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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第九十八話

ムカミさん

第九十八話の投稿です。


蜀編・其の弐。

2016-01-16 00:23:49 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2940   閲覧ユーザー数:2442

 

さて、ここで少し過去話をしておきたい。

 

話の主人公となるのは先日成都を発ってその北東へと馬を向けている武官、周倉である。

 

始まりは既に随分と前のこととなった、劉備の魏領抜けの時にまで遡る。

 

以前から一刀に聞かされていた通り、そのタイミングで周倉に黒衣隊として最後の命が下った。

 

内容は実にシンプル。蜀に潜入し、情報をリークすること。

 

かように重要な役目をどうして俺が、と周倉は感じたし、実際に問いもした。

 

それに対して返された一刀の答えは、一言で言えば天の知識故、であった。

 

勿論、周倉の人生を年単位で縛り、場合によっては命すら懸けさせることとなる任務なのだから、その辺りのことは事細かに説明も加えていた。

 

だが、周倉はそのほとんどを覚えていない。

 

ただ一つ、この任務は”周倉”だからこそ任せられる、との言だけは深く心に刻んでいた。

 

替えは効かない。ならば俺が完璧にこなしてやる。曲りなりにも黒衣隊員として育成を受けた周倉はそう決意した。

 

そうして、まずは劉備の軍に付いてきていた民の中に身を隠した。

 

そのまま息を潜めて劉備軍の動向を見守ることが目的である。

 

劉備軍は華琳たちとの約束通り、魏領の一切に手を付けることなく荊州に入った。

 

そこからの出来事は周倉の中の劉備の評価を改めさせるに十分なものだった。

 

と言っても、元からあった周倉のそれは一刀や桂花の話を鵜呑みにして得たものでしか無かったのだが。

 

兎にも角にも、周倉は劉備軍が黄忠、厳顔という老将を味方に引き込む様を目の当たりにした。

 

その勢いのまま益州も渡り、成都へと入り込む。

 

予てよりその地を治めていた劉璋の軍を破って蜀をその手に収めたのであった。

 

劉備にしては思い切った行動を取ったように思われるが、それも劉璋の噂を知っていればらしい行動と言える。

 

しかもその噂、わざわざ密偵を出して綿密な情報収集を図らずとも、簡単に手に入るものなのだ。

 

噂の内容は、劉璋には政の才は無く民は苦鳴を上げている、といったもの。

 

その人徳をもって大陸に知られる劉備としては、これを見過ごすことは出来なかったということだろう。

 

周倉はこうして劉備が成都へと落ち着いたところを見てから作戦を開始した。

 

余談だが、何も一刀は何の手立ても無く周倉を任務に駆り出したわけでは無い。

 

どうやって蜀の内部に侵入するか、その為の策を3つほど考え、周倉に託していたのだ。

 

今回の状況はその策の中でも一刀の言う本命の策を用いることが出来る。

 

どうしてそれが本命なのか、策を聞いても周倉には分からなかったが、一刀が迷いなくそう言い切ったことを信じた。

 

すぐに成都を発ち、周倉は北方を目指す。

 

その先にあるのは一刀が本命の策の為に用意しておいたとある集団だった。

 

幾日も歩き続け、周倉は目的の集団が根付く山林へと辿り着く。

 

迷うことなくその奥へと分け入っていくと、やがて小さいながらもそれなりにしっかりと作られた小屋が現れた。

 

「んん?お、おい!何だ、お前?!」

 

小屋に近づいた周倉に誰何する声が投げられる。

 

「俺は周倉ってもんだ。御遣い様の任でここに来た。話、聞いてないか?」

 

周倉の返答に誰何してきた男は驚いて目を丸くした。

 

「あ、あんたが北郷様の仰ってた……ちょ、ちょっと待ってろ!」

 

男がドタドタと慌てて小屋に入ったかと思うと、中から焦って説明する声が聞こえる。かと思えば、すぐにワラワラと小屋からそれなりの人数の男達が現れた。

 

規律などあったものでは無いのだが、それでも彼らなりに整列らしきものをする。

 

全員が小屋を出れどその全てが列に揃わないまま、先頭に立った男が口を開いた。

 

「あんたが北郷様の言伝にあった俺らの大将さんって奴ですね。

 

 俺らはあの方のおかげで道を踏み外しきる前に留まることが出来たんだ。

 

 周倉の旦那!北郷様からの任があるってんなら、何でも言ってくれ!

