No.823496

初夢

第21回 #かげぬい版深夜の真剣創作60分一本勝負 に則り作成。
お題「初夢」
まどろみの中で迎えた初夢、を目指して。

2016-01-07 00:59:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:885   閲覧ユーザー数:877

 いつもと同じ朝を迎える。

 それがどれだけ幸せなことか、私はずっと知らなかったのかもしれない。

 いや、違うな。

 知っているのに、知らないふりをしていた。そういうことなんだと思う。

 どんなに望んだって、手に入れられない、そんなもののように思っていたんだ。

 

 だって、そうでしょう?

 

 私は、兵器なんだから……。

 

 私は、その幸せな朝を、二度と迎えられない人達を知っている。

 たくさん見てきたし、中には私が追いやった人だっている。私が見殺しにした人もいる。

 そして、私と、私と供に散った多くの人達。

 

 その人達を差し置いて、踏みしだいて、見ないものにして、何故朝を迎えられるというの?

 真っ平だ。

 だから、光なんて届かなくていい。

 私は、怨嗟の海にたゆたう小舟でよかった。死にもせず、生きもせず、無間の闇の中にあるべき、と望んでいたのかもしれない。

 

 ただひたすらに暗く、泥のように重い、世界。

 朝は来るのか、夜は明けるのか。そんなことすらわからない、そんな言葉すらわからない、そう、本当に本当にただ暗い世界。

 そこで、私は気がついた。

 いや、気がついてしまったんだ。

 ある時、自分の手が見えた。不思議に思って、辺りを見渡すと、黒一色の世界はなくて、今度はどこまでもどこまでも広く、青いところにいた。暗いことは暗かったのだが、今までと比べたら屁でもない。

 海という言葉が、すぐに頭に浮かんで、空という言葉が呼び出されてきた。そうしたら、雲が、波が、風が、ありとあらゆる言葉が洪水のようにあふれてきて。

 

 頭を抱えてると、すーっと、頬に、光が伸びてきた。

 夜が明けたんだ。長い長い夜が。

 そうしたら、どっと涙が溢れてきた。どうして自分がまた光を見れるのか、その理由はわからないし、もう何も考えることもできなかった。

 どれだけ泣いたのかもわからない。いつの間にか、涙は止まっていた。

 

 顔を上げた時、私は自分が海の上に立っていたことを知った。それも、たった二本の足で。

 多分、道無き道を歩め、ということなんだと思ってる。己の足で。

 陸だろうが、海だろうが、何処までだって行ってやる。

 

 いつだったか、夢の中で、あの世界のことを見るまで、私はずっとそのことを忘れていた。

 だから、その次の日に、不知火が突然、あの世界のことを口にして戸惑った。どこかで聞いたことのある話だ、と頭を巡らせていると、不知火はぎゅっと閉じた瞼を、さらに両手で覆って、こう言った。

「……不知火はただただ悲しかったのです、陽炎。何もわからず、潮に流されるままのような世界。何も感じず、何も見えず、何も無いはずなのに、ただただひたすらに、悲しくて、悲しくて」

 悲しい、か。確かに悲しみという捉え方もできるのかもしれない。ただ、私はどちらかと言えば憐れみかな。

 そんな感じに答えたと思う。ああ、あと憤り。

 そうしたら、不知火はきょとんとして、私の方を見ていた。鳩が豆鉄砲を喰らった顔というのは、ああいうのを言うんだろうか。ともかく、私が言った言葉を何度か口の中でごにょごにょと繰り返して、そして訊いてきた。

「陽炎も、知っているのですか?」

「う〜ん、今思い出した……かな。どちらかというと。不知火はずっと覚えてた?」

「いえ、先日、といっても数日前ですが、夢で見ました」

「夢ねぇ……」

 何となく思いだした。ほんの一週間くらい前に、不知火が布団から出てこないことがあった。あの時、メチャクチャ泣いてたわけだ。

「泣いてたなら、そう言ってくれればいいのに」

「そこまで頭が回りませんでした。混乱していましたし、泣き顔を陽炎に見られるのも嫌だな、と」

「あ、そう。意外と冷静じゃないの? それ」

 不知火はぶんぶんと頭を振った。

「必死でした」

「ほうほう」

「……正月早々変な話をしました」

「別にいいのよ。あんたの胸の内を聞くのも、結構好きよ、私は」

 不知火が口をぱくぱくさせた。今度は酸欠の金魚か?

「ま、嫌な夢を見たのなら、今度から私に甘えに来なさいな。膝枕で、頭なでなでしてあげるから」

 不知火は、今度はみるみる顔を赤くして、視線をずらしてしまった。何だかオーバーリアクションするなぁ、今日は。

 これはからかいがいがあるな、と一人で頷いていると、不知火は突然頭から私のお腹に突っ込んできた。ヒキガエルの様な声を上げただろうと思われるが、多分不知火にも聞こえてはいなかったと思う。私のみぞおちに突っ込んだ頭をそのまま太ももの上まで下ろして、こう言う。

「で、では、お言葉に甘えて……」

「ちょっと待った。いつ恐い夢を見た!?」

「ですから、さっき話した通りに……」

「それは時効でしょうが!」

 

「どうしました? 陽炎」

 いつの間にか、不知火が高い位置から顔を覗き込んでいた。

「炬燵で寝るとよくないですよ」

「こたつ?」

 不知火は自分のベッドから身を乗り出す形で、こっちを見ている。というか半分見下している。

「はい。さっきも言いましたけど、寝る時はちゃんと布団で。いいですね?」

「はい」

 思わず声に出した。

「それで、何が時効なのですか?」

「えっと……」

「まぁ、夢の話でしょうから」

「ああ! ひょっとして今日って」

 不知火が頷いた。

「そうです。もうお正月は過ぎましたから、今まで見ていたのが、陽炎の初夢ですね。どんな夢でした?」

「……覚えてない」

「そうですか、それは残念でしたね」

 不知火は、ふふっと笑うと、ベッドに入り直した。

「では、不知火は先に休ませてもらいますね。どうぞいい夢を」

「お、お休み……」

 不知火が壁の方を向いてしまったので、私もいそいそと二段ベッドの上段に上がって、掛け布団にくるまった。

 ああ、何だか変なことに使っちゃったなぁ、初夢。あれ? 初夢って、現実で再現されるんだっけ? 願いが叶う的な、やつだよね?

「それは、正夢、ですよ」

 ベッドの下から注意された。今にして思えば、それは初夢ではなく正夢です、ということだってのに。

「え、やっぱり正夢なの!? 私、不知火から頭突き喰らうの? というか、声に出してた?」

「聞こえていました。というか、……何て夢を見ているのですか……」

 不知火の不機嫌な声が、上段を蹴り上げた振動とともに耳に届いた。

 


 
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