No.824703

AEGIS 第五話『死闘』(4)

紅神の切り札、決着をもたらすか

2016-01-13 00:01:57 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:401   閲覧ユーザー数:401

AD三二七五年六月二四日午後一〇時〇六分

 

「来た……ホントに来た……」

 レムはまさかと思いたかった。

 セラフィムが朝に『アイオーンの情報が全て記憶されている』と言っていたが、その通りらしい。頭の中に何故か出現したアイオーンの情報が流れ込んでくる。

 数はイェソドが二〇、ケテルが一。出現地点も急に頭の中に思い浮かぶ。

 何の冗談かと思っていたが、叢雲のオペレーターから送られてきた情報は、先程頭に浮かんだ完全に一致していた。

 世の中に起こりえないことなど存在しないのか、レムはふとそう思った。

 しかし、悩むのは後にしよう。成すべき事がまだあるのだから。

『あー、テストテスト。こちらベクトーア海軍第四艦隊ルーン・ブレイド戦闘隊長ルナ・ホーヒュニング。当戦闘区域は現在、アイオーンによって襲撃を受けている。だが、全軍勢とも現段階の戦力では打倒しがたいことは事実であると思われる。よって、アムステルダム戦争協定第一四三条特別枠『アイオーン緊急撃破特権』に従い、各陣営の協力を仰ぎたい』

 レムが聞くまでもなく、ルナは堂々と外部マイクの音量をやたらでかくして呼びかけている。

 アムステルダム戦争協定はもう千年以上前に作られた物だが、未だにこれに変わる物は存在していない。その中の一つ『第一四三条-停戦協定-』の中にアイオーンの出没が確認されたころから追加された特別枠が存在する。それが先程言った『アイオーン撃破特権』だ。

 アイオーンが出てきたらどんな戦だろうが即時停戦し、全軍併せて迎撃しろと、端的に言うとこういう規則である。

 誰が今のこのご時世にこんな条約飲むのかとレムですら思う。恐らくルナも当てにしていないだろう。

『ふざけるな! 誰が貴様らの協力など!』

 エミリオが大声で罵倒している。確かに憎しみの対象であるベクトーアと協力するのは納得がいかないだろう。今にもまた糸の大群を展開しそうな勢いだ。

『戦場を邪魔されるのは、私も気に喰わん』

 スパーテインが、エミリオを止めた。

『少佐、しかし』

『純然たる人間としての戦がしたい。このような化け物共に戦場が蹂躙されるなど、私の心が罷り通らぬ。だからアイオーンを潰す、それだけだ。フレーズヴェルグ、お前に一時協力しよう』

 戦のやりようにスパーテインはこだわりを持っている気がする。骨の髄までこの男は武人なのだ。

 ルナが尊敬するのも、何となく分かる気がする。

『了解。だが、俺は貴様らとなれ合うつもりはない』

 エミリオは憮然とした態度を崩さないまま、アイオーンの方へと狭霧を進めた。

 しかし、頭痛だけはまだ収まらない。むしろ酷くなっている。

 汗がにじみ出ていた。ヘルメットを外す。それでも、暑さは変わらない。

(数が多い)

 セラフィムの声が、脳に響いた。頭を揺さぶるように語りかけてくる、独特の感覚だった。

(何これ?)

(脳を直接刺激してるのよ。聴覚を使わないから、会話が周りに行き届くことはないわ)

(で、何の用? 私もさっさといきたいんだけど)

(レム、少し私の能力を解放するわ。結構負担になるけど)

(能力?)

(こう見えても上級よ。変な能力付いててね。大丈夫、人間には害を与えないわ)

 少し考えた。本当にこのアイオーンを信じていいかどうか迷った。

 第一相手は化け物だし、この存在もまた同様だ。

(私もアイオーンだからいつ裏切るか分からない、か)

 また言い当てられた。本当にこの人物には嘘をつけないらしい。

 それに、考えてもみれば、信じることが己の信条の一つでもある。

 それで乗っ取られたり、自分の心が死んでこいつが出てきたとしたら、私は所詮その程度の人間だったのだと、レムは思うことにした。

(想像以上にあなたはドライね)

(そうでもしなきゃ、生きてけないっしょ)

(では、使わせて貰うわよ。弱体化能力を、ね。効くまでには少し時間がかかるから、それまで耐えてよ、レム)

