(壱四)
夜になると霞が昼間の少女を連れて一刀達が滞在している屋敷にやってきた。
「先ほどは失礼いたしました」
礼儀正しく一刀に謝罪する少女は国試の手続きを終えたあと、霞から自分が突き飛ばしたり文句を言った相手が天の御遣いだと言われて卒倒した。
謝罪をすると言ったので霞がその付き添いでやってきた。
「ほんまに一歩間違えたら国試どころか頸がおちとったで」
霞からすれば知ってて文句を言っているのかと思っていただけ、なんとも呆れた表情で少女を嗜める。
「本当に申し訳ございませんでした」
「別にいいよ。えっと……」
名前が分からない一刀。
「姓は曹、名は仁、字は子孝と言います」
「曹仁さん、別に気にしていないからいいよ」
突き飛ばされたときは痛かったが、こうしてきちんと謝りにきたのだから一刀としては十分だった。
「そう?なら謝ったからもういつもどおりでいいよね?」
いきなりタメ口に戻る曹仁。
切り替わりの早い彼女に霞は拳骨をお見舞いする。
「いた~~~~~い。なんでぶつんですか?」
「反省しとらんやろうが」
見透かしたように霞はさらに呆れた。
「そないやから華琳があんたを一から叩き直しているのわからんか?」
「どういうこと?」
話がまだ理解できない一刀に霞は丁寧に説明をしていく。
元々は華琳の従妹であり、昔から戦などで活躍していたのだが、短気な上に乱暴者だったため華琳の命令で将軍職を剥奪され、一兵士からやり直しをさせられていた。
ある程度、反省したら将軍職に戻すつもりだったがそれより前に戦が終わり、三国共存が成立してしまったために将軍職に戻すのを忘れてしまった。
丁度、国試制度が制定されたときに曹仁が今だ一兵士だということを思い出し、せっかくだからと国試を受けることを命令した。
「で、勉強が苦手なコレにうちが面倒見てたわけ」
去年の国試の結果は華琳ばかりか霞までもがドン引きするほど最悪な結果だったので、華琳からすれば脅してでも今年で及第させたいと思っていた。
「別に一兵士のままでいいんだけど」
「アホ。あんたは仮にも曹家の者や。そんなのが一兵士に紛れていたらどんだけ周りに迷惑かけるかわかるやろうが」
一刀は霞の言葉を聞きながら、どこの世界にも勉強が嫌いな人はいるものだなとしみじみ思った。
「え~~~~~。勉強嫌い~~~~~」
「やかましいわ」
不満げに文句を言う曹仁に問答無用で二発目の拳骨をお見舞いする霞。
「賑やかね」
そこへやってきたのは華琳だった。
「げっ」
いかにも何かまずいものを見てしまったかのように曹仁が嫌な顔をするのを見て、華琳は冷ややかな視線を彼女にぶつけた。
「あら、こんなところで何をしているのかしら、朔夜?」
「な、何って謝りに……」
「あら、なにかまた悪いことをしたのかしら?」
従姉であり魏王である華琳が微笑むと、朔夜は表情が真っ青になっていく。
「華琳、あんま脅したら今年も落ちるで?」
仲裁に入る霞に華琳は、
「冗談よ」
と言って朔夜から視線を外した。
そして寝台に眠っている黒髪の少女のもとに歩み寄っていく。
「この娘が誰かわかったわ」
「本当なのか?」
眠っている少女をどこか哀れむように華琳は見下ろす。
「姓は徐、名は庶、字は元直。桃香のところの軍師よ」
「桃香の?」
その軍師がなぜこれほどまで傷を負い、憔悴しきっているのか。
「彼女の母親は徐州から益州に桃香達が逃げるときに捕虜にしたの。そして自分の娘が桃香に仕えていることも教えてもらったの。それで風から徐庶の才能を聞いて引き抜こうとした」
手を伸ばし黒髪を優しく撫でる華琳。
「でも、何度か彼女の母親と話をしていると、まっすぐで何も恐れていない姿を見て引き抜くことを諦めてね、平和になれば再会させようと思ったわ」
親子が引き裂かれることがどれほど辛いものなのかは華琳にとって嫌というほど身に染みていた。
だからこそ礼節をもって徐庶の母親を捕虜ではなく保護として丁重に扱った。
「だけど赤壁の後、病にかかって倒れたの」
それを戦後間もない蜀にいる徐庶に文を送って知らせた。
桃香も事態を知りすぐにでも行くようにと徐庶に言った。
出発した徐庶だが途中で賊と化した兵士に襲われたという知らせが桃香の元に入ってきた。
