No.812452

9話「氷結地獄」

神曲、いいよね。

2015-11-08 00:30:31 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:234   閲覧ユーザー数:234

翌朝、正確には夜明け頃になる。気温が上がりきる前にルピア城を後にするガイ達。とはいってもルピアの前線基地に着く頃にはすっかり日は昇り結局は暑さの中での強行軍となった。石造りの頑丈そうな壁が並びその真ん中に大きな建物が位置している。この基地の砦だろう。

「確かに頑丈そうな基地だな。これなら流石のドゥルも攻めるのは骨が折れるんじゃねぇか?」

ガイが感心ぎみにこの大きな壁を見上げる。

「もしかしたら、ドゥルがルピアをすぐに侵攻しない理由はこの壁にあるのかもしれないわね」

レイナもまたガイと同意見だったが、ジェリーダだけは首を横に振る。

「そんなのわかんねぇじゃん。ドゥルがどんな手を使ってくるかなんてこっちはわかんねぇんだから…」

「確かに。楽観視はできないわね。それじゃあ行きましょうか」

3人は大きな建物―砦の前まで近づいた。やはりここにも門兵がいて無断で入る事は許されなかった。城とは違い男性の門兵である。

「何者だ貴様ら!」

「単刀直入に申し上げます。こちら、リーラのジェリーダ王子が基地長のブラス様にお話したい事があります。急で申し訳ないのですがお取次ぎ願えませんでしょうか?」

すっかり場慣れしてしまったレイナの会釈。

「リーラの?怪しいな…おい、こいつらを捕えろ!!!」

門兵が周囲に向かって叫ぶとその場に兵が集まり3人は完全に包囲されてしまった。

「えええ~っ!?」

突然の事態に混乱しながら叫ぶのはやはりジェリーダだった。抵抗すればかえって話をしづらくなるというレイナの考えにより3人は大人しく縄にかかり砦の地下牢に監禁されてしまった。

「はぁ…何でこんな事に…」

後ろ手に手を縛られ、がっくりと項垂れるガイ。武器も取り上げられてしまったのだ。

「隣は彼らにとって敵地。このくらい警戒心がなければすぐに落とされてしまうからでしょうね。そしてこの基地が落とされればドゥル軍は一気に国へなだれ込むわ。そうなったら城もポンドの町もあっという間にドゥルの物になってしまう」

「何でお前、そんなに冷静なの?俺らこのまま処刑されるかもしれねぇのに…」

ジェリーダが訝しげな表情でレイナに顔を向ける。

「あら。処刑なんて大それた事になったらブラス基地長って人が立ち会うでしょう?その時に説得すればいいじゃない。とにかく不審者を捕えたなら基地長に報告しないわけにはいかないでしょ?どう転んでも取り次いで貰えるわよ」

平然としているのはレイナだけで、ガイもジェリーダもこの先ここの人間に何をされるかという不安でいっぱいだった。

あれから何時間経っただろうか。3人の閉じ込められている牢の前に2名の兵士を従えた男性が現れた。茶色い皮のマントに身を包み白髪に髭を伸ばした初老だが長身で体格のいい男性だった。

「この者達が…まだ子供ではないか…」

牢の中の3人を見て多少驚く男性。不審者を捕えたという報告しか受けていなかったためここまで年若い者達だとは思ってもみなかったのだ。

「しかしこの娘、この小僧がリーラのジェリーダ王子だなどと大嘘をついてブラス様に取り次げなどと申したので…」

兵の1人―先程の門兵がレイナを指差す。

「あら、大嘘だなんて酷いですわね。……ねぇジェリーダ、貴方王子に見えなさすぎじゃないの?」

「何だよその責任転嫁!!!!」

「貴様ら!!!まだそんな嘘をつく気か!!!」

口論を始めるレイナとジェリーダを叱りつける門兵。

「すいません…信じてもらえませんかね?こうしちゃいられないんですよ。この後クローナにも行かなきゃならないもんで」

ガイが男性―ブラスにぺこぺこと何度も頭を下げる。

「それは一体どういう事だ?」

「やっとお話できるわね。実は…」

レイナは牢屋越しにブラスにこれまでの経緯を説明した。三国同盟、それにマルクが参加を約束してくれた事、そしてこの国の女王イザベラにも協力を申請したがあっさり断られてしまった事を。

