No.82202

真・恋姫†無双~江東の花嫁達~(壱五)

minazukiさん

洛陽編第四話。
徐庶がなぜあんな状態なのか、その理由が明らかに。

そして雪蓮によって徐庶が語るあることとは?

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2009-07-02 23:43:00 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:18569   閲覧ユーザー数:13336

(壱五)

 

 散々雪蓮に絞られた一刀がようやく不可抗力だとわかってもらった頃、徐庶は寝台の上に座って虚ろな瞳のまま一刀を見ていた。

 

「ここがどこかわかりますか?」

 

 風の問いに反応することなくただ一刀を見続ける。

 

「どうやらお兄さんのことが気になって仕方ないようですね」

 

「そりゃあ、接吻をした仲やしな」

 

 呆れたように風と霞は頬をさすっている一刀を見る。

 

「でも起きただけで何も話さないのなら状況は変わってないわ」

 

 華琳に指摘されるまでもなく、その場にいる全員が同じことを思っていた。

 

「それで天の御遣い様としてどうしてくれるのかしら?」

 

「どうするって……俺だって何がなんだかわかってないんだぞ」

 

 徐庶の方を見ると彼女は薄っすらと微笑む。

 

 その微笑む理由がわからない上に、何も話さないため一刀もどうすることもできなかった。

 

「仕方ないわね。母親のことを話してみようかしら」

 

「いきなりかよ?」

 

「それはいくらなんでも……」

 

 華琳に対して一刀と葵は渋った。

 

「じゃあこのまま何もせず、ただ待つの?」

 

 時間が解決してくれるということに華琳は冷笑した。

 

 もし何もなければ時間を無駄に過ごすことになる。

 

「たとえ狂ったとしても今よりましでしょう?」

 

 何かの反応を見せればそれに対応すればいいのだと華琳は言う。

 

 結局、他に何も案がなかったため華琳の案を実行することにした。

 

「一刀、あなたが言いなさい」

 

「華琳が言い出したんだろう?」

 

「馬鹿ね。私が話をしても聞くとは限らないわ。あなたが話せば何か反応があるんだから当然でしょう?」

 

 ほとんど押し付けられた形で一刀は渋々、徐庶の前に行く。

 

「えっと……」

 

 どうやって切り出すか悩む一刀。

 

「ほら、一刀。きちんとその子が正気に戻ったら許してあげるわよ」

 

 笑顔の雪蓮はまだ怒っていた。

 

「はぁ~……。とりあえず君の名前は徐庶さんでいいんだよね?」

 

 抱きついてこないように注意しながら虚ろな瞳の徐庶に話しかける。

 

「ぁ……ぅ……」

 

 うめき声のように徐庶は反応する。

「じゃあ徐庶さん。君に知らせなければならないことがあるんだ」

 

 その言葉に初めて徐庶は首を傾げる。

 

「実は……君のお母さんのことなんだけど」

 

 「母」という言葉を聞いて笑みが消えた。

 

 そして表情が悲しみに満ちていく。

 

「は……は……さ……ま」

 

「徐庶さん?」

 

 初めて聞き取れる言葉を口にした徐庶に一刀は顔を近づける。

 

「落ち着いて聞いてくれ。君のお母さんはもう病で亡くなっているんだ」

 

 躊躇うことなく一刀は一気に言った。

 

 徐庶はそれが聞こえたのか手を伸ばし一刀の頬に触れる。

 

「かず「しっ」……」

 

 華琳が声をかけようとしたがそれを雪蓮が止めた。

 

 徐庶は一刀が言った言葉が本当なのかどうか確かめるかのように、何度も手を動かし頬を撫でていく。

 

「はは……さま……死んだ?」

 

「うん。病で三年前に」

 

 その間、どれほどこの黒髪の少女が悲しみと苦しみを感じていたのだろうか。

 

 それを思うだけで一刀は悲痛な思いをした。

 

「うん……ははさま……しんだ」

 

 納得をしたのかそれともただ一刀が言ったことを繰り返しているだけなのかわからない。

 

 だが、表情はさらに悲しみに染まっていく。

 

 一刀が話しかけたことで効果が出ているのだと誰もが思った。

 

「い……いやぁあああああああああ!」

 

 突然、大きな悲鳴を出して暴れ始める徐庶。

 

