No.826025

あの日の恋をもう一度 ...2

くれはさん

睦月結婚もの第11話。

続けて語られたのは、少しだけ前の、あの日の記憶――
二人が出会ってから、少し経った日の事。

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2016-01-21 00:27:32 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:905   閲覧ユーザー数:898

 

「――お゛お゛お゛お゛お゛おおおぉぉぉ……」

「……呻いてばかりいないで、仕事をしてくれないかな、司令官」

 

――リンガ泊地鎮守府、執務室。

真昼の陽が窓から燦々と差し込み、室内を明るく照らす。

そして、新設の鎮守府である為に建物自体が新しく――真新しさを感じる部屋からは、

かすかに木の匂いが漂う。

 

…………そんな中で。

頭を抱えたまま、執務室の机に突っ伏し、私は呻く。

 

「……いや、だって、だって……ねぇ……。

 ああもう、何で本当に私あんなことしたのよ……」

 

はぁ、と。その私の呻きを聞かされた響は溜め息を吐き。

 

「……私も驚いたよ。まさか司令官が、出会ってすぐの相手に結婚を迫るなんて。

 私の印象だと、もう少し落ち着いた人間だと思っていたんだけど」

「そう言われても仕方ないけど、私もなんでだか分からないわよ……しかも、女の子相手とか」

 

 

――駆逐級を倒し、睦月を迎え、そしてあの騒動を引き起こした後。

私達はリンガ泊地の鎮守府へ戻り、行っていなかった荷解きや書類整理を始めていた。

……そして、私は司令官として、響に手伝ってもらいながら仕事を始めていた。

 

そして、作業をする元気を少しだけ取り戻し、書類に目を通しながら――考える。

私は、何であんなことをしたんだろう、と。

 

……本土にいた頃、恋をしたとか、誰かを好きになったとか、そんな経験はない。

だから、人がする恋も、そして当人同士の間で交わされるだろうやり取りも、

そこにどんな感情が――心の動きがあるのか、私には全く分からない。

白露が爺にねだって買ってもらった少女漫画を貸してもらって読んだ事はあるけれど。

私には……ふうん、と、そんな感想しかなかった。

 

恋というものが分からない。でも、漫画で描かれるような感情が私の中に芽生える事がないのなら、

きっと無縁なんだろう、と。――そう、思っていたのに。

 

 

「……まあ、いいさ。私は、司令官がしっかり仕事をしてくれればそれで構わないよ」

 

苦虫を噛み潰し……かけた、位の表情で、響が書類を手にする私を見ながら言う。

 

「……分かってるわよ。私だって、ここに司令官として送られてきたんだから。仕事はちゃんとする」

「司令官が心得ているなら、それでいいさ」

 

響は一拍置き、そして、

 

「ただ、一つだけ先に言っておくよ、司令官。私は、さっきみたいな事はあまり歓迎できない。

 ――もしさっきみたいな変な事をして、暁と電に危険が及ぶようなら、」

「分かってる。……それにしても、響が私に直接そう言ってくるのは意外だったわね」

「……司令官は、私がそう考えている事には気付いていると思ったからね」

 

……ふむ、と心の中で嘆息する。

意外と、いやかなり勘がいい。やり取りしてる間にそのうち気付くかとは思ってたけど……。

響とのやり取りに違和感を感じてるの、もう気付かれてるとは思ってなかった。

 

 

 

……響に向けた目を一旦戻し、再び書類に目を通しながら、考える。

鎮守府に着いて早々、海に出たいといったのは……偵察をしたいと考えたのも確かだけれど。

さっきの響とのやり取りの中で、私はあの子と距離に違和感を感じて、

一先ずはこの状態から離れ、少し考える時間が欲しかったから……そんな理由もあった。

 

 

――どうかしたかい、『司令官』。

 

 

何でもない様に、ただ、初めて出会った人間への対応をする様に、そういう風にあの子はしていたけれど。

その言葉には、電は勿論、出会ったばかりの暁と比べても、温度の差を感じた。

 

例えば、私に何か気に障る部分があって嫌われているとか。そういう事かもしれないし、

そうではなく、ただ単に響が調子が悪いのかもしれない。けれど、あの時感じたものを率直に表現するなら――

私は測られている、と。そんな感じがした。そしてその認識は、恐らく間違ってはいなかった。

 

 

 

 

……固い表情の響の胸の内と。そして、恐らくはその守らなければいけない対象だと思われている電達、

そしてその二人に付いている睦月は今、何をしているんだろうかと。

そう考えながら、書類をめくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは、リンガ泊地、鎮守府。

海より来る異形の存在、『深海棲艦』に対抗するべく作られた前線基地。

 

……今は、私達5人だけが生活する場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そっか、あれからもうそんなに時間が経ってるんだ」

「私達も、それを教えてもらった時はすごく驚いたのです。もう数十年も過ぎてるんだ、って」

 

――鎮守府、資料室。執務室から少し離れてて、たくさんの本棚が置いてある部屋。

資料室っていうから、本がたくさんあって、ちょっと埃くさいのかな?って、そう思ったんだけど。

けど、今はここにある本棚は全部からっぽで……、

 

 

『――ここに、これからこの鎮守府の為に送られてきた資料を収めるのです。

   なので、睦月ちゃんもお手伝い、してもらえるとうれしいのです!』

 

 

そうしたら、電ちゃんが睦月に教えてくれた。ここに、これから本を収めるのです、って。

電ちゃんに聞いた話だと、ここは新設の鎮守府で。まだまだ、これから準備をする所みたいで。

……すこし、聞いた話を整理するのです、うん。

 

ここは、リンガ泊地に新設された鎮守府で。

さっき、睦月が襲われてたみたいな……『深海棲艦』に対抗するべく作られた前線基地。

……いまは、あんな怖いのがたくさん海にいるみたい。

 

「電ー、この資料にどこに入れたらいいの?」

「あ、待ってなのです、暁ちゃん。ええと――」

 

 

電ちゃんと暁ちゃんと、分担しながら本を収めていって。……その中で、ふと思う。

こういう準備は、きっと大切なこと。

それなのに、どうしてあの『司令官どの』は、それよりも先に海に出たんだろう、って。

そこまで考えて――

 

 

『――私と結婚して』

 

 

――『司令官どの』に言われた言葉を思い出して、頬がぼっと熱くなる。

なな、なんでかな!?なんで睦月、いきなり告白されちゃったんだろう!?