捜索と賊退治を兼ねて探したがどこにもいなかった。
そうしているうちに徐庶の母親は華琳に遺言を託して静かに息を引き取った。
「ここまで来るのによほど辛い目にあったのね。それでも母親に会いたい一身でようやくたどり着いたのに」
自分のせいだと華琳は自分をどこかで責めていた。
「医者は何て言っているの?」
「衰弱はしていますがしばらく安静にしていれば大丈夫だそうです。でも……」
「でも?」
「両目がひどく傷ついているのでもしかしたら見えないかもしれないって言っていました」
葵は医者から言われたことをそのまま華琳に伝えた。
ここまで来るのにどれほどの困難が徐庶を襲ったかが伺える言葉だった。
「お兄さん達が戻ってくる前に少しだけ意識を取りもしましたが、すぐに眠ってしまいましたよ」
葵と一緒にいた風はそのことを話し、華琳はため息をついた。
「とにかく目覚めたらまた来るわ。一刀、雪蓮、それまでここにいてもらえるかしら?」
「うん。雪蓮と話してそうするつもりだったからいいよ」
一刀達夫婦に華琳は素直に感謝の意を表した。
「本当にあなた達にはこのところを迷惑ばかりかけているわね」
「そう思うならもっとしっかりしなさい」
何の縛りもない雪蓮に比べて華琳は一国の王という重責がある。
厳しい言葉だが華琳には十分だった。
「朔夜、今年こそは及第しなさいね」
「う、うん……」
朔夜にそう言い残して部屋を出て行った。
それを見送り一息つく朔夜。
「怖かった~……」
「当たり前やろう。あんたが及第すればそれですむんやから」
「無理だよ~」
よほど今の暮らしがいいのか、それとも華琳に脅迫されているのが効いているのか、朔夜はただため息だけが漏れる。
「それはそうと、一刀」
「なんだ?」
「その子、どうするんや?」
「う~~~~~ん、どうしたものかな」
名前がわかり、蜀の軍師まで分かった。
そしてこの洛陽にいた理由も華琳のおかげで分かった。
では目覚めたらどうするか。
「桃香に知らせたほうがいいなあ」
「そやな」
それしかできないだろうと一刀と霞は思った。
「でも桃香が今のこの子の姿を見たらどう思うかしら?」
心優しい桃香なら自分のように悲しむことは一刀も彼女の性格を考えれば分かることだった。
「それに母親が死んでいることを知ればこの子、後を追いかねないわ」
「そうですね……」
葵は雪蓮の言うことに頷いた。
「とにかく目を覚ましてからゆっくり話していくしかないだろうな」
それしか方法がなかっただけにどうすることもできなかった。
別室で葵を真ん中にして雪蓮と風の三人は仲良く眠っていた。
一刀は霞と酒を呑みながら徐庶の様子を伺っていた。
「なぁ一刀」
「なんだ?」
「目が見えへんってどんな感じなんやろう」
葵から話された徐庶の目のことを霞は気になっていた。
光もなくただ闇だけが広がる世界。
眠りに落ちるのとは全く違う感覚。
下手をすればそんな世界を寝台で眠る徐庶は死ぬまで感じなければならない。
霞としてはどうにかしてやりたいと言う気持ちがあったが、実際にはどうすることもできなかった。
「うちには耐えれんわ。何も見えないなら死んどるのと同じやもん」
「俺のいた天の国にもそういう人はたくさんいるよ。でもその人達は必死に頑張って生きている」
「強いんやな、天の国の人って」
文化も技術もまったくかけ離れた天の国をどこかで羨ましいと思う霞。
「一刀はもしあの子の目が見えなかったらどうするんや?」
空になった杯に酒を注ぎながら霞は問う。
「どうするっていっても……」
今回ばかりはさすがに一刀もどうしたらいいのかわからなかった。
今までのように自分の所に誘うわけにもいかない。
桃香のれっきとした軍師であり、この事態を知れば間違いなく悲しみに暮れながらも徐庶のために一生懸命に励ます。
だがそれで本当にいいのか。
そう考えると一刀は何もできなかった。
「うちらでどうにかできる問題ちゃうんは分かってる。でもな、せっかく会いにきたのにお母はんが死んだなんて聞いたら絶対悲しむに決まってる」
「うん……」
「それでも何とかしてやりたいんや」
誰かのために何かをする。
戦に明け暮れていた時でさえ、霞はそれを胸に秘めていたが実際に彼女ができたことは何もなかった。