「徐庶さん!」

 

 落ち着かせようと一刀の伸ばした手を力の限り払いのけ、寝台から滑り落ちて床に転がり全身を振るわせる徐庶。

 

「しっかり」

 

 身体を抱き起こそうとするが、暴れられて上手く起こせなかった。

 

「凪、葵ちゃん、手伝ってくれ」

 

「「は、はい」」

 

 様子を見ていた二人を呼び、徐庶を抑えさせる。

 

 それを嫌がるかのように徐庶は力の限り振りほどこうとする。

 

「一刀さん、どうしましょう?」

 

「一度、気を失わした方がよいのでは?」

 

 振り払われないように二人も必死に抑えながら一刀にどうするか聞く。

 

「それだと同じことの繰り返しになる。だから何とか落ち着かせる」

 

「「はい!」」

 

 二人は一刀がどうにかしてくれると思い、押さえつけることだけに専念する。

 

「いゃああああああああああ!」

 

 涙も流さず虚ろな瞳だけは変わることなく身体を暴れさせる。

 一刀は雪蓮の方を見た。

 

「まったく」

 

 雪蓮は一刀が何をしようとしているのかすぐにわかった。

 

 わかったからこそ思わず笑ってしまった。

 

「いいわよ。あとでたくさんお仕置きだから覚悟しておきなさい」

 

「ありがとう」

 

 一刀はあとで自分の身に降りかかるお仕置きにため息を漏らしながらも、暴れ続ける徐庶を見て両手をを伸ばして顔を抑えた。

 

「ごめんね」

 

 誰に言ったのか、一刀は徐庶の顔に顔を近づけていき、そして唇を重ねた。

 

「か、一刀さん!?」

 

「か、一刀様……」

 

 徐庶を抑えていた葵と凪は一刀の行動に驚き、その一部始終を顔を真っ赤にして間近で見てしまった。

 

 奇妙な静けさが部屋の中を包んでいく。

 

 雪蓮は慣れているのか後でどんなお仕置きをするか考えており、風は羨ましいそうに見ていた。

 

 華琳は頬を紅くして無意識に指を唇に当て、霞はさっき触れていた一刀の唇の感触を思い出していた。

 

「う……くちゅ……」

 

 暴れていた徐庶はおとなしくなっていく。

 

 頃合を見計らって一刀が唇を離していくと、徐庶は虚ろな瞳を彼に向けていた。

 

「大丈夫だから」

 

 子供をあやす様に一刀は徐庶に言うと、彼女も安心したのかようやく笑みを浮かべた。

 

 それを見て一刀と葵、それに凪はとりあえず安堵の笑みを見せた。

 

「葵ちゃん、お茶を持ってきてくれるかな」

 

「はい」

 

「凪、ゆっくりと徐庶さんを寝台に座らせよう」

 

「はい」

 

 二人に指示を与え、一刀は凪とともに徐庶を寝台に座らせた。

 

 葵はお茶の入った杯を持ってきてそれを一刀に渡した。

 

「ありがとう、葵ちゃん」

 

 頭を撫でると照れくさそうに葵は頷いた。

 

 杯を徐庶に差し出すと、彼女はそれを両手で受け取り、何度か一刀とお茶を交互に見てから一口飲んだ。

 

「少しは落ち着いた?」

 

 一刀の問いに小さく頷く徐庶は二口飲んだ。

 

「ようやくね」

 

 一刀達と同様に安堵した華琳はこれなら話ができると思った。

「一刀、私と替わってもらえるかしら?」

 

「ああ」

 

 場所を譲りそこへ華琳がやってきた。

 

「徐庶、貴女には謝らなければならないわ」

 

「?」

 

「貴女の御母上を死なせてしまったわ。天下の魏王なのに救うこともできなかった。ごめんなさいね」

 

 普段の華琳とは違い、優しさと悲しみを含んだ声をかけながら徐庶の頭を優しく撫でた。

 

 本当ならば自分ではなく彼女の母親がすることだったが、それはもう二度と叶うことのなかった。

 

「御母上は貴女に遺言を残したの。いつまでも元気で笑顔でいてほしいってね」

 

 それが今の彼女は傷らだけで視力すら満足に見えていない状態。

 

 戦後間もないといってもきちんと迎えを送るべきだったと後悔していた華琳。

 

