No.812565

IS~ワンサマーの親友~ep45

piguzam]さん

兎さんと晩餐

2015-11-08 17:32:26 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8667   閲覧ユーザー数:7365

 

 

前書き

 

 

放置すること一年と何日か……お待たせしましたwww

 

 

リアルが忙しい所為と、作品増やしたのが間違いww

 

 

完結まで……頑張らねばッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

PIPIPI,PIPIPIPI

 

「……ん……」

 

カチャリ、と購入したばかりの目覚ましのスイッチを切り、のそりと身を起こす。

覚醒したばかりで固い身体を解す為に伸びをして、大きくあくび。

 

「ふ、あぁ~~……朝、か……」

 

重い瞼を擦りながら洗面所に入り、顔を洗って歯磨き。

そこまでして漸く意識がハッキリしてきた。

今日は、あの訳分からんISをブッ倒してから二日目になる。

そして学年別トーナメントも今日で終了。

初日が俺達の試合以外の行程が潰れたので、今日まで長引いたって訳だ。

しかも1日日程が伸びたお陰で、明日からは土日休みになる。

1日だけ普通の授業を挟むのはちょっと憂鬱だったんだが、それも無くなった訳だ。

これだけならあのクソッタレな事件を起こした奴に感謝しとこう。勿論他の点でブッ殺確定だけど。

 

今日は……朝のトレーニングは止めておくか。

寝ていた所為で少し解けてる包帯を見て、トレーニングは中止とする。

 

「さすがに昨日の今日じゃ、まだ無理は出来ねぇか」

 

顔を洗い終え部屋に戻り、包帯とガーゼを取り替えて黒のワイシャツに袖を通す。

ズボンを履いて、ブレザーは上から軽く羽織る。

鞄の中身は昨日の内に用意しておいたのでそのまま持つだけで終わり。

 

「しかしまぁ、昨日はえれぇ騒ぎだったなぁ……」

 

俺は部屋の扉に向かいながら昨日の出来事を思い出す。

シャルル改めシャルロット。

男改め女という驚愕の……まぁ知ってた俺からすればそれ程でもねえけど。

兎に角、気付いて無かった人達からすれば正に度肝を抜かれる急展開。

そんな事実を朝一で聞かされた一組クラスメイトの驚き様は推して知るべし。

更に休み時間にシャルロットを見に来た他のクラスの女子達が絶望の声を挙げていた事が、シャルルという人物のモテっぷりを表していた。

まぁ本人はかなり複雑そうな顔してたけど。

 

そんなドタバタ騒ぎを思い返しながら扉を開け――。

 

「おはようだ、兄貴」

 

「……あー、おはようさん、ラウラ」

 

「うむ。では早速朝食に行こう」

 

「あいよ」

 

堂々と制服姿で俺の部屋の前に立っていた少女――ラウラに挨拶を返す。

たったそれだけの事なのに、本人は嬉しそうに頷いて食堂に行こうと誘ってくる。

まぁ別に断る理由も無いので俺は頷いた。

 

 

昨日のシャルロットの暴露の次に、これまたトンデモ級の爆弾を落としてくれたラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 

何故、あれほど敵意を向けていたラウラが俺に笑顔を向けつつ『兄貴』などと呼ぶのか。

その答えは、昨日の朝のSHRでの爆弾発言にある。

昨日一夏と俺のピンチを救い、更には一夏のファーストキスを奪った後の嫁発言。

もうこれだけで中々ぶっ飛んでる訳だが、次には俺と盃を交わして欲しいという謎発言が出る始末。

 

そして理由を聞いた訳なんだが――ラウラの言葉は想像を絶したよ、マジで。

 

ラウラは誰かが腹を痛めて生まれたのでは無く、試験官から生まれた試験官ベイビーらしい。

生まれてから一度も愛情というものを知らず、戦う術だけを叩き込まれて軍人として育てられたとか。

最初は好成績を収めて軍の上位に居たらしいが、ISの登場がラウラのエリート街道を阻んだ。

ISに適合する為に施された『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』という目に埋め込まれた擬似神経の暴走によって引き起こされた不調。

その所為でラウラの瞳は赤から金色に変わり、後天的なオッドアイになってしまったらしい。

みるみる間に軍の中で下の方に落ち、蔑まれる毎日。

誰にも頼れない孤独に押し潰されそうな中で千冬さんに救われ、部隊最強の地位に返り咲いたそうだ。

そりゃ千冬さんに盲信的になっても仕方ない。

人生で初めて、人の暖かさに触れたんだからな。

 

と、ここまでがラウラの身の上話。

 

んで、何で俺を兄貴と呼びたいかという話になる。

そう聞いたら、ラウラはこう返してきた。

 

『私が嫁に対して八つ当たりしていたのは、遅くなったが理解した……そして貴方とも対立していたというのに、貴方の話を下らないと一蹴した私に対しても真剣に向き合い、何が大切なのかを語ってくれた貴方を、兄と呼びたい!!』

 

ドイツの部隊の副官が、そういう風に不器用ながらも自分に大切な事を教えてくれる人を兄貴と呼ぶと教えてくれた、と。

 

……ふぅ。

 

ちょっといつかその副官とやらと色々話をしねえといけねえと思いつつ、話を聞き続けた俺は我慢強かったと自負してぇ。

自分よりも強く、しかし驕らない態度の俺がそれにピタリと当て嵌まるとか。

 

『貴方が言った血の、遺伝子の繋がりを超えた”絆”という目に見えない繋がり。それを私も知りたい、感じたいのだ……虫が良いのも分かってる……だが、教えて欲しい、いや……貴方の下で、学ばせて下さい!!』

 

そんな風に言われて、しかも土下座までされたら受けねえ訳にもいかねえっての。

っつうか皆涙ボロボロ流してて断れる雰囲気じゃなかったしなぁ。

まぁ、かく言う俺も涙ドバッドバ出てましたがね?

俺ってこういう話に涙腺弱くて……余りに感極まって、土下座してたラウラを起こして抱きしめちまったよ。

 

 

 

ちなみにそん時の一幕だが――。

 

 

 

『分かった。よぉく分かった!!盃でも何でも交わしてやる!!俺がお前に教えてやる!!家族の、絆のあったかさってヤツを……ッ!!』

 

『ッ!?……何故、貴方は泣いているのだ?』

 

『グシッ……気にすんな……ッ!!……何で泣くのか……それも、これから教えてやらぁ……ッ!!』

 

『兄弟……』

 

『ズズッ……おう、一夏ぁ……この、世間知らずな”妹分”に……世の中の楽しさってのぉよぉ……絆ってぇモンの凄さを……教えてやろうぜ……ッ!!』

 

『……あぁ……ッ!!』

 

小さな小さな、戦場という命の奪い合いしか知らない少女。

この小さな身体で、今まで必死に、孤独に頑張ってきたであろう少女を抱きしめる。

そんな俺に、同じく震えた声で約束を交わしてくれた兄弟。

俺はその暖かさを感じながら、己自身に誓う。

必ずラウラに……俺の妹分に戦場以外の世界を、楽しいという感情を――。

 

家族の尊さを、感じてもらおう、と。

 

 

 

――とまぁ、そんなホームドラマっぽい展開があった訳だ。

 

 

 

そしてHRで騒ぎまくってた俺等に千冬さんの宝具が降り注いだのはお約束。

 

 

 

そんなこんなの紆余曲折があって、俺はラウラを妹分として受け入れたという話になる。

何より、あそこまで純粋な意味で慕われちゃあ……受け入れねえって選択肢は無かった。

ここに来て漸く、ラウラが千冬さんに対して誰にも譲れないと思っていた理由も分かった訳だしな。

要は、ラウラ・ボーデヴィッヒっていうこの少女は、無垢な少女……俺達よりも精神年齢的に子供なんだって事が。

今までそういった情操教育ってぇのを受けてねぇから、縋れるモノが一つしかねぇから。

だから、あれだけ千冬さんに固執してたんだなと、理解は出来た。

そうと分かれば何時までもイラつく程、俺もガキじゃねえ。

 

まぁ、かくして俺はラウラを受け入れ、兄貴と呼ぶ事を許したって訳だ。

 

ちなみに兄貴になって最初のレッスンは、日本酒を返して来いという説教でした。

 

余談だが教室の壁ぶっ壊した鈴はとても良い笑顔の千冬さんに引き摺られていきました。

 

真っ青な顔色で俺達に助けを求める視線を向けてきたので、クラス一同で合掌。

 

それが彼女に向ける、最大の手向けでした。

 

それでまぁ、ラウラの事は千冬さんも苦笑しながらではあるが一応認めてくれたし、本音ちゃんやセシリア達にも謝らせた。

本音ちゃん達も笑顔でラウラの事を許してくれたので、まぁ一応の決着は着いた訳である。

 

 

そこで視線をラウラから前に向け直して――。

 

 

「……おはよ……ゲン」

 

「……お、おう……どうしたんだ一夏?この世の終わりを目にした様な顔しやがって」

 

何やらゲッソリとしている一夏と目が合った。

いや、何か本当に憔悴しきったみてーな面してやがるんですけど。

はて?と首を傾げる俺だが、何やら嬉しそうな顔をしたラウラが答えた。

 

「うむ。今朝、私は嫁と一緒に寝ようと思って嫁の部屋に潜入したのだが……」

 

「待て。のっけから待て」

 

「む?何だ兄貴よ?」

 

俺の静止に不思議そうな顔をするラウラ。

何でお前そんな自然体なの?寧ろその顔はこっちがしたいわ。

 

「いや何だじゃねえ。そもそも潜入って、どうやって部屋に入ったんだっつうの。鍵開いてたのか?」

 

「これで開けたが?」

 

そう言って取りい出したるは1本の少し歪になった針金。

完全にピッキングじゃねぇか。

少なくともうら若き乙女がポケットから取り出すモンじゃねぇし。

何とも頭の痛い答えにハァと溜息を吐くが、ラウラはそれに気付く様子も無い。

 

「で、嫁の部屋に潜入を果たした私は嫁のベットに入って一眠りし、共に朝を迎えた訳だ」

 

「……どこからつっこんで良いか分かんねえけど、つまり一夏は知らない内にベットに入ってたラウラを見てこんなんになってんのか?」

 

だとしたら少し大袈裟過ぎる気もするんだけどなぁ……。

まぁ俺も本音ちゃんがベットに入ってきてたのにはガチで驚いてたけど。

 

「うむ。何やら私が居るのを認識した瞬間直ぐに目を隠して『服を着ろ』等と言ってきてな……夫婦は隠さぬものだというのに、無粋なものだ」

 

――――ん?

