No.807803

紫閃の軌跡

kelvinさん

第78話 遥か彼方

2015-10-12 23:53:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2379   閲覧ユーザー数:2197

~帝都ヘイムダル オスト地区~

 

特別実習二日目。リィンらは昼食を済ませ、外に出た。

 

「昼も終わりか。そろそろ夏至祭の飾りつけが始まる頃かもしれないな。」

「夏至祭というと結構準備するものだと思ってたんだが、帝都では違うのか?」

「う~ん、そうなんだ?年中行事の一つ程度にしか考えてなかったけど。」

 

お祭りの準備という概念…その辺りは帝都とそれ以外の地域で大きく異なる。それは何も、帝国に限った話ではない。

 

「そういえば、リベールの生誕祭も結構大がかりですよね?」

「まぁ、そうだな。意味合い的には帝都の夏至祭に近いところもあるが、各都市でも飾りつけはしてるし、それなりの準備はしてるところが多い。」

「ラウラのところはどうなの?」

「一つイベントが増えて忙しさは増えたが、それでもどちらも欠かせぬものになってしまった。父も相当悩んだが、民の言葉を聞いて残したのだ。古よりの精霊信仰を途絶えさせるのは宜しくない……女王陛下からもそのような言葉を頂いたそうだからな。」

「そういった意味だと、帝都の祭りの意味合いは薄いよな。」

「まぁ、一ヶ月遅れという意味では否定できないな……」

 

リベールの自治州については、昔ながらの帝国ならではの風習が残っているところもある。夏至祭に関しても同じことだ。国を変えても人々にとっての支えとしての“夏至祭”は彼等の生活の一部となっていたからだ。リベールはそれを咎めもせず、そのまま残る形となった。

その一方で帝都における夏至祭は季節のお祭りというよりかは皇族の方々がイベントに参加されるということから、それを一目見れるイベント的な意味合いが強いのが実情であった。

 

一時の休息も終わり、残る課題消化をしようとリィンらが行動しようとしたところでタイミング良く鳴りだすリィンのARCUS。その音は明らかに通信の着信音であった。

 

「ARCUSが……!?」

「確か、帝都でも試験的に使えるようにしたと言っていましたね。」

 

ともあれ、通信とならば出ない訳にもいかない。リィンがARCUSのボタンを押して話し始めた相手は…正直言ってリィンですら想定していなかった相手であった。

 

「トールズ士官学院・Ⅶ組、リィン・シュバルツァーです。」

『やぁ、お疲れ様。カール・レーグニッツだ。』

「知事閣下!?」

「父さん!?」

 

課題を纏めているのが彼だとすると別に不自然ではないにしろ、忙しい身分の彼自身が一学生であるリィン達に直接連絡を取るというのは普通ではないというか、そういったことをできる知事が凄いというべきか…マキアスにしてみれば色々思うところはあるだろうが。リィンは先程レーグニッツ家でコーヒーをご馳走になったと礼を入れ、レーグニッツ知事はそれに対しての言葉を述べたところで本題に入ることとなった。

 

『少々ハプニングがあってね。急遽実習課題を追加したいのだがいいかね?』

「それは構いませんが、何があったんですか?」

『≪ガルニエ地区≫の宝飾店にて盗難があったらしい。それで、その犯人と思しき人物が君たちに対して伝言を残したそうなんだ。』

 

……盗難。そして、トールズ士官学院のA班をいわば名指ししたような感じの言葉。まぁ、そんな酔狂なことを考えそうなのは後にも先にも“奴”しか思い浮かばないのだが。アスベルが視線を向けると、ルドガーはやれやれと言った感じで肩を竦めた。それは彼等だけに限らず……ともあれ、話を聞きにガルニエ地区の宝飾店『サン・コリーズ』へと向かうこととなった。そして、ケースの前にいるコーデリア店長から話を聞くこととなった。

 

「すみません、あなたがこの店の責任者でしょうか?」

「僕達、帝都庁から話を聞いてきたのですが……」

「え、ええ……私がこの店長ですわ。」

 

