一刀達が黄巾賊を追い払った時から早くも2ヶ月は経とうとしていた。
月夜の中、誓いを新たにした後、再び一刀達は旅を再開して寿春のある一つの屋敷にたどり着く。
その近くの邑では子供が遊び、民衆たちが土で汚れ汗を流して働いていた。
「でかっ!?領主並みの屋敷じゃんこれ!」
「大きいのだー。」
「ふぁー・・・。」
唖然とする一刀達を尻目に思春は勝手知ったる様子で門番に話しかける。
「失礼する、甘寧が来たと魯義殿にお伝えしてはくれないか?」
「おお、これは甘寧殿ではありませんか、お久しぶりです、魯義様から言伝は頂いています、どうぞお連れ様と中へ。」
信用がなければ成り立たない会話だろう、門番は一人の男に声をかけると一刀達は屋敷の中に通された。
「思春さんすごいんですね。」
「いや、魯義殿とは持ちつ持たれつのような関係だったからな。」
「にゃーすごく広いお屋敷なのだ。」
「そうだね・・・。」
パチッパチパチ
「・・・お?」
一刀にとって聞き覚えのある音が聞こえて一室に目を移すと数人が【算盤】で計算をしていた。
(算盤じゃないか、あの人ここに技術を売ったのかな?)
一刀達の持つ路銀の大半が件の商人との取引で得た金である、見る限り出来もいいようだ。
「む、どうかしたか北郷。」
「ああ、なんだか見覚えのあるものがあるなって。」
「あ、あれ一刀が売った算盤なのだ。」
「路銀稼ぎにちょっと設計図込みで売ったんだよ、とんでもない額になって帰ってきたけど・・・。」
「え、もしかして兄様の懐にあるお金って。」
「うん、9割がその商人さんが買ったお金。」
「だとすればそいつは随分と羽振りがいいな。」
(しかし、いやまさか・・・。)
甘寧はその会話を聞いてある一人の人物を思い浮かべていた。
「いやあ、甘寧殿お待たせしました、纏めなくてはならない案件があったもので。」
「気にするな魯義殿、寧ろ急な訪問に対応してくれて感謝する。」
甘寧と魯義と呼ばれた男性が挨拶もそこそこに席に座るが一刀と鈴々はとても驚いていた。
「話は聞いています、お仲間の方は非常に残念なことです、しかし意外な同行者ですな・・・。」
「あなたは・・・。」
「あー!あの時の人なのだ!?」
『魯義』と呼ばれた男性は先ほど話に上がった一刀達が算盤を売った商人であり、それを察した思春が顔をしかめる、どうやら思春にとって魯義のこの行動は見慣れたものらしい。
「まさかと思ったが、魯義殿、また散財か?」
「はっはっは!そんなことはありませんよ、今回此方の方から買い取ったものは非常に儲けさせていただき魯家を潤してくれました。」
豪快に笑う彼は年を感じさせず、まだまだ老いを感じさせない活力を感じさせた。
「あ、あの・・・自己紹介がまだでした、私は性が北郷、名は一刀です、あの時はお世話になりました。」
「鈴々は張飛なのだ!」
「あ、その、典韋といいます!!」
「なるほど、一刀殿世話になったのは私の方です、あの時の出会いがあったからこそ我が家はかつてないほどの利益を得られました。」
「え、ちょっと待って下さい、あれから少ししか経っていませんがもう目に見えるほどの利益が上がっているんですか?」
「何を言いますか、我々商いをする者からしてみれば段違いな効率のいい計算ができる道具がある、これだけで商いをするものは喉から手が出るほどに欲しいのです。」
「そうなのか?」
「ええ、我々が重視するものは何よりも時間です、帳簿を纏める時の時間を金儲けの時間に少しでも割ければそれだけ金回りも良くなります、とは言え作業に正確さがなければ論外ですが。」
「こうは言っているが魯義殿は狂人で有名でな、豪族でありながら商いを主流としていて興味を持ったことにすぐに金を使いたがる悪癖がある、まあそれは巡り巡って周囲の人の役に立っているし、金も私財しか使っていないがな、初めて知った衝撃は北郷の演技と同じ程だぞ。」
「いやはや、耳の痛い話で、しかし一刀殿今のあなたのほうが親しみが持てますよ。」
「あ、いや、あはは・・・。」
苦笑いをしながら頭をかく魯義と一刀。
「ふむ、そういえば魯義殿、魯粛はどうした?屋敷に姿が見えないが。」