 

 それが俺たちの出来る、あの方への最大の恩返しだ!」

 

背後の男たちは口々に先頭の男に同意する旨の声を上げている。

 

この光景を目にした周倉が初めに抱いた感想は、こんなものだったらしい。

 

(おいおい……隊長の奴は一体、こんな離れた地で何をしたってんだ?)

 

困惑、の一言で済ませられる程度のもの。同時にほんの少しの畏怖。

 

それなりに長く近くで過ごしても未知な部分の多い彼の上司は、遠く離れた今もまだまだ未知を振り撒いてくるのだった。

 

 

 

 

 

わざわざ外にいつまでも居続ける意味も無い、と周倉は見張りを残して全員で小屋の中に戻るように指示した。

 

その後、集団についての詳しい説明を求めた。

 

説明の内容は以下のようなものだった。

 

---------------------------

 

かつて、黄巾が蔓延るようになるよりも更に以前の時期。

 

その頃からここいらの一帯は盗賊の襲撃が激しい地域であった。

 

刺史や牧らの駐在する街のいずれからも遠く、地理的にも山に囲まれている。

 

既に上層部が腐り私服を肥やすことに躍起になっている中、そんな辺境の地へわざわざ賊討伐を買って出る者はおらず、一帯の民たちは賊に蹂躙されるがままだった。

 

そのような状態が続けば、当然困窮する民たちが至るところで生まれて来る。

 

店を焼かれたり畑を駄目になどされた者は最早どうしようも無くなっていた。

 

そのような者たちが誰からともなく何処からともなく寄り集まり、新たな賊として別な集落を襲わんとしていた時。

 

当時大陸中を巡っていた一刀に彼らは鉢合わせてしまった。

 

出会ってしまったからには賊は見逃せない、と一刀は彼らを潰しにかかる。

 

が、すぐにその動きがあまりにぎこちなさ過ぎることに気付き、頭らしき者を速攻で取り押さえて話を聞き出した。

 

そうして話を聞き出した後、一刀は彼らに別な行動を提案した。

 

その行動というのが、周辺地域の賊討伐だった。

 

当然ながら、今まで戦闘とは縁の無かった彼らのほとんどは難色を示した。

 

口々に文句を言い、最終的にはどうしてお前に従わねばならないのか、との話となる。

 

そこで一刀は自身の境遇を利用した。

 

ただ、当時はまだ”御遣い”という存在を隠しておきたかったから、口外しないことを厳重に約束させてからだったが。

 

証拠となるようなものはほとんど持っていなかったが、それでも日本刀は十分な説得力を持っていた。

 

思いも寄らぬ存在の登場に呆気にとられ、そこに一刀が再度提案を入れる。なし崩し的に、まあ一度だけなら従っても、といった空気が作り上げられた。

 

その後、一刀は繋がりを作っておいた近場の有力者に話を持ち掛け、義賊の遊撃部隊を認めさせ。

 

そして彼らの一部が偶然知り得ていた小さな賊の根城を一刀の指揮の下急襲し、見事これを討ち果たす。

 

この賊共に悩まされていた集落から来ていた男たちによって賊壊滅の知らせが届けられ、そこの民たちに謝礼として食物などを分けてもらった。

 

さらに件の有力者からは賊討伐の謝礼として幾ばくかの金品を得る。

 

これら初回の一連の指揮から交渉からは全て一刀が受け持ったのだが、確かな実入りがあることは皆よく理解出来た。

 

これらを身をもって理解させた後、一刀は集団の中で最も知能の高い男にそれからの一切を任せると宣言した。

 

そしてこうも言ったのだ。

 

いずれはこの大陸全体を平和にする。だが、今はまだ力が足りず、それが叶わない。

 

いつか、必ずそれを行う日が来る。その時にはお前たちにも協力を頼むかもしれない。

 

今後も定期的に言伝を持たせた兵をこちらに向かわせる。

 

困ったことなどがあれば、その者を通じて言ってほしい。出来る限りでになるが、手を貸す。

 

その代わり、その時が来たら皆には力を貸してほしい。

 

彼らはこれに寸分の迷いもなく頷いた。

 

こうして一刀の本命の策の為の手段、義賊集団が出来上がったのである。

 

---------------------------

 

「ほぉ~……するってぇと、何かい?