 そうセラフィムが言うと、急にまた頸骨の部分が蠢いた。コクピットの中を、巨大な翼が覆った。

 どんな服でも貫通した跡は無く、消そうと思えば自然と消える。そのクセに実体は存在する。何とも不思議な翼だった。

 直後、体が重くなった。これが能力を使うと言うことか、とレムは頭痛が酷い頭でかすかに感じた。

 

 レムの動きが止まった。

 何があったのかとホーリーマザーに通信を繋げると、翼を生やしたレムが何かに集中するように瞳を閉じていた。

 ブラッドは、昨日の夜のことを思いだしていた。あの夜、レムは一度死んだのだろう。村正の刃は、確かにレムを貫いた。

 だったら次は、死なないように守りきるのが、同じチームである自分のつとめだろうと、ブラッドは感じた。

 あのレムの様子から察するに、何かコンダクターとしての能力を使う気なのだろう。それで割と戦局は優位になると、ブラッドの勘が告げていた。

 だとすればなおさら守り通す必要がある。

「ブラスカ、まだいけるか?」

 三面モニターの一角にブラスカの顔が表示される。無言で彼は頷いた。

 ブラッドはファントムエッジのデッドエンド・レイをリロードする。マガジンは今のがラスト四セットだが、十分だろう。

 直後、警報。

 真っ青なゼリー状のボディを持つ、聖十セフィラーの中の根幹『基礎』の名を持ったアイオーン『イェソド』だ。もっとも基本的なアイオーンで、正直M.W.S.の一.五倍の大きさを誇ることと、体のそこかしこからオーラシューターを放てること以外、これといった特徴はない。だからランクも下級である。

 アイオーンはその強さによって上級、中級、下級の三種に別れており、聖十セフィラーの名を持つ者は中級と下級に分類され、これらは十種類の形状と性能の違いがあるだけだ。

 しかし、上級アイオーンともなれば、総じて人語を解すという特徴がある上、中・下級アイオーンと違い一体一体がその存在独自の姿と特殊能力。レムの言っていたセラフィムなる存在などそのさしたる例だろう。

 今回の戦場には上級アイオーンは姿を現していない。しかし地味に数が多いのが厄介だ。

 実際、アイオーンは無尽蔵に出てくるときがある。それで消耗戦に追い込まれ、全滅した隊が今までどれだけあるか、ブラッドは割と知っている。

 ルーン・ブレイドは出来た当初からアイオーンに対する危機感を抱いていたようで、ブラッドが来たとき、最初にやった軍学の勉強でアイオーンの心臓部である『コア』の場所を徹底的に叩き込まれた。コアさえ破壊できれば、どんなアイオーンでも灰と化す。

 しかし、そのコアこそがアイオーンの持つ力であり、各国の求める代物でもあった。

 アイオーンの根源は魂そのものである。つまり、元来は何かしらの生命体だったもの。それを何者かが増幅させ、歪んだ形として現世に舞い戻ったのがアイオーンである。

 ある者は欲望を、ある者は無念を、またある者は未練を。そして増幅された感情は莫大なエネルギーとして抽出される。

 コアはこのエネルギーの塊だ。エネルギー需要を一気に解決できる手段として、アイオーンは極めて有効だった。だからこそ、国家はアイオーンを求めた。

 だが、殲滅しなければ人類に未来はないし、倫理的問題や、抽出作業の困難さという難点があった。

 そのため利用推進派と利用否定派とが企業国家の上層部では常に秘密裏に論戦を繰り広げている現状があることもまた、ブラッドはよく分かっていた。

 かつて自分が暗殺者だった頃、その利用推進派の幹部から利用否定派のトップを殺せと言う仕事が舞い込んだことがあった。もっとも、互いがそう言った関係であると言うことを知ったのは、ルーン・ブレイドに来てアイオーンという者の存在を知った後だったが。

 現場で働いている人間として、元暗殺者として、死んだ生命体が今更現世にどんなトリックがあるか分からないにしろ出てこられるのは薄気味悪い。まだ遺族に追われた方がマシである。

 そんなことを感じながら、ブラッドはイェソドにデッドエンド・レイを叩き込む。イェソドのゼリー状のボディが震え、かすかに穴が開いた。

 間髪入れずに同じ場所に二撃目。コアを貫く。

 イェソドが灰となり、デッドエンド・レイの上にその灰が乗った。

 自分の拳はM.W.S.なら一撃で沈ませることが出来るが、アイオーンだと二発打ち込まなければならない。その二発というのが面倒なことこの上ないのだ。間髪入れずに叩き込まないと再生されてしまい、またコアを露出させる作業を行わなければならない。