もしかして、睦月が何か変な事をしたから司令官どのがおかしくなっちゃったのかな……って、

そう考えてみるけど。

 

 

『――睦月です。張り切って参りましょー!』

 

 

う、うん。おかしくない……よね?

挨拶は元気なところを見せなきゃって思って、ちょっと気合を入れてみたけど……それだけ、だよね?

 

 

「あ、暁ちゃん!それはちょっと危ないと思うのです……」

「大丈夫よ、このくらい。なんたって私はお姉さんなんだもの、これくらい……」

 

 

「……ね、暁ちゃん、電ちゃん。『司令官どの』って、どんな人なの?」

 

 

「……え?」

「へ?……って、わぁ!?」

 

どたん、と。後ろの方から大きな、何かが倒れたみたいな音がして――

振り向いてみたら、暁ちゃんが尻餅をついていて……近くには、倒れた椅子が転がっていて。

……え?え??…………あ、

 

「ご、ごめん、暁ちゃん!睦月のせいだよね!?睦月が変なこと言ったから!」

 

睦月がぼんやりしていて気付いてなかったけど、暁ちゃんは椅子の上に立って作業をしてたみたいで。

そこに、睦月が声を掛けちゃった……んだよね、多分。

お尻を擦りながら立ち上がろうとする暁ちゃんと、その手を取って立ち上がる助けになろうとする

電ちゃんの姿を見て……うう、ごめんなさい……。

 

「…っ、……だ、大丈夫よ!暁はお姉さんで、れれれレディなんだから、こんなのなんともないんだから!」

「暁ちゃん、お尻を抑えながら言っても説得力ないのです……。

 あ、ええと……それで、なんでしたっけ?司令官さんの事、ですか?」

「……うん」

 

……暁ちゃん大丈夫かな、って思いながら、さっきの質問をもう一度する。

司令官殿はどんな人か、どうして睦月にあんな事を言ったのか、知りたかったら。

だけど、

 

「ええと……ごめんなさい、私達も良く知らないのです」

「私達も、まだ司令官と会ったばかりなのよね。

 出会った時は、かっこいい女の人……ええと、きゃりあうーまん?な雰囲気を感じて、

 すごいなあ、って思った……んだけど、ね」

「んー……そっか。うん、ありがとね、暁ちゃん、電ちゃん」

 

暁ちゃんも電ちゃんも、司令官どのの事は良く分からないみたいで。

……ちょっと残念。

 

 

 

 

 

「――よし!電、睦月。もうちょっと頑張ったら、お昼ごはんを作るわよ!

 暁の『うでまえ』、見せてあげるんだから!!」

 

 

***

***

 

 

「――で、なにこれ」

「その、ええと…………お昼ごはん、かしら。司令官」

 

――仕事が少し片付いた頃、暁が執務室に顔を出してきて。昼食が出来たと呼びに来たので、食堂に向かい。

真新しさを感じる広い食堂の中、とあるテーブルに睦月と電がいたので、そこへ歩いていく。

……こんなだだっ広い場所、使い切れるのかしら、なんて思いながら。

 

そして、着いたそのテーブルの上には――

 

 

 

――面積の半分ほどが真っ黒に焼け焦げた肉。

 

 

 

――形が不揃いで、人参等は皮を剥いていない風に見える野菜サラダ。

 

 

 

――お椀に入った、オレンジ色のドロドロした汁に、濃い緑の皮が浸かっている何か。

 

 

うん。

ご飯食べるのに睦月と同席する時、どういう顔すればいいんだろう……って考えてたんだけど、なんか落ち着いた。

 

 

そんな気分になったところで、改めてテーブルの上の『料理っぽいもの』を見る。

辛うじて食べ物と認識は出来るけど、あまり美味しそうには見えない。そんな何かが鎮座していた。

……というか、何かしらコレ。特に最後の。御飯だけは綺麗に炊けてるみたいだけど……。

 

「その……南瓜と昆布の、お味噌汁」

 

そう言いながら。

暁は、今にも泣きそうな……自分が思った通りの物が出来なくて悔しそうな、そんな表情をしていた。

……成程。南瓜が溶けたのね、これ。

 

「……あの、司令官さん。暁ちゃんを怒らないでほしいのです。

 ここに来る前、私達が保護されてたところでお料理を作ってた人たちがいて。

 その人みたいにお料理を作れば、きっとできるはずだって。暁ちゃんは、そう思ったのです」

 

南瓜と昆布のお味噌汁ってあんまり聞いた事ないわね、美味しいのかしら……と、

そんな風に考えていたところで。電が、落ち込んだ表情を見せる暁の事を、そう弁護する。

 

「……ごめんなさい、司令官」

 

