SAO~黒を冠する戦士たち~番外編 バーサス~漆黒の覇王VS銀翼の天王~
「ほぉ、これが第四世代型フルダイブ実験機か。
完成機に付ける方の名は『ソウル・トランスレーター』、通称『STL』だったよな?」
「そうッス。初期のゲーセン用据え置き機よりもデカいんだけど、これでもだいぶコンパクトになっているし、
なにより当時の第一世代機よりも圧倒的にスペックが高いッスね。
実験機だから仕方が無いッスけど、完成する頃にはさらにコンパクトにできるかもしれないッス」
一機の巨大な直方体を見ながら彼、比嘉健に問いかければそう答えた。
確かに脳との接続レベルがこれまでのフルダイブマシン、第一世代の大型アミューズメント機、
第二世代のナーヴギアとアミュスフィア、第三世代のメディキュボイドに比べると圧倒的に高精度であるらしい。
さて、どうして俺が彼とこんな話をしているかと言うとそれは4月中旬の頃に菊岡から受けた、
新世代フルダイブマシンの開発に協力してほしいというところからだ。
まぁ早い話しがアルバイトという扱いなのだが、実際には開発研究員と同等というところだろう。
その開発に際してテストを行い、精密なデータを取るために六本木のとあるビルに実験機が搬入されており、
俺がそこでデータを取ることになっている。
「どうにも僕達スタッフじゃそこまでVR適性が高くないみたいで、みんな揃ってVR酔いしちゃったッス。
特にダイブ者の適性に合わせて接続深度を調節する仕組みを開発するには、適性が高い人のデータを取るのが一番なんッス」
「ま、それが一番良いだろうな。VR適性が高いほど精確かつ多量のデータが取れるし」
「そういうことッス」
VR適性が低ければVR酔いを起こしやすくなり、データを取る際の弊害になってしまう。
なので、開発スタッフ並びに協力可能な人員の中で最もVR適性の高い俺が初期のデータ収集を行うことになった。
勿論、適性が低い場合のデータやVR酔いなどの弊害を起こした時のデータも必要なので無駄なわけではない。
あくまで接続深度調整機能(仮)のデータを取るのに俺が合っているだけである。
「そろそろ始めたいところッスけど、予め渡しておいた報告は読んでくれたッスよね?」
「ああ。可能な限りの態勢は整えてくれているみたいだし、それは機材とかも見れば解る。
それに他のスタッフ達のデータも確りみせてもらった……が、
「アレ? あぁ、本当ッス。というか僕もバッチリ見たんス!」
「だが、幽霊、オバケっていうのは…」
比嘉を含めたスタッフ達の報告には、なんとオバケを見たというものがあり、ダイブしたスタッフ全員が見たという。
しかし、この実験機はまだ世界に1つなので同時にダイブできる者は他に居らず、
VR酔いのせいでライトエフェクトを見間違ったのであれば酔いを起こしていないスタッフが見るはずはないし、
シェーダーがバグっているのではとも考えたが茅場の後輩でありゲーオタ以外は、
普通?な天才である彼がその程度のバグは逃さないだろうし、
向こうで見えるものは全てデジタルコードだからログを見れば判明するだろうとも言ったが確認済みでログにはなにもなし、
なのでハードやソフトには問題が無いということだ。
「ただ、1つだけ有りえるかもしれない可能性があるんス。
桐ヶ谷君はこの実験機の心臓部になにが組み込まれているのかは菊岡さんから知らされているッスよね?」
「確か『量子演算回路』だったか?量子コンピュータということだったが…っ、まさか並行世界干渉の可能性か!?」
「さすが桐ヶ谷君、それを知っている辺りはもう科学者ッスね。
まぁSFの世界ではっていう話で、出来たらいいなってレベルのことッス。
ただ、この説が一番オバケ問題に説明が付くってことなのは確かッスよ」
過去、未来、もしくはパラレルワールドに存在する同種の量子コンピュータと干渉し、
いるはずのないダイブ者の影を見せているということか。
確かにSAO時代に幽霊、というか死した者を見たことがあるがアレは残留思念の類と思われるし、
今回の件はその時とは違うように思える。
「俺もダイブしてみれば解るだろう。並行世界干渉か、本物の幽霊か、どちらでもないか。
なにもなければそれでよし。なにかあったら………その時は明日奈に殺されてくれ」