 

――――――んん?

 

「ラウラ。ちょ~っとお兄ちゃんに何をしてたか、お話してご覧?場合によっちゃあマグロを一個並べる事になるからよ♪(バキバキ!!)」

 

「む?何と言われても……さ、さすがに夫婦の秘め事を話すのは、幾ら兄貴でも……」

 

恥ずかしそうに背ける目線。

上気した赤い頬。

 

良し、ギルティ。

 

「 KILL OR KILL ?」

 

「待って!?落ち着いて下さい鬼ぃちゃん!!目がKILLになってますよ!?」

 

「誰がお義兄ちゃんだコラァアアア!!(ドゴォ!!)」

 

「ごべぱ!?」

 

のっけから素敵過ぎるたわ言をのたまった一夏に、熱い拳を叩き込む。

その一発で一夏は変な悲鳴を挙げながら廊下に沈む。

っち、一発で終いたぁ根性が足りてねぇ。

ともあれ、我が義妹を狙う不逞の輩に対する制裁はこれにて終了。

 

次はぁ――。

 

「む?何故嫁を殴ったのだ、兄貴?」

 

自分が何をしたか分かってない世間知らずの義妹様の番だ。

俺は倒れた一夏に目もくれず、真剣な表情でラウラを見つめながら彼女の肩に手を置く。

 

「いいかラウラ?女ってのはなぁ、嫁入りする前に男に軽々しく肌を見せちゃいけねえんだよ」

 

「??一夏は私の嫁だぞ?」

 

「そりゃオメェがそう言ってるだけで、まだ籍にも入ってねぇし、千冬さんの許可も貰ってねぇだろ?」

 

まるで分からない、と言った具合に首を傾げているラウラにそう突き付けると、ラウラは驚いた表情を浮かべる。

あぁもう、やっぱりコイツってば、嫁宣言してハイ終わりって思ってやがったな。

 

「教官の許可……確かに、それはまだ得ていない」

 

「だろ?それに日本は法律上、男は18、女は16にならねーと、結婚できねえんだよ。つまりお前と一夏じゃまだ無理って訳だ。な?」

 

「むぅ……法律の壁か……教官の壁よりは断然低いが、厄介な……」

 

「その台詞は人に聞こえない様にしようぜ」

 

下手こいてあの人に耳に入ったらと思うと……か、考えるだけで怖え。

法律よりもデカイ壁だと思われてますよ千冬さん。

まぁある意味世界最強の壁ではあるけれども。

難しい表情で首を捻るラウラに苦笑いしながら、彼女の頭にポンと手を置く。

 

「まぁ以上の理由で、だ。一夏相手と言えども簡単に裸になるんじゃねぇ。俺との約束だ」

 

「了解した。兄貴の言葉なら従おう」

 

「よろしい。それと、一夏は奥ゆかしい女が好みだ。そーゆう理由でも、安易に裸にはならねえ方が良いぜ?」

 

「おぉ、それは戦局を左右する程に貴重な情報だ!!感謝するぞ、兄貴!!」

 

「気にすんな。一応とはいえ、妹分の応援もしなくちゃいけねえからよ……それとな」

 

一夏の新たな情報を聞けて嬉しそうな笑顔を浮かべるラウラの頭をグリグリと撫でる。

するとラウラは猫の様に目を細めながらも、嬉しそうに微笑んでいた。

俺はそんな妹分の反応に笑みを浮かべ、言葉を続ける。

 

「兄貴、じゃ言い辛えだろ?簡単に”兄”でも良いからな」

 

「んぅ……兄、か……確かに、その呼び方も良いが……でも、兄貴と呼びたいのも事実。だから、言い易い様に使い分けても良いだろうか?」

 

撫でられながら首を傾げるラウラに「好きにしな」と言う。

別に強制するつもりもねえしな。

え?シス魂?オタ魂みてーな呼び方した奴は屋上な?

 

「うし。んじゃあ飯に行くか」

 

「そうだな。まだ時間に余裕はあるが、早い行動が望ましい。そろそろ学食が混む時間だ」

 

とりあえず朝食にするかと促せば、ラウラは笑顔のままに少しはしゃぐ。

何せ今日まで学園に居ながら軍用のレーションしか食ってなかったらしいからな。

それは駄目だと俺と一夏は思って、昨夜は俺達の本気出した和食を食わせたって訳よ。

そうしたら物凄い笑顔で食べて、「こんなに美味しい食事は初めてだ」と俺と一夏を泣かせる台詞を言いなすった。

ちょっと本気でドイツに攻め入って暴れまくろうと考えちまったよ。

そんな事があった昨夜の事を思い返しつつ、床にノビてる一夏を起こそうとする。

 

「む。待ってくれ兄貴。嫁を起こすのは私がやりたい」

 

「お?そうか、んじゃあ頼むわ。俺は先に行って席を確保しとくからよ」

 

「あぁ。それでは、また後で」

 

一夏を起こす役割をラウラに任せて、俺は食堂に一人で向かう。

食堂の席が混む前に、場所を取っておかねえとな。

 

「しかしまぁ、なんだ……あぁも変わるもんとはな……授業中でもあんなに冷てぇ目してやがったのに」

 

さっきまでの柔らかい笑顔を浮かべるラウラの顔を思い出しながら、一人ごちる。

転校してきてからこっち、ラウラは授業中だろうが休み時間だろうが、途轍も無く冷たい目で俺達を見ていた。

誰とも関わらず一人で、この学園の生徒全てを見下す感じだったな。

だがそれがどうよ?一度恋しちまえば、怒りや侮蔑なんて負の感情より、笑い、嬉しそうな顔を浮かべる。

一夏にキスした時は照れて顔を赤くして……何とも人間味に溢れた表情を浮かべる様になりやがった。

本音ちゃんやセシリアにした事も、素直に謝罪してたし……人間、変われば変わるモンだ。

 

「元次君、おはよう」

 

「おうさゆか。おはようさん」

 

と、食堂に向かう生徒達が増えてきた中、さゆかが挨拶してきてくれた。

それに俺も挨拶を返し、一緒に並んで食堂へと向かう。

挨拶を終えて直ぐ、話題に挙がったのは学年別トーナメントの事だった。

 

「今日でトーナメントも終わりだね」

 

「あぁ。まぁ俺はもう試合終わっちまってるから暇なんだが、さゆかはまだだったか?」

 

「うん。私は清香と一緒に今日の午後の第一試合だよ……ちょっと緊張気味……かな」

 

何とも奥ゆかしさを感じさせる微笑みを浮かべながら、さゆかは試合時間を答える。

あぁ、大和撫子ってのはさゆかの事を言うんだろうなぁ、とか考えてみたり。

っていうかさゆかの髪から少しだけ香る優しい香りが、俺の心を強制的に解き解してしまう。

まるで獣を捕まえる為の罠だ……誘われちまいそうだぜ。

ちょっとでも気を緩めると、あの夜の事まで思い出しちまいそうだ。

表情筋に力を入れてなるべく思い出さない様に、さゆかとの会話に集中する。

 

「そうか……応援すっから、頑張れよ」

 

「あ、ありがとう……頑張ってきます♪」

 

と、気を引き締めるのを意識してた所為か少々素っ気無さ過ぎる言葉で返してしまう。

だがそれを聞いたさゆかは嫌な顔一つせずに微笑みながら答えてくれる。

どんだけ出来た娘なんですか。

 

「お~。ゲンチ~とさゆりんはっけ~ん♪とりゃ~♪」

 

「ん?うぉ!?」

 

「本音ちゃん!?」

 

「にへへ~♪ぐっも~に~んなのだ~」

 

すわ襲撃か、と思ったが身体に伝わるのは優しい柔らかさ。

そしてふわりとしたちょっとだけ甘い香り。

さっきまでとは全く違う、けれども獣を誘う誘惑の罠。

移動式獣捕獲娘、本音ちゃんが、俺の背中に顔を埋める様にして抱き付いてます。

っていうか朝から刺激が強い!!し、心頭滅却、っていうか、本音ちゃんを離さねば!?

 

「ほ、本音ちゃん、ちょ――」

 

「あれ~?ゲンチ~、顔真っ赤だよ~?……ひょっとしてぇ~恥ずかしいの~?ぬふふ~♪」

 

んなぬぃ!?本音ちゃんの言葉に思わず頬を触ってしまう。

しかし、手の平に自覚する程の熱は伝わってこない。

……あれ?……まさか?

ハッとなった時には既に、本音ちゃんは俺から離れて俺の目の前に躍り出ていた。

しかもすっごくニコニコしながら――は、嵌められたぁ!?

 

「わ~い♪私の勝ち~♪」

 

「な、何の勝負か知らねぇが……不意打ちたぁ、やってくれるじゃねぇの。本音ちゃ~ん……ッ!!」

 

「きゃ~♪」

 

朝っぱらから心臓に悪過ぎる悪戯をしでかしてくれた電気ネズミちゃんをどうしてやろうかと思う。

しかし本音ちゃんはそんな俺の反応に楽しそうに悲鳴をあげて身を竦めるポーズを取る。

はぁ……やれやれ。でもまぁこれぐらいなら可愛い悪戯――。

 

「助けて~♪食べられる~♪」

 

じゃ済まなかった!?

 

本音ちゃんの爆弾級の一言で、さっきまでのやりとりを何処か暖かく見ていた周りの生徒の時が止まる。

そして俺の心臓も止まりかけました。

こ、こんな往来で何て人聞きの悪い事をのたまってくれやがりますか!?

