻撃を中止した司馬懿の部隊を見て張郃は下馬すると地に膝を着き、刀を司馬懿に差し出す。

 

「ん、歓迎するよ張郃殿。……さて、士季の方もそろそろ終わりそうかな?」

 

 剣を預けるは臣従の証。その意思を酌み、刀を受け取った司馬懿は喧噪が静まりつつある前方の戦線へと目を遣った。

 

 

 

 

 

「こ、これは……」

 

「ま、まさかこれ程早く……」

 

「…………」

 

 平原を占拠した曹操軍を討たんと鄴を進発した麗羽率いる袁紹軍本隊は、城壁に立つ「曹」と「公孫」の旗を見て絶句する。

 

「へぇ? 麗羽にしては随分と早いわね?」

 

「…………」

 

 城門の前に居並ぶ両軍。

 その先頭に立つ華琳は、大口を開けてポカンとしている麗羽を見て笑みを深くし、白蓮は押し黙ったまま麗羽を睨み付けていた。

 金の兵達は驚愕し、蒼と白の兵達は逸る闘志を静かに抑え――両軍共に沈黙がひと時その場を包みこむ。

 

「王朝に叛く逆臣袁紹とその一党に告ぐ!」

 

 沈黙が、袁紹軍のざわめく声に破られ始めた時を見計らい、先ず華琳が口火を切った。

 

「理由なく鄴郡を占拠し、今また公孫賛を攻めんとするは如何なる心算か!」

 

「な……」

 

「それだけではない! 逆臣劉表と通じ、董卓領への侵攻に加担せんとした事実や如何に!」

 

「な、なにを根拠にそのような――」

 

「郭図!」

 

「――っ!!???」

 

 続けざまの糾弾に言葉も出ない麗羽に焦り、控えていた旧清流派の一人が反論しようとするがその人物の名を出されて言葉に詰まる。

 密使として劉表へ遣わした郭図の存在がどこから漏れたのか――。

 

「っ、貴様等か顔良! 文醜!」

 

「この薄汚い裏切り者共め!」

 

「袁紹殿から受けた恩を仇で返すとは! 恥を知れ!」

 

 開戦前の軍議にて決まった郭図の件を知っている者で、敵に通じているのはその二人。

 その事実に気付いた名士達は口々に二人をなじり始めた。

 

「貴様等! 今までさんざん袁紹殿の世話になっておりなが――」

 

 

 

 

 

「――黙れ」

 

 

 

 

 

「――ヒッ!!?」

 

 唾を飛ばしながら喚き散らす麗羽の取り巻き達の声を、底冷えするような冷たく硬質な声が遮る。

 

「な、なにを――」

 

「黙れ、と言った」

 

「――ひ、ぅおわわわわっ!? ぐえっ!」

 

 それに怯むも、まだ喚き足りない者が口を開きかけると再び冷たい声が響き、馬上にあった愚者は驚いた馬に振り落とされ無様な呻き声を上げた。

 

「麗羽」

 

「――ひっ!?」

 

 凍えるような声の中に、烈火の如く滾る怒りを秘めた白蓮の瞳に射すくめられ、麗羽は琥珀の深淵に浮かぶ剣呑な光に我知らず恐怖の声を漏らす。

 

「自分を賛美するだけの連中に囲まれて幸せか?」

 

「――ぱ、ぱいれ」

 

「昔っからの友達や、お前を心配するからこそ苦言をした奴等を切り捨てて満足か?」

 

「――っ!!?」

 

「なあ、答えろよ麗羽。――――答えろ!! 麗羽っ!!!!!!!」

 

「――!? ――きゃあああああっ!!?」

 

 淡々と続く白蓮の質問。

 だが麗羽はそれに答えるどころか、今まで見たこともない白蓮の雰囲気に圧倒されていた。

 そして、平坦だった白蓮の声が突如として雷の様に轟き渡ると麗羽もまた落馬する。

 その音が合図となったか、

 

「――ひ、ひいいいいぃぃっ!!? へ、兵共よ、何をしておる! 掛かれ! 掛かれぇっ!!!」

 

「そ、そそそうだ! あのような戯言に耳を貸すでない! 我等が盟主殿に逆らう愚者共を片付けるのだ!」

 

「よ、よく見ろ! 数ではこちらが圧倒的に有利! 寧ろ篭城もせずに城外に出て来ている今が好機じゃ!!」

 

『お、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』

 

 名士達が口々に悲鳴交じりの声を上げると、彼ら子飼いの武官も動揺する兵士達を鼓舞して抜刀を促した。

 まとまりなど無いが、保身のみを考えてここまで麗羽について来た彼等はここでの敗北が自分たちの終焉を意味すると悟る。

 