「あやつでしたら最近力を増している孫家に仕官しましたぞ。」
「孫家・・・孫堅か?」
「はい、我々も身の振り方を考える時期になってまいりましたからな。」
書籍を広げる魯義、甘寧が内容を読むとまたも顔をしかめる。
「なるほど、あの賊達か。」
「ええ、このままでは私兵や周囲の民もが徒に犠牲になります、此処でただ時間を無駄にして居るよりもどこか強い勢力に身を寄せたほうが得策です。」
言葉からその真剣さが伺える、黄巾賊の被害はどこでも同じなようだ。
「しかし此処で困ったことが・・・。」
「おい、まさかあいつの悪癖もまだ治っていないのか?」
「いえそちらもですがそちらではなくですな。」
いやはやと困った顔をする魯義、一刀は親子揃って悪癖持ちなのかと思うが、話を切り出してみた。
「なにか力になれるならば話を聞かせくれませんか、話せばなにか力になれることがあるかもしれません。」
「実は、私の知人が苑に居るのですがあの算盤を出荷するのです。」
「あれをか?」
思春が先ほどの算盤を売っていた部屋を一瞥する、先ほどの算盤はそこそこの量だった。
「此処で売って行商人を伝って苑に知れ渡ったようなのですが、是非とも欲しいとのことなのです。」
「えっと、利益がもらえるのでは良いのでは?」
首を傾げる琉流、魯義がその知人に悪感情を持ってるわけでもないだろう。
「売ることはいいのですが今の時勢で商隊を遠出をさせるのは些か心配な面がありまして。」
売るのは良いが、今件の賊が横行している中、己の商隊を出すのは躊躇われる、ということらしい。
「ならば私が護衛すればいいだろう。」
「甘寧殿?」
「魯義殿には恩がある、たしかにあいつらは数は多いが質はそれほどでもない、我々はいま旅の途中でな、苑までの護衛なら引き受けられる、帰りは苑の方の傭兵を雇えばいいだろう。」
「ああ、俺も特に異存はない。」
「鈴々もなのだ!」
「私もお手伝いします。」
「おお、甘寧殿が護衛についてくれるのならば心強い!」
「その代わり少々物入りなのだが・・・。」
「勿論報酬は出しますとも!ささ、思い立ったが吉日、すぐに段取りを決めなくては!」
魯義は手を合わせると嬉しそうに笑い、大急ぎで出立の日時を決めると思春や一刀たちを丁重にもてなした。
数日後の夜・・・。
一刀は何故か目が冴えてしまい、気晴らしに庭で剣を振っていた。
「・・・やっぱり変だ、あれだけ苦しかった病気が、弱まってる?」
とはいえ時に動悸に襲われる時もあったが、今までと比べれば大したことはなく、快方に向かっていると言っていい。
「んー考えるのは無駄だってわかってるけど、げほっ、ああ、やっぱ気のせいか?」
少し咳き込んで襲ってきた気怠さを考えるにやはり一時的なものかもしれない。
「何だ北郷、まだ起きていたのか?」
「ああ思春、少し眠れなくてね。」
「そうか・・・。」
返答した思春はどこか元気が無いように見えた、
「どうしたんだ思春、なんか気分が沈んでるように見えるけど。」
「いや、迷惑ではなかったか?旅の途中で私情に巻き込んでしまった。」
「なんだよ、そんなことか。」
「何?」
「思春、元々俺たちの旅は「これだ!」って目指したい場所なんかなかったし、琉流や鈴々だって困った人は見過ごしておけないいい子たちだし、あそこで断る選択肢なんてなかったよ。」
「まぁ、俺自身魯義さんのお陰で旅が快適だったし恩返しがしたいのもあるね、でも驚いたよ、魯義さんからあの黄巾との戦った話がかなり広いところまで散布してるって聞いた時は。」
「それにしては無理もない、民からしてみれば理不尽な税に憤り、横行する賊に怯えていた、そんな時に賊を住民を生かしたまま賊を撃退したお前の存在はあそこで活動したり入ってきた行商人たちの口からすぐに広まる。」
「人の噂もなんとやらって訳にはいかないかな・・・天の御遣いなんて広まって漢王朝に目をつけられたりしないか?」
「・・・北郷、お前も漢王朝にあまりいい印象を抱いていないようだな。」
「うーん漢王朝っていうか、漢王朝で民のことを考えないで専横を働いている奴らが許せない感じかな。」
