No.810271

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第九十話

ムカミさん

第九十話の投稿です。


しばらくは拠点回のような感じになりそうです。

2015-10-27 04:04:10 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3835   閲覧ユーザー数:2948

 

武官を集め、あれだけの宣言をした手前、一刀は新たに立てた鍛錬計画にはいつも以上に入念にチェックを入れた。

 

とは言っても、元々が敢えて道理を引っ込めて無理を通したような計画のこと、チェックすればするほどに、これは本当に大丈夫なのだろうか、と疑問を抱くような始末であった。

 

それでもどうにかこうにかその日の内に作り上げ。

 

翌日の鍛錬前には、その概要を説明するために春蘭、秋蘭、恋の三人には早めに来てもらっていた。

 

「仕事が早いな、一刀。流石だよ」

 

「早く説明してくれ!私はどんな鍛錬でもやってやるぞ!」

 

「……恋も、頑張る」

 

一刀の用件を聞いた三人は三者三様、それぞれの言葉でこれに応じた。

 

一刀は三人に向かって一つ頷き、そして説明を始める。

 

「一人一人、順に説明していこう。

 

 まずは、恋。恋は主に武の技術に関する諸々を覚えてもらう」

 

「……技術?」

 

恋がカクンと首を横に倒し、疑問を体現する。

 

当然、一刀の方も言いっ放しでなく、その理由も端から説明する気でいた。

 

「恋は基本的に直感で闘っているよな?それは悪いことじゃない。むしろ、恋には一番合っている型がそれなんだろう。

 

 でも、だからこそ技術を覚えてもらいたい。完璧にじゃなくていい。ある程度でいいから使えるようになってもらいたいんだ」

 

「……?」

 

恋が逆方向の横に再びカクン。

 

そうなるだろうと思っていた一刀は、用意していた説明を更に続けた。

 

「恋、君と俺の武は全然違った傾向のものだ。けれど、確かに共通する強みがある。それが何か分かるか?

 

 これ、秋蘭なら分かっているかも知れないな」

 

「うむ。二人とも、相手に合わせて型を変えているな。それではないのか?」

 

「うん、そう。それで合ってるよ、秋蘭。

 

 実はこれ、口で言うのは簡単でも実戦使用に耐えるほどに完成させるにはとある資質が必要なんだ。

 

 つまり……恋。恋はさ、誰かの武の型、ある程度までなら模倣出来るんじゃないか?」

 

「……ん」

 

コクリと恋が頷く。

 

あっさりと恋が肯定したことに春蘭、秋蘭が驚く一方で一刀は、やはりな、と言いたげに頷いていた。

 

「俺も恋も、特定の型を持たない。その代わり、色んな型を特に苦痛も無く扱える。

 

 仮に膂力その他が同等の相手と同じ型で闘ったら、ほとんどの場合で俺たちは敗北を喫するだろう。

 

 これは型の習熟度が専念する場合に比べて上がりきらないからだ。

 

 だが、その分、局面ごとに有利を取れる型を使い分け、最終的に勝利を引き寄せる。

 

 それが俺たちの型だ。

 

 ”無型の型”だとか”雲の型”だとか呼ばれていたよ」

 

三人とも一刀の説明に聞き入っていた。

 

恋自身、自分の武について深く考えたことは今まで無かった。

 

ただ、幼い頃より戦場を渡り歩いたその経験と野生の如き戦闘本能・戦闘勘から、こう動いたらいい、と感じた行動を取ってきただけである。

 

もしかすると、恋の型は今の一刀の説明にあったものとは違うのかも知れない。

 

だが恋は、一刀がこう言っているのだから間違いない、と感じていた。どうしてだか、無根拠にそう信じられたのだった。

 

「それで、まあ今の説明で大体分かると思うが、この型は要するに引き出しが多い方がより強い。

 

 だからこそ、恋にはいろんな技術や技なんかを覚えてもらう。

 

 覚えさえすれば、後はきっと恋の卓越した勘が使いどころを教えてくれるだろう」

 

「……ん、分かった。恋、頑張る」

 

コクリと、今度は前方に首を振る。つまり、首肯。恋は納得して一刀の案に従うことを決めた。

 

「次に、春蘭。春蘭も基本的には恋と同じような感じになるな。

 

 ただ、恋と違うのは、春蘭には色々な技術や型を”使える”ように、ではなく、”分かる”ようになってもらう」

 

「んん?どういうことだ?