「ちょっ、不吉なことを言わないでほしいッス!? 彼女ヤンデレって聞いたッスよ!?」
「ヤンデレじゃない俺への愛だ、故に心地良い…というか俺の恋人に文句があるのか!」
「なんて理不尽な!? はぁ、もうダイブ始めるッス…」
比嘉に促されて実験機のベッドに腰を下ろしてから窪みに合わせて体を横たえ、ヘッドギアの下に頭を入れて眼を閉じる。
「じゃ、接続を開始するッス。アバターは桐ヶ谷君の自己像から自動生成されるから違和感はないはずッス」
「解った。それじゃあ、頼むぞ」
右手の親指を立てながら応えれば、背中を預ける実験機から低い音が鳴り始め、俺の意識は沈んでいった。
※※※
俺、有田春雪のニューロリンカーにインストールされている『
『バースト・リンク』というコマンドによってダイブできるクリアな青一色の世界、『
使用者の思考を一千倍に加速させ、対戦相手を探したり、外部アプリを起動して色々な作業を行うことが可能だ。
その空間を利用して、俺はすっかり忘れていた今日が提出期限の日本史の宿題であるレポートを書き上げていた。
貴重なバーストポイントだが、背に腹は代えられないので1ポイント消費してレポートに取り組んでいる。
「まただ……一体なんだっていうんだよ…」
現実世界の自分のまま、小人をイメージして作ってもらったアバターの姿で何度目かの経験にうんざりする。
この1ヶ月の間に『加速』して初期加速空間に居る時にだけ起こる不可思議な現象をまた目の当たりにしていた。
透き通った何か、透明なのに影、実体のない人間、そういった表現しかできないものが何度も現れる。
だけど、今日はいままでのとは違ってすぐには消えないでそこに居るように感じる。
「ここはVR空間。全部デジタルコードで形成されているから何かの理由で俺以外の誰かが同じくアクセスした。
だったら、マッチングリストに名前が出るはずだ」
ブレイン・バースト・コンソールからマッチングリストを開き、学校の敷地内にいるバーストリンカーを確認する。
上から順に俺こと〈シルバー・クロウ〉、同じ教室内のタクムこと〈シアン・パイル〉、
チユリこと〈ライム・ベル〉、学食のラウンジに居るであろう黒雪姫こと〈ブラック・ロータス〉。
そして、4人だけで終わるはずが、5列目にあるはずのない列があった。
最初は文字なのかわからないくらいのものだったが、徐々に文字の形になっていった。
「うそ、だ、ろ…」
浮かび上がってきた文字、それはデュエルアバター名の定型である色と名の形を持たず、
レベル表示も無いたった6個のアルファベット、〈Kirito〉。
その名前に俺は呆然とする、見知った尊敬する人の顔とその人が普段使っているアバター名と渾名が出てきたからだ。
でも、そんなはずはない、ここは加速世界であの人が来られるわけがないんだ。
「確かめて、みるしかないよな…」
彼の人の名を騙る偽者なら、容赦なく叩き潰す。そんな思いと共にその名を叩き、DUELを選択してYESをタッチ。
俺の小人型アバターが形を変え、白銀のデュエルアバターの〈シルバー・クロウ〉になる。
視界上部の両サイドに俺と相手の緑色の体力ゲージが伸び、1800秒のタイムカウントが現れる。
FIGHT!!の炎文字が輝いて爆散した。
「さてっと、アイツか………はっ?」
俺の視線の先に居るのはデュエルアバターじゃなかった。
人間の姿、やや長めの黒髪、鋭い瞳は深さが底知れないほどの漆黒、黒革らしい服とズボンにロングコート、
指ぬきのグローブに足にはブーツと装飾品も全て黒、背中には交差して吊られた二振りの剣は白銀と黒銀、俺よりも年上の男。
だが、この際そんなことはどうでもいい。
「ありえない、なんで…」
あの人がここに来られるわけがないのに、それにあの姿はもう20年近くも前の姿で、
俺もやっているVRMMOであの人が2つ持つアバターの姿と酷似している。
違いは人間か妖精かの違い、感じ取れる雰囲気と空気はほとんど変わらない。
俺の驚きはそこにしかない。
「貴方は本物なんですか!? どうして、ここに来られたんですか!? キリトさん!!」
俺の武術の師匠の1人であり、最も尊敬する人、
※※※