そんな事をこの耳年増の多い学園で言ったら――。

 

『こ、こんな往来でそんな……な、なんて大胆な!!』

 

『やっぱり鍋島君って、見た目通りの肉食系なのね!!外でも中でもお構い無しなんて!!』

 

『寧ろ私が食べられたい!!』

 

『おっと。お前らだけに良い格好はさせられないぜ……ここはあたしが先に行く!!』

 

『只の抜け駆けでしょうが!!』

 

『あら?私なら逆に食べちゃいたいわ……布仏さんを♪』

 

『ガチだぁぁーーーーーーーーーッ!!?』

 

『ここにガチ勢が居るぞぉーーーーッ!?』

 

『っていうか布仏さんって、何気に体エロいよね……』

 

『ほんわか娘つおい(確信)』

 

『最近の流行にスリー()ピーと言うのがあってだな……』

 

『おこぼれ狙い乙ww』

 

『そんな事より元次×シャルルは?アップはよ』

 

『は?一夏×元次こそ至高だろJK』

 

『元次×一夏&シャルルの野獣蹂躙マダー?あくしろよ』

 

『野獣先輩で我慢しとけ』

 

『淫夢ファミリーがアップを始めました』

 

『腐民がログインしますたww』

 

『おまいらどこに潜んでたww』

 

マジで何処に潜んでたあの腐海の住人達は。

しかも早速ターゲットINしようとしたら何時の間にか消えてやがる。

何時か駆逐してやる……ッ!!絶対に……ッ!!

それと本音ちゃんをターゲットにしてた女子、本音ちゃんはやらん。

キャイキャイと騒ぐ女子連中に溜息を吐きながら、この騒動を引き起こした本音ちゃんに目をやる。

 

「ったく。あんまり人聞きの悪い事言わねえでくれよ」

 

「えへへ~。身の危険を~、察知したんだよ~」

 

ちっ、どうやらくすぐりの刑に処そうとしたのがバレてたっぽい。

まぁ良いだろう。他の機会にお仕置きしちゃる。

 

「さぁさぁ~。朝ご飯に行こうよ~」

 

「そ、そうだね」

 

「やれやれ。朝から疲れるわ……」

 

自由奔放な本音ちゃんの動きに苦笑いしてる俺とさゆか。

本音ちゃんはそんな俺達を見て少し頬を膨らませながらも、俺の隣に並んで食堂まで一緒に向かう。

……いや、アレなんですよ?まだ一昨日のエロエロご奉仕罰ゲームの記憶は残ってますよ?えぇ、もう鮮明に。

でもそれをなるべく態度に出さずに接しないと、二人が気にしてなさそうなのに俺一人が騒ぐって馬鹿だろ?

なのでなるべく、俺は普通の態度を装う事に一生懸命なのです。表情筋8割稼動中。

 

(……あうぅ……駄目……まだ一昨日の事……思い出しちゃうよぉ……でも、元次君は気にしてなさそうだし……ふ、不自然にならない様にしないと)

 

(む~。ご奉仕罰ゲ~ムをしたら、ゲンチ~だってメロメロだって言ってたのに~……お嬢様~……私の方が、もっとめろめろだよ~)

 

ん?何やらさゆかと本音ちゃんがいきなりそっぽ向いてるんだが何ゆえ?

しかも俺を挟んで二人とも反対に顔向けてるし。

 

「……二人ともどうした?」

 

「な、何でも無いよ?」

 

「う、うんうん~。何でもな~い」

 

「そ、そうか?」

 

とりあえず質問してみるが、二人には何でも無いと返される。

あんまり何でもなさそうには見えないんだがなぁ……まぁ、本人達が良いならそれで良いだろ。

二人に追求する事はせず、俺達は食堂へと入って朝食を買い、席を探して彷徨う。

朝方だから結構混んでるな……何処かに空いてる席は――。

 

「あっ、三人とも。ここが空いてるよ」

 

「あ~、デュッチ~。おはよ~♪」

 

「おはよう、デュノアさん」

 

と、ある席の場所から声がかかり、そこから太陽の様なハニーブロンドの髪を編んだ女性が声をかけてきた。

本音ちゃんとさゆかはその声に普通に挨拶を返すが、俺は苦笑いしながらの対応になってしまう。

 

「おっすシャルル、じゃねぇや。あ~、デュノアの方が良いか?」

 

「もぉ、シャルロットで良いってば。名字は……アレだし」

 

一昨日まで男子の制服を着こなしていたフランスの貴公子――からお嬢さんに変身を遂げたシャルロットが、苦笑しながら訂正を求めてくる。

あ~、そういやシャルロットは名字はあんまり好きじゃねえんだったな。

こりゃ失念してたぜ。

俺も思わず苦笑いしながら「悪い」と謝罪しつつ、促された席に座る。

本音ちゃんとさゆかも席に着いた所で、残りは2席。

この分なら、一夏とラウラの席も大丈夫だろう。

 

一昨日、自己紹介で衝撃の事実を顕にしたシャルル改めシャルロット。

 

だが、そのインパクトは完全にラウラの奇抜な行動で食われてしまった。

 

しかしまぁ、その日の放課後に俺と一夏は詳しい話を聞く事は出来た。

シャルロットは千冬さんと真耶ちゃんに自分の正体と、何故男装していたかの理由を告白したそうだ。

まぁ元々分かっていた千冬さんはそこまで取り乱す事は無かったらしいが、真耶ちゃんは飛び上がらんばかりに驚いていたらしい。

んで、シャルロットの境遇を聞かされた千冬さんはとりあえず男装の理由は明かさずに女子に戻る様に指示したとか。

さすがに愛人云々の家庭環境を告白させるのは、良心が咎めたんだろうな。

シャルロットの行った行為については、世間には全く知られていない。

何せデュノア社が独断でIS学園に対してのみ行った行為であり、フランス政府も与り知らない事だ。

いや、もしかしたら書類をよこしたフランス政府の誰かは噛んでるかもしれないが、問い合わせた所で惚けられるのは確実だろうとの事だ。

つまりこの件に関してはこのまま当事者達が真相を漏らさなければ問題無し。

なので今回の事は千冬さん達の胸に閉まっておくとの事。

生徒に馴染めるかは不安だったらしいが、このIS学園は国際色豊かな学園だ。

何かしら事情があるのだろうと、誰も追及はしてこないらしく、シャルロットも今の所は一安心してる。

それに今の段階ではまだフランス政府からシャルロットの身柄引渡し要求はきていないとか。

もし来たとしても特記事項二十一を盾に拒否は可能だ。

 

……俺にはまだ引っ掛かってる謎があるんだが、それはまた後日にでもシャルロットに確認しよう。

 

「?元次、どうかしたの?」

 

「……いや、何でもねぇさ」

 

「えー?怪しいなぁ」

 

「ははっ。男には色々あんだよ。気にすんじゃねえって」

 

俺はシャルロットの事を考えていた頭を切り換えて、朝食を楽しみながら皆と談笑を続ける。

そのまま他愛の無い話をしつつ朝食にありついていたら、二人も姿を現した。

 

「すまない兄よ。待たせたな」

 

「おう。まだ時間に余裕はあるし、大丈夫だぜ」

 

「ったく、人をド突いといて先に行くなよな」

 

「バッキャロウ。あれぐらいの一撃で倒れてんじゃねぇぞ」

 

「理不尽過ぎるわ」

 

ラウラはパンのセットメニューを、一夏は和食セットをそれぞれ持って、空いた席に座る。

 

「ラウランとおりむ~だ~。おっはよ~」

 

「織斑君、ボーデヴィッヒさん。おはよう」

 

「あっ、一夏。ラウラもおはよう」

 

「うむ。夜竹に布仏、シャルロットも居たか。おはよう」

 

「おはようさん、皆」

 

他の皆とも挨拶を住ませ、二人も朝食を食べ始めた。

ちなみに俺のメニューはチキン、レタス、トマトを挟んだマフィン。

それとコーヒーにハッシュポテトが2枚といった感じだ。

この中の誰よりもジューシーでボリュームのあるメニューになってる。

そして、食事も終盤に差し掛かってきた所で、一夏がトーナメントの話を切り出した。

 

「今日でトーナメントも終わりかぁ……まっ、もう終わってる俺達からしたら気が楽なんだけど」

 

「まぁ、そうだね。あんな事があったけど、皆無事だし」

 

「つっても、兄弟は明日から千冬さんの懲罰メニューを1週間だろ?精々今日を噛み締めておいた方が良いんじゃねえか?」

 

ちょっと冗談交じりに言ってみたら、一夏は朝食に顔面から突っ込まんばかりに頭を下げてしまう。

しかも憂鬱と絶望のオーラが見える程に暗い。

……おい、まさかとは思うがオメェ――。

 

「……忘れてた……ッ!!」

 

「兄弟ぇ……」

 

こいつガチで忘れてやがった。

これでもし言わないままに千冬さんに「え?何の事だ千冬姉?」とか言ってみ?

その場で見開き10ページに渡る無駄無駄ラッシュは確定だったぞオイ。

他の皆もその発想に至ったのか、「あー……」みたいな顔をして一夏に同情的な視線を向ける。

まぁ、この場で思い出せたのは、まだ不幸中の幸いだったんじゃねーか。

 

「え、えっと……だ、大丈夫だよ一夏!!……たぶん」

 

「せめて根拠のある慰めが欲しかった……ッ!!」

 

「ふむ。私の所為なので言い難いのだが、嫁は腕を怪我している。ならば教官とて、無理な懲罰は行わないと思うのだが……」

 

「あ~、そ~だね~。無理して変な癖がついちゃうかもだし~」

 

「いやいやいや。寧ろ俺は二度と怪我しない様にスパルタで実力が付く様なメニューにすると思うぜ」

 

「そ、そんな事は無いと思うけどなぁ……ちょっと……うん……つ、疲れて動けなくなっちゃう……くらい?」

 

「夜竹さんの発想が一番怖え……ッ!!」

 

苦笑交じりのさゆかの台詞に一夏はブルブルと震える。

だが、その気持ちは分かるぜ。

あの千冬さんが動けなくなるくらい扱くって……考えただけでゾッとするな。

 

「夜竹の発想は凄まじく的確だな。教官がドイツで教鞭をとっていた時もそうだった……体に目立った傷は無いのに、体力が劇的に消耗されるんだ……しかも「傷が無いからまだやれるな?」と、追加メニューが続々と出され、それをクリアすればまた繰り返し(バタン!!)……む?」

 

「もうやめたげてぇ!!一夏のライフはゼロだよ!?」

 

ラウラのドイツ時代の思い出話がトドメとなったのか、一夏は御膳の側で頭をテーブルに乗せて項垂れてしまう。

その垂れ一夏状態の一夏をシャルロットが介抱しているが、ピクリともしない。

おお一夏よ、しんでしまうとはなさけない。

しかし昔を思い出してるラウラが尊敬の入り混じった目で思い出してるってのに、聞く側が死に体とはこれいかに?

