『りんご飴』
夏の昼下がりは暑い。
操はいつもは裏長屋でぶらぶらして遊んでいるが、
たまには遠くの、外へ行ってみたいこともある。
横浜には最新式の蒸気機関車ができたそうで、
操もそれに一度は乗ってみたいと思うのだが、
こんな裏長屋の横に線路は通りそうもない。
かんかん照りのその日、操がいつものように井戸端でしゃがみこんで、
あまり冷たくならないスイカを注意深くころがして遊んでいたら、
例の四人組がまたやってきました。
「夕涼みに行きませんか?」
と、式尉が言うので、操は立ち上がりました。
「夕涼み?今は昼間だもん。」
べしみがすると、いつものようにおどけて
「あは。いい茶店があるんですよ。」
というので、
操もお菓子につられるのははしたないなあと思ってはみるものの、
この人たちはなんとなく安全だという安心感があるので、
「さぁさぁ行きましょう。」
という般若に手を取られて、坂道を登っていきました。
操はその日は緋ちりめんの帯に、柳の浴衣を着ていました。
操は足元にいっぱいワッカが並んでいるのを、面白いと思いました。
「これ、コンクリートじゃないね。」
「当たり前です。今は明治ですから。」
「砂利を固めているんですよ。西洋に右にならえです。」
「ま、御頭はそっちが趣味だし。」
「おい。」
と、いうような会話があったあと、森の中に流れる小さな滝にたどりつきました。
そこは小さな神社で、水天宮の赤いのぼりがいくつも立っていました。
式尉と般若は暑い暑いと手うちわであおいでます。
「ああー、やっぱりここに来ると生き返るねぇ。」
「カトンボが多いのが、玉に瑕です。」
「仕方ねぇって感じですね。」
「うちわ出しましょう。しかしやっぱり暑いな。」
とべしみがふところから用意周到ないいものを取り出すと、
争奪戦になりそうになりましたが、操の「茶店は?」のひとことで
一気に収集となりました。
「そうそう、そこの茶店です。」
と、べしみが言って、水天宮の横の茶店に操を案内しました。
「な、なんでも好きなの頼んでください。」
「おい。お金は持ってきてるんだろうな。」
「忘れた。貸してください般若。」
「貴様というやつはだな・・・・。」
と、算盤ずく担当の般若が怒ると
「俺がおごります。こういうの好きですから。」
と、式尉が筋骨隆々のさらしの下から銭入れを出そうとすると、
「ダメ~っ、」
と、火男が拳骨でなぐりました。
「そっ、そんなところから出した金は操ちゃんには使っちゃダメだぁ~。」
「なんでダメなんだ?」
と般若があきれると、
「そっ、そんな気がするから・・・・・。」
ということで、御代は般若と式尉の折半ということになりました。
「よかったですね。」
とべしみと操が茶団子のセットをもらってニコニコしている横で、
「なんか・・・・・嫌なことが起きそうな気もしますが・・・・。」
「たぶんな。」
「えーっ、俺わかんない。」
と、他の三人が黙って見ています。
べしみが操にご機嫌を取るように言いました。
「ね、操ちゃん。茶団子の色は何色ですか?」
「みどりぃ。」
「そうですねー。赤信号はわたらないようにしましょうねー。」
するとそこで、式尉が操の前に体育すわりでしゃがみこんで、
「操ちゃん。赤いものには気をつけてください。俺に言えるのはそれだけです。」
「ふーん。」
「御頭様の趣味は茶ですからね。」
「あっ、じゃああの人大丈夫なんだ。」
「そうですねー。」
早合点をする操でありました。
こうして茶店から帰ったその日は何事もなかったのですが、
翌日かそのまた翌日。
操が朝起きてみたら、枕元にこの間食べたお団子みたいなものが
綺麗な色の不思議な模様のついたガラスのお皿の上に置いてあります。
「わぁ、お団子だぁ。」
操はうれしくなって、早速べしみたちに見せに行きました。
「ねーねー、枕元にこんなお団子があるんだよー。」
べしみはあまりうれしそうではありません。
「それ、紅白団子ですが、食べないほうがいいです。」
「なんでー?これ綺麗だけど。」
「そういうものは食べないほうがいいです。毒が入っていると、言われております。」
その瞬間、般若のこぶしがべしみに飛びました。
「貴様は俺たちがあんなに用意周到に用意した作戦を・・・・。」
操は般若がやはり怖いと思いましたが、自分の身を心配してくれているようなので、続けて聞きました。
「これ毒入ってるの?」
べしみが般若のプロレス技で首を締められながら、なんとか言いました。
「は、入ってません。なんにも入ってませんから。なるべく触らないで食べてみてください。」
がち。
「うわぁぁぁぁぁぁん、歯が折れるよう。こんな団子嫌いだよぅ。」
するとやっぱり操が先刻から気になっているあの御頭が飛んできて、操の背中をさすってくれました。
「だ、大丈夫だからな。」
とか言っています。
「口の中は何も切れてなかったか?」
とか言って、口の中を指で触ったりします。ちょっと操は気もち悪いです。
「うぇっ、うぇっ、うぇっ、」
と、操が泣いていると、
「お団子また買ってほしいか?」
と、その青年は白い歯を見せて操に笑いかけます。
操は自分の気持ちを見透かされているみたいで、とても不機嫌な、ブスな顔つきになりました。
「今度はリンゴ飴を買ってやるからな。」
「いらない。それきっとまた歯が折れるもん。あんなの団子じゃない。」
「大丈夫だ。思いっきりかじらなければ。」
ようやく操と御頭は手をつないで、縁日に出かけていきました。
「まったく・・・・あの会話にはひやひやさせられますねぇー。」
「俺、目がいきそうだよ。」
「だから御頭の計画通りにことが進んだというわけでしょう。」
「ま、なんとか。」
「今度はあんな念入りに練り飴を塗った団子でないことを祈ろう。」
「あれ何回ぐらい飴工程がありましたかね?団子屋のオヤジも嫌がってたんだけど。」
「そーだなぁ。」
もうすぐ、秋になるのかも知れません。
青空にはすいすいと、二人をすますように赤トンボの群れが舞い始めていました。
<おしまい>
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ドリーム小説でしたが、蒼紫操に変換しています。