No.807016

新・戦極†夢想 三国√・鬼善者を支える者達 第050話

どうもお久しぶりです。
先に報告させていただきます。私は暫く諸事情により小説の作成を一時的に全く行いません。かといって辞めるわけでもないのでご安心を。諸事情が解決するのは長く見積もっても5ヶ月ぐらいでしょうか。
まぁ皆さん、それまで待っといて下さいな。書かない宣言しても、気晴らしに書くこともありますしww・・・・・・たぶん。

それでは本編です。今日は一刀が少し活躍します。そして彼の毒牙に犯される者も増えるのか!?こうご期待!!

続きを表示

2015-10-09 01:10:27 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1183   閲覧ユーザー数:1107

新・戦極†夢想 三国√・鬼善者を支える者達 第050話「鬼の思考」

曹操が再度軍備を整えたことにより、彼女はより精強な軍を率いて長安へと軍を進める。中華大陸北部の西側を手中に収める影村、対し東側を収めることの出来た曹操。この両者の領地を合わせると、中華大陸の半分ほどの領地になる。

つまりこの両者がぶつかり、勝った者こそが、天下の流れを持つことができ、これこそまさしく天下分け目の戦いになるであろう。しかしその風の流れは二つの報により曹操有利に傾くことになり、影村を追い詰める。その報とは、五胡の軍が西平に向けて進軍してきていることにより、葵からの援軍要請である。曹操の持つ大国を相手にしなければならない時に、背中を脅かされる状況は非常に好ましくない。しかしそんな影村に追い討ちをかけるように、もう一つの報がまいこんできた。

それは広間にて重昌が重臣と共に五胡対策を打ち出している時である。劉備が荊州南郡江陵にて独立した報が入ってきたのだ。一時的とはいえ、同じ白龍という家の中で暮らした劉備の裏切りに小龍は狼狽し、膝から崩れ落ち、それを蔡瑁と向朗が支えた。重昌は向朗をその場に残し、蔡瑁に小龍を部屋に連れて行くようにさせて彼女の様子見を言った。

「………まずいですわ。これは非常に不味いですわお屋形様……」

既に体調が回復し、影村軍の将の一人として軍議に参加している袁紹、もとい麗羽である。ちなみにかつての彼女の重鎮である文醜、顔良などは、将ではなくあくまで麗羽の私兵としての立場となるので、この軍議には参加していない。強大な権威を誇った国の将も、その国を失えばただの人。袁紹も漢王朝での地位を考慮されて、影村軍にていきなり将として迎えられたものの、実力主義を唱える影村軍の中では新参者である袁紹、文醜、顔良の立場はとても軽いものであり、文醜や顔良の様な地位を持たない者が将としてなりあがるには、手柄を挙げるしかないのだ。ちなみにいくら将といえど影村軍の中にてそれほどの権限を持たない麗羽が何故いきなり発言出来ているかは、今この広間に置かれている円卓の机によるものだ。皆が向かい合って座るこの円卓の机に座ることにより、その地位に関係なく皆思い思いの発言が出来るシステムを重昌はのっとり、それを実行している。つまり、この席に座る者達に求められることは、地位ではなく、”最もその場に適した発言”のみである。麗羽の苦言に重昌は尋ねた。どうまずいのか。彼女は立ち上がり、円卓に広げられた中華大陸の地図とりあげ、皆に見やすくするために、駒突き移動式の壁に貼り付けて指差しながら発言する。

「現在、曹操軍はここ長安に向けて進軍していますわ。さらに西には五胡の脅威。私は実際に曹軍と当たってみましたからその強さは身に染みています。しかしここ十数日お屋形様の軍を見せていただきましたが、全力で当たれば今の曹軍を撃退する事はたやすい筈です。しかし、その背中には五胡の脅威があります。実際に見たわけではありませんのではっきりとした解答は出来ませんが、五胡の騎馬を操る技術は西涼の民に勝るとも劣らないと聞きます。相手の兵の量にもよりますけれども、それを相手にするにしても、我が軍の兵を4と6に割けなければなりません。曹軍の総勢は40万。我が軍が曹軍を相手にするには、最低でも20……いえ、15万で事足りるでしょう」