そう言って、暁はさらに俯く。

……さっき、お姉さんとかレディとか言ってた時とは真反対の、暗い表情。

そしてよく見れば、その手は……小さな傷がいくつかついていた。多分料理をした時に付いた傷よね、これ。

 

「んー…………」

 

ふむ、と頷き、少し考える。

 

肉は焦げてはいるだけで、見た目からして多分生じゃない。

サラダは――まあドレッシングとかマヨネーズとか掛かってないだけかしら、多分。味付けは個々ですればいい。

南瓜が溶けたっていう事は、そこまで煮込んではあるという事だし……固さも多分心配は無い筈。

 

まあ、『これを入れればもっとおいしくなる!!』って隠し味を好き勝手に盛り込んだ訳じゃないみたいだし、

多分味は大丈夫でしょ。…………ああ、あんたの事よ、白露。

 

 

 

――ただ、料理の事ははそれでいいとして。問題がもう一つ。暁への対応、どうしたらいいのかしらね……。

自分の失敗を分かっていて、叱って欲しいと思ってる……この子への対応は。

 

これも、司令官としての役割なのかしら、と、そう思う。部下に対して行った事への反省を促す事は。

……でも、怒り方が分からないのよね。私、ただの兵士だったし。

白露達とは……まあ、仲間というか友達というか、そんな感じだし。

 

……ああ、そうだ。これでいいかしら。

 

「少し貰うわね、暁」

「……え、しれい、かん?」

 

味噌汁の入ったお椀を取り、一口啜る。……味噌のしょっぱさ、それにやや南瓜の甘味を感じる味噌汁。

味自体はそんなにおかしくない。惜しいのは、南瓜の身の部分が完全に崩れて舌触りが悪いこと。

……うん、予想通り。だからまずはそれを、この子にはっきり言う。

 

「南瓜、崩れてるわね。煮込み過ぎたんじゃない?」

「……う、ごめんなさい。煮て、崩れると思わなくて……」

 

暁が、さらに項垂れる。そんな暁に、私は……ふ、と笑ってから、

 

 

 

 

 

「だけど、まあ。味は悪くはないし。それだけよ?

 さて、じゃあ……ちょっと厨房まで来て、暁。昼御飯のおかずをもう少し増やすついでに、

 その辺り教えてあげるから。……私もそんなに腕はいい方じゃないから、期待はしないでよね?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

――ジャガイモを二個用意して、片方は茹で、もう片方は生のままで。

 

生の方のジャガイモは、皮をピーラーで剥いてから小さく切り分け、そこから千切りに。

それを、用意しておいた豚肉と一緒に炒めて、軽く塩と胡椒をかける。

 

茹でている方のジャガイモは、柔らかくなった頃合いを見定め、水にさらし。それから皮を剥いて、

やや大きめの塊――1個の1/16程度に切り分けてから、同じように豚肉と一緒に炒め、塩胡椒。

 

豚肉と千切りジャガイモの炒め物、同じく豚肉と茹でジャガイモの炒め物、これにて2品完成……と。

 

 

「――さて、ジャガイモばっかりで悪いけどね。おかず出来たし、ご飯にしましょうか」

 

 

そう言い、出来上がった二皿を手にテーブルに戻る。

……その私の後ろには、叱られるでもなく、ただ私の料理する様子を見せられただけの暁が、

不思議そうな表情をしていた。

 

 

 

 

……いただきます、とそう言って。各々、おかずと御飯に箸を伸ばす。暁の作ったもの、私の作ったものに。

けれど、暁は箸を伸ばさない。

自分の作ったものに自信がないのはわかるけどね……まったく。

 

「ほら暁、いつまでも下を向いてないの。あんたの御飯を食べてるんだから、しっかり食べてる人の顔を見なさい」

「……」

 

そう、私に促され。暁は伺うように、ゆっくりと――顔を上げる。そして、

 

「――――」

 

自分の作った、失敗だと思っている料理。それを美味しそうに食べる電達の顔を見て、言葉を失っていた。

 

「暁ちゃん、大丈夫なのです!これ、美味しいのです!」

「これが、暁の初めての料理か……悪くないと思うよ」

「あ、響ちゃん。こっちの司令官さんのお料理もおいしいのです……♪」

 

――え、どうして、と。呟くように言葉を絞り出し、そのまま固まる暁に……私は言葉を掛ける。

『記憶だけはあるこの子たち』は厄介よね、と。

 

「……どうしても何も。暁はド下手に作ったり変なもの混ぜたりしてないでしょ?

 そういう意味では、暁はちゃんとご飯を作れてるのよ。だからそこは自信持ちなさい」

 

一拍置いて、

 

「……焼き過ぎないようにしたり形を綺麗に整えたり、下拵えしたり、

 そんなのは、『記憶』だけじゃ出来ないのは当たり前なんだから、ね」

 

 

 

 

 

――艦娘は、かつて自分が宿っていた艦船の記憶を持つ。そう、白露と蒼龍は言っていた。

『私達は、自分の中で行われていた事を、人間で言う幽霊の様な形で覗き見ていた』――って。

 

だから、彼女達は。航行、戦闘、船の中で行われていた会話、そして料理を作っていた人たち

――そういった、艦船の中で行われていたことを記憶している。

だからきっと暁は、こう思ったのよね。――あの人たちと同じように動けば、料理が作れるはずだ、って。

……けれど、もちろん実際はそんな事はない。料理にはそれぞれ適した調理法、手順があって、

どんな料理も同じように作れるわけじゃない。

 

……まあ、それでも初めての料理で味がしっかりしてるっていうだけでも、大したものだと思うけど。

 

 

 

 