っつーかその思い出話で喜ぶラウラにも脱帽モノだっての。

 

「まぁアレだ。幸いにも俺達はトーナメント終わって暇な訳だし、今日は1日ゆっくりして英気を養っとけや」

 

「絶望した!!兄弟が地獄に落ちる俺を軽く見捨てた事に絶望した!!」

 

「何言ってんだ。男のケジメにまで口を出す程、野暮な男じゃねえよ、俺は」

 

「さすが兄貴。自分でやった責任は一人で取らねばならない事を良く分かっている」

 

「兄貴っつーか兄鬼だろ……」

 

ったく、何時迄もボヤいたんじゃねえっての。

そんなこんなで楽しい朝食(一夏除く)を終えて、自分達のクラスへ向かう事に。

嘆く一夏をシャルロットが励まし、ラウラが慰めてんだか応援してんのか微妙な言葉で追撃する。

そのちぐはぐな光景を見て楽しみながら、俺達は自分のクラスへと入った。

 

「うぃーっす」

 

「あっ、おはよー鍋島君」

 

「おはようデス」

 

「おっす」

 

「おはようございます、元次さん。お身体の方は大丈夫ですか?」

 

「おーセシリア、おはようさん。まぁ、順調に回復してるぜ」

 

「それは良かったですわ。余り無理をなさらないで下さいね」

 

「サンキュー。箒もおはよう」

 

「うむ、おはよう」

 

相変わらずの淑女な佇まいで心配してくれたセシリアに礼を言いながら、セシリアと話していた箒とも挨拶する。

挨拶もそこそこに、箒は俺を見ながら苦笑いを浮かべた。

 

「まぁ、ゲンの益荒男ぶりには保険医の柴田先生も驚く程だが、余り身体に頼り切るなよ?過信して痛い目を見る羽目にもなりかねんからな」

 

「箒ぃ。朝っぱらから説教は止めてくれよ」

 

「説教なんて上から目線なつもりは無いさ。お前の事を心配している幼馴染みからの、ささやかなアドバイスだと思ってくれ」

 

「……へいへい。ったく、そう言われちゃ返す言葉もねえよ」

 

強かな箒の言葉に手を振って返し、二人が一夏達に挨拶する横を抜けて、自分の席に向かう。

あの事件からまだ2日しか経ってないが、皆普通に挨拶を返してくれる。

まだ教室内でも噂話をしているが、取り立てて慌ててはいない所が凄えよ。

それと一昨日鈴がブッ壊した教室の壁なんだが、まだ修理中で壁に幕が掛かってる状態だ。

そういえばここの所鈴を見てねぇが、どうしたんだろうか?

……死んじゃいねえと……思いたいです。

や、止めておこう、これ以上考えるのは不毛だ。

頭に浮かんだ考えを捨てながらクラスの自分の席に座り、教科書を机に収める。

ったく、まさかこの俺が真面目に教科書を持って帰って勉強する様な男になるとは。

まぁ勉強しなかったら千冬さんの宝具『是、射殺す百頭(シュッセキボ)』による全ての攻撃が重なるほど高速な9連撃が飛んできちゃうけど。

そう考えたら体が自然とちっぽけなプライドを溝に捨てて勉強に走ってたぜ。

以前一度「勉強?面倒っすよ」なんて千冬さんに面と向かって言い放った俺のお馬鹿。

あの時、千冬さんが醸しだした絶望めいたアトモスフィアには死を覚悟しました。

今考えたら良く生きてたな俺。

 

「ね~ね~ゲンチ~?」

 

「んぉ?ど、どうした本音ちゃん?っていうか相川と谷本。それにさゆかもか?」

 

若き俺の過ち(今も若いけど)を思い出してた時にいきなり本音ちゃんに話しかけられて、ちょっと声が裏返ってしまった。

しかし誰もそれに突っ込む事は無く、目の前の本音ちゃんはニコニコしている。

あぁ、なんて圧倒的癒やしスマイル。

でも何故かさゆかだけは何が何やらって感じに首を傾げてるではないか。

そのさゆかの様子に俺も首を傾げるが、とりあえず本音ちゃんの話を聞いてみる。

 

「あのね~。放課後に遊びに行っても良~い?」

 

「え?今日か?」

 

「うん~♪」

 

「いやー、実は清香がパーティー系のゲームに嵌っちゃってさ。鍋島君も一緒にどうかなーって思って♪」

 

「そーそー。結構面白いよ。ツイスターとかジェンガとかの古いヤツなんだけど、意外と嵌まるの」

 

改まって何事かと思ったが、どうやら遊びのお誘いだったらしい。

まぁ結構な頻度で遊びに来てる面子だから、何時もならOKなんだが……。

 

「あー悪い。今日はちょっと無理なんだ」

 

「え~!?なんでなの~!?」

 

ちょっと今日は日が悪いと伝えると、本音ちゃんが驚いた表情で詰め寄ってきた。

相川達もちょっと意外そうな表情だ。

だがそれも仕方ないだろう。

今までは普通にOK出してきてたのに、いきなり無理って断られるんだもんな。

それを分かっているから、俺は苦笑しながら手を合わせて言葉を続けた。

 

「ちょっと俺の方で用事があってな。今日だけは他の人を入れる訳にはいかねえんだ。だから勘弁してくれ。な?」

 

「むぅ~!!」

 

「そ、そんなにほっぺ膨らまされても……今日だけは頼むわ」

 

「む~!!ぶ~ぶ~!!」

 

「いや、ブーイングされましても、ね?」

 

未だ納得のいかない様子の本音ちゃんの猛抗議(?)に、さすがの俺もタジタジになってしまう。

つってもほっぺ膨らまして唸って睨んでるだけなんですけどね?

でも、これが俺の心にはこれ以上無く響くんだよ。

本音ちゃんって、思いっ切り甘やかしてやりたいな~って気持ちが湧いてきちまうんだよなぁ。

でも、今日の夜は絶対に他の人は入れる訳にはいかねえし……むむむ。

 

「本音ちゃん。元次君も困ってるし、今日は諦めよ?ね?」

 

と、困り果てた俺の様子を見かねてか、さゆかがやんわりと諦める様に本音ちゃんを促してくれた。

ニッコリと笑いながら諭すさゆかから、何とも優しいオーラが感じられるではないか。

まるで、我儘な子供を優しくあやす母親の様な……しかも新妻。これはクる。

本音ちゃんが癒やしなら、さゆかは聖母の如し、だ。

この微笑みには逆らう気が無いのか、本音ちゃんは「むぅ……」と不満気な声を小さく漏らすだけだ。

 

良いぞ、このまま本音ちゃんが諦めてくれれば――。

 

「ん~……ね~ね~さゆり~ん。ちょっとお耳をはいしゃく~♪」

 

「え?え?ど、どうしたの?」

 

「ま~ま~♪良いから良いから~♪」

 

ん?

 

何やら本音ちゃんが急に楽しそうな笑顔でさゆかの耳元に口を寄せ始めた。

いきなりの行動にさゆかも目を白黒させるが、本音ちゃんは構わずにナイショ話を始めた。

 

「あのね~……ごしょごしょ……」

 

「………………へ!?」

 

と、いきなりさゆかが素っ頓狂な悲鳴を口から漏らして頬を赤く染めたではないか。

……何か、嫌な予感が……。

 

「さらにさらに~♪……ごしょしょ……」

 

「え、あっぅ……ッ!?」

 

「他にも~♪……ご~しょごしょ……ね~?」

 

「は、はわわわ……ッ!?」

 

「さゆかがヤベェ勢いで目ぇ回してんだけど!?何言った本音ちゃん!?」

 

遂には目をナルトの如くグ~ルグルと回して、さゆかは撃沈してしまった。

しかもフラつくさゆかを相川谷本ペアが回収して支えるという。

何て無駄に錬度高ぇ連携プレーだよ。

明らかに必要なさそうな連携度合いに慄く俺だが、それよりもデカイ問題が目の前にあります。

え?それはなにかって?そりゃもう決まってますがな。

 

「んふふぅ♪……ねぇ~、ゲンチ~?」

 

「ちょちょちょ、ちょっと待とうか本音ちゃん?オッケェイ?」

 

「むふ~♪ノ~♪」

 

「ですよねー」

 

今、目の前で、とっても蠱惑的な貌をしてる本音ちゃんですよキャー。

机に腰掛けるその姿は何処と無くしなを作ったセクシーさを醸し出している。

それでいて本音ちゃんの顔は普段の小動物の様な愛らしさを失っておらず、そのアンバランスさがヤベェくらいにパネェ(錯乱中)

俺の制止を切って捨てた本音ちゃんは、俺にその妖しい笑みを向けたままに耳へと唇を寄せ――。

 

「今日の罰ゲ~ムは~……勝ったら、な~んでも命令出来ちゃうんだよ~」

 

何でも?今何でもと申したか?

 

――ごくんっ。

 

……は!?

 

あ、危ねぇ危ねぇ!!無意識に唾飲み込んでた……ッ!?本音ちゃん……恐ろしい子ッ!!

し、しかし待つんだ俺!!まずは心頭滅却、明鏡止水!!これは小動物の罠に違いない。

このまま放課後のOKを取ろうって算段だろうが、そう簡単に予定を空けたりするこの俺様じゃ無……。

 

「ナデナデとか~……耳掻きしてあげたり~……ち、ちょっとだけなら……え、えっちぃの……とか~。きゃっ~♡」

 

「そ!?そそそ、そういうのはいかんと思うでごわすよ!?」

 

「あれれ~?ゲンチ~言葉が変だよ~♪顔も真っ赤っ赤~♪」

 

くそくっそ!!分かってて言ってんだろこの可愛い子ちゃんめ!!

っていうか本音ちゃんも真っ赤ですからね!?

本音ちゃんってホント小悪魔。もしかして俺の事好きなんじゃねーのか?(真実)

なんて、そんな自惚れた事考えちゃうでしょーが!!