「ほう。精強と謳われる曹軍相手にその半分以下の兵力で事足りると?」

肘掛に肘を置き麗羽を見据える重昌は彼女を試すかのようにその視線を逸らさない。

「はい。ワタクシがお屋形様の兵を見て確認して、確信に至った結果です」

「曹操に敗れて、おめおめと亡命した君は、はっきりとそれを確信出来ると断言できるのかな?」

麗羽の視線の先の重昌は、自身の看病をしてくれたあの時の彼ではなかった。また巷で唱えられている善君でもない。彼女が見ている彼は、まさに勝つ為ならいかなることにも手を加える暴君にしか見えなかった。

影村軍の重臣の視線が、袁本初ただ一点に集められる。この円卓の席で発言をすることは、身分の鎖は無いが、その代わり誰かの背中に隠れることも出来なく、味方となる人物は誰一人といないことも意味するのだ。

重昌の突き放す言葉と、彼を支える重臣の重い視線。新参者が軽々しく発言をすることは、その様な重圧とも対峙することにもなるのだ。

「………はい、間違いありませんわ。これが敗者となり学んできたものの全てですわ」

誇り(プライド)高い麗羽が、自身を敗者と認めた上で、重昌の挑発を跳ね返した。

「なるほど。なれば本初、お前が危惧していることを聞こうか?」

彼女の発言は通ったらしく、再び重昌は話を戻す。

「はい。南から押し寄せて来るであろう劉備軍ですわ。劉備は現在次々と荊州の要所を屈服させて、勢いそのままにこちらに攻め込む事は明白。こちらには劉琦さんがいますから、『質に奪われた彼女を取り戻す為』などと言って無理やりに名分を得るでしょう」

独立をした劉備は、荊州の諸侯を説得し宜都を制圧。勢いそのままに荊州の中心地、襄陽を攻略し、南郷や新城にも手を伸ばしているのだ。場所によっては、戦わずにその土地を明け渡す所も少なくないとか。劉備自身が漢王朝の血筋であることを信じるものは少なくなく、荊州に小龍がいない今、劉備がその土地を治めるにふさわしいとの声があるとかないとか。しかし何と言っても決定的な理由としては、優秀な将の数である。現在荊州では特にこれと目立った将が発掘できているわけでもなく、それを言えば蔡瑁と向朗がそれらの一人であったが、現在小龍といる。劉表の近臣であった黄祖も、孫呉と合戦である、襄陽の合戦で戦死している。つまり、今現在外敵から荊州の脅威を守るべき将は、劉備陣営の他にいないのだ。その孫呉はというと、襄陽での戦いの傷を癒す為に国内でおとなしくしている。現在影村軍は東よりは曹操、西から五胡が押し寄せており、そちらで手一杯である。影村にこの危機を乗り切られれば次に影村を討ち取ることが出来るのはいつのことかわからない。なればこそ多少の無理をしてでも、今持つ荊州の軍を率いて影村を討つ。劉備はそう考えて、北へと軍を進めるのだ。