漢王朝での専横の一端は海を超え、時を越えた一刀の故郷でも知れるほどの目も当てられなさ、罪を犯しても賄賂は当然、目障りの人間がいれば無実の罪を着せて投獄など当たり前に行われていた、毒殺なんてのもあったあたり相当なのであろう。
「なんにしても明日は馬車の護衛だし、早いうちに寝たかったんだけどこの通り目が冴えちゃってね。」
「ふむ、ならば少し運動するか?」
思春が庭から目の前の部屋に入ると木刀を二本持って出てくる。
「流石に勝手知ったるって感じだね、でもいいのかな・・・。」
「後で返せば問題はないのでな、始めるぞ。」
「ああ、よろしく頼む。」
しかし此処で一刀は違和感を感じる、思春と相対するのはこれが初めてだ、にも関わらず何か既視感のようなものを感じたのだ。
(なんだこれ・・・俺、この感じを知ってる。)
「はっ!!」
「っ・・・!」
思春が一足飛びに向かってくる、しかしその速さに驚く前に、一刀の身体は自然と思春の攻撃を受け流していた。
「っ!?防がれるとは思ったが見事に受け流されるとは。」
「え、あ、今、身体が?」
一刀は自分の異変に気がついていた、おかしい、明らかに攻撃が見える前に体が動いた、思春の攻撃を【以前見たことがあった】かのように・・・。
だが、異変に気がついたのは一刀だけではなかった。
(今、明らかに北郷の動きがおかしかった、だが何故だ、防いで当然だと思ったのは・・・。)
互いが違和感を感じながらもそのまま続けることにした、その度に互いの動きが読めるような動きが咄嗟に出た。
「・・・おかしい。」
「ああ、お前もそう思ったか。」
「俺と思春は今までこうやって試合ったことなかったよな?」
「・・・そんな記憶はない。」
「俺自身、手加減されてるとはいえ思春にここまで食いつける腕はなかったはずなんだけどなぁ。」
腕を組んで首を傾げる一刀だったが一方の思春は既視感が強まっていった。
(あの時、北郷と鈴々の話を琉流と聞いてから、何かが引っかかっている。)
あるはずのない記憶の欠落、その欠落した場所はなにか白い霧がかかっているような感覚があった。
(北郷と手合わせをしたのはこれが最初のはず・・・っ!?)
思考に沈んでいた思春に強い頭痛が走った。
「思春!どうした!?」
「ぐ・・・いや、なんでもない、北郷、お前もそろそろ寝た方がいい。」
「あ、ああ・・・。」
去っていく思春は一瞬、ある映像が浮かんでいた。
(誰だ、頭痛が走った間際に写ったあの紅髪の女は・・・。)
知るはずのない人物の映像が映る記憶、妖術師に惑わされたかと思ったがあの写った女性には嫌悪感がわかない、自身に起こる数々の不可解なことに思春も戸惑うばかりだった。
しかし・・・。
(なんだろう、俺は何かを・・・駄目だ、考えがまとまらない・・・酷く眠い・・・。)
その戸惑いは思春だけが持っていたものではなかった・・・。
後日
算盤を荷台に積んで出発の準備を揃えている一刀達、流石に鈴々、琉流の前には力仕事はまさに朝飯前といったところで百人力の力を発揮し、働いている男たちを驚かせた。
「それでは、甘寧殿、よろしく頼みましたぞ。」
「ああ、魯義殿も息災でな。」
「一刀殿も、お仲間の方もよろしくお願いいたします。」
「ええ、必ず苑までご無事にお届けします。」
「鈴々に任せるのだ!」
「私も頑張ります!」
「なあ思春、昨日具合が悪かったみたいだけどもう大丈夫かい?」
「大事ない、それよりも護衛のほうが大事だ。」
「思春、大丈夫なのか?」
「無理はしないでくださいね、具合が悪くなったら言ってくださいね。」
「ああ・・・。」
一刀達は魯義の屋敷を発ち、苑へと向かう、始まりの時は徐々に刻まれていくのだった・・・。
あとがき
この話に出てきた魯義という男性は魯粛(包)の父親というオリキャラです。
狂人というのは史実の魯粛が受けた魯家の狂児の評から来ています、正史の彼の活躍を参考にすると本来ならの演義のような扱いで終わるほどの人じゃないんですよね魯粛・・・。
Tweet |
|
|
13
|
1
|
追加するフォルダを選択
思春の提案で寄った屋敷の主人とは・・・?
(ここからオリキャラなどが出てきます、ご注意ください。)