No.81608

北郷一刀はかく語りき

nanatoさん

魏END後に帰還したとしても起こりえてしまう北郷一刀の救いのない結末。

2009-06-29 03:30:31 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:8997   閲覧ユーザー数:6747

 

魏の重臣たちが誰一人余すことなくその場には集まっていた。

外交の関係で呉蜀にいたはずの将さえも呼び戻された、それは尋常ではない事象が起こっているという何よりもの証明だった。

その室内の中心には、数年前に天の国より帰還した御使いが立っていた。

 

以前一度だけ起こった魏の全将の招集はこの男の帰還を知らせるものだった。

 

 

彼女たちを悲しみの底にまで落とし、手に入れた平和のその価値さえも霞ませてしまうほど彼の存在は大きく、その彼が帰還した時の彼女たちの喜びは到底言葉で言い表せるものではなかった。

そしてその彼の存在も彼女たちにとって当たり前の物になり始めた現在。

彼は皆が再び集まる原因となっていた。

この場にいる皆の眼は彼のただ一身に集まっていた。

 

 

 

 

 

その中で北郷一刀は静かに語りだす。

自らに起こりえる終焉を予期しながら。

 

 

 

 

 

 

「俺の国が生まれた国はさ、四季と生活が密接に関係していたんだ。それに多くの木々に囲まれていて、自分たちさえもその自然の中の一部だった。それが当たり前だったんだよ、その頃の彼らには」

 

 

 

 

北郷一刀は元の世界の事をあまり語らない。

未来の情報は未熟すぎるこの世界にとって、劇薬にもなりかねない事を慮ってか、それ以外の理由かは定かではないが、とにかく普段の彼はひどく浅い範囲でしか天の国の話をしようとしない。

こんな風に語りだすのは初めてのことで、華林をはじめとする皆は一言も発さずにただ耳を傾けている。

普段見せない彼の本質を聞き逃さないように。

 

 

 

「まぁ、そうはいってもそれは昔の話で、今はそれほどでもないんだけど。この世界には無い素材や金属ばかりが氾濫していて、この世界で言う洛陽みたいな場所では特に緑なんて無くなってしまっているけど」

 

 

それでも、そう前置きをしながら彼は続きを語りだす。

愛する彼女たちに伝えたいことがある。

残された時間はもう残り少ないのかもしれないけど、ありのままの自分を知っておいて欲しい。

そんな想いが彼を饒舌にしていた。

 

 

 

「その中で生きてきた人々の子孫である俺たちには根付いているんだよ、無常観ってやつがさ。常在の物なんかありはしないって、知ってしまっているだよ、いつかは何もかも無くなってしまうと。そんな気づきたくもない悲しいことでも、分かってしまっているんだ、嫌っていうほど心のどこかで」

 

 

 

そう言いながら一刀は自らの胸に手をあてた。

静かな、慈しむかのようなその挙動は、まるでそこに心があるのだと示しているかのように見えた。

それでも彼は淀むことなく言葉を続ける。

 

 

 

「どんな綺麗な花も散り行く定めで、虫たちは短い命だからこそ精一杯その命を主張する。紅葉が美しいのは最後の輝きだから、深い雪も春が近づけば溶けてなくなってしまう、何一つ残さずに。長い年月をかけて建てた建物も、火によって一瞬で燃え尽きる。命も自然災害によって嘘みたいに簡単に奪われる。本当に簡単に死んでしまっていたんだ、人の命さえどこまでも儚くて」

 

 

 

 

そう語る一刀の表情は遠いものを見つめているかのよう見え、どこか悲しみを感じさせるものだった。

華琳たちに共感はできなかった。

それは仕方のないことだ。この時代にそんな観念はありはしないが、民族性というのは古来から存在していて、その感性に大きく影響を及ぼしている。

 

 

 

「そんな移ろいやすいものに囲まれていた日本人にとって、儚い、ってことは美しいと同義なんだ。儚さにその価値を見出す、そんなことはただの感傷だと思われるかもしれないけど、それを美しいと思う自分がいるのは確かなんだよ」

 

 

 

そんな事を語りながら、寂しそうに一刀は笑った。その何かを諦めたような笑みは華琳を始めとする皆の心を揺さぶった。

共感なんてできない。十数年もの永い時を違う環境で育った彼女たちと一刀には埋められない価値観の相違があった。

しかし一刀の感情をみて何も感じないはずがなかった。

そんな彼にだからこそ彼女たちは魅かれたのだから。

そしてなによりも、一刀は彼女たちが愛した唯一の男性なのだから。

 

