No.81722

アヤカシの街人たち

kuronoさん

小説の投稿ははじめてです
楽しんで書けたので読んで頂けると幸いです

2009-06-29 22:53:09 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:333   閲覧ユーザー数:308

 
 

* * * * *

 

これはまさしく異常だ。

緊急事態だ。

 

 

高砂章一郎は道路の端で悶々と悩んでいた。

辺りはもう真っ暗で、明滅する街頭以外に灯りはない。

ここはぐるぐる回りながら下っていくような山道だから、民家も見えないことはないが殆どは坂から見下ろせる山の麓に集中している。

章一郎を悩ませているのは、目の前に倒れている少女だった。

小柄な少女だった。

白い肌に整った目鼻立ち。

流れるようなまっすぐな髪は肩の高さで綺麗に切り揃えられている。

制服はおそらく県内唯一の女子校のものだ。黒に近い紺地に赤いタイのセーラーはここらじゃそこしか思い当たらない。

少女は気を失っていた。

まあ、理由をいえば、章一郎が自転車ではねてしまったからだ。

普通なら携帯で救急車でも呼ぶべきなんだろうが、非常に不幸なことにここは圏外だった。

そして自転車も少女をはねた拍子にタイヤが歪んでしまったから使い物にならない。

「このままだと殺人罪とかになるんだろうか、俺……」

身体に目立った外傷は見あたらないが、頭の怪我は血が出ない方が危険というのを聞いたことがある。

父親だけでなく子供までも刑務所行きとなれば、あの母親は気を病みかねないだろう。

「仕方ない、こいつ担いで山下るっきゃないか……」

だが、相手は女の子だ。

担ぐ、ということにはやはり抵抗がある。

「途中で目を覚まして変態呼ばわりされるのも嫌だしなー……。くそう、めんどくせぇ……」

かと言ってこのままにしておけば"奴"に人道に反するだの何だの言われるに違いない。

渋々少女を背中に担ぐ。

「自転車は……明日取りに来るしかないか……」

明日の通学は1時間掛けての徒歩になりそうだ。

 

診察が終わって医者の話を聞けば、なんと右腕を骨折してしまっているらしい。

「マジかよ……」

交通事故などの第三者による怪我や病気は、加害者側が負担することが原則だ。

イコール、章一郎の中学の時からずっと頑張って溜めてきたバイト代全てが吹っ飛ぶ。

それだけでは足りるかどうかも分からないが……。

ソファに腰掛け、頭を抱えて唸っていた時。

「お金は払わなくていいよ」

鈴の鳴るような声、というのを章一郎は初めて聞いた。

見上げるとここへ運んできた少女が八重歯を覗かせて微笑んでいた。

骨折した右腕はギプスで固定され、首から下げている。

「私が転んで気を失っているのを助けてくれたんだよね? ありがとう」

「え、いや、俺がひいてしまっ――」

「助けてくれたんだよね?」

「……」

微笑みを崩さないが、『私の言うことに従わないと鬼に喰わせるぞ☆』という意思がひしひしと読みとれた。

「お前……医療費払えるのか? 高いぞ?」

「お前なんて呼ばないで。私は天野原月夜よ。お月様って呼んでね」

様付けですか。

「じゃあ月夜、お金は大丈夫なのか?」

「お月様」

「……お月様、医療費を払うお金は大丈夫なのでしょうか」

最強に棒読みで聞いた。

「私、お金持ちだから」

月夜は胸を張って誇らかに答えた。

小柄だからないように思われそうだが、月夜は結構胸のある方な気がする。

背中に担いでいた時に気付いたのだが。それは絶対口には出せない。

「でも、俺はお前をひいたんだぞ?」

「またお前って言った……」

面倒くさい女だ!

「まあいいけれど。お金のことは気にしなくていいよ。でもその代わりにお願いがあるの」

「お願い?」

自分をひいた人にお願い、というのもおかしい話だ。

「うん。あのね、私、右腕折っちゃったから、これからある人に狙われることになるの」

骨折して狙われるとは。にわかには信じられない。

「殺されるまではしないんだけどね。ただ……左腕も折られちゃうの」

「……どうしてだ?」

「そいつ、シンメトリーじゃなきゃ気が済まないから」

つまり、右腕だけ肩から吊ってるとあまりにも左右非対称である、ということか。

「からかってるのならそろそろ帰らせて貰おうか」

「医療費やっぱ負担して貰おうかな」

非道い。なんて姑息な手段を使ってくるんだろうかこの娘は。

「話はこれからなんだけど。この怪我が直るまで、私をそいつから守って欲しいの」

「俺が……か?」

「うん」

章一郎だって女の子にこういうことを言われるのは嬉しくない訳じゃない。

いや、実際嬉しかったりする。

だが――

「俺は格闘技とかやってないし、強くないからそんなことは出来ない。他を当たってくれ」

章一郎身体能力はどれも平均程度。

せいぜいで背がひょろっと伸びているだけだ。

「大丈夫だよ。そんなのいらない。だってそいつ人間じゃないもの」

それは、まさか――

「章一郎くんだって知らない訳はないでしょう? あんな時間にあの坂に居たってことは、章一郎くんも傘鷺神社に行ってたんでしょう?」

この時、章一郎は名乗ってもないのに何故か月夜が自分の名前を知っていることに気付いていなかった。

「章一郎くんのことは"春日"から聞いて知ってたよ。まさかこんな形で知り合うとは思ってもなかったけど……。私、章一郎くんに守って貰うのが一番確実だと思うの」

章一郎は何も言えなかった。

ただ、月夜が何を言っているのかは分かった。

「お前……月夜も俺と同じだったとは驚いたな。仕方ないから俺も"奴"に話してみるよ」

「ありがとう、章一郎くん!」

ふわり、と桃の香りがしたと思ったら、月夜が章一郎に抱きついていた。

「お、おい……!」

章一郎の心臓はバクバクだった。

胸も当たってるんだから少しは慎みを持て、と心の中で叫ぶ。

「そうと決まったら、章一郎くんの家に泊めてね」

ちょっと待ってくれ。

抱きつく月夜を無理矢理をひっぺがす。

「家にとまるだと……?」

「だってあいつの行動時間は主に夜だもの。私が章一郎くんの家で寝るのが一番安全でしょ?」

「そうじゃなくて、えーと、月夜は家に帰らなくて大丈夫なのか?」

「だって私一人暮らしだから」

「俺の家にはお袋も居るんだが」

「説得すれば大丈夫よ」

この少女は男の家に泊まることに対して何も考えていないのだろうか。

「じゃあ一応お袋には話すけど、駄目だったら神社ででも寝るんだな。一応あそこもまあまあ安全だし」

「章一郎くん……冷たいよ……」

「仕方ないことだ」

「でも、ありがとう」

八重歯を覗かせて月夜が笑う。

 

いつの間にか、夜は殆ど明けていた。

 
 

 
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