No.79858

魏改変シナリオ 夏侯姉妹√  其の3

IKEKOUさん

夏候姉妹√の続きです。本来なら其の3で終わらせるつもりだったのですが長くなってしまったのできりのいいところまで投稿させていただきます。

2~3日中に投稿すると言っていたのですが遅れてしまって申し訳ありません。書いているうちにアイデアが次々と湧いてしまって(汗)

今回は戦闘がメインになります。

続きを表示

2009-06-19 01:00:30 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:16578   閲覧ユーザー数:12634

 あの日から少し経った後、春蘭と秋蘭は一日の仕事を終えて二人で酒を飲んでいた。

 

 

 あまりに飲み過ぎてしまった。理由は言わずもがなである。それで二人とも気が大きくなってしまったらしい。

 

 

 酒のせいで気が大きくなってしまった二人は一刀の部屋の前にまで来てしまっていた。

 

 

 酒に勢い。それに身を任せてしまおうかと思った。部屋の扉に手をかけようとして、伸ばしたその手を止めた。

 

 

「んっ…はぁ…ああっ……」

 

 

 くぐもった女性の喘ぎ声、荒い男の呼吸音。この数歩先でなにが起きているのかなんてそれを経験したことのある、もしくはそれに準じた行為を見聞きしたことのある人間ならすぐにわかるだろう。

 

 

 相手が誰かなんて野暮なことは聞きはしない。

 

 

 当然二人もわかった。いや、わかってしまった。

 

 

 知りたくなんてなかった。

 

 

 一刀が何人もの女性と関係を持っているのは聞いている。それゆえに魏の種馬の異名を取っていることは周知の事実だ。本来なら二人もその中に入っているはずだったのだろうか?

 

 

 たらればの話なんて意味を持たない。が、それでもこの事実は二人の胸をギュッと締め付けた。

 

 

「華琳さま以外なにもいらない」

 

 

 主君の華琳にはそう言った、けどそれでも…。

 

 

 なぜか心を乱されていることは否定できない自分がいる。

 

 

 否定なんてできるはずがなかった。これは二人が初めて北郷一刀という異性に対して抱いた淡い恋心なのだから。

 

 

 確かに今、二人の中には普通に男性を想う感情が存在する。それはだんだんと輪郭を持ち始めている。形になっている。

 

 

 恋する乙女。

 

 

 陳腐な決まり文句でいうなら、そうこの言葉が最もふさわしいだろう。以前のこの二人からは想像もできないような姿。

 

 

 だから誰も否定などすることはできないのだ。本人自身でさえも。

 

 

 喜びも悲しみも愛しさも切なさも、すべて含めて恋なのだから。

 

 

 甘いだけの恋なんていうものは恋とは呼べない。

 

 

 二人はまだそれに気づいていない。今までは華琳から与えられる愛に応えてさえればよかったのだから。

 

 

 でも今は違う。これからどう思い、どう行動するかは自分で決めるしかない。

 

 

 二人は耐えきれずにこの場を離れた。離れる以外の選択肢を二人は持ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 そんな二人に転機は突然訪れた。

 

 

 その日、秋蘭の定軍山への査察に行くことが決まった。一刀がそれを聞いたのは秋蘭が城を出ていく寸前だった。

 

 

 それを聞いた時、一刀の脳裏に寒気がするような悪寒が襲った。でもそれも杞憂だろうと思い、いつも誰かが査察に行く時のように見送った。

 

 

 それから数日が過ぎた日の夜、一刀は寝台の上で一人考え事をしていた。秋蘭が査察に行った定軍山のこともそうだがそれ以上に春蘭と秋蘭の二人のことが気になってしょうがばかった。自分のせいで二人を苦しめてしまっていることがどうしようもなく辛かった。

 

 

 もしかしたら二人とは死ぬまで、死ぬ…?

 

 

 死!?

  

 

 そうだった!夏候淵は定軍山で黄忠に討ち取られて。

 

 

 こうしてはいられない!!

 

 

 一刀は寝台から飛び起きて一途、春蘭の部屋に駆けた。なぜ春蘭の部屋に行くのかはわからない。ただ春蘭なら秋蘭を救ってくれるそんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 部屋の中に春蘭がいるのかさえ確かめないで扉を開け放った。運よく、と言っていいのか扉に鍵はかかっていなかった。

 

 

「春蘭!!いるか!?」

 

 

「ほ、北郷!?どうしたんだ?」

 

 

 春蘭はこれからどこかに行くつもりだったのか就寝するような服装ではなかった。

 

 

「助けてくれ!!このままだと秋蘭が!!!」

 

 

「いったいどうしたというのだ!?もしや秋蘭の身になにかあったのか!?」

 

 

「思いだしたんだ!俺の世界では秋蘭は定軍山で黄忠に討ち取られて死んでるんだよ」

 

 

「本当なのか!?…だが証拠はあるのか?」

 

 

「それは…俺を信じてもらうしかない。だけど…お願いだよ、春蘭」

 

 

「わかっている。お前がこのようにたちの悪い嘘をつく男だなんて思ってないし、思ったこともない。だが…私の一存で軍を動かすことはできないんだ」

 

 

「無理なお願いをしているのはわかってる。でも時間がないんだ。早くしないと秋蘭が…」

 

 

 そこまで言ったところで一刀の意識は突然薄れていった。一刀は倒れながらも服の裾を縋るように掴んだ。意識がなくなってからも裾を掴んだ手は強く強く握りしめたままだった。

 

 

「北郷!?」

 

 

