都市での大規模戦から六日が経過した。そのときから新たに六課の宿舎で生活する事に成ったヴィヴィオとギンガ、ラッドとマリーも違和感の無くなる程度に六課に馴染んで来ていた。ただやはりヴィヴィオは人修羅の所為でトラウマを得てしまったようで、髑髏、つまりだいそうじょうを酷く怖がり、近づこうとさえしないが、それでも初期の頃のようになのはかフェイト、人修羅が居なければ泣き出すということも無くなった。
「公開意見陳述会?」
「うん再来週の火曜に地上本部で行われるの、で、六課にもそれの護衛に何人か人員を出して欲しいって」
午後の訓練を終え、二人だけで荒れた訓練場の修復や後処理を行いながら、人修羅となのはは次の任務についての言葉を交わしていた。
「で、何でその話を俺にする? そっちの任務ならそっちで処理すれば良いだろう、人員がお前等だけってわけでもあるまい」
「普段ならそうなんですけどね、上からは人修羅さん達からも人員を出して欲しいそうです」
「あ? 何だその陳述会はそこまで殺伐としたものなのか? 前みたいに襲撃必須ってわけでもないだろ? まさか怒号と拳が飛び交うような修羅の会なのか?」
「当たり前です! そうじゃなくてどうしたってその場には管理局の重役が集まるんですから、一種のポーズとして護衛が必要なの!」
「そして、俺達が首輪付きであることを、大衆に示す必要もあると?」
「……身も蓋もない言い方をすれば、そうです」
なるほどねえ、と人修羅は訓練場の空を見上げ、数秒の時間思考した後言った。
「何人くらいが適正かね?」
「え? 行って、くれるんですか?」
なのはは意外そうな眼で人修羅を見た。
「何驚いてんだ当たり前だろ。お前等の顔を立てる意味もあるしな、流石に俺自身が行く訳にはいかんがな。で、何人くらいだ?」
「そ、そうですね……二名程度かな、確か無限図書に何名か居るんでしたよね。彼等と合わせればその当たりが妥当かと」
「ああ、あいつらが居たか。トート、オモイカネ、ダンタリオンか……うん、護衛に向かんセト、だいそうじょう、それとピクシーはそもそも論外として、そうだなオーディンとスルトにやらせようか」
「理由は?」
何故か不審そうな視線のまま、なのはは人修羅に尋ねた。
「オーディンは図書組みと相性が良い。スルトは一番理性的だ、元々そういう組織の重鎮だったしな。逆にトールは駄目だ、すぐブチ切れる。セデクもああ見えて戦闘になれば人が変わるしな、以上」
言葉の区切りとともに、一通りの被害状況を把握し終えた人修羅は、最後に訓練場を一望すると唱えた。
『メディアラハン』
訓練場が軋みを上げて修正されていく、砂山が巨岩へ至り、切り株の群れが巨木の列に戻っていく。人修羅達が教導を行い始めた頃は、悪魔達が好き勝手に破壊し、それに新人達が巻き込まれるだけだったが、ここ最近では破壊の一割程度は新人達の手によって行われるようになってきた。無論、まだまだ悪魔達には遠く及ばないが、少なくとも初期から比べればその実力は雲泥の差だろう。空間の逆再生を既に見慣れたなのはは、何の感慨も無くそれを見ていたが、ふと思いついたように言った。
「人修羅さん、ちょっと気になったんですけど良いですか?」
「何だ?」
「シグナムが幾つか悪魔の技を習得したって言ってましたけど、人修羅さんが今使った『メディアラハン』でしたっけ? それも私達で使う事って出来るんですか」
「出来るが……人間相手にはお勧めはしないな」
「どうしてです?」
「前に言わなかったか、気のせいだったかな? 稀にだが拒絶反応が出る事があるんだよ、まあ多分お前達には問題無いだろうがな。ディア系魔法の本質はマガツヒの活性化による逆行だ。だが人間の内には血中マガツヒが薄い奴が居る。そんな奴に使用するとそのまま衰弱して死に至る。こればっかは体質の問題だ。悪魔召喚師、所謂デビルサマナーと呼ばれている連中なら問題無いんだがな」
「……なるほど」
なのはが納得の言葉を吐いた瞬間、訓練場の修復は完了した。