 

 分かっていれば使えるのでは無いのか?」

 

一刀から示された内容に春蘭は首を捻るばかり。

 

やはりこれも一刀は予測していて、説明は用意してあった。

 

「春蘭も恋みたいに直感で最善手を導き出す傾向があって、それを根底においた戦闘の型を持っている。

 

 恋と違うのは、春蘭は一つの明確な型を持っていること、そしてそれが割と独特なリズム――あー、調子?間?まあ、なんだ、それを持っているってことだ。

 

 どんな相手であっても、春蘭はその型を崩さずに対応している。それが仮に崩されると、俺や恋にされるみたいに詰められて負けてしまう」

 

「うっ……た、確かに……」

 

一刀に指摘され、春蘭は過去の仕合を思い出して呻く。

 

まさしく今言われた通りにしてやられているのだから。

 

「逆に言えば、相手がどう来ようが全く型を崩さなければ、そうそう負けることは無い――はずだ。

 

 となると、大切になってくるのが春蘭の直感の精度なんだが。

 

 直感は自身の知識や経験に基づいて働くものだ。未知の事柄に対しては近いものから類推して、程度にまでしかならない。

 

 つまり、戦闘において攻防共に直感を大いに利用する春蘭は武に関して知っていることが多いほど良い。

 

 知らないことが多いままでは、いくら春蘭が直感で最善を導き出したと思っていても、それが次善あるいはそれ未満でしかないかも知れないからな」

 

「ふ、ふむふむ、なるほど……」

 

春蘭がぎこちなく頷きながらこう声を発する。

 

それを聞いた一刀は、少し悩む結果となった。

 

春蘭の理解が追いついていないと見て、もう少し噛み砕いて説明せねば、と考えたのである。

 

「……春蘭は色んな敵がどうやって攻撃してくるのか、或いは防御するのか、その方法をより多く知ってもらう。

 

 知ってさえいれば逆に春蘭はどう動けば勝てるのか、それが一層はっきりと分かるようにきっとなる。

 

 だから、春蘭には主にこの大陸の武に関して、俺が分かっている限りを教えていくことにしようと思う。

 

 そうすれば――」

 

「そうすれば、私はもっと強くなれるのだな!分かった!一刀の言う通りにしようではないか!」

 

理解出来るや、春蘭は一刀の言葉に被せるようにして承諾を示していた。

 

恋と春蘭への説明、確認を終え、最後に一刀は秋蘭へと顔を向ける。

 

「さて、最後は秋蘭なんだが……

 

 以前にも言ったかも知れないが、はっきり言って俺は弓に関しては素人同然だ。

 

 だから、弓の戦術なんかは全くと言っていいほど分からない。

 

 それに関しては今まで通り秋蘭独自に頑張ってもらうしかないな」

 

「ふむ、それはまあ仕方が無いな。了解した、そちらは私が自分で何とかするようにしよう。

 

 で?それに関して、と言うのだ、一刀が手ずから教えてくれる範囲のものも考えているのだろう?」

 

察しが良くて助かる、と一刀は感謝した。

 

「ああ。騎射では使えないんだけど、地に足付けての対人戦では役に立つかも知れない技術をちょっと、ね。

 

 秋蘭も餓狼爪以外に護身用の短剣は携帯しているだろう?その扱い方の向上が一つ。

 

 それから、これはどれほど使えるか全く予測できないんだが、歩法を教えようと思う」

 

「歩法?それはどういうものなのだ、一刀?」

 

「簡単に言えば、足運びの技術だね。

 

 相手に初動を読ませない、だとか、移動の意図を感じさせずに移動を為す、だとか。

 

 そのほとんどが近接武器での戦闘を視野に入れて考え出されたものなんだろうけど、弓にも応用が利くかも知れない。

 

 ただ――」

 

「一刀自身にも有効かどうかは分からないから私の方で色々と試してくれ、と言ったところか?」

 

「うん、正解。悪いな、秋蘭。こんなくらいしか出来なくて」

 

謝罪を口にする一刀に対し、秋蘭はフッと笑みを見せてこう答えた。

 

「何を言う、一刀。むしろ、とても助かるくらいだ。

 

 ここには弓を扱う将は私くらいしかいないからな」

 

「……?恋も使える、けど?」

 

何を思ったか、突然会話に闖入してきた恋に、そしてその発言内容に、他の三人は暫し目を見開き呆然としてしまった。

 

「……?」

 

一刀たちが何に驚いているのか分からず、恋はまたもやカクリと首を横に倒した。

 

その動作が引き金となり、三人に時間が戻ってくる。

 

「恋……?それって、一応使える、ってことじゃなくて、将相手に戦えるほど、に?」

 

「……ん」

 

「…………た、鍛錬して覚えたのか?」

 

「……んん。見て、覚えた」

 

一度の首肯と一度の否定。

 

それによって一刀は完全に言葉を失ってしまった。

 

どうやら、恋の”無型の型”は一刀のそれとは次元が違ったようである。

 

が、今はいつまでもそのショックに身を固めている場合では無い。

 

「だったら、恋。これからの仕合では、秋蘭と弓同士での仕合も組んでいくようにしてくれないか?