 春蘭は一時、戸惑い静止した後、倒れこんできた一刀を慌てて抱きとめる。

 

 

「どうした北郷?」

 

 

 軽く揺すりながら呼びかけるが意識を取り戻す気配はない。

 

 

 ちょうどその時、一刀の入ってきた扉の方から声が聞こえた。

 

 

「春蘭、あまりに来るのが遅いから見にきたのだけど…これはどういうこと?」

 

 

 そこにいたのは華琳だった。事情が掴めていないようだった。

 

 

「それが――――」

 

 

 春蘭は今あった事の次第を話した。

 

 

 しばし悩んだ後で華琳は腹を括ったように言った。

 

 

「春蘭、あなたに精鋭500騎を与えるわ。準備ができ次第出発しなさい」

 

 

「御意!!」

 

 

 春蘭は部屋の外へ駆けだそうとした。

 

 

「それとここに救護の者を。一刀をこのままにはしておけないでしょう?明朝、私も後発軍を率いて定軍山に向かうから無理だけはしないようにしなさい。あなたになにかあったら私が一刀に怒られるわ」

 

 

「はいっ!」

 

 

 春蘭は返事をしたあとすぐに駆けだして、姿も見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に残された華琳は一刀の頭をそっと自らの膝に乗せた。

 

 

 荒い呼吸音に支配された空間で、

 

 

「ねぇ、一刀。あなたはそれでよかったのかしら?」

 

 

 ひとりごちる。

 

 

 

『大局に逆らうな。流れに身を任せよ』

 

 

 昔、占い師が言った言葉だ。

 

 

 その通りならば一刀、あなたは……。

 

 

 

 

 

 

 それからまた数日が経った頃、秋蘭は定軍山に到着していた。普段どおりに周囲の地形の探査や地元住民への聞き込みを始めた。

 

 

 作業は滞りなく進められた。事態が急変したのは地形の実地検査の為に山間の間道に馬を進めた時だった。

 

 

 突然、崖の上に現れた敵兵士と思わしき人影が岩を落とし進路を塞いだのだった。

 

 

「全隊止まれ!進路が阻まれた、速やかに後退しろ!」

 

 

「申し訳ないけれど。貴女にはここで死んでもらうわ」

 

 

 秋蘭が隊を転進しようと後方に振り替えるとそこには完全武装した新緑の軍服を着た集団、蜀の兵士部隊が道を塞ぐように展開していた。

 

 

 その先頭には妙齢の美女、黄漢升その人だ。敵国である魏ですら黄忠が相当な弓上手だと聞き及ぶほどだった。

 

 

「蜀の黄忠か」

 

 

「ええ、そのとおりよ。夏侯淵さん」

 

 

「と、いうことはこれは諸葛亮の罠だったと…」

 

 

「……」

 

 

 黄忠は何も答えず、おもむろに弓を引き、秋蘭めがけて矢を放った。

 

 

 高速で飛来する矢を秋蘭は自らの弓ではたき落した。

 

 

「ここが戦場であるならば言葉は必要ないでしょう?」

 

 

 黄忠はそう言って次の矢をつがえた。照準は秋蘭を捉えている。

 

 

「そうだな、言葉は無用か。貴女の武には自らの武を以って答えることにしよう」

 

 

 同様に秋蘭も矢をつがえる。

 

 

「「はっ!!」」

 

 

 鋭い掛け声と共に相対する二人の弓から矢が放たれた。その矢はまるで磁石が互いを引き合わせるように交差し、重なり合い、高い金属音を鳴らし、ぶつかり合い地面に落ちた。

 

 

 それが合図だった。両軍は裂帛の気合と共に激突した。

 

 

 蒼と緑の急流は激しくぶつかり合い、混じり合った。剣と剣、剣と槍、互いが接触し、鈍い音を響かせる。

 

 

 色と色は混じり合い、後に残ったのは飛沫く紅い血。

 

 

 目が痛くなるようなそれは時に噴き出し、流れ、冷たい地面に染み込んでいった。

 

 

 こうなれば一般の弓兵などは役に立たない。だが、矢をつがえて放つ二つの影があった。ある時は敵の兵士を狙い、ある時はそれを縫うようにもう一人の射ち手を狙う。

 

 

 将同士の実力は当に伯仲。互いに決め手に欠いていた。そもそも将と言うのは軍の中で抜きんでた存在である。それが良くも悪くもだ。

 

 

 それが同等のものである場合、戦いの分水嶺となるのは数。

 

 

 そう、単純な兵力。人の多さなのだ。

 

 

 秋蘭が率いるのは精々100人に届くかどうかといったところ、対する黄忠の率いるは優に1000人を超えているだろう。

 

 

 戦力差10倍。

 

 

 秋蘭率いる魏軍はじりじりと岩に塞がれた先へ追い詰められていった。初めは被害状況は五分といったところだっただろうが今は一方的に敵兵士に味方は殺されてゆくばかりだ。

 

 

「引くな!こちらに退路はない!我らが行くべき退路は敵軍の向こうにある!進んで死ぬことと退いて死ぬことは等価値ではない!!ならば、なればこそ魏の精鋭としての気概を見えてみろ!!!!」

 

 

 秋蘭は懸命に兵を叱咤する。だが、一度挫かされた戦意はそうそう戻りはしなかった。ずるずると戦線は後退してゆく。

 

 

 完全に負け戦だ。

 

 

(もはやこれまでなのか…)

 

 

「勝負あり、ですわね」

 

 

 今となっては秋蘭の周りには数十人の兵しか残ってはいなかった。背水の陣、其れすらおこがましい様な有様。

 

 