「そういえば、六課の中で誰が一番強いんだろ」
午前の訓練を終えた昼食の
「「「「我が主です」」」」
「ええ、ですよね。分かってました。その反応は容易に想像できました」
四人の悪魔がまるで打ち合わせたかのように同じ声を上げるのを、唖然としているスバルの代わりにティアナが呆れ気味に受け止めた。
「あの膂力の高さ」
「予知に近い状況判断能力」
「他者を引きつけて止まないカリスマ」
「戦う以前から分かる圧倒的威圧感」
「「「「最強は我が主だ(です)」」」」
「うん分かりましたから。何ですか貴方達は、打ち合わせでもしてたんですか」
「ええしてました。基本的に私達訓練意外することないですから。暇なんですよね」
メルキセデクが真面目な顔でそう言いきった。
「………」
「ええ、普段は独りしりとりや独りジャンケンなどを……」
「止めてください聞いてるこっちが悲しくなります」
「いえいえ、これが案外バカに出来ないんですって。試しに右と左を二回ずつ交互に勝たせて……」
喰いつかれたが面倒なので無視して話を進めることにした。
「人修羅さんは……あの人は色々と例外です。それなりの期間彼と生活してますけど、未だに彼の底が見えないというか、あの人底があるんですか?」
「あるよー。人修羅だって有限だもん。でもあんた達じゃそれの観測は出来ないだろうけどね」
とティアナの言葉に答えたのは、上機嫌なピクシーだ。彼女は先程までリインと昼食を賭けて戯れ合っていた筈だが、小脇に白パンを抱えている様子と、背後からリインのすすり泣く声が聞こえることから、どうやらいつも通りにリインはピクシーに搾取されたらしい。彼女は暫くふよふよと漂っていたが、やがてメルキセデクの頭上を椅子と定め舞い降りた。
「人修羅が例外なら議論の余地無く二番手の私でしょ」
呑むようにして自身とそう変わらぬ体積のパンを体内に納め、ピクシーは愉快そうに言った。
「……貴女も例外です」
「ちぇ、つまんないの。あたし等からしたらあんた等なんて有象無象なのにさ」
不満げな言葉とは裏腹に彼女は楽しそうに踵でメルキセデクの額を叩く。妖精にされるがままの大天使を眺めていたエリオが、ふと気付いたように疑問の声を放った。
「あのそういえば人修羅さん達の内で、ピクシーさんだけ戦ってるところって見た事無いんですけど、実際どのくらい強いんですか?」
「知りたい? 何なら午後の訓練あたしが相手してやっても良いけど?」
脚の動きを止めピクシーはにんまりと笑った、声色から本気で言っている訳ではないことは分かる。しかし。
「止めておけ、癒えぬトラウマを植え付ける気か?」
「……正直な話、女史の戦法は人に教えるには剣呑に過ぎる」
オーディンとだいそうじょうがそろって静止の声を上げた。そんな彼等の反応を見たピクシーは肩を竦めて冗談である事を示した。
「貴様が言うと冗談に聞こえんのだよピクシー」
オーディンが嫌そうに溜め息をつき、未だに納得がいっていない様子のエリオに目線を合わせた。
「単純に言おうエリオ。主とピクシーを除いた我々六体、そして隊長陣も含めた貴様等前線の十一と一匹。ついでにシャマルとザフィーラを加えた計二十名。その総てが結束したとして、やっとピクシーと勝負が出来る」
「……嘘」
「本当なんですよねこれが。体力自体は私達とそんな大差ないどころか、寧ろ低いくらいなんですけどね。格闘戦にも優れませんし、良いのが一撃入れば勝つ事自体は難しいことじゃありません……彼女が凶悪なのはその魔法力が桁外れって唯一点のみです」
「戦闘時の奴は暴力の具現よ、セデクは一撃入ればと言ったが、そも近寄る事が困難なのだ。それに加えて奴の状況判断力と先読みは我々から見ても常規を逸している。我々が四人で囲んでも当てられるかどうか……」
「当たる訳無いでしょバカじゃないの?」
言葉とともにピクシーは両踵を振り上げ、勢いを付けた後そのままメルキセデクの額にぶち込んだ。予想外の直撃を受けたメルキセデクは、仰け反るでも苦痛に呻くでもなく。