「貴女が生きていけるのならば私が何でもしてあげるわ」

 

 そうすることで少しでも自分の罪が償えられるならば華琳は十分だった。

 

 だが、徐庶は杯を膝の上に置き、それを見下ろした。

 

「徐庶?」

 

 華琳の声に反応を示さなくなった徐庶。

 

 また振り出しに戻ったのかと誰もが思った、その瞬間だった。

 

 徐庶は顔を上げて華琳の頬に手を伸ばした。

 

 そして一刀と同じように撫でる。

 

「あ……り……が……と……う」

 

「徐庶?」

 

 華琳だけではなく一刀や雪蓮達にもそう聞こえた。

 

「馬鹿ね。お礼を言わなければならないのは私のほうよ」

 

 華琳は優しく徐庶を抱きしめる。

 

 自分の罪を許してくれている徐庶に対してこれ以上、苦しみを与えたくなかった。

 

「私は貴女の御母上がどれほど立派な人だったか、話していてわかったわ。貴女の噂も聞いても、あの子は劉備様に仕えることを誇りにしているから人質をつかっても無意味だって私に言ったのよ」

 

 だからこそ何としても病で苦しんでいる母親に徐庶を会わせたかった。

 

 それがこんな結果になってしまったことが華琳に暗い影を落としていたが、それも徐庶の感謝の言葉で薄らいでいった。

 

「ここでしっかり療養しなさい。身の回りで不自由なことがあれば私がしてあげるわ」

 

 徐庶は何も答えず静かに瞼を閉じ、再び眠ってしまった。

 

 その表情はさきほどまでとは違って穏やかなものだった。

 

 華琳はゆっくりと徐庶を寝台に寝かせて、何も言わずに部屋を出て行った。

 

「とりあえず今日はもう休みましょう」

 

 雪蓮はそう言って風と葵を連れて部屋を出て行った。

「一刀様も休んでください。ここは私が見ていますから」

 

 凪のありがたい言葉だが一刀は感謝しつつ断った。

 

「今日は俺が見ているよ」

 

「しかし」

 

「女の子は夜更かしすると美容に悪いからね」

 

 この世の中でそんなことを気にしている女武将はおそらくほとんどいないだろうが、それでも一刀からすれば気になることだった。

 

「それに明日も仕事あるんだよね?」

 

「はい」

 

「なら今のうちに少しは寝ておかないと」

 

 結局、凪は一刀に押し切られる形で部屋を出て行った。

 

 残った霞にも同じように説得したが、こっちは拒絶された。

 

「今日ぐらいええやんか。うちはもっと一刀といろんな話がしたいし」

 

「いいのか?明日も仕事あるんだろう?」

 

「そんなもんはなんとでもなる。それともうちみたいなガサツな女と話をするのは嫌か?」

 

 寝台で眠っている徐庶を除いて誰もいない部屋の中で霞は一刀にサラシを巻いた胸を彼の腕に押し付けてきた。

 

「話するだけだぞ?」

 

「酒もな♪」

 

 強引なところがある霞だが一刀は嫌な気持ちにはならなかったので、そのまま二人は酒を呑みながら徐庶を見守り、話をしながら夜を過ごした。

 

 そして夜が明ける頃には一刀も壁にもたれて眠りに落ち、一人残された霞は愛しそうに彼を見守っていた。

 

「そんな無防備で寝られるとうちに襲われるで?」

 

 眠っている一刀に言いながら肩を寄せて隣に座っている霞。

 

「なんで雪蓮はんなんやろうな」

 

 初めに自分と出会っていれば全く違った世界があったと思う彼女はそれが口惜しかった。

 

 いっそのこと雪蓮から一刀を奪い去って二人でどこか人知れず暮らそうとも思ったが、それは無理だった。

 

 雪蓮のお腹の中に一刀の子供がいると聞いたとき、ショックを受けたのと同時に、自分の身勝手で生まれてくる子供から父親を奪うことができなかった。

 

 そこで考えたのが側室の一人として一刀の近くにいようと思った。

 

 今は友達でも隙を見つけては積極的に迫ればいつかは自分も側室になれると考えた。

 

「ほんま、女たらしやな」

 

「そうね」

 

 霞が顔を上げるとそこには雪蓮が立っていた。

 

