(壱参)
黒髪の少女を保護して三日。
「風達が見ていますからお兄さん達は街にでも行ってください」
未だに目覚めない少女を風と葵に任せて一刀は洛陽の街を雪蓮と歩いていた。
「この髪飾りなんか蓮華に似合うかしら?」
「こっちのほうが似合うんじゃあないか?」
呉のいる蓮華達のお土産を買いに来ていたが一刀だが、頭のどこかで黒髪の少女のことを考えていた。
「う~ん、さすがは魏ね。品物も豊富で迷うわね」
久しぶりの二人で出かけるためか雪蓮は上機嫌だった。
「でも全員の分買うとかなりの量になりそうだな」
「華琳があの馬車をあげるって言っていたわよ」
「それなら大丈夫か」
問題はお金だったが、それも旅行の費用とは別にしていたため安心できた。
「えっと蓮華は髪飾りで、冥琳は香。祭はお酒でしょう」
誰に何をお土産にするか大体は雪蓮が決めていた。
それらを紙に書き出して一つずつ買っていく。
「そういえば長いことなるんだよな」
一刀にとって故郷に思える呉。
一刀の大切な者達が二人の帰りを待っていると思うと、そろそろ戻るべきかと思っていた。
そして新婚旅行がいつの間にか風、葵、それに悠里と側室を作る旅になっていると雪蓮や華琳に冷やかされたが、一刀自身は雪連とこうして二人で買い物をすることが何より嬉しかった。
それなのに見知らぬ他人のことを心配していることが彼自身を呆れさせていた。
「雪蓮」
「うん?」
蓮華のお土産の髪飾りとは別の物を手にとって眺めている雪蓮に一刀は自分の気になっていることを話そうとした。
「俺って変なのかな?」
「どうしたの急に?」
「だってそうだろう。新婚旅行のはずなの気が付いたらいろんな女の子と仲良くなって、側室にもなっているんだぞ」
「そうね」
今更それがどうしたのかといった感じで雪蓮は答える。
「雪蓮だって本当は嫌だって言っただろう。それを知っていながらあの傷だらけの女の子のことが気になっているんだ」
「放っておけないのでしょう?」
何本の髪飾りを交互に手に取りながら答えるがその声は不快なものを感じさせなかった。
「うん」
だからといって浮気とかそういうのはするつもりは一刀にはなかった。
どうして少女が傷だらけで虚ろな瞳をしているのかが気になっていた。
そう思っていると雪蓮は髪飾りを置いて一刀の方を向いた。
「気になるのならそれでいいじゃあない」
「雪蓮?」
「旦那様のすることを支えるのも妻の務めよ♪」
これからもきっと困っている人を見つければ同じように考え、同じように行動することぐらいは雪蓮でも容易に想像がついている。
そして自分の事を一番だと言ってくれた一刀を口では文句を言いながらも絶対の信頼をもっていた。
その証がお腹の子供なのだと雪蓮を小覇王としてではなく一人の女性として強くさせていた。
「華琳も情報を集めているわ。そのうちどこの誰かぐらいは分かるわよ」
「そうだな」
「だから今は私と一緒にいることだけを考えて欲しいの」
せっかくの二人の時間を別のことで邪魔をされたくなかった雪蓮。
それを察した一刀は恭しく手を差し出した。
「分かりました。奥方様」
「よろしい♪」
差し出された手を握る雪蓮は笑みを浮かべる。
「それじゃあ、これを買ってもらえるかしら、旦那様♪」
置いていた髪飾りを手にしてプレゼントを催促する。
「高いのはダメだぞ?」
「え~~~~~」
どうやら雪蓮が手にしている髪飾りはかなりの高価なものらしい。
「だってお土産代があるじゃない?」
「あのね、これは蓮華達に買うお土産の資金だぞ」
「ぶ~~~~~」
「駄々こねないの」
子供のように抗議する雪蓮を見てつい笑ってしまう一刀。
「これが欲しいの。買ってくれないとヤダ~」