重昌はしばらく考えこみ、月の字を呼び、彼女はそれに答える。

「文優、お前が劉備の立場であれば、どうする?」

今や李儒と名を変えた月は重昌の問いに淡々と答えだす。

「……私であれば、まず荊州全土の支配を優先します」

「ほほぅ、何故だ」

「はい。まず北に位置する影村、東の孫呉、小国なれど、肥えた土地を持つ張魯。現在影村は東と西との挟み撃ちにて動けず、孫呉も襄陽での疲れが癒えていませんので動くことはない。張魯の収める漢中に関しては守る事は出来ても、攻め入る為に必要な軍備が不足しています。劉備も影村軍の強さに関しては重々承知しているはずです。今回こちらに攻め入るということは、それなりの好機を感じてのことでしょうが、私は攻め込みません。確かに影村はいま危機に立たされています。しかしこの危機を乗り切られれば、いったいどうなります?きっと影村は『劉琦こそ正当な後継者』として荊州に攻め入るでしょう。その時に荊州の3分の1も収めていない劉備に影村が止められますか? 劉琦を引き連れた影村軍に一戦でも負けることがあれば、まわりの諸侯は次々に影村に降服し、自身が四面楚歌に陥れていた敵に逆に陥れられます。なればこそ、まずは北と東が競り合いを起こしている間に荊州を完全に収めて、孫呉と同盟を結び東の脅威を取り除く。そして西の漢中を手に入れてから北への進軍を開始するという形をとります。その頃になれば、北は競り合いを終わらせた影村に曹操、どちらかが大きな脅威となっていることでしょうが、しかし荊州と呉からの同時対応は流石に手間取るかもしれません。こうして北と対等な土俵に立ってこそ始めて戦いを始めることが出来ます。博打は滅多なことで打つ物ではありません」

重昌は肘掛けに腕を置き、椅子に背中を預ける。そして目を瞑る。彼が一体何を考えているのか、皆は彼ではない為に重昌の考えなどは分からないが、現在、決定的に不利な状況に変りはなかった。先程月が答えた仮定の話も、重昌が劉備の立場であればやはり月の述べた仮定を取るであろう。今の劉備軍には龐統もいれば諸葛亮の賢人、知勇兼備の関羽もいる。今回、あえて博打を選んだということは、それこそ決死の覚悟で向かってくるに違いない。西に東に敵の大軍、南より特攻覚悟の決死隊、これを沈めるには如何にすればよいか。皆静まり返り、目を瞑り物思いに耽る重昌の言葉を待つ。

半刻(一時間)程経過し、未だ重昌の目は開かれない。一刀達最古参組には、彼が一体何を行なっているのかが分かっていた。重昌が目を瞑り物思いに耽る時は、どうしても物事がままならない時に起こす行為である。彼の瞼の裏の暗闇には幾つ物仮定と可能性のビジョンが思い浮かべているのだ。例えば、虎が兵を率いて曹操を迎え撃ったときに、どの様な策を用い迎えうつのか。それを支えるのが一刀であれば、恋歌であれば、胡花であれば、ありとあらゆる可能性を考えてその何千何万以上の通りの中より最善の策を選び取るのだ。勿論、そんなことを行なったからといって、その策が決して成功するとも限らない。時に勝利をもたらすこともあれば、勿論敗北もありうる。しかし皆が黙って重昌の問いを待つのは、一重に重昌の考えを全面的に信頼しているからである。一刀はジェスチャーで麗羽達新参組や蓮華達中途組に休憩を取るように指示をするが、皆はそれを拒否した。彼女達も今や立派な影村の忠君であり、重昌の子供達なのだから。さらに時間が経ち、朝に始めた軍議が、気がつけば夕方に差し掛かっていた。人間というものは不思議な生物であり、ある一つのことに集中しすぎると、人間の五感というものを忘れることがあるともいう。例えば芸術家や職人と呼ばれる者達は、一つの作品を完成させる為に、寝る間や食事の時間も惜しんで作業を続け、その行動は時には体の害にならないこともあるという。肉体が勝手に疲労を抑えるために奮起するのだ。この広間にいる皆も重昌に触発されてか、食事をとることも、用を足すことも、生理現象さえ忘れて彼の答えを待つ。

そして軍議を始めて四刻(8時間)が経過したとき、重昌は突如目を見開き軍議の解散を号令した。やがて彼はおもむろに席を立ち、そのまま姿を消した。結局のところ、四刻続いた軍議の中で立ち上がった影村家臣は零であった。