 一方のブラスカは、不知火のオーラハルバードを常に振動状態にして縦に真っ二つにたたき割った。そうでもしなければ再生が追いついてしまうらしい。

 なかなかに豪快だと、ブラッドは常々思っていた。

 直後、通信。レムだった。

 

 目を閉じると、あらゆる事に集中できた。能力とやらは初めて使うが、どうやら気をセラフィムの持つ何かしらの力の波長と合わせれば使えると、レムはセラフィムから聞いた。

 呼吸が少し荒くなったが、まだどうにかなる。

 まだ倒れるわけにはいかない。倒れるのは、せめてこの力を使い切ってからだ。

 そしてそれが仲間を守ることに繋がると、レムは感じていた。

 それにしても、まさかここまでとは思わなかった。疲れ具合は今まで体感したことがないほどだ。正直ホーリーマザーに活動限界時間まで延々乗っていた方が楽とすら思えてくる。

 後天性コンダクターは『弱体化』と『次元相転移』なる能力を持つらしい。相当の精神力と引き替えに狙った物のあらゆる活動を弱体化する能力と、別次元にいる存在を強制的に三次元空間に呼び出せる能力だという。

 翼が、熱くなってきた。

 力の波長。感じる。心の中。自分とは違う何かが、その波長を発している。

 セラフィムか。

 そう感じられたとき、レムは瞳を開いた。

「弱体化能力とやら、解放するよ」

 そう言った直後、自分の体に、光が走った。

 

 何が起きたのか、ルナにはよく分からなかった。

 ホーリーマザーから強い光が発せられるやいなや、それはオーロラのように広がって基地全体を包み込んだ。

 弱体化と、レムは言った。コンダクターとしての能力だろうが、何のことだとルナは思った。

 しかし、そのオーロラが消えた瞬間、確かにその能力は存在したと感じられた。

 イェソドがゼリー状の腕を変化させて剣としたものと空破のオーラブラストナックルとが組み合っていたとき、突然イェソドの力が弱まったのだ。一気に押し返し、そのまま拳を一撃。一撃加えただけで、コアが物の見事に粉砕され、イェソドが灰となった。

 どうやらその能力は、読んで字の如くだったらしい。

 これならば殲滅は相当楽になると感じていたが、それと同時にレムが心配になった。

 通信を繋げるが、意識はない。眠っているようにも思える。バイタルは正常に活動しているから、問題はないだろう。

 ブラッドから、ホーリーマザーを回収したと連絡があった。それに胸をなで下ろすと、腕を一本失ったままのレイディバイダーを呼び戻し、アリスと共にレムを帰還させた。

 わずかにこちらの戦力は四機。アイオーン戦が終わった後のことを考えると、少々頭が痛くなる。

 直後、レーダーにマーカーが表示された。

 アイオーンの増援。その数、イェソドが二〇。

 バカな。ルナはそう思わざるを得なかった。

 このタイミングで出てくるとは、本腰を入れてきたのか、それとも、別の目的があるのか。

 弱体化能力は、多少その増援として来たアイオーンにも効いているらしく、普段のイェソドより覇気を感じないとは言え、この数を相手にするのは骨が折れると、心底感じた。

「しかし、ここが正念場って奴ね」

 いつの間にか声に出していた。

『その意気だな、大尉』

 ロニキスから通信が入った。彼の周囲では、オペレーターの怒号が響いている。

『大尉、援護射撃を行うぞ』

「了解です。多弾頭ミサイルランチャーの使用を許可します。ただし、保管場所とおぼしき場所には当てないでください」

『そんなことは、百も承知だ』

 ロニキスが、ふと笑った気がした。

 