 

 お前ら皆、元農民か?」

 

「はい、そうでさぁ。ま、元商人もいくらか混じってますがね」

 

「なるほど。元黄巾の俺と似たようなもんか」

 

半ば独り言ちるようにして周倉は事情を理解した。

 

更に詳しい部分も聞けば、どうやら一刀に集団の頭を託された男は元商人の男らしい。

 

それなりの規模の店を構えられていたそうで、それだけに地頭もそこそこ良いものだった。

 

その男の頭と定期的な一刀からの助言等もあったことで集団は義賊としてちゃんと機能していられたのだ。

 

そして気になるのが、この集団がきっちりと義賊として活動出来るためのもう一つの大きな要素。武力に関してだが。

 

これは一刀が去り際に簡易な鍛錬法を彼らに細かく示して去ったことが大きかった。

 

一刀が去れば、まともな用兵術の無い集団は下手をすれば次の戦闘で全滅しかねない。

 

それを回避したくば、毎日怠らずに鍛錬に励め。一刀からそう言われれば、その力を間近で見たばかりの男たちは意気込んで実践しようとした。

 

それでも、最初はほんの数日で多くの者が音を上げていたのだ。

 

見張る上官がいなければ当然のようにサボる者が出る。一人がサボればその周りにも同様にサボる者が出る。

 

これが連鎖して止まらなければ、最終的には鍛錬そのものが立ち消える可能性もあった。

 

だが、これをギリギリのところで食い止めたのが、先の集落出身の男だった。

 

彼は徐々に増えていくサボる者たちに向けてこう言った。

 

「俺は救われたと分かった時の邑の皆の笑顔が忘れられない。ずっと暗い顔を浮かべていたのを知っているから、尚更だ。

 

 だが、まだ多くの者があの笑顔を浮かべられないで苦しんでいる。

 

 今回のほとんどは北郷様のお力のおかげだと分かっているが、それでも俺たちにも出来ると思いたい。

 

 俺たちだけの手で、あの笑顔を、安心を、皆に届けてやりたい。だから、俺は鍛錬を怠らないと決めたんだ。

 

 そうすることで、きっと上手くいくんだ。あの方がそう仰ったんだから、頭の悪い俺は従うだけだ」

 

元々困窮して集った者たちの集団だけに、男のこの言葉は皆の胸に響いた。

 

この日を境に集団は人が全て入れ替わったかのように真面目に鍛錬をし始めたのだ。

 

不器用ながらもコツコツと。少しずつでも歩みを進めて。

 

その後もどうにかこうにか、他の賊を殲滅とまではいかなかったりしても、最低でも追い払うくらいは出来るようになった。

 

彼らが動く度に、感謝の声が大きくなる。

 

それが彼らのモチベーションを高め、維持する薬となっていたのだった。

 

 

 

「ま、要するに、お前らは別に正規の訓練を受けた軍隊なんかじゃねぇってこったな。

 

 だったら俺も、基本は前ん時みたいに自由にやらせてもらうとするか。

 

 おい、お前ら!早速明日から御遣い様の任に基づいた行動を開始する!

 

 これからしばらく、ちと忙しくなるが、ちゃんと付いて来いよ?!」

 

『おうよっ!!』

 

周倉は己が課された任務を思う。

 

蜀への潜入。その道筋は一刀が描いてくれている。

 

これが上手くいくことを信じ、今はその前準備に勤しむことを決めた。

 

 

 

 

 

こうして周倉を加えた集団のそれからの移り行きは、以前に少し述べた通りである。

 

補足を交えておさらいすると。

 

まず、周倉は指揮と切り込み隊長を兼ねることで集団の士気上昇、戦術行動力上昇を図り、これが功を奏して瞬く間に周辺の賊を殲滅していった。

 

当然、周辺の邑の人々からは多大な感謝をもらい、謝礼によって彼らの懐もかなり暖かくなる。

 

されど、一息に進め切ったこの行動によって、その一帯の賊の動向の異変を蜀が察知、関羽を派遣してきた。

 

やがて集団の見張りが関の旗を掲げた一隊を発見したとの報告が為されると、周倉は全員を武装解除させた状態で山林の麓に並ばせた。

 

関羽はその一種異様な光景に呆気に取られる。

 

その隙を逃さず、周倉はまず切り出す。自分たちは義賊、故にこの場は見逃してほしい、と。

 

当然関羽はその言葉を疑い、諾などと答えるはずが無い。

 

そこで周倉は関羽に一騎打ちを申し込んだ。せめて他の者には手を掛けないでくれ、と申し出て。

 

