◆CONTENT◆
Dr.チョッパー
優しい場所
誰がための腕
怪我の功名?
GET ME
「ゴチソウサマ」
小さな目撃者
一緒に遭難したい人
Dr・チョッパー
ある日、一味の船医であるチョッパーが倒れてしまった。重傷を負ったルフィの治療で不眠不休だったため、疲労が溜まっていたらしい。ルフィが元気になった途端、高熱で寝込んでしまう。数日前までルフィが寝ていたベッドに横たわるチョッパー。
「ルフィ。あんたは今日、ずっと外で過ごすのよ」
「なんでだよ」
船室へ続く扉の前で、仁王立ちのナミがルフィに宣告した。
「中でチョッパーが寝てるんだから、静かにしてあげないと。甲板でも、騒いだり暴れたりするのは禁止。おとなしくしてて」
「そんなの、つまんねェ」
「チョッパーが寝込んでるのよ?」
「あいつ、冬島のドラム出身のくせに風邪でも引いたのか? 軟弱だな」
「チョッパーは、怪我したあんたを必死で看病して、その疲れで倒れちゃったんだから」
「そうなのか?」
「そうなの! だから、怪我を治してくれたチョッパーに恩義を感じるなら、今日一日はおとなしく過ごして」
「わかった」
ルフィは珍しく素直に納得した。一直線に甲板へ出ると、手足を伸ばして寝転がる。
「じゃあ、おれは寝るぞ」
大の字になって言い放った直後、盛大ないびきが聞こえてきた。
「よくもあんな一瞬で眠れるわね」
ナミは呆れながら呟く。瞬間的に眠れるなんて一種の才能だ。騒がしい船長が昼寝をしてくれるなら、当面は平穏な時間が確保できるだろう。
(それにしても…)
響き渡る轟音に、ナミは顔をしかめた。その発生源は甲板で無防備に眠っている船長、その開いた口だった。大音量のいびきが発せられている。船内で暴れられるよりはマシだが、このいびきもかなりひどい。
(船室の中まで聞こえてなければいいけど)
騒音レベルのいびきが、チョッパーの休む室内まで届かないことをナミは祈った。
「具合はどうだ?」
チョッパーが眠る船室にゾロが入ってきた。付き添いのロビンが顔を上げる。
「粗方熱は下がったわ。今はよく眠っているみたい」
控えめな声で交わす会話。ゾロは安堵してチョッパーの頭を撫でた。
「お前、ずっとチョッパーの面倒見てたんだろ。ここはおれが付いてるから、少し休んでこい」
「わたしは平気よ、剣士さん」
「まだしばらく冷え込みは続くってナミも言ってるだろうが。病人が二人になったら、おれたちが迷惑するんだ。まして現在は、頼りになる船医が寝込んでるんだからな。強がりを言ってねェで、たまには人の言うことを聞け」
まるで強制するような言葉に肩をすくめるロビン。
「わかったわ。あなたの言うとおりにする」
微苦笑しながらロビンは椅子から立ち上がり、入れ替わりにゾロが腰を下ろした。
「じゃあ、お願いね」
「ああ」
チョッパーの寝顔を確かめ、部屋を出て行こうとする。だが、扉の手前でその足が止まった。
「ねえ」
「なんだ」
「さっきの言葉、わたしのことを心配してくれたのかしら」
「…そんなんじゃねェ」
「そう? じゃあ、そういうことにしておいてあげるわ」
薄い笑みを浮かべながら、ロビンは部屋を出て行く。胸中を見透かされたゾロは渋い表情。
「ん…?」
訪れた静寂のあと、わずかな身動ぎをしてチョッパーが目を開ける。
「気がついたのか」
ゾロの声に、天井に向いていた視線がぎこちなく動いた。
「……ゾロ? おれ、どうしたんだ?」
チョッパーはぼんやりとした様子で訊ねる。
「お前、高熱を出して倒れたんだよ」
「あ…」
「医者が寝込んでどうする? 不養生だぞ」
己の健康管理も医者の務めだ。落ち込むチョッパーの額を骨太い手が覆った。
「熱は下がったようだな」
「もう大丈夫だよ、おれ」
「んなワケあるか。今日一日はしっかり寝てろ」
「でも……」
「お前は『医者』だ。でも今は『患者』だろ?」
ゾロに諭され、起き上がろうとしたチョッパーはおとなしく横になった。
「チョッパー、お前は立派な『医者』だ。人の病気や怪我を治すことに一生懸命頑張ってる。医者であることに誇りを持っている、お前の気持ちはよくわかるさ。だが、自分の身を削ってまで無理をするな」
「おれ、無理なんか…」
「この船の船医はお前だ。おれたちが無事に航海していられるのも、お前がいてくれるからだ。怪我をしたら治療して、病気になったら治してくれる。お前がいなきゃ、おれたちはここまで来れなかった。船医はクルー全員の生命を背負ってるんだ。もしも医者が倒れちまったら、おれたちにはどうしようもない。結果的に、おれたちの生命も左右しかねない状況を生むんだ。だから絶対に、自分のことを後回しにはするな。お前がおれたちを助けたいと思うように、おれたちもそう思ってるんだ。助けてくれるのはありがたいが、無茶はするな。おれたちと同じくらい、自分のことを大事にしろ。いい医者の条件は、医者自身が健康であることだぞ」
ゾロの言葉を聞いて、ヒルルクの姿が脳裏に浮かぶ。
「お前は、どんな病気も治す『医者』になるんだろ? チョッパー」
温かみのある声に励まされて、チョッパーは力強く頷いた。
「――――うん。おれ、立派な『医者(ドクター)』になるよ」
GET ME