事前に比嘉から聞かされていた真昼の草原とは真逆の文明崩壊が起きたような光景だ。
量子回路のエラーが俺を別のサーバにでも飛ばしてしまったのか、そう思いながら違和感を覚えた。
自分の姿を見直してみればSAO時代のものになっているのに気付いた。
比嘉は俺の自己像になると言っていたし、俺が“桐ヶ谷和人”という存在を確立する要因の姿でもあるので納得できた。
なら、当面の問題はいまの状況、視界の上部に俺の名ともう1つの名があってHPバーらしきものもあり、
中央の数字が減っていることが分かっている。
俺の見据える先にはロボットにも見える銀の装甲に身を纏った謎のアバター、〈
これらのことから察するにここはやはり別のサーバ、というよりかはゲームの中らしいな。
しかも現在のVRゲーム事情では
その割合のほとんどがALOのようなRPG、男性人気のGGOのようなシューティング、
アミュスフィアによる年齢制限の緩和に伴う子供向けのカードゲーム、女性人気では動物などと触れ合えるほのぼの系だ。
カクゲーの要素がRPGやシューティングに組み込まれているのも理由の1つ。
よって俺の過ごしている時空ではないということがわかる。
ならば、カクゲー人気が高かった過去であるかと問われれば違う、SAO以前でこれほどのVR技術は存在しない。
別世界の確証ができない以上その可能性は最も低く、過去も以上の推察から可能性としては低い。
ならば未来か? 回り回って再びカクゲー流行か、などとバカなことを考えたが別に現在のゲームでも有りえるだろう。
まずは目の前のアバターに問うのがいいだろう。
「アンタ、シルバー・クロウだったな。ここはなんてゲームなんだ?」
と、問いかけてみるが相手方に反応が無い、どうやらこちらの声が聞こえていないようだ。
だが、どうやら相手の声も俺には届かないようになっているのだろう。
しかし、表情は解らないが気配からして大きく動揺しているのと微かな畏れを感じ取れる。
つまり、目の前のアバターの中身は意識を持つ存在であることが証明され、同時に俺のことを知っている人物のようだ。
だが、どうするか。コミュニケーションをとろうにも声は聞こえないようだし、ならばジェスチャーか。
まず、自身を指差してから口パクをし、次いで相手を指差してから俺の耳を指し、
手で塞ぐ動作をして首を振り、最後に首を傾げることで一連の行動とした。
『俺の声をお前は聞こえているのか?』という風な動作だったのだが、それが伝わったのか納得したように頷き、
聞こえていないことを肯定するように首を横に振った。
続いてシルバー・クロウも似たような動作をしてきた。
自身を指してから口許らしい場所の前で拳を開閉し、
俺を指差してから耳元らしい場所を指してそこを手で塞ぎ、首を振ってから傾げてきた。
どうやら相手も同じ問いかけを行ったようで、俺は通じたことを伝えるように頷いてから首を振る。
一応、意志疎通は出来たがどうしようかとお互いに考え込むように腕を組む。
「ん、なん……だ、と…!?」
なにかを思いついたかのように構えを取ったシルバー・クロウ。
それだけならば俺も驚くことはなかったが、その構えだったからこそ驚くことになった。
『神霆流』の構えの1つである無手の型、奴の構えはまさしくそれだ。
慣れ親しんだ構えを見間違えるはずもない、
ならばアイツは現代で俺達の知らない『神霆流』か、あるいは未来の…。
※※※
よし、あの反応だと気付いてもらえたみたいだ。少なくとも俺が『神霆流』の使い手だということは伝わったはず。
彼が本当にあのキリトさんなら、俺に敵意がないことも感じ取ってくれているだろう。
だけど、いまのは同時にリスクも大きい行動だ、なぜなら…。
「やっぱり、『神霆流』で本物のキリトさんならそうするよなぁ…」
彼は背中にある2本の剣に手を添え、自然のままの構えを行う。
それは武術における“構え”とは言えないがそれがこの流派の在り方の1つだとは聞いたことがある。
それに彼から放たれる戦意と威圧感が半端じゃない、普通の人なら腰抜かしているだろうな。
「勝てるかどうかはわからない。でも、ここでやらなきゃ男じゃないよな」
相手は遥か高みにいる存在、俺がどこまで辿り着けているか、試させてもらいます!