「ど、どないしたんや?」

 

 微妙に焦る霞に対して雪蓮はひどくおかしく微笑む。

 

「目が覚めたから様子を見に来たのよ。そうしたら二人が仲良く肩を寄せ合っていたから見物してたの♪」

 

「趣味悪いで」

 

 霞は自分が一刀に寄り添っているのを見られたと思うと妙に恥ずかしかった。

 

 雪蓮は一刀の空いている方に座り霞と同じように寄り添った。

 

「一刀が起きたら驚くわね」

 

「せやな。なんせこんな美人が二人も寄り添ってるもんな」

 

 雪蓮と霞はそう言って笑い、一刀が目覚めるまで静かに瞼を閉じていた。

 一刀が目覚めると二人の予想通り、驚き顔を紅くしていた。

 

 二人でからかっていると風と葵、それに朔夜がやってきて賑やかになり始めると、徐庶が目を覚まして起き上がった。

 

「おはよう、徐庶さん」

 

 徐庶は声のするほうへ顔を向けるが、虚ろな瞳はそのままだった。

 

 ただ、一つだけ眠る前と違っていたことがあった。

 

 まるで見えているかのように徐庶は積極的に寝台から出て一刀に抱きついていった。

 

「懐かれとるな~」

 

「ははは……」

 

 苦笑いを浮かべる一刀だが、突き放すわけにもいかなかったのでそのまま徐庶が満足するまで動かなかった。

 

 一刀の胸元までしかない徐庶の背丈だが、問題なのは胸だった。

 

 今までは傷のことや母親のことで気にもしなかったが、密着すると一刀の中ではそれなりの大きさだと感じていた。

 

「おや、お兄さん。顔が真っ赤ですよ?」

 

 風の鋭い指摘に焦る一刀。

 

「はぁ~……」

 

 なぜか自分の胸に手を当てて落ち込む葵。

 

「お兄さん、もしかして大きいほうが好みなの?」

 

 朔夜は意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「あのな~……」

 

 呆れて物が言えない一刀に周りは笑う。

 

「それよりも、もう大丈夫なの?」

 

 徐庶の黒髪を撫でながら問うが何の返答もなく、代わりに背中に手を回してさらに密着度を高めていく。

 

「本当に一刀に懐いているわね」

 

 呆れながら入ってきた華琳。

 

「桃香が知ったら文句言われそうだな」

 

「そのときはしっかり言い訳をしなさい」

 

 華琳はそう言って笑う。

 

「それよりも朝餉の準備ができているから食べなさい」

 

「華琳は?」

 

「もちろん私も食べるわ」

 

 あまり眠っていないのか華琳は軽く欠伸をする。

 

「それと霞」

 

「なんや?」

 

「貴女には後で正式に征東将軍に昇進と呉への特使になってもらうことになっているから」

 

「特使?」

 

 何のことだろうと霞は不思議そうに華琳を見返す。

 

「それは朝餉を食べながら話すわ」

 

 そう言って華琳は部屋を出て行き、それに続いて一刀達も出て行った。

 霞の呉への特使というのは五胡での一刀と雪蓮の協力に対するお礼だった。

 

「それとこのところ忙しかった褒美としてしばらくお休みもあげるわ」

 

「それは嬉しいけど、コレの勉強はどないするんや?」

 

 あいかわらず朔夜をコレ扱いの霞。

 

 当の本人は朝餉を食べるのに必死で気づいていなかった。

 

「私が見てもいいのだけど、それだと贔屓していると見られるから稟が戻ったらあの子に見させるわ」

 

「むごいな……」

 

 稟に勉強を見てもらうことが決まった時点で朔夜が地獄の日々になることが決定したことに霞は同情する。

 

「それにしても……」

 

 霞がそれ以上に呆れていたのは、一刀とその隣に座って朝餉を食べずに虚ろな瞳のまま、一刀の食べている姿を見ていた。

 

「どないするんや、アレ」

 

「桃香には知らせているわ。ただ、今の状態で蜀に戻せないわ」

 

 さっきまで魏に留まることを進めていたが、本音ではこのまま魏においていても何も好転しないのではないか思った華琳は一刀のほうを見てあることを思いついた。

 

「一刀」

 

「うん?」

 

「徐庶をしばらく預かってもらえないかしら?」

 