月達ですら自分の力ではどうすることもできなかった。
そこで霞はふとあることを思い出した。
「なぁ、一刀」
「うん?」
「月達は元気なん?」
「うん。長いこと会ってないけれど元気だと思うよ」
「そっか」
反董卓連合が結成されたとき、一刀の奔走のおかげで元主君だった月達を救うことができた。
そんな一刀に霞は感謝と同時にどこか気になるものを感じていた。
揚州に侵攻した時、毒矢で瀕死の重症を負ったと聞いて生きてほしいと願った。
赤壁の戦いの時、討死覚悟をしていた自分達を救った一刀に感謝した。
結婚式に参列した時、真紅のウエディングドレスに身を包んだ雪蓮と並んでいる一刀を見たとき、自分もその隣にいたいと思った。
長安で再会した時、嬉しさがこみあげ真名を授けた。
そして気づいてしまった。
(うちは一刀に惚れてる)
月達が慕う一刀に自分も惹かれていることに気づいた。
「うちな、一刀なら今回もどうにかしてくれると思ってるんや」
自分の恋心を酒と一緒に呑み込み、霞はそう言った。
「俺にだって無理なことはあるぞ?」
「何いうてんねん。姜維や風を救ったやんか。できるできる」
何杯も酒を呑んでいく霞。
「お、おい、呑み過ぎだぞ?」
酒瓶を握り締めている霞からそれを強引に奪い取る。
「なぁ一刀」
「なんだよ?」
「うちも一刀の側室にしてくれへん?」
机の上に置いてある灯りが一刀に霞の妖艶さを感じさせていた。
神速の将と謳われる霞も今は一人の女性として一刀を見ていた。
「霞まで側室にしたら華琳に絶対文句言われるよ」
「でもうちの元々の主人は月や。その月が一刀の所におるんならうちが行っても問題ないんちゃう?」
華琳から十分過ぎるほどの待遇には何も不満はないが、今の霞はそれ以上に一刀に惹かれていた。
「ダメだ。霞とは今のまま友人でいたい」
一刀にとって霞は恋人というよりも対等な友人でいたいと思っていた。
呉や蜀ではどうしても上か下のような関係があるために、対等な友人が欲しかった。
何でも話せて酒を呑みながら馬鹿話をする。
それができるのはおそらく霞を置いて他にはいなかった。
「いけずやな」
「仕方ないだろう。そりゃあ霞は女の子としては凄く可愛いけどね」
「かわいい……?ほんまかそれ?」
思わず両手をついて身体を乗り出す霞。
「う、うん。十分可愛いよ」
霞にはその言葉が嬉しかった。
今まで言われたことがなかっただけに余計に自分の気持ちを抑えるのが難しくなっていく。
「ほんま一刀は女たらしや」
「わ、わるかっ……!」
霞の唇が言葉途中の一刀の唇を塞いだ。
両手で一刀の頬を押さえて離れないようにして、そしてゆっくり時間をかけてお互いの唇の感触を堪能して霞は唇を離していく。
「し、しあ……」
「これぐらいは堪忍してや。うちかて冗談でこんなことする気はないで」
霞はそう言ってもう一度だけ唇を一刀の唇に触れていく。
だが今度はさっきよりも早く唇を離した。
「霞?」
何かに驚いている霞の視線をたどっていくと寝台で眠っていたはずの徐庶が身体を起こしていた。
「あんた、大丈夫か?」
一刀と霞は寝台に近寄っていく。
徐庶は虚ろな瞳のまま、二人を見返す。
「霞、みんなを」
「まかしとき」
霞がすぐに部屋を出て行く。
一刀は徐庶の表情を見る。
「大丈夫か?」
声に反応するかのように薄っすらと笑みを浮かべる徐庶。
「今、医者も来ているからな」
目が見えていないのだろうかと思いつつも一刀は徐庶の肩をしっかりと掴んで倒れないようにした。
「安心して。俺は北郷一刀」
ゆっくりと徐庶は両手を上げ、一刀の顔へ伸ばしていく。
「じょしょ……さん?」
徐庶は何も答えず、一刀の頬に手をあてた。
何かを確かめるかのように何度も頬を撫でる徐庶。
「あ……ぅ……」
声もまだうまく出せないのか何を言いたいのか分からなかった。
「大丈夫。俺はここにいるから」
安心させるように一刀は彼女の黒髪を優しく撫でる。
「う……ぁ……」
それで安心したのか笑顔が広がっていく。
そして両手を頬から離して一刀の頭の後ろへと伸ばし、まるで吸い寄せるようにして一刀の顔を近づけていく。
「ち、ち、ちょっと!」