夜になり、軍議に参加できなかった蔡瑁は向朗に軍議での内容を聞き、重昌のいるという場所へと向かった。その軍議の異常さを聞くと、蔡瑁は黙っていられなかったのだ。重昌は城の中庭の建物に篭ってしまったという。蔡瑁がそこに辿り着くと、なにやらその建物は小さな家のようであった。屋根は灰色の平たい石が何枚も半分だけ重なるように規則正しく並べられている。後は木で出来た建造物であることに変りは無く、だがその建造物は床が地面より少し浮かせているのだ。どういう建築方法かは武骨物な自分が想像しても関係ないと思い思考を停止させ、自らが正面からみてその建築物の先には五段程の階段があり、その先には扉。そしてその扉の前には北郷がそこにおり、彼は正座をしてただジッと黙していた。

「荊州牧鎮南将軍劉琦が家臣、蔡徳珪、至急影村殿にお取次ぎ願いたい」

一刀の前にて静かな澄んだ声で堂々と宣言する蔡瑁に、一刀は目を開かずに淡々と答えた。

「生憎、我が主は只今手が離せない状況にある。いつ終えるのか私にも分かりません。恐れ入りますが、お引取りを」

目を開かずにそう対応する一刀に、蔡瑁は怒りを覚える。彼女は以前より目の前の北郷に対し気に食わない感情を持っていた。二年前に荊州にいた際も、何食わぬ顔で知識をひけらかして自らの主である白龍と小龍に気に入られた。しかしなんといっても彼女が最も気に食わないのは、小龍の笑顔を意図も簡単に引き出すことであった。幼少の頃より小龍に仕えてきた蔡瑁は、小龍の病弱な体質をよく理解していた。小龍が寝込む度に自らが看病し、親身に蔡瑁は小龍に仕えた。しかし小龍は体が疲弊すると共に心も疲弊していった。自らの病弱な体を呪う様に。積年の友である孫堅の命を奪ってからは、白龍は人というものを信じなくなり、自らの殻に閉じこもるようにもなる。その親である彼と共に小龍の成長を見てきた黄祖である蜘蛛(ピンイン)も、白龍が自棄(やけ)を起こさないことを気にかけて、小龍に気を配る余裕も無い。状況は最悪であった。共に小龍に仕える向朗である黒美(ヘイメイ)も色々と気を回してくれているが、しかし決定的な解決策を見つけ得なかった。しかし彼女が数人のとある者達を引き連れたことにより、白龍と小龍は変わる事になる。ある日、黒美は友を連れてきたと言って、彼らを小龍に引き合わせる。すると変化が訪れ始めた。冷めた疲れた笑顔しか見せなかった小龍に心からの笑顔が戻ってきたのだ。

そして週一で城を訪れている一刀達を待ちきれずに、小龍は自ら水鏡塾に向かい彼らに会いに行った。この変化に蔡瑁は心の中で歓喜した。今まで城の外の友人など作ったことが無い彼女にはきっととても大きな一歩になったことであろう。そんな一刀達に興味をもってか、今度は白龍が一刀達に会いに来た。始めこそ遠くから愛娘と一刀達の戯れを眺めているだけであったが、しかし彼も国の統治者としてより街を見るようにもなり、案件を一人で抱え込むことも無く、部下を育てるようにもなり、彼自身も変り始めたのだ。それと同時に、蔡瑁は酷い嫉妬感を覚え始めた。二十数年、生れ落ちた時から、親に続き劉家に仕えてきたが、自らが成し得なかったことを突然現れた者に、北郷に何気なしに成しえられた。

「それを聞かぬわけにはいかぬな。次の戦は我らにとってもお家の運命を左右するものでもあるのだ。今現在我らは影村殿の下についているが、しかし同盟者としての誠意として、また共に戦う者としてしっかりとした計画をお聞かせ願いたい」