純情な男心を弄び、ピュアボーイな俺を手玉に取るその所業マジ小悪魔。

だ、だが、こんな露骨な罠に嵌る程の馬鹿じゃ無いぜ!!

 

「ね~え~……駄目ぇ?……うるうる~」

 

ば、馬鹿じゃな……。

 

「……ま、まぁ……3,4人くらい混じっても……大丈夫、か?」

 

はい、馬鹿でした。

瞳をウルウルさせた上目遣いにあっさり陥落。しかしそれも仕方ないだろ?

男の子なんです。欲望には素直なんです。思わず立ち上がっちゃうのもその所為なのさ。

後えっちぃのってどの程度までならオッケーなのかちょっとその辺り詳しく俺に教えてくれませ――。

 

 

 

―――――我が骨子(嫉妬)はねじれ狂う。

 

 

 

ん?何か中二心溢れる台詞が聞こえ――。

 

 

 

―――――偽・螺旋野菜(キャロットボルグⅡ)

 

ドゴォオオオオオオオオオオオッ!!!

 

「ごひゅえぎゃ!?」

 

「「なんか飛んできて鍋島君に突っ込んだぁ!?」」

 

「ふにゃ~~~!?ゲ、ゲンチ~~!?」

 

「きゃぁああ!?げ、元次君!?」

 

「な、何事ですの!?」

 

「ちょ!?何が起こったんだ兄弟ぃいいい!?」

 

「「「「「狙撃!?伏せろぉ!!」」」」」

 

いきなりだった。

何の前触れも無く、俺の延髄に何やら鋭くも先端が丸っこいナニカが回転しながら突き刺さったのである。

そのいきなり過ぎる事態に驚く本音ちゃんや一夏達。

そしてノリが良すぎる我がクラスメイト諸君。

しかも結構な威力と速度の刺突だったから、口から空気と共に変な悲鳴が漏れちまったよ。

ギュルルル!!と煙が出そうな勢いで俺の延髄を回転しながら抉り続けるナニカ。

だが、直ぐにその回転も収まって机の上にコロンと落ちてくる。

俺は痛みで延髄を抑えながらも、その正体を確認する事は何とか出来た。

 

「oh……Carrot?」

 

セシリアの呆然とした、しかし流暢な英語で呟かれた名前。

えぇ、紛う事無き人参でした。

しかし独自のカスタムが施されているらしく、先の細い先端からふつくしい螺旋が描かれています。

通常の人参より3倍は長いフォルムだが、それでも頭から生えた瑞々しい草が人参だと訴えかけてきやがる。

 

「い、痛てて……あ~……本音ちゃん。やっぱ今日は無理だわ。諦めてくれ」

 

「え?え?アッハイ……あれ?……あ~!?ま、またやられた~!?」

 

首の後ろにズキズキと響く鈍痛に耐えながら咄嗟に本音ちゃんに無理だと伝えると、その場の雰囲気に飲まれてつい答えてしまう。

よ、よし。これで何とかなりそうだぜ……。

目の前で長い袖を振り回しながら「やり直し!!やり直し~!!」と騒ぐ本音ちゃん。

この正直加減が、本音ちゃんのええ子度合いを示してると言っても過言じゃねえ。

正直過ぎる本音ちゃんマジ女神。

え?何で人参が飛んできたら無理だと悟れたんだって?

そりゃ当たり前だろう……俺の知り合いにこんなウェポンめいた人参を作れる人なんてあの人しかおらんわ。

寧ろ人参って言えば”兎”の代名詞だろうに。

しかも何時の間にか消えてるし。

現に俺以外にもこれが誰の仕業か思い至った二人が溜息吐いてたり苦笑いしてるし。

 

「はは……あの人らしいな」

 

「はぁ……済まないなゲン。あの人はやはり、他の誰かが居るのは嫌みたいだ」

 

「あ~いや。今のは完璧に俺が悪かったからな……」

 

やはりあの人のディスコミュニケーションっぷりは半端じゃねえ。

本音ちゃんとかならあの人にも順応できるんじゃないかっていう下心があった訳だが……ホントダヨ?

決してえっちぃ命令に釣られた訳じゃないクマー。

っつうか首筋の痛みも中々半端じゃねえんだけど……ッ!!

 

「はーい皆さん♪朝のSHRを始めま、ってどうしたんですか元次さん!?」

 

と、伏せていたクラスメイトが立ち上がった所に我等が癒しの副担任真耶ちゃん登場。

今日も元気に二つのダイナマイトをブルンブルンさせながら教室に入ってきなすったんだが、そこで首を抑えて机に寄り掛かる俺を見て慌てふためいてしまう。

 

「く、首を抑えてますけど、もしかして一昨日の後遺症が!?し、しっかりしてくださ――」

 

「い、いやいや、違うんだ真耶ちゃ――」

 

ある意味自業自得のダメージに打ちひしがれていた俺の元に真耶ちゃんが駆け寄ろうとしているのが視界に入った足で分かり、俺は誤解を解こうと顔を上げ――。

 

ぼよん。

 

「――ひゃ!?」

 

「んも」

 

俺の様子を確かめようと屈んだ真耶ちゃんのG(ガーディアン)級エアバックに顔面から突っ込むという、ファインプレーを披露しちゃいました♪

なんてこった。最近のエアバックには甘い香水の匂いが出る機能があるのか。時代は進んでやがるぜ。

でも実家の工場では見なかったな、やっぱ田舎は都会よりも遅れてる、いや都会は進んでるって事だな。

 

 

 

…………んなわきゃねえだろばっきゃろう。

 

 

 

俺の顔の半分以上を覆うずっしりたっぷりとした重みが、その凄さを十二分に伝えてくる。

そして鼻腔を擽る甘く爽やかな香水の香り。

あーこれ確かインクレディブル シングス オードパルファムとかいう新作のじゃなかったっけ?

女子連中がキャーキャー言いながら欲しがってたのを覚えてる。

 

「……あっ……あぅ……ッ!?」

 

……ってそんな事考えてる場合じゃねぇ!?

いきなり顔面を谷間に思いっ切り挟まれたモンだから混乱してただろうけど、もうそれも治まってる。

しかるに、状況を理解した真耶ちゃんの顔色がグングンと赤に染まってるではないか。

それを理解した俺は急いで真耶ちゃんの谷間から己の顔を引っこ抜き、涙目で羞恥に悶える真耶ちゃんに頭を下げる。

 

「す、すいません真耶ちゃ――」

 

 

 

――――秘剣。

 

 

 

と、俺が頭を下げ始めた時に聞こえてきた、物騒なお言葉。

え?っと思った時には全てが遅かった。

 

ズバババッ!!

 

「――ぐ、ぁ?」

 

声の聞こえた方向に目を向けた俺の視界に写った、全く同時に放たれた3つの剣筋(・・・・・・・・・・・・・・)

その全ての斬撃を受け、俺の四肢から力が抜けていく。

一体何が起こったのか?俺には全く理解の出来ない突然の衝撃だった。

今まで受けた事すら無い未知の攻撃。

しかし薄れゆく視界の中、その攻撃を繰り出したであろう人物の美しく流れる黒髪を見て、俺は笑みを零した。

 

あぁ――やっぱり強すぎません?

 

最早人類でも最高峰の強さに数えられる美しき戦乙女の姿を目に焼き付けながら、俺は床に倒れ伏す。

最後に聞こえたのは、ドタンッ!!と、俺の巨体が床に倒れた派手な音と――。

 

 

 

「――燕返し(シュッセキボ)

 

 

 

この技名を呟く千冬さんの凛としたお声だった。

 

 

 

「何を寝ている!!さっさと立て馬鹿者!!朝っぱらから発情しおって……ッ!!ぬん!!」

 

「(ドゴォ!!)あびば!?」

 

「さぁ立て!!教師に淫行を働いた助平に教育的指導の時間だ。ハリー、ハリー!!Harryyyyy!!」

 

「(ゴスッ)いっで!?ちょ!?ち、千冬さ(バキッ)あぼ!?そんな踏ま(ドスッ)ヴぇ!?ない(ドゴォ!!)あべし!?」

 

 

 

 

まぁ直ぐにブッ叩かれて起こされましたがね?ホントに容赦無いわ。

そして不機嫌MAXの千冬さんマジ怖いです。

まぁ、シャルロットの件と鈴の件があって忙しいだろうし、そこに追加で問題起こした俺が悪い。

こりゃー速い内に労いにいかないとな。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

さて、時間は飛んでもう放課後を通り過ぎ、夕食の時間である。

 

あの朝のSHRの悲劇は多分に俺の自業自得が原因なので、誰にも慰められる事無く終わった訳だ。

いや、正確にはさゆかだけが慰めてくれて、真耶ちゃんは「気にしないで下さい」と、まぁ真っ赤なお顔でそんな事を言われたので、救いはある。

まぁそんな感じだった朝の一幕が終わってからは千冬さんに怒られた以外に特に変わった事は無く、学年別トーナメントも滞り無く終了した。

さゆかの試合は皆で応援に行き、さゆかもしっかりとラファールを無駄なく操縦して勝利を納めていた。

パートナーは相川だったのだが、相川も打鉄を操って防御と陽動を的確に行って勝利に貢献してたな。

 

と、今日の出来事を思い返しながら、コンロの火を止める。

 

最後の料理を盛り付け終えたので、調理器具を片して時計を見やる。

時間的にはそろそろの筈なんだがな……。

 

「あの人の事だ。どっから現れても不思議じゃねぇか」

 

ならば、驚かされない様に注意しておくとしようじゃねえの。

毎度毎度あの人は俺の反応を楽しんでる節があるからな。

俺は自分のデスクの椅子に座りながら、周囲の気配を読もうと感覚を研ぎ澄ませる。

 

「クンクン。美味しそうな匂いがするね~」

 

「ファッ!?」

 

すると、この部屋の一角から何とも楽しそうな声が響くではないか。

純粋に驚いた俺は椅子から飛び上がり、声の聞こえた方向に目を向ける。

 

「た、束さん!?馬鹿な!?気配はしなかった筈……ッ!!」

 

幾ら気配察知を止めてたからって、俺に気配を気付かせる事無く、俺の部屋に侵入したってのか!?