「暁、料理の味見はした?」

「……しない訳、ないに決まってるじゃない」

「それで、味は?大丈夫だった?」

「…………うん。でも、焦げたり崩れちゃったりして……っ」

 

ふ、と笑う。……まあ、『そんなこと』だろうとは思ったわ。

そんなの、料理を始めたばかりなら加減が分からなくて当たり前なのに……とそう思いながら、

しょげる暁の前に、人差し指を立てて説明するように言う。

 

「……いい、暁?料理なんて、慣れてない内は失敗して当たり前なの。焦げるのも崩れるのも当たり前。

 失敗しないようにびくびくして、生焼けになるのも……まあ時々あるわね。

 だけど、その内経験して覚えていくものなのよ」

「経験……?」

「そ。……ほら暁、さっき私が作った豚肉じゃが炒め二個、食べ比べてみなさいな」

 

そう言われ、おずおずと。暁は、私の作った料理に箸を伸ばす。まずは片方、そしてもう片方――

 

「……千切りになってる方は、じゃがいもがしゃきしゃきしてて、

 もう一つの方は、ほくほくしてて……食べた感じが、違う。同じ豚肉とジャガイモのお料理なのに、違うのね」

「そういうこと、よ。……しゃきしゃきした方がいいなら、茹でたりしないでそのまま炒める。

 切り方は千切りがいいわね。ほくほくした方がいいなら、茹でたり蒸したりしてから炒める。

 その場合は……千切りだと炒めてる間に崩れるから、厚めに切った方がいいわね」

 

あ、と。暁は小さく声を上げて、

 

「そっか。……だから暁のお味噌汁は、南瓜が崩れたのね」

 

……暁の作った味噌汁の南瓜は、薄めに切られていた。

もう少し厚ければ、ぐじゃぐじゃに溶ける事もなかったかもしれない。と、そんな風に私は見立てた。

 

「そういう事、かも……ね?正解は言わないから、好きにやってみればいいと思うわよ。

 ……ね?『料理を作ってた人の動きを覗き見てた』だけじゃ、お料理は分からないでしょ?」

「そうね……。うん、分かったわ」

 

うん、と頷きを作り。暁は箸を持った手を強く握りながら、何かを決めたような……そんな顔をする。

椅子に座ったままの足をバタバタとさせ、今にも動き出したいと、そんな感じを見せて。

……そんな暁の様子を見て、テーブルの真向かいに座る響は一言。

 

「……行儀が悪いよ、暁」

 

うん、まあそう言うわよね……。電も苦笑してるし。

……ま、これで暁の件は大丈夫でしょう。着任早々に空気が悪くなっても困るし、ね。

ふう、と薄く溜め息を吐いて、

 

 

「――それにしても、ジャガイモで説得されちゃうなんて、暁も結構お子様ねえ」

「あ」

「あ」

 

 

……気を抜いて、つい白露や蒼龍に言っていたようにしたのがいけなかった。

さっきまでやる気に満ちていた暁の顔は、今は赤く染まり、そして――

 

「……お子、様?」

 

……一瞬、溜めるように間が空いて、

 

 

 

 

「暁はお子様じゃないわよ!り、立派なレディになるんだから!

 み、見てなさい!お料理もすっごくがんばって、レディになって、……っ、、

 ――――司令官を見返してあげるんだからぁーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

……暁の叫びが。

少人数しかいない食堂の、隅から隅までを、震わせた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして、お昼ごはんを終えて。

私は再び仕事に戻り、書類のチェックと記入を進め。

暁は……さっきの私の言葉で火がついたのか、響達を伴って料理の練習を始めてしまった。

 

……レディというか、負けず嫌い?

 

***

***

 

 

――すっかり日も暮れて、月が昇り。

一日の終わり……日付の変わる時間も近づきつつある事もあり、私達はそろそろ寝る事にした。

 

「……っていうか、女の子が食堂で雑魚寝ってどうなのよ」

「べ、別にいいじゃない!今は人数少ないんだからそうしても!

 …………く、暗い部屋が怖いわけじゃないんだからね!!」

「『部屋がたくさんあるから、一人一部屋でもいいわよね!』って、そう言ったのは暁だろう……」

「暁ちゃん、『一人一部屋っていうのは何だかレディっぽいわね!』とも言ってたのです……」

「あ、あはは……でも司令官どの、睦月はこういうの、いいと思うのですよ?」

 

……とまあ、こんな感じでつまらない事を話しながら。

食堂の一角に机や椅子を退けたスペースを作って、私達はそこに集まって寝た。

 

 

 

「……ふう」

 

 

 

布団に潜りながら、考える。

……明日も、今日と同じように。深海棲艦と戦い、艦娘を探し――そして、そんな日がずっと続いていく。

 

どこからか突如として現れ、攻撃を仕掛ける彼ら――深海棲艦との戦いに、終わりが来るかはわからない。

そんな戦いの最前線に、私が司令官として就いた事も、私が何が出来るのかも、

……いや、そもそも何を期待されて司令官に就いたのかもわからない、けれど。

 

「………………。寝よ」

 

――考えても仕方のない事だと、そう判断して。そのまま目を閉じ、寝る事にした。

寝て、目を覚ませば……その時にはもう、やるべき事に満ちた明日なのだから。

 

電と、響と、暁と、そして睦月と――4人の身体を近くに感じながら。

私は、ゆっくりと意識を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ごそり、と。

 

 

 

「………………んん?」

 

 

 

僅かに物音を感じた様な気がして――目が覚めた。

最初に目に入った真っ暗な天井を見、なんか見慣れない天井ね……としばらく考えてから、

今の状況を思い出し。そして、首を回して周りを見渡す。

 

「…………」

「…………ん」

「すー…………」

 