「それを我が主は現在考えているのです。その思考を停止させるわけにはいきません。お引取りを……」

それを聞くと、蔡瑁は背中の十文字槍を抜きさり一刀に吼える。

「我らを虚仮にするのも大概にしろ!!ただ目を瞑り黙りこけることが軍議というのか!!国家の大事の時に皆と意見を出し合い、もっともよい決断を出すことが軍議ではないのか!!?」

いつもの武人らしい落ち着いた声から、相手を恫喝する声に切り替える蔡瑁の変わり映えにはきっと誰もが驚かせるだろう。一刀はスッと瞼を上げると、蔡瑁の目を見据えて告げる。

「……我が主は我らとは途方も突かない知識と経験をお持ちだ。他国から来たものにそれを信じろというには酷な話だと思うが、しかし主の判断に大きな間違いは無い。恐れ入りますが、お引取りを――」

一刀がそう言い終える頃には、蔡瑁は槍の切っ先を向けて一刀の喉元を狙っていた。

「……お前のその物言い。始めて会った時よりお前のその何もかも自身の考えることが実現する様な物言いが気に食わなかったんだ」

「俺は実現できることしか口にしない。もしこの俺の言い方に不満を持ってしまったのであれば、謝罪しましょう。だからこの槍を下ろしてください」

「そう言って謝罪をすれば全てが上手くいくのかと?それともこの槍が恐いか?その腰の剣はただの飾りか?それに貴様は知恵者であろう。私を通さぬというのであれば、何故影村は貴様の様な者を置くのだ。何故もっと警護を固めないのだ。影村殿は実は馬鹿のお飾り君主ではないのか?」

「…………今何と言った?」

「なんだ?怒ったのか?巷で鬼善元帥や鬼善者などと言われているのは全くの冗談であり、貴様の様な知恵者を護衛でそばに置くなど、影村殿は愚か者ではないのかと言ったまでだ」

蔡瑁のその言葉に、一刀は槍の口金(くちがね)と呼ばれる柄の先端にある金具で、柄の中心を入れる口の周辺を折れないように守る金具の部分を掴む。蔡瑁は槍を引き抜こうとするが全く動かない。十文字槍の特性を活かして回して敵の肉を抉ろうとするやり方も通用しない。彼は槍を握ったまま立ち上がり、そのまま階段を下りてくる。勿論手に持つ槍はそのままである為に、彼らは一定の距離を保ったままで蔡瑁は後ずさりしてしまう形を取らされる。突如一刀は槍を掴む右手首に力を入れる。蔡瑁は両手で槍を持っているにも関わらず、一刀の力に負けてそのまま槍から手を離してしまう。彼は奪い取った蔡瑁の槍を構え、彼女も腰の刀を抜きさる。

「どうした?何をそんなに震えている?」

蔡瑁は自身では気付いていなかったが、一刀の気に当てられ、いつの間にやら恐怖で手が震えていた。

「こ、これは、武者震いだ!!」

「そうだろうな。俺みたいな知恵者は貴女にとって取るに足らない存在だからな。重昌さんが出てくるまで俺が貴女の相手を努めよう」

一刀はそういうと、槍を片手に蔡瑁に向けて襲い掛かる。それからどれ位の時間がかかったであろうか。夜が明けて地面に仰向けになって倒れている蔡瑁と、椅子に手ごろな岩の上で座っており、打ち合った際に刃毀れしてしまった蔡瑁の刀と槍の手入れをしていた。