その隠密性の高さに慄いていると、目の前の空間が歪み、一人の女性の姿が顕になる。

お馴染みエプロンドレスにウサ耳のカチューシャを纏った女性――束さんはニコニコしながらVサインを向けた。

 

「ぬっふっふ……ぬっふっふ~!!甘い甘ぁあーーい!!この天才鬼才な束さんともなれば、ステルス迷彩搭載型ウサ耳の開発くらい、お茶の子さいさいなのだー!!」

 

「なんつぅスゲーモン作っちゃってんの!?っていうか気配がしなかった説明になってねぇッス!!」

 

「束さんはちーちゃんと同スペック。おk?」

 

「納得いき過ぎる説明をどうもコンチクショウ!!」

 

悔しがる俺を見て「にゃはは~!!ぶいぶい!!」とお気楽に笑う世紀の大天才。

何なんすかその無駄にハイスペックなスニーキング(かくれんぼ)技術!?

アンタは何処の蛇の系譜だっての。

いや、能力的に言ったら金属の歯車を作る方の人だろうけどさ。

そう思ってたら、束さんが少し目を丸くして驚いた表情を浮かべ始めた。

 

「むむ!?良く分かったねゲン君!!実は目下製作中なんだよ!!その名もサヘラントロプ――」

 

「心を読まれた!?って、今直ぐ止めて下さいっす!!お願いっすから!?」

 

これ以上世界に狙われる理由を作っちゃ駄目、ゼッタイ。

 

「ダイジョブダイジョブ!!ホントに作ってなんかいないよ~。あんな二足歩行が限界の夏休みの工作レベルのロボットなんて、今更作っても意味ないもん」

 

「いや、普通の学者さんからしたら充分凄いんじゃ無いっすか?」

 

「そだねー。つまりこの束さんからしたら、夏休みの工作レベルって事だよ!!まっ、子供しか乗れないスペースの確保で精一杯ってトコで笑っちゃうけどねー!!」

 

世界の科学者さん達、ごめんなさい。

本物の天才のお方からしたら、皆さんが頑張ってきた結果は夏休みの工作レベルだそうです。

相変わらず世界の科学力に真正面から喧嘩売ってる束さんの天才っぷりに苦笑いしてると、胸に軽い衝撃。

それはつまり束さんが俺に抱きついてきたという事である。

反射的に腰に手を回しちゃったんだけど、只今動悸がバックンバックンです!!

だって、キスされたんだぜ!?今でも鮮明に頬の感触が思い出されるんだぜ!?

この状況でドキドキしねえ方がおかしいわ。

 

「むふ~♪……やっぱり、ゲン君はあったかいな~……ね、ね?もっとギューってして?」

 

「ぎゅ、ぎゅーっすか!?……ン、ンン゛ッ!!……こ、こんな感じで如何でしょう?」

 

「……んぅ♡(キス……したんだよ、ね?……ゲン君も赤くなってるし……鼓動も凄く早い……束さんの事、意識してくれてるんだ♪)」

 

そ、そんなエロい声出されたら心臓がぁあああ!?

あぁ!!頭をそんなグリグリ押し付けられたら、堪りません!!

急速に女性としての色香を発揮し始めた束さんの声に鼻血出そうです。

しかし当の本人である束さんは嬉しそうに鼻歌を歌ってらっしゃるではないか。

 

「~~~ッ♪……ハァ……ゲン君にこうしてもらってたら、疲れなんて一気に吹っ飛んじゃうよぉ♪」

 

「……根を詰め過ぎて、疲れてるんじゃねーかなーとは思ってたんスよ」

 

「あっ、誤解しないでね?別にゲン君のオプティマスを修理してたからじゃないよ?ただ、ちょーっと急いでやらなきゃいけない事とか、作らなきゃいけないモノがあって、さ」

 

「??そうなんすか?」

 

「そうなのです♪なので最近、兎はちょっとお疲れ気味なのです。癒やして下さ~い♪兎的には撫で撫でプリ~ズ♪」

 

「……了解っす。俺でいいなら喜んで」

 

何年も束さんと付き合ってれば自然と分かるんだが、束さんは今作ってるモノには余り触れて欲しくなさそうだった。

なのでその事は深く追求せず、少しでも疲れが癒える様に優しく束さんを撫でてあげる事に。

……世界中を飛び回る束さんからしたら、自分が身内と認識してる人が側に居ないってのは……辛いよなぁ。

俺もここを動く訳にはいかねえし……こーいう時は、目一杯甘やかしてあげねえと。

目を細めて嬉しそうにしてる束さんの様子に笑みを浮かべながらも、撫でる動きは止めない。

 

「(ナデナデ)はぅん♪……幸せ~♪……これに免じて、朝にこの空間に知らない人を呼ぼうとしたのは、許してあげようではないか」

 

「あっ、やっぱりその件はキッチリカッチリ引き摺ってたんですね」

 

「当たり前だよー。束さんは他の奴なんて嫌なんだから……ゲン君と2人が良かったのー。もし他の人が入るなら、ちーちゃんかいっくんか箒ちゃん以外は認めません!!」

 

「っていうか既に制裁食らってると思うんスけど……特に千冬さんのは効いたッス」

 

「それはゲン君が悪いですー!!あんなホルスタインおばけのおっぱいに顔突っ込んだんだから!!もー束さんもぷんぷん、だよ!!」

 

「真耶ちゃん酷え言われようだ……まぁ、アレは完璧な事故で……っつうか千冬さんって、マジであの時何したんスか?俺には3つの剣閃が同時に襲ってきたとしか思えなかったんスけど……」

 

「あー……アレはさすがの束さんも予想外だったよ……まさか限定的ながら多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を引き起こして、並列世界から3つの異なる剣筋を引き寄せて同時に振るなんて、ちーちゃんマジチート」

 

「何の事かちんぷんかんぷんなんスけど」

 

「説明しても良いけど、難しいよん?立体交差並行世界論っていうのなんだけど……」

 

「すんません勘弁して下さい」

 

「だよねー♪」

 

そんな論理聞いたって俺には理解不能だぜ。

素気無く断られた束さんは気にした様子も無く、「もっと撫でて~♪」と要求してくるだけだった。

流石にここまできて断るのもアレなので、メルヘンな兎さんの要望を満たしてあげる事に専念する俺であった。

 

「はふぅ……所でゲン君。このお料理は食べないの?ゲン君夕飯まだなんでしょ?」

 

と、撫でられるのを充分堪能したのか、束さんは顔を上げて俺に質問してきた。

まぁ確かに、束さんの言ってる事も間違いでは無い。

しかし、ちょっと言葉が足りねえな。

 

「勿論、俺”も”食べますよ……束さんと一緒に、ね?」

 

「……アハ♪実は期待してたんだー♪ゲン君、束さんの分も作ってくれないかなーって♪」

 

「そりゃ作るに決まってるじゃないっすか。束さんにオプティマスを修理してもらってハイさよなら、なんて不義理な事はしねえっすよ」

 

最初は少し驚き、直ぐに嬉しそうな表情を浮かべる束さんに、俺も笑いながら答えた。

幾ら束さんが天才でも、物を作ったり直すには絶対に労力が掛かってるんだ。

その苦労をお礼の言葉だけで済ませるなんて、そりゃ都合が良すぎるだろ。

例え束さんが数少ない身内に嫌われたく無いからって理由で、束さんが自発的に俺達の為に何かをしてるとしても、俺もそれに答えなきゃ不義理にも程がある。

だから、俺に出来る限りの心尽くしで、筋は通さねえとな。

俺は束さんの背中に軽く手を添えてエスコートし、椅子を引いて座る様に促す。

 

「前に約束した通り、言ってくれれば何時でも作るッス。だから、遠慮はしねえで下さい」

 

「……じゃあ、ご相伴に預かっちゃうぜー!!」

 

「はい、どうぞ。気合入れて作りましたんで」

 

「うん♪……おぉ~!?和食だぁ!!日本の心だよぉ!!」

 

席に座ってテーブルの上を確認した束さんの楽しそうな声を聞きながら、炊飯器から白米をよそう。

それを待ち切れないって顔してる束さんの前に静かに置く。

 

「今日は、世界を回ってる束さんに故郷の味をって事で、和食をメインに用意しました」

 

「良いね良いねぇサイッコウだねぇ!!」

 

何処の第一位?

確かに兎っぽいって点では類似してるけどよ。

まぁとりあえず何にしても、まずは食ってもらわねえとな。

 

「じゃ、食いましょーか?」

 

「うん♡いただきま~す♪」

 

2人で食事の挨拶をしてから、各々おかずに手を伸ばす。

束さんはまずきんぴらごぼうを頬張った。

 

「はむっ……んー!!このシャキシャキとした歯応えに、甘辛い醤油と味醂の絶妙な味!!それに時々舌を刺すピリリとした輪切りの赤唐辛子のアクセント!!ご飯が進むよ~♪」

 

「ごぼうも人参も皮を剥かず水洗いだけして、水にはさらさないで炒めたんで旨味が一切逃げて無いんすよ。後は水分が牛蒡と人参に染みこんで無くなるまでしっかり火を通しましたから、野菜のシャキシャキ感が残ってるんス」

 

「うんうん!!この歯応えが癖になっちゃう!!それに濃い味が後を引き過ぎない、くどくないのも良いよねー!!このごまの風味もにくいぜ!!」

 

「ははっ。俺もガキの頃から好きなんスよ」

 

束さんは料理を褒めながらも口と手を休めず、きんぴらを頬張ってモッキュモッキュと食している。

こうまで美味しそうに食べてもらえると、やっぱ料理が出来て良かったなぁって思えるぜ。

次に束さんが目を付けたのは、これまたきんぴらより少し大きい中皿に盛られた肉と大根の料理。

 

「おやおやぁ?これは束さんも食べた事がない料理だねぇ?……あむっ……ん!?……美味しいぃ~……ッ!!」

 

「そりゃ牛すじと大根の煮込みっすね」

 

しっかりと煮込んですじの固さを和らげた、俺渾身の一品だ。

またも幸せそうな顔で束さんは牛すじを噛み締め始めた。

 