 数が多すぎる。

 鋼は紅神を疾走させながら、そう感じていた。

 先程から叢雲の援護射撃があった。多弾頭ミサイルが一発、基地に降り注いだが、それでもまだイェソドの数が多い。むしろ、また増えた。

 まるでゴキブリだ。叩いても叩いてもラチが明かない。

 こうなれば、あれをやるより他になかろう。

 デュランダルのもう一つの姿。究極の破壊兵装としての姿の封印を解く。

「フレーズヴェルグ、てめぇに頼みがある」

 ルナに通信を入れると、彼女は額に汗を浮かべながら、割と鬱陶しそうな顔をしていた。

『何?』

「デュランダルをぶっ放つ。チャージにかなりの時間を割かざるを得ねぇ。それまでの間の護衛を頼む」

『え、だって、デュランダルって……』

「こいつぁ銃剣だ。出力さえ抑えきりゃ問題ねぇが、暴走すりゃこの地域数十キロが消し飛ぶ。だからてめぇに防衛を頼むんだよ」

『そんな危険な兵器だったの?!』

 ルナが声を荒げた。

 実際その通りで、最初期のデュランダルの破壊力はフルチャージで撃った場合、少なくともアシュレイを中心とした半径七〇キロの巨大な湖が出来上がるほどだったという。

 それはあまりに威力がありすぎると、数年前から改良が進み、今では最大出力で放っても前方二.五キロを消し飛ばす程度になった。

 だが、それでも狂気の破壊兵器の代名詞である。だから出力を極端に押さえ込むのだ。

 数の問題や、自身の体力から考えると、出力は四〇パーセントがいいところだろう。となれば、必然的にチャージにかかる時間も分かる。

『チャージとかは、どれくらい必要?』

「一分半だ」

『意外に長いわね……。了解、その威力見せて貰います』

 ルナがそう言うと、横にいた空破が敵陣へと駆けていく。

 迅速な動きをすると、鋼はルナを見ていてつくづく思った。決断までの時間とそこから先の行動が偉く迅速なのだ。だから精強でいられるのだろう。そういった精強な連中を潰すのは、個人的に非常に面白くない。

 ならば手助けをするのも一興だろう。それが傭兵としての分別を越えていたとしても、だ。

 コンソールパネルの武装選択画面からデュランダルのリミッター解除パスワードを入力した。

「デュランダルリミッター、解除。システム、ブレードモードより変更、ガンモードへシフト」

 AIがそう言ったまさにその時、デュランダルが変形を始めた。

 刃先が折りたたまれ、柄がデュランダルを前方へと持ち上げる。

 両刃刀から二つの銃口が横並びした大型カノン砲へと変貌を遂げた。

 紅神自身も体中のあらゆる場所から放熱フィンを出す。そしてデュランダルは双方の腕から延びてきたエネルギーチューブと直結する。

 射撃体勢が整ったことを、AIが告げた。

 気が、徐々に自分の体から流れ出ているのが分かる。

 後は、自分の体が持つかどうかだ。

 

 守ろうと、何故か思った。

 こんな思いが自然に出たのは初めてだった。

 鋼の心に、圧されたのかもしれないとどこかルナは感じ始めていた。

 それに紅神のチャージが終わるまで守りきらなければ女神の盾『AEGIS』の名に背く。

 デュランダルが放たれるまで一分半。桁外れの破壊力があるとは、玲から聞いていた。だがそれを御することが出来るならば、この山のようにいるアイオーンを一斉に駆逐できる。

 ならば、自分が囮になってその斜線軸へと導いてやればいいのだ。

 敵陣に切り込む。まずは前方の二匹のイェソド。空破は両手のオーラブラストナックルを展開し、一気に貫く。

 灰となったのを確認する間もなく、次に向かう。

 その時、急に頭痛が起きた。大した頭痛ではないが、今までより強い。

 何が来る。

 そう思ったときには、既に自分の拳と相手の変貌した腕とが交えていた。

 相手を見て、ルナは驚いた。

 ケテル、『王冠』の意味を持つ中級アイオーン。上級と中級の間に位置する量産型アイオーンの中のトップだ。基本的には一体しか出てこない。実際今回もこの一体だけだ。

 しかし、ケテルの通った跡を見ると、バラバラにされたゴブリンが見えた。どうやら蹴散らしてきたらしい。

 実際ケテルは下手なエイジスよりも強い。シンプルイズベストを極限まで追求した、という表現がぴたりと当てはまる。

 だが、例えそんなのが来ようが、今のルナには知ったことではない。

 叩きのめす。それだけを考えていた。

 交わるやいなや、弾く。再び交わる。

 互いの刃がぶつかり合い、一瞬閃光を辺りにまき散らす。

 空破はわずかに離れながら左腕部のオーラシューターを放つ。

 ケテルはそれに反応し瞬時に回避した。恐らくイェソドならば当たっているであろう距離にも関わらずだ。

 さすがは王冠、ひと味違う。

 ふとケテルがにやけた気がした。どうもそれが頭に来る。

 空破にもダメージは相当蓄積されている。特に、スパーテインとの一騎打ちで相当のダメージが来た。

 だが、持たないでどうする。

 空破、あなたはあたしの相棒でしょ。ここで持たないなんてフレーズヴェルグの名が泣くじゃない。

 戦乙女なら戦乙女らしく、アイオーン共をバルハラに送るくらいのことはしてやろうじゃないの!

