まず最初に浮かんだ感情は驚き、そして戸惑い。
辺りを見渡す。それはどこからどう見ても広大な荒野で、見慣れた自分の部屋ではない。
蛍光灯の光ではなく、蒼天に輝く太陽の下、地平線が見えるほどの広く果てない荒野に気がついたら一人佇んでいた。
状況を整理しよう。自分の名は北郷一刀、聖フランチェスカ学園の二年生、剣道部所属、残念なことに彼女は居ない。趣味は歴史物の小説を読むことと武術を少々、あと漫画にテレビゲーム。武術をかじっている事を除けばどこにでもいる平凡な学生である。
昨日は自主トレをすませた後シャワーを浴びてそのまま寝床についたはずだ。風呂上がりのシャツにパンツ一丁という格好で。一刀はしばらく思考の海へとダイブしていた。
それが何故こんな場所にいるのか? それも制服を着て、だ。
ポリエステルの制服は日光を反射しキラキラと輝いている。制服はちゃんとハンガーに掛けたはずだ。さすがに制服を着込んだままベッドに入るなどという事はしないだろう。では何故制服を着ているのか? 何故荒野に一人突っ立っているのか? 疑問は次々と沸いて出る。
しかし疑問などすぐ雲散する。そう、考えるまでもない。答えは至って簡単だ。
「はっは~ん。さては、これは夢だな!」
一人納得する。
夢を夢と認識できるとは珍しいが、夢の中ならこんな馬鹿げた状況に説明がつく。
一刀は何の疑いもないままに、今この瞬間が夢であると確信した。
「でも夢でも制服着るなんてなぁ。もうちょっと違った格好してもいいのにな」
夢でも律儀に制服を着る己に苦笑しつつものんびりと歩き出した。
足下に落ちていた手頃な大きさの木の枝を拾い、ぶんぶんと振り回しながら鼻歌交じりに歩を進める。
さながら探検気分だ。自分の夢を探検するとは少しおかしな気もするが、そこは全然気にしない。
「それにしてもリアルな夢だな・・・・・・」
太陽の眩しさ、優しく顔を撫でるそよ風、踏みしめる大地の感触、そのどれもが現実のそれと変わらない、むしろそのままだと言っていい。
「それに夢って一度も見たこと無い場所は出てこないっていうけど・・・・・・」
この広い荒野は見覚えがない。そもそも日本に地平線が見えるほどの荒野が存在するのだろうか? 少なくとも東京には存在しない。
「まぁテレビか何かで見たんだろうけどさ」
果てない荒野を歩く。うっすらと汗をかき、喉も渇いたし疲労感もある。リアルすぎる夢だと少し気持ち悪くなった。
だいぶ歩いた所で、少し休憩をしようと腰を下ろし、そのまま仰向けに寝ころんだ。
空を仰ぐ。雲一つ無い晴天とはまさにこのことで、日の光は容赦なく一刀を照らしつける。日向ぼっこにしては少々日差しがキツイ気もするが、疲労からか段々と瞼が重くなる。
かれこれ一時間は歩いたのではないのだろうか。ずいぶんと長い夢だが、このまま寝てしまえば覚めるのではないかと漠然と思った。夢の中で寝たら現実では目が覚める。確証などもちろん無いが、何だかそんな気がしてきた。
これが楽しい夢なら覚めるのが惜しいが、実際は無駄にだだっ広い荒野に一人ぽつりと居るだけで何の面白みもない。空を飛べるわけでもなく、正義のヒーローに変身できるわけでもなく、あまつさえ美少女の一人もでてこない。こんな夢なら現実の方が良い。