色々考えた後に関羽はこれに応じた。

 

その一騎打ちは、結論から言えば周倉の惨敗。

 

「はっ……負けちまった、か。なぁ、関羽将軍。ちょいと頼みがあんだわ。

 

 あいつら、賊共によって寄る辺の無い身になっちまった奴らばっかでよぉ。

 

 蜀の方で兵として拾ってやっちゃあくんねぇか?」

 

青龍偃月刀を突き付けられたまま、周倉はあっけらかんとそう言い放った。

 

周倉としては色々考えた上で最も策の成功率が高くなると思った行動。

 

これがドンピシャとなり、頑なだった関羽の心を動かすことに成功したのだ。

 

何より、惨敗とは言えども関羽を十分に苦しめた腕や得物を突き付けられても動じない胆力に、戦力としての価値を感じたのだった。

 

このようにして関羽の温情を受け、集団は関羽隊の一隊として蜀へと侵入することに成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、周倉率いる元義賊連中がどういうものか、これで分かったかと思われる。

 

要するに、元庶民が止むに止まれぬ事情から賊に堕ち掛けて、ギリギリ踏み止まった集団なのだ。

 

対して。彼らが今対峙しようとしている集団はと言えば。

 

結論から言って同じ義賊のようなものとは言われても、その成り立ちが根本から違っているのだった。

 

それが判明する一連は斥候の報告から始まる。

 

「失礼します!敵部隊らしき者たちを発見致しました!」

 

「ありがとうございます。それで、どうでしたか?」

 

「それが、その……なんと言いますか……」

 

「おい、何だ?はっきりしねぇな。スパッと言い切っちまえ!」

 

「発見した部隊の連中は普通の賊とは違い、誰も彼も揃った武具を身に付けておりまして。

 

 どうも賊と言うよりも、どこかの軍の一隊のように見えるのです」

 

姜維も周倉も、さすがにこの報告には驚いた。

 

元よりこの地域の調査を行う切っ掛けは、盗賊被害が極端に減り、代わりに正体不明の集団の目撃情報がチラホラと入っていたからである。

 

第一波の調査隊が壊滅したことだけを考えると、他国の部隊が入り込んでいるという答えも、まあさもありなんと思えてしまう。

 

が、これは色々とおかしい点が挙げられるのだ。

 

蜀の首都たる成都から遠く離れた場所に侵入させた部隊を駐留させ、企みがあるとすれば行動は大きく二種類。

 

ます一つは潜伏。そこからどのような活動に派生するにしても、まずは極力地域の情勢を刺激しないようにひっそりとしているはず。

 

或いは二つ目、釣り出し。どちらかと言えば、今回の件にも当てはまりそうなものだが。

 

これにも疑問が残る。本当に蜀の将を釣り出そうとするのであれば、むしろ自らも賊のように振る舞い、被害数を大きく増長させるべきなのだ。

 

ところが、実際に起こった事象は正反対。下手をすれば、誰一人として来ないまま終わる可能性すらもあった。

 

わざわざそんな策を取るメリットも無く、つまりこちらもありえない。

 

そういった理由で、どちらもどこぞの偵察部隊とは考えに入れていなかったのであった。

 

劉備の要望は集団の説得。だが、これが仮に本当に軍隊なのだとすれば、ここは問答無用で攻め込み、一気に殲滅するのが最良。

 

「あぅ~~……ど、どうしましょうぅ~~?」

 

相反する2種類の選択肢に挟まれ、姜維は頭を抱えてしまう。

 

そんな彼女に助け船を出したのは他ならぬ周倉だった。

 

「お嬢、俺がちっとひとっ走り行って連中の正体を確かめて来てやるよ」

 

「え?しゅ、周倉さんがですか?

 

 あの、確かにそれはありがたいのですが、その……だ、大丈夫なんですか?」

 

「姜維将軍、旦那なら心配無いですぜ!

 

 周倉の旦那、こう見えて偵察とか潜入みたいな仕事得意なんすよ!」

 

部隊の男が不意に口を挟んでくる。

 

周倉はその男の頭を、バカ野郎!と叩き、気まずそうに後ろ頭を掻きながら補足した。

 

「あ~、その、ちょっと心得があるって程度で得意ってわけじゃねぇっすよ。

 

 でも、ここにいる奴らん中じゃあ、俺が一番適任でしょ?