 ルナは空破を一気にケテルへと向けて加速させた。

 ケテルが体中からオーラシューターを放つ。数は多い、しかし、当たる気はしなかった。

 フレーズヴェルグの名の通り、自分は飛んでいると、何処か感じた。

 あのオーラシューターは、撃ってくる気の弾数に比例して隙が生じる。それに、気という物は得てして連続では使えない。連続で使い続けると、精神が摩耗し、酷い場合は廃人とまで化す。だからエイジスの武器の気は常時流れないのだ。

 アイオーンもそれは同等だ。空破が接近を終えた頃には、既にオーラシューターは放たれていない。レムの弱体化が効いたのか、今までよりも時間が短かった気がする。

 ダメージが少し多くなっていることをコンソールは告げていたが、知ったことではない。

 オーラブラストナックルを展開すると、今までにないほど、気の炎が強く揺らいでいる。

 くたばれ。

 ルナはそう思った直後、空破はケテルを貫いていた。

 喘ぐと同時に、時間を確認した。

 カウントが、〇になっていた。

 

「聞こえるか、今からデュランダルをぶっ放つ。死にたくねぇ奴ぁ射線軸から離れときな!」

 鋼は全軍の全パイロットへ向けて叫ぶ。

 コンソールパネルにはデュランダルガンモードの構図が描かれており、その中のマインドジェネレーターのエネルギーが最大になったことを告げていた。

「冷却システム、すべて異常なし。ドライバー、正常作動」

 AIはあくまでも淡々と状況を告げていく。

 自分が撃とうと思っていたラインに、ルナは自分の作戦を知ってか知らずか自分が囮となってアイオーン達を斜線軸上におびき出した。

 ケテルこそ彼女が破壊してしまったが、これだけの数のイェソドを集めれば十分だろう。よくやったと心底思った。

 銃口にエネルギーが収束され始めた。赤い光が銃口から見える。

 周囲の闇が赤く照らされ始める。冷却フィン一つ一つから紅蓮の光が舞っているからだろう。

 そして、全ての準備が完了したとき、AIはただ一言、「システム、オールグリーン」と述べた。

 味方の斜線軸からの待避は完了していた。

 後は、放つだけだ。

 IDSSに波紋が広がっていく。同時に吸われていく気。この時ばかりは一気に体が重くなる。

 歯を食いしばった。心臓が、大きく鼓動している。

 生きている。この時は、そう実感できた。

 一つだけ大きく息を吸った後、叫んだ。

 行け、と。

 直後、デュランダルの銃口からは巨大な光の矢が放たれた。

 紅蓮の光が紅神の前方を延々と貫いていく。

 瓦解していくアイオーン、崩壊していく施設、そして、撃っている最中にも吸われ続ける気。

 保てよ、俺の体。自分に言い聞かせる。

 数秒間が、偉く長い。

 徐々に収束していく紅蓮の炎の矢。それを確認したとき、鋼の額には多くの汗が浮かび、喘いでいた。

 アイオーンが全て殲滅されていると分かったのは、少し呼吸を整えた後だった。

 

 ルナは、呆然としていた。

 デュランダルの破壊力が、こちらの想定を大幅に上回っていたからだ。

 通った先には何一つ残っていない。地面はえぐれ、目の前にあったはずの基地の施設も、そしてアイオーンの灰に至るまで何もない。

 ただひたすら、夜の闇が続くだけだ。

 四〇パーセント程度の出力でこれだというのだ。最大出力で放っていたらと思うと、ルナは背筋に悪寒が走るのを感じた。

 デュランダルの遠近両用でありながら持ち合わせた驚異的な火力、それでありながら並のエイジスより遙かに優れた機動力、そして平均以上の防御力。

 全ての面に置いて強力な機体であることは否定できない。

だが、大きすぎる破壊力はすべてを滅ぼすということもまた、ルナは知っている。

 自分に御することが出来るのだろうかと、ルナはふと不安に感じていた。

 