首を右に回せば、寄り合って眠る電と響、暁の姿があった。

そして、左は――

 

「…………いない」

 

……寝る前に掛かっていたタオルケットは、ややくしゃくしゃになりながら布団の上に置かれ。

そこに寝ていた筈の睦月の姿はなかった。

 

……どうしようか、と少し悩んで、

 

「………………ん、探すか」

 

まだ出会ったばかりで、それほど話もしていなくて。

それに加えて、私がいきなり告白もどきをしたせいで距離が出来たように感じていて。

……それを少しでも埋められたら、と。そう考えて、私は睦月を探す事にした。

 

 

***

***

 

「――ふぉぉ、星いっぱい……すっごいにゃー……」

 

 

――目の前に広がるのは、星いっぱい、満天の星空。

そんな星空を見上げられる海に近い場所に立って、ぼんやりしながらつぶやく。

 

「……んー。司令官どのや電ちゃん達に黙って出てきちゃったけど、大丈夫かなー……」

 

みんなで『おやすみ』、ってした後も、眠れなくて……というか、眠り方が分からなくて。

お布団をこっそり抜け出して、廊下へ出て。窓から見えた夜空が綺麗だったから、建物の外へ行って。

……そこで、ずっと昔に見たみたいな星空を見つけて、見上げて。

 

「……睦月、ずっと眠ってたはずなのに。このお空、なんだかすごく懐かしい気がするなあ……」

 

ぼう、っと呟いて。……その言葉に、答えてくれる人は誰もいなくて。

それで、今ここにいるのは睦月一人なんだ……って思いだして。

大切な人たちの名前を、噛みしめるように……つぶやく。

 

「……『睦月』に乗ってた人たち、元気、かな。卯月ちゃんや望月ちゃんは、大丈夫かな。

 それに、睦月がここにいるなら…………」

 

 

 

……如月ちゃんも、疾風ちゃんも。きっと、どこかにいるのかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――リンガ泊地の鎮守府。その暗い道を、食堂から拝借してきた電灯を片手に歩く。

 

それほど人数も居ない為、建物の明かりをつける必要もなく。

歩くには暗すぎたからと電灯を持ってきたけれど……正解だったかしら、ね。

 

 

 

電灯を手に、廊下、執務室、工廠、未だ使われていない部屋――それらを順に回り、

建物の中にはいないと、外に出たところで。

 

「……いた」

 

海に接した港。連絡船を泊める為のそこに、睦月は一人で立っていた。

全く、何してるんだか……と思いながら近づく。……と、私の足音に気付いたのか、睦月が振り返り。

 

「……おりょ?しれーかんどの?」

 

暗闇から出てきた私の姿を確認して、不思議そうな顔をする。

 

「こんなところで一人で何してるのよ、睦月……」

「えへへ、……ちょっと寝れなくて、なのです」

 

どうしてこんな所に居るのか、という意味も込めて睦月に問い。返ってきたのは、そんな答え。

……それで、ああ、と納得する。そういえば艦娘ってそうだったわね。

 

「『寝れなくて』じゃなくて、『寝方が分からなくて』じゃないの?」

「……おぉ、びっくり。司令官どのは、睦月の事をお見通し……にゃ?」

「いや、そういう訳じゃなくてね。本土にいた頃に、睦月と同じ艦娘の子に聞いたのよ。

 『初めてこの身体になった時は、眠り方が分からなかった』。

 ……艦に宿ってた時は、人間みたいに眠る事がなかったから、ってね」

 

……艦娘は、艦に宿っていた魂が何らかの理由で人に近い身体と生理機能を得たもの。

だから、私達にとっては当たり前になっている、食欲や睡眠欲……そう言った生理現象、生理的欲求も、

彼女達にとっては初めて経験するもの――そんな風に聞いている。

艦娘として生活していく中でその生理現象や欲求を学び、自分のものにしていくのだと。

 

 

そして、艦娘として生まれ変わったばかりの睦月は――まだそれを経験してない。

 

 

「……ね、司令官どの。司令官どのは、どうやったら眠れるか知ってるのです?」

「んー……」

 

さて、どう答えようか。自分の睡眠欲――生理的欲求が何によって引き起こされるか、なんて

そんなのを説明できるくらい私は頭良くないし。

 

「……疲れたら、眠くなるんじゃない?多分」

「んー、睦月あんまり疲れてない、かも……?」

 

んー?と、首を傾けながら睦月はそう言う。

昼に戦闘してた筈なんだけど……成程、あんまり疲れてそうに見えない。そんな睦月を見て、ふ……と笑って、

 

 

「それじゃあ、少し話でもどう?『話し疲れ』っていうのも、人間にはあるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それから、しばらく。私達は話をした。

 

 

「こんな星空、初めて……いや、随分久しぶりに見たわね」

「およ?睦月はこういう夜空、結構見たけど……司令官どのは違うの?」

「ああ、睦月達の頃と違って今の日本は電気の明かりでいっぱいでね。

 明かりが強いと、星が綺麗に見えないのよ。……こんな空、昔旅行の時に船の上で見たくらいかしら」

「んー、そっかあ……こんなにお星さま綺麗なのに、勿体ないなあ」

「……ね、睦月。私は、睦月が見てた星空も興味あるな。どんな感じだった?」

「えーっとねえ……」

 

空を見上げながら、星空の話をしたり。

 

 

 

「あ、そういえば!今日のお昼のしれーかんどのの料理、すっごく美味しかったのです♪」

「……美味しかった、か。そっか、そう言ってもらえるならよかったわ。うん。

 ま、睦月にとっては身体を持って初めての料理だったから美味しく感じたんじゃない?