※※※
一瞬、それだけでシルバー・クロウがキリトとの距離を詰め、強烈な右ミドルキックを脇腹に向けて放った。
仮に第三者がこの場で観戦していれば、この蹴りは決まったと誤認しただろう。そう、誤認である。
刹那の間ともいうべき間隔でキリトは『セイクリッドゲイン』を抜き放ち、シルバー・クロウの蹴りを剣の腹で軽々と受け止めていた。
「(速い! だが攻撃の意識を隠し切れていない、素人なら直撃だったろうが…)」
「(さすが、簡単には受けてくれないか! でも、まだ続けられる!)」
これまでバーストリンカーの中でも受け止められた者はいないシルバー・クロウの初撃を容易に受け止め、
その攻撃の良さに感心しつつもまだ甘い部分を紐解くキリト。
しかし、シルバー・クロウは間を置くことなく即座に攻撃に戻った。
防がれた右脚を即座に引き戻し、その勢いを利用して右脚を軸にしながら左脚による回転蹴りを放つ。
けれど、この攻撃も『ダークネスペイン』によって完全に防がれる。
それでもシルバー・クロウは攻撃の手を緩めずに左の拳で殴りかかり、キリトは聖剣でそれを防いだ。
攻撃を防がれようとも、シルバー・クロウは一切手を緩めることはせずに四肢で連撃を続ける。
「(これは、ここまでやれるのか!)」
「(まだだ! もっと速く、この人よりも、限界よりも、先へ、速く!)」
拳を、肘を、肩を、足を、膝を、頭を、各部を用いて繋げていくシルバー・クロウの連撃。
千変万化、変幻自在の攻撃はまるで計算されつくしたかのような手際の良さだが、
実際には己の感性に従って連撃をなんとか繋げられているような状態である。
普段の彼の攻撃ならば確かにその後の相手の行動を予測した理詰めと感覚を交えた連撃なのだが、
今回の相手に限っては理詰めがほぼ不可能だと悟っていた。
キリトの知能は彼の遥か上を往く。
「(序盤の連撃は俺の行動を予想してのものに感じられたが、いまは勢いと感性に任せている割合が大きいようだな)」
「(やっぱ本物じゃないのか!? アレだけ連撃を仕掛けて全部防ぎきるとか、師匠達とかアイツら以外ほとんどいないぞ!)」
そう、シルバー・クロウの凄まじい連撃をキリトは聖剣と魔剣で防いでいる。
加えて、履いているブーツの靴底で攻撃を受け止めるなど普通では行われない防御手段まで行う。
その時、シルバー・クロウはほとんど反射的に反撃に出た。
踏み込んだ一撃を無駄にせず、この機会を逃すわけにはいかないという思いが、神霆流闘技《
捻らした掌がキリトの腹部に添えられ、そのまま回転させられる。
吹き飛ばされるキリト、これも第三者が見れば決まったと思うだろうが、放った本人は理解していた。
「(不味い、浅かった上に当たりきる前に後ろに跳ばれた!)」
シルバー・クロウの考えている通り、吹き飛ばされたはずのキリトは空中で体を動かし、体勢を整えながら地面に着地した。
しかし、その様子はどこかおかしく、僅かに顔を俯かせたままで表情が見えない。
だが、その姿を見てシルバー・クロウ…いや、春雪は内心で冷や汗を滝の如く流していた。
同時によくない兆候であると感じながら。
直後、キリトは顔を上げ、その表情は獰猛な笑みに変わっていた。
雰囲気も他者を圧倒するほどのモノへ変化し、彼の放つ威圧感は見る者を怯えさせるものである。
「(ヤバい、ヤバい、ヤバい!? これ、前に1回見たことあるキリトさんの本気だ!?)」
