ベッドの上に置いてあった健也の携帯が、ぽーん、という音でLINEの通知が来たことを知らせる。時刻はもうすでに十一時、高校生である健也にとってはそんなに遅くない時間だが、もう深夜に差し掛かるあたりだ。
「誰からだ……?」
健也はちょうどいい、休憩にするかと長時間やっていた宿題をする手を止め、携帯と手に取る。画面には中学の頃から一緒の佐藤信一の名前が表示されていた。
《携帯学校に忘れた。パソコンからログインしてる》
【だからどうしたメガネバカ】
《一緒に取りに行こうぜ!》
【断る、お前なんかに構ってる暇なら無いんだよ。宿題やらせろ】
《深夜の学校って楽しそうじゃん!》
【全然】
《ついでに肝試しやるか》
【だからいかねぇよ……】
《来てくれたら今度駅前のラーメン屋で飯奢ってやるぜ?》
【チャーシュー麺にチャーハン餃子付きなら行ってやろう】
《ぐっ、せめてチャーハンが餃子どっちかにしてくれ……》
【チッ……しょうがねぇなぁ……】
《おう、じゃあ15分後に校門の前でな》
【了解】
最後のメッセージに既読がついたことを確認し、健也は立ち上がり、出かける準備をする。
すると着替えてる途中、再び健也の携帯がぽーん、とLINEの通知が来たことを知らせる。
「まだなんかあんのかよ……」
健也が携帯を手に取ると画面に表示されていたのは、佐藤信一の名ではなく常闇の魔王という中二病丸出しの名前だった。
「げっ、渡瀬かよ……」
この常闇の魔王のアカウントの主は、先程の佐藤と同じく中学から健也と一緒の渡瀬伊織だ。
[我、魔道書を学び舎に]
【だからどうした。あといつもいってるが日本語使え、全く……宿題学校に忘れるとか、馬鹿かよ】
[汝、我とともに闇の学び舎へ任務へ向かうことを許そう]
【やだよだるい】
[死の呪いと聖典三冊、好きな方を貴様に授けよう]
【乗った。15分後に校門の前集合な】
[承知]
最後のメッセージを確認すると健也は携帯を置き、着替えの続きをする。
「ふふ、今晩は儲かるなぁ♩」
15分後、校門の前に、健也、信一、伊織の三人が集まっていた。
「おい健也、どうして渡瀬がここにいるんだ?」
「ん?ああ、こいつも学校に忘れ物したらしいから、ついでに呼んだんだよ」
「我とともにこの任務に当たれること、感謝するがいい」
「なるほどな!よし、これから俺らは一連托生だ!共に潜入ミッションを完遂させよう!」
「おー(棒)」
三人は、周りに誰もいないことを確認し、門を乗り越え校内へ侵入する。足音を立てず中庭を通り過ぎ、昇降口の前へと辿り着く。
「よし、ここまでは順調だな……。健也、渡瀬、俺についてこい!」
「なんでお前が仕切ってんだよ……」
「ふふ、我が闇の力にかかれば忘れ物の一つや二つ造作もなく取ってこれるが、今宵は貴様らに合わせるとしよう」
そういうと、信一は昇降口のドアに手をかけ、開けようとしたが、鍵がかかっていた。
「むっ、開かないぞ……鍵がかかっているだと⁉︎」
「そりゃそうだろ、夜なんだから」
「闇夜の常識」
「なんだと⁉︎くそっ、どうすればいいんだ⁉︎」
「宿直のせんせ……」
「我が闇の力に任せよ」
健也が「宿直の先生いるだろうから、説明して開けてもらおうぜ」と言おうとした直前、伊織が信一の肩に手をかけ、扉の前に立つ。
「闇の力、解放!我が禁断の魔術、"開錠"発動!」
すると、伊織の体から黒い煙のようなものが溢れ出し、二人の視界を覆う。しばらくして、煙が晴れた時、二人の前にたっていたのは先ほどまでの渡瀬伊織ではなく、黒いマントを羽織り、髪は伸び、漆黒の眼帯をした魔王となっていた。
「はあぁぁぁっっっっ!!!」