 

 

 

「だから、美しい、ってことには何よりも価値があるって思うんだ。美しいということは、過ぎ去ってしまったとしても誰かの心に残るものだと、知っているから。形には残らなくても、意味がないなんて事はありえないって、心で気付いているから。なにもかもが雄大で力強いこの世界とは何もかもが違う、在り方も捉え方も。そこには優劣があるわけではなくて、ただ、違っているんだ」

 

 

 

 

だから、そう言って彼はそこで言葉を区切り、その場に膝をついた。

 

そのひどく緩慢な動きは優雅さを皆に感じさせ、天の御使いという呼び名に恥じない美しさを備えていて。

 

 

「長々と話しちゃったけど、結局みんなに伝えたかったのは、ただ一言だけなんだ」

 

 

その滑らかな動きを保ったまま、ひどくゆっくりと地面に手をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその優雅さを一欠けらも残さず吹き飛ばすかのような動きで豪快に地面に頭をこすりつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません!!浮気してしまいました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土下座だった。

そしてなんか大声でみっともないことを言い始めた。

ビビり過ぎてテンションが上がってしまったのか、その舌はいつになくよく回った。

 

 

 

 

 

「でも、でもそんな日本人である俺が美しいものに魅かれるのは当然のことだとは思わないか?綺麗だと思ってしまうんだ。それを愛しいと思ってしまうのは潜在的なもので俺にはどうしようもないんだ。俺の心には古き良き時代の平安貴族の貞操観念が宿っているんだよ。俺はきっと光源氏の再来なんだ。GENJIじゃなくて源氏の方な。平安時代にしたってやんちゃが過ぎる彼のバイタリティが俺のナニに宿ってしまっているんだよ。養母だろうと幼女だろうと関係ないんだよ、彼にとってみれば美しければ。彼は間違ってない、決して間違ってない。アメリカとかから官能小説と馬鹿にされようとも俺はあの物語を、熱い男の生き様を語った聖書だと俺は肯定するよ」

 

 

 

 

誰も何も言わなかった。否、言えなかった。

ただ、ただ温度を一切感じさせないほど冷たい瞳で彼を見下していた。

その中で彼は墓穴を掘り続ける。

 

 

 

 

天の国における最上級の謝罪の体勢で。

 

 

 

 

「すいません!手を出してすいません!花の蜜に誘われました、胡蝶の夢の蝶にあたる身としては、それは習性のようなものでそれを吸いにいってしまうのは仕方ないんです。甘い蜜なんです、たまらないんです。腰に携えた太めの触角が蜜はこちらにある、と俺を唆したんです。こらえ性のない最近の若者にとってみたら彼女たちを前に我慢なんて一瞬で冥王星の向こうにエスケープですよ。理性さえも忘却の彼方へ、さよなら理性、これからもよろしく快楽。親善大使なのですから、若干親しみすぎた感も否めませんが、目的からは外れていないんではないでしょうか!すいません!具体的にいえば既に蜀は攻略してしまいましたし、呉の方もそう遠い話ではないと思われます。すいません、全ては日本に生まれた血筋のせいなんです!」

 

 

あまりにも饒舌に続くその言葉は永遠を思わせた。

一生こんなよくわからない弁明を続けるのかと皆が思った。

そのどうしようもない光景はその国における最高権力者によってあっさりと破られた。

 

 

 

 

「春蘭」

 

 

「はっ」

 

 

 

 

 

華琳が重々しく口を開いた。

もちろん名を呼ばれた魏武の象徴もすぐ傍に控えている。

 

 

 

 

 

 

「刎ねなさい」

 

 

 

 

 

 

その口が紡いだ言葉は、縄の切られたギロチンのように容赦なく北郷一刀の運命を断じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※これは帰還した一刀に起こりえる日常の一コマです。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

 

 

超短編。短いっす。およそ二時間ほどで書き上げました。

頭を使わなくていいので、かなり楽です、こういうの。

 

 

もう短編集のエピローグにしてしまおうかと。

救済を求める人が多数なので、一応帰還。起こりえる未来としてはありですね。

 

 


 
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