「(予想以上だ。恐らく、SAO時代のヴァルくらいには違いないはず。中々楽しめるが、この痛覚フィードバックは…)」
畏れと焦りが胸中を渦巻くシルバー・クロウに対し、キリトの方は彼の実力の高さに喜びを覚えていた。
一方でキリトは攻撃を受けた時に違法強度を超える痛みを感じたことで、ここが少なくとも現代のVRゲームではないことを悟った。
特に日本における痛覚フィードバックの制限は厳しく、違和感程度レベルならまだしもそれ以上になると取り締まられることになる。
それを見つかることなく運営するのは現在ではほぼ不可能。
海外ではどうかとなるが、日本以上にVR技術が発展している国はなく、ステージの状況から日本であることもキリトは察していた。
「(余計なことは考えないでおくか。いまはこの闘争を楽しむのみ、今度は俺から行くぞ!)」
「(く、来るっ…!)」
キリトのただ漏れ出していた『覇気』と『威圧』が研ぎ澄まされたかのように凝縮、集中される。
それを感じ取ったシルバー・クロウは直感で攻撃が来ることを悟り、踏ん張ってその場所へ腕を置くと衝撃と痛みが奔った。
体勢を崩すことはなかったがダメージを負うことになった。
さらに、寒気が全身を駆け抜けたことで即座に距離を取る。
すると、直前まで立っていた場所が剣による斬撃で穿たれた。
「(あんなの喰らったら痛いなんてものじゃないだろう!? 俺以外のリンカーが受けたらショック死するんじゃないのか!)」
「(なにか失礼なことを考えられているような気がするんだが…)」
あまりの攻撃にさすがのシルバー・クロウも動揺し、あり得ないだろうことを考えるが、
強ち否定できないのがキリトという存在か。
そのキリト本人も鋭すぎるその勘で感じ取っているようだが…。
舞うように2本の剣によって描かれる連続の剣閃はシルバー・クロウの連撃よりも鮮やかであり、
その攻撃の合間も淀みがなく経験と感性によって計算されつくした連撃である。
圧倒的な攻撃の手数と威力にシルバー・クロウは防御と受け流し、回避に回るしかない。
「(驚いた、攻撃だけじゃなく防御でもこれほどか。
それに掠りはしても致命傷などは確実に避けて、避けきれない攻撃は受け流しと装甲部による防御か)」
「(本当に危ないな、この人の攻撃は!? だけど、このままじゃジリ貧だ、それなら!)」
「(む、どうする気だ……なにっ!?)」
シルバー・クロウの見事な防御に感心するキリト。
だが現況がよろしくないこの戦いの流れを変えるため、シルバー・クロウは捨て身にも思えるほどの突撃を仕掛けてきた。
悪手とも取れるその行動に怪訝な表情に変わったキリトだったが、すぐに驚愕へと変えた。
向かってくるシルバー・クロウに対抗するように神霆流闘技《
右手に持つセイクリッドゲインを逆手持ちに変えて前に向け、それに添えるように左手に持つダークネスペインを並べる。
勢いよく放たれた両剣による突き、しかしシルバー・クロウはそれを仰向けになって倒れるように避けた。
続けざまの行動が行えないこれこそ愚策、キリトはそう思ったが直後に悪寒を感じ取り無理矢理に一歩後退した。
直後、キリトの顎をシルバー・クロウの蹴りが掠めた。
「(ぐぅっ……一体、なにが…!?)」
「(また外した…! いや、掠めただけでも上々かもしれない)」
「(痛覚フィードバックで脳震盪を起こすかと思ったぞ…!