伊織が扉に手をかざすと、鍵のところに魔法陣のようなものが浮かび上がる。そのままカチャっという音とともに鍵が開かれ、扉がひとりでに開いたーーーーーー何てことはもちろんなく、扉の前にたった伊織は、懐から細い針金のようなものを二本取り出すと、それを鍵穴に入れていじりだす。そうして数十秒が経った時、カチャっという音がし、伊織が鍵穴から針金を抜く。そして、扉に手をかけると、見事鍵が開いていた。
「ピッキングかよっっ!!」
信一は、つい夜中であることを忘れてた突っ込んでしまった。
「我が高貴なる魔術を犯罪呼ばわりとは……呪われたいか」
伊織がムッとした声で答える。
「いや、どうみてもただのピッキングだろ」
「だな」
健也と信一が声をそろえて言う。
「まぁよい、一般人には理解できぬことよ……」
そう言うと、伊織は肩を落としてひとり先に進んで行く。
「あっ、おい先に行くなよ!」
慌て二人も伊織を追いかけ、三人は真っ暗な校舎へ入っていった。
健也、信一、伊織の三人が通う高校は、校舎がカタカナのロのような形をしており、それぞれの辺に当たる位置が北棟、西棟、南棟、東棟と呼ばれている。南棟以外全て四階建てで、南棟は二階建てとなっている。ロの字の角に当たる位置、つまりそれぞれの校舎の境目に階段が設置されている。昇降口は南棟一階で、三人の教室は東棟三階、中庭に面する位置にある。
三人は校舎に入るや否や、真っ暗で足元も見えない中、慣れた動きで南棟と東棟の間の階段へと向かう。だが、事件は階段を登り切る直前に起きた。健也、伊織、信一の順で階段を上っていたが、最後尾の信一が階段の段数を間違え、つまずいてバランスを崩す。バランスを崩した信一が前にいる伊織の背中を押し、信一に押された伊織が健也の背中を押す。伊織に背中を押された健也はそのまま前に倒れこみーーーーーー非常用の金属の扉に頭を打ち付ける。
「いっってぇ!!」
健也の悲鳴と共に扉にぶつかった音が校舎の中に鳴り響く。
「誰だ⁉︎」
遠くから声が響いてくる。
「まずい、この声は生活指導の武井じゃねぇか⁉︎今日の宿直の当番がやつだなんて……なんて運の悪いっ!」
「どうする⁉︎」
「どうするって、逃げるしかないだろ」
「我も賛成だ」
だが、そうこうしているうちに声の主はどんどん近付いてくる。
「誰かいるのはわかっている!すぐに出て来なさい。警察を呼ぶぞ!」
「行くぞっ」
三人は階段を上り逃げようとするが、
「待てと言っているだろう!貴様ら何者だ!」
後ろからは凄まじい勢いで武井が迫ってくる。
「まずい、このままじゃ追いつかれるぞ!」
先頭で階段を駆け上る信一が焦った声で言う。
「三人でバラけるしかない!終われなかったやつが全員分の荷物を回収して、校門の外で集合だ」
「その必要はない。ここは我に任せよ」
健也がとっさの判断で立てた作戦を、一瞬で否定されてしまう。
「我が闇の力は光なき場所でこそ真価を発揮する……。あの程度の雑兵、我の手にかかれば一瞬よ」
「だがっ……!」
「先に行け!」
そう言うと伊織は三階の入り口で振り返り、どこから取り出したのか黒いマントをまとい、顔を隠すように手を掲げる。信一と健也は三階に駆け込み、暗闇からそっと様子を伺う。そしてそこへ武井が上ってくる。
「むっ、貴様何者だ!なぜ学校に侵入した。場合によっては警察を呼ばせてもらうぞ。貴様がやっているのは立派な犯罪、不法侵入だ!」
「我は常闇の魔王。この地を我が魔王城とせんがため参った。一般人よ、死にたくなければ立ち去るがよい」
「ふざけたことをぬかしおって。そういう馬鹿な妄想は家でやれ。人様を巻き込むんじゃない。とにかく、学校からは出て行ってもらおう」
そう言って武井は伊織との距離をつめ、伊織の腕をつかもうとするが、次の瞬間伊織はマントを広げ目隠しとし、その隙に階段を駆け上る。
「ぬわっ⁉︎なんだ、くそっ。まて!」
不意をつかれた武井も一瞬後には視界を取り戻し、階段を駆け上る伊織を追って四階へ消えてゆく。
((逃げ切れるのか、あいつ……?))