 

 な~に、ヤバかったらすぐに退いてくるんで大丈夫っすよ。

 

 俺も関羽将軍や趙雲将軍にそれなりに扱かれてんすからね」

 

一連の光景が面白かったようで、姜維は口元に手を当ててフフと笑みを漏らしていた。

 

これによって緊張が解け、本来の頭の回転も戻ってきた様子である。

 

「分かりました。それでは周倉さん、偵察の方、お願いします。

 

 残りはいつでも動けるようにしてここで待機してください」

 

「うし。ほんじゃ、ま。いっちょ行ってきますかね……」

 

姜維からの指示が下ったことで周倉は軽く頬を張って気合を入れると山中へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周倉が突入した山林はそこそこに木々が茂っており、なるほど集団が隠れ蓑とするには中々に良さそうな物件ではあった。

 

その奥へと分け入っていくと、やがて粗末な家屋群が見えて来る。

 

周倉はそこから樹上へと移り、そろりそろりと音と気配を消して可能な限り近づいて観察に入った。

 

「さって、連中は、っと……おっ、いたいた。

 

 ん~……ありゃあ確かに軍属だな」

 

周倉の視線の先には規律を感じられる様子で見張りに立つ複数の男の姿があった。

 

惰性や見様見真似でこれを行っているわけでは無い様子で、しっかりと訓練を受けた兵士であると推測される。

 

観察を続ける内、ふと周倉はその者達の武具に既視感を覚えた。

 

「ん?んん??あいつらのあの鎧、どっかで……

 

 どこだ?」

 

周倉の視界に収まるは、紫を基調とした鎧にどこか獅子を思わせる飾りが付属されたもの。

 

武具の質もそれほど悪いようには見えず、それなり以上のもののはずだ。

 

にも関わらず、いずれの鎧も相当に傷つき汚れており、中にはガタが来ていそうなものまである。

 

もう長く武具の更新が為されていない様子なのだ。

 

質が良い武具を作り上げて配給出来るのにこれを更新させることが出来ない、などという国があるのだろうか。

 

そんなちぐはぐな状況に周倉も頭を捻っていたのだが、ほんの数分後にはそれら全てに一発で答えを齎す人物が登場するのだった。

 

「おい、お前たち!先日襲って来た劉の部隊、その後はどうだ?」

 

見張りの兵たちに様子を尋ねに出てきた者。

 

明らかに強者のオーラを放つ、紫がかった灰色のビキニアーマーと言えるような鎧を纏った女性。

 

家屋から出てきたはずなのにも関わらず、既に肩に背負っている得物は、巨大な戦斧。

 

周倉はこの女に見覚えがあった。故に、目を見開いて驚き、必死に声を我慢する事態に陥った。

 

「現状、異常はありません、華雄様!

 

 周辺警戒に当たっている者も直帰って来るかと思われますが、時間通りの帰還であればまず問題は無いと思われます!」

 

そう、この兵士の一言で確信に確定の文字が加わった。

 

最早紛うことも無い。彼女はかつて虎牢関で孫の旗に攻撃を仕掛け、その後行方知れずとなっていた元董卓軍将軍、華雄その人なのであった。

 

 

 

 

 

「おい……おいおいおい!こりゃあ、ひょんなとこにとんでもない大物が潜んでいやがったもんだぜ!」

 

集団の正体が判明するや、周倉は急ぎその場を離れ、山を降りていた。

 

十分に離れると、興奮を堪え切れずに声が漏れる。

 

この相手ならば如何様にも利用価値がある。その何れも、姜維ならば実現可能なはずだ。

 

周倉はそう考えた。だからこそ、真っ直ぐに部隊へと戻ると、姜維にこの事実を即報告したのである。

 

「えぇっっ?!そ、それは本当なのですか?」

 

当然、姜維もこの報告には素っ頓狂な声を上げて再確認を取る。

 

「ああ、間違いねぇですぜ、お嬢。

 

 なんでこんなとこにいんのかは知んねぇが、ありゃ確かにかつて洛陽を追われた華雄元将軍だった」

 

間違いない、と周倉は自信満々に告げる。

 

但し、確定させた理由として周囲の兵の呼びかけを挙げたのは念のための警戒だった。

 

彼がここまで自信を持って告げるのだからと、姜維はそれが誤りである可能性はほとんど考えないことにした。

 

「そうですか、分かりました。それではぁ……

 

 う~ん……難しいですね。どうしましょうかぁ……」

 

「華雄元将軍は以前の立場が立場だ。しかも、境遇が境遇だぜ?