 私の腕なんて大したことないわよ……レパートリー少ないし」

「れぱー……とりー?」

「ああ、作れる料理の種類……って、そんなところかしら」

「ん、なるほどー……でも、お料理美味しかったよ?そういえばあれ、なんてお料理なのです?」

「あー……、うーん……。私もあの料理の名前わかんないのよね。母さんに教えてもらったんだけど」

「おりょ?しれーかんどののおかーさん?……お母さんっていう事は、

 しれーかんどのよりお料理上手い、んだよね?……そっか、もっとおいしく作れる人もいるんだあ」

「そうね、私のは作り方がかなり荒っぽいし……母さんはもっと上手いわね。

 …………うん、もっとしっかり習っておけば、美味しく作れたのよね」

「……??」

 

「ま、そんな事は良いのよ。それより夜の料理は、暁たちも頑張ってたと思わない?」

「あ、そうそう!夜のお料理、暁ちゃんがふふーんって顔して自信満々に出してたけど、美味しかった!」

「暁、上達速いわよねえ……まあ響も電も連れて行かれたおかげで、私一人で仕事してたんだけど。

 ……っていうか響も料理の経験あるなら先に言えばいいじゃない。

 『聞かれなかったし、暁の料理というのも食べてみたかったから』じゃなくて……ねえ」

 

今日食べた料理の話をしたり。

 

 

 

「あの……その、ね?しれーかんどの、あの……あれ、告白、だよね?」

「……うん。まあ、その……」

「う、うん……」

「その………………えーっと、その……睦月が、その……」

「うん……」

 

「………………………」

「………………………」

 

「ごめん、その…………勝手だけど、保留っていう事にしてもらっていい?

 告白した私が言うのもなんだけど、その……私もなんか、整理ついて、なくて……」

「……う、うん。しれーかんどのがそうしたいのなら……いいよ?」

 

……あの告白についての、話をしたり。うん。

 

 

 

 

 

 

そうして、時間は過ぎたけれど――

 

 

「……どう、睦月?少しは眠くなった?」

「んー……まだ、もうちょっとかにゃ……」

「そっか」

 

『眠くなる』っていうのは、意外と難しいものらしい。意識した事はなかったけど、私もそうだったのかも。

ふ、と薄く笑ってから、じゃあ――と言って、

 

「それじゃあ、ちょっと私の仕事の手伝いしてもらえない?

 今日、暁に響達持ってかれちゃったから、思ったほど進んでないの」

「ん、りょーかいなのです。えへへ……よろしくなのです、しれーかんどのっ♪」

 

 

 

そうして、私達は二人。

執務室への道を歩き出した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――」

 

――植込みの陰に隠れるように身を収め、声を潜め……しばらくそうしていた姿勢を止め、

そして一つ、溜め息を吐く。……二人がこの場所を去ったなら、もう隠れている必要は無いのだから。

 

植え込みから立ち上がり、軽く身体を伸ばす。不意に流れた微風が、白い髪を微かに揺らす。

 

 

「………………二人ともいないから、気になって探してはみたけど。

 あの、司令官の表情は――」

 

 

***

***

 

 

――それからしばらく。

私達は、この鎮守府での日々を過ごした。

 

鎮守府内の整理、生活のルール決め……そして、深海棲艦に奪われた海域の奪還、及び探索の為の出撃。

作戦を立て、出撃し。傷を癒し、食事を取り。話をして……そして眠り、夜が明けて。

そんな日々を過ごす内――

 

 

 

「……よし、明日分の出撃の計画出来上がり、っと。見て貰える、睦月?」

「ん、おまかせなのです♪」

 

――いつしか、私の隣には当たり前みたいに睦月が座る様になっていた。

この間の件で睦月にお手伝いをお願いして、何となくやりやすかったから……そんな理由だと思う、けど。

 

「…………ん、今度は大丈夫そう。って……しれーかんどの、睦月の顔見てどーしたの?」

「何でもないわよ」

 

……横顔が可愛かった、とは言えない。うん。少し喋りが固くなったけど誤魔化しきれてるはず。

と、そう思っていたら。睦月は何を考えたのか、私の顔を覗き込むようにして――

 

「そんなに睦月の事が気になりますかあ……ふふっ♪」

 

………………あ、やばい。落ち着いて、落ち着いて、落ち着け落ち着きない私。

そう、落ち着いて、落ち着いて返事を……。

 

「……」

「……」

「…………………………、……うん」

「…………………そ、そっか」

 

……ま、またやった……ああもう私のバカ……。

 

 

 

 

「――何をやっているんだい、司令官達は」

 

 

 

その言葉に、びくりとする。……睦月とのやり取りで緊張していて気付かなかったけれど、

執務室にはいつの間にか、響の姿があった。

 

響は。はあ……と聞こえる様に溜め息を吐いて、

 

「二人でいちゃつくのも構わないけれど、ちゃんと仕事もしてほしいな。

 ……本土から、司令官宛にだよ。中身の確認をお願いするよ」

 

そう言って、響は私に何通かの封筒を渡してくる。

 

「…………はい、仕事、するわ」

「ごめんね、響ちゃん……」

 

睦月と共に項垂れながら、封筒の中身を検分し。

 

「響、これ資料室に置いてくれる?」

 

そう言い、資料室での置き場所の指定をしながら響に手渡す。

 

「分かった、行ってくるよ」

「ん、お願い」

 

私から、やや厚めの封筒を受け取った響はそのまま後ろへ下がり。

後ろ手に扉を開け、閉じて退出――する前に、

 

「…………」

 