(それにしても日差しが強いな・・・・・・ちょっと木陰があれば・・・・・・)
などと考えていると、急に日光が遮られた。
太陽が雲に隠れたのかなと目を開けてみたら、そこには日光を遮断、即ち一刀を見下ろすような形で一人の男が立っていた。
「おう兄ちゃん、ずいぶんと珍しい格好をしているじゃねぇか」
「・・・・・・うげ」
不敵な笑みを浮かべる髭面の男。珍しい格好をしているのは男の方だ。・・・・・・鎧のようなものを身に纏っている。少なくとも日本では珍しい、というかまず見ない怪しい風体。この不審な登場人物に一刀はげんなりとした。よりにもよってコスプレおやじの登場とは・・・・・・。早く目が覚めて欲しいと切に願う。
「いやいやいや、なんでこんなコスプレの変質者が出てくるんだよ。夢ならもっとこう・・・・・・きわどいビキニ姿のお姉ちゃんとかでてくるだろ普通」
「こすぷれ? びきに? 何言っているんだコイツは? おい、おめぇら分かるか?」
髭が振り返り、後ろに立っていた男達に訪ねる。一刀は起き上がり髭が声をかけた方向を見ると、深いため息をついた。
「さぁ? あっしに聞かれても」
「・・・・・・わがんね」
そこには同じようなコスプレをした小さい男と相撲取りのような巨漢が立っていた。ため息が出るのも仕方がないだろう、色気もくそもあった物じゃない。何が楽しくて夢の中でこんな濃いおっさん共の相手をしなきゃいけないのか。
「まぁいいさ、とりあえず身ぐるみ剥ぐとするかね」
「――え?」
髭面の男がおもむろに腰に差してあった剣を抜き放つと、その切っ先を一刀に向けた。
「まぁ抵抗しないなら命まではとりゃあしねぇよ」
突然の展開についていけない。
「ほれ、アニキにしたがえって。まずはその服脱いでもらおうか。どんな素材かは知らねぇが高く売れそうだぜ」
「・・・・・・だな」
チビとデブも剣を抜き構える。三人の男から剣を向けられるというピンチにおちいったわけだ。
「いくら夢だからって・・・・・・」
一刀が三回目のため息を吐くとほぼ同時に髭面の男が軽く剣を振るう。
「――っ!」
頬に走る鋭い痛みと熱。あわてて右手で押さえるとぬるっとした嫌な感触。恐る恐る手のひらを確認するとそこには赤色の液体が付着していた。
「今度は首をはねるぜぇ?」
髭の下品な笑い声が聞こえる。チビとデブも不敵な笑みを浮かべている。獲物を見つけた肉食動物のような目で一刀を見る。
(痛い。痛い。痛い? 何故だ? 夢なのに痛覚がある、夢なら痛くないはずだろ? なのに何故――?)
ここにきてやっと危機感が伴ってきた。やばい、やばいと脳が警告を発する。
一つの仮定が一刀の頭の中を駆けめぐる。やけに現実味がある風景、疲労感、喉の渇き、それに加えての痛覚の存在。これは、これは――。
「夢じゃない!?」
振り下ろされた剣を紙一重でかわし、足下に転がっていた木の棒をとっさに拾い上げる。ここまで素早い行動ができたのは武術をかじっているからなのか、それとも危機に瀕した人間の爆発力なのかは分からない。とにかく無我夢中だった。
(相手は三人・・・・・・武器は剣。それに対して俺はこの棒っきれ。武器が違いすぎる。こんな棒じゃ心許ない。棍棒の代わりくらいに使えるだろうか・・・・・・せめてひのきの棒よりかは攻撃力が高いと信じたい!)