「なんでだよ?さっき自分で面倒見るって言わなかったか?」

 

 天下の魏王があっさりと自分の言ったことを覆すことに一刀は文句を言う。

 

「そうね。でもこの中でその子がまともに反応しているのはあなただけ。私の時はおそらく偶然よ」

 

「でも預かるっていっても、俺達は明日にはここを発つつもりなんだけど?」

 

 最後の目的地に行くための準備も済ませていたが、徐庶のことがあり洛陽に予定より長く滞在していた。

 

「だから一緒に連れて行きなさい」

 

「かなり無茶なことを言うよな?」

 

「あなたなら大丈夫と私は思っているわ」

 

 一刀を買いかぶっているのではなく、そうできると華琳は思っていた。

 

 今までの一刀を見て華琳のそれは確信に近かった。

 

「元に戻って蜀に帰るというのであればそれでもいいし、今のままが続けばそのまま呉に戻りなさい」

 

「でも桃香が今のままでもいいから蜀に連れて帰りたいって言ってきたらどうするんだ?」

 

「安心しなさい。あの子は私と違ってそこまで非情ではないわ」

 

 桃香なら自分ではどうすることもできないければ、自分と同じように一刀を頼るはずだと、華琳はみている。

 

「だからあたなができる限りのことをして徐庶を元の姿に戻しなさい」

 

 そこはお願いではなく命令なのは華琳らしかった。

「雪蓮はどう思う?」

 

 念のため雪蓮に聞く一刀。

 

 優雅に朝餉を食べていた雪蓮は箸を咥えたまま横目で一刀を見る。

 

「これが最後ならいいわよ」

 

 これ以上連れて帰れば間違いなく呉に別の意味で騒乱が起こり、一刀がその中心にいることになる。

 

 そうなれば二人でいる時間がほとんどなくなってしまう。

 

 それを一番気にしていた。

 

「風も別にかまいませんよ」

 

「わ、私もかまいません」

 

 風はのんびりと葵は自分にはなんの権限もないといった感じで答えた。

 

「だそうだ」

 

 すでに自身の決定権は三人が握っているかのように一刀は笑ってみせる。

 

 だがこれで徐庶の当面の保護者が決定したことになった。

 

「馬車を用意してくれて助かるよ」

 

「そうね」

 

 華琳は押し付けるような形だったが一刀が受け入れてくれて嬉しかった。

 

「ねぇ、一刀」

 

「なんだ?」

 

「やっぱりうちに来ない?」

 

 まだ諦めていなかったと雪蓮は冷ややかな視線を華琳に向けた。

 

「ダメだって。俺は雪蓮や風に葵ちゃん、それに蓮華達がいるところが居場所だって思っているよ」

 

 もし華琳の元に一番初めに来ていれば一刀は彼女を愛してそばにいることをのぞんでいただろうが、今はそれ以上に大切な人達がいる。

 

「それに雪蓮のお腹にいる子供を見たいからね」

 

 ほとんど惚気だと周りは思った。

 

 雪蓮は特に気にしていないかのように朝餉を食べながらも、内心では喜び今すぐにでも一刀を抱きしめたいと思っていた。

 

 風は自分にも子を宿してほしいとのんびりと思い、葵は一刀との間に生まれた我が子を抱く姿を想像して顔を紅くしていた。

 

「うわ~……。華琳、これはちょっときついで……」

 

「そうね」

 

 朝餉でまさか一刀とその正室、側室から感じ取られる妙に浮ついた感じに、霞と華琳は羨ましくもあり、軽く引いていた。

 

「うん?みんな黙り込んでどうしたの?」

 

 一人別世界から戻ってきた朔夜は口の周りに食べかすをつけて周りを見渡した。

 結局、その後も何の進展もないまま徐庶はただ一刀に傍から離れることなく、時間だけが過ぎていった。

 

 そんな中で雪蓮が一刀にあることを言った。

 

「ねぇ一刀、最近あまり寝てないでしょう?」

 

「まぁいろいろあったからね」

 

 五胡からこちら、満足に眠れたと言えるほど実はあまり眠っていなかった。

 

「せっかくだから少し休みなさい」

 

 昼餉を食べ終わり、風と葵は霞と共に街に出かけた。

 