「手の込んだ嘘を…イザベラ様はお断りになったのではない。貴様らが信用できなかっただけだろう!?」

まだ頑なに3人を疑う門兵だったが、それに対してジェリーダの堪忍袋の緒が切れる。

「ムッカつく!!女王も女王なら兵士も兵士だな!!!この国最悪!!!!」

「何だと小僧!!叩き斬られたいか!!!」

「よさないか!!!子供相手にお大人気ないぞ!!」

剣を抜く門兵をブラスが制止すると門兵は渋々剣を鞘に収めた。

「確かにイザベラ様は今の状況を楽観視なさっている。いずれこのルピアにもドゥルの手が回る事となるだろう。今のこの基地の兵力だけでは凌ぐ事はかなわないだろうな…」

「だったら!!」

食い下がるガイに、ブラスは首を横に振る事しかできなかった。

「我々はイザベラ様を説得し続けているが一向に兵を集めては下さらない。それは我々も困っている事だ。しかしそれとお前達の話は別、すまないがすぐに信用する事はできない」

ブラスの言う事は最もだと、ガイは言葉を失う。

「…でしたら、1つ提案がございます」

「いい加減にしろ小娘!!!」

門兵が再度レイナを怒鳴りつけるが彼女は構わず話を続ける。

「既にマルクは賛同して下さいました。…のでこれから私達はクローナへ向かいます。彼らと同盟を結ぶ事ができたのなら、信じていただけませんか?」

「…しかし……」

「私達はクローナへ向かうだけです。つまり一旦この国を出ていきますので例え今は信じていただかなくてもルピアに何かしらの被害が及ぶ事はありません。ですがクローナとの協力関係を築けた時は…」

レイナが話を終える前に別の兵が血相を変えて下りてくる。

「ブラス様!!!!」

「何事だ?」

「北方から…ドゥルの軍勢が…!!!」

「!!!!」

その場にいる全員が驚きの表情を見せる。このタイミングで攻めて来るなど誰も考えはしていなかったのだ。

「しかも…敵の中に見た事もない黒い魔物…いや、あれは魔物なのか…!!」

「おいおい…そりゃどういう事だよ……」

ガイはリーラ山洞で戦った黒い羽の生えた魔物の事を思い出し戦慄した。

「兵を集めよ!!この砦は死守するのだ!!!」

ブラスが兵達に指示すると全員その場を走り去って行った。その時、兵の1人が何かを落としたのか、カチャン…と小さな音が響いた。

 

ルピア前線基地の遥か北方。しかしこの位置にいる者達には基地の砦が小さくながらも見える距離だった。

黒ずくめの鎧の軍隊が整列し、その前には黒い馬にまたがったドゥルの皇子クルティスとその横に立つ参謀クローチェがいる。そしてクローチェの後ろには黒い、この周辺には、というよりこの世界では誰もが見た事のない黒い魔物達が集まっている。

「クルティス様、如何ですかな?我が『ハデス・ゲート』より呼び出された我が軍勢は?」

クローチェがどす邪笑を浮かべながら後方に並ぶ薄気味悪い魔物の集団を指し示す。

「それはあの前線基地…いや、ルピアを落としてから答える」

クルティスはクローチェの顔を見ずにそっけない口調で返すだけだった。そして整列する兵達に馬ごと身体を向けると、何か私語をしているのか前を向いていない2人の兵が視界に入った。

「何だろうな…あの化け物は…」

兵の1人が言うのはクローチェの後ろに控える魔物の軍勢の事だった。

「何でもクローチェ様が召喚したとか…詳しい事は知らないけどな」

「クルティス様のご判断によるものだから信じていいんだろうけど…俺、あの化け物共が不気味で仕方ねぇ」

「おい、声がでかいぞ」

「そこの2人、無駄口を叩くな、ここは戦場だぞ」

クルティスに声をかけられ、2人の兵は慌てて姿勢を正した。

「これより我が軍はルピアを攻め落とす!全兵クローチェの軍勢を先頭に続け!!」

かくして、戦争は始まった。ドゥル軍は黒い魔物達を先頭にルピア前線基地を一気に落とす勢いで前進し始める。

 