「……え?」
と、何が起こったのか理解出来ていないという顔のまま後頭部を先頭にして背後に吹っ飛んだ。大天使の身体は狙ったかのように、否、実際に狙っていたのだろうが、窓の一つを快音と共に粉砕すると、背中から外に落ち見えなくなった。そして彼の姿が消えたと同時に、窓の修復が始まった。
「そもそもあんた達は戦いに美学を持ち込み過ぎなの、武人気質っていうの? それは構わないけどせめて勝てるようになってからにしてくれるかな」
そして大天使を追いやり窓を修復し始めた等の本人は、先程と一才姿勢を変えずにそこに座っていた。勿論メルキセデクの首だけが置いていかれたわけではない。彼女は背の羽を緩やかに羽ばたかせ、擬似的な空気椅子の状態を造り出しているのだ。傲慢そうに脚を組み、見下ろすような視線のせいか高さは変わっていない筈なのに、彼女の視線を受ける者は気持ち妖精の位置が高く見えた。先程の行為の影響も有ったかもしれないが。
「戦闘に高度な読み合いも、術技の噛み合わせも要らないの。必要なのは純粋な力、敵に行動を許す前に大火力で一方的に滅却する。それが理想的でしょ?」
ピクシーは言いたい事だけ言うと、心体共に満たされたようで滑るようにメルキセデクの頭が有った位置からセトの懐へと乗り移ると、黒衣の裾に潜り込み寝息を立て始めた。黒衣もセトの一部ではあるが、その材質は黒龍の鱗と比べれば信じられない程柔らかだ、最高級の絹やウールすらも上回るかもしれない。
「我が主と、ピクシーを外すとするなら、多分、私」
そう言ったのは、眠り始めたピクシーを同じく眠そうに見るセトだった。
「ピクシーの言うことにも一理はあるけど、常人はまずそこにたどり着けない。彼女は美学って言ったけど、技術も戦闘には必須のファクター。我が主だって力量の近い者と戦えば技に頼る。力だけで押し込めるのは余程力量差がある場合のみ」
そこまで言ってセトは、ピクシーに誘われたのか可愛らしく小さく欠伸をした。
「私が一番、それで次はスルトかトール、そしてここから結構団子だと思うけど……セデクとオーディンを筆頭に、なのはとフェイトにはやて、シグナムとヴィータもかな? だいそうじょうは相手によりけりね。格下に負けることもあれば、ジャイアントキリングもするし、相手のタイプに左右されるからランク外……異論は? あるなら聴くよ、聴くだけだけど」
と指折りセトは言う、その言葉は寧ろ新人達よりかは、仲魔達に向けられていた。そしてそれに対してオーディンもだいそうじょうも何も言わず、暗にの言葉を肯定した。
「でも、セトさん前の試合でなのはさんとフェイトさんのチームに負けてましたよね?」
異を唱えたのはティアナだった。
「あー……あれね。今更言っても負け惜しみにしか聞こえないと思うけど。私全力じゃないから」
「えぇー……」
「何?」
「いえ……」
怪訝そうに声を発してしまったキャロをセトは一睨みで押し込む。
「まあ信じられぬのも仕方なかろ。それだけあのときの汝は盛大にぶっ倒れておったからの」
カカカと歯を鳴らして笑うだいそうじょうに、悪神の龍眼が残光を引いて向けられた。
「我が主とピクシー、それにオーディンは気付いてたけど、あんたは気付いてなかったの? あの程度の演技で?」
姿見た目に反して、セトという悪魔は以外にも負けず嫌いだ。険のある言葉をだいそうじょうに容赦なく向けるが、当の死僧は相も変わらず笑っているだけだ。
「まいいよ。でさっき言ったけど、戦の要は力と技。人間達は心技体って言うけれど……心が、というより意思、渇望が劣ってたらまず勝てない、そこを磨くのは大前提の話、必要なのは飽くまで力と技、ともう一つ」
「……?」
セトが意思、渇望と言った辺りでその頬が歪んだのを最も付近に居たキャロだけが気付く事が出来たが、その表情はすぐさま億劫そうなものに戻った。キャロの視線に気付いていないセトはそうね、と呟き何度か視線を迷わせると、丁度正面に座っていたティアナに眼をつけた。