 華琳は王としての政務があるため一緒に昼餉を食べた後すぐに戻っていった。

 

 朔夜は逃げ出そうとしたが、運悪く稟が戻ってきたため見つかり、そのまま監禁されることになった。

 

 よって今、部屋の中にいるのは雪蓮と一刀、それに徐庶の三人だけだった。

 

「ほら、ここにきて」

 

 寝台の上で足を崩して膝をたたく雪蓮。

 

「徐庶さんがいるんだぞ?」

 

「気にしないの♪」

 

 一刀の手をとり強引に引っ張りこんで膝枕を堪能させる雪蓮。

 

「風達が戻ってきたら起こしてあげるからそれまで寝てなさい」

 

「う、うん……」

 

 下手に逆らうことなく一刀は瞼を閉じると、不思議と眠りに落ちていった。

 

 完全に寝たことを確認して雪蓮は一刀の方を向いている徐庶を見た。

 

「貴女もいらっしゃい」

 

 その言葉に反応した徐庶は寝台の上に上がり、一刀とは反対側の膝に頭を乗せる。

 

 そして一刀と徐庶の髪を撫でながら雪蓮は子守唄を歌い始めた。

 

 遥か昔に彼女の母であった孫堅が戦の合間に聞かせた子守唄。

 

 乱世の中でのひと時の平和。

 

 その中で孫堅は溢れんばかりの愛情を雪蓮、蓮華、小蓮に注いだ。

 

 我が子を愛するという気持ち、そして幸せになってほしいという思い。

 

 そんな温かくて優しい意味を込めている子守唄。

 

 もう二度と聞くことのない母の子守唄をこうして今、自分が口ずさんでいる。

 

「徐庶。もういいでしょう?」

 

 子守唄を歌い終わると、優しく黒髪を撫でながら雪蓮はそう言った。

 

「他の者をだませても私にはわかるわよ」

 

「……いつからですか?」

 

 今まで満足に話せなかった徐庶は弱々しい声だがきちんと答えた。

 

「一刀がキス……は天の言葉だからわからないわよね。接吻をしたときからよ」

 

 母の死を聞いて悲鳴を上げて暴れていた時から雪蓮は気づいていた。

「よくわかりましたね?」

 

「女の勘よ」

 

 髪を撫でることをやめないで雪蓮は答える。

 

「どうしてあんなことをしたわけ?」

 

「……母様のことはずっと前に知っていました。でも、信じたくなかった」

 

 徐庶はゆっくりとこの三年間のことを話した。

 

 主君である桃香から母が危篤状態といわれ、すぐに蜀を出発した徐庶だが途中で兵士崩れの賊と出くわし、回避しようとしたところ結局襲われてしまい、退治することになってしまった。

 

 だが、多勢に無勢。

 

 ある程度、賊を倒して逃げ出した徐庶はその際に矢傷を背中に受け、崖から転がり落ちた。

 

 運良く命は助かったものの、全身傷だらけの上に、視界がぼやけていた徐庶ははやる気持ちを抑えられず、必死になって洛陽を目指したが途中で力尽きた。

 

 どこかの村に運びこまれ、意識を取り戻したときにはすでに半月が過ぎていた。

 

 すぐに起き上がろうとしたが視界が見えないばかりか、体力も落ちていたためにどうすることもできなかった。

 

 村人達からの温かい介護のおかげで一年かかったものの傷は癒え、視力もぼやけてだが見えるようにまで回復していた。

 

 そして洛陽へ行商にいく一団が村を通り過ぎるときに、徐庶は自分も連れて行ってほしいと頼み、半年後にようやく洛陽に着いた。

 

「でも……その時には母様はもう……」

 

 母が病で亡くなり、それを魏王が立派な墓をつくり弔ったと聞いた時、徐庶は目の前が真っ暗になった。

 

 何のためにここまできたのか。

 

 それすら考えられなくなった徐庶は蜀に戻ることもなく、ただ洛陽の街の中で無意味な日々をすごした。

 

 喧嘩をすれば傷つき、酒を浴びるように呑んだ。

 

 怠惰な日々を送っていく中で徐庶は次第に生きることすら煩わしくなっていき、何度も死のうとした。

 

 そして精根尽きかけたときに一刀達に出会った。

 

「大変だったわね」

 

「……はい」

 