「…そのようだな」

 

 

 声にはもう力がなく。弓を引くことすらできなかった。

 

 

 黄忠が秋蘭の命脈を絶ってしまうだろう矢をつがえる。

 

 

 

 

 

 秋蘭はそのわずかな時間がとても長く感じた。さまざまなことが頭をよぎる。俗に言う走馬灯というものだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 始めに浮かぶのは彼女か愛してやまない華琳と姉の姿、苦楽を共にし、長い時間を共に過ごしてきた。

 

 

あぁ姉者は私がいなくても大丈夫だろうか?華琳さま、申し訳ありません。私はここまでのようです。華琳さまに最も近い、あなたさまの傍らで、あなたさまの天下をみとうございました。

 

 

華琳さまと姉者と共に過ごしたかけがえのない時間が、肌の触れあった感触が、耳朶に響く甘い声が。愛しい。あぁ愛おしくて堪らない。

 

 

どうしようもない想いは枯れることを知らない。

 

 

 次に浮かんできたのは魏の仲間たちの姿だった。皆、一筋縄ではいかないような者ばかりだったが、それ故に退屈と思ったことはなかったな。

 

 華琳さまのことを頼む。

 

 

 

 

 最後に浮かぶのは照れくさいようにはにかむ一人の男。自分より少しだけ年下なのだろう、まだ幼さの残る顔だちをしていた。

 

 

 初めての出会った時の感想は、特になかった。奇妙な格好をしているということ以外は。

 

 

 それから話を聞くにつれて少しだけ興味を持った。北郷一刀という男に。

 

 

 北郷を発見する直前、天の御遣いの噂が大陸中を一世風靡した。ハッキリ言って眉唾だった。

 

 

 私は官職に就くものだ。漢王朝そのものが腐りきっていることは知っていた。民達がこのような噂にまですがりたくなる気持ちもわかる。それほどまでに腐りきっていたのだ。

 

 

 そこに北郷は飛び込んできたのだった。本物かどうかともかくとして北郷は華琳さまの覇道に役に立つ。それは華琳さまも同意見だったらしい。

 

 

 風評。それは華琳さまにとって大きな利点になる。北郷はそれだけの為に陣営に迎え入れたのだった。

 

 

 仕事もまともできない。それ以前に文字すらもかけない有様だった。

 

 

 それでも北郷は必死にそれをこなそうとした。出来るモノも出来ないモノも真摯に。

 

 

 ひたすらに一生懸命に。

 

 

 嫌な顔をしなかったわけではない。それでも途中で投げ出したりはしなかった。辛い時も助けを求めない。

 

 

 決まって笑顔でこう言うのだ。

 

 

「大丈夫」

 

 

 全然大丈夫には見えないのに、だ。

 

 

 だからなのだろう。北郷の周りでは笑顔が絶えることはなかった。北郷の持つ気質とでも言うのだろうか。なぜか暖かいようなそんな空気に巻き込まれてしまう。本来、そう感情を表に出さない私でも気づけば笑みを浮かべていた。

 

 

 そんな所に華琳さまも惹かれたのかもしれない。けして表に出そうとしない、というか華琳さま本人も気がついてはいないのだろう。

 

 

 北郷を本当の意味で見直したのは劉備と呂布が攻め込んできた時だった。その時大半の兵と将が出払っていた圧倒的劣勢の中、華琳さまは討って出られた。籠城するくらいなら

戦場での最期をと思われたのだろう。

 

 

 突出した華琳さまは敵の精鋭に四方を囲まれた。死を覚悟されたことだろう。だが、それは許されはしなかった。敵軍の囲まれた華琳さまを北郷が叱咤して救ったのだった。

 

 

 もし、私がそこにいればどうだっただろう。お救いするために敵軍に斬り込みはしただろう。それでも華琳さまを叱咤してまでお救いすることができただろうか?いや、多分できなかった。精々、ともに討ち死にすることしかできなかっただろう。

 

 

 主君の意に逆らってまで助けるなどありえない話だった。それは紛れもないまぎれもなく主君に対する侮辱に当たるからだった。

 

 

 北郷は救い、華琳さまが生きている。これが事実だ。

 

 

 初めは戦場にすら出たことのなかった北郷が自らの危険を顧みず華琳さまの元まで駆け、その命を救った。

 

 

 素直に感謝の意を持った。そのときから北郷一刀という男の見方が変わった。姉者も同じだっただろう。

 

 

 姉者は素直ではないからそれを本人に言うことはなかったが。それでも北郷に作ったこともない料理をしたこともあった。

 

 

 素直ではないのは私の方だったのかもしれない。

 

 

 それから北郷が何人もの女性と関係を持ったことは聞いた。それゆえに魏の種馬と呼ばれるようになったことも。

 

 

 不思議とそれを奇妙だとは思わなかった。むしろ、そうかと納得したくらいだった。なんとなく…そう、なんとなくだがそれが面白くないと思ってしまった自分が居た。

 

 

 そんな中、姉者が華琳さまの不興を買った罰として北郷に犯されることになった。私は必死でそれを止めさせようと懇願した。結果は無理だったが。

 

 

 なぜ私がこんなにも必死だったのか、自分でもわからなかった。姉者が男に犯されるのが嫌だった。それもある。でもそれ以上においてけぼりにされる様な、もやもやしたものが私を突き動かした。

 

 

 姉者は誰も居なくなってから顔を真っ赤にしながら、口元に少し笑いを浮かべたかと思うとさらに真っ赤になって悶えていた。それを見て、私の心はさらにざわついた。

 

 