こっちを2秒ほど見てから、扉を閉じた。

それから少しの間、私達は扉をじっと見つめていたけれど――ふう、と息を吐いて、

 

 

「あ、あはは……お仕事、ちゃんと頑張ろう?」

「……そうしましょうか。さて、こっちに残した封筒の中身の確認しましょうか、睦月。

 ちょっと気になる名前もあるし」

 

 

***

***

 

――少しだけ速足で歩き、資料室に辿り着く。手には、先程司令官に渡された資料を持って。

そして、目的の棚の前に立ってから。少しだけ俯いて……、

 

「…………」

 

 

『――二人でいちゃつくのも構わないけれど、ちゃんと仕事もしてほしいな。

   本土から、司令官宛にだよ。中身の確認をお願いするよ。』

 

 

少し、自分の感情が抑えられていない――というのを、感じる。

司令官を忌み嫌っている訳ではないのに、不必要に辛く当たってしまっているとは思う。

 

彼女は過去に深海棲艦との戦闘経験があり、その点では頼りになる、とは思う。

前線に立っての戦闘を知っているから、そこに関する指示はかなり的確で。戦闘の準備を甘く見る事もない。

また、艦としての『砲を構え、撃つ』という戦い方をしてきた私達に、人間の動きを教え――

私達の戦闘能力も、確かに上がっているとは感じる、けれど。

 

「………………あの人は、どこを見ているか分からないんだ」

 

ただ、毎日を生きる様に――何かを目指して生きているのではない様だと、そう思う事がある。

……私が言えた義理では、ないけれど。

 

 

司令官と、睦月の。

ああいう微笑ましい関係は、嫌いな訳じゃない。……だけど、もう少し信頼の置ける司令官であってほしい。

そうでなければ、暁と電を守るには――

 

「――と」

 

『リンガ泊地鎮守府 人員一覧』と、そう拍子に記されている冊子。

そこに先程受け取った資料を収めようとして、不意に手が滑り――持っていた資料を落としてしまった。

ばらばらになった資料を、暁、私、電、睦月、そして最後の一枚と、拾い上げようとして――

 

「――――――」

 

そこに書かれていた内容に目を通し――手が、止まる。

 

 

――20XX年8月、17歳でリンガ泊地鎮守府司令官に着任。

 

――横須賀鎮守府、牧田中将の孫。艦娘との合同作戦を想定した部隊に所属し、

  対深海棲艦戦闘の経験あり。

 

――10歳の時、深海棲艦による旅客船襲撃事故に遭遇。

  日本の南西、XX島に向かう航路で発生したこの事故で、唯一の――

 

 

「…………。

 しまった、司令官に辛く当たり過ぎたかもしれない」

 

 

……後で飲み物の差し入れでもしようかと、そう思う。

 

 

***

***

 

 

――封筒を開け、中身を確認し。そしてまた次を開け、確認。

そんな事を何回か繰り返し……最後の一通になる。

 

「あんまり開けたくないんだけどねえ、これ……。何書いてあるかわからないから」

「……?しれーかんどの、どうしたの?」

「ああいや、……身内からのだから、ちょっとね。ま、いいわ。開ける」

 

そう言って、最後の一通を――

横須賀の爺からの封筒を、開ける。そして今までの物と同じように、

取り出したそれを私と睦月は二人で覗き込み――

 

 

 

 

 

――拝啓、我が可愛くない孫娘へ

 

――お前の事だ、面倒な挨拶など読みたくないと言うだろう。だから本題から入らせてもらう。

 

――リンガ泊地に司令官として着任してのお前の戦果、私の耳にも届いている。

 

――お前はその戦果を芳しくないと、やはり自分よりも他の人間の方が適性があると、

  そう考えているかもしれん。だが、私はそう遠くない内に、

  お前が十分な戦果を挙げられるようになると思っている。

 

――いつか、お前の元に多くの艦娘が集まり、そして大きな戦果を挙げる……そんな日が来ると、

  そう思っている。その時は、お前たちは『司令官』、そして

  『提督』と呼ばれるにふさわしい人間になっているだろうとも、な。

 

――お前の挙げるだろう戦果を、待っている。   ……怪我には気をつけろよ。

 

 

 

 

 

「……全く、爺ってば」

 

開いた手紙を読み終え、軽く息を吐く。……孫バカか、って。私に期待しすぎでしょう?

 

「これ、しれーかんどののお爺ちゃんから?」

「そ。……孫バカでしょう?」

「ふーん……。……んー」

 

手紙を降り、畳み。再び封筒に戻す――と、そんな動きをしている横で、睦月が何やら唸り始めていた。

そして、

 

「ね、ね、ね!しれーかんどのの事、『てーとく』って呼んでいい?」

「……へ?何でよ」

 

唐突な睦月の提案に面喰らう。……なんで?

 

「だって、その……ね?今、『しれーかんどの』って呼んでるけど、暁ちゃん達が『司令官』って呼んでるから

 睦月もそう呼べばいいのかなって思って……。でも、その……」

 

睦月は少しだけ下を向いて――どんな表情をしたのかわからないけれど、

その後顔を上げ、真っ直ぐに私の目を見て。

 

 

 

 

「『睦月だけの呼び方』が欲しいなあ、って。何だか、そんな風に思ったのです。……えへへ」

 

 

 

……その笑顔に、どきりとした。

 

 

「ね、呼んでいい?」

「い、いい……わよ?特に何が変わるわけでもないし」

「えへへ……っ♪……てーとく?」

 

軽いいたずらをするような声色で。

 

「…………」

「てーとくっ」

 

元気に、撥ねる子犬の様に。

 

「…………っ」

「てぇとく?」

 

こちらの反応を誘っているみたいに。

……ああ、なにこれ可愛い。睦月が可愛い。

 

「てーとくっ。……うん、こっちの方が呼びやすくて好きなのです!