 

 お嬢がどの方向の策を取ろうとも、ま、相当のことじゃなけりゃあ失敗なんて無いだろうぜ。

 

 どう転ぼうが利用可能なんて、もうお嬢の手に掛かりゃあお茶の子さいさいってもんだろ?」

 

「んもうっ!周倉さん、ずっと言ってますけど、私のことを過大評価しすぎですぅっ!

 

 私なんて、元々はしがない地方文官なんですからね!」

 

いつもの如く過大評価だ~っと一通り怒ってから、意識的に大きく息を吐いて気持ちを切り替える姜維。

 

目つきも俄かに鋭くなって纏う空気も締まり、部隊を率いる者として不足無い状態となった。

 

「敵の正体が華雄さんであったとなれば、しっかりと陣を組んで事に当たります。

 

 ただ、桃香様のご要望の件もありますので、組む陣は防御主体にしておき、まずは少数での先行で交渉を行います。

 

 これで片が付けば万々歳なのですが……そうはならない可能性も十分にあります。

 

 そこで、交渉は私が行くとして、周倉さん、貴方には陣に残り、万が一に備えて何時でも華雄さんを部隊ごと囲めるように待機しておいてください」

 

「おう、それは構わねぇんだが、その万が一の時の合図はどうすんだ?」

 

「えっと……紫苑さんの部隊からも兵を出していただいているので、その方に鏑矢を射ってもらいます。

 

 大き目の音の矢を射ってもらうようにしますので、これを合図に行動を開始してください」

 

「あいよ、了解したぜ」

 

そう返事をしつつも、内心ではその必要は無いだろうな、と周倉は感じていた。

 

何故ならば、先程彼が口にした言葉はまさに事実であったからである。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは周倉さん。お願いします」

 

「おう、任しとけ、お嬢」

 

あの後もスイスイと事を進めて全てを決めた姜維は、そのまま編成した交渉同伴人員を引き連れて山中へと分け入っていった。

 

彼女の指示の下、向かった者は皆、劉軍を示す武具の類は脱いでいた。華雄を刺激しないためである。

 

ともあれ、こうしてその場から周倉より上の者が消えた途端のこと。

 

「いつもご苦労、周倉。今回の首尾はどうだ?」

 

いつの間にそこに陣取ったのか、ほとんど口を動かさず、しかも視線はまったくあらぬ方向を向けたままに周倉に話しかけて来る者が現れた。

 

成都へと入り、活動していた黒衣隊員である。

 

「馬騰らが入った以外は特には、な。今回の報告は細かく色々書くことが出来た。

 

 ただし、その分暗号処理って奴は入れてねぇ。だから――」

 

「分かった。責任を持って隊長と室長の下に届けてやる」

 

後手に報告書を受け渡し、さも何もなかったかのように二人は離れる。

 

それから暫くの後、周倉はその男と更に数人を合わせて呼び寄せた。

 

「お嬢が帰って来る前に、いや、何か動きがある前に、一応退路の確保をしとくぞ。

 

 お前ら、ちょっとひとっ走り行って周りの様子見てきてくれ」

 

『おぅっ!』

 

男たちは各々バラけて周辺の哨戒へと出向いていく。

 

勿論、事前に周囲を警戒しながらここまで部隊を進めてきた以上、このタイミングで敵性部隊が周辺から湧出することはまず無い。

 

要するに、これは隠れ蓑だった。

 

その証拠に――哨戒を終え、再び戻ってきた男たちは、その数を一人減らしていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桃香様!杏が帰って参りました!」

 

「ほんと?!それで、どうだったのかな?」

 

「それがその……何と申せばよいのか……と、取り敢えず、皆さんを集めて至急軍議を開きます!」

 

「??うん、分かった。私もすぐ行くよ」

 

姜維、周倉の部隊が華雄と接触を果たしてから幾日かの後、二人が帰り付いたその時から成都は俄かに騒がしくなる。

 

その狼煙を上げたのが諸葛亮の掛けた緊急軍議開催の知らせであった。

 

 

 

僅かの後、成都の城から城下町まで届かんばかりの驚声が上がることとなった。

 

 

 

数日――正確にはもう少し長い期間となるが――の紆余曲折を経て、劉備の要望通り、義賊と見られていた新たな部隊がこうして蜀の一員として加わったのである。

 


 
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