 

 その方が、色々と学べたり閃いたりすることもあるだろうから、さ」

 

「……ん、分かった」

 

「恋……すまないな」

 

「……んん。いい」

 

思わぬ展開ではあったが、幸いにもこれで秋蘭の鍛錬も補強することが出来た。

 

これで、新たな鍛錬は良いスタートを切ることが出来そうなのであった。

 

「よし、それじゃあ伝えることは伝えたことだし、早速――」

 

「私たちの分は分かったが、一刀は一体どうするのだ?」

 

いざ鍛錬を、といったところで春蘭が疑問を飛ばす。

 

自身のことだけにわざわざ説明することは無いか、と考えていた一刀であったが、残る二人の顔を見ても知りたがっていることが分かった。

 

「そうだな、それじゃあ一応言っておこうか。

 

 俺自身は当面、氣の練度を上げていくことに集中する。と言っても、皆との鍛錬の時間内ですることはほとんど無いんだがな。

 

 目標は練り上げる時間の大幅な短縮、それから持続時間の延長。

 

 どこまで出来るかは分からんが、凪と相談しながら詰めていくつもりだ」

 

なるほど、と表情で答える三人に、もう追加の質問は無いようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明を終えて鍛錬を始めようとして。まるでついでのように一刀が発した言葉が以下の通り。

 

「あ、そうそう。分かってるとは思うけど、俺たちの基礎鍛錬と仕合は今までよりも格段に増やすからな。

 

 かなりきついとは思うけど、音を上げてくれるなよ?」

 

それに対し、三人を代表して春蘭がこう答えていた。

 

「当然問題無いな!仕合ならばいくらでもやってやるぞ!」

 

そうして威勢よく始めた鍛錬は、しかしすぐにその厳しさが四人に牙を剝いていた。

 

鍛錬の時間が始まってからただ黙々と、ひたすら基礎鍛錬をばかり行う。

 

素振りは言わずもがな、武器の打ち合わせではあたかも型稽古の如く、ゆっくりと軌道を意識しながら、一つ一つの動作を丁寧に。

 

それを何度も繰り返す。繰り返し、繰り返し、体に染み込ませるように。

 

「なぁ、一刀~。まだ続けるのか~?

 

 ずっとこればかりでは無いか。もういいだろう~?」

 

こういった単調作業、繰り返し作業を得意としない春蘭が、うんざりしたようにそう言った。

 

それに対し、一刀は厳しく叱るように言い聞かせる。

 

「駄目だ。

 

 春蘭、これはとても大事な鍛錬だぞ?特に春蘭に、な。

 

 基礎の動作というものは武を支えるものだ。基礎だけあって、正確にこなせれば無駄な動きも削ぎ落とされる。

 

 動きの無駄が減ればその分疲労は溜まりにくくなるし、攻撃にしろ防御にしろ、その回転を上げることも出来るだろう。

 

 さらに、繰り返し同じ動作を体に染み込ませることで、咄嗟の場面でも過不足なく力を発揮出来るようにする。

 

 春蘭のように直感型の武を扱うのであれば、これは大きな利点になるはずだ。

 

 敵と対峙した時、互いの力量が上がれば上がるほど、僅かな差というものが大きな差異となって表れてくる。

 

 少しでも勝利を引き寄せる確率を高めたいのであれば、文句を言わずに鍛錬をしよう」

 

「む~……だがなぁ……」

 

一刀の説明にまだ納得がいかないのか、春蘭は再開を渋る。

 

そこで一刀は春蘭に効果的だと考えられる言葉を引っ張り出した。

 

「もしもこの先、実力が拮抗する敵将が現れたとして。

 

 春蘭はその時、ほんの僅かな差によってジリ貧に追い込まれ、敗北したとしても納得出来る?