慌てる一刀にお構いなく徐庶は引き寄せていき、バランスを崩した二人は寝台の上に倒れこんだ。
「一刀、連れてきたで!」
それと同時に霞が雪蓮達と部屋に入ってきた。
すぐに灯りをともしていき部屋の中を明るくした。
「かず…………と?」
明るくなった部屋で霞が一刀に声をかけようと寝台に近づくと絶句した。
「霞?」
雪蓮が続けて寝台にいくと、同じように絶句した。
二人が見たのは徐庶にしっかりと抱きしめられ唇を重ねあっている一刀と瞼を閉じている徐庶の姿だった。
「どうかしたのですか?」
「一刀さん?」
風と葵がやってくると、雪蓮と霞は正気に戻って二人の両目を手で隠した。
「あかん、あんたらにはちと刺激強すぎるわ」
「葵、見たらダメよ」
二人が見せまいと必死になる中で華琳が最悪なタイミングでやってきた。
「気がついたですって?」
遅くまで政務をしてた華琳が部屋の中、特に寝台の方を見ると一刀が倒れこんでいる姿を見つけた。
そして何がどうなっているか瞬時に理解した。
「華琳様!」
華琳を呼びながら完全武装をした凪が兵士を伴ってやってきた。
「何事ですか?」
すぐに部屋の中を見るが、凪からしてそれはとても変な光景だった。
そんな中でようやく一刀は解放され、身体を慌てて離したがすでに遅かった。
徐庶もゆっくりと身体を起こして虚ろな瞳に笑みを浮かべたまま一刀に寄り添う。
「一刀様?」
不思議そうに凪が一刀を呼ぶ。
「あ、いや、これは……」
自分でも何が起こったのかゆっくりとだが理解し始めた。
と同時に周りから突き刺さるような視線を感じた。
「霞、葵をお願い」
「あ~……一応、手加減しいや」
「無理♪」
雪蓮は最上級の黒い笑みを浮かべ、焦っている一刀に近づいていく。
「ま、ま、待て。雪蓮、これは事故だ!」
「問答無用♪」
力を込めた拳を構えて、笑みを浮かべながら一刀の顔面に打ち込んだ。
「が、が…………」
そのまま一刀は情けなく後ろに倒れていき、寄り添っていた徐庶も寝台から落ちていった。
「華琳様……これは……?」
呆然とする凪に完全に呆れた表情をして華琳はこう言った。
「節操なしの末路よ」
二人がそんなことを言う間にも雪蓮は一刀の頬を思いっきり横に伸ばしていく。
「いふぁい。いふぁい、しぇへん……」
「一刀の浮気者♪」
今日という今日は許さないぞといった感じの笑みを浮かべる雪蓮だった。
(座談)
水無月:え~昨日の出題ですが、答えは本編に載っておりますがあえてここで正解確認です。
雪蓮 :そうね♪
水無月:ちなみに黒髪の少女だけを出題したのですが、気がつけば二人分の答えもありましたので両方発表します~。
華琳 :まず黒髪の少女は予想通り「徐庶元直」よ。「徐福」、もしくは「単福」でも問題ないかしら?
水無月:とりあえずは問題ないです。
雪蓮 :二人めはおまけだけど答えてくれた人もいるので正解を言ったほうがいいわね。
水無月:二人めは「曹仁子考」です。姉というキーワードで「荀攸」と答えた方もいらっしゃいましたね。
華琳 :史実では血が繋がっていないのに従弟なのよね。
水無月:まぁそんなものでしょう。
雪蓮 :ところで正解した人はどのようにリクエストすればいいわけなの?
水無月:えっとですね、コメント欄に書いてもらうのがいいのですかね?
華琳 :それならショートメールのほうがよくないかしら?後でわかったほうが楽しみもあるし。
水無月:そうですね。それでは正解(徐庶)なさった方はお手数ですがリクエストをショートメールの方によろしくお願いいたします(><)
雪蓮 :ちなみに掲載されるのはこの第二期が終わったあとよね?
水無月:そうです。少しお時間をいただくことになりますが、ご了承ください(><)
雪蓮 :というわけで次回も洛陽編ね♪
水無月:洛陽編はあと二回ほどありますので、そちらもよろしくお願いいたします(><)
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いよいよ謎の少女二人の名が明らかに!
一刀と霞の会話。
雪蓮の久しぶりというよりか初めての一刀に対してのグーパンチ!
などなど洛陽編第3話です~。
あと正解者の方はリクエストを承っています♪