「すじ肉がくにゅくにゅした弾力を程よく残して、噛む度にじゅわぁ~っと味が広がってくる……それを針生姜が広がり過ぎない様に、良い塩梅で〆てるね……大根も味が染みてて最高♪」

 

「あ~。実はそれ、昨日の内に煮込んでおいた料理でして。それで味がしっかり染みてるんスよ」

 

「な~るほど~。この御飯に絡む生姜とタレの味、たまらんばい!!」

 

束さん、変な方言が出ちまってる。

まぁそれだけ喜んでくれてると思って良いだろう。

ちなみに牛すじの煮込みは今日、束さんに食べてもらう為ってのと、さっきラウラに持ってってやった分を昨日作ったんだ。

今頃一夏に和食を作ってもらって、2人で牛すじを突いてる頃だろう。

もしかしたらセシリアやシャルロット、箒達も乱入してるかもしれねーが、それは知らない。

俺も食事を進めながら、嬉しそうに、美味しそうにしている束さんを見て和んでいた。

 

「お味噌汁も頂きま~す♪ズズッ……はふぅ……やっぱり、和食には味噌汁だよ。定番だね定番。寧ろ無いと怒りたくなっちゃうもん」

 

「ッスね。味噌汁があるだけで食卓が映えるんスよね」

 

「そうそう♪これだけでご飯も美味しく食べられるし。具のバリエーションも豊富だもんねー♪」

 

「小さめの鍋って感じっすかね?」

 

「あっ、それナイス例えだよゲン君♪ずずずっ~……はふぅ。具はわかめとお揚げ、白髪ねぎの三種の神器キタコレ。プリプリわかめの歯ごたえと旨みが凝縮した赤だし味噌汁。肉厚のわかめの食感と旨味をたっぷり吸ったお揚げ。それにしゃきしゃきの白髪ねぎは味噌汁の原点ともいえる組合せだよ……堪らない~♪」

 

まるでグルメリポーターみたいな事を言いながら幸せそうに味噌汁を啜る束さん。

たかが味噌汁と侮る無かれ。

味噌汁は和食の献立を左右する程に日本人には馴染み深く、必要な汁物なんだ。

英語表記ならMISO・SOUP。

スープはどんな食事にでも存在する。中華の卵スープ然り、欧米のポタージュ然り。

故に食卓の献立で尤も手を抜くべきじゃねえと思うのは、俺は味噌汁だと考えている。

つっても我が偉大なる婆ちゃんに教わった事を、自分で納得いったからそう思ってるんだが。

 

「はぁ……最高だよ~ゲン君♪……じゃっ、ここでメインを頂いちゃおうかな――(キリッ)この」

 

「――ぶほ!?ちょ、束さっ、顔顔!?」

 

と、味噌汁で緩んでた束さんの顔が急にシリアス顔に引き締まってビビってしまう。

そのままシリアス劇画風の表情になった束さんは箸をピシリと伸ばし、一直線に中央の皿――メインディッシュに突き刺さった。

箸に突き刺さり、束さんの目線まで持ち上げられたのは、一口サイズに揚げたカツの1つだ。

 

「やたらめったら美味しそうな一口カツを、食してくれるわぁーーーッ!!――(かぁつ)ッ!!」

 

サクッ。

 

カリカリに上げられたカツの衣が、口の中でシャクシャクと音を奏で、贅沢な食感を演出する。

その咀嚼する音を口から奏でていた束さんの閉じていた目が――カッと見開かれた。

 

「あぐあぐ……うーまーいーぞー!!(ピカァアアアッ!!)」

 

突如として沸きあがる強烈な光に、思わず目を細めてしまう。

っていうか束さんの口と目から光が出てるじゃねえか!?

何このムダに凝った演出!?

予想外過ぎるフラッシュに驚くが光は直ぐに収まり、束さんはシリアス顔のままに小さく小分けされたカツをドンドンと頬張っていく。

 

「これは――ささみのカツだね!!しかも大葉を巻いて一緒に揚げてある!!でも酸っぱくなり過ぎない。自分は脇役だと弁えてて、丁度良い味を作ってる!!」

 

「え、えぇ。大葉は小さくカットして入れてるんで、酸味もクドく無いと思いますけど……」

 

「米ッ!!食わずにはいられないッ!!」

 

シリアス顔でご飯や味噌汁と交互に食しながら、レポートを続ける束さん。

え?まさかその顔のまんま突っ走んの!?

 

「もぐもぐ……ッ!!ささみのお肉って、鶏の中でも一際淡白な筈……なのに!!薄切りにして下味の塩胡椒を振るだけでこんなに味わい深くなるなんて!!ソースなんて寧ろ邪道だよ!!」

 

掻っ込む。米を、カツを、きんぴらを――そして、味噌汁で一息。

 

「ズズッ……ハァ……今晩の夕食……味の遊園地だ~♪」

 

「○麻呂さん!?○麻呂さんスか!?っつうか何時の間にか顔戻ってるし!!」

 

「むっ。誰さその何々ろとかいうヤツは?今のは束さんのオリジナルだよ?酷いなぁゲン君」

 

「世間的に見りゃ間違い無く酷えのは束さんだと思うッスよ?”ろ”しか言えてねぇし……」

 

自分の認識していない人間と比べられたのが少々不満だったっぽく、束さんは少しだけ頬を膨らまして不満を露わにする。

一方で俺は相変わらずの変幻自在っぷりを見せられて苦笑を隠せない。

ホント、何時の間にか……味噌汁飲む為に上げてた顔を戻したら何時ものプリティな束さんに戻ってたんだ。

しかも本人は凄くご満悦そうな表情を浮かべてらっしゃるし……幻覚だったのだろうか?

そんな俺の疑問など知ったことかって感じに、束さんは息を吐いて寛ぐ。

……まぁ、美味かったなら良いんだけどな。

俺は苦笑いしながらササッと飯を平らげ、自分の分の食事も終える。

あぁ、お茶のおかわりをっと……。

 

「……ねーゲン君?もし良かったら……おかずの残り、貰って行っても良いかな?かな?」

 

「え?残りッスか?そりゃ別に構いませんけど」

 

とは言っても、精々が一人分残ってるかってぐらいだし、どうせ残り物は明日食べるぐらいしか俺には使い道が無い。

だから別に俺にとっては束さんが欲しいなら持って帰ってもらっても構わなかったりする。

そう説明すると、束さんはにぱーっと笑って「ありがとー♪」と言いながら指を振る。

すると、器ごと粒子に変換されて、食卓から消えてしまった。

味噌汁を入れてた小さい鍋まで……まぁ、そんなに食器多く無かったし、別に良いか。

 

「あっ、それとねそれとね。お米も貰えたら嬉しいなー、なんて……駄目?(ウルウル)」

 

「どうぞどうぞ。二合でも三合でも持ってって下さいな」

 

「わーい♪」

 

「あぁそれと、今朝作った白菜の浅漬けが良い塩梅なんスけど……」

 

「欲しい欲しい!!下さいなー!!」

 

と、あれもこれもそれもって感じに、束さんにお土産をお渡ししました。

本当は自分で食べるつもりだった黒ゴマを練り込んだロールケーキ(丸々一個)まで。

……ふっ、男は美女の上目遣いにゃ弱えのさ……はい、現金ですね。すいません。

まぁそんな感じで色々束さんに献上した後、食後の一服の為に冷たい麦茶のおかわりを淹れる。

勿論それは束さんの分もだ。

 

「ありがとーゲン君♡……束さんは、幸せですたい♪」

 

「これぐらいで良けりゃあ、何時でも言って下さいって。俺ぁ束さんには足向けて寝れ無えくらいにゃお世話になってんスから」

 

「もー。それは束さんがしてあげたくてしてあげた事なんだよ?それに恩義なんて堅苦しいよん」

 

「なら、俺もこれがしてあげたかったからって事で」

 

「……もー」

 

してやったり、って感じに笑えば、束さんはぶーたれて麦茶をガブ飲みしてしまう。

でも、口元が緩んでるって事は……嫌な訳じゃ無いんだろうな。

なら、俺はこれからもこうして束さんにテメェなりの感謝をしていくだけだ。

 

(そうやって束さんの為にって、純粋に何かしたいって思ってくれるのは……ゲン君だけなんだよ?……ゲン君の言葉に、笑顔に……束さん、いっぱい救われてるんだから♡)

 

「ぷふぅ……さ~て。美味しいご飯いっぱい貰っちゃったし、そろそろ今日の本題に入りましょーか♪」

 

「そうっすね。それで、オプティマスはどうですか?」

 

今日、束さんがここに来た本当の目的。

それは修理が終わったオプティマス・プライムを俺に持ってきてくれた事だ。

ダメージレベルがE判定を超える程に酷使したんだが……本当に、束さんには手間掛けちまった。

そんな俺の心境を知ってか知らずか、束さんはニコニコと微笑みながら、胸の谷間からオプティマスを取り出す。

……オプティマスになりた、ゲフンゲフン!!忘れてくれ。

 

「はい♪もうバーッチリ修理したから、問題無いよん♪」

 

「……ありがとうございます、束さん」

 

「うんうん♪気にしないで良いってば。あっ、それと、ちょっと前よりもヴァージョンアップしたんだぜい!!新機能を追加してるからサクッと説明しちゃうねー!!」

 

新機能?そりゃスゲェ気になるな。

思ってもみなかった束さんの素敵な台詞に、姿勢を正して聞く姿勢に入る。

すると束さんは俺を見ながら指パッチン1つで、空中にモニターを出した。

 

「その子の新しい機能なんだけど、実は直接的な戦闘面の機能じゃないの。所謂、未来に向けての下準備だねー」

 

「ん?って事は、どういう?」

 

「えっとねー。まず1つは拡張領域(パススロット)の容量をアップしておいたの。今も我が篠ノ之ラボでは、オプティマス・プライムの専用装備が着々と出来上がってるからねー♪新しく武器をインストールしても、運動能力が下がらない様に調整したのさ♪」

 

「これ以上武器増えちゃうんスか?」

 

「だーいじょうぶ♡ゲン君なら問題なく使えるよ!!目指すは歩く要塞だお!!」

 

ソディウム扱い?