 

 その敗北が、今やっているこの鍛錬によって回避出来るものであっても?」

 

「それは納得いかん!む……わ、分かった、一刀の言う通りにしよう」

 

「あ、そうそう。嫌々とか渋々続けるだけだと体に動きが染み込まないからね。

 

 ちゃんと目的と信念を持って鍛錬に臨むこと。例えば、馬騰に勝つ為に!とかでもいいからね」

 

春蘭を説得し終え、最後に忠告も入れて元通りに鍛錬に戻る。

 

なお、秋蘭は一刀の意図を理解し、真剣に鍛錬に励んでいる。恋もまた、同様。

 

ちなみに恋曰く、「……それで、強くなれる?だったら、一刀に任せる」とのこと。

 

考えることは苦手だと自覚しているのか、一刀を全面的に信頼することにしたようであった。

 

 

 

 

 

「えっと……あれって一刀様が仰ってた新しい鍛錬、ですよね?」

 

「はい、そのはずなんですが……一刀殿の考え方は我々とは随分と違います。

 

 説明を聞かずに理解するのはやはり難しいのでは?」

 

途中から鍛錬のために調練場に現れた梅と凪が、一刀たちの様子を見て思わず漏らした会話。

 

二人の視線の先では緩い速度での型稽古が延々と展開されていた。

 

と、そこへ更に季衣と流琉が現れる。

 

「おっはよー、凪ちゃん!梅ちゃん!

 

 って、あれ?兄ちゃん達、もうやってるの?」

 

「おはようございます、凪さん、梅さん。

 

 兄様は――……?随分とゆっくりした動きなんですね?」

 

それぞれ挨拶の後に、やはり一刀たちを視認して疑問を挟む。

 

だが、凪も梅も首を横に振るばかりでそれに解答が返ってくることは無かった。

 

その辺りで一刀が4人が揃っていることに気付き、一度型稽古を引き上げて4人の下へと向かってくる。

 

「やあ、おはよう。そろそろ時間なのかな?

 

 今日もまたいつも通り、仕合形式を中心に鍛錬を行う予定だ。

 

 ただ、前準備等は4人でやっていてくれるか?凪、監督も頼む」

 

「はい、承知致しました!」

 

「それじゃあ、全部終わったら声を掛けてくれ。

 

 そしたらこっちも仕合に移ることにするよ」

 

言うだけ言うと一刀は再び戻っていく。

 

その先、3人の手を一度止め、ここからの予定を話していた。遠目にも春蘭が目を輝かせた様が見て取れる。

 

そんな光景を横目に、凪は梅たちに呼びかけた。

 

「一刀殿はいつも通りと仰っていましたし、詳しい説明は大丈夫ですよね?

 

 では、早速始めましょう!」

 

まだ新たな鍛錬には加わっていないとは言え、強くなりたいというのは凪たちも同じ。

 

しかも、この4人は4人とも、指示された鍛錬は忠実にかつ確実にこなす真面目メンバーでもある。

 

その持ち前の性格を発揮させ、すぐに鍛錬に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

「一刀殿!こちらの方は終わりました!」

 

半刻程後、凪が一刀にそう声を掛けた。

 

それを受け、一刀の方も春蘭たちに向けて次の鍛錬への移行を告げる。

 

特に春蘭から、ようやくか、といった雰囲気が滲み出していたが、そこは敢えて気に掛けることはしないのであった。

 

「よし、それじゃあいつも通りに仕合形式でやっていこう。

 

 凪も梅も、季衣も流琉も。もう言わずとも分かっているとは思うけど、また言っておこうか。

 

 どんなに有利だろうがジリ貧だろうが、必ず動きと動きの繋ぎを意識すること。そこを疎かにすると隙が生じてしまうからな。

 

 そして目の前一点にだけに意識を集中しないこと。一番注目するのは当然対戦相手だけど、以前教えたようにそこから集中を周囲にまで広げるように。

 

 互いの力量が上がれば上がるほど、これらのような僅かな綻びから崩され、負かされる。

 

 後々になって後悔したくないなら、鍛錬である今この時からきちんと意識するんだ。いいな?」

 

『はいっ!』

 

凪たち四人の元気な声が響き、様々な組み合わせでの仕合が始まった。

 

 

 

 

 

一刻半もすれば、調練場にて動く人影は減りに減っていた。

 

未だ動く者はむしろよく通るようになった声を張り上げる。

 

「どうした、凪っ!もう終わりかっ?!」

 

「はぁ……はぁ……くっ……ま、まだ……まだやれますっ!!」

 

「そうか。ならば、来い!」

 

「はぁ……はぁっ……っ!はああぁぁぁっっ!!」

 

肩で息をしながらも、一刀の喝に気合で答える凪。

 