「き、貴様は……いったい……なんなのだ?!」

 村正の目の前にいる男は、ヤケに肥えた男だった。見るだけで生理的に嫌いになるような人間の目をしている。

 アイオーンが出てきたことが、功を奏した。

 紫電をすぐさま解除するやいなや、レーダーに引っかからない生身での行動に終始したのだ。幸い基地の内部の警戒は想像以上に薄かった。営巣の中に基地司令が監禁されていることは、従者が基地の兵士を脅迫して吐かせた。

 言われたとおりに十二機のスコーピオンの退路を確保した直後、十二機が壊滅させられたため、従者は退路の確保だけした後、短刀を片手に自分の横に獄舎に入る前から付いて来ている。

 当然、その吐いた者は始末したそうだ。死体がそろそろ見つかる頃だろう。だから村正としては早急に片付けたかった。

 営巣の前には手練れの兵士が三人ほどいた。恐らくこれが華狼のルクス・フォン・ドルーキンの私兵だろう。あの男はこういった重要な事態に、私兵を差し向けることがある。

 しかも割とその私兵が優秀だった。短刀を片手に村正に迫ったが、なかなかどうして三人とも息が合っていたのだ。いわゆる忍(しのび)という奴だろうと、村正は思った。

 気付いたときには体が勝手に駆けていた。一人の首をフィストブレードの剣先を貫くと、そのブレードをすぐに切り離して反転し、もう一人を始末した。ブレードは、首を貫いた兵士ののど元に突き刺さったままにしてある。回収するのが面倒くさかったからだ。

 最後の一人は、従者がやった。

 そして牢を開けてみると、そこには怯えた司令官がいたのだ。

 しかし、何でこのコートで自分が何であるかわからんのだと、村正は呆れていた。

「しょーがねーなぁ、教えてやるよ。フェンリル幹部会直属戦闘専門近衛騎士団」

 その瞬間、一瞬で司令官の顔色は青ざめた。

「ま、まさか……シャドウナイツ……?!」

「気付くの遅すぎ。でだ、レヴィナスは何処だ?」

 村正は司令の喉元に血染めの剣先を突きつける。

「は、発電施設だ! 地下にある!」

「はいよ、ご苦労さん」

 そう村正が言った直後、彼はすぐにフィストブレードのトリガーを引いた。その瞬間、前面部に仕掛けられた刃が司令官の喉元を直撃した。

 喉から血を流しながら、司令は倒れた。

「さて、発電施設に行くか」

「地下と申しておりましたからな。それに、そろそろアイオーンも殲滅される頃でしょう。急いだ方がよろしいかと」

 従者がそう言った直後だった。

『自爆コード、確認。機密保持のため二四〇秒後に当駐屯地は爆破されます。関係者は速やかに避難して下さい』

「自爆だと?! 何をバカなこと考えてる?!」

 従者が司令の死体の近くに寄った。すると、手首にバイタルを測る時計のような装置が仕掛けられていることに気付いた。

「この司令のバイタルが途切れた段階で、自爆コードをセットするように仕掛けられていたようです。脱出しましょう。今の段階では、レヴィナスは奪還できませぬ。完敗です」

 従者の言葉に、村正は一度舌打ちした。

 先程、司令は発電施設にレヴィナスがあると言った。恐らく、この駐屯地を吹き飛ばすと言うことは、発電施設を暴走させ、レヴィナスの力で一気に吹き飛ばすつもりだろう。

 レヴィナスはたった数グラムで爆発的なエネルギーを作ることが出来る。それがこの地下にある発電施設の反応炉と直結してあるとすれば、確かに駐屯地は跡形もなく吹き飛ぶ。

 こんなことには付き合ってもいられない。

 ふと、にやけた司令の死に顔が見えた気がした。首を斬りたい衝動に駆られたが、そこまでやるほど時間に余裕はない。

「退路は?」

「既に確保済みでございます」

 だが、このまま撤退するのはあまりにも夢見が悪すぎる。

 村正は瞬時に紫電を召還すると、従者を乗せ、自分の弟の場所へと向かった。

 