今ですら射撃武器は殆ど使ってねえんだけど。

まぁもう増やした後だって言うなら、文句を言っても仕方ねえ。

っていうかロハでやってもらって文句言うのもおこがましいだろ。

それに束さんのあの無邪気な笑みを見てたら段々と気にならなくなってくるし。

 

「それでそれでー!!もう1つはゲン君、ぜーったいに気に入ると思うな!!」

 

「もう1つ、っすか?それって何なんです?」

 

と、どうやら今度のは束さんにとって絶対の自信があるっぽい。

自信に満ち溢れた笑みを浮かべつつ、束さんは俺の手にある待機状態のオプティマスを指差す。

 

「じゃー、その機能を確認してみよ!!まずはオプティマスを起動だぜいぇい!!」

 

「うっす!!……起動しました!!」

 

ハイテンションな束さんに引かれて、俺もテンション高く返事を返す。

2日振りとなる相棒を掛けて、オプティマスを起動させた。

サングラスのレンズに投影されたスタートアップ画面には、『Welcome Back』とポップアップが表示される。

 

「それでね、拡張領域(パススロット)のメニューに入ってみて。そこに新しい項目が追加されてる筈だよ」

 

「……えっと……拡張領域(パススロット)の画面に入って……お?あっ……た?……え?」

 

束さんに言われた通りに操作すると、確かに項目が1つだけ増えていた。

何故か武装一覧や拡張領域(パススロット)使用状況っていう項目の一番下に……”INTRUDER”って項目が。

 

「……束さん?」

 

まさか。という思いで束さんに視線を向ければ――。

 

「ふっふっふー」

 

そこには、その豊満な胸を突き出して悪戯な笑みを浮かべる束さんのお姿が。

……ちょっと待て。まさかこれって――。

 

「ゲン君のバイクをオプティマスの機能に組み込んじゃいましたー♪てへぺろ♪」

 

「何してんのぉおおおおお!?」

 

そんな”ノリでついやっちゃったZE☆”みたいな感じで何してくれちゃってんの!?

唖然とする俺を放置して、束さんの説明がヒートアップしていく。

 

「ふっふっふ!!まさかまさかの大・合・体!!いやーこれはさすがの束さんもその時まで思いもしなかったんだけどね?一昨日帰る時にゲン君のバイクを見たら、こう……ビビッときたのさ!!」

 

「まさかの一昨日には既に盗難に遭ってたってオチ!?」

 

「量子変換してお持ち帰り余裕でしたww」

 

「気付けよ俺ぇええええええええええええええ!?」

 

自分のバイク無断で持ってかれてそれに気付かないとか……アホ過ぎるぞ俺ぇ。

 

「最初は普通に拡張領域(パススロット)に量子変換して収納出来る様にするつもりだったんだけどー……そこで考えちゃったの……いっその事、オプティマスとくっつけちゃおうか?ってね♪」

 

「oh……」

 

何てことを思いついちゃうんスか……しかもそれで成功してるってのがまた何とも……。

っつうか、イントルーダーは所詮只のバイクだ。

それを世界に500台も無いスペシャルマシーンと合体なんて、普通無理じゃね?

あぁくそ。開発者が普通じゃなかった。

 

「でねでね!!エンジンも束さんが一から設計したスペシャルエンジンに積み替えて、フレームから何から前に外国で見つけた玉鋼とかを素材にして全部作り直しちゃいました!!でも前と形も音も変わらないから安心してにゃん♪」

 

変わったのはスピードとかパワーだよー、と楽しそうに語る束さん。

なんてこった。俺のバイクが世界にオンリーワンなトンデモ級のバイクになっちまったい。

 

「それに、安全面は寧ろ強化されてるぐらいだよ?シールドエネルギーで搭乗者に絶対安心を提供!!ISのシールドエネルギーで動いてるからガソリン不要!!燃費はエンジンがエネルギー総量に対して小さいから、究極的な燃費を実現!!これ以上ない環境に優しいエコカーだもん!!」

 

「た、確かにそういう面では凄え有難い仕様にはなってますけど……これ、バレたら絶対に公道走れないっしょ?」

 

だって言ってみればISが道路にそって走ってる様なモンだ。

そんなモンスターマシンの走行許可が降りるとは到底思えない。

いよいよ持って使用禁止になるんじゃね?

とか思って項垂れてたら、束さんが俺の肩にポンと手を乗せる。

 

「ノーブロブレム!!そんな許可、束さんが捥ぎ取っちゃうもんねー!!」

 

「ちょ!?ほ、本気っすか!?」

 

「本気も本気、大マジだよ!!これぐらい束さんには朝飯前だから、安心してちょ♪」

 

どうやら世界の大天才がアップを始めたご様子。もう誰にも止められないなコリャ。

本来なら政府の方々に頭を下げるべき事態なのだろうが……俺は謝らない。

向こうも俺の意見ガン無視で人の国籍勝手に変えようとしてたんだし、これぐらいは良いよな。

ならば今回の事、仔細の全てを束さんのやりたい様にやってもらうとしようじゃねえか。

 

「……分かりました……それじゃあ、お願いします」

 

「うんうん♪この束さんにぜーんぶ任せておきなさーい!!(ゲン君が頼ってくれてる!!それだけで、3倍増しじゃぁー!!)」

 

姿勢を正して頭を下げる俺の頭上に、束さんの嬉しそうな声が聞こえてくる。

ホントこの人は、身内に頼られる事を嬉しがるんだからなぁ……。

頭を上げた俺は目の前でクルクルと楽しそうに回る束さんを身ながら笑ってしまう。

 

「束さんってアレっすよね?俗に言う尽くすタイプってヤツ」

 

「ふぇ!?」

 

「ん?」

 

「な、何でもないよ!!そ、そうだねー、束さんは良妻タイプってジャンルも兼ね備えてるのさ!!ア、アハハ……」

 

俺の言葉に些か大仰に反応した束さんはそれを誤魔化す様に愛想笑いを浮かべる。

しかしさっきまでとは打って変わって焦っているのは丸判りだ。

やけに頬が赤いし、声も上擦ってる。

そして何より束さんのトレードマークたるウサ耳が上下に忙しなく動いてるのが気になります。

まさかとは思うが、あれって感情にも反応すんの?

そうなるとあの動きは……喜んでると考えて良いのか?

 

「や、やーん。そそ、そんなに熱い視線で見つめられたら、束さん熔けちゃうよぅ♪」

 

「あっ、そ、その……すんませんっす」

 

「べ、別に怒ってる訳じゃないよ?」

 

と、束さんの様子を観察してたのがバレたらしく、束さんは両手を頬に当ててイヤンイヤンと身体を揺らす。

そんな風に可愛いらしく抗議してくる束さんに謝罪すれば、またもや変な空気が……。

……俺もこんなドストレートに褒めた事はそう無いから、やけに気恥ずかしいもんだ。

それに天下の篠ノ之束が俺の言葉で恥ずかしがってるのを見てると……正直、昂ぶってくる。

っていうかこの微妙に空いた沈黙が何とも気まずいぜ。

と、恥ずかしそうにしてた束さんが、「こほん!!」と咳払いを一つ。

 

「え、えーっと……そ、そろそろ束さんは帰るね?」

 

「そ、そうっすか。えっと、今日は本当にありがとうございました」

 

「う、うん!!じゃ、バイバ~イ!!(不意打ち過ぎるよもう!!は、恥ずかしいやら嬉しいやらで……漲ってくるぜぇええ!!)」

 

未だに頬の赤みが抜けていない顔でブンブンと音が鳴る位に手を振り、束さんは窓から颯爽と帰って行った。

うん、帰って行ったなんて軽く言ってるけど、実はここ二階なのである。

しかしそんな事は些細な問題だったらしく、束さんはステルス迷彩を起動して軽やかに地面に着地。

そのままシュババババッ!!という駆け抜ける足音を鳴らしながら土煙を巻き上げて消えていってしまう。

 

「うわ、速え……やっぱ千冬さんとタメ張るだけはあるよなぁ」

 

寧ろ頭脳的な面では束さんがリードしているんだから、下手すれば束さんの方がオーバースペックかもしれねえ。

しかし、束さんの相手はあの天下無双の千冬さん。

素で何時ものスペックを振り切って更にパワーアップしちまうんだからヤバイ。

現に束さんが抵抗虚しくお仕置きされてる場面なんて何時もの事だし。

 

「しかし……イントルーダーぇ……そりゃ、乗りたい気持ちはあるから束さんに任せちまったけど……大丈夫か?」

 

何か、束さんが色々とやらかしちゃいそうな予感がヒシヒシと……か、考えるのは止めよう、うん。

脳裏を過ぎった嫌な予感を振り切る様に頭を振り、俺は残った食器の後片付けをする。

もうすぐ消灯時間だし、今日の所は束さんが満足してくれた事で良しとしとこうか。

胸に残るしこりの様なものを無理矢理呑み込み、俺は今日という怒涛の1日で疲れた身体を休めるのだった。

 

 

 

次の日。

 

 

 

日本政府から俺個人に対する通達があった。

 

曰く、『貴君のISの非常時以外の展開については、バイクのみの展開に限り常時許可を出す』というモノだ。

 

要はイントルーダーに限り、俺はどこでもISから展開、収納させ、更に公道を走る事ができる許可である。

しかも特にこれといった制限も設けられず、それどころかナンバーもそのまま。

つまり登録上においては国が認め、車検が通ったバイクの扱いのままになっちゃったのです。

ISのシールドエネルギー使ってるのに。

それどころか世界中のバイクの中でも一番のスペックになっちゃってるのに。

っていうかぶっちゃけバイク自体がISの防御力を持ってるのに。

そしてシールドエネルギーでコーティングされたバイクは、そのまま突撃用の武器に変化するのに。

 

束さんぇ……政府ぇ……。

 

余談だが、突然政府からこんな事を一方的に告げられ、しかもISにバイクが搭載されている。

こんな通達をいきなり告げられた千冬さんは俺を呼び出して事情を聞き、深い深い溜息を吐いていらっしゃった。

 

 

あれ?なんかちくちくと良心が痛んで……これは俺の所為なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

後書き

 

 

ISといえばバトルなんだけど、こういう日常話を挟みたくなるのが作者の駄作者っぷりを物語っているwww

 

そして久しぶりすぎて書き方あってるか分かんないww

 

 

 


 
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