「子供みたいなこと言わないの」
一刀は思い出した。
冥淋から何かと不満があれば子供のように駄々をこねてずいぶんと困らされたと。
そんな彼女の相手を自分がこれからずっと受け持つと思うと半分笑えない冗談のように思った。
「あ~~~~~もう。わかった。わかりました」
「買ってくれるの?」
目を輝かす雪蓮。
よほど気に入ったようだ。
「一つだけだぞ。それでいいよね?」
「さすが一刀♪」
雪蓮の喜ぶ顔に完敗の一刀は自分の財布から髪飾り代を払った。
(女って光物に弱いって聞くけど本当だな)
そう思いつつも自分のしたいことを黙認いてくれることに対しての感謝もあった。
その時だった。
「そこに人、どいて!」
「うん?ぐおっ……!」
振り向きかけたところへ突き飛ばされた一刀。
そして勢い余り過ぎて一刀の上に倒れている少女。
「いたたたたっ。もう、どいてって言ったじゃない!」
起き上がりながら少女は一刀に文句を言う。
「一刀、大丈夫?」
豪快に突き飛ばされた挙句に文句まで言われた一刀はゆっくりと起き上がる。
「人にぶつかっておいてそういう言い方はないだろう?」
「仕方ないじゃない。急いでいたんだし」
自分は悪くないといった感じで少女は自分の衣服についている埃を払いのける。
「お兄さんも怪我はなさそうね。それじゃね」
それだけ言い残して少女は走り去っていった。
唖然とする一刀。
「なんだったんだ、今の?」
嵐のごとく過ぎ去っていった少女。
「あら?」
雪蓮は地に落ちている布で包まれた物を見つけて拾い上げた。
布を開いていくとそこには木簡があった。
「それは?」
「国試の受験札ね」
「国試?ああ、あれか」
それは一刀が三国に平和が訪れた後、身分に関係なく国家試験を実施してそこから優秀な人材を発掘してはどうかという提案をしたものだった。
つまり貧しい者でも平等のチャンスがあるということだった。
それを早速取り入れたのが華琳の収める魏だった。
「それじゃあ無くなったって気づいたら」
「戻ってくるんじゃあない?」
布で包み直すとそれを一刀に渡した。
「それよりも、美味しい物食べに行きましょう♪」
「でもこれいいのかな?」
「いいわよ。落とした方が悪いんだから」
雪蓮はまったく気にすることなく一刀の手を握って屋台に向かった。
食事も十分に堪能した二人は買い物を再開し、一刻ほどかけて全員のお土産を買うことができた。
二人は両手いっぱいにお土産を持って風と葵が残っている屋敷に戻ろうとした。
「あれは?」
目の前で兵士とさっき一刀にぶつかってきた少女が何か言い争っていた。
「だ~か~ら~どこかに落としたんだって!」
二人が近寄っていくがそれにすら気づかず、兵士に噛み付いている少女。
「だから札がなければ入れんのだ」
「あ~~~~~もう。いいじゃない、本人がこうして来ているのよ?紹介状だってあるんだから」
「札がなければ無理だといっているだろうが」
どうやらさっき落とした木簡のことを言っているのだと思い一刀は声をかける。
「あれ?さっきにお兄さん」
兵士との問答をやめて一刀の方へ近づいていく少女。
「どうしたのよ、こんなところに?」
「屋敷に戻ろうとしたら君の声が聞こえてきたらちょうどいいと思ってね」
荷物を置いて脇に抱えていた布に包まれた木簡を少女に渡した。
「忘れ物だよ」
「あ~~~~~!」
一刀から奪うようにして布を取り、中を確認する。
「よかった~」
安堵の表情を浮かべる少女。
「国試受けるんだろう?大切なものなのだからきちんと持っておかないと」
「お兄さんがあんなところ立っていたから落としたんでしょう?」
「は?」
何をわけのわからないことを言っているのだと一刀は思った。