武術をかじっているといっても一刀の実力はたかがしれている。師匠である祖父にはまるでかなわないし、そもそも実戦経験など無い。使い慣れている日本刀や薙刀といった武器があればまだましかもしれないが、実際は先ほど拾った木の棒。それなりに太く、長さもあるが武器として使うにはお粗末すぎる。
「せめて木刀でもあったら・・・・・・」
「ちょろちょろしやがって!」
剣を振り上げる髭の男。あまりにも大振りすぎる一撃だ。
「――はっ!」
「ぶべっ!」
おそらくこんな棒じゃ剣の一撃に耐えられない。ならば、攻撃する隙を与えなければいいだけの話。心臓はバクバクと激しく脈打っているのに頭は意外と冷静だった。一刀がただの一般人なら為す術もなく殺されていただろうが、幸いなことに幼少の頃から祖父に稽古をつけて貰っている。半場強制的だったが。
だから分かる、目の前の男は祖父に比べるとあまりに弱い。ただ振り回すだけの剣などに当たりはしない。それに加えスピードもパワーも足りていない。
一刀の洞察眼は冴えに冴えていた。あぁ、相手は素人だと。まがりなりにも十数年稽古をつけた自分には敵いはしないと。力量を推し量るのも実力のうちというのなら、一刀の実力は相当なものだ。
「あだっ!」
斜め下から切り上げる形で棒を振り抜き髭の顔面に一撃。すかさず剣を持つ手に力一杯渾身の一撃を上からたたき付ける。計二撃。
棒は二撃目でへし折れたが、男は思わぬ攻撃をくらい剣を落としてしまう。それで詰みだ。
「・・・・・・まだやるか?」
「・・・・・・ひっ」
一刀は剣を拾うと髭の鼻先に突きつける。形勢は一瞬で逆転した。何もできていないチビとデブは剣を構えたままの格好で固まっている。
「このまま逃げるなら良し、逃げないならこの髭のおっさんが素敵なことになるけど?」
低く冷たい声で言った。正直少し震えていたのだが幸いな事に三人は気づいていないみたいだ。
「に、逃げろっ!」
「だ、だな!」
「おいこらまて!」
まずチビが一目散に走り出しデブが続く。そして髭の男も青い顔をしながら一刀に背を向けて走っていった。
三人の背中が小さくなると一刀は大きく息を吐き、剣を放り捨てると、ずるずるとその場にへたりこんだ。
「ま、マジ怖かったんですけど・・・・・・」
手の震えはまだ止まらない。きわめて冷静に対応した一刀だったが、いつパニックに陥っても可笑しくはなかったし、一歩間違えば完全に死んでいた。運が良かったのだ。
「それにしても・・・・・・夢じゃないのか?」
先ほど感じた痛みに恐怖、人を殴りつけた感触。その全てがリアルすぎる。いや、現実だ。夢と言われるよりもこれは現実だと言われた方が納得してしまう。夢であってほしいが、現実はいつも残酷だ。
「はは・・・・・・じゃあここはどこだってんだよ」
自嘲気味に笑う。もう、わけがわからない――。
正直泣き出してしまいたかったが、そうさせてくれる暇も与えてくれないらしい。
遠くから聞こえてきた轟音、何事かと振り返ると唖然とした。
「馬・・・・・・?」
それは映画で見るような騎馬の軍勢で、まっすぐにこちらに向かってくる。
「映画の撮影? いやでも・・・・・・はは、まるでタイムスリップでもしちゃったみたいだな」
この例えは言い得て妙なのだが一刀は知るよしもない。
大きな旗を翻した騎馬団はやはりこちらに向かってくる。正直、展開について行けない。見知らぬ荒野で彷徨ったあげく剣を持った男達に襲われ、その次は騎馬団だ。もう何が起こっても驚かないだろう。
「いや、壮観だなぁ」
騎馬の軍勢はあっという間に一刀をぐるりと取り囲む。もう笑うか開き直るしかない。
己を囲む騎馬武者、さっきの男達とは比べものにならないくらいの手練れ揃いだろう。仮に一斉に襲われでもしたら為す術もなく死んでしまうのは目に見えている。
その中で三騎が前に出、一刀の目の前で止まった。
息をのむ。騎乗している三人ともが美しく、可憐で、――強かった。
黒髪でオールバックにし、腰まで届くほどの長髪の女性。
水色のショートカットで右目を隠すように前髪を伸ばしている女性。
そして、金髪の・・・・・・なんと表現して良いのか、ツインドリル? の少女。
数多くの騎馬団がいるなかでこの三人だけは格が違う。特に黒髪の女性、武術に関しては素人に毛が生えた程度の一刀でも分かるその強さ。
敵わない。一刀が束になってかかっても敵わないであろう強大な武の前に知らず生唾を飲み込む。生粋の武人かと問われたら否と答える一刀でも心躍らずにはいられない。やはり男という物は強さを求める生き物なのか。
「貴様、名を名乗れ」
長髪の女性が問う。我に返った一刀はあわてて答える。
「俺は、本郷一刀・・・・・・」
新たな外史の始まり、最初の一ページ。
覇王との出会いは、このような形であった。
後書き的な物を。
数々の魅力ある恋姫SSに触発されて書いてみました、駄文ですがね。
一刀をちょっぴり強化しての再構成物。やっぱり一刀はへたれてるよりも活躍してた方がいいっすよね~。
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真・恋姫の魏ルート再構成です。
一刀をちょっぴり強く、ちょっぴり賢く、ほんの少ししたたかに。