 アイオーンを完全に撃破してベクトーア、華狼両軍は一度戦力の立て直しを図っていた。

 レヴィナスの奪取までには、まだ至っていない。

 しかし、こちらの戦力はわずか四機だ。対する華狼は、M.W.S.一〇機を含めた計一二機。三倍強の戦力差がある。

 退くべきだろうかと、鋼は考えていた。

 援軍を待つのは得策ではない。だが、ここで奪わなければ、作戦は水泡と化すし、だいたい自分にも金は支払われない。

 厄介なことになったと、思わざるを得なかった。

 ルナに通信を仕掛けても、緊張しているのか無言だ。やはりまだそこが若い。

 そんな中、紅神のレーダーが反応した。それは全機同じだったようで一斉にその方向へ銃口が向けられる。

 紫電だ。

「今更来やがったか!」

 鋼はデュランダルの銃口を村正へと向けた直後、彼が外部マイクを使って一斉に呼びかけた。

『早く逃げろ、ここが吹っ飛ぶぞ! レヴィナスは地下だ! 発電施設と直結されてる! 司令が死んだら、自爆コードをセットするようになってやがったんだ!』

 ヤケに必死な声だ。だが、演技であることも考えられる。

「何バカなことを……」

 鋼が呆れながら呟いた直後、基地全体が警報に包まれた。

『戦闘員、非戦闘員にかかわらず脱出せよ! 自爆コードが仕掛けられた! 後百五十秒で爆破する! 解除は不能! 繰り返す……』

 叢雲側からも同様の通信が入った。深度が深すぎるのだろう。短時間で地下に辿り着けはしないし、それに、そんな簡単に自爆コードが解除できるとは思えない。

 鋼はその状況に「くそったれ!」と悔しさに満ちた表情を示していた。

『全機後退! なるべく遠くまで離れて!』

『生き残っている者を直ちに回収しろ! 負傷兵の回収急げ! 我々もこの領域より撤退する!』

『騙されたと知れば用はない! 第二七師団、撤退する!』

 ルナ、スパーテイン、エミリオの三人の声により、各軍の機体や兵士達が撤退を始めた。

 逃げるか。

 鋼がそう思ったとき、『奴』の、声がした。

『また逃げるのか、お前は』

 あの時、自分の左半身を切った男。師だった男。誰よりも、不器用だった男。

 奴の声が、ガキの頃に言われたあの言葉が、何故今になって語りかけてくる。

 何故、何故、何故。

 問い続ける。答えは、出ない。

 あの先に、答えはあるのだろうか。

 そう思った直後、鋼は機体をすぐさま反転させ、駐屯地へと引き返し始めた。

 カウント残り四五秒で、だ。

『ど、どっちに行くの?!』

 ルナの言葉にも、反応せず、一目散に駆けた。

 発電施設の暴走を、止めてやる。

 何故か、そう思った。

 走馬燈など、巡らなかった。俺は、傭兵になど向いてねぇんだろうな、などと思うだけだった。

 鋼はフットペダルを更に強く踏み込み紅神を加速させる。その最中に、デュランダルを再びガンモードに展開し、チャージを行い始めた。

 ブースターが悲鳴を上げ始める。

 だが今の鋼にそんなこと関係なかった。

 ただ、暴走を止める。

 今の彼にはそれしかない。

 戻れと、村正が叫んでいた気がした。

 ルナが、泣きながら自分を静止させようとする声を発している気がした。

 ルナの悲痛な叫びがコクピットに響いた。

 発電施設がある場所につく。

 そして、移動中に溜め込んでいたエネルギーをデュランダルの銃口に収束させた。

 チャージはまだ終わっていない、下手したら機体ごと吹っ飛ぶ危険性も秘めている。

 だが、発射できるのならば、その馬鹿げた賭けに乗ってみるのも、また一興だろう。

 それに、奴に復讐をするつもりでまだ生きているのだ。こんな所で死ぬのなら、俺は奴に適いやしないという証なのだろうと、鋼は感じた。

 それに、諦めたくはないのだ。

 自分の、本当の名。鋼ではない、本当の名が、そうであるように。

 カウントが残り五秒を差している。

 だからこそ、彼はためらうことなく、地表にデュランダルの銃口を向けた。

「俺は、俺は、俺は……!」

 カウントが、消えたと同時に、叫んだ。

「諦めねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 そして、その言葉と同時に視界を支配したのは、赤い光だった。

 


 
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