「………畜生――」

蔡瑁は目頭に腕を擦って流れる涙を遮った。

「私は……弱い――」

片腕から目頭の押さえ方を両手に変えると、蔡瑁は低い嗚咽と共にすすり泣く。

「私は………白龍様を守れなかった……。今も家は余所者に占領されているというのに、私達は動けない。私は……無力だ――」

一刀は磨いでいた槍の切っ先に息を吹いて埃を飛ばす。

「いいや蔡瑁殿、君は強いさ。ただ今は気持ちの整理がつかずに蛮勇に走ってしまっただけだよ」

「………ふっ、一体何が違うというのだ。蛮勇の武は一般兵士の武にも劣る」

まだ何か言いたい気もしたが、彼女はそのまま口を告ぐんでしまう。そんな彼女に一刀は淡々と語りだした。

「とある話を聞かせよう。その昔ある領主が臣下の一人と共に山に鷹狩りに出かけたことであった。領主は暗殺者に狙われて殺されかけたが、暗殺者は共にいた家臣に救われた。しかし家臣は重傷を負い、領主は責任を感じ彼を背負って山を降りた。領主は片足の義足であったが、かつて韋駄天と言わしめた足は健在であり、家臣は一命を取り留めた。疲弊した為に命の危機に扮していた。その家臣には恋人がいた。そして彼女は恋人であり、家臣の最大の剣でもあった。つまり、その恋人からみて領主は大殿であり、領主からみてその家臣の恋人は家臣の家臣であった。恋人は言った。今すぐ進軍して暗殺者を差し向けた者達を血祭りに挙げるべきだと。暗殺者を差し向けたのは隣国の領主であったのだ。しかし領主は動かなかった。動けなかったのもある。領主が落胆をしている時を見計らって領主の息子達が反乱を起こしたのだ。

隣国の脅威に加え領内の反乱。二つの責務に板ばさみになりながら、領主は反乱を鎮圧した。領主は嘆き悲しんだ。自ら手塩にかけて育てた子が死んだのだから。……だが、時は領主に更なる難問を与えた。次は家臣の恋人が独断で隣国に戦行したのだ。そのものは領主の臣下の中でもかなりの猛者でもある為、彼女は自らの武に驕った。結果は敗北。多くの部下を死なせた彼女にも軍を遊ばせた行為が言い渡されるはずであった。しかし彼女は生かされた、韋駄天を誇った残りの足と引き換えに、領主は自らの足を他の自らの家臣団に差し出したのだ。何故領主が()()恋人の為にそんなことを行なったのか分からない。しかしそれから家臣は恋人と共にその領主に永遠の忠節を誓ったんだ。死せるときも、病める時も、この身が大量の槍に貫かれようとも、その領主を信じぬくと……」

その言葉を聞き終えたとき、蔡瑁は自らの脳に問いかけた。『俺の』、確かに彼は今俺のと一言添えた気がした。しかしそう考えているときに、重昌の篭っていた建物の扉が開かれて、重昌が出てきた。

「一刀君、腹が減った。朝ごはんを食べに行こう。食事が終われば軍議を始める。友の土地を取り戻し、曹操と決着をつけるぞ」

「御意に」

重昌はそのまま何もなかったかのようにそのまま歩いていき、一刀は磨き終えている槍の金口を掴んだまま蔡瑁に突石面を向ける。彼女は黙ってそれを受け取ると、そのまま一刀に引き起こされる。

「さぁ蔡瑁殿、狩りの時間だ。君の国から余所者を蹴散らそう」

彼女の刀を彼女の腰の鞘に挿し込み、一刀も重昌の後を追いかけようとする。

凛寧(リンネイ)だ」

その言葉を聞くと一刀は立ち止まる。

「……私の真名だ。お前に預ける」

彼は改めて彼女の顔を確認すると、一つ苦笑をもらした。

「顔を洗ってきたほうが良い。凛々しい顔が台無しだ」

凛寧は顔を赤く染めて両手で顔を押さえた、確かにはたから見れば目頭が腫れて顔も土埃で少し汚れている。

「俺は一刀だ、凛寧。それじゃあ、朝食で会おう」

そう手を振りながら去り行く一刀の背中を彼女は見つめて、そして一言彼の名を小さく呟いていた。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
3
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択