ルピアの砦の方では得体のしれない魔物に怯える兵が多かった。

「何だよあの黒い連中は…」

「人間じゃねぇ…あんな大軍に攻め込まれたらひとたまりねぇ!!」

「終わりだ…ルピアはもう終わりだあ~!!!」

「落ち着け!!!確かに兵力は向こうの方が上だが地の利は我々にある!!!」

ブラスの掛け声で半分以上の兵が平静を取り戻す。

「大砲の用意!!!」

ルピア軍は砦に備え付けてある大砲でドゥルの軍勢を迎え撃つ。

 

地下牢に閉じ込められているガイ達3人。上階から大砲を撃つ音や兵達の怯える声が鳴り止まない。

「あの兵士が言ってた黒い魔物ってやっぱり…って何やってるのガイ!?」

レイナが後ろ手を縛られたまま格子から手を出そうとしているガイに気付く。

「アレだよ!さっき見張りの兵士が落としたんだろうな…」

と、ガイは顎で格子の向こうに落ちているものを指した。それをよく見ると金属製の輪にいくつもの鍵が通されている鍵束だった。

「この牢の鍵もあるのか!?」

ジェリーダが目を丸くしながらその鍵束を凝視する。

「さぁな。でも見張りは持ってるくらいだからないとおかしいだろ…くそっ!手さえ自由に動かせりゃ…!!」

後ろ手に縛られた手で鍵束を取ろうとするガイだが全く届く気配はない。

「こんな状態でドゥル軍がこの砦をやぶってきたら…私達、終わりね」

レイナも悔しそうにただ届かない鍵束を睨みつけていた。

「なぁレイナ…お前の魔法で拘束を焼切れねぇかな…」

ジェリーダの提案にレイナは即行で首を横に振った。

「そんな事したら本人ごと燃やしてしまわよ。例え自分に使ったとしてもね」

「…だよなぁ…はぁ……」

「…いえ!!寧ろジェリーダ、貴方の腕力強化の魔法でガイの腕力を上げるというのは?」

同時に首を傾げる男子2人。

「そうすればガイはその手の拘束をぶち切る事ができるんじゃないかしら」

「お、そりゃ名案だな!頼むジェリーダ!」

「おう!!でもこの体勢カッコ悪ぃな……」

ジェリーダもまた両手を後ろ手に縛らているため手から発する魔法を後ろ向きに唱える事となる。先日ゲイザーという魔物と戦った時と同じようにガイの腕が白く光り

「うおおおおおっ!!!!!」

力づくで自分の手を縛る縄を切った。彼の周りに無残にばらばらになった縄が散っている。

「す、すげえ…」

ぶち切られた縄を見ながら目を丸くするジェリーダ。自分の魔法が手伝ったとはいえ直径2センチ近くはある縄を腕力で切る人間など見た事はなかったからだ。

両手が自由になったガイは鍵束を拾い、レイナとジェリーダの拘束を解くと鍵で牢屋の扉を開けて地下牢を出た。そして牢の外に立てかけてある、取り上げられたガイの剣とレイナの杖を見つけ各々手に取った。

 

地獄絵図とはこういう光景の事を言うのかもしれない。既にこの砦にもドゥル軍の手が入ってしまっていたのだ。周囲にはルピア軍の兵が大勢倒れている。

「守りきれなかったのか…!?」

ガイが戦慄の表情で周囲を見回す。どの兵もぴくりとも動く様子はなかった。全員死んでいる。

「お前達…!!」

砦の上階から降りて来るのは基地長ブラスだった。

「ブラスさん!これは一体…」

周囲を見回しながらレイナが問う。

「先陣を切っていた化物の軍勢が…兵力に差がありすぎたのだ…!」

俯きながら唇を噛み締めるブラス。このままではドゥルがこの前線基地を破るのは時間の問題だろうと簡単に想像できた。

「もうこの基地は…」

「この基地は何だ!?諦めちまうのか!!!?」

諦めかけてしまうブラスの胸ぐらをつかむのはガイだった。

「今この場を仕切ってるのはアンタだろ!?そのアンタが諦めてどうすんだ!!!ルピアがあんな化物の国に占領されちまってもいいのかよ!!!!」

「しかし…兵力では断然不利だ…」

「いえ、策がないわけではありません」

揺るぎないレイナの眼差し。何か策を思いついた顔だった。

「それは一体…」

「まずは残った兵でここの守りを固めて下さい。倒そうと考える必要はありません。その間、私達は敵の懐に潜り込みます。この状態ならドゥルは自分達の勝利を確信している事でしょう。当然、本部が叩かれる事など予想できないので手薄になっている筈。その隙を突いて皇子クルティスを背後から攻撃します」