まず、盗まれたのは1億ミラもする紅耀石(カーネリア)のティアラ。で、それを盗んだ人物というのはここにいるA班の面々のほとんどが知っている人物―――“怪盗B”であった。予想通りというか、『また謎かけか』ということであった。そして、ティアラを返すための条件も記載されていた。

 

一、このことは鉄道憲兵隊に知らせぬこと

一、同封したもう一つのカードを、トールズ士官学院・A班の面々に渡すこと

一、Ⅶ組A班がもう一つのカードに書かれた試練に打ち勝つこと

一、アスベル・フォストレイトとルドガー・ローゼスレイヴの両名は彼らの手助けをしてはならない

 

……明らかに省いた段階で、正体バレバレというか…隠す気などないと言わんばかりの条件だろう。

 

「それじゃ、手助けと思われない様に遠くから見てるから。」

「う~ん、二人の助けを借りられないのは痛手だけど……」

「まぁ、頑張るしかありませんね。」

 

二人が抜けたところで、さして『謎解き』に関しては問題ないとアスベルは確信していたところもあるのだが……実際のところ、アスベルろルドガーを除くA班の面々の内、リィンとフィー、そしてラウラが『奴』との面識があるのだが、その辺はティアラの事もあるのでそれが無事に戻ってきてからという話で折り合いは付けている。……まぁ、結論から言うとティアラに関しては最後の『鍵』―――導力トラムの中にあった漆黒のトランクから発見され、特に傷などといったものは見受けられなかった。その辺りの律義さは尊敬に値はする。……口に出して言うことはしないが。

 

そしてA班とその導力トラムの運転手が話すところにさしかかる。

 

「う~ん、だとすると最後に乗ったお客さんが怪盗Bだったのかな。変なお客さんを乗せた覚えなどないんだけど。」

 

普通に聞けば真っ当な言葉なのだが……その言葉を聞いた面々の中で疑惑の眼差しを向けている人物が一人―――そう、リィン・シュバルツァーその人である。

 

「な、何か私の顔についているのかな?」

「ええ。そろそろ茶番は終わりにしようと思いまして。ブルブラン男爵―――いや、怪盗B……“怪盗紳士”ブルブラン!」

「ええっ!?」

「フフフ……ハーッ、ハッハッハッハ!!」

「なっ、貴殿は!?」

「はぁ……面倒な奴にあったね。」

 

リィンの発した言葉に驚くエリオット。それに対して運転手は笑みを浮かべ、そして高らかに笑った。それと同時に運転手の格好をした人物は怪盗Bのマスクを付けた人物へと変わったのだ。これにはマキアスやエリオットも驚きを隠せないが、彼と面識のある人物にしてみれば奇妙な邂逅と相成った。

 

「フフフ、ちなみにいつから気付いていたのかね?」

「気付いていたも何も、最初から正体を隠す気などなかっただろう。変装に関しては見事としか言いようがないけれど、この辺でそろそろ様子を見に来ると思っていた。ただ、それだけだ。」

「その状況判断だけで……成程、やはり君は興味深い。それと、久しい顔ぶれにあえて何よりだが、バリアハートでは黙っていたようだね?」

「さらっと素顔で登場した時は疑わざるを得なかったけどね。」

「ともあれ、犯罪を働いたことは事実。大人しく逃げれるとは思わないことだ。」

「フフッ……」

 

そう笑みを零すと瞬時に高所へと瞬間移動したブルブラン。

 

「それでは諸君、次なる邂逅をt」

 

言い切って立ち去ろうとしたのだが、それは叶わずに終わった。リィン達にしてみればそこから一瞬で消えたと錯覚してしまうほどに……ものすごいスピードで“飛んでいった”

 

「………」

「……流石、ルドガー。」

 

リィンの見えないところで何が起きていたのかを簡潔に説明すると、ブルブランが台詞を言いきる前にルドガーが全力のトップスピードを乗せた蹴りをお見舞いしたのだ。いくら奇術に秀でているとはいえ、“隠形”を極めたルドガーのスピードを察知できるはずもない。そのブルブランは……まぁ、死んではいないだろう。悪運は妙にあるらしいので。

