ある朝方のこと、フェニックス一家は食堂で食事をとっている。
特に取り決めはされていないが、都合の空いている家族は大抵同じ時間帯にここで食事をとっている。
今朝方は仕事で家にいない次男と、部屋に引きこもっていることが日常となっている四男以外は食堂に勢揃いしている。
やんちゃな三男のライザーも食事時には食堂に顔を出すことが多い。あれでも、内心では家族との団欒を大事にしているのかもしれない。
「お食事中に申し訳ございません、旦那様。どうかこちらをご覧いただきたく」
フェニックス家に仕えている執事の一人が、どこか慌てたように食堂へ入ってきて一通の手紙を差し出してきた。
差出人は無記名。ただ「フェニックス家の皆様へ」と表に書かれているのみ。
「オルト様のお部屋へお食事を持っていきました際、返事がありませんでしたので失礼とは思いましたがお部屋へ入室いたしました。お部屋にはオルト様はいらっしゃらず、テーブルの上にこの手紙だけ……」
「オルトが?」
まさか誘拐か? そう思ったのは妻も、一緒に食事をしていた息子たちも同じようだ。
フェニックス家は冥界の貴族の中でも上級に位置している。
それは貴族位としてもそうであり、総資産としても同じだ。フェニックス家を昔から今日まで上級貴族としてその位に至らしめている要因の一つとして“フェニックスの涙”がある。それは冥界でも希少価値の高い魔法薬で、代々フェニックス家が精製してきている門外不出の品だ。
冥界の悪魔どもの中では、その精製方法を知ろうと必死になっている輩もいる。
それを手に入れられれば、そしてその精製を自分たちで好きにできるのならば、それは間違いなく大きな財産になるのだから。
もしかすると、オルトはそのような悪魔どもの一派に誘拐されたのではないかと考えるのは自然なことだった。
「あなた、考えるのは後にしましょう。今はその手紙の確認が優先でしょう?」
「あ、あぁ、そうだな」
妻に言われて手紙を広げる。
誘拐犯からの要求が書かれているのではと思っていたそれは、なんと息子であるオルトからの手紙であった。
『 拝啓
……手紙を書いたことがなく丁寧な書き方がよくわからないので略します。
勝手にいなくなってしまい申し訳なく思います。皆様に一言告げてからにすればよかったかと思いましたが、反対される可能性も考え書置きだけ残して行かせていただきます。
私を小さい頃からかわいがってくれて、いろいろと面倒を見てくれた皆様には大変失礼かもしれませんが、どうか許していただきたく思います。
貴族として生を受け、様々な義務が私にも課されるのでしょうが、それ以上に私は外の世界を見てみたくなったのです。
今まで引きこもっていたこの小さな世界ではなく、いろいろな出来事であふれている外の世界に行きたくなったのです。
今までいろいろと迷惑をかけてきて、この親不孝な! と罵っていただいて構いません。
それでもこの短い生の中で、私が今まで体験できなかった様々な経験をしたいのです。
心配していただけているのならば、どうか心配なさらないでください。
そこそこではありますが、買っていただいたPCで知識を得て、自己鍛錬を重ねて力も多少つけておりますので自己防衛位は可能です。
怒っておられるのでしたら、思う存分怒ってもらって結構です。
それだけの失礼をしていることを自覚しております故に。
最後になりますが、勝手ながら皆様の健康を遠い地から祈っております。
敬具』
読み終わって一つ息を吐く。
この内容を家族に話すと反応はさまざまであった。
長男は黙して何も語らず、三男はまた勝手なことをと憤り、母と娘はオルトの心配をする。
しかし、私としてはこれはこれでいい傾向なのではないかという考えが浮かぶ。
オルトはまだ小さい頃に自分の身のことを知ってしまい、ふさぎ込んで部屋からあまり外に出てこなくなってしまった。
少ない生涯として生まれてきてしまったオルトがどのような道を歩もうとも、好きにさせてやりたいと妻ともども考えていた。
部屋に閉じこもったまま生涯を終えるというのは悲しいものだが、それでも短い生涯を持ってしまった息子にどのように接すればよいのかわからなかった私達は、それが息子の望みならばと何も言わずにここまで来た。
オルト自身赤子のころからおとなしい性格で、今まで我儘らしい我儘も言わない子であった。
そんな中で、今回の家出騒動だ。
PCを買い与えていたことから外への興味がオルトの中に芽生えていたのかもしれない。
事実、この書置きからは外の世界への関心が深く伝わってきている。
このオルトの行動は、確かに驚嘆させられたし心配でもあるが、それ以上にオルトの数少ない我儘のように思え、ほんの少しだがうれしさが心に浮かんでくる。
(家出をするのも、子供が元気な証拠なのかもしれないな)
そう思うと自然と笑みが浮かんでくる。
人間界での諺で、“かわいい子には旅をさせろ”という物もあるくらいだ。
オルトは人間以上には長寿ではあるが、悪魔とでは比べるのが可哀相になるくらい短命だ。
だからこそ、そんな子を持った一人の父親としてはこう思う。
(短い人生なのだ。ならばせめて、悔いの残らないように力の限り生きてみなさい)
怪我をしてもいい、病気にかかってしまったとしてもいい。どんな状況であったとしても、自分がしたいことを一生懸命にして生き抜いてほしい。
今はどこにいるかわからない息子に対して、息子同様に遠い地からそう願う。
(……まぁ、あの子もフェニックスの血を引いているのだ。滅多なことがない限り怪我はすぐ治るし、病気にも罹りにくいわけであるが)
フェニックスという種族柄、血は薄れていてもその種族としての特性は受け継いでいるし、その身に宿っている力も鍛えていなかったとしても下級悪魔程度に遅れはとらない程には素質がある。
悔いの無いように生きてほしいと思う反面、あまり無茶なことはしないでほしいと思う親心。
(……さて)
今だに憤っているライザーや心配そうにしているレイヴェルと妻に視線を向ける。
(今までオルトに対してあまり父親らしいことはできなかったからな。ここで少しは父親らしいことをしてみるか)
家出してしまったオルトのフォローに勤しむことを決める。
いつの日か、フェニックス家に帰ってきたオルトがライザーも含めた家族みんなに受け入れられるように願いながら。
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とりあえず、ここまでがある意味冒頭なのかな?
前:http://www.tinami.com/view/808319