あまりの大胆な作戦にガイ、ジェリーダ、ブラスの3人は我が耳を疑うもレイナは全く気にせず続けた。

「指揮が乱されれば例え強固な軍勢でも一気に脆くなります。そうなれば勝機は見えてきますわ」

「おいおいレイナ…簡単に言うが俺は一度あの皇子に大敗してんだぞ…大丈夫なのか…?」

不安げな表情でリーラでの戦いを思い出すガイ。あの戦いを考えると力の差は歴然だった。

「あの時に比べて私達は確実に強くなってる。それにあの時貴方は1人で戦っていたでしょう?今回は3人で…上手くやれば3対1の勝負だってできる。加えてジェリーダの回復と補助があればあの時みたいな事だけはなくなるわ」

「あの時…?」

「ブラス様、私達は…いえ、彼は一度クルティス皇子と戦った事があるのです。そして私とジェリーダもそれを見ていた。敵の手の内が全くわからないわけではないのです」

「……何故そこまで…」

ブラスはまだ3人の事を完全に信用していたわけではなかったためか、彼らがここまで協力的な理由を理解できずにいる。

「そりゃ…できる事なら逃げたい…怖いに決まってんだろ…!!でも!!マルクとルピア、クローナの同盟なくしてドゥルに立ち向かうなんて無理だ!!だったらルピアを失うわけにいかないじゃん……」

全身を震わせ、ジェリーダはブラスの顔を見上げた。怯えながらも前を見据えようとしている。

「…すまない。クルティス皇子への攻撃はお前達に任せる」

「あ…ああ!任せとけ!!」

ガイも腹を括り決意の眼差しを見せた。

 

ドゥル軍のこれ以上の侵攻の阻止は前線基地の南口、砂漠側を固める事で死守する事となる。ここが破られればドゥル軍は砂漠を越えてルピア城を攻め落とし女王イザベラを殺しポンドの町をも占領してしまうだろう、ブラスにとってそれだけは避けたい最悪の事態だ。

ガイ達3人はドゥル軍の魔物や兵達を迂回し始める。前線基地の北の両端は幸い森に囲まれているため容易に敵の目を盗む事ができた。

「で、本陣はどの辺にあるんだろうな?」

先頭を歩くガイが後方のレイナを振り返る。

「敵の軍勢の一番北…兵の後ろでしょうね。そうだわジェリーダ、念のためガイに腕力強化をかけておいてくれる?」

「あ、ああ…」

戦闘の準備をしながら歩く事数十分。ドゥル軍の最後尾の陣営が見えてきた。

「見えてきたが…手薄にも程があるだろ…」

陣営にいたのは意外にも馬から降りているクルティスとクローチェの2人だけだった。その他に兵士はおらずテントが立ち並ぶだけである。

「よっぽど攻め込まれない自信があるんじゃねーの」

ジェリーダがガイにそっと耳打ちする。

「もしくは…攻め込まれても負けない自信があるとか…」

どちらかといえばレイナの言う方が正しいのだろう、クルティスは既に3人が茂みに隠れて息を潜めている事は気配で察していた。

「マルクに逃げ込んだのかと思えば今度はルピアか…?」

もうごまかす事はできない、そう判断した3人はクルティスとクローチェの前に姿を現した。

「いんやぁ奇遇ですねぇ皇子…」

言葉はふざけていてもガイの目つきは鋭く、緊張の面持ちでクルティスの顔を睨みつけている。一度この相手に完全敗北を喫してしまっているのだから当然の反応なのだが。

「丁度いい、俺も貴様に確かめたいと思っていた事があった…返答次第ではジェリーダ王子だけではなく貴様も殺さなければならなくなる…!!」

クルティスはガイをどす黒い顔で冷徹に見下すと、右手に持つ黒い槍を前を突き出した。

「そういやアンタ、リーラの森で標的だった筈のジェリーダを無視して俺に襲いかかって来たよな…それにマルクの国境大橋でもアンタがしむけた刺客が俺を狙って来た。それに関係ある事なのか?」