「例えばティアナ、貴女とスバルが戦闘を行うとして、何も無いまっさらなフィールドで彼我の距離五メートルからのよーいドンで始まったら、貴女勝てる?」
悪神の問いにティアナは間髪入れずに回答した。
「流石に無理ですね。射撃にしても幻影にしても距離が近過ぎます。スバルの初速ならリボルバーナックル無しでも、組み伏せられる……わよね?」
「まあ、流石に百回やって百回っていうのは無理だろうけど、九割くらいならね」
「じゃあ逆に、障害物増しの歪なフィールドで彼我の姿が確認できず、不意打ち有りで始まったら?」
「それは百パーセント間違いなくティアだよ。あたしじゃ向かい合わなきゃどうしようもないし……ギン姉なら勝てる?」
「……そうね、初撃を流すことが出来れば、何とかってところかしら。それでもティアナには幻影があるし……幻影術なんてシブいの使ってると思ったけど、銃撃と短刀との組み合わせ、相対してみると完全な暗殺者なのよね」
「で、今の込みで聞くけど、スバルとティアナ、どっちが強い?」
今度は間髪入れずに回答する者は居なかった。
「つまりそうゆう事。不意打ち闇討ちの有無や、地の利やその日の天候、更に言ってしまえば持ち込んだ道具や下準備、開始時の距離。それら総て引っ括めて戦闘。
つまり
「戦闘なんて言っちゃえば、そこに至るまでにどれだけの準備をし想定をして来たか、ただそれだけの積み重ね。まあ半人前の貴方達は取り敢えず、力を私達から、技を隊長や先達から出来るだけ盗み取りなさい。悪魔の技術は個人で魔改造し過ぎて貴方達が使うには合わないし、隊長や先達の魔力じゃ私達には及ばないでしょ」
言葉の端から自信の漲る言葉を語っていたセトは、不意にきょとんと歪ませていた眼を丸くした。
「そういえば、何で私こんなに長々と語ってるの? こういうのってセデクの役目じゃない?」
「……は?」
その声は誰が発したものだったのか、誰のものとも知れぬ気の抜けた声は、まるで催眠術のように一瞬でセトの表情から、真面目の二文字を消し飛ばした。どこからとも無く分厚く巨大な毛布を引きずり出したセトは、瞳を閉じて数秒で眠りの世界に落ちた。
「えぇー……」
一瞬の展開に今度はキャロだけでなく、他の新人達まで揃って声を上げた。オーディンとだいそうじょうは途中から話を聞いていなかったのか、少し離れた席で雑談をしている。
「あー……酷い目に合いましたね……」
そのときランチタイムも終了しようという時間であるにもかかわらず、食堂に入って来る人影があった。
「あメルキセデクさん」
理不尽にピクシーに蹴り飛ばされてガラクタのように彼方此方に亀裂を入れたメルキセデクがやって来た。途中見かねただいそうじょうが、その損傷の復元を開始し、元の位置に戻って来る頃には傷一つない姿元の大天使のものとなっていた。
「何で私蹴り飛ばされたんでしょうか……? スバル分かりますか?」
元の席に腰を下ろしながら、メルキセデクはスバルに尋ねた。勿論スバルは考える間もなく首を横に振ったのだが。
「……最近思うんですけど、メルキセデクさんって結構苦労人というか、貧乏くじ引きますよね」
「……それが、役目というよりか、単純に彼女が一番弄って反応が面白いのが私なんでしょう」
「直す気は?」
「ありました」
何故か過去形であった。その一言に意も言われぬ何かを感じ、スバルは言葉を発さず、ただ頷いて大天使に回答した。
その翌日。厳密に言えば丑三つ時をやや過ぎて、闇一色の空の東がやや明るくなる時間帯。誰もが寝静まっているはずの機動六課の廊下を音も無く移動する一つの影が有った。
「………」
普通の人間であれば、黒一色のシルエットだけであろう人影には、それを彩る別の要素がある。
無数の青白いラインが複雑に絡み合いながら、静かに発光している。人修羅の入れ墨だ。月明かりすら乏しい暗闇の中、この数ヶ月で完全に把握した六課内部を、闇の中でドアノブを捻り正面玄関へと向かっていく。
「どこへ行くんですか?」
