No.815864

古傷と嘲笑

理緒さん

空閣閣下の書かれた熊染さんの過去に触発されて書いた小説を発掘しましたので、投稿させていただきます。
中途半端で、トカゲが熊染さんの傷をえぐりに行ってます。ご注意ください。
登場するここのつもの:熊染 蒼海鬼月 雨合 音澄寧子 遠山黒犬 魚住涼
登場する偽り人:トカゲ

2015-11-26 20:54:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:475   閲覧ユーザー数:470

 

峠に出没するという盗賊が「熊染」と名乗っていると知り、不審に思ったここのつ者達がその峠にて待ち伏せをした。

「……!来た、あれだろ!?」

 森の木々に気配を隠して、黒犬が指先で指し示す。そこに見えるのは、数十人の影。月が出ていればいいのだが、今は運悪く雲にのまれてしまっている。

「中心の方に一人、背の低い人がいますね…頭でしょう。用心した方がよさそうです」

その暗闇の中でも弓を扱うユウは人の影を見分けたのだろう。

「倒せねぇ数じゃねぇな……不意を突いちまうか…」

 鬼月はすでに腰の刀に手をかけていた。それを見て雨合も一歩、木々の合間を動く。

「鬼月の兄ちゃん、一人は残しておけよ」

「熊染さんの名を騙った理由……聞いておかねばなりませんから…」

 単なる偶然か、それとも……

考え込み出した涼を寧子がぽすりと抱きすくめた。彼女なりに肩の力を抜かせようとしているのだろう。

「考えてても進まねぇだろ。行くぜ」

じっと待機しているのが性に合わないものが半数以上いるのだ。止める気もないが、それこそ止める間もなく、盗賊一味に躍りかかった。

ここのつ者の中でも特に武力に秀でた一番手二番手にかかれば盗賊なんてなんのその。あっという間に盗賊の一味は壊滅状態になり、離れていた一際背の低い影とその周囲の数人を残して地に伏した。

これではどちらが悪者か分からない。というのは誰の言葉だったか。

「さて、と。熊染って名乗ってんのはその奥に居るチビか?」

斬馬刀を見せつけるように地面にさして見せ、雨合が挑発する。その後ろで、熊染は下がっていたユウと指揮役の涼を守れる位置を保ったまま、その影に近づいた。

「お仲間はみーんな地面と仲良くしてるのにゃ」

「後はお前らだけだぞ?観念しろよ!」

やはり首謀者は小さな影らしく、盗賊達は指示を仰ぐようにそちらを見ていた。

しばしの沈黙の後、影はクスリ、と笑った。

「赤い髪の大男……そう、あなたが「熊染」ね」

つぶやく声は、女のもの。

ここのつ者が警戒を強める中、その影は可愛らしい動作で歩み寄る。

雲が流れる。黄色い月の光によって、緑の髪、聡明そうな顔立ち、ゆったりとした着物が次々と照らされた。

「久しぶりね、私の熊染。」

彼女は確かにそういった。

 

「久しぶり……?いったい…」

何を言っているんだ。そう言いかけて、ユウは口をつぐんだ。ここのつ者達も異変に気付く。

「あ……あぁ……」

錯乱。という言葉がぴったりであろう。

熊染の眼が怯えたように見開かれ、声にならない声を漏らしている。その視線は、まっすぐに、女性へと向けられていた。

「熊染さん!?」

「おい、どうした!?」

答えず、熊染は喘ぐように呼吸をし、枯れ葉の上に膝をつく。眼だけは操られたかのように女性から離さないまま。あまりに異常な様子に数人が駆け寄り、声をかけようとしたその時だった。

「熊染、」

女性が熊染に向かって言葉をかけた。

私 を 助 け て く れ な い の?

懇願するような、縋るような、呪いのような、怨みのような。

その言葉はここのつ者達にゾクリとそた悪寒を走らせ…熊染の、引き金を引いた。

「……ぁぁぁああああ!!」

初めて聞く熊染の咆哮は、棒術を伴っていた。棒は鞭のようにしなり、立ち上がる勢いとともに、自らの元に駆け寄ってきていた仲間をなぎ払った。

「ぐっ!?」

「おい、なにやってんだ!」

荒事に慣れていた雨合と鬼月は辛くも受け流し、各々の武器で威力を殺しつつ、困難しながらも体制を立て直した。しかし、運動能力に劣る涼と、武器の性質上防御に向かないユウは体格も相まって軽々と吹き飛ばされ、声もあげられず冷たい地面を転がった。

「涼ちゃん!」

「ユウ!?」

近くに居た寧子と黒犬が二人を抱き起こすが、返事は鈍い。防具を付けていたユウは幾分ましなようだが、容赦のない攻撃に肺から空気を押しだされ、息が整わない。涼に至っては細く浅い息を繰り返すのみ。察するに酷く体を打ったせいで、意識が混濁しているのだろう。

この中では体力が少ない方ではあるが、全く武術の心得が無いわけではない。その二人を軽々と…容赦なく打ち倒して見せた熊染の姿は、普段の温厚さとはとうてい結びつかない光景だった。

呆気にとられる彼らをあざ笑うように、女性はクスクスクスクスと、上品さを取りつくろって笑って見せた。

「無駄ですよ?主の命令だもん。ねぇ、熊染」

 ビクリと肩を震わせ、無言のまま、熱に浮かされたような様子で熊染は棒を構えなおした。改めて武器を向けられ、鬼月は刀をためらいがちに握り直す。

 どうすればいいのか、何が起こっているのか。主にそれらを考え判断している涼は昏倒している。

「おいおい、どうすりゃいいんだこりゃ…」

会えて普段のように軽口めかした雨合の声も苦い。彼の武器、斬馬刀は手加減には向かない。お互いの武力が高く手を抜けないのであれば相応の覚悟が必要だろう。

そんな張りつめた空気ごと蹴飛ばすように寧子が跳ねた。

「熊さんに何をしたのにゃー!」

隙を付いて女性に襲いかかる。早さなら誰にも負けない自信がある。寧子の鋭いけりが届くかと思われた、その刹那、大きな影が割り込んだ。

「え」

慌てて蹴りを止め、影の肩を踏んで飛び越えるにとどめる。

「熊さん…なんで!?」

「守るんじゃ…………今度…は……」

うつろに答える熊染の後ろで女性は思いがけない武器だったと知った。この姿でいる限り、彼は自分の忠実な駒だ。女性、いや、トカゲの顔が歓喜に歪む。

「……ははっ……あはっ…あはははは!!」

夜の森に耳障りな声が響きわたる。ひとしきり笑い声を響かせた後、手下に目配せし、ここのつ者を取り囲ませて。うっとりとしたような表情でトカゲは熊染の腕をなぜる。

「良い子。さぁ、私の敵を倒してちょうだい。できるね?熊染?」

いとしい人に囁くような声色で、残酷な言葉を吹き込む。

武器を構えなおした熊染の後ろで、トカゲは狂ったような笑い声をあげた。

 


 
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