 その日の夜、私は華琳さまに連れられて北郷の部屋に向かった。扉を開けた時、北郷と姉者は熱く口づけを交わしていた。その表情に嫌悪感はなく、むしろ甘美な行為に対して恍惚な蕩けきった表情だった。

 

 

 思わず顔に朱がさしたのが自分でわかった。私と姉者は姉妹だ。姉者がされていることに対して自分がされているような感覚になることはよくあることだった。下腹部が熱を持って自己主張を始める。華琳さまが私を横目で見ていた。嗜虐的な笑みを浮かべながら。思わず顔を伏せる。この御方には何も隠し事ができそうになかった。

 

 

 そんな私を尻目に行為は進行していった。初めて目の当たりにする男女の交わりというモノに目が離せなかった。

 

 

 体が熱い。どうしようもないほどに。

 

 

 突然、華琳さまが私に触れてきた。当然、抵抗なんて出来る筈がない。なされるがままだった。

 

 

 そして姉者と北郷の行為が終わりを告げた。華琳さまは荒い息を吐いている北郷にこちらを見るように言う。

 

 

 羞恥心が私の顔をさらに赤く染め上げた。北郷の視線が私に突き刺さるのをひしひしと感じる。

 

 

 そして華琳さまは残酷に告げる。次は私を犯すようにと。

 

 

 北郷は戸惑っているようだった。それでも視線がぶれることはない。感覚でそうわかった。

 

 

 そこからはなにを言っているかわからなかった。ただ北郷がこちらに近づいているのがわかった。

 

 

 拒否することはできた。力という点では私の方がずっと上だ。それでも身体は動かなかった。動かさなかった。

 

 

 私は根源に近い衝動にしたがった。私はこの男と交わることを望んでいる。全ては華琳さまが書いた台本通りになっただけかもしれなかった。

 

 

 でも、そんなことは関係なかった。

 

 

 その夜、最初で最後の私と北郷は男女の関係を持つことになった。

 

 

 それからだった北郷と私たち姉妹の関係がぎすぎすし始めたのは。杞憂ではないかと思ったこともある。

 

 

 しかし、それは違った。北郷は深く思い悩んでいた。自分のせいで我らが傷ついているのではないかと。

 

 

 それを告げられた時、私は何も言うことができなかった。我らのせいで北郷が苦しんでいる。それならばいっそ…。

 

 

 そう思い、華琳さまに「他にはなにもいらない」そう言った。これ以上、北郷が苦しまないでいいように。

 

 

 それでも押し込めた感情は行き場を失い、今にも溢れだしそうになっていた。北郷は涙交じりに我らを放っておかない。そう言った。

 

 

 女として求められている。そう言ったのだった。

 

 

 何が足りなかったのか?

 

 

 こんな状況になってよくわかったよ。

 

 

 私はまだ何も伝えてはいなかった。

 

 

 気持ちを。

 

 

 この胸に抱く想いを。

 

 

「北郷、私はお前を好いている」

 

 

 想いは口にしなければ伝わることなどないのだ。

 

 

 そんな簡単なこともわかってはいなかった。

 

 

 今すぐにこの想いを、ありったけの想いを愛しい男に伝えたい。

 

 

 

 

 眼前の敵を見つめる。死はすぐそばまで迫ってきている。

 

 

 

 

 

 春蘭は秋蘭の向かったと聞いた場所に馬をひた走らせていた。

 

 

 遠くで不特定多数の何かの叫び声が聞こえた。それに風に乗って生臭い匂いが漂ってきた。

 

 

「夏侯惇将軍!」

 

 

「わかっている!!進軍速度を上げよ!!」

 

 

 馬の腹を蹴り、さらに急がせる。

 

 

 あの時の北郷の顔が脳裏に焼き付いて消えない。助けをもとめる幼子のような、なにかに縋るように視線が。

 

 

 一度は切り捨てようと思った男。それでもあんな姿を見せられると、どうしても私の中の女が疼く。

 

 

 想いの炎は消えてはないのだった。

 

 

 その事実にホッとしている自分がいる。未練がましいなどとは思わなかった。むしろ、自分の見る目は確かだったと思った。

 

 

 それゆえに駆ける。

 

 

 惚れた男の本気の願いだ。聞いてやらねば女がすたるというものだ。

 

 

 秋蘭は当然助ける。大事な妹なのだから。

 

 

 それで言ってやるのだ。私はこんなにもいい女なのだ、と。そんな女を抱かないとは男がすたるぞ、と。

 

 

 目の前に敵軍が見えた。

 

 

「これより我が妹の命を狙わんとする不届き者を殲滅する!!遠慮はいらん!全てを切り捨ててしまえ!!曹魏に手を出す恐ろしさをその身に教えてやれぇ!!全軍突撃ぃ!!!!!」

 

 

 兵士全員の大音声と共に敵陣に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、姉者の声が聞こえたような気がした。それに遅れるようにして戦場に怒号のような叫び声が響き渡った。

 

 

「なにが起こったというの!?」

 

 

 いままで圧倒的に優勢に立っていたはずの黄忠が動揺したように声をあげた。

 

 

「申し上げます、突如現れた軍勢により無防備な背後を突かれました!」

 

 

 息を切られて走ってきた蜀軍伝令が報告する。

 

 

「なんですって!旗は!?」

 

 

「旗印は夏!魏の将軍、夏侯惇と思われます!」

 

 

「そんな…事前にこの策が漏れていたとでもいうの…」

 

 

 黄忠は戸惑いを隠せないようだった。

 

 

「姉者!!」

 

 