最後の力を振り絞るように、脚甲に氣を纏い、渾身の一撃を放とうとした。

 

「猛虎蹴破っ!!」

 

気合を込め、大きく体を捻って繰り出された凪の回し蹴り。

 

が、一刀はこれを半歩退くことで最小限の動きで避けて見せた。

 

「ん~……破れかぶれか?それは――」

 

「孤狼殴甲っ!!」

 

「っ!?くっ!」

 

一刀が凪の大振りな攻撃に駄目出しを入れようとした瞬間、その言葉を遮るようにして足から遅れて来た手甲が一刀を襲う。

 

いつの間にやらその手甲にも氣が纏われ、その破壊力は抜群だと一目で分かるもの。

 

予想外の攻撃を受け、一刀は咄嗟に地を蹴って更に飛び退く。

 

それを見て、凪は必死の形相の中にも、確かに笑みを浮かべたのだ。

 

「これでっ!猛虎……蹴壊っっ!!」

 

脚の振り、手の振りによって付いた勢いをそのままに、凪は回転を止めずに一周を通り越して更なる攻撃を仕掛ける。

 

一刀を追うように、一瞬だけ着いた足と揃えて両足のばねを用い、跳躍。飛び回し蹴りに繋げた。

 

脚甲が纏う氣の光が増していることからも、凪の全身全霊を込めた必殺の一撃だと分かる。

 

バックステップからの着地の直後、態勢も不十分なままで一刀はそんな凪の攻撃を受けてしまった。

 

「くっ……!はあああぁぁぁぁっ!!」

 

「ぐっ……ぉっ……!」

 

咄嗟に割り込ませることに成功した一刀の得物。

 

それを目にし、僅かに唸るも、それごと吹き飛ばさんとばかりに今日一番の気合と共に凪が脚を蹴り抜いた。

 

どうにか防御態勢は取れたものの、衝撃を殺しきることはとても出来なかった一刀は、攻撃のヒットと同時に足元に浮遊感を得る。

 

凪の脚の一部は一刀の脇腹に浅くながら刺さり、一刀の体は空を駆けた。

 

「~~~~~っ!!……くはっ……!

 

 な、凪……い、良い攻撃だったぞ。これは……さ、さすがに、効いた……が……っ!!」

 

脇に受けたダメージで呼吸が苦しくなった一刀は、それでも凪を褒めることは忘れない。

 

途切れがちながら凪を褒め、しかしそれでも、と今度は一刀の方から地を蹴った。

 

「えっ!?くぅっ……!」

 

まさかすぐに反撃が来るとは思っていなかった凪は、対応に遅れてしまう。

 

若干防がれはしたものの、凪の攻撃は文句なく決まっていた。一刀が珍しく、というよりも恋や霞クラスとの仕合以外では見せない喘ぎを見せているところからもそれは確かなはず。

 

だからこそ、凪は一瞬とは言え、次の行動を悩んだ。つまり、自らが追い打ちを掛けるか、或いは少し間を取って態勢を整え直すか。

 

いずれにしろ、この状況から間髪入れずに反撃される可能性だけは考慮の外であったと言えた。

 

一刀は酸素を欲するが故に痛む脇腹を無視するために敢えて呼吸を止めて、この時点での万全にて攻勢に出てきている。

 

一方で凪は慌ててしまったが故に色々とお粗末な状態であった。

 

結果――――

 

「っ!」

 

「ぅあっ?!あ……ま、参りました……」

 

一刀の攻撃の回転に付いてゆくことが出来ず、凪は敗北を喫してしまったのである。

 

おぉ~、と周囲から歓声が上がる。

 

それは両者ともに向けられた賛嘆の声であった。

 

「んっ……ふぅ……いやぁ、凪、今の連携技は素晴らしかった。

 

 さすがにやられたかと思ったよ」

 

「い、いえ……確かに手応えは十分だったのですが……。

 

 防がれたことはとにかく、その後は完全に反応できませんでした」

 

一刀の褒め言葉にも、凪はそれよりも反省点が、と含めて返す。

 

真面目な凪に、まだまだ伸びるなぁ、と感じながら、一刀は先ほどの凪の一連の動作を思い出す。

 

「脚甲に注目させておいて、身体の陰で手甲に氣を集中、そのまま裏拳から再度回し蹴りの三連撃、か。

 

 相手から目線を切る瞬間があるから不用意には使えないだろうが、これはいい武器になるぞ。

 

 ただそれだけに、その後が悔やまれるな」

 

「はい……申し訳ありません」

 

「いや、今回で修正出来れば全く問題ない。

 