だが、あんな無茶な体勢からどうやって蹴りを放った? 両脚は明らかに地面に付いていなかったぞ)」
既に両者は距離を取った後であり、睨み合う状態になっている。
自身のことを知らないキリトだからこそのシルバー・クロウによる虚を突いた攻撃だったが、
キリト自身も己が有する勘を用いてその一撃を掠めるだけに押し留めることができた。
シルバー・クロウは相手の全てを知っているわけではないが、本人であるのならある程度のことは知っている。
対して、キリトの方はシルバー・クロウのことをほとんど知らず、最大の警戒心を持ってしても危うい時がある。
「(ここまでやって大した成果じゃないなら、もう出し惜しみなんてしていられない!)」
「(本気、になるみたいだな。なら、俺も全開で行くか)」
両者は同時に己の内にある気質を解放した。
前者の見えない笑みは獰猛なものに、後者の笑みもさらに深いものに変わった。
観戦者が居れば間違いなく逃げ出したくなる衝動に襲われるだろうプレッシャーがぶつかり合い、周囲に撒き散らされる。
だが、この場に居るのはこの2人だけ、キリトとシルバー・クロウは共に前へと駆け抜けた。
「はあぁぁぁぁぁっ!」「うおぉぉぉぉぉっ!」
互いに聞こえているわけではないが雄叫びを上げながらの連撃を繰り出していく。
キリトは両手に持つ聖剣と魔剣に加えて両脚を、シルバー・クロウは両腕と両脚での攻防を繰り広げる。
圧倒的な威圧感によって相手を攻め立てるキリトだが、
先程まで防御に専念するしかなかったシルバー・クロウが苛烈な攻撃で防御を行っている。
当然、キリトに対して反撃として幾らかの攻撃も掠めている。
過去の己からどれだけ高みへと登ることができるのか、それを目標に駆け抜けてきた
それゆえに挑み、戦い続けてきたことで目覚めた覇気は『修羅』の性質である。
キリトと同様に穏やかで安らげる日々を願いながら、それでも望みのために得た力なのだ。
「(ここだ、ここで明かさないと状況が悪化するだけだ!)」
「(なにか…っ、跳んだ!? 違う、背部の翼で、飛んだのか!)」
シルバー・クロウは決意をし、直後に翼を展開してキリトを翻弄するかのように体を自在に動かして攻め立てる。
キリトはALOで自分や同門の面子が行うような攻撃を理解していたので対抗するも、
明らかにアミュスフィアで行える反応速度を超えた動き、
並びに現在のVR技術を超えるVR世界での機動に僅かだが遅れを取らざるを得ないほどだ。
この翼はBBにおいてシルバー・クロウという存在を足らしめているものである。
「(完全に対応される前に、押し切る!)」
「(こっちが慣れる前に押し切るつもりか。ならば、凌ぎきり打ち倒してみせる!)」
空中というアドバンテージを持つシルバー・クロウはキリトから付かず離れずの距離を維持し、
それでいて自在に翼を動かすことで空中での僅かな回避を行いトリッキーな動きでキリトを翻弄しながらインファイトを行う。
ヒットアンドアウェイ戦法もあるだろうが、相手が相手なのでそれは悪手でしかないことをシルバー・クロウは理解している。
だからこそ、見切られる前に押し切ろうとしている。
けれど、キリトはその攻撃を捌いていく。
掠ることはあれども直撃することはなく、剣で防いでは受け流して体術でカウンターを行い、
シルバー・クロウの攻撃に対応し、徐々に、確実に順応していく。
そもそも、キリトはALOにおいて対空中戦闘と対空中滞空戦闘を身に付けている。
その経験と生かして対抗しているため、順応力も早い。
「(駄目だ! これ以上は完全に対応される……仕方がない、ここで決めに行く!)」
「(来るか! はっ、迎え撃つ!)」
自身の全力を出し、捉えることが不可能とも思えるほどの速度でキリトの周囲を駆けるシルバー・クロウ。
さすがのキリトもこれには汗を流し、完全に勘に頼らざるをえない。
そして、シルバー・クロウが仕掛けたのはキリトの背中、あらん限りの力を込めた右の拳で殴りかかる。
だが、キリトは即座に振り返りながら斬りかかる。
自身の勘と死角である相手の背後を突くという基本戦術を考慮した結果だ。
シルバー・クロウの勢いは止められず、直撃するしかない……けれど、そうはならなかった。
「(消え…違う、これは《
「(俺のオリジナル歩法、《
キリトの聖剣と魔剣がシルバー・クロウに当たる直前に彼の姿がブレ、そのままキリトの側をギリギリで抜けた。