 秋蘭は大声で春蘭を呼んだ。

 

 

「くっ、それでも貴女の命だけでも!!」

 

 

 黄忠は素早く弓を構えなおし、射った。

 

 

「ふっ!」

 

 

 秋蘭はそれを弓ではたき落す。さっきまでは死を覚悟していた人間とは思えないような動きだった。

 

 

「援軍が来たぞ!すぐに体勢をとれ!」

 

 

 兵を鼓舞し、自らは矢をつがえ黄忠を狙い撃つ。

 

 

「ふっ!」

 

 

 黄忠はそれを叩き落すがそれと同時に。

 

 

「秋蘭、無事か!?」

 

 

 立ち塞がる敵兵士を切り捨てて春蘭が叫ぶ。

 

 

「大丈夫だ、だがどうして!?」

 

 

「話はあとだ!まずは目の前の敵のことだけを考えろ!」

 

 

 春蘭は話をしながらも敵兵士を次々と斬り伏せていく。秋蘭はそれに対し、ただ頷き、敵を射った。

 

 

「しかたないわね。ここは退きましょう」

 

 

 黄忠は数本、春蘭と秋蘭に矢を放ち退いて行った。同時に蜀軍も退却を始める。

 

 

 

 

「敵は退却を始めたようだな」

 

 

「あぁ。それでどうして姉者はここへ?」

 

 

「秋蘭が定軍山に向かった数日あとの夜に北郷が私の部屋に来たのだ」

 

 

「北郷が姉者の部屋に?」

 

 

「べ、別にやましいことはしていないぞ!」

 

 

「わかっている。それで?」

 

 

「そんなにすぐに否定せずとも…。まぁいい。それでいきなり扉を開けて開口一番、秋蘭を助けてくれ、そう言ったのだ」

 

 

「はぁ?」

 

 

「私も初めはよくわからなかったが北郷の様子が尋常ではなくてな。話を聞いて行くうちに天の世界では秋蘭が定軍山で黄忠に討ち取られるなんて言い出してな」

 

 

「…天の知識か」

 

 

「あぁ、それで華琳さまに許しをいただいてここに来たというわけだ」

 

 

「ふふっ、そうか」

 

 

「どうしたのだ突然笑い出したりして?」

 

 

「いやなに、その光景が目に浮かんでな」

 

 

「そうだなあやつはいつでも必死だ。滑稽なほどにな。だからこそ…」

 

 

「姉者、どういう心境の変化だ?妙に素直じゃないか」

 

 

「どうということはない。そういう秋蘭もなんだか嬉しそうじゃないか」

 

 

「そうかもしれないな。私も姉者にいうほど素直じゃなかったのかもしれんな」

 

 

「…本気か?」

 

 

「そういう姉者はどうなのだ?」

 

 

「言葉にする必要はないだろう?姉妹なのだから」

 

 

「そうだな。言葉にするのは北郷の前で。そうだろう?」

 

 

「流石は私の妹だ。何も言わずとも伝わる」

 

 

「姉妹だからな。それはそうとこれからどうするのだ姉者?」

 

 

「決まっている!」

 

 

「追撃するのだろう」

 

 

「当然だ!全軍、追撃の準備をしろ!!」

 

 

 すぐに部隊を再編し、追撃を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 数的にはこちらが少数、敵軍に追い付くのにそれほど時間は要さなかった。

 

 

 戦闘が始まる。相手に背を向けた蜀軍の後方にいる部隊から鑢で削るように蹂躙していった。

 

 

 追撃を始めてしばらく経ったあと、進軍方向の前方に森が見えてきた。どうやらそこに逃げ込む算段らしい。

 

 

「敵を逃がすな!!森に侵入される前に殲滅するのだ!!!」

 

 

 攻撃の手をさらに強めようとしたその時、銅鑼の音が辺りに鳴り響いた。

 

 

「なにごとだ!?」

 

 

「落ち着け姉者。こちらの銅鑼ではない、敵方のものだろう。我が軍を攪乱させるつもりかもしれない」

 

 

 銅鑼の音に混乱する魏軍から少し距離を離していた黄忠率いる蜀の軍勢が不意に進行方向をこちらに転進した。それを追い越すように1000ほどの軍勢がこちらに向け疾走してきた。

 

 

「蜀の援軍か!秋蘭、旗印はわかるか?」

 

 

「…馬。蜀陣営に馬の旗印の者など聞いたことがないが」

 

 

 見る見るうちに敵軍は距離を詰めてきていた。

 

 

「しかたない。全軍迎撃の態勢をとれ!!」

 

 

 春蘭は敵軍を迎え撃つための態勢をとるよう兵に下令する。

 

 

「おらぁあああ!!父上の仇、取らせてもらうぞ!!!!」

 

 

 魏軍が態勢を整え終わる頃には敵軍はすでに顔が判別できるほどにまで接近していた。その先陣に立つのは以前、涼州でまみえた馬超の姿だった。

 

 

「どうやら錦馬超が蜀陣営についていたようだな。一筋縄ではいかなくなったぞ姉者?」

 

 

「ふん、関係ないわ!我らの道を阻むものはすべて排除する、それだけだ」

 

 

「ふふっ、それでこそ姉者だ。私は黄忠を引き受けよう、馬超は任せる」

 

 

「秋蘭、我らには為すべきことがある。死ぬな」

 

 

「お互い様だ」

 

 

 二人の姉妹はそれぞれの戦場に向かう。

 

 

 魏軍兵力400、蜀軍兵力1500。

 

 

 本日二度目の戦いが幕を開けた。

 

 