 強いて言うなら、相手の行動を予測する時には、自分がその時やられて一番嫌なことを想定しておくんだ。

 

 ちなみにこれは攻める時でも同じだぞ?相手の嫌がる行動を考え、それに沿うように攻撃していくのが一番だ」

 

「一番嫌なことを想定……だからあそこで一刀殿は…………はい!分かりました!」

 

息切れを整えたい。その心を見抜かれ、その隙間に攻撃を捻じ込まれた。

 

それを凪は理解し、教わったその対処法を新たに心に刻み込んだのであった。

 

「おーおー、や~っぱ一刀は反則的やなぁ~」

 

「凪さんも素晴らしかったですよ。きっと私でしたら、あそこで負けてしまっていましたね」

 

パンパンパンと疎らな拍手の音と共に近づく二人の声。

 

いつの間にやら調練場へと姿を現していた霞と菖蒲のものであった。

 

「霞様!菖蒲様!きょ、恐縮ですっ!」

 

「あ~、ええてええて。それよりも、や。

 

 一刀、見たとこ、今からあんたら同士での仕合に移るっちゅう感じなんやろ?

 

 せやったら、ちょいとウチらにも見物させてんか?」

 

ピシッと慌てて背筋を伸ばして頭を下げる凪に、霞は軽く片手を振る。

 

そして、続けて一刀に見物の申し込みをした。

 

特に断る理由など無い、どころか、むしろ時間が余っているのであれば他の武官を呼んでおきたいほどですらあった。

 

「全然問題ないよ。

 

 さて、それじゃあ、こっちもやっていこうか。

 

 始める前にも言ったけど、技術関連のことは俺が仕合を通して実践で教えていく。

 

 恋はそれを盗め。春蘭は覚えろ。後はひたすら仕合を繰り返す。いいな?」

 

「おう!」 「……ん」

 

「一刀、私の分となる歩法とやらはどうするつもりなのだ?」

 

「秋蘭の歩法に関しては明日以降、基礎鍛錬の時間に徐々に教えていくよ。

 

 今日色々試させてもらったけど、やはりというか何というか、即実践に移っても問題無さそうだったからね」

 

「ふむ、そうか。分かった、明日からだな」

 

秋蘭も納得を示したところで一刀は最初に仕合う相手を呼び込む。

 

「恋。まずは俺とだ。言わずともだが、もう一方は春蘭と秋蘭で。

 

 さて、恋。何か優先して覚えたい技術があれば、聞こう。攻撃重視、防御重視、攪乱重視。知っている限りはしっかりと教える」

 

一刀としては、恋はこの質問にいくらか悩んだ後に何かしらを選ぶか或いは何も選ばないものだと考えていた。

 

それだけに、恋が即答してきたのには驚きを禁じ得なかった。

 

「……あの技がいい」

 

「あの技?って、どれのことだ?」

 

「……恋が、馬騰にやられた技。秋蘭から聞いた。一刀、知ってるみたいだった、って」

 

恋が特定の事柄にこれ程興味を示すのは珍しい。

 

それだけ恋は今、強くなりたいとの想いが強いということが言葉にされずとも伝わってきていた。

 

だから、一刀も誠心誠意答える。

 

「知っている、というか……似た技を俺も使える、ってことだ。正直なところ、馬騰が使っていて心底驚いたよ。

 

 ただ、なぁ……あれは一種の不意打ちみたいなものだと思っているから、今から仕合で使うにしても成功するかどうか……」

 

「…………」

 

一刀は恋の要求を渋るものの、是が非でも、といった様子でこちらを見つめ続けてくる恋。

 

最早無言の圧力とも言えるレベルのそれに、最終的には一刀が折れることとなった。

 

「あ~、分かった分かった。但し、失敗しても勘弁してくれよ?

 

 そもそも、相手の得物が剣以外で成立するかどうかも分からないのに……」

 

恋が頑なに要求している姿。一刀が愚痴らしき言葉を漏らす姿。

 

脇で見ていた者にとってはそんな珍しい光景がその視界に映し出されていた。

 

「取り敢えずやってみるか……ああ、そうだ。恋。春蘭、秋蘭も。

 

 こっちの仕合には人が余っていても審判等は無しだ。どちらかが致命的状態となるか、或いは完敗を認めるか、それだけが決着とする。いいな?」

 

三人が首肯で答えたのを見てから、一刀は一定の距離で恋に向き合う。

 

「さて……それじゃあ、始めようか、恋」

 

「……ん」

 