しかし正面玄関に立ったとき、初めて己の進行を止める声が上がった。
気配から背後に来ていることは分かっていた、だがあえて声をかけられるまでその存在を無視していた。
「やっぱりお前か……」
振り向けばそこには明るい髪の色。早朝というよりか、夜中に近い時間だというにも関わらず、管理局の制服を隙無く着込み、髪を結ったなのはがそこにいた。
「私用だよ、ちょっとした約束があってな」
「それは先日都市で戦闘していた、あの藤羽の方とですか?」
さも当然の事を言うようになのはが言う。
「!? 聞かれてたか……」
「いえ、カマをかけただけです」
「………んなろ」
思わず苦笑いが浮かぶ。よく考えるまでもなく藤羽と会話したときには、戦闘の余波で周囲は荒れ狂っており、瓦礫や暴風の立てる轟音で、超近距離まで寄らなければ藤羽の声は聞こえる筈がないのだ。事実魔人である自分でもなければ、耳元で囁くように言われた言葉を完全に聞き取る事は出来なかっただろう。
「……人修羅さん、あの日から何ていうのかな……どこか無理して振る舞ってるみたいでしたからね。心当たりがあるとすればあのときからですから」
「良く見ていらっしゃる……」
「昨日任務を頼んだときだって、普段なら皮肉の一つくらい挟むはずですから。俺は管理局員じゃないんだがな、とかね」
思わず自嘲気味に頭を振ると、暗闇の中のなのはを正面から見つめ直した。
「………で、それを聞いたお前はどうする気だよ?」
「同行させてもらいます」
有無を言わさぬ口調でなのはは言い切る。
「これは俺の、否、俺達の問題だぜ?」
「それなら、人修羅さんと契約しているわたし達とも無関係じゃ有りませんね」
「………」
「わたしが言えた事じゃないかもしれないですけど。人修羅さん、何でもかんでも一人で背負い過ぎです。少しはわたし達を頼ってください」
「……無問題だ、総じて俺一人で解決出来る範囲だ。俺は万能の魔人だぞ」
「わたし達の立場は、対等、でしたよね? 以前人修羅さんが自分で言った事ですよ。全部とは言いませんから、ほんの少しでも良いですから、わたし達にも背負わせてください人修羅さん。それにいくら人修羅さんが万能で背負えるものに制限が無かったとしても、わたし達が手伝った方が楽になるに決まってるんですから」
力の籠った強い眼が、こちらの視線と交わった。思わず視線を逸らそうとしてしまったが、寸での所でそれを封じる。
「………」
大きく息を吐く。なのはは意地っ張りで、そして意思が強い。俺以上にだ。一度決めたら決して引き下がろうとはしないだろう。
「……わーったよ」
「———!」
「だが、今日の相手は恐らくそこまで過激じゃねえ。付いて来たって、面白くもないと思うけどな」
「付いていく事に意味が有るんです」
そう言うなのはは、どこか嬉しそうに微笑んだ。悪意が一切無いその笑みに、思わずこちらの頬も上がりかけた。
藤羽が指定した場所に向かったのは正午をやや過ぎた程度だった。人修羅は早朝に出発し時間となるまで街に潜む気でいたが、なのはの同行により、新人達の早朝訓練を終えてからの出発となった。それについては対して問題無い。元々早朝に行こうと思った理由は大したものでもない。藤翅より先にその場に居ることで、イニシアチブを取ろうとしただけの事だ。
「行っちゃいやああああぁぁぁ!! やだああああああぁぁぁ!!」
それよりも問題だったのはヴィヴィオだった。なのはと人修羅、母の片割れと兄が一度に居なくなると聞き、大いに泣いた、叫んだ、喚いた、そして暴れた。しかしかといって流石にヴィヴィオまで連れて行くことはできない。彼等が今都市部に居るのも、泣き疲れて眠ったヴィヴィオの隙を見て来た形になる。なのはと人修羅は心の中でフェイトに謝罪をしておくが、心の中のフェイトは許してくれたのでこの問題は後に回す事にした。
「………」
「………」