地面に脚をつけて神霆流歩法《影霞》を使い攻撃を回避し、加速は翼によるものなので翼をコントロールして《零間》を行い抜き去る。
ニューロリンカーによるBB、そしてシルバー・クロウだからこそできた芸当だ。
再び背後を取ることに成功したシルバー・クロウは肘を直角に曲げてから腕を引き、
直後にその先の鋭い爪のような両の手を一気に伸ばし、突きを放った。
「(神霆流闘技《
「(っ!!)」
最高の一撃、それを繰り出したシルバー・クロウ。
間違いなく決まった攻撃……けれど、彼は動かない、いや動けなかった。
攻撃の衝撃によって発生した砂煙が晴れた場所の光景は、シルバー・クロウが想像したくなかったものだった。
突きを放った自身の両手はキリトによって抑え込まれていた。
聖剣によって両手の突きは最も長い部分の中指を揃えるように刃が受け、
聖剣の後ろには補うかのように魔剣が添えられ、完全に受け止められていた。
シルバー・クロウの一撃は届かなかった。
刹那、シルバー・クロウは全身に奔った悪寒に恐怖しながら、本能のままに翼で後退した。
「(神霆流殺技《
※※※
仰向けに倒れたシルバー・クロウ、そのHPは一割を切ってほんの僅かなものか。
「(小さな後退でHPの全損を免れたか。つい熱くなって確実に仕留めにいったが、まさか生き残るとはな…)」
身動ぎはしているがフィードバックは当然ながらシルバー・クロウにもあるはずだから、
あまりの激痛に動けないでいるって感じかもな。
その時、俺の体が白い光の粒子に変化していく。
見れば中央のカウントが0になっている、時間切れか。
「良い勝負だったぞ、
俺は自分の服に付けられた穴を見て、彼の成長を願いながら意識が途絶えていった。
※※※
走馬灯を見たような気がしたけど、俺生きているんだなぁ…。いや、マジで死ぬんじゃないかと思った。
首と四肢を切り落とされたかと思ったぜ、半分以上は切れていると思うけど。
まぁ、とにかくショック死しなくて良かった…。
「でも、全然届かなかったなぁ……頂は相変わらず高い、か…。ちくしょう…!」
BBで痛みのある戦闘の経験が付いた、毎日の鍛錬も欠かしていない、それでも頂点は圧倒的だった。
まだだ、まだまだこれからだ、少しでも、辿り着いてみせるんだ。
BBも神霆流も勉強も、頑張らないとな…!
「ともあれ、だ……………一時の間は
今日の学習事項、『師匠はやっぱり強かった』。
「その、大丈夫かい、ハルユキくん?」
「大丈夫じゃないですよ、姫」
放課後の学食のラウンジにある白い丸テーブルの椅子に座り突っ伏す俺に反対側に座る黒雪姫先輩こと姫が声をかけてくる。
あの対戦のあと、なんとかレポートを終わらせてから授業になって、ようやく精神的に一段落取れている状態だ。
初期加速空間に戻った時には吐きそうになったくらいだし…。
「実は妙なバーストリンカーと対戦しまして、あまりの激戦で疲労困憊というわけです」
「妙な、バーストリンカー? ハルユキ君が激戦というくらいだし、キミのそういう姿は見たことがないからそうなのだろう。
しかし、その対戦相手はどんなのだったんだい?」
閑散とした学食にはほとんど人が居ないから、姫はいつもより素の表情を露わにしながら聞いてきた。
「それはですね…」
「それは…?」
「……秘密です」
「なっ、お、教えてくれてもいいじゃないか!」
ガクッとなってから声を少し荒げる姫が普段とは違って年相応だなぁと思い笑ってしまう。
うん、こういうところが可愛いと思うんだよな。
「秘密は秘密です。いくら姫でもこれは教えられないですね」
「あのな、わたしは「はい静かにね、姫」むぅっ///!?」
さすがにあまり聞かれたくはないことなので、なお聞いてこようとする姫の唇に右の人差し指で止める。
周りに人が少ないとはいえ、この状況を見られたくないと思ったのか姫は大人しくなった。
「それに関しては大丈夫です。おそらくですが、BBでアイツと会うことはもうないでしょう。
俺の勘なんですが、信じてもらえませんか?」
「ふぅ、まったく……ずるい奴だな、キミは…///」
「はは、ありがとうございます」
なんだかんだ姫は信じてくれるから、俺もしっかりと応えないといけないな。
「それじゃあ行きましょうか、姫」
「何処に行くんだい?」
「お詫びも兼ねて、デートでもしましょう。疲れた心身を姫で癒したいですし、勿論俺の奢りですよ」