 よろしくね、てーとくっ♪」

 

………………このまま呼ばれ続けたら、きっと私は睦月を抱きしめたくなる気がする。

うん、自制、自制しないと。……なんとか。今目の前にある仕事を片付けるとかで!!

 

「よ、よし!それじゃ仕事頑張りましょうか!まだまだ沢山あるしね!

 ……やるわよ!」

「おー!張り切って、参りましょー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

***

 

――日付の変わる頃。

手には珈琲の乗ったトレイを持ち、私は執務室に向け廊下を歩く。

……まだ食堂へ寝に来ない、司令官と睦月の為に。

 

 

――ああ、暁たちは先に寝てていいわよ。

  私はまだ片付けなきゃいけない仕事あるから――え、睦月も来るの?……仕方ないわねえ。

 

 

そう言い、再び執務室へ戻った司令官達を見送り。電達と寄合い、3人で眠り始めて。

まだ暗い中、何となく目が覚め――まだ、司令官達が戻っていないことを確認して。

……珈琲でも差し入れようかと、そう思った。

こっそりと寝床を抜けだし、食堂の厨房を借り、そうして淹れた珈琲を見ながら思う。

……私の好みで淹れてしまったけれど、司令官と睦月の好みには合うだろうか、と。

 

……先程まで怒っていたのに、今は都合のいい事をしているものだ、という自覚はある。

けれど、司令官の生い立ちを知らず、苛立ちをぶつけてばかりだった……、

それについては謝らなければいけないと、そう思った。

 

 

あの生い立ちでは、司令官はああなっても無理はないのかもしれない。

だって、私も――

 

 

 

「……響?何してるのよ?」

 

 

 

……執務室までもう数歩、という所で。――いつの間にか、後ろをついて来ていた暁に声を掛けられる。

何時の間に、起きたんだろうか。

 

「暁こそ、どうしたんだい?……私は司令官達に飲み物の差し入れだけど」

「暁も同じ、かしら。試しに作ったお菓子、あとで司令官達と一緒に、って思ったんだけど……

 司令官、すぐ仕事に戻って行っちゃうんだもの。だから冷やしっぱなしになってたから、それをね。

 ……でも、響が差し入れ、ね。へえ……」

「…………」

 

両手に持ったトレイの上には、やや色のくすんだ……ババロア、だろうか。それを暁は持っていた。

数は、5つ。きっと私達の分も用意してくれたのだろうと、そう思うけれど……。

ここから話を繋げるのには、暁の好奇の視線が気になる。さて、どうするか。

 

「もう、暁ちゃんも響ちゃんもひどいのです!電を一人にするなんて!」

 

……そうこうしている内に、電までもがやってきた。

暁の視線も気になるし、これ以上ここで立ち止まっていても、あまりいい事はなさそう……かな。

 

軽く息を吸い、心を落ち着かせてから、言う。

 

「……ふう。こんな所で立ち止まっていても仕方がないし、とにかく中に入ろうか。

 失礼するよ、司令官――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――すぅ」

「むにゃ……てー、とくぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……寝てる、わね」

「寝てるね」

「寝てるのです……」

 

――執務室の扉を開けた、そこには。書類を前に、力尽きるように眠っている二人の姿があった。

何をやっているんだか、と少し呆れつつ二人が眠る執務机に近付き、顔の近くに置かれた書類に目を落とす。

 

「報告書に、遠征の計画に、――天気図に海流の流れ、って。それは分析は難しいだろう」

 

更に床には、過去の天気図を集めた記録も散らばっている。これらを見比べながら睦月と相談し、

分析をしていたのだろうか、と思って苦笑する。

それらの分析までして出撃の計画を立てられれば最良ではあるけれど、そう読み解けるものでもないだろう。

 

「……無茶をするね、司令官は」

「それに付き合う睦月も、ね。そんなに気が合ったのかしら?

 ……それにしても、『てーとく』だって。いつの間にそんな呼び方になったのかしら」

 

私が呆れを見せ、暁も同じような表情をして――二人揃って笑ってしまう。

 

「あ、響。何笑ってるのよ、もう……司令官の前だとあんなにツンツンしてたじゃない」

「済まない。……けれど、可笑しくてね」

「……でも、きっと司令官さんも睦月ちゃんも、自分たちに出来る事を頑張ってやろうとしてるのです。

 ちょっと、頑張り過ぎな気もするのですけど」

 

そうだね、と頷き。……私達は、一旦食堂に戻って。

……眠っている司令官と睦月に、食堂から持ってきたタオルケットを掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さて、珈琲がすっかり冷めてしまったけれど……仕方ないから私達で飲もうか」

「ちょっと響。コーヒー、響の分が足りないじゃない」

「おや、暁もコーヒーを飲むつもりだったのかい?苦いから飲まない、というかと思ったけれど」

「ひーびーきー!!」

「あ、あはは……。それじゃ、暁ちゃんのお菓子も合わせて。電達3人で、深夜のお茶会にするのです♪」

 

 

 

 

***

***

 

 

 

――それから、少し後。

リンガ泊地に、新たに青葉、神通が着任する事になったのだけれど……。

 

 

「あの、軽巡洋艦『神通』です。提督、どうかよろしくお願いしま………………あら?」

「………………………むー………………」

 

 

神通に司令官の事を『提督』と呼ばれ、睦月が拗ねてしまったりしたのは……また、別の話。


 
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