一刀からすれば自分は被害者でありまた忘れ物のをこうして無事に手渡せたのに、感謝の言葉ではなく文句を言われることにはさすがにムッとした。
「あのね、それが大切な物を届けた人に対する言葉なのか?」
「だって本当でしょう?」
全く謝る気のない少女にどうしたものかと一刀は雪蓮を見る。
仕方ないなあと思いつつ雪蓮は少女に声をかける。
「国試を受けるものが命より大切な札を忘れるなんて大した官吏にもなれないわよ?」
「たまたまよ。そう今日はたまたま」
「華琳も大変ね。こんな無能な小娘が官吏になろうなんてしているのだから」
「な、なんですって!」
少女は睨み付けるように雪蓮を見るが、雪蓮からすれば全く怖くなかった。
そればかりか、逆に楽しんでいた。
「あら、そんな軽い挑発で怒るなんて本当に大したことないわね」
嘲笑する雪蓮にますます怒りをあらわにしていく少女。
だが、急に怒りを静めていく。
「そうね。貴女みたいなオバサンみたいな年になれば挑発も乗ることなくなるわ」
プチッ…………。
少女のその一言に何かが切れる音がした。
「誰がオバサンですって?」
「誰って一人しかいないでしょう?オ・バ・サ・ン」
少女は笑いをかみ締める姿に雪蓮の表情から黒い笑みが浮かんだ。
一刀は悟った。
(ヤバイ!)
荷物を置き戦闘準備を始める雪蓮をとにかくいろんな意味で抑えないといけないと思い、前に立った一刀。
「雪蓮、あまり怒りすぎりるとお腹の子供にも悪いぞ」
「大丈夫よ。この小娘にちょっと礼儀を教えるだけだから」
そう言いつつも手加減無用といった感じで拳を握り合わせていく。
「ダメだって」
雪蓮の実力を知っているからこそ必死になってとめる一刀。
下手をしたら少女が再起不能になる可能性があった。
「私、そういうの苦手なんだけどな~」
と言いつつ拳を握る少女。
「二人とも落ち着け。話し合えばわかる!」
事態が変な方向に向かう中で一刀は止めるが、もはやどうすることもできなかった。
「「いくわよ!」」
お互いが駆け出そうとした時だった。
「いい加減にしいや~」
その声と同時に少女の頭に容赦なく槍の柄の部分が落下していく。
豪快な音とともに少女は地面に倒れこんだ。
「はぁ~。遅いから様子見にきたら案の定や」
「し、霞?」
一刀達の前に立っていたのは地面に倒れている少女の背中を柄で突付いている霞だった。
「うん?なんや、一刀に雪蓮はんやないか。どないしたんや、こんなところで?」
「え~っと……」
少女に対して同情する一刀とあっさりと黒い笑みを引っ込めていつもの笑みに戻る雪蓮。
「霞はどうしてここに?」
「うち?うちはコレを迎えにきたんや」
霞にコレ扱いされる少女は頭をさすりながら起き上がった。
「何するんですか!」
「アホ。あんたがなかなかこないから迎えにきたんや」
呆れたように霞は少女に言い返す。
「霞の知り合いなのか?」
「う~~~~~ん、ちょい違うかな」
「でもその子、国試に必要な木簡を持っているけど?」
「何で知ってるんや?」
一刀はとりあえず今までの経緯を包み隠さず霞に話した。
それを聞いてますます霞は呆れた表情になっていく。
「つまり、あんたは一刀に大切な木簡を拾うてもろたのに、礼も言わんかったと?」
「だって、悪いのはこのお兄さんよ?」
まだ自分のせいだと認めない少女に今度は拳骨をお見舞いする霞。
「いた~~~~~い!」
「はぁ~……。一刀、ほんま堪忍してや」
「いや、俺は別にいいけど……」
彼の後ろに立っている女傑は許すかどうかまではわからない。
「いいわよ。あとで一刀に慰めてもらうから♪」
「一刀、がんばりや」
照れる一刀に雪蓮と霞は笑う。
「あの~~~~~、私のこと忘れてない?」