 

「まぁ、死ぬことはねぇと思うが……にしても、アスベルがこのことをあっさり認めるとは思わなかったぞ。」

「身内の面倒事に巻き込まれるのは御免被りたい。」

「……気持ちが解っちまうっつーのが、微妙なところだな。」

 

ルドガーはブルブランに色々被害を受けていることは事前に聞かされていたので、特に咎めることはしなかった。それ以前に『蛇』絡みで面倒事を抱えるのはこっちからお断りだ……そうは言っても、トラブルが舞い込んできてしまうのが“ブライト”の辛いところではあるが。ともあれ、少し遠回りしてリィン達と合流し……ティアラは無事宝飾店に戻った。

 

「俺らがいなくても、無事に解決したようだな。」

「そういえば、アスベルらはどこにいたのだ?」

「最後の時はちょっと外せない用事が出来たんだよ。怪盗Bの面を拝むことが出来なくて残念だが。」

「二人がいれば確保できたかもしれないのに、残念。」

 

まぁ、“ルドガー絡みの用事”であったことは事実なので、嘘は言っていない……と思いつつも、再び通信の着信音を知らせるリィンのARCUS。またもやレーグニッツ知事絡みなのかとマキアスは推測したが、今度の通信相手はⅦ組にとって聞きなれた声の持ち主であった。

 

『ハロハロー、頑張ってるかしら?』

「その声は……サラ教官ですか。」

『あら、声を聞いただけで解るなんて、これも愛のなせる業かしら?』

「信頼とかはしてますが、愛を感じたことなんてないのですが……でも、珍しいですね。」

 

リィンの言うことも尤もだ。4月のケルディックでの実習の際、『自主性』を尊重するために特に干渉などしない方針の教官自身が連絡を寄越すこと自体珍しい。それはそれで受け止め、サラ教官は続けた。

 

『一通り実習課題を片付けたらで構わないから、サンクト地区に行ってほしいの。』

(サンクト地区……確か、ソフィアの通ってる学院もそこだったはず。)

『で、そこの“聖アストライア女学院”に17時正門前集合ね。知事さんの許可も貰っているから、楽しんできていらっしゃい♪』

「ええっ!?ちょっと、教官!?………切れたか。」

 

有無を言わせぬサラの言葉に、リィンは驚くも彼の反論を待たずに切られる通信。これには流石のリィンも半ば諦めつつ、ため息をつきたそうな表情をしつつもARCUSをホルダーにしまい込んだ。

 

「どうしました?」

「またサラ教官の無茶ぶりでも飛ばされたのか?」

「いや、実は……」

 

それを気がかりに思った面々が問いかけると、リィンは先程の通信の内容を説明した。それを傍で聞いていたアスベル、ルドガー、そしてセリカは苦い表情を浮かべていた。

 

「……前の事を思い出すよ。」

「だな。」

「あはは……二人はそうですよね。」

 

女子高にいい思い出などない……アスベルとルドガーが揃ってそんなことを思うのは“転生前”に関わってくる。高校への進学の際、ふとした手違いから共学制となったばかりの元女子校に入ることとなった。固辞したい気持ちもあったのだが、幼馴染の関係で断るわけにもいかず、なし崩し的に入学した経緯がある。その結果どうなったかといえば……容姿も良く、文武両道の彼等を女子生徒が放っておかない……他にも幼馴染の奴(シオン)がいて、人気を三分していた。本人たちにしてみれば『かったるい』という心情であり、更には幼馴染の焼きもちもあって二重の意味で苦労していた。

 

閑話休題。

 

「ま、俺らが行ったとしても……今回は気が楽だ。」

「ん?……ああ、成程な。」

 

今回の訪問に際しては、“一番目立つ存在”がいる。そして、その女学院の特性を考えれば……彼の妹は心中穏やかではないだろう。こうして、サラ教官の強制的な用事により、実習課題を片付けたA班+2名はサンクト地区―――聖アストライア女学院へと向かうこととなった。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
2

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択