それを見ていた二人は同じ事を思ったのだった
「よし、伊織のおかげで俺たちはフリーに動ける。今のうちに全部回収してこよう」
気を取り直して、健也は信一と二人で、夜の廊下を教室に向かって歩いて行く。
「1…………2…………3…………」
壁を触りながら進むことによって教室の数を数えながら進んでいく。
「4……ここだ」
そして二人は伊織、健也、信一のHRである3-4の前にたどり着いたが
「扉が開かねぇっ……」
教室の前後に設置された扉には鍵がかかっていて、扉を開けることはできなかった。
「確かここに窓があったはずっ」
信一はジャンプをし、壁の上の方についている窓に手をかける。
「ここなら鍵かかってないだろ」
そう言って横に力をかけると、窓は抵抗なく開いた。
「健也、上から入れそうだから俺が中に入って鍵開けるわ」
「おう、了解」
そう言った信一壁ををよじ登り、教室の中へ入って行った行一瞬のち、「ふぎゃっ⁉︎」という声と、机と椅子が激しく倒れる音がした。
「あんの馬鹿……!」
健也は呆れて頭を抱える。中の様子が確認できないのでわからないが、どうやら着地に失敗して椅子と机に激しく衝突したらしい。声がしないところから気を失っているのかもしれない。
「見つけたぞ!夜中の学校で騒ぎおって!」
しまいには伊織を追っていたはずの武井まで音を聞きつけて近くまで来ているようで、足音が近づいてくる。
「くそっっっ」
信一を置いて行くわけにもいかず、しかし逃げ場のない健也は焦る。どこかに逃げ場は無いか探し、そして足元の窓の存在に思い至る。
(上が開いてたって事は下も開いてるだろっ)
一か八か手探りで窓を探し、手をかけると窓には鍵はかかってなかった。健也が滑るように教室に逃げ込んだ時、ちょうど武井が角から出てきた。健也が教室を這って進むと、床に横たわっている信一を見つける。
「おいっ信一、大丈夫か?」
健也が肩を揺すって信一に声をかけるが、信一の体は力なく揺れるだけで返事はなかった。
「返事はない。ただのしかばねのようだ」
「伊織っ⁉︎」
そして、闇の中から突然伊織の声がする。
「お前武井に追われてたんじゃ……」
「我の魔術によって位置情報を撹乱。離脱後ここにて待機していたが、上空より敵の飛来を確認。我が魔術にて撃ち落とした」
「いやそれ信一……」
「我にも時間の遡行は不可能。現状の戦力でことに当たるほかない」
「開き直るなよ……」
そんなやりとりをしているうちに武井が近付いてくる。
「ここかぁ!隠れてないで出てこい!」
しかも武井は教室を端から順に開けて中を確認しながら進んできている。ここにいても見つかるのは時間の問題だった。しかし逃げようにも教室から出た途端武井に見つかってしまう。
「こうなりゃ一か八かだ。武井が教室に入ってくるのと入れ替わりで飛び出すしかねぇ」
「だが、我が魔術をもってしても人体の運搬は不可能。同志はどうする」
「目立つところに置いときゃいい囮になるだろ……。いいか、伊織。ここは戦場だ。人のことを気にしている余裕はない。むしろ利用できるものは仲間でも利用しろ」
「非常なる戦場の掟……」
「そうと決まれば急ぐぞ」
健也は信一の携帯をポケットに入れてやり、伊織はノートを回収する。その時、教室の鍵を開ける音が聞こえてくる。
「きやがった……」
武井が扉を開け、電気をつける。そして床に倒れている信一に気が向いた瞬間二人で下の窓から教室を飛び出す。だが、武井も一瞬遅れて伊織と健也に気付き追ってくる。
「まて貴様らぁ!」
二人は全力で階段を駆け下りるが、武井はそれより早く追ってくる。
「くそっ、どうする⁉︎このままじゃ追いつかれるぞ!」
「我が魔術に任せよ……。秘術、生贄発動!」
そう言うと伊織は、走っている健也の足に自分の足を引っ掛け、健也を転ばせる。
「貴様の犠牲は無駄にはしない……。靖国で会おう、友よ」
「てめぇぇぇ!!」
さっき自分が教えた理論を早速実践してきた伊織にまんまとしてやられた健也は叫ぶ。そして、転んだ健也はあっさりと武井に捕まり、教室で気絶していた信一とともに一晩武井からみっちり事情聴取を受けることとなった。ちなみに伊織だが、健也と信一がアッサリ喋ったため次の日みっちりと三人で説教を受けたのだった。
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男子高校生とおっさんしか出てきませんので悪しからず