 魏軍にとって、戦況はさらに悪くなっていく。

 

 

 

 

 

「見つけたぞ、夏侯惇!」

 

 

「御託はいい、さっさとかかってこい!魏武の大剣、この二つ名、身に刻んで死んでゆけ!錦馬超!!!」

 

 

 二人の猛将が対峙する。辺りは刃鳴りと罵声が響く、地獄絵図。その中、凛と互いに武器を構える。

 

 

 二つの影が掻き消えた。

 

 

 次の瞬間、暴を振りまく風が彼女らを中心に吹き荒れた。

 

 

「「はぁぁあああああ!!!!」」

 

 

 馬超の精錬された形状の凶器が大気を斬り裂きながら突き出される。対する春蘭は無骨そう形容されるような大剣の刃から腹に滑らせるようにそれを受け流す。

 

 

 火花散る。

 

 

 高速でぶつかり合う金属は小さな炎の欠片を零す。

 

 

 春蘭はそのままの勢いで懐に入り込もうと一歩を踏みこむ。

 

 

「させるかっ!!!」

 

 

 馬超は自らの怪力で突き出した槍を手繰り寄せ、手元に近い石突で前方を薙ぐ。

 

 

 踏み込んだ勢いを咄嗟に殺して、春蘭は馬超の腹を蹴り、後方に飛ぶ。しかし、一瞬遅れてしまったのか春蘭の右頬からは紅い血が一筋流れていた。

 

 

「ちっ」

 

 

「くそっ」

 

 

 互いに悪態をつく。

 

 

 そして二人は得物を構えなおす。

 

 

 春蘭は敵を剛断することだけを考えているかのように両手で柄を握り、刃の峰を肩に担ぎ、前傾態勢をとる。

 

 

 馬超は敵の全てを貫くように左手は敵と一直線になるように右手はいつでも渾身の力を込められるように柄を握りしめ、重心を落とした。

 

 

 二人の額から汗が流れる。

 

 

 先に動いたのは春蘭の方だった。

 

 

 上段に構えたまま馬超に一直線に駆ける。四肢に十分に力を込め、七星餓狼を振り下ろす。

 

 

 馬超は今すぐに突き出したい衝動を抑えていた。

 

 

(まだ、まだ引きつけてから)

 

 

 春蘭が剣を振りかぶる。

 

 

(今だ!) 

 

 

 馬超は春蘭の心臓めがけ槍を突き出した。

 

 

 もうどちらも止まらない。二人とも死んでしまう。

 

 

 瞬間、春蘭は体を捻り半身になった。

 

 

 馬超の顔が驚愕に歪む。

 

 

 同時に僅かにできた空間を馬超の突き出した槍が風切り音と共に通り過ぎた。しかし、体を捻った春蘭も自らの得物を振りおろせずにいた。

 

 

 そのままの勢いのまま春蘭は肩から馬超に激突した。馬超は得物を取り落としもんどりうって後方に弾け飛んだ。

 

 

 春蘭も勢いを殺し切れずに片膝をつくが勝敗は一目瞭然だった。

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ秋蘭と黄忠も対峙し合っていた。

 

 

「あちらは激しくやり合っているようだな」

 

 

「そうね、それじゃあこちらもそろそろ始めましょうか?」

 

 

 黄忠は弓をとる。

 

 

「その前に一つだけ良いか?」

 

 

「なにかしら?」

 

 

「馬超の援軍も策のうちか?」

 

 

「さぁ、あなたはどう思うかしら?」

 

 

 黄忠は艶然と微笑み受け流し、その表情のまま矢を放つ。

 

 

 それを秋蘭はやすやすと避けた。

 

 

「らしくないな。…なるほど、想定外だった、と。それは僥倖だった、諸葛亮とは五胡の妖術を使うのではないかと危惧していたのだがそうではないらしい」

 

 

「朱里ちゃんはとっても可愛い女の子よ。そちらこそなぜこの策が看破できたのかしら?」

 

 

「さぁな、どう思う?」

 

 

 秋蘭は華やぐような笑みを浮かべ、矢を放った。

 

 

「くっ!!」

 

 

 秋蘭の矢は寸分違わず黄忠の心臓に向かい飛ぶ。それを黄忠は辛うじて弓で逸らす。そこには今まであった余裕は感じられない。

 

 

「そちらにはいるとでも言うの?」

 

 

「あいにくこちらにはいるのは可愛くない普通の男だが…いや、普通ではないのかもしれないな」

 

 

「なるほどね。その男性はあなたの恋人かしら?」

 

 

「私の物ではない。魏の物だ」

 

 

 秋蘭は迷いなく答える。

「羨ましいわ。あなたみたいな女(ひと)をそこまで虜にするなんて一度は会ってみたいものね」

 

 

「会ってみたくば魏の陣営に降ることだな。まぁ、毛頭譲るつもりはないが」

 

 

「ふふっ、ますます興味が出てきたわ。でも魏に降るつもりもないの。だから正面から会いに行くわ。許昌の城門を通ってね」

 

 

「そうはいかんさ。なんせ我らには天がついているのだからな」

 

 

 そこで二人の会話は終わった。周囲の空気が張り詰めていく。

 

 

 戦闘が開始した。互いに10間と離れていない場所から矢を放つ。常人の反射神経では到底避けることはできないだろう矢も二人には当たらない。

 

 

 時に避け、時にはたき落す。

 

 

 二人は円を描くように駆ける。そして二人の距離はじりじりと縮んでゆく。至近距離から二人は矢を放ち続ける。

 

 