なのはと人修羅は互いに口を開く事無く歩みを進める。入れ墨の浮く彼の背を見ながらなのはが思うのは、自らが彼に同行できたその理由だ。彼等と共に過ごして既に数ヶ月過ぎている。当初のように遠慮がちなものは、人間側にも悪魔側にも殆ど無くなり、仲間として信頼できる関係を築けていると自分は思っているし、フェイトやはやて、他の隊員達も同じ考えだろう。悪魔達に遠慮が有ったのかは
(でも……)
そのなかでなのはが思うのは、眼前の彼の事だ。かつてホテル・アグスタでロキに告げられた言葉が未だに彼女の中には強くあった。“人修羅から信頼されていない”というその言葉を。
(アレから結構たったけど、未だに名前で呼ばれたことは無いんだよね……)
あのときは総てを知っているかのように振る舞うロキに対して、ピクシーに聴くとはやては言ったが、未だに彼女に尋ねることは出来ていない。どうもピクシーは意図的にこちらを避けているようで、自分が言いたい事だけ言うと、こちらを顧みもせずに眠ったり移動したりと、質問を受け付けようとしないのだ。
(今日だって……)
この同行はなのはが彼の心情を知るために、大きく詰め寄った形になるだろう。だがなのはは分かっている。彼は折れたのではない。ただ妥協しただけで、彼の心内は何も変化していない。他者を信用こそすれ信頼していない。彼の過去に何があったかなど、オーディン等から掻い摘んで教えられただけで、詳しいことは解らない。ただ親友を二人殺害したということは、あとからはやてに聞いた。だがそれだけにしては———
「居た」
彼の発した短い言葉が、それまでの思考を断ち切った。彼が視線を向ける先を同じく視線で追う、そこは小さな喫茶店のようで、野外に設けられた四人掛けの丸テーブルに藤羽———果たしてその呼称は、翅を出していない今に相応しいかどうかは別として、その姿は確かにあり、彼女の前には湯気を立てるティーカップが置かれている。しかし、そこに居たのは藤羽だけではなかった。
「あ! 来た」
藤羽の右隣に彼女は居た。金の長髪に濃藍のドレス、今更見間違えるわけもない。
「アリス……」
つい先日、この都市を塵芥に帰した魔人の姿がそこにあった。彼女はこちらを見つけるや否や、嬉しそうに手を大きく振っている、その姿はとても魔人とは思えぬ、無邪気なものだった。
「レッ……レイジングハ————」
「構えるな」
咄嗟に首元のレイジングハートを掴み、デバイスを展開しようとしたこちらの手を、人修羅は掴んで止めた。
「何を……!?」
「よく見ろ」
鋭い口調でそう言われ改めてアリスの姿を見直す。金の長髪に濃藍のドレス、それは変わらない、がそのとき気付いた。アリスの瞳が、透き通った清水の如き碧色を湛えている。魔人の瞳は総じて濁った黄色であると、以前に人修羅は言っていたはずなのにだ。
「何か頼むと良い、この店は個人的に懇意にしていてな。コーヒーも紅茶も良いものを使っている」
藤羽とアリスが座る丸テーブルの席に座ったとたんに藤羽はそう言った。藤羽の正面席には人修羅が座っており、こちらはアリスと向き合う形になる。視線に気付いたアリスがこちらに小首を傾げ、小さく微笑みかけてきた。
「要らん。それで? わざわざお招きいただいたからには、俺に用があるんだろ?」
「急くなよ」
人修羅に対して藤羽がそう言った瞬間に、彼女はその顔を覆っていた蟲の仮面に手をかけた、鉄の軋る音が鳴り、仮面が藤羽の手に落ちる。長い黒髪が靡き、柔らかな動きを持って流れる。
「何でお前がここに居て、それであいつと別れてんのか、聞きたい事はこっちもある。早いとこ言ってくれるとありがたいね」
「だろうな、私が逆の立場でもそうするだろう」
まるで既知の友人と会話するかのように両者は言葉を交わす。刃を交えた仲とはいえ彼等の間にはそこまでの関係はないはずだ。
つまり以前に出会っていたのだ。藤羽が顔を伏せていた面を上げた。その顔はかつて人修羅が
「バアル・アバター」
「混沌王」
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第26話 ヒトの摂理 悪魔のコトワリ