恋はコクンと頷くや、すぐに一刀へ向かってダッシュする。それはさながら馬騰の所で見せたあの状況を再現しているかのようであった。

 

いくら一刀でも、これを馬騰と同じようにいなすことは出来ない。そう判断し、いつものように受け流そうとして。

 

「ふっ!……ん?」

 

あまりにもあっさりと受け流しが決まる。その手応えに違和感を覚えていた。

 

「なぁ、恋?手加減しているのか?」

 

「……?」

 

恋の頭はカクンと横に傾く。それは疑問を表すもの。つまり――

 

「無意識……?いや、俺の気のせいなのか?」

 

一刀にとって思わぬ出来事で少しの間仕合が止まる。が、取り敢えず考えるのは後にしようと結論した。

 

「……いや、すまない。続けよう、恋」

 

「……ん。もう一度」

 

またも同じように突っ込む恋。いつもの仕合であれば防がれた行動を連発するような愚を恋は犯さない。やはり再現したいのだろう。

 

しかし、と一刀は内心で独り言ちる。

 

(さっきと完全に同じなのなら、きっと……)

 

恋の戟の軌道を読み、態勢を取り。受け流しでは無く、組み合うように得物をぶつけ。そしてその直後。

 

カァンと金属音を響かせて、恋の手からは戟が失われていたのだった。

 

一連の出来事に観覧側からどよめきが聞こえてくる。

 

そんな空気の中、恋は自身の手を見、飛ばされた方天画戟を見、してからポツリとつぶやく。

 

「……あ、これ……」

 

「うん、そう。これが恋のされた技――と似たような技だ。向こうでは”巻き上げ”って呼ばれていた。

 

 その名が示す通り、得物を巻いて絡ませ、相手の手から弾く技、なんだけど……」

 

チラと観覧側へ一刀は視線を向ける。

 

その意味を察し、霞と菖蒲が寄ってきた。

 

「なあ、霞、菖蒲。傍から見て恋は本気だったか?」

 

「へ?何を言うとんの、一刀?

 

 恋も本気出しとったやん?ま、戦術の方はアレやったみたいやけど」

 

「私から見てもそのように見えましたが……

 

 どうかなされたのですか、一刀さん?」

 

「いや……」

 

二人の返答を聞き、一刀は困惑してしまう。と言うのも、理由は巻き上げについて言われていることにあって。

 

「実はな、この技って基本的に同格以上の相手には通用しない、って言われているんだ。

 

 不意打ちで一発程度なら同格以上でも、とは思っているんだが、それでも恋相手となると、な……」

 

一刀は十中八九失敗するだろうと考えながらも、今の仕合でこれを放つ決意をしていた。

 

失敗した後、今の説明と共に演技にて成功例を見せておくか、としていたのだ。

 

ところが、実際はこの結果。最も戸惑っているのが一刀であった。

 

「恋、どこか調子が悪いのか?それとも連戦で疲れているのか?」

 

「……んん。大丈夫」

 

「全く問題が無いのか?」

 

「……ん」

 

恋の返答にますます困惑の度合が増してしまう。

 

だが、今これ以上考えたところでほとんど意味が無いだろうこともまた事実なのであった。

 

「……分かった。恋、取り敢えず様子を見ながら鍛錬を続けていこう。

 

 もし体調とかその他でも、不安に思うことがあったら遠慮なく言ってくれ」

 

「……ん」

 

恋と約束し、意識的に今の困惑を頭の片隅に追いやることにしたのだった。

 

 

 

結局、その後も一刀から見た恋の調子は変わらず。

 

春蘭や秋蘭、飛び入りで仕合に参加したがり、これを認めた霞や菖蒲相手には問題無く勝利するものの。

 

一刀の見せる技術には悉く嵌まり、黒星を積んでいくという一種異様な光景が展開されることとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後の夕刻。

 

斜陽が照らす華琳の執務室内には彼女の他にもう一人の姿があった。一刀である。

 

この日、一刀はここ最近の武官側の動きについての報告に上がっていたのだった。

 

それが恋の内容に至った時、華琳がポツリと漏らす。

 

「そう。それは心配ね」

 

「ああ。他の皆は何も変わらないって言ってるんだけどな。

 

 いつもなら発揮される凄まじいまでの戦闘勘が、どうしてか技術を以て仕掛ける攻撃には働いていない。

 

 これが一時的なものだったらいいんだが……

 

 もしも馬騰にやられたことがトラウマ――心的外傷となって動きなり勘なりを鈍らせているのだとすれば、事態は深刻なのかも知れないな……」

 