「う、うん、行こう、かな///」
そう姫に言えば照れながらも頬を赤くして笑顔を浮かべてくれた。
学食から廊下へ、そこから下駄箱で靴に履き替えて、学校の外へ出た。
そこで俺は隣を歩いている姫の手を握る。
「エスコートさせてくださいね、姫」
「もぅ、キミという奴は…/// よろしくお願いするよ、ハルくん///」
あのキリトさんが本物だったのかは、結局のところどうかはわからない。
それでも、本物だと信じて、そしていつかあの人に届くことを信じて…。
今日のところはゆっくりしよう。
※※※
意識が覚醒して、実験機から起きた俺は事前に説明された草原ではない場所に出たこと、
スタッフ達が見た影のようなものを見たということだけを伝えた。
その後で再度のダイブを行い、今度はしっかりと草原に出たことも伝え、もう影は見なかったことも報告した。
比嘉も他のスタッフ達も再度ダイブを行ったが、もう誰も影を見ることはなかった。
俺は今回のことは夢ではないと勘が訴えているから夢とは思わず、俺の胸の内に留めよう。
アルバイトを終えた後、会話の流れで比嘉とゲーム談義をし、レトロゲームを伝授してもらえることになった。
それもあって俺は彼をタケルと名で呼び、タケルは俺をキリトと呼ぶようになったのは完全な余談である。
「……ところで和人くん。どうしてわたしはベッドに押し倒されているのかな?…っていうかどうして腕を縛るの//////!?」
「いやぁ、ちょっと興奮が冷めやらなくてさ。軽い運動でもしようかと思って」
結城家に訪れた俺を快く迎えてくれた明日奈だったのだが、俺は彼女の部屋の鍵を閉めて即座に彼女をベッドに運んだ。
あまりの流れの早さに思考が止まっていたのかな?
まぁ押し倒して明日奈のリボンで腕を縛った俺にツッコミは入れてくれたが(笑)
「大丈夫だって、軽くだから(黒笑)」
「か、和人くんの軽くはわたしにとって軽くないよ///!? あ、そこは…//////」
「明日奈。ベッドの上だけど、床ドンと股ドンを受けた感想は?」
「……さ、さいこう、です…//////」
「それじゃ、手加減はするから」
「んぅっ、ちゅっ…あっ//////」
シルバー・クロウとの戦いで冷めやらない興奮をちょっとは申し訳なく思うが明日奈に協力してもらう。
キスをして、彼女の体に触れていき、そのまま熱い一時を過ごした。
いずれ、またシルバー・クロウと戦える日を願う。
END
作者「………という夢を見たんだ!」
キリト&ハルユキ「「夢オチかよ!!!」」
作者「………という夢オチの夢を見たんだ!」
キリト&ハルユキ「「まさかの二重の夢オチ!?」」
作者「ちゃんと書けていてよかった、書き終わったのも夢オチかと思った(ドヤァッ)」
あとがき
今年最後の投稿となりました、自分の誕生日ということでねw
KIRITOさんとHARUYUKI君の勝負はいかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけてもらえれば幸いです。
少し書いただけですが春雪だいぶ魔改造済みです、というか世界線が黒戦ですからねw
黒雪姫との関係も見てわかる通りと言わせていただきます、健全なんですけどねw
なお、春雪の強さは黒戦のヴァルこと烈弥と刻がSAOにダイブした時と同じくらいです。
SAOのあとはAW書いてもいいかなと思っていたり……大変そうですが…。
さてみなさま、今年は黄昏編の終了後は番外編のみということになり、大変困らせてしまったことをお詫び申し上げます。
来年度の投稿に関してはやはり3月末から4月初旬からの投稿開始にしようと思います、UW編です。
1月からはちょっと忙しくなりそうなので書き溜めも並行して行おうと考えていますのでご安心ください。
新年度の挨拶も仮投稿のようなもので行いますので、その時に…。
今年一年もお付き合いいただきありがとうございました! 来年度も是非ともお願いいたします!
それではみなさま、良いお年を!
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番外編になります。
今年最後の投稿です、原作のAWであった『バーサス』の黒戦版ですね。
それでは、どうぞ・・・。
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