 一人が矢を放てば、もう一人は避けながら矢をつがえる。

 

 

 いつまでも続くかと思われた死と隣り合わせの舞踏。それも終わりを迎えようとしていた。

 

 

 二人とも疲労が蓄積したこともあるが、それよりも互いの矢筒には残り一本ずつしか矢が入っていなかった。

 

 

 同時にそれに気づいた二人は互いに距離を空けた。自分の力が最大限に発揮される距離、角度に位置取り弓を構える。

 

 

 矢が放たれる。

 

 

 互いの心臓に。当たれば致命傷。

 

 

 矢が届くのは同時、鏡映しのように同じ挙動で矢を防ぐ。そして二人とも弓を取り落としてしまう。

 

 

 素早く、拾い上げる。そして二人は矢をつがえない弓を構えた。

 

 

「引きわけってことかしら?」

 

 

 黄忠が汗で額に張り付いた髪を払う。互いに荒い息を吐く。激しく肩が上下している。

 

 

 不意に秋蘭が笑みを浮かべる。

 

 

「いや、私の勝ちのようだ」

 

 

「え!?」

 

 

 秋蘭は自分の影に隠れて見えないようになっていた矢を拾い上げ、つがえる。黄忠に狙いをつけ弦を引く。

 

 

 

 

 

 

 激しい戦闘が行われている戦場に一つの軍団が接近していることに誰も気がつかなかった。

 

 

 両軍の力が拮抗し合う戦場に鬨の声が響く。誰もが戦闘をやめそちらの方を向いた。

 

 

 その先にあったのは3000に届くかの軍勢。

 

 

 旗印は『趙』

 

 

 蜀の豪傑、趙子龍の旗印だった。

 

 

 

 

 騒然となる戦場。

 

 魏軍は絶望に染まり、蜀は狂喜乱舞した。

 

 

 その騒動で決定的かと思われた将同士の戦いも次の局面を迎えていた。黄忠と馬超は味方兵にまぎれて逃げてしまっていた。

 

 

 春蘭と秋蘭は待ち合わせたかのように一直線に互いのいる方にかけていた。(途中で秋蘭は味方から矢を補充した)

 

 

 そして二人は合流した。

 

 

「姉者、どうやら進退窮まってしまったようだな」

 

 

「の、ようだな。しかし、我らはこんな所で倒れるわけにはいかん」

 

 

「そうだが…どうする?」

 

 

「決まっているだろう?敵中を突破し、許昌に戻る」

 

 

 春蘭は普段どおりに胸を張り、答える。

 

 

「ふふっ、姉者はいつでも変わらないな」

 

 

「当然だろう。私は私だ」

 

 

「そうだ、姉者は姉者だな。背中の心配はしなくていい、姉者は前だけを向いて進んでくれ」

 

 

「もとよりそのつもりだ。私の後ろは秋蘭が守ってくれる、私は立ちふさがる敵をすべて斬る。いつも通りだ」

 

 

「いつも通り、か」

 

 

「では往くぞ!そして許昌に帰るのだ!!…待っている者がいるしな」

 

 

「(ふふっ、本当に変わったなぁ姉者は)」

 

 

 小声で呟く。

 

 

「??なにか言ったか?」

 

 

「いいや、何でもないさ」

 

 

 二人は駆けだす。絶望的な状況でも。

 

 

 前に。

 

 

 城に。

 

 

 待つ者の元へ。

 

 

 

 

 

 

 〈蜀軍陣内〉

 

 

「帰るのが遅いから迎えに来てみれば、どういう状況なのだ」

 

 

「うるせー」

 

 

 馬超は完全に拗ねている。

 

 

「どうやら漏れていたらしいの…朱里ちゃんの策が」

 

 

「なんと!?…そんなはずあるまい、この策は軍内でも一部の者、桃香様すら知らないのだぞ」

 

 

「あたしだってわからないよ!父上の仇がとりたくてこっそり戦闘に参加しようとこっそり戦場に近づいてたら紫苑の部隊がこっちに逃げてきてるの見えて、それで…」

 

 

「翠、勝手な行動は慎めと言っていただろう?」

 

 

「星ちゃん、そんなに翠ちゃんを責めないであげて。翠ちゃんがいなかったら私はどうなっていたかわからないわ」

 

 

「…そのようだな。それでなぜ朱里の策が敵に漏れていたのだ?」

 

 

「私にもよくわかないのだけど、策が漏れていたとかそういうものではなくて…」

 

 

「敵は妖術でも使うとでも言うのか?」

 

 

「…それに類する者がついているとしか考えられないわ」

 

 

「そんなことどうでもいいだろ!あたしは敵を倒して父上の仇をとるだけだ!」

 

 

「翠よ、そうも言ってはいられないだろう?その話が本当なら事は重大だ。紫苑、他になにか言ってはなかったのか」

 

 

「そうね、その人は男性で魏では相当慕われているらしいわ。あと天がどうだとか言っていたわね。直接、夏侯淵から聞いた話だから間違いではないと思うのだけれど」

 

 

「…そやつは多分、天の御遣いだ。魏の種馬の噂は聞いたことがあるだろう?」

 

 

「えぇ、噂ではだけど」

 

 

「噂は本当だったということだ。天が味方…か、やっかいだな。と、なればやるべきことは」

 

 

 趙雲は迫っている二つの影を見据える。

 

 

「そうね」

 

 

「話は終わったみたいだな。あたしは先にいくぜ!」

 

 

 馬超は愛馬に跨り、駆けだしていった。

 

 

「私たちも行きましょうか」

 

 

「そうだな」

 

 

