No.826021

湯たんぽ

第22回 #かげぬい版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「湯たんぽ」
に基づいて作成。
不知火、寒がりの陽炎、湯たんぽ。

2016-01-21 00:11:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1483   閲覧ユーザー数:1475

「陽炎、もう少しストーブから離れてください。火傷しますよ」

 不知火がストーブにかけてあるヤカンから、急須にお湯を注ぐと、煎りたてのほうじ茶の香りがふわりと上り立つ。すると、それまで反射式ストーブのすぐ目の前で陣取っていた陽炎が、のそのそと、炬燵の方へ移動を始める。いつもなら炬燵に入ってぬくぬくとしているのが定番の陽炎だが、停電という強大な的の前では、のんびりいつも通りにしていられるはずもない。

 そう、停電である。停電といっても、駆逐艦寮に限ってのことであった。何処の機器か配線かはわからないが、この寒空の下で突如サボタージュをした不届きものがあるらしい。そのせいで、さして広くもない鎮守府の敷地の中で、駆逐艦寮だけが、明かりも灯らない凍える施設へと早変わりした。建物自体が大分古いこともあって、断熱性などは言うべくもなく、朝までに蓄えられていたぬくもりは、日が陰る頃には全て失われてしまっていた。

 停電で困るのが、建物全体のセキュリティシステムだ。電子錠も手動に切り替えて対応しなければならない。とはいえ、あまりに急激に運用方法を変えたために、物理的な鍵が今現在何処にあるのか、誰も知らないという事態になった。そのため、誰かが残って、入退を管理する必要が生じた。大体こういう時に貧乏くじを引く娘というものは決まっている。そして、貧乏くじを引いた——引かされたと言った方が適当かもしれない——駆逐艦娘は、寮の玄関から近い談話室で一晩を過ごすことになったのである。他の駆逐艦娘は巡洋艦寮や戦艦・空母寮など、他の艦種の、とりわけ仲のよい娘や面倒見のいい姉分のところへ分かれてお邪魔しているというわけだ。中には司令部のソファに寝袋を持ち込んで泊まり込んでいる、ある意味関心な身の振り方をしている者もいるようだが、それはまた別の話である。

 さて、不知火が湯呑みに淹れてくれたほうじ茶を音を立ててすすりながら、陽炎は頬がだらしなく弛緩するのを感じた。不知火が素早く察知して注意する。

「何ですか、その顔は」

「いやぁ、だってありがたいじゃない。このクソ寒い中だと、お茶のありがたみも百倍増しよね」

「お礼でしたら、霞に言ってください。わざわざ用意していってくれました」

「あ、そうなんだ」

「ストーブは朧が工廠から借りてきてくれましたし、灯油は三日月が調達してきてくれました。さすがに陽炎の人徳ですね」

「いや、あの娘らが良くできすぎてるだけだと思うけど」

 陽炎がにべもなく否定するので、不知火は、ふふ、と笑った。

「そう言うと思いました」

「何それ」

「ですから、僭越ですが、不知火が厚く礼を述べておきました」

「いや、私だって、ちゃんとお礼はするわよ」

「当然です。不知火がとりあえずお礼を言いましたが、みんな陽炎から言われた方が嬉しいですからね」

「あん? なんでそうなるよ。不知火も今日ここで過ごすって知ってたんでしょ? だったら、不知火宛でもあるわけでしょうが」

「時々、陽炎がわざと言っているのではないか、と愚考します」

「またわけのわからないことを……」

 陽炎の言葉には答えず、不知火はお茶をすすった。そして、おいしいですね、温まります、と小声で言った。不知火もこういう柔らかい表情を常にしてれば、無用な誤解は生まないのにな、と陽炎は思った。

「どうしました?」

「なんでもない。それにしても、戸締まりちゃんとしないといけないのはそれとして、こうして泊まり込んでまでする必要あるのかしらね」

「危急の要件というのは、時間を選びませんよ」

「そうだけど、寮に来る要件なんて、私物を取りにくるくらいでしょう? 明日でもいいじゃない」

「中からしか鍵をかけられないというのは、誰かが中にいなければなりません。基地内とはいえ、不用心にしていてはいらぬ不祥事を誘発しかねません」

「ああ、まぁ、そうねぇ……」

 陽炎は、なんとなく色々な人の顔を思い浮かべた。この鎮守府と海軍基地で働く人であったり、街ですれ違っただけの人であったり。ただ陽炎の脳裏に浮かぶ顔が、誰も彼も卑しさからは無縁であるかと言えば、それは否である。魔が差す、ということもあるだろう。そういえば、知名度の向上とともに世間で人気が出てきた艦娘の、彼女達に由縁のあるものが、こっそりと売買されていたとしても、まぁ、そんなこともあるだろうな、としか思えない。

「確かに、あまり考えたくないこともあるかなぁ」

「でしょう」

「でも、ま、あんたの言う通りにちゃんと施錠してまわったし、こうして火に当たってただのんべんだらりと過ごしてるのも悪くはないかなぁ」

「とはいえ、そろそろ寝ましょうか?」

「あー、そうねぇ。結局満潮が歯ブラシ取りにきただけだったわね」

「あれは様子を見にきたついで、というよりも口実でしょう」

「あんた随分察しがいいわね」

「陽炎の側にいるとそうなります」

「またわけのわからんことを……」

「さて、では、不知火からも一つ陽炎にお渡しするものがあります」

「ん? なになに? ぬいたん抱き枕?」

「違います」

 少し怒りを孕んだ口調で不知火が口早に言う。そして、陽炎の布団をポンッと叩いた。そういえば何やら布団が少しだけ盛り上がっている様な。

「ひょっとして、かわいいにゃんこでも入ってる?」

「違います」

 さらに低い声で不知火が言う。

「今のはわざとですよね。不知火をからかって面白いですか?」

「じょ、冗談だってば」

「これです」

 不知火は陽炎の布団をめくり上げて、金属製の容器を取り出した。

「湯たんぽ?」

「はい。寒がりさんのために用意して……」

「不知火大好きーっ! ありがとう!」

 不知火の言葉が終わらぬうちに、陽炎が不知火に飛びついた。不知火はそのまま陽炎の布団の上に倒れる形になる。

「な、なんですか。どうやって正座の状態からジャンプしたんですか?」

「そっち?」

 陽炎が不満げに口を尖らす。

「物理的に不可能です。今の動きは」

「え〜と、そっちは別にどうでもいいんだけど」

 陽炎をやんわりと押し返して、不知火は自分の布団に潜り込んだ。

「あ、ストーブ消してくださいね。ではおやすみなさい」

 陽炎が返事するまでもなく、不知火はすぐに寝息を立て始めた。陽炎がストーブの始末をつけてもどると、狸寝入りかと思ってたが、本当にあっという間に寝てしまったようであった。

「寝付きよすぎ! もう、ちゃんとお礼くらい……」

 言わせなさいよ、と陽炎は言葉の最後を口の中で小さくつぶやいた。彼女はその時に、気がついた。陽炎の反対側の壁の方を向いて寝た不知火が、何やら気恥ずかしげに視線をそらしているように感じられたのを。

 陽炎は、くすりと笑みを浮かべて言った。

「おやすみ、不知火。また明日」


 
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