「うん?なんや、まだどつかれ足りんか?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ」
全力で顔を横に振る少女。
「まぁええわ。それよりはようせな姉ちゃんがカンカンやで?」
「は、はい……」
そう言って木簡を大事に持って走っていく。
「なんだか大変そうだな」
「五胡が落ち着いたと思ったら今度は国試の教官やなんて、むちゃくちゃいそがしいわ」
「それだけ活気があっていいことじゃないか」
「そやけど、うちかて二人みたいに旅したいわ」
霞からすれば二人が羨ましく思えた。
「落ち着いたら呉に来なさい。歓迎してあげるわ」
「ほんまか?なら美味い酒も頼むで♪」
調子のいい霞に二人は笑う。
「ほな、またな~」
手を振り去っていく霞を見送り、二人も荷物を持って屋敷に戻った。
一刀達が戻ってくる少し前。
風と葵はのんびりとお茶飲みながら一刀の話しをしていた。
「それでどうでしたか。お兄さんは優しかったですか?」
「は、はい……」
顔を紅くして葵は俯いていく。
洛陽までの道のりで優しく包み込んでくれたことを思い出した葵に風は満足そうに見ていた。
と、同時に自分もそろそろ同じようにされたいと思っていた。
「風お姉ちゃん」
「はいはい?」
「一刀さんは……傷つけたことを許してくれました」
自分の傷など関係なかったかのように葵のことを気遣う一刀に、彼女は敬愛の気持ちを持った。
「風お姉ちゃんも一刀さんのこと……好きなのですよね?」
「そうですね」
両手でお茶をゆっくりと飲んでいき、自分の気持ちを葵に言った。
「風はお兄さんが天の御遣いだから好きになったわけではないのです。風を見てくれたから好きになったのです」
五胡との戦。
あの時、風は何もかもが終われば命など捨てるつもりだった。
だが、それを救ったのは一刀だった。
「風と葵ちゃんももうお兄さんなしでは生きていけませんね」
「風お姉ちゃん……」
話をしているだけでくすぐったくなる葵とのんびりとそれでいて頬を僅かに紅く染めている風。
そこへ、寝台のほうからうめき声が聞こえてきた。
「風お姉ちゃん!」
二人は寝台に向かうとそこで眠っていた黒髪の少女がゆっくりと瞼を開けていく。
「気がつきました?」
葵の声に黒髪の少女は虚ろな瞳で彼女を見返す。
「大丈夫ですか?」
頷くこともなくただ葵を見上げる。
「貴女のお名前は何ですか?」
風がそう聞く。
「じ……し……」
それだけをつぶやいて再び瞼を閉じた。
「風お姉ちゃん、なんて?」
「風の予想が外れていればいいのですがおそらくこの子は」
名前を言う前に一刀と雪蓮が戻ってきたため、そのまま二人を迎えにいった風と葵。
黒髪の少女はただ静かに眠っていた。
(座談)
水無月:洛陽編が本格的に開始です~。そして謎の少女が二人!
雪蓮 :まだ名前が出てないわね。
風 :引っ張りますね~。でも次回ぐらいに出さなければまずいと思いますよ?
水無月:そうですね~。でも今回の最後のほうで黒髪の少女の名前をぼかして出しました。
葵 :あれでわかればすごいですね。
雪蓮 :当たったら何かあるの?
水無月:そうですね~。とりあえずこの新婚旅行編が終わったらリクエストSSでも一つなんてどうでしょう?
一刀 :だいぶ先の話だな?
水無月:正解は次回、本編の中で明らかに!ちなみにタイムリミットは明日の夜の23時です~。
雪蓮 :ヒントは諸葛亮よ♪
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洛陽編第二話。
謎の黒髪の少女と国試を受ける少女。
一刀達は洛陽で一波乱に巻き込まれるかも?