「そうなるな。…あの刺客にはある事を確認させようとした。失敗に終わってしまったがな…」

「何をだよ…勿体つけてねぇで言えよ」

「『貴様の項に刃物で斬りつけられた傷痕がないか』をな」

同時に驚愕の表情を見せるガイ、レイナ、ジェリーダの3人。この事を本人以外に知っているのはそれを最初に見つけてガイに訪ねたコンラッドと、その場にいた娘のレイナ、この旅が始まる前にそれを見たジェリーダの3人だけだった。その他のルーヴル家の執事やメイド達も見た事がなく、ましてや外部の人間が知る筈のない事なのだ。

「な…何でアンタがそれを……!!」

クルティスはガイの返答に対して槍を持ったまま項垂れその全身を震わせる。

「そうか…あるのか…ならば貴様も…いや!!そこの無能な王子より先に貴様に消えてもらわなければならないようだなガイラルディア!!!!」

そして項垂れたまま上目遣いでガイの顔を睨みつけた。どす黒い顔に銀色の瞳だけが鋭く光る。

「何だそ……っ!!!」

言葉を終える前にクルティスはガイの目前にまで迫りその首を槍で突こうとしたが

「あ…っ…ぶねぇ…!!」

間一髪でガイはそれを剣で上に薙ぎ払い回避していた。

「クルティス皇子…貴方の相手はガイだけじゃないわよ!!!」

後方からレイナが杖を振り上げると先の赤い宝石が光り、そこから発する雷がガイを飛び越えてクルティスに直撃した。

「よっしゃあクリーンヒットぉ!!!!」

完全な直撃にガッツポーズをとるジェリーダ。雷が直撃した場所は黒い煙を立てている。

「あの鎧に直接喰らったんだ!無事じゃいられねぇだ…ろ……?」

しかし、煙の中から出てきたのは無傷の生還を果たしたクルティスだった。先程と違う点といえば自らのマントで身体を包んでいる事くらいである。

「まさか…あのマントで防いだとでも言うの…!?」

完全に想定外の事態に、レイナの表情にも焦りの色が見える。

「その通りだ。金属製の鎧で身を固めた所で雷にやられれば致命傷となる事に気づかない程俺も馬鹿ではないのでな…」

魔法によるダメージを軽減する特殊な布がこの世には存在して、よく魔術師用のローブの素材に使われ世界各地の防具屋で売られている。クルティスの羽織るマントはその一種なのだろうが完全に無効化できる布など少なくともガイ達は聞いた事などなかった。

「何だよそれ!!きったねー!!!」

ジェリーダが怒りと共に的外れな発言をしている間にクルティスは再度槍を前に突き出し、今度は目を閉じて何かを詠唱し始めた。

「嘆きの川と呼ばれし氷結地獄…罪深き者よ、反逆者よ、その罪を悔い涙さえも凍りつけ!!その極寒に歯をも鳴らせ!!!」

クルティスが詠唱を終えた時にはその場を包む氷の円陣が現れた。クローチェだけは離れた場所に位置しているせいか円陣には入っていない。

「氷結地獄(コキュートス)…第一界円(カイーナ)!!!」

円陣の中が急激に冷え、地面は氷と化し、次第に足元が凍りつき始める。

「な…何だこりゃ……!!!」

「冷気魔法の最高峰にしては……!!」

「さっ…寒いっ……!!」

しかし、足元から凍り始めるのも寒さを感じるのもガイ達3人だけで術者であるクルティスはただ氷の上に立つだけで足元は凍りつかず全く寒さを感じてはいないのか表情も変わらず微動だにもしていなかった。

「抵抗は無意味だ…貴様らはこの円陣…コキュートスの中で凍え死ぬのみ…」

クルティスのまるで世界中の人間を惨殺しても瞬きひとつしないような氷の瞳は3人を見下し、円陣の外でそれを傍観しているクローチェはどす黒くほくそ笑んでいた。


 
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