「心的外傷?それはどういうものなのかしら?」

 

言い直したにも関わらず、通じなかったことに首を傾げかけた一刀であったが、すぐに納得した。

 

トラウマは心理学の分野の言葉。この時代ではまだその概念すら無かったのかも知れない。

 

「そうだな……例えば、火事で死にかける思いをした者がいたとする。

 

 そういった者の中には、たとえ小さな火であっても、火事にあって以降は火自体を見ると動悸や息切れを起こし、平常ではいられなくなってしまうことがある。

 

 これは大分重い例だけど、無自覚的に起こるような軽いものもある。食べ物の好みが変化したきっかけとか、ね」

 

「なるほど。ならば、一刀。その辺りに注意してあげなさい」

 

「ああ、分かっているよ」

 

不安は残るものの、それは仕方が無いことだと考えることにした。

 

一通りの報告を終えた後、華琳が逆に問うてくる。

 

「時に、一刀。貴方が最近始めたという例の新たな鍛錬の件、状況はどうなっているのかしら?」

 

「順調な滑り出し、ってところかな?

 

 初日の終わりには凪たちから聞いた話も含めて考えた上で菖蒲と霞が参加を表明してくれたし、その後も皆ちゃんと考えた上で参加すると言ってくれた。

 

 一先ずは武官全員の返事は得たよ。一応ここまではほぼ予想通り。

 

 当面の着目点は、実際に鍛錬項目を組み直した上で脱落が出るかどうか、だな」

 

あの場に集めた者の内、華琳と零を除く全ての者がこの数日の内に参加を表明していた。

 

また、華琳は秘密裡に個別指導を一刀が行うことが決まっている。

 

零だけはさすがにその立場上、仕事時間のほとんどを鍛錬に費やすようなこの案に乗るわけにはいかないのであった。

 

「馬騰に孫堅……劉協様、劉弁様の母君、先々代の皇帝陛下の信が伊達に篤かったわけでは無かったというわけね……

 

 加えて、劉備の陣営もどうやら充実してきているようね」

 

「あの辺りは山ばかりで土地活用が難しいんだが、その分他から攻められにくいという利点も同時に持っている。

 

 そして元より彼の地域にいた黄忠や厳顔、更には徐庶なんかも加わったんだ。武官も文官も充実して当然だろう。

 

 仮に攻めるとなると、軍隊を引き連れてのあの山越えは厳しい。

 

 となると一番いいのは平原を迅速に進むことだが、如何せんそれほど広くは無かった。

 

 諸葛亮や龐統はきっとそこに罠を仕掛けておくくらいのことはするだろうな」

 

かつての記憶を思い出しながら対劉備の補足を話す一刀。

 

その様子に華琳は暫し無言で一刀を見つめていた。そして、少々訝しむように尋ねる。

 

「一刀、貴方まるで見てきたかのように話すのね?

 

 それは稟や風からの情報なのではなくて?」

 

「いや、実際に見てきたことがある。

 

 以前、春蘭や秋蘭の副官をやっていた時、秋蘭から頼まれた任務でな」

 

これには華琳も目を丸くする。が、すぐに合点がいったという表情に変わった。

 

「なるほどね。

 

 その任の一つに、桂花と接触するようなものがあったのかしら?」

 

「ん?そうか、言ったことが無かったっけか?

 

 まあ、華琳が言ったようなものだ。任務の途中で偶々桂花を見つけ、その器を感じて引き込んだ」

 

「そう。そういうことがあったのね」

 

一刀としては”嘘”は言っていない。が、真実もまた話してはいない。

 

だが、なるほど、それなりに筋が通っているだけあり、華琳も既に納得を示していた。

 

むしろ、長年刺さっていた喉の小骨が取れたかのような満足気な表情さえ見せるほどであった。

 

「一刀、少し聞いてみたいのだけれど、その任務において他の地域で――――」

 

「曹操様っ!!あっ、北郷様もこちらにいらっしゃいましたか!」

 

華琳の言葉を遮るように、バンッと大きな音を立てて扉が開かれる。

 

その向こうから血相を変えてやってきたのは、この日の許昌の門番を任されている兵の一人であった。

 

「どうした?!何があった?!」

 

瞬時に声を軍議等で使用している威厳あるものに切り替え、問う華琳。

 

それに対する兵の返答は、俄かにこの執務室に緊張感を齎すものであった。

 

 

 

「許昌目前に少数なれど謎の部隊を目視!

 

 旗は無し!詳細も未だ不明なれど、まずは第一報をと参りました次第!」

 


 
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