ゴーイングメリー号は、久しぶりに大きな島へ上陸した。ゾロ以外のクルーは街へ降り、必要物資の買い出しをする。サンジ、ウソップ、ルフィ、ナミは市場のある街の中心部に向かい、ロビンとチョッパーは雑貨や書店が立ち並ぶ通りへ足を伸ばした。
数刻のち、充分な補給を済ませた一行が船へ戻ってくる。船番をしていたゾロが、仲間の気配を感じて目を開けた。
「ただいま、剣士さん」
「街はすごく面白かったぞ、ゾロ」
ロビンとチョッパーがゾロに「ただいま」を告げる。
「…ああ」
壁に背を預けたまま、ゾロは空返事をした。二人の向こうでは、ナミの荷物を上機嫌で運び入れるサンジ。大量の食糧を倉庫まで運ばされているウソップ。食糧を掠め取ろうと目論むルフィ。
「これで安心して航海ができるわ」
存分に買い物ができたナミは満足そうだ。
「ロビンは、なにかいいもの見つけた? ……それ、なにを買ってきたの?」
ふと、ロビンが持っている荷物に気づいた。
「これはね」
ロビンは微笑みながら中身を取り出す。
「花?」
青紫色の花を咲かせている鉢植えが現れた。
「通りかかった花屋で見つけたんだ。可愛い花だろ、ナミ」
チョッパーも嬉しそうに頬を緩ませる。釣鐘の形をした小さな花が、いくつも咲いていた。
「カンパニュラね?」
「ええ、そうよ」
ナミが花の名前を口にすると、ロビンは頷く。
「ずっと海上での生活なのに、大丈夫なの?」
自分たちの船は、天候が変わるグランドラインを渡っていくのだ。熱帯もあれば寒冷地もある。植物がそれに適応できるのだろうかと、ナミは懸念を持った。
「お店の人にちゃんと聞いてきたわ。扱いには気をつけなくてはいけないけど、しっかり管理していれば育つそうよ。だから、買ってきてしまったの」
ロビンは思い入れのある眼差しで花を見守る。ゾロは一言も口を挟まず、その花を眺めていた。
数日後、メリー号は再び海へ乗り出した。あの鉢植えの花は、ロビンとチョッパーが世話をして綺麗に咲いている。陽光を好む性質のため、日当たりのいいみかん畑に置かれていた。
昼寝をしようと甲板へやってきたゾロは、視界に入ったその花を見つめる。どうして女が花など買ってきたのか、少し疑問だった。そこへ、花に水をやりに来たロビンが現れる。ゾロは慌ててその花から視線をそらした。
「剣士さん」
「なんだ」
ロビンはゆっくりと歩み寄り、鉢植えのそばにしゃがみこむ。
「この花の名前、知ってる?」
花に慈しむような瞳を向けながら、問いかけた。
「ナミが言ってたな。カンパ、ニュラ…だとか」
「それは大きく分類したときの花の種類。カンパニュラでも、もっと細かい品種名があるのよ」
「そんなもん、知るはずないだろ」
当然の回答に、ロビンはそっと花に水を注いでいく。
「知りたい?」
「興味ねェよ」
「そう」
花を大切に育てる横顔を、ゾロは傍目に伺った。
「この花ね、あなたにと思って買ってきたの」
「あァ?」
「あなたに『受け取って』ほしくて」
「なんでだよ」
「あなたには必要だと思うわ、精神を緩和するものも。たまには植物に触れてみれば、リラックスできるでしょう?」
「必要ねェよ、おれには」
突っぱねるゾロに、ロビンは苦笑する。
「心配しなくても、世話はわたしがちゃんとするわ。だって『枯らしたくない』もの。でも、気が向いたら水をあげてほしいわ」
ロビンは思わせぶりな言い回しで告げると、ラウンジへ戻っていった。ゾロが思案顔で花を眺めると、チョッパーがやってきた。気になったままというのも嫌なので、とりあえず訊いてみる。
「チョッパー。お前、その花の名前知ってるか? …種類じゃなくて、品種名っていうヤツ」
「知ってるぞ。おれ、花屋でロビンが話しているの、聞いてたからな」
チョッパーは職業柄、カタカナの名前を覚えるのは得意だ。
「なんて言うんだ?」
「ええと、たしか…ゲ、ゲット、ミー? …そうだ、『GET ME』だよ」
ゾロは沈黙した。先刻のロビンの台詞が脳裏によみがえる。そういう意味合いを込めて、ロビンはあの花を大事に育てているのだ。遠まわしなやり口に気づいてしまい、複雑な気分になる。
「可愛いよな、ゾロ」
「あ?」
ああいうのは『したたか』って言うんじゃないのか。うっかりそんな言葉が口を出そうになり、慌てて自制する。チョッパーが言ったのは花のことであって、ロビンのことではない。だけど花に込められた真意を知ってしまった今では、間違っても『可愛い』とは言えない。
「なあ、ゾロ」
「なんだ」
「ゾロはこの花、好きか?」
純真無垢な瞳に問われ、言葉に詰まる。花とロビンは別物だと分かってはいるが、素直に頷けるものでもない。意味を知りながら「この花を好きだ」というのは、「ロビンを好きだ」と言うのと同じ。さすがにそれは言えない、自分の中にある決意が揺らぐから。
だが、単に「花を好きか」と訊かれているだけなのに、こんな風に迷うのもおかしいだろう。チョッパーから変に疑われないよう、困惑を押し込めて口を開く。
「…き、嫌いじゃねェ」
小さな花にロビンを重ね、ゾロは頭を抱えながら呟いた。
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