 残された二人は言いようのない不安を抱えながらも目の前の敵に向かった。

 

 

 

 

 

 

 春蘭と秋蘭はまさに鬼神と化していた。猛る暴風は全てを巻き込みなぎ倒していく。

 

 

 それでも数の暴力はそれを上回っていた。配下の兵たちは一人また一人と鮮血を撒き散らしながら地に倒れ伏していく。

 

 

「「はぁあああああ!!!!」」

 

 

 それでも二人の歩みが止まることはない。前に、見えない許昌に、主君の待つ元に、惚れた男の元に。

 

 

 果てなき道は、数え切れないほどの障害を以って立ちふさがる。

 

 

「おらぁああああ!!」

 

 

 馬超は愛馬で疾駆しながら鋭い突きを放つ。

 

 

 それを春蘭は横っ跳びに避ける。と、同時に秋蘭が矢を放つ。

 

 

 その矢を別の場所から伸びてきた槍がはたき落した。

 

 

「そうはさせぬぞ。夏侯惇に夏侯淵、相手に不足はない。常山の昇竜・趙子龍、いざ参る!」

 

 

 また春蘭に矢が飛んでくる。飛んできた先には黄忠がいる。

 

 

「ちっ!」 

 

 

 春蘭はそれをかろうじてかわす。

 

 

「3対2だけど卑怯だとは思わないでね。ここは戦場なのだから」

 

 

 力量はほぼ同等、現状では春蘭と秋蘭の方が少し上といったところだろうか。

 

 

 しかし、数は力。

 

 

 徐々に均衡は崩れ始める。春蘭と秋蘭の身体は致命傷はないが細かいかすり傷が無数についていた。

 

 

 すでに息もあがり始めている。

 

 

 ついに二人は膝をついてしまう。それでも、視線は、心は、見えぬ許昌を捉えていた。

 

 

 そして馬超、黄忠、趙雲は最期の一撃を下そうとそれぞれの武器を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って~~~~~~~~~~~!!!!!!!」

 

 

 

「そこまでよ!!!!!」

 

 

 再び戦場に声が響く。二つの声は戦場に広がり、そして後に残ったのは静寂だった。

 

 

 戦闘をしていた両軍を挟むようにして、それぞれ数万に上る大軍が展開していた。その先頭には二人の女の子。

 

 

 蜀王・劉備 

 

 

 魏王・曹操

 

 

 両軍の王がいた。

 

 

 それぞれの王は単騎で馬を進める。そして互いの顔が見える位置で止まった。

 

 

「星ちゃん、翠ちゃん、紫苑さん。これは一体どういういことなの?私、聞いてないよ」

 

 

 先に言葉を発したのは劉備だった。その表情はあきらかに怒っている。

 

 

「「「……」」」

 

 

 三人はバツが悪そうに黙りこんだ。

 

 

「朱里ちゃんから聞いたの、全部。ダメだよ…こんなこと」

 

 

「…しかし、桃香さま。今は乱世、力が無き者から消えてゆく。そういうものです」

 

 

「……」

 

 

「その通りね」

 

 

 趙雲の言葉に答えたのは劉備ではなく、華琳だった。

 

 

「…そんな、曹操さん」

 

 

「そういうものなのよ、理解しなさい。あなたもこの乱世を生き抜いてきたのでしょう?」

 

 

「曹操殿―――」

 

 

「だまりなさい、趙雲。私はいま劉備と話をしているの。あなたの王とね」

 

 

「……」

 

 

「それで劉備、あなたはどうするの?私はかまわないわよ、ここで戦争をしても。私が勝つでしょうけど」

 

 

「…しません」

 

 

「桃香さま!?」

 

 

「いいの。今回悪いのは私たちだよ。ごめんなさい曹操さん」

 

 

 劉備は頭を下げた。

 

 

「…はぁ、しかたのない娘ね。あなた達も苦労しているでしょう」

 

 

 華琳は三人の方を見て言う。

 

 

「「「……」」」

 

 

「頭を上げなさい、劉備。人の上に立つ者がそうそう頭を下げるものではないわ。それで今回はどちらも軍を退く、それでいいのかしら?」

 

 

「いいんですか!?」

 

 

「構わないわ。ここで戦っても呉を喜ばせるだけでしょうから。それに…」

 

 

 華琳は自らの得物を杖代わりにして荒い息をはいている二人を見た。

 

 

「それじゃあ私たちは失礼します」

 

 

 そう言って劉備は三人を率いて戦場を去っていった。そしてその場に残されたのは華琳と春蘭と秋蘭の三人だけになった。

 

 

「華琳さま、申し訳ありません」

 

 

 秋蘭が目を伏せるようにして言った。

 

 

「華琳さま、秋蘭は悪くありません。私がもっと早く―――」

 

 

 華琳は春蘭の言葉の途中で二人を抱きしめた。

 

 

「よかった、よかったわ。二人が無事で」

 

 

「「…華琳さま」」

 

 

 二人は自分よりも小さい主君の背中に腕を回した。

 

 

 

 

「華琳さま、ありがとうございました。華琳さまのお陰で生きながらえることができました」

 

 

 秋蘭はひとしきり抱き合ったあと華琳に頭を下げながら言った。

 

 

「礼は一刀に言いなさい。私は一刀のお願いを聞いただけよ」

 

 

「そのようなことは…」

 

 

「許昌で一刀が今か今かと待ってるわ。帰って二人の無事を伝えてあげなさい」

 

 

「「はっ!」」

 

 

 こうして一つの歴史が変わった。

 

 

 

 

 


 
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