「さあ袁紹殿! 今こそ決戦の時ですぞ! 彼奴等の妄言を吹き飛ばす檄を発してくだされ!」

 

「…………ぁ、わ、わた、わたくし、は」

 

「――ちっ! ええぃ世話の焼ける!」

 

 故にこそ、白蓮の言葉に動揺する麗羽を無理矢理に担ぎ上げて騎乗させると強引に前を向かせた。

 

「さあ! 袁紹殿!!!」

 

「――ひっ!? い、いや」

 

「言え! それだけが貴様の役目だろうが!!!」

 

 あれだけ謙っていた態度をかなぐり捨て、男は麗羽を怒鳴りつける。

 

「な、なぜ? ――あ、貴方達は名族たるわ、わたくしこそを主と定めて」

 

「ああそうですよ! 貴女漢の名家だからこそ我等は期待した! 王朝の腐敗を糾そうとした我等清流派を追放した愚帝とあのエセ御遣いを打倒するだけの力があると!!」

 

 言い放ち、男は麗羽を睨み付けた。

 

「だが結果はどうだ! 韓馥は潰せても辺境の田舎太守に苦戦する! あまつさえ宦官の孫風情にも郡を一つ取られる有様だ!! 解ってるのか! 一度始めたからには引き返せないんだ!! ここで勝たなきゃもう終わりなんだよ!!」

 

「――ぁ、あ、あ」

 

「さあ、その足りない頭でもようやく解っただろう? ――なら檄を飛ばせ! 戦うんだよ!!!」

 

 捲し立てる男の言葉に麗羽は虚ろな声を漏らすが、男は構わず麗羽を再び怒鳴りつける。

 

「――ぅ、わ、わたくし、ど、どう、すれ、ば」

 

「――っ! この役立たずの阿呆が!」

 

「――きゃあっ!!?」

 

 それでも白蓮から受けた言葉に衝撃を受けたままでいる麗羽の覚束ない様子を見て、男は苛立ち麗羽の頬を張った。

 思い切り打たれたのだろう、白磁の様な肌には赤い蚯蚓腫れが走っている。

 

「オラ立て! てめえが命令しないと駄目だって言ったろうが! ――それとも、もう一発打たれたいか?」

 

「――っ!? ひぃっ!? い、嫌、もう打たれるのは嫌、ぁ」

 

「なら檄を飛ばせ!! ――っクソが! もう敵が攻めて来てやがる!」

 

「は――」

 

 頬を真っ赤に腫らし、涙を流す麗羽が男の脅しに屈し、声を上げようとしたのと同時、

 

「盟主様! 横から公孫賛が――! ぐああっ!?」

 

「な、バカな!! いくらなんでもここまで敵が来ている筈は――」

 

「――麗羽っ!!」「麗羽様!!」「姫ぇっ!!」

 

「――うぐああああああああっ!!!!??」

 

 まさしく神速と言うべき勢いで猛進して来ていた白馬義従、その先頭を走る三騎が伝令兵と男を斬り払った。

 

 

 

 

 

 ――その後の顛末については特筆すべき事は無く。

 麗羽は戦意を失い、保身に拘る名士達もまた次々と華琳と白蓮達に討たれ、乱は終結したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたた……士季、ひどいにゃ……」

 

「何猫真似してるんですか司馬鹿さん」

 

「い、いや司馬鹿って――」

 

「総大将が打ち合わせも無く敵将と一騎打ちとか馬鹿以外の何なんですか大馬鹿さん」

 

「大に変わった!?」

 

「勝てたのは良いですけど張郃の武が上回っていたらどうしたんですか特上馬鹿さん」

 

「…………と、特上」

 

「しょ、鍾会殿、そこまで言われなくても」

 

「降将は黙ってて下さい今私はこの最上級馬鹿をとことん凹まさないと気が済まないんです」

 

「ハ、ハイ、モウシワケアリマセンデシタ」

 

 張郃、高覧を降した司馬懿達は意気揚々と鄴に向かって進軍……している訳ではなく、司馬懿が鍾会に説教を食らっている。

 あの後、投降した張郃は直ぐに合図を出し、鍾会らと交戦していた高覧もまた降参した。

 早い段階で決着が付いた為か両軍共に損害は少なく、降伏した張郃らを合わせて王朝軍は二万近い兵力となっている。

 鄴まで遮る敵も無い今、速やかに軍を進めるべきなのだが副将の少女の怒りは収まらない。

 

「大体なんですか人には慎重に攻めろとか言っておいて自分は全然じゃないですかホント馬鹿ですね貴女はホント馬鹿、馬鹿」

 

「……ぅぅうう」

 

「よ、羊祜(ようこ)殿……」

 