「でも、それならどうしてあんな変な行動ばかりとったわけ?しかも一刀に懐いているように見せたわけ?」

 

 何か目的があってそうしたのだろうと雪蓮は思ったが、それは違っていた。

 

「母様と同じ優しい感じがしたからです」

 

 目の前が真っ暗でもその優しさを感じることはできた徐庶。

 

 声のする方へ手を伸ばし触れる。

 

 たったそれだけで徐庶は一刀を気に入った。

 

「それでどうするわけなの?蜀に戻るつもり?」

 

「もう戻れません」

 

 徐庶はあっさりと答えた。

 

「私はもう桃香様を主として支えることはできなくなりました」

 

 徐庶は言葉とは裏腹に残念そうな感じをみせなかった。

「それに契りを結んでしまいましたから」

 

「契り?」

 

 そこで初めて雪蓮の手が止まった。

 

「徐家では口付けを交わした者と添い遂げるという決まりがあるのです。それはいかなるものよりも優先されることです」

 

「はあ?」

 

 何を言い出しているのかと雪蓮は思った。

 

「つまり、なに?一刀と添い遂げるってこと?」

 

「はい。ただ私の目は見えませんからどんなお顔かまではわかりませんが、心が優しくて温かい人なのは違いありません」

 

 その言葉に思わず一刀の髪を引き千切りそうになる雪蓮。

 

「この身も心も捧げたいです」

 

「桃香が聞いたら絶対に泣くわよ?」

 

「仕方ありません。これも定めですから……」

 

 小さな声はそれっきり何も聞こえてこなかった。

 

 本格的に雪蓮の膝枕で眠ってしまった。

 

「とうとう蜀までもね……」

 

 憎たらしいほど穏やかに眠っている一刀を見て雪蓮は自分が随分と甘くなったものだと呆れかえった。

 

 新婚旅行に行くべきではなかったかもしれないと少々後悔し始めたが、それも後の祭りだった。

 

 だが、それ以上にどこかで楽しんでいる自分がいた。

 

「本当に飽きることがないわね」

 

 いろんな女の子を次々とたらし込んでいくところは雪蓮としてはあまり気分がよくなかったが、それも天の御遣いのなせる業だと思った。

 

「一刀、私はね、きっとあなたを殺してしまいたいほど愛しているわ。でも死なせないから。生きて私を愛してほしいの。この子と共に」

 

 ほんの少し膨らんでいるように見えるお腹を優しく撫でる。

 

 時間が過ぎていく中で確実に成長していく我が子を早く抱きしめたい。

 

 いつしか雪蓮の表情は優しく微笑んでいた。

 

「大丈夫だよ」

 

 不意に一刀の声が聞こえてきた。

 

「俺はずっと……雪蓮達といるから……」

 

 それは寝言だった。

 

「まったく……どんな夢を見ているのよ」

 

 なぜか急に悔しい気持ちになってきた雪蓮は一刀の頬を指で押していく。

 

「ただいまなのです」

 

「ただいま戻りました」

 

「かえったで~」

 

 風、葵、霞が部屋に入ってまず見たのは三人にとって羨ましい光景だった。

(座談)

 

雪蓮 :暑いわね・・・・・・。

 

風  :暑いですね。

 

葵  :これ以上、脱げませんよ!

 

霞  :うちもや・・・・・・。

 

華琳 :だらしないわね。私なんかこれぐらいの暑さなんてなんともないわよ。

 

朔夜 :といいつつ、お姉さんの足元に氷水の入った入れ物があるよ?

 

華琳 :なんのことかしら?

 

雪蓮 :それはそうと、作者はどうしたのよ?

 

凪  :雪蓮様、さすがにそれは・・・・・・。

 

華琳 :そうね。美人が揃いもそろってこんな格好しているのだから入れないわよね。

 

雪蓮 :というか、入ったら滅殺するだけよ♪まぁ、一刀ならいくらでも見せてあげるわ♪

 

華琳 :とりあえず、次回で洛陽編完結ね。

 

雪蓮 :徐庶の真名も出るのでお楽しみ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀 :なにしてんだ、お前?(おお・・・・・・もう少し右!)

 

水無月:そういう一刀こそ何をしているのかな?(いいですね~。まさに桃源郷)

 

徐庶 :二人とも後で報告しておきます。

 


 
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