 冷ややかな視線と罵詈雑言を司馬懿に浴びせる鍾会を見るに見かねて高覧が中軍を率いていた将、羊祜に助けを求めるが彼女は沈痛な表情で首を横に振るだけだった。

 

 それから一刻(約十五分)後。

 

「――まあ、今回はこれくらいで終わりにしましょうか」

 

「ハイスミマセンデシタ、シキサン。モウシマセン」

 

 鍾会が”今回は”と言っているあたり、しばしばある事なのか、事情を知っている兵士や羊祜は気の毒そうに――しかし苦笑しながら――司馬懿を見る。

 

「し、司馬懿殿、お気を確かに!」

 

「待て儁乂! あまり司馬懿殿を揺さぶるな!」

 

 張郃や高覧などは今にも灰になってしまいそうな司馬懿を見てオロオロしていた。

 

「要らぬ時間を喰いましたね。さて、鄴へと進軍を再開しますか」

 

「や、時間を食ったのは――ナンデモナイデス」

 

 長々と説教して気が済んだのか、ひらりと馬に跨った鍾会に突っ込もうとした司馬懿は言いかけて口を噤む。

 

「後は反乱軍大将、袁紹を残すのみ――全軍、進軍せよ!」

 

『ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!』

 

 一睨みで司馬懿を黙らせた鍾会は、襟を正すと凛とした声で檄を飛ばした。

 

「……うん、もう士季だけで良いよね? 私要らないよね?」

 

「し、司馬懿殿、お、お気を確かに!!」

 

「大丈夫ですって! 私も時々同じ事して部下に叱られてますし!」

 

「羊祜殿、それは貴女もどうかと……」

 

 その後ろではいじける司馬懿を張郃が必死に宥め、羊祜がフォローにならないフォローをして高覧に突っ込まれていた。

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました、天馬†行空五十一話です。

 という訳で麗羽の反乱も終結しました。

 次回は麗羽に下される沙汰と、戦が終結した各地の様子などを描写しながら本編を終了したいと思います。

 

 さて、いよいよ次回が最終話になりました。

 白蓮、斗詩、猪々子達の想いの末は――?

 

 

 

 では次回天馬†行空最終話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超絶小話:どっちが本当?

 

 

「良いですか御遣い様? 貴方に想いを寄せる乙女達は四海に遍くおるでしょう。星殿にも言われたそうですが、貴方は最早一人だけを愛する者ではいられないのですよ?」

 

「は、はい」

 

 成都城の中庭にある東屋は今、奇妙な空気に包まれていた。

 その空間に居る者は二人。

 一人は天の御遣い、北郷一刀。

 そして今一人は、

 

「故にこそ、今貴方を慕っている乙女達と真剣に向き合ってその想いに答えを出して上げなさい。待たされたままの現状は、彼女達にとって苦痛でしかないでしょう」

 

「う……はい」

 

 頬を紅潮させ、常にない程真剣な表情で諭すように語り掛ける穏やかな空気を醸し出す佳人――その正体は意外にも――。

 

「――ひっく。それがどのような答えであれ、悔いを残さぬように……良いですね?」

 

「はい……あ」

 

「――すぅ」

 

 姿勢を正し、対面する女性の言葉を受け止めていた一刀の前で女性は静かに卓へ突っ伏し、間も無く静かな寝息が聞こえてくる。

 吐息には微かに酒の匂いが漂っていた。

 紅潮していた頬はどうやら酒気を帯びていた所為らしい。

 寝入ってしまった女性を起こさないようにと、制服の上着を静かに掛けた一刀は足音を忍ばせて東屋を後にした。

 

「――そうだな。もう、気付かないフリは止めよう」

 

 去り際にそう呟いた一刀の表情は、真剣そのもの。

 

「――でも、ビックリしたなぁ」

 

 ふと足を止めた一刀は、東屋の方に振り返る。

 

「韓玄さ――編集長、あんなに真剣な顔も出来るなんて。あ、いや、そこまでさせたのは俺がふがいない所為だよな……よし!」

 

 普段からは想像すら出来ない韓玄の言動を目の当たりにした一刀はそのギャップに驚くが、そうなったのも鈍い自分の所為だと考え、喝を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、一刀には知る由もない――。

 

「あ、編集長珍しくお酒飲んでる。相手は――み、御遣い様っ!? …………な、何言ってるのかここからじゃ聞き取れないけど。あ、寝ちゃった」

 

 自分たちの様子を見ていた少女が居た事を。

 

「ふ~…………でも良かった、酔っぱらってて。編集長が真面目なのって酔ってる時だけだし……いつも(素面)の編集長が御遣い様と話してたらと思うとゾッとしないよ……」

 

 その少女、王粲がこっそりと安堵の吐息を漏らした事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
20
3

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択